●藍●藍釜●藍染●藍玉●藍の華●麻（織物）●編む籠●綾織（物）●アルパカ●阿波縮●阿波木偶●糸●伊予絣●インジゴブルー●ウール●浮織●羅●絵硝子●江戸切子●江戸小紋●江戸千代紙●捺染●織物●織る●女塗師●加賀友禅●花器●カシミヤ●頭作り●絣 飛白●型染●金巾●紙細工●紙問屋●紙人形●紙を漉く●唐織●硝子（工 工房 細工）●硝子吹き●絹●絹織物●岐阜団扇●キャラコ●綺羅●切絵●切金細工●切子●キルティング●ギンガム●金工●銀細工●金箔●金モール●草木染め●組紐●黒繻子●毛織物●工芸●コーデュロイ●コール天●小倉●こけし●今年絹●紺絣●サージ●更紗木綿●晒●ジーパン●ジーンズ●刺繍●漆工●絞り染●紗●繻子●棕梠細工●上布●ジョーゼット●白絹●人絹●スエード●透かし織●漉紙●生絹●硯師●硯職●硯彫る●スフ織物●セル
●藍 
「甕のぞき」ほどの藍色野川澄む 文挟夫佐恵 遠い橋
あけぼのや甕深きより藍は建つ 沼尻巳津子
あぢさゐが藍となりゆく夜来る如 橋本多佳子
あぢさゐに迷ふこころの藍みどろ 稲垣きくの 牡 丹
あぢさゐのかくまで藍を深めしと 安住敦
あぢさゐの藍のつゆけき花ありぬぬばたまの夜あかねさす昼 佐藤佐太郎
あぢさゐの藍をつくして了りけり 安住敦「歴日抄」
あぢさゐの藍を盗みに闇迫る 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
あぢさゐの藍深まりし縁に立つ 吉屋信子
ある宵は藍浴衣着て夫に添ふ 柴田白葉女 遠い橋
いくつかの藍の言葉を女より 高野素十
いぬふぐり毛描きの藍に浅黄刷き 西本一都 景色
うすうすと道に余花ある藍野陵 右城暮石 声と声
おもしろう藍に酔うたる花時分 安東次男 昨
かすか織る藍の匂ふや文化の日 芝山喜久子
ぐみ色づく湖水も空も藍深め 大熊輝一 土の香
けふよりの秋袷また藍づくし 黒田杏子
けふ冴ゆる筑波の藍や梅若忌 野村喜舟
このごろの阿波の好日藍の花 上崎暮潮
この村に減りし土蔵や藍の花 谷口秋郷
この頃の蕣藍に定まりぬ 正岡子規
さよりの吻太平洋の藍に染む 高澤良一 随笑
しぐれ虹二つ目は藍濃かりけり 大石悦子
しほからき藍染め阿波の夏しぼり 筑紫磐井 未定稿Σ
つばくらや藍ただよわす夕空ヘ 大井雅人 龍岡村
どの柄も亡母の語り部藍浴衣 渡辺恭子
なつめ盛る古き藍絵のよき小鉢 杉田久女
ひととせはかりそめならず藍浴衣 西村和子「かりそめならず」
ひとふでのゆの字たっぷり藍の花 白石みずき
ひと藍の暑さ照りけり巴旦杏 芥川龍之介
ふかぶかと蝶吸はれゆく空の藍 仙田洋子 雲は王冠
ふた親のくに秋嶺の藍ひらく 成田千空
ふるさとや今も名残の藍植うる 清水良艸
ほうほうと山鳩啼くや二番藍 藤田あけ烏 赤松
ほたるいか藍甕といふ富山湾 浜元旭子
まぼろしの藍ただよへり白菖蒲 草間時彦 櫻山
みんなひかるみんな未完の藍の中 伊藤 和
ものみな藍の岬端にして干大根 中村草田男
も一と雨あてて藍苗植うことに 豊川湘風
ゆるゆると水恋ふ色に藍の花 長谷川久々子
スケートの藍衣なびけば紅衣また 皆吉爽雨
ニコライ堂総硝子の藍涼しかり 児玉真知子
パレットに藍冬枯の街描ける 山本歩禅
ヒヤシンス彼の日の同じ藍の濃し 仁杉とよ
ヨットはかもめ藍の海より舞ひ上がり 菅野茂甚
一桶の藍流しけり春の川 正岡子規(1867-1903)
一湾の藍きらめけり植樹祭 上野澄江
一番の藍より出づる夕べの木 松澤雅世「萌芽」
七夕や一と降りしたる四方の藍 吉武月二郎句集
七夕や藍屋の女肩に糸 黒柳召波 春泥句集
三寒の四温紺屋の藍がたつ 青山久女
下京やかやりにくれし藍の茎 加舎白雄
中年の保養に倦みし藍浴衣 飯田蛇笏 椿花集
久住野の藍は竜胆紅は萩 小原菁々子
乙女子の魚藍観音臍澄めり 小枝秀穂女
乾かして黒く涼しく藍の玉 長谷川櫂 天球
二番藍汚れて牛の飼はれをり 中條千枝(草苑)
二階より降りてもひとり藍浴衣 豊田八重子
五位鷺くだる一湾の藍山ざくら 石原舟月
人日や帯織る町の藍にほひ 瓜生和子
代田掻く藍甕に藍眠らせて 坂本俳星
仲秋やほどよく褪せし藍の衣 和田 祥子
作柄の上上吉の藍を刈る 溝渕匠史
傘立に藍の山河や涅槃寺 辻桃子
入海の藍に長閑な霞かな 鈴木余生
入海の藍の上鳴く雲雀かな 尾崎迷堂 孤輪
全集の濃き藍色や草城忌 桂信子 樹影
八ヶ岳花野にあふぎ藍したたる 大島民郎
八月は藍垂直に男たち 高尾日出夫
六月や藍を濯ぎて川浄め 毛塚静枝
冬の灯のゆらぐ藍染夢は夏ヘ 加藤知世子 花寂び
冬の雲ひそかに藍を刷きにけり 久保田万太郎 流寓抄
冬山のさび藍色のこひしさに 綾子
冬萌えの藍の花もつ何の草 室生犀星 犀星発句集
刈ル蓼や引きぬく藍もましりけり 蓼 正岡子規
初しぐれ藍甕の蓋しかと閉づ 富田潮児
初染の藍のきげんを喜びて 浅野弓道人
初染の藍の渋味を確かむる 柳澤仙渡子
初染の藍流れ込む紙屋川 岡田ふさの
初染めの藍のきりきり立つてくる 平井照敏
初染や亀甲白き藍絞り 和田祥子
初染や藍の泡立ち快う 高田蝶衣
初空の藍と茜と満たしあふ 青邨
初花を藍ほとばしる山にこそ 中田剛 竟日
初蝶や藍に白彫る浴衣染 百合山羽公 寒雁
初観音晴天の藍無尽蔵 小川原嘘帥
初雪の藍にも染まであはれなり 初雪 正岡子規
利休忌や藍よく利きし丹波縞 佐藤 忍
勝気なる娘となりて藍浴衣 丹羽美智子
北斎の藍をば深め時雨降る 佐藤美恵子
北海の藍の身に入む多喜二の碑 高田ゆき子
十六夜や一番藍の育つ蔵 橘美寿穂
十郎兵衛屋敷に植ゑて藍の苗 林俊子
千屈菜のすこし藍染む紺屋裏 一丸文子
南海の藍うち晴れて野菊咲く 渡邊水巴
卯浪立つ藍より砕け知多の海 鍵谷寿乃
友静臥一川冬の藍深く 中島斌男
古九谷の深藍時雨過ぎにけり 加藤耕子
古木偶のざんばら髪や藍の花 吉田汀史
吾子征きしままの冬海深藍 飯田蛇笏 雪峡
噴くやうにわが藍匂ふ星とぶ野 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
回想のほたるが灯る藍屋敷 石原義輝
国頭や睦月素足の藍絞り ながさく清江
堂崩れ麦秋の天藍たゞよふ 水原秋櫻子
堪へざりし悔い深沈と藍浴衣 稲垣きくの 牡 丹
塵取にはこびて藍を植ゑにけり 岡安迷子
壮年の肌を脱ぎたる藍師かな 黒田杏子 水の扉
壺に満つ藍なまなまし冴返る 安斎櫻[カイ]子
夏来る松阪木綿の藍匂ふ 坂本ひで子
夏痩の男に着する藍のもの 岩田由美 夏安
夏風邪をもちこむ宿の藍浴衣 大屋達治
夕かけて藍のときめく星迎へ 川崎展宏
夕帰る漁藍おもたし蓼の雨 幸田露伴 拾遺
夕時雨をんなの眼もて藍を鑑る 柴田白葉女 遠い橋
夕桜藍甕くらく藍激す 黒田杏子 木の椅子
夕空の紺より藍へ蕎麦の花 石嶌岳
夕蝉や藍染釜に火を育て 加倉井秋を 『隠愛』
外套や火山灰に失ふ山の藍 大岳水一路
夜桜の夜も藍の香浴衣染 百合山羽公 寒雁
夢にまで藍さす霜の貯炭山 小林康治 『華髪』
夢の世のえにしで藍がふかくなる 大西泰世 『こいびとになつてくださいますか』
大安でなくてはならじ藍を蒔く 平山八十子
大甕に藍いく枚も田が氷り 宮坂静生 樹下
大皿のむかしの藍に冷し物 川崎展宏
大空の藍ふりそそぐ二月富士 小川原嘘師
大飛瀑藍ひらめくは秋なりけり 渡邊水巴 富士
天の原夏富士藍を流しやまず 中島月笠
天を青水を藍とし先帝祭 丸山海道
女正月明治の古き藍微塵 長谷川かな女 花寂び
婆肩に一枚の芭蕉葉と魚藍を 下村槐太 天涯
宿墨の沈む藍色冬に入る ふけとしこ 鎌の刃
寂寥の身に添ふ藍の浴衣着て 橘美寿穂
寒晴れや切子ガラスの藍深く 釘宮のぶ
寒椿砕けて藍にかへる涛 西川ようこ
寒泳に藍一色の嶺(やまね)かな 松村蒼石 寒鶯抄
寒鯉の桶底に沈みて藍ばめる 田中冬二 行人
寒鯉を真白しと見れば鰭の藍 水原秋櫻子
山々の藍かさねたる秋思かな 廣瀬直人
山を焼き七堂迦藍焼く火かな 行方克己 昆虫記
山火事泊芙藍を経ておこる獣姦 加藤郁乎
山脈に藍さして夏立ちにけり 相馬遷子 雪嶺
山里の蕣藍も紺もなし 正岡子規
岬の果て海の藍濃し春深む 村田 脩
嶋原の外も染むるや藍畠 服部嵐雪
帯封を解きて扇の藍匂ふ 芝 由紀
帷子は北山杉の藍模様 宮崎寒水
幾尋の藍より上げし秋の鯖 河内桜人
広重の波を染め抜き藍浴衣 佐々木典子(樹氷)
床上げの甚平の藍匂ふかな 水原春郎(馬酔木)
庭先に藍を咲かせて藍染めず 藤本朝海
庭隅の愛しき花や藍の花 粟飯原幸子
張りとほす女の意地や藍浴衣 杉田久女
御仏に日日挿替ふる藍の花 岡安迷子
御句碑の古りてあたらし藍の花 小林律子
思ひ出でし如く矢車のめぐる空わが丘の空に夜の藍満ちて 田谷鋭
悴む手なだめ藍糸絞りきる 太藤 玲
愛染明王祀りて涼し藍染場 大熊輝一 土の香
慈姑の子の藍いろあたま哀しも 室生犀星 魚眠洞發句集
戦前の藍玉あるを忘れゐし 萩原麦草 麦嵐
折れさうな長女に着せて藍浴衣 辻桃子
掌に藍染込で夜寒哉 一茶 ■文化十四年丁丑(五十五歳)
掌に韻く小さき藍の陶の雛 平林孝子
揚羽蝶もつれ合ふとき藍発す 羽部洞然
摩周湖の藍一瞬や風薫る 水本森々
放蕩になりきれずして藍浴衣 石寒太 翔
敷茣蓙の藍の匂へり蓮見舟 玉澤幹郎
新涼や藍の匂ひの飛騨刺子 島 和子
日々黒くなりゆく藍を干しにけり 岡安迷子
日は塔の高みにありぬ紅藍(べに)の花 宮坂静生 春の鹿
明日植うる藍の宵水たつぷりと 豊川湘風
明日植う一番藍の束ねられ 尾上萩男
明眸や藍襟巻の一抹に 島村元句集
昔より落暉変らず藍の花 上崎暮潮
春の潮琉球藍を湛へたり 荒井正隆
時雨光生きて湧きつぐ藍の華 加藤知世子
暮の春藍の機嫌を気づかひぬ 柴田白葉女 『月の笛』
朝の蝉わく藍つよき箸置も 中田剛 竟日
朝より阿波の日高し藍を刈る 上崎暮潮
朝桜天にまつたき藍満ちぬ 仙田洋子 雲は王冠
朝顔の/藍を離(か)れつつ/潮の/八百会ひ 林桂 銀の蝉
朝顔の藍をしぼりて夢あそび 文挟夫佐恵
朝顔の藍をたよりに帰りなさい 坪内稔典
朝顔の藍一色のヘアサロン 垂見菊江
朝顔の藍澄む露にふれにけり 柴田白葉女 遠い橋
朝顔や藍の深さを打ちこぼし 小石川 野村喜舟
木を登り朝顔藍を深めをり 永見博子
木枯しの渡る藍濃き枯木灘 佐藤美奈子
木枯に水藍青の田二枚 相馬遷子 雪嶺
枝豆に藍色の猪口好みけり 長谷川かな女 雨 月
枯るゝ中藍たぎつなり千曲川 相馬遷子 山国
枯菊に藍玉くだく筵かな 烏不關句集 織田烏不關、吉田冬葉選
枯蔦や藍ことに濃き色硝子 久米正雄 返り花
染めあげし藍の鮮やぐ水の秋 長谷川 翠
染めたての藍着て神田祭かな 石川 [テキ]子
染め上げし藍きびきびと冬落暉 池上不二子
染工場極寒の藍流すかな 大野林火
染糸の藍の雫を枯の中 殿村莵絲子 雨 月
桂子忌や藍の団扇を身ほとりに 平野哉
桃の日の藍に替りし湯屋のれん 加古宗也
桜鯛目に深海の藍を溜め 岡田貞峰
梅早し改札口に海は藍 福田蓼汀 山火
梅雨嵐藍染に身をつつみゐて 野澤節子 黄 炎
棗盛る古き藍絵のよき小鉢 杉田久女
棧荒き藍師の土間の白障子 文挟夫佐恵 遠い橋
極月の白昼艶たるは海の藍 飯田蛇笏 雪峡
歳時記の表紙藍鉄夜の秋 高澤良一 素抱
母の匙雨のあぢさゐ藍ふたたび 友岡子郷 遠方
毛絲編み常に額に海の藍 山口波津女 良人
水の秋羽ばたくさまを藍という 田口満代子
水涸れて一川の藍しづかにす 池島晃
水盤や藍絵の藍がぬれまさる 岡野知十
水辺草古塔のかげも藍深め 河野南畦 湖の森
水離れに藍迸る鰹かな 中島月笠 月笠句集
水飴を煉る炎昼の藍づくめ 宮坂静生 山開
氷はる慈姑の藍に驚きぬ 下村槐太 光背
氷河ありける空の藍より岩燕 文挟夫佐恵 遠い橋
氷海へ水路は藍を絞りたり 金箱戈止夫
江戸前の藍染幟菖蒲市 伊東宏晃
江戸絵図の堀の藍色夏はじめ 木内彰志
沈みたる一蝶白し藍の花 星野高士
沢庵や家の掟の藍加減 高浜虚子
河童絵図藍濃き皿のふぐとかな 西島麦南 人音
法師蝉藍甕の香が街道に 細川加賀 生身魂
洗ふほど藍落つきし縞縮 久保田秋女
流氷の上に藍はき目になじむ 古館曹人
海の碧藍に変れり雁の頃 田中英子
海の藍ざぼんの緑赤とんぼ 三好達治 路上百句
海よりの藍の色来て朝顔咲く 寺岡捷子
海坂の藍の深さや雁渡し 水原春郎
海溝図藍深きより秋の風 川崎展宏
海猫が誘ふ藍の深処を怖れたり 文挟夫佐恵 遠い橋
海道や往来も稀に藍を干す 雉子郎句集 石島雉子郎
涼しさや藍より〔も〕こき門の空 一茶 ■文政六年癸未(六十一歳)
淑気とは誰も来ぬ日の藍の華 斎藤梅子
深藍の鯉魚に秋の藻たふれけり 長谷川かな女 雨 月
渓流の藍にも染まず白鶺鴒 石田あき子
渚といふ渚に昆布を乾し並めて利尻の海の藍かぎりなし 太田青丘
温泉里よりおくやま藍き遅日かな 飯田蛇笏 春蘭
湖の藍より出でし菫かな 金箱戈止夫
湖の藍染みし白鳥も帰る日ぞ 村山古郷
湖の隈藍少しある時雨かな 内藤吐天
滝壺の青を藍とし雲はしる 桂信子 黄 瀬
滝落ちて滝壺を藍甕と呼ぶ 岡田日郎
潮騒やぶちまけし藍に冬日照る 渡辺水巴 白日
濃藍の潮に消えしつばめ魚 井手芳子
火にぬれて目刺の藍のながれけり 渡邊水巴 富士
燈籠の藍は桔梗紅は萩 下村梅子
父の日におろす藍濃き飯茶碗 染谷佳之子「薄荷菓子」
父祖よりの藍甕守り潤目干す 片岡とき江
片頬にひたと蒼海の藍と北風(きた) 竹下しづの女句文集 昭和十三年
犀川は藍一文字花杏 西本一都 景色
犬ふぐり藍より青き日を返す 石塚友二
甕群に藍の華浮く時雨山 古舘曹人 樹下石上
甚平やいづこの染の藍縮 水原秋桜子
生き堪へて身に沁むばかり藍浴衣 橋本多佳子「紅絲」
田を植ゑて安房は藍より青き国 大屋達治 龍宮
男顔の壮年は良き藍浴衣 鈴木まゆ
疾風にまむかひて後妻(うはなり)の藍明石 塚本邦雄 甘露
病む母へ袖口広き藍浴衣 口村喜久子
癌の名薬ふるさとの藍汁をのむ神妙に 橋本夢道 無類の妻
白南風やかさねて藍の皿小鉢 松村蒼石 雪
白南風や仔雉子にちらと藍の羽根 羽部洞然
白日の額の藍こそ淡々し 馬場移公子
白菜や小鉢の渦の藍濃ゆく 今泉貞鳳
白藤に夕水ふかき藍のいろ 白葉女
百姓の娘顔よし紅藍の花 高濱虚子
百年の老舗を守り藍植うる 稲畑汀子
皿の藍に夜色沈める海雲かな 長谷川春草
盛り上る藍の瑠璃光染始 由木みのる
目貼はぐ海原に藍戻りしと 成田智世子
目貼剥ぐ海坂に藍もどりしと 成田智世子
眼の隈の濃しあぢさゐの藍よりも 稲垣きくの 牡 丹
着て立つや藍のにほひの春袷 片山鶏頭子
矢車草夜通し藍を揺り覚ます 菊地京子
短日を藍の端切れの小商 ふけとしこ 鎌の刃
石の堅さの藍玉は手にほのぬくし 加藤知世子 花寂び
磐梯にねむればねむり藍みずうみ 寺田京子 日の鷹
秋口の洗ひて馴染む藍のいろ ふけとしこ 鎌の刃
秋天の藍抜けて飛ぶ鳥は師ぞ 佐川広治
秋天の藍火口湖にこぼれたり 仙田洋子 雲は王冠
秋潮の藍のかゝげる波頭 佐藤艸魚
秋立てる雲の穴目の藍に描く 臼田亞浪 定本亜浪句集
秋風に浴衣は藍の濃かりけり 川端茅舎
秋風や藍に染まりし竹帚 飴山實 『花浴び』以後
秩父嶺の藍より出でし秋の川 川崎展宏
稲の根にすてし布あり藍の濃し 長谷川零余子
空に藍みちゐて花の戦ぎかな 上野泰 佐介
空に藍足し雲に白足して秋 蔦三郎
空襲忌太眉くもり藍染師 石川貞夫
立冬の雲間の藍の下に居り 小島 仁
筒袖の藍匂ひけり独楽遊び 榎本好宏
算盤に藍屋の名残り冬灯し 長町淳子
簀戸の間に不況の家居藍を着て 長岡直子
簗の水痩せて濃藍七曲り 前田普羅 飛騨紬
糶聲やひたに藍さす鰹の眼 古舘曹人 砂の音
糸染める月の力や藍の華 植松章治
糸蜻蛉尾の先藍にして瀟洒 福田蓼汀
紅藍の花したたか裾を濡らしけり 古舘曹人 樹下石上
紅藍の花人に熱き手つめたき手 古舘曹人 樹下石上
紅藍花のわつと楸邨の大机 九鬼あきゑ
紅藍花を活けて風呼ぶ座敷蔵 近藤静輔
素園忌や仕立ておろしの藍結城 江川 節
紫蘇の香やたまたま着たる藍微塵 草間時彦
紫陽花の夕の藍に羽織りけり 阿部みどり女
紫陽花の昔は藍と思ひけり 水原春郎
紫陽花の藍きはまると見る日かな 中村汀女
紫陽花の藍をとばして雨あがる 阿部みどり女
紫陽花や風雨の中の藍微塵 野村喜舟 小石川
紺かきの藍の香ひも暑さ哉 四明句集 中川四明
紺屋町藍の匂ひの溝浚ふ 下里美恵子「三姉妹」
絵日記に幼な手の藍原爆忌 佐藤鬼房
絵硝子の藍の涼しき神学部 石田克子
綾子忌の風に穂をあぐ藍の花 鈴木千恵子
縫うて着て藍縞の丈だけの梅雨 渋谷道
縫ふ指に藍のうつろひ夏はじめ 八染藍子「竹とんぼ」
織りあげて雪に草の香藍紬 文挟夫佐恵 雨 月
織り上げて藍さやかなり今年絹 古賀まり子
織り上げて藍のにほへる雪催 根岸善雄
羅のたゝみて藍の深きこと 島田鈴子
羽太の目に南の果ての藍射しぬ 堀之内長一
翡翠の背に藍さして巣立ちけり 島崎秀風
肌に移した遠望の島の藍 林田紀音夫
胸中に波音湧けり藍浴衣 小島健 木の実
胸元の心許なき藍ゆかた 鈴木萩乃
脱稿すと夫一盞の藍目刺 平井さち子 紅き栞
色濃くも藍の干上るあつさかな 炭 太祇 太祇句選
花の風つよければ海藍青に 藤木清子
花人よ藍生事務所は九段下 黒田杏子 花下草上
花八ツ手日蔭は空の藍浸みて 馬場移公子
花冷の藍大島を着たりけり 久米三汀
花柊日ざしは藍をまじへそむ 石田いづみ
花茣蓙の藍はひとりの海に似て つじ加代子
花茣蓙の藍ふかければ母沈む 中尾杏子
苅り残す藍の実赤く秋日和 渡辺香墨
苗床の藍にもどりし寒さかな 尾上萩男
若水をまづ頒ちけり藍の甕 森田連雀子
茄子の藍に染まりし膝をかくしつゝ 龍胆 長谷川かな女
茱萸摘みどき藍を深むる日本海 伊藤京子
草刈の藍の中より野菊かな 夏目漱石 明治三十二年
菊なます鍋島は藍佳かりけり 草間時彦 櫻山
蓋されて並ぶ藍甕落花浴ぶ 町田しげき
藍々と五月の穂高雲を出づ 飯田蛇笏
藍いろの火がきつとある桜の夜 佐藤鬼房 朝の日
藍かめの機嫌も祝ふ社日かな 井月の句集 井上井月
藍がめにひそみたる蚊の染まりつつ 高浜虚子
藍がめの機嫌も祝ふ社日かな 塩原井月
藍がめの藍の湧き立つ霜日和 佐藤 幸男
藍さむき絞り括りの糸の音 鳥居おさむ
藍しぼる掌のうちそとのきらきらす 伊藤敬子
藍そめや糸干す土間の梅雨茸 宮田とよ子
藍つよく初烏待つ丘の線 原裕 青垣
藍と言ふ静かな色を干しにけり 後藤立夫
藍に似て寒し野づらのたまり水 大江丸
藍に染む糸の乾きや花つゝじ 妻木 松瀬青々
藍のかげふくみそめたる夕桜 川崎展宏
藍のみの暮しは立たず牛を飼う 丸山柳弦
藍の納屋開けてさくらの風通す つじ加代子
藍の花咲く番外の札所かな 豊川湘風
藍の花栞れば紅の失せにけり 坊城中子
藍の花甕はイランの大きさに 対馬康子 吾亦紅
藍の花紅きがままに人を恋ふ 野沢 純
藍の花織子泣かせし門構 坂本淳子
藍の花長者屋敷の井戸暗し 大頭美代子
藍の華何をつぶやく土用かな 森田峠 逆瀬川
藍の里ありて漢の朝言葉 阿部完市 春日朝歌
藍の香の匂ふコートの仕付け取る 中憲子
藍の香の日向にまじる寒さかな 政二郎
藍の香や義絶の兄の秋袷 塚本邦雄 甘露
藍は愛と言ひし女の浴衣かな 今泉貞鳳
藍ふかき絹着て照葉のみちをゆく 柴田白葉女 『月の笛』
藍ふかく滲む皹の二三すぢ 西村旅翠
藍ふかぶか雪庇にふるる深山空 大野林火
藍まくや空もみどりの朝日和 南 始
藍ゆかた明治の背筋伸ばしけり 堀 康代
藍ゆたか干菓子かがやく越の国 佐川広治
藍よりも濃き花開く初秋かな 横光利一
藍よりも青き信濃の端午空 広治
藍をふくむ星の光や雪の垣 渡辺水巴 白日
藍を出る纈(ゆはた)一疋桃花村 伊藤敬子
藍を刈る今も大きな藍の倉 浜秋邨
藍を掻く草履のままに神送 古舘曹人 樹下石上
藍を植ゑつゞけし人の藍文庫 宮崎寒水
藍を植ゑ広瀬絣の染場守る 西本一都
藍を溶く紫陽花を描くその藍を 竹下しづの女句文集 昭和十一年
藍を生み立春の雨夜をあがる 上村占魚 『天上の宴』
藍を着し子とゐる星の契りかな 秋山幹生
藍を蒔く日なり燕の来る日なり 宮崎寒水
藍上布女ざかりは眼がすわる 橋本夜叉
藍二尺織りて筬止む余花の雨 橘美寿穂
藍倉の陰に入りたる秋の水 桂信子
藍凝つて銀を生ずる鰹かな 松根東洋城「渋柿句集」
藍刈は小唄も出でぬあつさ哉 藍刈る 正岡子規
藍刈やこゝも故郷に似たる哉 藍刈る 正岡子規
藍刈や一里四方に木も見えす 藍刈る 正岡子規
藍刈や阿波の鳴門に波もなし 藍刈る 正岡子規
藍刈るや三番藍も育ち初め 大森扶起子「かつらぎ選集」
藍刈るや誰が行末の紺しぼり 藍刈る 正岡子規
藍匂ふテーブルクロス冷奴 一条悠子
藍匂ふ村の工房水引草 小泉志げ子
藍咲くや橋流れしは二タ昔 友岡子郷
藍問屋廃れし町の種物屋 上崎暮潮
藍嘗めて消えし魚毒や秋の風 蝶衣句稿青垣山 高田蝶衣
藍壷にきれを失ふ寒さかな 内藤丈草
藍壷に泥落したる燕かな 正岡子規
藍壷に絞る藍汁花ぐもり 堀内雄之
藍壺にきれを失ふ寒さかな 丈草
藍壺に寝せある布や明易き 柑子句集 籾山柑子
藍壺をややあたたむる夜寒かな 水田正秀
藍布一反かなかな山からとりに来る 飯島晴子
藍干や一筋あけてはいり口 藍干 正岡子規
藍建ての一甕一華染始 景山みどり
藍微塵みそらのいろと誰が言ひし 深谷雄大
藍微塵遠き師の恋歌の恋 石原八束 断腸花
藍搗くやふつふつ思いふくらませ 桜井つばな
藍染に灯までも青き朧かな 高田菲路
藍染のさび出る時は山冷えて 佐川初江
藍染の二階も格子牡丹雪 山本洋子
藍染の小店暖房きき過ぎる 金丸直治
藍染の掛竹匂ふ神無月 桂樟蹊子
藍染の甕に闇張る去年今年 三田きえ子
藍染の蝶の飛びたつ月の秀 渕 万寿子
藍染の釜に水張る葉月かな 大信田梢月
藍染めし手を秋嶽にかざすなり 萩原麦草 麦嵐
藍染めて女婿がゐる框かな 萩原麦草 麦嵐
藍染めの布はてしれず秋の風 平井照敏 天上大風
藍染めの藍は愛なり秋ふかし 木村敏男
藍染める終始春寒時計の音 山本洋子
藍染めを着たる母娘に花の舞ふ 沢田とよ子
藍染や花野すぎゆく日照雨 鍵和田[ゆう]子 飛鳥
藍染を干す朝顔の近くまで 田中信義
藍植うや孀(やもめ)ながらも一長者 吉岡禅寺洞
藍植ゆる藍植ゆるこころ藍なるかな 冬の土宮林菫哉
藍水に染まりてそだつ菖蒲の芽 岡安迷子
藍汁のしみ加減見て染初 山岸修
藍汁の底色に流れ小春川 内田百間
藍浴衣つひぞまとはぬ加齢かな 小枝秀穂女
藍浴衣ぱりつと乾く会者定離 木谷はるか
藍浴衣ひとにとどめの命あり 神尾久美子(白露)
藍浴衣出合い頭を匂ひけり 長田友子
藍浴衣夜風自在に家通る 桂信子 花寂び 以後
藍浴衣着るとき肌にうつりけり 日野草城
藍深きピアスを挿すも雁の頃 鈴木 まゆ
藍深き玄海の濤飛魚とぶ 小原菁々子
藍深く御魂鎮めよ秋の潮 林翔 和紙
藍深しこの春寒を跳ばんとす 和田悟朗
藍溶いてはげしき甕となりにけり 萩原麦草 麦嵐
藍溶いて少し日のある時雨かな 碧雲居句集 大谷碧雲居
藍滲む宮古上布の砧盤 飯島晴子
藍玉の沸(た)つが如きか人恋うは 折笠美秋 君なら蝶に
藍玉の立方体の朧かな 伊藤いと子
藍玉の藍とはちがふ濃あぢさゐ 後藤夜半 底紅
藍玉の重きは石と異ならず 森田峠(かつらぎ)
藍瓶か母か夏灯にうづくまる 下元由紀
藍瓶に鼠ちょろつく寒さ哉 幸田露伴 江東集
藍甕にひゞきわたれり鵙のこゑ 瀧澤伊代次
藍甕に染り泛べる木の葉かな 岡安迷子
藍甕に焚く温め火や去年今年 渡会 昌広
藍甕に蓋して二百十日過ぐ 岩淵喜代子 螢袋に灯をともす
藍甕に藍沸く無明芥子の花 上野さち子
藍甕に藍眠らせて年移る 丸山哲郎
藍甕のつぶやくごとし烏貝 新村千博
藍甕のとろり眠たき花曇 村西徳子
藍甕の十三美濃に時雨来る 鈴木喜美恵
藍甕の口ならびいる今朝の秋 佐藤みさご
藍甕の底吹いて止む山の風 萩原麦草 麦嵐
藍甕の春のつぶやき手に伝う 杉浦静香
藍甕の機嫌がよくて紫苑晴 平井洋子
藍甕の深さ一丈火取虫 藤田あけ烏 赤松
藍甕の満々たるへ松飾 鈴木鷹夫 渚通り
藍甕の藍にはじまる秋思かな 市村究一郎
藍甕の藍に参らす暑気払ひ 谷崎和布刈男
藍甕の藍のつぶやく夜半の春 溝渕徳子
藍甕の藍の月日の天の川 九鬼あきゑ
藍甕の藍をおもうて蘇生せり 大西泰世
藍甕の齢の長し染始 山岸修
藍生きて冬日の布に染み憑きぬ 柴田白葉女 遠い橋
藍畑よりつぎつぎに揚雲雀 黒田杏子 花下草上
藍絶えて藍に染みたるしぐれかな 安東次男 昨
藍縮家居落ち着くこころあり 森澄雄
藍美しき秋扇とて手ばなさず 柴田白葉女
藍色になりゆく屋上岐阜提灯 阿部みどり女
藍色に溺れ秋意の山の湖 河野南畦 湖の森
藍色の水盤なれば母の家 宮崎夕美(魚座)
藍色の海の上なり須磨の月 正岡子規
藍花やをんな一途な束ね髪 保坂知加子
藍苗を育て十郎兵衛屋敷かな 溝淵徳子
藍苗引く一と握りにあまれば束ね 冬の土宮林菫哉
藍若く甕に泡立つ春彼岸 棚山波朗
藍茂り初めし濃みどり薄みどり 上崎暮潮
藍茸のにほひかなしきけんちん汁 7土師清二
藍華に言葉をかけて秋の女 椎橋清翠
藍華の呟き続く去年今年 由木みのる
藍華を咲かせ紺屋に幟立つ 三輪陽子
藍蒔くや四国二郎の豊饒地 松原射石
藍蓄めて潤目鰯も枯れいそぐ 稲島帚木
藍蔵のなか何もなき涼しさよ 長谷川櫂 天球
藍蔵の壷木枯を聴いてをり 杉浦典子
藍蔵の崩れしままや柿若葉 樫本春星
藍蔵の陰をしづかに流し三味 西本一都 景色
藍藍と五月の穂高雲をいづ 飯田蛇笏
藍褪せし衣更へても母亡かり 石川桂郎 高蘆
藍関へ二三騎いそぐ吹雪哉 寺田寅彦
藩札の藍の手ずれや雁の秋 芥川龍之介
蛤を買ひえて空の藍ゆたか 渡邊水巴 富士
蛸突きの魚藍かげろへり汐干岩 石塚友二 光塵
蛾の白さのみを許して藍染場 加倉井秋を
蜘蛛の糸垂る藍壺にとどくまで 品川鈴子
蟋蟀が跳ぶ藍甕に藍満ちて 渡邉秋男
行く春の二藍の衣酒しみたり 行く春 正岡子規
行春や藍絵に受胎告知の図 水原秋櫻子
裸子に甚平著せよ紅藍の花 高浜虚子
見染め咲く阿波藍花に山の翳 河野多希女
親よりの藍落ちつきし江戸浴衣 井田半三
誕生を待つ揺藍に囀れる 山田弘子 こぶし坂
谷川は藍より青しむら紅葉 紅葉 正岡子規
豆刈つて洞爺の湖の藍深む 竹中恭子
越前へ送る藍玉二十俵 宮崎寒水
足柄はあした濃き藍花瓢 中戸川朝人 尋声
踏台の足首ほそき藍浴衣 橋本榮治 越在
身ほとりに父在るごとし藍縮 平賀扶人「風知草」
身を投げてみせよと水平線の藍 鎌倉佐弓 天窓から
軍鶏の羽に藍ただよへり落熟柿 桂樟蹊子
迷子居や一輪挿に藍の花 為成菖蒲園
送行の荷に藍染をせし一句 串上 青蓑
逢へどもう藍の羅応へなし 野澤節子 『八朶集』
邯鄲や山河を藍に刺身皿 望月百代
重著や土間やはらかき藍染屋 古舘曹人 樹下石上
野に落つる日の大きさよ藍の花 上崎暮潮
野位牌に空の藍垂る矢車草 文挟夫佐恵 遠い橋
金縷梅や藍をいたはる藍染師 古賀寿代
長かりし梅雨に分かれむ常濡れて藍の匂ひしあぢさゐ終る 初井しづ枝
門松や藍師の青き石畳 藤江駿吉
闘鶏図双巒を藍に描きけり 野村喜舟 小石川
阿夫利嶺の藍の濃き日や田草取 尾崎迷堂
阿波の国藍園村は藍を刈る 美馬風史
阿波の地に流れし歴史藍の花 上崎暮潮
阿波初冬有髪庵主の藍ばなし 田坂光甫
阿波十郎兵衛宅の藍甕葉鶏頭 瀧 春一
阿波平野をとこの腰の藍植うる 今田清照
阿波藍の甚平なじむ喜雨亭忌 岡田貞峰(馬酔木)
難波宮跡の一隅藍微塵 福原実砂
雨雲の切れ間の藍や初嵐 野村喜舟
雪の富士に藍いくすぢや橡咲いて 渡辺水巴 白日
雪催結城の藍のたたき染め 岩崎眉乃
雪原の藍の彼方の吾子七夜 堀口星眠 営巣期
雪嶺の白銀翳り藍に染む 粟津松彩子
雪虫や連山藍を重ね合ふ 菅原多つを
雪近し餓鬼田は千の藍湛へ 白澤よし子
雲の峯藍ふかくなる夕かな 田川飛旅子 花文字
雹うつて摩周湖の藍かげりくる 石原八束 空の渚
霊の峯藍ふかくなる夕かな 田川飛旅子
霜晴れの藍の天より瀧の束 佐川広治
霜月の奥処や藍の深ねむり 斎藤梅子
霞ム夜や藍屋の匂ひ野べにある 松瀬青々
霞被て柳の魚藍見に行かむ 綾部仁喜 樸簡
霧氷林樹氷林藍憂愁林 黒田杏子 花下草上
露草のこゝらはうすき藍の色 河野静雲 閻魔
露草や藍大尽の太柱 高井北杜
霽雲に富士は藍青ひばりなく 飯田蛇笏 春蘭
青竹が搾る藍糸木の芽晴 浅場英彦
青蛙藍の葉の暮呼び色に 内田百間
青鷺の藍こくなれば吹かれをり 角川照子
風あてて夫が形見の藍縮 石田あき子
飯蛸の一かたまりや皿の藍 夏目漱石 明治四十一年
髪を梳く夏湖の藍がおびただし 古舘曹人 能登の蛙
鮎鮓に染付の藍匂ふかな 田阪笑子
鯊釣りに一天の藍しづかなり 小川敏子
鰻食ふ藍ひといろに山迫り 広瀬直人
鱈割女波かさなりて藍ふかし 角川源義
鳥雲に藍馴らしゐる藍染師 神尾久美子
鳳作の碧海宮古藍上布 文挟夫佐恵
鴨引いて山湖は藍をふかめけり 福原ふじこ
鴬の声を染めけり藍ばたけ 浜田酒堂
鵙日和ふくらんできし藍の泡 清水教子
鷹の尾の天より藍を引ききたり 栗生純夫 科野路
鷹現れて三陸の海藍を増す 佐々木茂子
麦も蚕も藍の葉もここで納屋の柱が痩せて支えているふるさと 橋本夢道 無禮なる妻抄
麦秋や藍の寝床といふを見る 瀧澤伊代次
黄落や藍を塗り足す峡の空 吉野トシ子
●藍釜
●藍染
冬の灯のゆらぐ藍染夢は夏ヘ 加藤知世子 花寂び
夕蝉や藍染釜に火を育て 加倉井秋を 『隠愛』
愛染明王祀りて涼し藍染場 大熊輝一 土の香
掌に藍染込で夜寒哉 一茶 ■文化十四年丁丑(五十五歳)
梅雨嵐藍染に身をつつみゐて 野澤節子 黄 炎
江戸前の藍染幟菖蒲市 伊東宏晃
空襲忌太眉くもり藍染師 石川貞夫
藍染に灯までも青き朧かな 高田菲路
藍染のさび出る時は山冷えて 佐川初江
藍染の二階も格子牡丹雪 山本洋子
藍染の小店暖房きき過ぎる 金丸直治
藍染の掛竹匂ふ神無月 桂樟蹊子
藍染の甕に闇張る去年今年 三田きえ子
藍染の蝶の飛びたつ月の秀 渕 万寿子
藍染の釜に水張る葉月かな 大信田梢月
藍染や花野すぎゆく日照雨 鍵和田[ゆう]子 飛鳥
藍染を干す朝顔の近くまで 田中信義
蛾の白さのみを許して藍染場 加倉井秋を
送行の荷に藍染をせし一句 串上 青蓑
重著や土間やはらかき藍染屋 古舘曹人 樹下石上
金縷梅や藍をいたはる藍染師 古賀寿代
鳥雲に藍馴らしゐる藍染師 神尾久美子
●藍玉
戦前の藍玉あるを忘れゐし 萩原麦草 麦嵐
枯菊に藍玉くだく筵かな 烏不關句集 織田烏不關、吉田冬葉選
石の堅さの藍玉は手にほのぬくし 加藤知世子 花寂び
藍玉の沸(た)つが如きか人恋うは 折笠美秋 君なら蝶に
藍玉の立方体の朧かな 伊藤いと子
藍玉の藍とはちがふ濃あぢさゐ 後藤夜半 底紅
藍玉の重きは石と異ならず 森田峠(かつらぎ)
越前へ送る藍玉二十俵 宮崎 寒水
●藍の華
時雨光生きて湧きつぐ藍の華 加藤知世子
淑気とは誰も来ぬ日の藍の華 斎藤梅子
甕群に藍の華浮く時雨山 古舘曹人 樹下石上
糸染める月の力や藍の華 植松章治
藍の華何をつぶやく土用かな 森田峠 逆瀬川
藍建ての一甕一華染始 景山みどり
藍華に言葉をかけて秋の女 椎橋清翠
藍華の呟き続く去年今年 由木みのる
藍華を咲かせ紺屋に幟立つ 三輪陽子
●麻（織物）
あけがたの雨に濡れたる麻を刈る 町田勝彦
いつせいに亀投身す麻嵐 鳥居美智子
かさこそと蝗浪うつ麻袋 細谷鳩舎
かな～や麻の丈はやきはまれり 高橋馬相 秋山越
かるかやのつめ込んである麻袋 水野恒彦
きりきりと麻緒匂はせ垣繕ふ 脇本千鶴子
くる度にこの家親し麻のれん 近藤いぬゐ
この谷の麻(み)も蚕(こ)も滅ぶ青時雨 中戸川朝人 星辰
こゝらより川の名変り麻の花 上田花勢
さそり座のそばまで麻の花ざかり 藤田湘子
さち子待つ麻羅さやに立つ寒くとも 清水基吉 寒蕭々
しののめや露の近江の麻畠 蕪村「蕪村句集」
たたずめる女人に箆麻に月明り 下村槐太 光背
ちからなや麻刈るあとの秋の風 越人 選集古今句集
なつかしき闇のにほひや麻畠 召波「春泥発句集」
ひろびろと空のありけり麻を蒔く 上島幸重
まつすぐに雨とほしをり麻畑 きくちつねこ「花晨」
もの思ふ終りに麻の葉波あり 岡井省二「明野」
やね葺きの額白しや麻頭巾 寿仙 俳諧撰集「有磯海」
やや暑し赤麻も丈となりにけり 鈴木しげを
ゆり出だすみどりの波や麻の風 広瀬惟然
一宿して立去る君や麻頭巾 露月句集 石井露月
一日着て麻服に皺松の風 長谷川櫂 蓬莱
一本の竹麻一夏の花として 池田歌子
一本の麻の育ちて花こぼす 中田みづほ
一村は麻より低き家ばかり 露月句集 石井露月
三人とも麻の服着て見つめ合ふ 飯島晴子
三日月のいつか出てゐる桜麻 嵐竹「芭蕉庵小文庫」
三礼の僧がたたみぬ麻の座具 吉田紫乃
下京の一客となる麻衾 上野さち子
下野は風のそだてし麻の丈 三国あさ子
下野や麻刈りすみし魂迎へ 印旛 涌
人は老ゆ苧麻の衣の島老ゆる 吉田紫乃
人を嫌ふやうな鳥足升麻かな 森田公司
人中や麻服の身をかたくなに 大石悦子 群萌
人麿忌真麻に小楢に東歌 西本一都 景色
仏塔のもとに麻種蒔きにけり 吉田紫乃
何か言ひかけ先に行く麻畑 福井啓子
例幣使街道麻を刈つてをり 西本一都 景色
俤は麻の背広を着て歩む 長谷川櫂 虚空
切る麻の影縮まりてよるべなき 大貫鬼山
加賀城下麻ののれんに「あめ」の二字 近藤一鴻
十歩して夕焼さめし麻畠 野沢節子
卑弥呼失踪きりきり朝かぜ麻の葉 鈴木 明
友達は男ばかりや麻刈り女 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
古町をつらぬく川や麻のれん 八木林之介 青霞集
向ひ山麻刈る音のとどきけり 及川貞 夕焼
吹き分けて麻の実すこしくれにけり 加藤楸邨
四五本をもろ手づかみに麻を抜く 倉田勝栄(けごん)
土曜日の白靴を抱き麻工女 西本一都 景色
墓参りのときのみに着る麻絣 細見綾子 黄 瀬
夏山ヤ岩アラハレテ乱麻皴 夏山 正岡子規
夏引その乱れや二十八天下 夏麻引く 正岡子規
夏近き近江の空や麻の雨 村上鬼城
夕ぐれの駅に降りたつ麻のひと 長谷川櫂 古志
夜嵐の嬉しき麻の茂りかな 赤木格堂
夜明けつつ青麻畑の高さかな 草間時彦
大寺に麻の衣の僧一人 後藤夜半 底紅
大小の穴のまはりの麻袋 各務耐子
妻の座の束縛もなし麻の帯 三好潤子
姫君の麻一つ身に紋寂びぬ 都筑智子
子を負うて志賀の里人麻を刈る 大場活刀
家照つてゐる六月の麻畑 岡井省二
寒天を冷やす平穏麻そよぐ 中山純子 沙 羅以後
山畑に麻の花澄む颱風季 有働亨 汐路
山路なるこゝら辺りも麻植うる 脇坂満穂
山陰や一村暮るゝ麻畠 古白遺稿 藤野古白
山麓は麻播く日なり蕨餅 田中冬二 行人
川狩を見て麻績村にとき過す 宮津昭彦
左沢百目木の茶屋の麻のれん 高岡智照
巫女の髪麻で束ねて更衣 永岡好友
帰化びとの麻織神やもちの花 村田よう子
干麻に汗の笠抛げ縁昼寝 西本一都 景色
広葉もてうなづき合へり麻大黄 前田普羅 春寒浅間山
強もてにみがきかかりし麻の服 遠藤タミ子
形見て鰻焼く待つ麻のれん 石川桂郎 高蘆
御命講や紙子のうへの麻ばかま 奚魚 十 月 月別句集「韻塞」
戸隠の社家の軒にも麻の束 三宅まさる
折りて来し椿とりだす麻袋 長谷川櫂 古志
指し数ふ麻座布団の昼の席 北野平八
撫子の池は落さじ麻地酒 史邦 六 月 月別句集「韻塞」
撫子の泄(も)れは落さじ麻地酒 中村史邦
放牛に虹を二重の青麻山 渡辺古鏡
敗戦の嘗て其日の蓖麻の花 三橋敏雄 畳の上
散らばりし麻坐布団に戻りけり 右城暮石 声と声
斎館や谷の底まで升麻咲き 手塚美佐 昔の香
新酒問へばなしと答へて麻をうむ 寺田寅彦
日ざかりをしづかに麻の匂ひかな 大江丸「俳懺悔」
明るくて向ふ透けたる麻畑 田川飛旅子 『花文字』
明易き人の出入や麻暖簾 前田普羅
星赤し人無き路の麻の丈 芥川龍之介 蕩々帖〔その一〕
晒菜升麻白狐のごとし霧がくれ 古賀まり子
晩年や夜明けの胸の麻ぶとん 西宇内(日矢)
更級にとなりて月の麻績の里 木村蕪城 一位
月の出の蕗茄であがる麻釜かな 吉田鴻司
朝市や漆一字の麻のれん 八井悦子
木麻黄の葉風涼しや夏季講座 石井桐陰
村覆ふ麻釜のけむり明易き 古賀まり子
杜涼し幣に結びし麻一筋 伊藤いと子
梯子掛けありて屋根にも麻を干す 富岡桐人「かつらぎ選集」
楸邨佇つ秋の緋暗き大蓖麻に 赤城さかえ
水広き麻の小村のわたしかな 高浜虚子
水明り焔明りの麻畠 広瀬直人
水浴びる子らよこんなに麻の花 金子皆子
油売麻蒔き居れば来るなり 松瀬青々
泳ぎきし頬ぺかぺかと蓖麻の径 石原舟月 山鵲
流すめり風ふきたまる麻の葉を 妻木 松瀬青々
浙江の潮観に行かず麻を刈る 森田峠 逆瀬川
漁火すでに遠いひびきや麻畑 伊藤淳子
炎天に鹿沼麻緑蔭に鹿沼土 西本一都 景色
焼け岳にけむりのたてり麻を刈る 田中冬二 俳句拾遺
燕に麻の葉模様かぎりなし 西本一都 景色
父の日の贈物とて麻パジャマ 高澤良一 寒暑
玉三郎観に麻服の皺しやれて 平井さち子 鷹日和
現八の麻張り房州団扇かな 高澤良一 素抱
痩せしまゝ勤めはじまる麻の服 林原耒井 蜩
白山の雪はなだれて桜麻 路通「草庵集」
白麻の日傘の陰にひそかにゐ 長谷川櫂 虚空
盆の箸つくる麻種蒔きにけり 茨木和生 往馬
目覚ましに試みるなり麻地酒 井月「井月全集」
着ぶくれて富麻の寺へ詣でけり 山本洋子
石垣を朝の日おりる麻畠 岡井省二
石鼎の麻着といふがかかりけり 山本洋子
種麻につく群雀や出水原 金尾梅の門 古志の歌
種麻やぐるりに残る焼け畠 浪化 俳諧撰集「有磯海」
稲妻や桑麻の里の浴み時 松瀬青々
稲妻や裏葉萋たる麻畑 会津八一
空たれて炭地区の径蓖麻枯るる 飯田蛇笏 雪峡
箆麻活けて子規忌の黒き荒目籠 伊丹さち子
素姓よき苧殻立掛け麻工房 浅野アツ子
紡ぐごと麻の葉流す流れけり 関戸靖子
索道の石炭落す麻畠 山口誓子
老禰宜のかむさびませる麻袴 飯田立春
胸先に風遊ばする麻を着て 青野きみ
能面を神とし祭り麻を刈る 岸 霜蔭
花海芋麻の卓布に折目かな 長谷川櫂 蓬莱
苧麻(からむし)をつよくしごきて風月夜 橋本榮治 越在
苧麻(ちょま)知らず東海道の一筋も 高澤良一 随笑
苧麻の花外周に妙喜庵 木下弥寿子
菎麻しげり菜をまくところなくなりぬ 川島彷徨子 榛の木
菎麻を倒して仔馬耳振れる 松藤夏山 夏山句集
菎麻長けしほとりの草を刈りにけり 岸風三楼 往来
萎えし手に足もて掛ける麻蒲団 中山勝仁
萬葉の都万麻の花に我は佇つ 千石比呂志
蓖麻(たうごま)の実をしぼり出す涙かな 山店 芭蕉庵小文庫
蓖麻かれず耕地あらたに靄のたつ 飯田蛇笏 春蘭
蓖麻の実に毒蛇の縞ありしなり 矢島渚男 延年
蓖麻の実のねむるよりはつしぐれ 飯田蛇笏 春蘭
蓖麻の実へ停る尾輌を降りてけり 原田種茅 径
蓖麻の種子採るべくなりぬ秋の空 龍岡晋
蓖麻は実に巷をゆきて糞す馬 下村槐太 天涯
蓖麻蒔くや天長節の夕ぐれに 萩原麦草 麦嵐
蕃茄の藪のよろぐと麻績(をみ)過ぎぬ 宮坂静生 樹下
薄柿のにほひもかろし麻頭巾 浪化「浪化発句集」
蚊帳の中麻羅投げ出して寝たるかも 冬の土宮林菫哉
蛇取りの麻の袋をひきずり来 森井章恵
蠅とり草年端もゆかず麻工女 西本一都 景色
行水に星生む麻の風湧けり 大竹孤悠
裸身に麻の匂ひやすまひ取 許六 七 月 月別句集「韻塞」
赤子に汽車見せて涼しむ麻畑 野澤節子 黄 炎
軍服に似し麻服や一教師 岩田由美 夏安
近江野や麻刈る雨の晴間かな 蕪村「夜半叟句集」
追分といふ別れあり麻暖簾 榎本好宏「三遠」
透き徹るようだ水牛に麻の花 金子皆子
郡家の東百五十歩の麻畠 廣江八重櫻
野火守りの麻かみしもを先だてて 吉田紫乃
野路かへる麻幹なゝめに抱きゐたり 田中午次郎
釣忍むかし産着の麻模様 辻 直美
銀河明りほのぼのと麻殻踏み出づる 金尾梅の門 古志の歌
降りさうな風にかはりし麻暖簾 丸山しげる
雪山のあなた雪山麻を績む 文挟夫佐恵 雨 月
霊か馬か濃くなりにけり麻畑 阿部完市 鶏論
露けしや晩年麻のごとくにて 平井照敏 天上大風
青嶺垣麻八尺の丈そろふ 及川貞 夕焼
青蓼の厨も見えて麻暖簾 泉鏡花
風死せり伸び極まりし麻の丈 青木瓢子
風花の野沢温泉麻釜かな 浅野節子
馬の丈より高き麻刈られゆく 田川飛旅子 花文字
馬追の柱越えゆく麻袴 桂樟蹊子
鳴子引日に五匁の麻をうむ 寺田寅彦
鶴の寝屋で麻のふとんでねむりたし 阿部完市 春日朝歌
麻あとのうす皮小豆ほろと蒔く 西本一都 景色
麻から売帰る足にて安く候 椎本才麿
麻がらの杖草履手向ん瓜の皮 洞雨 選集「板東太郎」
麻がらを門々売って歩きゐし 岡はる
麻すだれ厨房の脛葱トントン 西かつのり
麻だすきして昼寝子よ秋祭 木歩句集 富田木歩
麻づきん一夏の禅に参じけり 島田五空「裘」
麻の中月の白さに送りけり 高浜虚子
麻の中雨すいすいと見ゆるかな 高浜虚子「虚子全集」
麻の実や湖も眠たき日のあらむ 大木あまり 雲の塔
麻の実や繋がれて馬白かりき 星野麦丘人
麻の実を身近きものの如く見る 後藤夜半 底紅
麻の服風はまだらに吹くをおぼゆ 篠原梵
麻の皮楮を剥くと異ならず 森田峠 逆瀬川
麻の花マリリンいなくてつまらない 遠山郁好
麻の芽や栃木平野の東風強し 高橋淡路女 梶の葉
麻の葉にゆるゆるとくる祝心 宇佐美魚目 天地存問
麻の葉に借銭書て流しけり 一茶 ■文化十年癸酉(五十一歳)
麻の葉のあからむすゑや雲の峰 中村史邦
麻の葉のきりこみふかく涼徹す 大野林火
麻の葉のほつれそめたる手毬かな 喜舟
麻の葉の軒端をなづる村家哉 寺田寅彦
麻の葉を立つ稲妻の方途なし 萩原麦草 麦嵐
麻の香のくるも涼しや寺の庭 立花北枝
麻はかぼそく花咲く煙草逞しや 滝春一
麻ひたす其処より濁る沢の水 前田普羅 春寒浅間山
麻ひめのをしへ成らん貸小袖 暁台
麻まくや湖へ傾く四五ヶ村 永田青嵐
麻むすや湯気もれそめし大甑 鈴鹿野風呂 浜木綿
麻を着て麻地の鞄形見めく 黒田杏子 花下草上
麻を蒔く畑深打に熔岩浮び 久保 武
麻二寸雀かくれの新樹かな 野径 俳諧撰集「藤の実」
麻刈ってまっすぐ空を倒しけり 岩間愛子
麻刈って谿さっぱりと水の音 及川貞 夕焼
麻刈つて渺たる月の渡しかな 飯田蛇笏「山廬集」
麻刈の毛脛濡らすよ夏の露 梅本塵山
麻刈や麻にかくれて刈りすゝむ 鈴鹿野風呂 浜木綿
麻刈られ土の軟弱日に晒す 野澤節子 黄 炎
麻刈りしあとを斜めに横切りぬ 草間時彦 櫻山
麻刈りてひらく山河の露しげし 堀口星眠
麻刈りて稲妻かかる遠嶺かな 橋本鶏二 年輪
麻刈りて蛇を截りたる男哉 酒葉月人
麻刈りの麻の日かげに手を休む 宮津昭彦
麻刈りや白髪かしらのあらはるる 暁台「暁台句集」
麻刈るやのこす種麻小十本 鈴鹿野風呂 浜木綿
麻刈るや喇叭吹き過ぐ鹿沼馬車 小林臍斎
麻刈れば目に渺々と湖水かな 赤木格堂
麻咲いて坊主頭の子に朝日 小澤實
麻大黄おのれがこぼす花の音 前田普羅 春寒浅間山
麻姑の手の指のかたちに冬深む 長谷川久々子
麻干して麓村とはよき名なり 高野素十「初鴉」
麻打ち洗う運河暗緑の旅なり 金子皆子
麻暖簾ずいと蔵まで通し土間 山田弥寿子(青樹)
麻暖簾に掛けかへて奥に簀戸見ゆる 青峰集 島田青峰
麻暖簾吹き上りつゝ用なさず 新田千鶴子
麻月夜みちに川水溢れつつ 西村公鳳
麻服で拝す歴代王の墓 上田日差子「忘南」
麻服に皺蓄へてダンディズム 泉田秋硯「月に逢ふ」
麻服のおのが白さに眩み行く 篠原梵
麻服のすがしや帰路は歩きけり 目迫秩父
麻服のはじめは耳を澄ましけり 宮崎夕美
麻服の年尾師の来てよく喋る 坊城としあつ
麻服の皺つよく敵多かりし 菅原鬨也
麻服の皺に憂きこと秘めゐたり 小谷裕子(たかんな)
麻服の皺を豊かにパイプ喫ふ 山田真砂年
麻服の臀は皺をたくはへぬ 大石悦子 百花
麻服の風の乾きも他郷なる 橋本榮治「越在」
麻服を掛けさきほどの私かな 蓬田紀枝子
麻服を著せかけらるゝ手をとほす 滝井孝作 浮寝鳥
麻服涼しげ慇懃無礼の口髯も 赤城さかえ句集
麻村や家をへだつる水ぐるま 其角
麻殻をひたすらに折る仕度あり 綾部仁喜 寒木
麻殻鳴る檐端の燕疾く見えず 乙字俳句集 大須賀乙字
麻甚平着し見ぬ父をなつかしみ 松村蒼石
麻畑に行々子鳴て黄昏るゝ 寺田寅彦
麻畑や頭へのぼる塵火の香 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
麻畠白黒映画とともに伸ぶ 攝津幸彦 鹿々集
麻畠金剛の嶮ここに尽く 福田蓼汀 山火
麻紡ぐ工女に笹舟流す暇 西本一都 景色
麻臥して風筋とをす小家かな 斜嶺 芭蕉庵小文庫
麻茂り伏屋の軒を見せじとす 富安風生
麻蒔くや手慣れてかろき木鍬なる 鳥越すみこ
麻蒔くや蓬に癖の付かぬうち 暁雨
麻袋新じやが入れて立ちあがる 石田京子(円)
麻袴歩幅に隙の無かりけり 脇本千鶴子(方円)
麻頭巾蓮見にまかる小船かな 召 波
黒髪を梳くごと麻を挽きにけり 鈴木貞雄(若葉)
●編む籠
出入口なき虫籠を編む男 日原 傳
初東風や編まれて青き生簀籠 小澤克己
啓蟄の竹の張りもて籠を編む 鳥居おさむ
喪籠りの蜑の編みたる蛍籠 浅井陽子(白桃)
大旱の竹青々と蛇籠編む 佐野青陽人 天の川
姉妹の麦稈籠をきそひ編む 阿部みどり女 笹鳴
室一ぱいの籠編む宿や虫の声 冬葉第一句集 吉田冬葉
寒波来る買出し籠は竹で編み 鈴木真砂女 夕螢
川漁師籠編んでをり冬ぬくし 木村里風子
敦忌のため蛍籠編み上げし 伊藤通明
有馬籠稀に麦藁籠も編む森田 峠(かつらぎ)
深梅雨の膝に竹籠回し編む 川崎慶子
真似をして麦藁籠の編み上る 後藤夜半 底紅
籠に編む真竹篠竹白露の夜 きくちつねこ
籠を編むごとく太藺の折れはじむ 加藤三七子
籠を編む十指泰山木の花 折井紀衣
籠を編む灯をもらしゐる氷かな 大木あまり 雲の塔
籠を編む軒に秋日をまはしつつ 川鍋 絹子
籠枕編むや連峰雲の中 大島民郎
籠編むや籠に去年の目今年の目 正雄
素材みな磨き神鵜の籠を編む 道端美津子
緑さす籐編み籠に籐の鳥 高澤良一 ぱらりとせ
編みあがる麦藁籠の光り哉 松浦為王
蛍籠編みてしばらく膝に置く 伊藤通明「蓬莱」
谷あひの光るは蛇籠編みてをり 折井眞琴「眞紅」
走馬灯ともし竹籠編みゐたり 中橋文子
開拓のはてが籠編む夜なべとは 佐藤念腹
麦稈の肌のひかりを籠に編む 佐野俊夫
●綾織（物）
綾織の月に張られし網代竹 岡本歩城
●アルパカ
●阿波縮
阿波縮着て二夕心遊ばすも 山田みづえ 木語
●阿波木偶
阿波木偶の錦繍纏ふ菊日和 堀北久子
阿波木偶の眉はね春を惜しむかな 後藤軒太郎
●糸
あはあはと昼の月あり糸桜 宮下翠舟
あめつちを結ぶ雨糸初山河 西宮舞
あやとりの糸のはじめを白き蝶 磯貝碧蹄館
あらたまの手毬麩かがる糸の数 黒田杏子 花下草上
ありたけの糸のばしたり凧 石井露月
いきものは凧からのびてくる糸か 鴇田智哉
いちどきの箸に糸引くごまめかな 藤井恒子
いとたやすく花の抜け落つ糸ざくら 高澤良一 さざなみやつこ
いのち糸伸ばしきる蜘蛛母死にそ 平井さち子 紅き栞
おのが葉に糸ひつかゝり浦島草 勝本治恵
おのれまとふ無尽の糸や上蔟す 山本つぼみ
おはぐろに見えぬ糸ある水の上 鈴木鷹夫 渚通り
お火焚や古きままなる糸染屋 杉村正子
かけ流す願の糸のおもはゆし 高橋淡路女
かなしくて糸のからまる貝母かな 樋口愛子
かなしさや釣の糸吹くあきの風 蕪村
かまつかの紅がはなれぬ糸ぐるま 神尾久美子
きさらぎや人形にある糸切歯 藺草慶子
きのふけふ糸引く雨やかつみの芽 御木正禅
きれ凧や糸くひとむる鬼瓦 凧 正岡子規
くもの糸一すぢよぎる百合の前 高野素十「初鴉」
くもの糸伊勢講の背に吹き流れ 宇佐美魚目
くもの糸四十男にからみつく 辻田克巳
くれなゐの絹糸桜綻びぬ 糸桜 正岡子規
けふの日の終る影曳き糸すすき 野見山朱鳥
この家を見つつ下り来ぬ糸取れり 富安風生
この淵とひかりあふもの蜘蛛の糸 中田剛 珠樹
こぼれ蚕の踏まれて糸をもらしけり 石田勝彦
ごめ渡る糸蔵残る町の空 太田 嗟
さき交る柳の中の糸桜 糸桜 正岡子規
さくらの夜声のきれいな糸と針 栗林千津
さゝかにの糸ひきのはす日永哉 日永 正岡子規
ざりがにを釣る花の間に糸垂らし 細田恵子
しつけ糸ふくむ愛憐秋袷 飯田蛇笏
しつけ糸解かぬ形見の秋袷 小川あやめ
しなやかなものにつかまり糸とんぼ 吉原一暁(狩)
すこしづつ雫うごきぬ蜘蛛の糸 中田剛 珠樹以後
するすると蓑虫糸を垂らしけり 塩川雄三
その寺の名はわすれたり糸ざくら 召波
その寺の縁起読みたり糸桜 仲丸輝男
その糸の闇をまさぐる浦島草 柴山みちを(風雪)
たちこめて花の匂ひや蜘蛛の糸 中田剛 珠樹以後
たて糸のまわりはいつも冬だった 津沢マサ子 空の季節
たましひの糸引くやうに桜しべ 長谷川久々子
たましひの軽さはいくら糸とんぼ 仙田洋子 橋のあなたに
たまひしのしづかにながれ糸蜻蛉 菅原鬨也
たらたらと落花糸ある如きかな 都筑智子
つくし生ひいとこ糸ほど似るえにし 堀切千代
つと曲り金糸魚の尾やすつと従く 山田尚良
てふてふを操る糸の見つからず 田中康夫
とうすみの糸のいのちの交むかな 鈴木貞雄(若葉)
とり逃がす三味の二の糸鉄線花 佐藤美恵子
にはとりの胸のわけ入る糸桜 さかいのこなみ
ねとねとと糸ひくおくら青春過ぐ 小澤實
はしけやし露のぼりゐる糸すゝき 原石鼎
はつはるや金糸銀糸の加賀手毬 田村愛子
ひぐらしの遠音の糸の切れしまま 飯田龍太
ひさびさに糸ひく蕗を食べにけり 山口誓子
ひっぱれる糸まっすぐや甲虫 高野素十
ひとすぢの蜘蛛の糸垂れ蟻地獄 行方克己 無言劇
ひとりでに指が動くと糸取女 内山芳子(雨月)
ひと雨の玉の雫や糸柳 飴山 實
ひややかや道をよぎりて蜘蛛の糸 長谷川櫂 天球
ほぐれ初む麻酔の糸や脳涼し 高澤良一 鳩信
ほつれたる手毬の糸は今は赤 河越燕子楼
ほほえんで大学芋が糸を引く 永末恵子 留守
まくは瓜戸口に冷す琴糸師 荏原京子
まつすぐに雨の糸見ゆ花菖蒲 森澄雄
みの虫の糸の光れる時のあり 高浜年尾
むめちるや糸の光の日のにほひ 土芳
むらさきを見せむと解きし糸繰草 橋本ひろ子
めくら跳びして糸取の湯玉かな 永方裕子
もつれたり解けたり風の糸柳 柳 正岡子規
もつれたる願の糸をときもする 遠藤為春
もつれつゝとけつゝ春の雨の糸 鈴木花蓑句集 鈴木花蓑
ももさくら糸とうめいに連なる人 穴井太 土語
ゆきくれて雨もる宿や糸ざくら 蕪村
ゆく春やながい糸ひく箸の蕗 那須辰造 天窓
ゆるされぬ願ひの糸を今年又 安斉君子
ゆれるたび闇迫りくる糸桜 和田耕三郎
よぎるもの風にはあらず糸とんぼ 高澤良一 素抱
よく鍋に躍る白繭糸を引く 佐山滄々子
わが師糸この雪吊の縄に似て 橋本榮治 越在
わが染めし糸もて刺しし手毬かな 山岸 修
われながら下手の長糸梅雨篭 矢部淑子
オクラに糸すこし絡らまりまた口に 河野南畦
カタン糸の白がするする伸びて夏 嶋田麻紀
キャンパスの風にあそびて糸桜 石川富美子
コスモスの花びらかかり蜘蛛の糸 長谷川櫂 蓬莱
ゴッホの糸杉 東風に逆立つ我が蓬髪 高柳重信
サリーの娘蝿追ひながら糸紡ぐ 浦本悦女
ジングルベル糸屑つけてゐたるなり 小島千架子
ボートより釣り糸垂らす緑の日 島谷征良
一すぢの糸にもいのち機始 下村ひろし
一の糸ふつゝときれて子規 時鳥 正岡子規
一の糸二の糸雨の落し文 長谷川双魚
一叢のざっくばらんな糸芒 高澤良一 燕音
一吹きの風に消え入り糸蜻蛉 高幸平
一夜にして自転車捉ふ蜘蛛の糸 高澤良一 素抱
一月の野面や低く糸を干す 殿村莵絲子
一月の金糸魚を煮て日記書く 深町咲子
一樹には一樹の縁糸桜 荒川真樹子
一瞬の糸となりゐて流れ星 稲畑廣太郎
一社一寺そのほかはみな糸を取る 大橋櫻坡子
一筋の糸引出すや繭躍る 澤木欣一
一筋の糸懸け了り草に蜘蛛 橋田憲明
一聯の露りん～と糸芒 川端茅舎
一茎を両手で押へ糸とんぼ 高澤良一 さざなみやつこ
七夕の女心の糸結ぶ 石本めぐみ
七夕の願ひの糸の長からず 稲畑汀子
七夕や火の粉糸ひく煙出 三橋敏雄
七夕や野にもねがひの糸すすき 一茶
三の酉母の縫糸買ひに出て 古賀まり子
三人は友となるかも糸蜻蛉 落合よう子
上刺をしたる膝当糸を引く 茨木和生 往馬
上簇やうらわかき目の糸開 平畑静塔
上蔟の己に糸吐く霞かな 菅原師竹
不器用に願の糸を結ぶ吾子 稲畑廣太郎
不知火や黒糸威の大鎧 佐藤史奈
且つ結び且つ消ゆ水輪糸柳 高澤良一 素抱
乞巧奠願ひの糸の絹の艶 中尾杏子
二の糸干す梁間へ春の田のひかり 西村公鳳
二歳児に捕らえられたる糸蜻蛉 摂待信子
五色針糸の尾長う縫ひ初め 中村烏堂
人の手にあらじと嘆き糸を取る 大橋敦子
人形の供養に揺るる糸ざくら 石川英子
人日に殺生の糸垂れており 西野昌男
人日や老婆の足音糸のごとし 神山冬崖
人来るを考へず蜘蛛糸を張る 木暮つとむ
今日も明日もトカトントンの糸とんぼ 仙田洋子 橋のあなたに
今昔や緒絶の橋の糸柳 胆沢藤行
仕付け糸をとこに引かすさくらかな 岡田久慧
仮縫ひの糸曳き朧にもなれず 齋藤愼爾
伏流の吹きあぐる砂糸とんぼ 松尾隆信
佇めば紅さし初むる糸桜 吉村春風子
何ごとも無かつたやうに糸とんぼ 須川洋子
余花の雨琴糸収む桐箪笥 内山美智子
修善寺や赤きつぼみの糸ざくら 栗田やすし
傀儡のこときれたるは糸放す 長谷川双魚 『ひとつとや』
元気だせ飛べ飛べ河原の糸とんぼ 佐藤富美子
光りては光に消ゆる糸蜻蛉 仙田洋子 橋のあなたに
八月や膝ついて糸切れし音 清水径子
公魚のあがる軽さに糸吹かれ 河野探風
六月の乙女の白き糸切歯 今泉貞鳳
冬凪や紀州手毬の糸の艶 大頭美代子
冬空に蜘蛛がほとけの糸を吐く 飯田龍太「春の道」
冬紅葉糸切つて歯を確かむる 鍵和田[ゆう]子 飛鳥
冬茜五色の糸にみちびかれ 川崎展宏 冬
冬蜘蛛の命の糸や陽を絞る 古市絵未
凍つる夜の水は糸ほど流しけり 笠井豊子
凧の息伝はる糸を引きにけり 門伝史会
凧の糸のびるばかりの怖ろしや 岸風三楼
凧の糸ひとすじイタリー大使館 伊藤 清
凧の糸まつすぐ伸びて勉強せ 佐々木六戈 百韻反故 冬の皺
凧の糸二すぢよぎる伽藍かな 高野素十
凧の糸持たせてもらひ凧傾しぐ 原田種茅
凧の糸濡さじものを潦 仙堂
凧の糸見えぬ高さに凧上げる 鈴木皆子
凧百間の糸を上りけり 河東碧梧桐
凧糸に顔よぎらるる遠干潟 鍵和田[ゆう]子 浮標
凧糸の五百目綯ひし夜頃かな 塩谷華園
凧糸の白さをもつて地に還る 加倉井秋を 『午後の窓』
凧糸の白のひとすぢ身より出て 桂信子
凧糸はいま恍惚の抛物線 松山足羽
凧糸もつれ解く野風に立てりけり 八年間『碧梧桐句集八年間』 河東碧梧桐
凧糸を父より継いで 新世紀 橋本昭一
凧静かなれば糸引く子の座り 向井曽代
切り捨てゝ心しづめん糸柳 柳 正岡子規
切れし糸つなぎて飾る聖樹かな 岡田守生
切れもなく今日は機嫌や糸取機 山西白閃「氷室歳時記」
切れ凧の残りの糸を巻きにけり 松尾松蘿
切れ凧の糸の見えつゝ落ちにけり 東方日生子
初ゆめのさめかかりたる糸紅し 八田木枯
初売の手芸屋に糸選びをり 布施れい子
初荷とて帯屋にとどく金銀糸 向井富美子
初針の糸をぴしりとしごきけり 閑野芙慈子
初霜や千本の糸染め上がり 水田光雄
刺繍糸縺れてよりのさくら冷 山口貴志子
加賀毬の糸のほつれよ牡丹雪 田口俊子
十人がまばらに宇治の糸桜 鳥居美智子
十夜婆鼻緒の赤の糸じるし 加藤美代子
千本の糸持ち重り糸ざくら 近衛節子
単色の絵本思えり糸きり歯 大西健司
又雨の太き糸見え夏木立 立子
古文書の綴糸切れし時鳥 鈴木鷹夫 大津絵
吉兆の糸を繰り出す花まんさく 佐藤美恵子
吊るし雛吊るたらちねの赤い糸 根岸たけを
吾子就学糸切歯にて糸を切る 伊藤敬子
咲きみちて静けさのあり糸桜 鈴木幾子
唇へながれてきたり蜘蛛の糸 中田剛 珠樹
唐糸草見しより旅の華やげり 松崎鉄之介「長江」
啓蟄やすんなり通る針の糸 明才地禮子
啓蟄や糸の溢るる小抽出 毛塚静枝
土砂降りや願ひの糸を固結び 菖蒲あや
土筆生いいとこ糸ほど似るえにし 堀切千代
土蜘蛛の吐く糸無尽嵯峨念仏 岡本春人
土雛夕星糸のこゑ発す 大石香代子
地に届くまで汝が世界糸ざくら 松本旭
地に揺るる影にも蕾糸ざくら 奈良文夫
地吹雪のかの糸櫻見舞ふべし 黒田杏子 花下草上
地蔵会のお糸地蔵にお針子ら 豊里とも吉
垂れかゝるしたれ桜や石燈籠 糸桜 正岡子規
城山や少年の凧糸太し 藤岡筑邨
堂二つつなぐ一すぢ蜘蛛の糸 久保田月鈴子
墨壺の糸ぴんぴんと山眠る 長谷川双魚 『ひとつとや』
墨打ちの糸の直線風光る 富田好江
壬生狂言土ぐもの糸吾に及び 角 光雄
声かけるすきのなかりし糸取女 小松和代
声の糸繰り出し流す草雲雀 右城暮石
夏一気糸流し蜘蛛飛んで来し 紺野佐智子
夏引の糸のもつれや妹が恋 伊藤松宇「松宇家集」
夕顔にとられて琴の糸もなし 夕顔 正岡子規
多喜二忌や糸きりきりとハムの腕 秋元不死男
夜なべせる老妻糸を切る歯あり 皆吉爽雨
夜の秋や戸にはさまりし糸すゝき 柳芽
夢の遠さに凧糸をのばしきる少年 山本つぼみ
大凧に魂入るは糸切れてのち 高橋睦郎
大方は妻の筆跡願の糸 高澤良一 素抱
天界とこの世を結ぶ蜘蛛の糸 星野椿「雪見酒」
太古より神の石指す糸芒(田烏の浜二句) 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
太梁の垂らしてゐたる蜘蛛の糸 片山由美子
夫も子もなく独り居の糸取女 吉田大江
奈良晒三寒の糸織りかけに 高澤良一 寒暑
女房は鶴/糸見せぬ身八口 仁平勝 東京物語
女生徒の遊びところや糸桜 糸桜 正岡子規
女郎蜘蛛暮色へ銀の糸を吐く 岐志津子「駆けてきて花野」
女郎蜘蛛月蝕の夜に糸たらす 濱郁子(くるみ)
女郎蜘蛛朝は黄金に張れる糸 高澤良一 素抱
女郎蜘蛛糸張る計算通りかな 高澤良一 随笑
女郎蜘蛛縦の糸張る手順見て 高澤良一 宿好
姉妹の願いの糸の色ちがふ 沢田岳楼
媼の唄春挽糸の糸車 宇佐美末女
子がわれを離れゆく日の糸とんぼ 石寒太 あるき神
子蜘蛛はや天に足かけ糸を吐く 前田圭史
学窓に糸の一すぢ逍遥忌 伊藤敬子
安達ヶ原の糸繰る手業を生業となししは遠き母なりけり 北沢郁子
宗祇水うまし芽を吹く糸柳 中川房子
家二つ狭きが中の糸桜 糸桜 正岡子規
寂しくて虹の糸曳く山繭は 武政 郁
寄る辺なき蓑虫雨の糸の中 杉本和子
寒弾の瞽女二の糸を切るまでに 西本一都
寒弾の糸をきりりと張りにけり 安田源二郎
寒弾や三すぢの糸の真善美 松原文子
寒木瓜や張りを加へて筝の糸 佐藤美恵子
寒紅の皿糸底の古りにけり 京極紀陽
寒紅や皿の糸底かかる指 野村喜舟
寒行の鈴の音の糸引くごとく 木内怜子
寒釣の孤独まさぐる糸長し 斉藤満子
小さく赤い蜘蛛手を這えり糸曳きて 金子兜太
少年の手に凧の糸張りどほし 池田秀水
尺蠖の糸引き落ちて明けゆけり 太田 蓁樹
尾を曲げて瑠璃の濃くなる糸蜻蛉 堀口星眠
屋根雪の厚さ糸さし母へわたす 宮坂静生 青胡桃
山寺に余る大樹の糸桜 江東千代
山繭の糸のつよさよ秋収 黒田杏子 水の扉
山茱萸に糸引く雨となりしかな 福永耕二
岸釣の夕波の糸となりにけり 長谷川春草
峡の凧日の当るまで糸伸ばす 福田蓼汀
崖の暗みで雨脚を見る金糸草 鈴木鷹夫 渚通り
川千鳥啼くに記憶の糸たぐる 占魚 (家郷人吉)
川波のこゑを懸けゆく糸芒 高澤良一 燕音
布施なるや竹林院の糸桜 矢田かずこ
平調の糸や切れけむ夜半の春 正巴
座布団の四隅に処暑のかざり糸 長谷川久々子
庭守りは豪傑眉よ糸とんぼ 高井北杜
引く糸にもはや応へずいかのぼり 片山由美子 天弓
張りつめし糸の白妙機始め 片山由美子 水精
張り初めし糸にやすらふ蚕かな 中田みづほ
御園座の角の糸屋に一葉落つ 鈴木みや子
快風に舟足ゆるむ糸蜻蛉 いのうえかつこ
恋さまざま願の糸も白きより 蕪村
悲しさや釣の糸吹く秋の風 蕪村
悴みて千人針の糸くくる 井上雪
悴みて糸の縺をとくすべき 成瀬正俊
悴む手なだめ藍糸絞りきる 太藤 玲
慈母観音木槿に白き糸しづく 佐川広治
戀さまざま願の糸も白きより 蕪村
我が肩に蜘蛛の糸張る秋の暮 木歩句集 富田木歩、新井聲風編
捩花は糸の如くに咲きのぼる 脇田裕司
撥釣瓶汲むや糸取鍋離れ 今井風狂子
放たれて自在をまかす凧の糸 松本詩葉子
数へ日やわが針山の糸の虹 吉田みち子
斑猫の虹糸縅舞ひ立ちぬ 的野雄「斑猫」
新涼のぴしと打つたる墨の糸 松倉ゆずる
新涼や針と糸とを買ひにゆぐ 鈴木桜子
新蕎麦の袋を縫ひぬ赤き糸 長谷川かな女
旅にして糸取る音に目覚めたる 木村蕪城「一位」
旅先に針糸愛でる蕎麦の花 小平 湖
日陰村より糸出でていかのぼり 衣笠 葉
早鐘に蜘蛛が糸吐く嵯峨念仏 武田稜子
明らかに凧の糸のみ暮れ残る 齋藤愼爾
星より星へひかり糸曳く初電話 隈 治人
星合や瞽女も願ひの糸とらん 嵐雪
星合や綾なす糸の佐賀錦 福田章人
春の阿蘇水糸白く張るかなた 友岡子郷 風日
春愁や糸を切らざる糸切歯 八幡より子
春水をくぼめて雨の糸沈む 塙告冬
春浅き野蒜の糸の伸びもつれ 遠藤 はつ
春深し口より糸を吐く夢も 河原枇杷男
春燈に抜き糸の中の紅を選る 金子篤子
春眠の糸たぐりてもたぐりても 岩井三千代
春陰の糸底切つて壺生る みね子
春雨の糸の操る男女かな 京極杞陽
春雨や柳の糸もまじるらん 春の雨 正岡子規
昨夜の凍てとけゆく綺羅や糸寒天 水野富美
昨日より糸は絡まり兜虫 津沢マサ子 華蝕の海
昼の月裳裾かがよふ糸桜 浅野岳詩
晋山の庭儀の潜る糸桜 松本博之
晦冥や内耳にとどく糸でんわ 木村聡雄
晩年はもとよりひとり糸ざくら 八牧美喜子
晩節の穴繕へば糸とんぼ 攝津幸彦 未刊句集
晩菊にふつくらと噛むしつけ糸 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
暁紅の忘れ形見の糸とんぼ 佐藤鬼房
暁闇の揺るると見しは糸桜 和田和子
暫くを考へてをり蜘蛛の糸 中田剛 珠樹以後
曙の墨絵の雲や糸ざくら 泉 鏡花
曳く糸が生くる証の凧 佐藤美恵子
月に糸伸ばしてからすうりの花 青木まさ子
月の蜘蛛いよ～糸のかゞやき来 森田峠
月光に糸あそばせて浦島草 大野崇文
朝の日が糸を降らせり山桜 鈴木鷹夫 大津絵
木の葉髪母に糸屑つき易し 宮坂静生 雹
木菟鳴くや陶師糸底削り出す 黒柳百合子
未来から降りてくるのは蜘蛛の糸 大西泰世 椿事
朱鳥忌の廂吐き出すくもの糸 宇佐見魚目
村の娘の由緒正しき糸切歯 穴井太 原郷樹林
松の芯糸くづつけて立ちてみる 細見綾子
松蝉の響ける糸を蜘蛛渡る 野見山朱鳥
枯菊に虹が走りぬ蜘蛛の糸 松本たかし
枯葉舞ふ唐桟織の糸の艶 藤波康雄
柊の花は糸引き落つるもの 伊藤柏翠
染糸の縮み密なり花の冷 橘美寿穂
染糸をさらすや花藻光りをり 杉本寛
柳絮飛ぶ記憶の糸の切れ切れに 加藤裕子
栗虫の糸吐く空や日の盛り 乙字
根深苗糸ほどの影地に生れ 森 樹夫
桃花節綴ぢ糸朽ちし蘭亭序 蛭田飄児
梅雨晴れて一度に生れ糸とんぼ 稲畑汀子
梶の葉や詩がえにしの糸切れず 角田双柿
棟上げの写る水田の糸蜻蛉 高田里江
検診や尾を曲げ伸ばす糸とんぼ 鍵和田[ゆう]子 飛鳥
榾の火を育て丹後の糸紬ぐ 福島 勲
橋の名は薄るるばかり糸柳 鈴木鷹夫
機糸に屑繭引くや釜始め 倉田萩郎
機糸の色の束より春立てり 清水節子
止まらんと瑠璃糸とんぼ間合詰め 高澤良一 燕音
止まり切つたれば剛直糸蜻蛉 行方克己 昆虫記
止まるつど仏に会いし糸蜻蛉 土田武人
武者凧の眼より糸でてゐたり 大石雄鬼
殺生の音からころと糸を引く 大野せいあ(年輪)
母いまも歯で糸切つて柚子の家 湘子
母せしごと琴糸替ふる春支度 斉藤敬子
母の世の金糸銀糸や土用干し けんとう千草
母の手をかりて粽の糸むすぶ 長嶋石城
母の日のくはへて白き木綿糸 長谷川双魚 『ひとつとや』
母の日や白糸を切る糸切歯 下鉢清子
母の遺した鋏・針・糸・紫木蓮 松野順子
毛虫垂る糸の辺りを横払ひ 高澤良一 随笑
毛虫焼く仕度の中の赤き糸 鈴木鷹夫 春の門
水の夢みてつらつらと蜘蛛の糸 鳥居真里子(俳壇)
水も糸ひくほど眠く藺の咲けり 筑紫磐井
水中の紅糸と見れば花うぐひ 伊藤トキノ
水底に毬藻揺れゐむ糸蜻蛉 松本 進
水引の触れあひて糸絡まざる 土屋いそみ
水飴の糸の向かうの雪催ひ 齊藤史子
氷下魚釣る糸氷上にたぐり溜 大橋桜坡子
氷柱しぬ柳の糸の細きより 臼井丁川
永別のごとふり返る糸ざくら 岡崎淳子
汝が為の願の糸と誰か知る 高浜虚子
池にごりそめて生れし糸とんぼ 稲畑汀子
河鹿の音光の糸を伝ひくる 石原八束 『幻生花』
波乗りの子に糸繰りの母などなし 宮坂静生 青胡桃
泥染の糸つややかに機始 岩切貞子
洗ひ髪の糸引く先や夏の水(若狭に住みいて) 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
流れゆくものに止まりて糸蜻蛉 遠山りん子
浜木綿の糸梳る岬の風 中村和子
海光のつよくて凧の糸見えず 池田秀水
海酸漿かんで商ふ糸切歯 金子扇踊子
涼しさは寂しさとなり糸すすき 殿村菟絲子 『晩緑』
涼しさや糸はづしたるつくし琴 涼し 正岡子規
深川や橋より垂るる鯊の糸 宇都木 水晶花
添水鳴り思索の糸を断ち切らる 大出蕭々子
渡し銭島へ五厘や糸柳 岩本尚子
湖尻のさびしさにゐて糸蜻蛉 能村登四郎
湯びたしの繭から糸を夏の月 小林京子
湿原に目が捉へたる糸蜻蛉 丸山次郎
湿原に神の一睡糸とんぼ 木村敏男
満開が暗しくらしと糸切歯 布施徳子
溜息をあつめて夜の糸ざくら 関口恭代
滂沱たる女の汗や糸を取る 相馬遷子
滝つせの糸の乱や神の旅 島田五空
濃く染めて武具となる糸桜東風 島崎なぎさ
煮凝や太き糸張る津軽三味 渡辺規翠
熊蝉の放射してゐる銀の糸 小檜山繁子
燕去る鶏鳴もまた糸のごと 飯田龍太
父母在さずこの指に止まれ糸とんぼ 磯貝碧蹄館
牛肉の赤いまだらの銀河糸 対馬康子 吾亦紅
牡蠣すする師糸異なる同世代 関森勝夫
物ありと見ればゆらゆら糸柳 柳 正岡子規
独楽の子に糸まだしろき日中かな 島谷征良
独裁や糸が髪ひくかぶと虫 寺山修司 花粉航海
琴の糸さらすや湖へ春の水 幕内千恵
琴の糸切れて久しや昼の虫 久屋三秋
琴の糸干して比叡の初霰 野上智恵子
琴の糸煮てゐる比良の春の雪 大川真智子
琴の糸紡ぐ雁木の湖の村 大岳水一路
琴糸に白繭の冷こもるなり 吉野義子
琴糸の里にて釣瓶落しかな 神蔵 器
琴糸の里を抱きて山眠る 豊田ふじを
琴糸を縒る灯も消えて虎落笛 細井みち
瑠璃沼の色より生まる糸蜻蛉 草野悦
生(き)のひかり繰りて糸引女の月日 平井さち子 鷹日和
生きがたし金糸魚の身をほろほろと 辻 桃子
生きてゐる糸のさき～糸柳 藤後左右
生まれくる子のことに尽く願の糸 高澤良一 素抱
生れたるばかりに吹かれ糸とんぼ 稲畑汀子
生涯に絹も着ざりし糸取女 恩地れい子
由縁知らぬ からゆき墓の供え糸 伊丹公子 パースの秋
男の晩年 雲の中へ糸垂らす 穴井太 土語
疑へば縫糸ももつるゝ火桶かな 原月舟
病妻とさやゑんどうの糸をとる 西山一歩
瘤々の幹二股や糸ざくら 川崎展宏
白き糸針に通して夜の秋 工藤義夫
白妙の昇竜となり糸櫻 高澤良一 燕音
白桃をくも這ひたればくもの糸 長谷川櫂 天球
白糸のその細糸の滝落つる 阪本坂水
白象の糸のまなじり仏生会 長谷川櫂 蓬莱
皮むけば糸を引く蕗妻病めり 道具永吉
皸に糸のくい入る夜機かな 村松かず枝
盆ちかき熊野へながれゆく糸よ 大屋達治 繍鸞
目じるしの糸の色褪せ種を採る 西池ちえ子
眦に光の糸の竹落葉 岡本まち子(馬酔木)
睡蓮の葉畳を飛ぶ糸蜻蛉 笹目翠風「浮寝鴨」
短冊や願ひの糸の文字幼 皆川花女
短日や糸取る繭のをどりづめ 冨田 督子
短日や糸屑つけて物買ひに 吉田みち子
祇王忌や帯の裏糸からみ合ひ 岩田美蜻
神棚に鏡がひとつ糸を引く 茨木和生「往馬」
祭くる門川に殖ゆ糸みみず 高澤良一 ねずみのこまくら
秋の水もつれし糸の解けたるごと 福田甲子雄
秋の雨胡弓の糸に泣く夜かな 暁台
秋蝉や卓にちらばる刺繍糸 野澤節子 『未明音』
秋風やはがねとなりし蜘蛛の糸 大峯あきら 宇宙塵
秘境出て鶺鴒の水糸をよる 古舘曹人
穴釣の糸どこまでも落ちゆけり 下田稔
空をとぶ風船の糸直ぐならず 山下しげ人
空蝉の背にひとすぢの糸のくづ 三嶋 隆英
突っ込んでいやはや蜘蛛のねばる糸 高澤良一 素抱
突風に蜘蛛が糸張り青葉城 木場田秀俊
竜になれよと連凧の糸伸ばす 高木悠悠
竪琴の糸の如くに滴れり 須麻
竹切に糸をつくれば鯊の竿 高浜虚子
箱庭の釣師の竿に糸もなし 中尾いづみ
篝火を焚けば揺れそめ糸桜 下村梅子
糸からくり大きな所作の音涼し 高澤良一 ぱらりとせ
糸きり歯まだ用足せる一葉忌 西田佳子
糸けばのさみどりかなし山繭は 鳥羽とほる
糸さすとき冬燈のもとへ母は佇つ 宮坂静生 青胡桃
糸ざくらもう半日の日和欲し 中戸川朝人 尋声
糸ざくら句碑守米寿迎へけり 横田 茂
糸ざくら暮れて麻酔の夫眠る 藤原緋泥
糸ざくら潜りて遠き世が揺るる 白澤よし子
糸ざくら花明りまだなさず垂る 昭彦
糸ざくら遊行の影を落としけり 小澤克己
糸ざくら風を妖しくしてゐたり 橋本良子
糸ざくら鳥くぐり来てくぐり去る 宮津昭彦
糸すゝき萩の乱れに糸錆びぬ 林原耒井 蜩
糸たるみいて完全に天の凧 橋本美代子
糸たるみゐて完全に天の凧 橋本美代子
糸つけて茄子ひきづるかと思へば 茄子 正岡子規
糸つむぐ車の下やちゝろ鳴く 高浜虚子
糸づめの爪のよわくて寒ざらひ 下田実花
糸でくくられつくられているAの町 阿部完市 にもつは絵馬
糸でんわむすんで薔薇の花まつ赤 熊坂てつを
糸で斬る生傷たえず糸取女 吉田芹川
糸で明くからくりの目や初氷 宇佐美魚目
糸とんぼこつんと草を叩きけり 栗島 弘
糸とんぼすいと水琴窟鳴れり 荒井正隆
糸とんぼとぶ見えがたく消えがたく 藤田湘子
糸とんぼひぐれ紺青透きにけり 加藤楸邨「怒濤」
糸とんぼもぢかりさうな風に乗り 山中 信
糸とんぼ三つとなりし流れかな 瀧村水峯
糸とんぼ可憐に交みさまよひ出る 鈴木石夫
糸とんぼ宙にして石進むなり 岸田稚魚 『筍流し』
糸とんぼ急ぐ日ざしとなりにけり 吉田鴻司
糸とんぼ止まる所が判りけり 高澤良一 燕音
糸とんぼ水のいのちに触れにくる 川村祥子「紀の国」
糸とんぼ水の匂ひを追ひて飛ぶ 伊藤芙美子
糸とんぼ水より生れて水の上 吉田ひろし(自然)
糸とんぼ水辺の昏さばかりとぶ 松藤三鶴
糸とんぼ生れし歓喜水去らず 勝部仇名草
糸とんぼ細藺の風に流さるゝ 古沢京
糸とんぼ茎に取り付くその角度 高澤良一 素抱
糸とんぼ草に紛れてしまひけり 滝田英子(海)
糸とんぼ載せてたわめり風知草 鈴木公二「星の密室」
糸とんぼ遊び足らずよ夜も遊ぶ 藤井 亘
糸とんぼ野良着干しある石の上 岡部幸子
糸とんぼ風のはざまをくぐり来し 佐竹幸子
糸とんぼ骨身けづりし彩なせり 新谷ひろし
糸にさす蝗の顔のみな同じ 大竹きみ江
糸のない糸巻おだまきの気鬱 二村典子
糸のべて凧の尾垂るゝ水田哉 凧 正岡子規
糸の先なめて縫物はじめかな 小島千架子
糸の紅みだれて古りし手毬あり 水原秋櫻子
糸の茎に淋しさよろし吾亦紅 松瀬青々
糸の虹みだれて古りし手毬あり 水原秋櫻子
糸ひいて箸よりすべる千枚漬 安斉君子
糸ひいて糸ひいて散るえごの花 西村和子 かりそめならず
糸ひいて逃げる千枚漬を追う 山本 佑
糸ほどの莢隠元の筋を取り 若井新一
糸ほどの雨の一痕白牡丹 近藤潤一
糸ゆふや里の祭の独楽まわし 陽炎 正岡子規
糸を取るはづみの一糸游がせて 永方裕子「麗日」
糸を取る母が悲しや夕間暮 高浜虚子「虚子全集」
糸を吐く夢を見ており春の風邪 佐藤きみこ
糸を吐く静かな殺気女郎蜘蛛 古市絵未
糸を垂るそばから鯊が掛かりけり 高澤良一 素抱
糸を引く速球カンと振り抜く夏 高澤良一 素抱
糸を撚る駒音高し青葡萄 脇坂啓子
糸伸ばせ伸ばせと凧の風に鳴る 宮崎サカエ
糸切れし風船に空広すぎる 新明紫明
糸切れし風船高圧線を越す 長田等
糸切歯確かに白地縫ひ上ぐる 藤井照子
糸取と言ふ単調を破る客 吉田節子
糸取の湯気にしめれる額髪 山川喜八
糸取の湯気の中なるうけこたへ 吉良芳陽
糸取の目よりも聰き指持てる 廣瀬ひろし
糸取の糸細かりし長かりし 藤田静古
糸取の繭たちあがりたちあがり 鈴木厚子
糸取の賃の支払また遅れ 藤本砂陽
糸取は天職と言ひ目で笑ふ 浜本美重子(諷詠)
糸取や蝿の居しがむ姐被り 阿波野青畝「万両」
糸取りのころを長塚節の居 手塚美佐「中昔」
糸取りの糸口探す湯気の中 平林孝子
糸取りの繭たちあがりたちあがり 鈴木厚子「雉俳句集」
糸取るや土間は日蔭の風の筋 松根東洋城
糸取女夜は稲妻の臥し処 細見綾子
糸取女夜更けてかんこ踊かな 井村和子
糸取女明るさ得ては膝を突く 加倉井秋を
糸吐きて蚕が薄明に隠れきる 野澤節子
糸垂れて久し海髪寄り流れ去る 目次翠静
糸寒天ちりちり凍てしひかりかな 三嶋隆英
糸寒天目方なきまで干されたる 平松荻雨
糸尻の掌になじみたる白露の日 斉藤史子
糸尽きしも知らで梭をうつ春眠し 高田蝶衣
糸尽きてなほ天上を恋ふる凧 鈴木貞雄
糸屑が絡まってゐるすべりひゆ 高澤良一 素抱
糸屑のくれなゐ咥へ寒雀 寿美子
糸屑のついてまはりて目借時 神尾久美子
糸屑のひとすぢも塵日脚のぶ 阿部みどり女
糸屑も華やぐ色の十二月 吉田みち子
糸屑を丸めて御事納かな 星野麦人
糸屑を唇にあてたり春炬燵 『定本石橋秀野句文集』
糸屑を師がとりくれし冬暖か 鈴木鷹夫 春の門
糸屑を引いて機場の夜のいとど 松村かず枝
糸屑を身より拂ひて山雪解 波多野爽波
糸底で包丁を研ぐながし南風 北田美知代(山繭)
糸底の掌にこそばゆし七日粥 石田あき子
糸底を切って陶工汗を拭く 谷本淳子
糸底を掌中にしてうろこ雲 蓬田紀枝子
糸引いて戻らぬ蜘蛛ぞ雪迎へ 嶋田麻紀
糸引いて花を支へる蓮の茎 廣瀬町子
糸引いて蜘蛛が辞典へ上りけり ふけとしこ 鎌の刃
糸引く眼鈴を張る眼や観月会 櫛原希伊子
糸引けばひかりを返す凧 長谷川久々子
糸引の眼よりも聡き指もてる 広瀬ひろし
糸引女夜は稲妻の臥し処 綾子
糸投げしごとくに滝や遅桜 舘岡沙緻
糸投げて飛沫小さき平目釣 谷 迪子
糸捲きに糸まかれゐるあやめかな 室生犀星 犀星發句集
糸揺すりやればどう出る女郎蜘蛛 高澤良一 燕音
糸替へて鉄の風鈴よく鳴れり 川越昭子
糸杉のこころは驢馬のむこうがわ 津のだとも子
糸杉の秀尖 吸われて さびしい天 伊丹公子 パースの秋
糸杉の腰のあたりが痒いという 徳永希代子
糸杉の道はるばると受難節 有馬朗人
糸枠を白露の壁に寄せて積む 川島喜由
糸染める月の力や藍の華 植松章治
糸柳まだ遠景を透しをり 高浜年尾
糸柳垂れて町並つくるかな 軽部烏頭子
糸柳日の点滴を地に繋ぐ 新井道江
糸柳東男に吹かれ寄る 行方克己 知音
糸柳梳きくる風のうすみどり 井口源吾
糸柳極細柳倉敷川 高澤良一 寒暑
糸柳風は気ままな振付師 小出三子
糸桜おもひ思ひにしだれけり 尾藤勝己
糸桜くぐりて天女遊びかな 野口香葉
糸桜下の方より咲きにけり 糸桜 正岡子規
糸桜人入りやすき丹塗り門 毛塚静枝
糸桜則ち是か華の雨 淡々
糸桜地に近づいてみだれけり 兼若君江
糸桜堂をめぐらす干支の彫り 神原栄二
糸桜夕日に溢れ咲きにけり 西岡正保
糸桜夜はみちのくの露深く 中村汀女
糸桜式部ゆかりの石山寺 相蘇こいと
糸桜色をあつめて吹きしぼり 上林白草居
糸桜言の葉つむぐやうに揺れ 金藤優子
糸桜造化の神の憩ふごと 太田光子
糸桜雲のごとくにしだれたる 下村梅子
糸桜風のやむとき紅溜めて 中村祐子
糸桜風もつれして散りにけり 泊露
糸櫻散りつつ夜々のもつれかな 加藤三七子
糸櫻糸よりかけて身延山 高澤良一 燕音
糸流すくもの顔あり花御堂 宇佐美魚目
糸游やはるかな国の虹の音 小枝秀穂女
糸游や野崎参りの褄からげ 松瀬青々
糸滝の音より抜けて日雀かな 隈崎了仙
糸竹の身にいとしごの端午かな 麦南
糸紡ぐ女の庭の胡麻乾く 黒田杏子
糸繰りの枠積む露地や屏風祭 小笠原貞子(耕)
糸繰るや雪気もまじる隙間風 能村登四郎
糸芒糸をほどきて風と会ふ 稲畑汀子 ホトトギス汀子句帖
糸芒車井残る養泉寺 島田ヤス
糸芭蕉染め上がりたり盆の月 西本才子
糸菊の糸の乱るゝ日和かな 沢村芳翠
糸菊やカメラを真上から構へ 橋本冬生
糸萩に斧たはぶれて蟷螂かな 高野素十
糸萩の風軟かに若葉かな 芥川龍之介「澄江堂句集」
糸薄挿すやまみえむ日のはろか(波郷先生応召) 殿村菟絲子 『繪硝子』
糸蜻蛉あとじさりてはとどまれる 大竹朝子
糸蜻蛉いのちあるものみな美し 駒崎盤
糸蜻蛉いのちの糸を浮べたる 阿部ひろし
糸蜻蛉とまれる向きのみな違ふ 岸本尚毅 鶏頭
糸蜻蛉ふつと止りし草細し 小林律子
糸蜻蛉スワンボートの尾の上に 佐々木はるを
糸蜻蛉万座の空に染まりけり 小出文子
糸蜻蛉尾の先藍にして瀟洒 福田蓼汀
糸蜻蛉山水影をとどめざる 根岸善雄
糸蜻蛉弓なりといふ愛しかた 中原道夫「蕩児」
糸蜻蛉暗き水辺に来て止まる 五十島典子
糸蜻蛉止りし軽さ草にあり 北川一深
糸蜻蛉水灌ぎても墓熱し 岸田稚魚
糸蜻蛉草を離れてまぎれけり 阿部誠文
糸蜻蛉見てゐて水になつて来し 堀部克己
糸蜻蛉記憶横切るやうに飛ぶ 後藤立夫
糸蜻蛉進むリズムはピチカート 高澤良一 素抱
糸蜻蛉風の重さを計りをり 今井千穂子
糸見えぬ遠凧の位置安定す 都筑智子
糸車まはるまぼろし糸とんぼ 柴田白葉女 『朝の木』
糸車見えぬ糸繰る壬生狂言 長谷川佐和
糸長き蓑虫安静時間過ぐ 石田波郷
糸長く曳いて毛虫の宇宙かな 吉野十夜
糸雛といひて薩摩の娘らのもの 後藤比奈夫
糸魚干す陽のみちを来て弥陀のまえ 小島武男
糸鳴らし恙なき日の縫始 安原美智子
糸鳴りて闇ひきしまる黒鯛の引き 大橋一久子
紅梅やまばゆき糸を紡ぎをり 加藤知世子
紅糸を膝につけたる昼寝覚 山本洋子
紅葉山糸ひくやうに日暮れけり 辺見じゅん
納豆の糸ひく朝餉断絶家族 中台春嶺
納豆の糸を引くにも背骨かな 鳥居おさむ
納豆の糸伸ぶ船の無電室 D・J・リンズィー
納豆の糸光る朝山みどり 三好あさ
納豆の糸引く千人小人かな 須川洋子
納豆の糸靡かせて嫁の座に 倉田しをり
紡錘糸ひきあふ空に夏昏れてゆらゆらと露の夢たがふ 山中智恵子
紫を玉にぬく実の糸桜 桜の実 正岡子規
組紐の媼涼しき糸さばき 山口貴志子
経本の糸のほつれや生身魂 江見甦虹
経石の塚に枝垂るる糸桜 加藤美代子
経糸涼し一本通るくるみ染 猿橋統流子
結ひたての髪に糸屑織初め 桝岡泊露
結び文揺るる氷室の糸桜 谷野由紀子
結び目だらけにて鳥威しの糸 加倉井秋を
綴糸の青き白きや初暦 佐藤滴泉
綿菓子の糸の先まで小春巻く 高井敏江
綿虫死す神の操り糸切れて 成瀬櫻桃子 素心
緋の糸を曳いて椿は落つるなり 齋藤愼爾
縁先に鶏遊ばせて糸取女 川崎慶子
縛られしハムの糸解くクリスマス 田島蔦子
縫ひ上げて歯で切る糸や一葉忌 岩城のり子
縫ひ初めや思ひまかせぬ糸の道 大津幸子
縫初の糸ながながと余しけり 片山由美子 天弓
縫初の糸のもつるゝこともなく 三宅静枝
縫初の糸の縺れをほどきけり 杉田久女
縫初の糸を鳴らして恙なし 野村貴美子
縫初の赤き糸切る糸きり歯 岡本美恵子
縫初はほころびを継ぐ朱き糸 北見美智子
縫初はみどりの刺繍糸通す 大宅量子
縫初めの糸白くまだ街を見ず 神尾久美子
縫初やチャイナドレスに金糸竜 大島民郎
縫初や亡き母に似る糸切歯 近藤一鴻
縫合の糸を笑へば揚雲雀 正木ゆう子 悠
縷紅草はられし糸にのぼりけり 中山従子
織るまへの糸のしめりも良夜かな 長谷川双魚
織物の糸ぬく音やきり～す りん女
繕ひの色糸探す秋の夜 林 冷子
繭の糸引きつくされてなほ踊る 長坂子葉
繰り糸の白さと風の川芒 子郷 (湖北大音)
羅に秘めた恋あり絹の糸 清水三千代
羅やところどころの糸太く 長谷川櫂 虚空
羅や匂ひ袋に金の糸 羽野里美(古志)
老妻のたどたど*さより糸づくり 山口青邨
肩あげの赤糸屑や初すずめ 中山純子
能の出の笛のごとくに蜘蛛の糸 宇佐美魚目「草心」
腕によりかけてこれより糸桜 高澤良一 宿好
自が糸に縋りて桜毛虫かな 石塚友二
艪を脇に抱へて鱚の糸を垂れ 水野舜風
良寛の書や糸柳風のまま 濱田昭三
色持たぬ家糸図さみし彼岸花 対馬康子 愛国
色鳥や琴糸紡ぐ余呉の里 杉阪大和
芭蕉布の糸紡ぎをり簟 里川水章
芭蕉布の銀糸を紡ぐ鳥曇 芝 由紀
芭蕉糸こはくに透けて島の蝉 細見綾子
芭蕉糸しろがね光り糸車 沢木欣一
花の雨糸抜く朝を降りこめて 高井北杜
花人の皆触れて行く糸ざくら 駒形久子
花冷えや糸は歯で切る小縫物 民夫
花疲れ糸の切れたる如く座す 宇都木水晶花
花終へし安らぎ深く糸桜 土屋秀穂
芽柳の高きに垂るる糸短か 清崎敏郎
若鮎の釣らるる糸も光りつつ 立石勢津子
苧殻火のけむりの糸を噴きにけり 荒井正隆
草に来て風より軽し糸とんぼ 山下しげ人(ホトトギス)
草の刃にふれしは昔糸とんぼ 畑ゆき乃
草丈に忍び逢うごと糸とんぼ 小磯ハル子
草涼し蜘蛛は眠りの糸を吐く 庄司圭吾
菜箸の糸切れてゐたり日脚伸ぶ 大熊一枝
菩提子を紅ヰの糸につなぎ鳧 松瀬青々
萍の動くがまゝに糸とんぼ 八重九皐
萩その他糸の如くに枯れにけり 高浜虚子
萩流れ手毬の糸を解く如く 上野泰
萩焼の糸尻高き新茶かな 岡田久慧
葉の上の風の旋律糸とんぼ 小澤克己
葉先より葉先へ引かれ蜘蛛の糸 中田剛 珠樹
葺き替し屋根にほころぶ糸桜 高濱虚子
蓑虫のあやつる糸のまづ暮れぬ 木津柳芽
蓑虫の寝ねし重りに糸ゆれず 能村登四郎
蓑虫の意志一本の糸ならむ 辻口静夫
蓑虫の感情の糸けふ長し 藤田湘子 てんてん
蓑虫の決めかねをるや糸の丈 新川恵子
蓑虫の糸いつぽんの快楽かな 吉田英子
蓑虫の糸にぶつかる日本晴 鎌倉佐弓 潤
蓑虫の糸の長さや十三夜 谷野予志
蓑虫の糸一本にある力 岡本秋雨路
蓑虫の糸一本に安住す 関森勝夫
蓑虫の糸伸びきって山晴れる 倉島一則
蓑虫の鳴けばその糸風あやす 柴田奈美
蓑虫や天の静かさ糸に吊り 村越化石
蓑虫や朝は機嫌に糸長し 星野立子
薇に吹かれてゐたる蜘蛛の糸 佐々木六戈
薫風や蚕は吐く糸にまみれつゝ 渡辺水巴
薬玉や五色の糸の香に匂ふ 嘯山「葎亭句集」
藍さむき絞り括りの糸の音 鳥居おさむ
藍そめや糸干す土間の梅雨茸 宮田とよ子
藻の上にとまれば見えず糸とんぼ 谷野黄沙
虎鶫練羊羹を糸で切る 北中富士子
蚊の声の糸引く声が鉄壁へ 西東三鬼
蚊帳より外の母に糸まく手を貸しぬ 宮坂静生 青胡桃
蚊飛白の蚊となる糸や雪明り 須川洋子
蜂蜜の糸たれたたむ冬日中 中村草田男
蜘の子の引習ふ糸に月細し 滝川愚仏
蜘の糸ちぎれて桐の一葉かな 几董
蜘の糸見ゆるや闇のあまの河 梅室
蜘蛛の囲の糸灼けをらん晝つ方 高澤良一 素抱
蜘蛛の囲の糸端探る目を皿に 高澤良一 宿好
蜘蛛の囲の軸糸のよく弾むかな 真角多賀子
蜘蛛の子の糸を忘れて落ちにけり 河野南畦 『元禄の夢』
蜘蛛の子や紫陽花に糸を試むる 松根東洋城
蜘蛛の糸かかりて脳をむらさきに 鳥居おさむ
蜘蛛の糸かな一条の冬日降り 小澤克己
蜘蛛の糸がんぴの花をしぼりたる 高濱虚子
蜘蛛の糸この道行きし人有りや 高澤良一 随笑
蜘蛛の糸しろがね色に明け初むる 五木田政子
蜘蛛の糸すすっと見えてすっと消ゆ 高澤良一 ぱらりとせ
蜘蛛の糸たかく花びらつけにけり 中田剛 珠樹
蜘蛛の糸たぶん言葉を編んでいる 山口 剛
蜘蛛の糸つよしや九谷窯の跡 高島筍雄
蜘蛛の糸の黄金消えし冬の暮 西東三鬼
蜘蛛の糸はや煤づける注連納 山本村家
蜘蛛の糸一筋よぎる百合の前 素十
蜘蛛の糸嗤ひて荼毘のはじまりぬ 小島ノブヨシ
蜘蛛の糸垂れて届かぬ流人墓 樋笠文
蜘蛛の糸天より垂れるダリのひげ 有馬朗人
蜘蛛の糸太し砂川闘争誌 宮坂静生 樹下
蜘蛛の糸張られ立方体の夜 有住洋子
蜘蛛の糸捕へきれざるもの妬む 野田禎男
蜘蛛の糸早目に家を出たけれど 杉野一博
蜘蛛の糸端を宝篋印塔に 高澤良一 随笑
蜘蛛の糸結び目ひとつなかりけり 久保知音
蜘蛛の糸葉陰にありて銀に 中田剛 珠樹以後
蜘蛛の糸顔にかゝらぬ日とてなし 高浜虚子
蝶低くわが胸の糸縫ひはじむ(安行二句) 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
螻蛄鳴くや夜雨の糸の切れず降る 千田きくよ
血縁や水の上ゆく糸蜻蛉 岸原清行
行く春を電話の糸の乱れ哉 行く春 正岡子規
行春や柳の糸も地について 行く春 正岡子規
襖絵の由来を聞きし糸桜 本保志津子
見えてゐて童女の首と凧の糸 金田咲子 全身 以後
見えぬ糸あやつり毛虫降りて来る 酒井優江
角館郵便局の糸桜 高澤良一 宿好
解く衣の糸のなないろ春暮るる 鷲谷七菜子
言海のとぢ糸滅び諸葛菜 南雲愁子
赤い月夏蚕は苦い糸を吐く 田口一穂
赤い糸曳いて精霊とんぼかな 田部谷紫
赤き糸付けたるままに針祀る 池内淳子
赤糸も湯に漂ひぬ柚子袋 鈴木鷹夫 春の門
起し絵やきりゝと張りし雨の糸 高橋淡路女
躾糸したまゝ登校花前花後 攝津幸彦 鹿々集
躾糸のやうに鴛鴦流れて来 榎本好宏
躾糸切りつ形見の秋袷 水井豊月
躾糸引くや春着の蝶ちぢむ 福紳規子
躾糸引けば音する淑気かな 村上 絢子
躾糸抜いて千年鶴のまま 永末恵子 留守
躾糸抜くやまつはる春ともし 吉田みち子
躾糸抜く祝ぎごとの秋袷 松倉絹江
躾糸抜けばはばたくひとへもの 林 翔
軒浅き夕あかりに糸取女 高濱虚子
迷ひ蚕の糸吐きてをり太柱 阿部すず枝
追はずとも影を走らす糸とんぼ 山田昭子
退屈や糸の小口もさみだるゝ 五月雨 正岡子規
透き通る蚕の身より糸を出す 野田郁子
連峰残雪いまだほどかぬしつけ糸 対馬康子 吾亦紅
遠き祖は星夕暮れの糸杉 相原澄江
遠山へ水滴連ね蜘蛛の糸 樟豊(秋)
邯鄲や華山幽居の糸くり機 土川照恵
采女祭糸で占ふ縁むすび 河合佳代子
野仏の糸引くお目や曼珠沙華 野村喜舟
野芝居や台本に無き蜘蛛の糸 米澤吾亦紅
金糸梅明るき雨となりにけり 中村姫路
金糸魚の縞あざやかに浜景気 村上連用
金糸魚の色を愛でつゝ鱗剥ぐ 森英子
金縷梅や抜けばほつれる糸を引く 内田美紗 魚眼石 以降
金銀の糸もつれたる淑気かな 赤尾兜子
金銀糸競ひ走らせ織始 新谷方子
針さしにもつるる糸や夕薄暑 安部 恭
針と糸借してごらんよ朧月 請地 仁
針と糸旅荷のすみに一葉忌 山田弘子 螢川
針に糸夜梅馥郁匂ひだす 中山純子
針に糸通してゐるや去年今年 細見綾子
針に糸通して罌粟の花見ゆる 岸本尚毅 鶏頭
針に糸通す初音とおもひつつ 吉谷万寿重
針供養皓と使はぬ糸切歯 百合山羽公
針山の糸はむらさき松の内 大峯あきら 宇宙塵
針山の針に赤糸まつり笛 鈴木鷹夫 大津絵
針祭る男にもある糸切歯 小野田洋々
針穴に糸の逃げゆく冬夜かな 雨宮抱星
針美し糸美しと春著縫ふ 穴井まき
釣の糸くぐるを越冬燕とし 中津攸子
鍋釜も忘れむ雨情の金糸雀よ 攝津幸彦 鹿々集
鐘塔に糸月かかり猫の恋 柏原口出子
雀の巣かの紅糸をまじへをらん 橋本多佳子
雨の糸たぐりのぼりし梅雨の蝶 高木晴子
雨の糸とき～見ゆる芒かな 星野立子
雨の糸まじへて千筋の糸桜 片山由美子
雨の糸鶴の命をしろがねに 北さとり
雨筋を千々にわかちて糸ざくら 岡本 眸
雨聴くや糸を張つたる雛の眸 高橋睦郎 金澤百句
雨霧のとぶ山国の糸桜 高浜年尾
雪吊のある糸桜無き桜 村田芙美子
雪晴の山を楯として糸縒る村 能村研三
雪解山降り注ぐ日は天蚕糸 高澤良一 ぱらりとせ
雪解野に機屋は糸の舞ひそろふ 皆吉爽雨
雪釣の糸を窓より垂らしけり 片山由美子
雫してくれなゐふふむ糸桜 神山果泉
電信や糸のたよりのかゝり凧 凧 正岡子規
電子レンジに一分かけて糸ほどく 加藤ミチル
霜晴の朝は糸干し忘れずに 滝沢和平
霧重なる町で 解けない祖母の糸 伊丹公子 時間紀行
露の瞳や刺繍糸貯め北欧妻 平井さち子 完流
霽れ際の光る雨糸行々子 麓 晨平
青き糸ひつぱりあつて冬北斗 小宮山勇
青曳いて水にまぎれず糸蜻蛉 稲岡長
青柳に游ぶ糸あり善導忌 松瀬青々
青柳の糸にや釣らん桜鯛 一十
青梅や空しき籠に雨の糸 夏目漱石「漱石全集」
青空に一すぢあつし蜘蛛の糸 芥川龍之介
青竹が搾る藍糸木の芽晴 浅場英彦
青紫蘇を糸刻みして新豆腐 大久保橙青
青蔦広場の糸取唄は労働歌 鈴木栄子
鞦韆の綱垂る雨の糸に浴び 葦男
顔見世や金糸の波の姫衣裳 林 翔
願ひの糸太く客呼ぶ商店街 塩田晴江
風さはる小松鈴虫糸鹿山 秋之坊
風にのる蜘蛛七彩の糸ひきて 江間蕗子
風に乗り糸重くする絵凧かな 小畑克己
風のやや遊びごこちに糸ざくら 千曲山人
風の出て草を離るゝ糸トンボ 冨所 冬女
風の意のゆきわたるとき糸桜 藤崎久を
風の渦もつれもせずに糸柳 川野秋恵
風よりも淡々流れ糸とんぼ 橋田憲明
風光る山車からくりの糸見えて 衣川砂生
風吹けり凍湖に琴糸はるように 対馬康子 愛国
風炉手前糸の細さに水使ひ 伊藤敬子
風鈴の古糸一縷震災忌 百合山羽公
風鈴の糸切れてゐる夕まぐれ 中村如水
飾りたるしつけ糸ある陣羽織 京極杞陽
餅搗きし杵より糸の如き湯気 荒木思水
香久山へとぶ糸蜻蛉失せやすし 向山隆峰
馬の眼の糸によれたる日永哉 日永 正岡子規
鬼の子や糸一本を天に吊る 難波鎮郷
鮟鱇の涎の糸の地べたまで 十玉幸男
鯨割く糸引くように刃を入れて 石井テル子
鳥除けの糸を巡らす金魚池 今井三重子
鶯や絃糸縒る家の白障子 伊藤京子
鶲来て乾す染糸の黄のながれ 能村登四郎
鶴亀の手毬の糸のからみやう 長谷川久々子
鷭の仔ら糸に曳かれしごとつづく 奈良比佐子(萬緑)
鹿笛や糸切るほどに口ひらき 河隅恵子
黄表紙の糸のほつれや土用干 紅緑
黍の空群燕糸に結ばれて 田中青濤
黙契のごとし額に蜘蛛の糸 正木ゆう子 静かな水
●伊予絣
朝涼や紺の井桁の伊予絣 清水基吉
立秋の紺落ち付くや伊予絣 夏目漱石 明治四十三年
●インジゴブルー
●ウール
赤い羽根つけ青年のウールの香 楠本憲吉
●浮織
●羅
おおかみうお黒の羅(うすもの)はおりけり 高澤良一 燕音
さらさらと羅みづのごとたたむ 占魚
たそがれの羅にほふ野外能 大石悦子 群萌
なすことも派手羅の柄も派手 杉原竹女
ぬぎすてし羅を猫きらひけり 田中裕明 先生から手紙
まろび寝や羅かゝる籠枕 雑草 長谷川零餘子
もの怖ぢす性の羅にほひけり 柴田白葉女 遠い橋
シヤンデリア羅にほふ人群れて 奥田とみ子
一周忌家紋消ぬがの羅に 赤松[けい]子 白毫
人込みの羅の黒あそび出す 石田よし宏
何げなく羅しやんと着こなして 荻江寿友
初夢に羅のつく十二神といる 澁谷道
四面楚歌羅に身を透かせゐて 毛塚静枝
堂守の軽羅に透けて神の紋 石川桂郎 四温
墓原の青羅母子を目に追ふも 石田波郷「春嵐」
墨を濃く愛新覺羅氏へ賀状 森田公司
夏まけの寛に着なせる綾羅かな 西島麦南 人音
夏袴羅にしてひだ正し 高浜虚子「虚子全集」
大波璃に卒寿の羅うつしけり 阿部みどり女
妻が縫ふ人の夏衣の羅を見居き 森川暁水 淀
弥撒了へて軽羅少女ら泡の如し 小池文子 巴里蕭条
懺悔せる身を羅に包みをり 鹿喰悦子
扉の鋲は大、羅の乳房より 品川鈴子
日盛や馬の腹覆羅に 野村喜舟
昇降機又も軽羅の人や吐く 久米正雄 返り花
末席にゐし羅の句の作者 鈴木鷹夫 春の門
母の辺の羅の香も老いしかな 清水基吉 寒蕭々
水天門軽羅乙女がはしやぎ過ぐ 下村ひろし 西陲集
水底のように羅垂れており 好井由江
水温む雲の軽羅を泛べては 千代田葛彦
汗に干す羅に湖の山雨かな 島村元句集
浮薄なる軽羅に浅間雲ふかし 大島民郎
海を見しかの羅を一度きり 正木ゆう子 悠
海女小屋に人の声して海羅干し 市川翠洲
深夜ひらりと信号無視の一軽羅 堀口星眠 営巣期
激しさをかくす羅まとひけり 朝倉和江
焼下駄や縮羅(しじら)にとほる宵の蟲 高橋睦郎 稽古
父の忌や羅揃ふ三姉妹 三好三香穂
白き身に軽羅あるのみ虫啼ける 佐野良太 樫
盆僧の羅硬し雑踏裡 殿村莵絲子 花寂び 以後
紅羅坊名丸が軒のへちまかな 龍岡晋
綾羅着て星の手向の母娘かな 高橋淡路女 梶の葉
羅(うすもの)や人悲します恋をして 鈴木真砂女(1906-)
羅(うすもの)や母とて女ざかり経し 上田五千石(1933-97)
羅(うすもの)をゆるやかに著て崩れざる 松本たかし(1906-56)
羅かけし屏風に透きて歌麿畫 阿部みどり女
羅にあなたが匂いあなたの忌 長町一子
羅にあまたの羽音日暮径 鈴木鷹夫 渚通り
羅におくれて動くからだかな 正木浩一
羅にかへてしばらく身の軽く 田畑美穂女
羅にすけて尼僧の香袋 椎橋清翠
羅にすはまの紋のうす～と 高浜虚子
羅にそひて夕透く芦の丈 野澤節子 黄 炎
羅にただよふ罪の匂ひかな 小林康治 『存念』
羅にちかよりがたくちかよりて 岬雪夫
羅にちがひなかりし蛇の衣 後藤比奈夫
羅にちらりと肌の動きたる 伊藤柏翠
羅につめたき風や今朝の秋 赤木格堂
羅にひと老ゆわれも老ゆらむか 八木林之介 青霞集
羅にほそぼそと身をつつみたる 高野素十
羅に下著の目立つところかな 波多野爽波 鋪道の花
羅に不貞の相の美しや 吉屋信子
羅に余命も透きて母の影 井上蒼月
羅に動きて見ゆれ水の色 藤井紫影
羅に包まれてゐし悲しみも 稲畑汀子
羅に包みきれざる好奇心 山田弘子 こぶし坂
羅に天女の壁画舞ひをさむ 原裕 青垣
羅に女の息のかよふらく 上村占魚 球磨
羅に恙を堪へて生きにけり 高橋淡路女 梶の葉
羅に患者付き添ひ過ぎにけり 高澤良一 素抱
羅に旅の著崩れ見せざりし 山田弘子 螢川
羅に正す激つを見せまじく 河野多希女
羅に母のつけたる折目かな 影島智子
羅に汗さへ見せぬ女かな 高浜年尾(ホトトギス)
羅に着痩の腕通しけり 百瀬美津
羅に秘めた恋あり絹の糸 清水三千代
羅に螢のやうな子を宿し 眞鍋呉夫
羅に衣通る月の肌かな 杉田久女「杉田久女句集」
羅に角ばりて茶の師匠くる 山辺浩子
羅に身透きまぎれず楢林 野澤節子 黄 炎
羅に透く鰐皮の阿弥陀経 穴井太 ゆうひ領
羅に透けて俳諧観世音 後藤比奈夫 めんない千鳥
羅に透けるおもひを怖れをり 櫛原希伊子
羅に遮る蓮のにほひ哉 蕪村
羅ぬぐ纒ひし闇を脱ぐやうに 野澤節子 花 季
羅のうしろ鏡も既に寡婦 殿村菟絲子 『旅雁』
羅のうなじ大戸をくぐりけり 日下部宵三
羅のうらが湿りて子をわたす 長谷川双魚 風形
羅のおゐどに二枚足の裏 茨木和生 三輪崎
羅のくちべに濃ゆく濡れにける 岸風三楼 往来
羅のごとくに透けて女滝落つ 藤崎久を
羅のそのまま水のごとくなり 橋本鶏二
羅のそもそも鰻嫌ひなる 藤田あけ烏 赤松
羅のたもとにすきぬ汗拭ひ 高濱虚子
羅のたゝみて藍の深きこと 島田鈴子
羅のなよやかに我を通さるる 西村和子 かりそめならず
羅のひとにつきゆく奈落かな いさ桜子
羅のひと墓原に唄ひをり 日原傳
羅のふはりふはりと名のりけり 大木あまり 火球
羅のみだりに神をよびにけり 楠本紀子「ミスティカ」
羅の乙女は笑まし腋を剃る 杉田久女
羅の二人がひらりひらり歩す 星野立子
羅の二人はよけれ納涼図 高澤良一 素抱
羅の二月堂僧杉間より 赤松[けい]子 白毫
羅の亡き師に近くある日かな(八月二十一日) 野澤節子 『駿河蘭』
羅の人すんなりと寺に入る 波多野爽波 『一筆』以後
羅の人に音あり猫になし 筑紫磐井 花鳥諷詠
羅の人のくれたる握り飯 岸本尚毅 舜
羅の人美しき色のこし 立子
羅の仏下ろしに畏まる 高澤良一 随笑
羅の僧三人の三色に 古舘曹人 砂の音
羅の商人通る日本橋 阿部みどり女 笹鳴
羅の喪服に紅き隠し紐 品川鈴子「漠」
羅の喪服北鎌倉に降り 松本進
羅の大きな紋でありにけり 本田あふひ
羅の女がひとり百度石 小野菖菊
羅の女となりて旅始め 林真砂江
羅の女の堕つる地獄かな 尾崎迷堂 孤輪
羅の女の肩のとがりをる 青葉三角草
羅の如母佇ちぬ生姜畑 川田由美子
羅の妻と待つ月光舟を待つ 折笠美秋 死出の衣は
羅の寂びさながらに生かされて 原 俊子
羅の尼僧の法話よどみなく 小林昭枝
羅の島倉千代子肥りしか 八木林之介 青霞集
羅の折目たしかに着たりけり 草城
羅の模様の波の立ち上る 豊田八重子
羅の水の如くに舞ひにけり 上島幸重
羅の流れるように僧座せり 今村博子
羅の火にもゆるごとたかし死す 橋本鶏二
羅の痩身の意志かがやかす 柴田白葉女 花寂び 以後
羅の端坐みづうみよりしづか ほんだゆき
羅の紺にほやかや太り肉 野村喜舟
羅の肩にひとすぢ折目かな 長谷川櫂 蓬莱
羅の肩をおほへる稲光 中村汀女
羅の背筋をぴんと泣いており 日向野文代
羅の胸に懐紙の透き見ゆる 高浜虚子
羅の胸のあたりに青ふくべ 岩田由美 夏安
羅の膝に手を置き鬼貫忌 森澄雄
羅の臀に風月常新 松瀬青々
羅の蚊帳つる君が寝床哉 蚊帳 正岡子規
羅の蚊帳垂れてあり御寝処 蚊帳 正岡子規
羅の蛻(もぬけ)を抱いてゾクとせり 筑紫磐井 婆伽梵
羅の袂に触れし女鹿かな 阿部みどり女 笹鳴
羅の袖やダリヤの色透けて 竹冷句鈔 角田竹冷
羅の裏直線の糸の張り 小檜山繁子
羅の裾ひるがへし不倖 岩坂三枝
羅の襟元正し香を聞く 大信田梢月
羅の身より空蝉こぼしたり 齋藤愼爾
羅の躾をおろす子の喪服 三宅スミエ
羅の近寄りがたき気品見し 今村青魚
羅の風に吹るゝ月夜哉 春石
羅の風のごときとすれ違ふ 高橋悦男
羅の齢を見せぬ立ち居かな 小川幸子
羅やいつかわが手に指輪なし 高橋淡路女 淡路女百句
羅やけむりの如く鯉集め 鈴木鷹夫 大津絵
羅やすけて朱ぬりの衣紋竿 安光品女
羅やたたみて紺の濃かりける 大室 達恵
羅やところどころの糸太く 長谷川櫂 虚空
羅やふたごころなき帯をとく 多田ほなみ
羅やもとあらざりし身にまとひ 尾崎迷堂 孤輪
羅や人かなします恋をして 鈴木真砂女「生簀籠」
羅や人悲します恋をして 鈴木真砂女 生簀籠
羅や匂ひ袋に金の糸 羽野里美(古志)
羅や化粧してわが心閉づ 古賀まり子 降誕歌
羅や口つけ煙草焔を押して 北野平八
羅や地震かすかなるシヤンデリア 鍵和田[ゆう]子 未来図
羅や外出と云へば仏参に 尾崎迷堂 孤輪
羅や子をなさざりし身をつつみ 貞吉 直子
羅や子を抱くこころ柔らかき 荻野杏子
羅や寂として鳶は焦土の天 柴田白葉女 遠い橋
羅や尼僧にちらとネックレス 夏目和子
羅や山が見たくて湖に出し 関戸靖子
羅や帯に真珠の粒光り 館岡沙緻
羅や形見ともなく着る淋し 雑草 長谷川零餘子
羅や心のすきを風の抜け 小関貴美子
羅や机にひとつ白き花滝 澤 春吉
羅や林檎の頬の紅ををしむ 会津八一
羅や桑名の雨は水に降り 鈴木鷹夫 千年
羅や楼の独居雲四隣 東洋城千句
羅や樓の独居雲四隣 松根東洋城
羅や欲捨ててより生き易き 古賀まり子「源流」
羅や母に乳首を突つかるる 百木千木
羅や水に入るとき広がれる 岡田耕治
羅や水中深く塔揺らぎ 児玉輝代
羅や相思てふ字を金で剌す 松瀬青々
羅や細腰にして不逞なり 鈴木真砂女
羅や花火見に立つ裾さばき 吉屋信子
羅や襟あしうつくしく不運 成瀬櫻桃子 風色
羅や語らひて知るひとの数寄 荒井正隆
羅や鍵は二重にかけて出る 沢田君子
羅や韋提希夫人末利夫人 尾崎迷堂 孤輪
羅や風渡り居る庭古松 松根東洋城
羅よりひらめく足も遠くなりぬ 加藤楸邨
羅をたためばどこか火の匂ひ 小泉八重子「水霏」
羅をひくや天女の天つ風 内藤鳴雪
羅をゆるやかに著て崩れざる 松本たかし
羅を昼掛けてあり竹婦人 菅原師竹
羅を畳みて翳のやうに置く 菊池栄子
羅を畳む方丈雨上る 矢神史子
羅を着こなし上手水海月 高澤良一 随笑
羅を着ていちにちを虚に徹す 平井さち子 鷹日和
羅を着てお点前の美しく 石川梨代
羅を着てくちなわに見詰めらる 鳴戸奈菜
羅を着てさざなみのごとくゐる 藤井浅夫
羅を着てなんとなく羽化ごこち 望月晴美
羅を着ても子供にまつはられ 波多野爽波 鋪道の花
羅を着て前生をおもひけり 久保田万太郎
羅を着て月光に逆らへり 齋藤愼爾
羅を着て祗王寺に用のあり 後藤比奈夫「初心」
羅を着て秘めごとは死するまで 関根雪子「あした季寄せ」
羅を着て茶を點つる暁の夢 及川貞 夕焼
羅を着て蜉蝣のごとくゐる 森澄雄
羅を着て遠方の不幸かな 長谷川双魚 風形
羅を空の真下へ干しにゆく 柿本多映「粛祭」
羅を脱ぎしばらくは烟りゐる 山元志津香
羅を脱ぎて母たる女優かな 吉良比呂武
羅を脱ぐや遺影に背を向けて 細井寿子「未来図合同句集」
羅を花のごとくにたたみけり 岡田幸子
羅を著て見すかさる思ひあり 森カヅ子
羅を裁つや乱るゝ窓の黍 杉田久女
羅を風がよろこぶ水の際 飯村愛子
羅を風のすがたにまとひけり 木村 ふく
羅匂ふ暫し漫画を繰る芸妓 鍵和田[ゆう]子 未来図
羅着て大正の歌唄ひけり 津上清七
羅衣や風に勝へさる三挺立 尾崎紅葉
翅たたむごと羅をたたみけり 平井千代子
翠玉帯に静けさよ羅の吹かれ居り 島村元句集
胸張つてくる羅を通しけり 石田勝彦
艫拍子や風羅衣に颯々と 尾崎紅葉
草市や軽羅をまとふ鄙乙女 相馬遷子 山国
行きまじる軽羅の街は薔薇粧ふ 中村汀女
被てみたきもの羅の緋の僧衣 正木ゆう子 静かな水
裸子よ羅*ご羅(らごら)の運命僧になれ 中谷興瑞
逢へどもう藍の羅応へなし 野澤節子 『八朶集』
週末の軽羅はなやぐ芝あをき 大島民郎
金屏の羅は誰ガあきのかぜ 蕪村 秋之部 ■ 旅人に別る
願ふらくは軽羅とならん更衣 寺田寅彦
風によし月によし羅衣の人によし 尾崎紅葉
うすものといふをはがねの如く着て 清水衣子
うすものにすはまの紋のうす～と 高浜虚子
うすものになまめきて僧老いたまふ 上野さち子
うすものに吹く凩の風もなし 凩 正岡子規
うすものに堪へざる美女の立居かな 羅 正岡子規
うすものに女ざかりの見られけり 光子
うすものに女の意地を隠しおり 秋田幸子
うすものに文字織出さんけふの月 斯波園女
うすものに月光を容れ女ざかり 檜紀代
うすものに羽織るうすもの出羽の国 斎藤素女
うすものに透くものもなき袂かな 阿部みどり女「微風」
うすものに隠せど野良の香もありぬ 影島智子
うすものに雲の匂やふじ詣 春和「ひこ鯛」
うすものに風あつまりて葬了る 長谷川双魚 風形
うすもののつんと乳房のありにけり 小澤克己
うすもののひとの空咳さみしめり 藤田湘子
うすもののひとを攫ひし夜風かな 岸田稚魚 『萩供養』
うすもののみえすく嘘をつきにけり 久保田万太郎 草の丈
うすもののもとの芸妓に返り咲く 百合山羽公
うすもののをとめもあはれ酒臭き 瀧春一 菜園
うすものの中より銀の鍵を出す 鷹羽狩行「平遠」
うすものの僧の啣へし銀煙管 佐川広治
うすものの僧も清掻(すが)きし六花撰 筑紫磐井 婆伽梵
うすものの僧衣に透けて揚羽過ぐ 関森勝夫
うすものの声よき人と思ひけり 片山由美子 水精
うすものの後れ毛のまつはり吹かるる 原田種茅 径
うすものの機上夫人に雲ぞ敷く 皆吉爽雨
うすものの母が愛せし細雪 栗田和子
うすものの水輪の如き綾まとふ 赤松[ケイ]子
うすものの稜線切れんばかりなり 赤松[けい]子 白毫
うすものの立ちて総身透かんとす 皆吉爽雨
うすものの老僧となり光り苔 鳥居美智子
うすものの胸いたく緊む海の紺 櫛原希伊子
うすものの螢を透す螢かな 泉鏡花
うすものの袂にけぶる女数珠 山崎冨美子
うすものの袂長くも人送る 文挟夫佐恵 黄 瀬
うすものの袖の香れり魂迎 伊藤京子
うすものの起居藻に似て廓守 熊谷愛子
うすものの透けて回転ドアのなか 中村祐子
うすものの風にしたがう形着る 津根元潮
うすものは利久ねずみや京三条 梅本幸子
うすものや下町めきて僧夫妻 河野静雲 閻魔
うすものや共に古びし桐箪笥 森 たけ子
うすものや司法解剖跡見えず 荻田恭三
うすものや好きなことだけしてをられ 岩田由美 夏安
うすものや日髪日風呂に身のほそり 松浜
うすものや明るき空が正面に 岸本尚毅 鶏頭
うすものや月夜を紺の雨絣 泉鏡花
うすものや渚あるきのよべのこと 田中裕明 花間一壺
うすものや秘してくがねの念持仏 三田きえ子
うすものや雨玉階にそゝぐ夕 露月句集 石井露月
うすものをゆつくりたたみ泪出す 長谷川双魚 『ひとつとや』
うすものを死の合掌がつき上げる 中島斌雄
うすものを着て彩色の水ごよみ 長谷川双魚 『ひとつとや』
うすものを着て長崎の唄うたふ 久保田万太郎 草の丈
うすものを着て雲のゆくたのしさよ 細見綾子
うすものを著て前生をおもひけり 久保田万太郎 草の丈
うすものゝもとの老妓に帰り咲く 百合山羽公 故園
うすものゝ重り合ひて濃むらさき 青邨
おおかみうお黒の羅(うすもの)はおりけり 高澤良一 燕音
その女人うすものにして憤る 鈴木鷹夫 風の祭
三千世界うすものの生乾き 松澤雅世
地靄のうすものにいろなかりけり 古舘曹人 樹下石上
浄瑠璃や母はうすもの着て泣けり 吉田汀史
灯にそむきゐるうすもののかみかたち 種茅
燈にそむきゐるうすもののかみかたも 原田種茅 径
白梅にうすもの着せん煤拂 煤払 正岡子規
短夜やうすものかゝる銀屏風 短夜 正岡子規
羅(うすもの)や人悲します恋をして 鈴木真砂女(1906-)
羅(うすもの)や母とて女ざかり経し 上田五千石(1933-97)
羅(うすもの)をゆるやかに著て崩れざる 松本たかし(1906-56)
若竹に月のうすものかづけけり 松岡青蘿
蛍打たばうすものゝ団扇塗木履 蛍 正岡子規
跫音なく青衣の女人うすものにて 後藤綾子
高僧のうすものに透く金時計 長田等
●絵硝子
ひとり祷る絵硝子つるべ落しかな 出口孤城
オルガンに絵硝子の夏日灯と紛ふ 殿村菟絲子
切凧の絵硝子打ちて落ちにけり 小西 藤満
初日影透く絵硝子の聖母子像 瀬川苳喜子
受難日の絵硝子のほか燭も消え 八牧美喜子
残雪へ絵硝子を見しあとの飢ゑ 田川飛旅子
水霜の絵硝子ユダを容れにけり 長谷川双魚 風形
永き日の絵硝子の紺そして赤 日原傳
絵硝子にまどろむ蛾あり神父留守 大島民郎
絵硝子に冬日の咲ける葬儀ミサ 大石悦子 百花
絵硝子に百合に木椅子の固からず 桂樟蹊子
絵硝子に秋磔像の肉ひかる 鍵和田[ゆう]子 浮標
絵硝子に透けて秋風鮮かに 照子
絵硝子のひかりの中へ山の蟻 朝倉和江(馬酔木)
絵硝子のやうな星出づ夕野分 朝倉和江
絵硝子のイエスも梅雨に入りにけり 細川加賀 『玉虫』
絵硝子のユダとイエズス冬旱 長谷川双魚 『ひとつとや』
絵硝子の一色の寒すみれ買ふ 神尾久美子 桐の木
絵硝子の初日に頬を染めてミサ 水田むつみ
絵硝子の外は枯葉のしきり降る 丹羽好岳
絵硝子の彩染む木椅子露けしや 内藤吐天 鳴海抄
絵硝子の日にやすらへり冬の蝶 一瀬 昭子
絵硝子の秘色をぬすむ揚羽蝶 朝倉和江
絵硝子の羊まどろむクリスマス 大島民郎
絵硝子の聖母の素足リラの花 沢木欣一
絵硝子の聖母明るし春の雪 内藤吐天 鳴海抄
絵硝子の藍の涼しき神学部 石田克子
絵硝子の見える裏道 飛ぶ天使 伊丹公子 時間紀行
聖堂の絵硝子 密に 深い夏 伊丹公子 メキシコ貝
聖夜の燭絵硝子わづか浮かびけり 小池文子 巴里蕭条
聖絵硝子涼しゆかりはさだめへと 平井さち子 完流
蝸牛聖パウロの絵硝子に 細川加賀 生身魂
絵ガラスのひと色が好き赤とんぼ 北川みよ子
絵ガラスの聖書物語新樹光 守屋房子
絵ガラスのマリアにふれて桜散る 杉本寛
絵ガラスの紅に溶けたる海紅豆 木内岳南
●江戸切子
よき宵であり風鈴の江戸切子 増成栗人
一月の翳くれなゐに江戸切子 鳥居美智子
奔放に活けてアネモネ江戸切子 橋本 瑞枝
月光をこぼさぬやうに江戸切子 木山杏理
秋深し梅酒を満たす江戸切子 内山由美子
買初は鶴の飛翔の江戸切子 山内なつみ
青空のすとんと抜けて江戸切子 岩尾可見
●江戸小紋
はまぐりの名のみの軽み江戸小紋 加藤郁乎
星月夜子の肩に置く江戸小紋 清水良子
江戸小紋流す隅田川の鰯雲 中島絵美
繭玉の下にひろげし江戸小紋 中橋文子
花冷の匂ふとすれば江戸小紋 保坂リエ
菊の日や母の好みし江戸小紋 高須禎子
●江戸千代紙
人日や江戸千代紙の紅づくし 木内彰志
秋口の江戸千代紙の草づくし 出原和子
●捺染
捺染スカーフなびく翳りに柿優る 中戸川朝人 残心
●織物
織物の糸ぬく音やきり～す りん女
●織る
あたらしくそろひ織らばやあら筵 園女
あやめ眩しく咲かせて 織子の午前午後 伊丹公子 陶器の天使
あららぎの緑ごもりに織娘の唄 加倉井秋を 『欸乃』
あをあをと鶴を織りゐる雪女 有馬朗人 耳順
いちまいの蓆にすぎぬ蓆織る 成田千空 地霊
うぐひすが鳴くよと機を織りゐたり 細見綾子 天然の風以後
うすものに文字織出さんけふの月 斯波園女
うすらひや絹織るやうな山の音 渡辺恭子
かすか織る藍の匂ふや文化の日 芝山喜久子
きしきしと田の氷りゐる紬織 矢島渚男 采薇
くらやみは織部の世界鵜飼川 加藤春鼎
こぎん織二月尽きんとしてこまやか 長谷川かな女 花 季
こよひ逢はざるべからず機織女 室生犀星 犀星発句集
ごきぶりよ織細だから闇を聴く 藤田藍子
さむしろに機織蟲の夜なべ哉 菊渓
しぐるるやかぶさり織れる機織女 橋本鶏二 年輪
すぎごけで織られてゐるよ秋の水 室生犀星 犀星発句集
ちりめんを織る音に立つ冬の虹 加藤三七子
つづれ織る窓まみどりの吉祥草 丸山圭子
つむぎ織る初萩の風かよはせて 荒井正隆
つむぎ織る十一月の田螺どの 宮坂静生 山開
つむぎ織る結城は花菜日和にて 志田松楽
とんからとんから何織るうららか 山頭火
はたはたの空に機織りつづけつつ 平井照敏
ふくろふや織子のひとり島育ち 橋本榮治 越在
ぼうたんを活けて織部の絵付小屋 篠田法子
まだ雁がゐて織絣染絣 長谷川双魚 風形
みほとけの一粒萩を織りはじめ 川崎展宏
み仏にまづ香ささげ織始 福田蓼汀 秋風挽歌
むしの後人の機織る夜寒哉 横井也有 蘿葉集
わさび田の梭織るごとく水走り 田村木国
アイヌかなし秋の暮色を茣蓙に織り 林翔 和紙
タイシルク織る傍らで繭を煮る 早川典江
一寸の錦織るなり花盛 古白遺稿 藤野古白
一年の計を心に織初め 松本ます枝
一本の萱の青さを織始 あべふみ江
上布織る澄む音返す夜の崖 田村愛子
乳沁みの上布の織人不知かな 沼尻巳津子
五月には五月の色の紬織る 吉本渚男
井戸に待つ織女に雛の夕かな 古舘曹人 砂の音
人日や帯織る町の藍にほひ 瓜生和子
傘立に織子の傘や花ひさご 木村蕪城
傾ける野火の曼荼羅紬織る 加倉井秋を 『隠愛』
優佳良織の蒼に吹き晴れ春北斗 鳥居美智子
兜羅綿(とろめん)を織る母に依りわれ生る 三橋敏雄 巡禮
兼好も莚織けり花ざかり 服部嵐雪
冬日移るちりめん白地一寸織られ 橋本多佳子
冬枯の中に錦を織る處 冬枯 正岡子規
冬菊の暮れてもひびき絣織る 細井みち
凍傷の痛痒織機フル運転 津田清子 二人称
出勤す我に妻はや筵織り 前田六霞
初氷紅き毛絲を織り込めし 久米正雄 返り花
利休忌や織部の庭にをみならは 中村若沙
千代尼忌の紬真白に織りあがる 林さわ子
口切や織部らしきを大切に 草間時彦
古織部に鮎ひきつるる誕生日 塚本邦雄 甘露
唐黍に織子のうなじいきいきと 金子兜太
国東や青麦げんげ織りなせる 大橋敦子
地蔵会の鉦の間遠き夜機織る 太田穂酔
売れぬ機織る窓や山眠りけり 石島雉子郎
夏桑や秩父機織唄遠し 箕村南海子「新山暦俳句歳時記」
夏炉焚きアイヌコタンに織るあつし 山口きよみ
夏虫や茣蓙の織屑焚くならひ 安斎桜[カイ]子
夏近し二の腕軽く機を織り 安達実生子
夕鶴いるかな 日暮丹後の機織る音 伊丹公子 陶器の天使
夜はいつも水の方角へ夢を織る 伊藤利恵
夜は秋のみつしりと織る白紬 三田きえ子
夜機の灯一蝶布に織られけり 菅原師竹句集
大西日山原芭蕉織る軒に 宮岡計次
天井に露の歯車紬織 古舘曹人 砂の音
天蚕の織ぬんめりと初時雨 上田五千石 琥珀
天蚕織りの彩の沈める雪催ひ 柴田白葉女 『月の笛』
奈良晒三寒の糸織りかけに 高澤良一 寒暑
女正月機織場から燈を招んで 武良山生
妻織れどくるはしき眼や花柘榴 飯田蛇笏 山廬集
姉が織り妹が縫ふて更衣 更衣 正岡子規
姉妹や織りかけ機の稲の秋 小杉余子 余子句選
姫神に織初めの神酒たてまつる 金子星零子
婚約やひときは光る織女星 佐々木かつの
嫁がずに織子づとめや星まつる 前田虚洞
子とともに織子の一夜地蔵盆 近藤一鴻
子を背負ひ機織虫の遠く来し 日比野さき枝
子燕や織屋のあるじ酔ひ戻る 野村喜舟
寒木瓜や紬織場は中二階 吉田まつを
寮母きて夜業織娘にパン配る 鈴木学
寸織つて冬日を逃がす結城機 石川桂郎
居座機織る精根に雪ふれり 横山房子
山寺に織られて紙布の紅冴えぬ 吉野義子
山茱萸や地震の翳りや紬織る 加藤知世子 花寂び
岡の家に繪むしろ織や萩の花 蕪村遺稿 秋
帯織るや中庭に咲く冬菫 長谷川かな女 花 季
帰り花散るや機織る坊が妻 二柳
帰化びとの麻織神やもちの花 村田よう子
幕間に織子の踊村芝居 有本銘仙
干網の青い紗くぐり 織子帰省 伊丹三樹彦
年頃を過ぎし織子の腰布団 有本銘仙
幾代織り山の斑雪に絣似る 宮津昭彦
影張って織る寒灯のいざり機 水越思城
影絵めく牛馬朝日を織る蜻蛉 中村草田男
志野織部紅葉の下の陶器市 田中由恵
恋の唄水洟すすり花筵織る 小原菁々子
戸の外に筵織るなり夏の月 正岡子規「子規句集」
手機織る母春暁の夢に出で 浅見画渓
拐めきし妻が機織る干潟の湖賊 高柳重信
指先に春燈あつめ綴れ織 佐々木良子
摩周湖の優佳良織やななかまど 横田昌子
数珠玉にきざすむらさき神衣織る 浜地和恵
新参の織娘が少し花に酔ひ 小林ながお
旅人も鶲もつづれ織の冬 橋石 和栲
日もすがら機織る音の山椒の芽 長谷川素逝
早梅や奥で機織長屋門 吏門 古句を観る(柴田宵曲)
早織田の水盗むべく病婦来し 萩原麦草 麦嵐
春しぐれ芭蕉布を織る喜如嘉村 井上啓子
春光を縦糸にして布を織る 池上千里
春浅き色を織り込む錦かな 月舟俳句集 原月舟
春潮と菜の花に旅織りなされ 上野泰 春潮
春興や端唄のほ句を織り込みて 伊野ゆみこ
春草の織部を措きて志野をいふ 相生垣瓜人 微茫集
春過ぎて織る糸の白く果てなきを 安斎櫻[カイ]子
昼顔やどこか機織る音のする 吉野義子
時代祭織田公の列羽振りよき 西村和子 かりそめならず
晝ともなれば織る機に紅葉の明りさすことよ 安斎櫻[カイ]子
晴着姿を織機よろこぶ織初め 但馬美作
暖かく織りて絣の矢羽ふやす 加倉井秋を 『真名井』
暖く織りて絣の矢羽ふやす 加倉井秋を
暮遅く家や思ふらむ機織女 臼田亜浪 旅人
更衣みづから織らぬ罪深し 園女 俳諧撰集玉藻集
月更けて鶴が機織る遠こだま 渡辺恭子
朝顔や機織りに来る人の妻 吉武月二郎句集
木犀や藺草織る家も蔵造り 豊永ひさゑ
木苺の花に機織る家ひとつ 加藤かけい
木莵紛ぎれ込み織工場雪深む 西村公鳳
松過や織りかけ機の左右に風 芝不器男
枯葉舞ふ唐桟織の糸の艶 藤波康雄
柚子の香や月日に細る木の織機 大井雅人 龍岡村
柚子は黄に一枚のわが黒羽織 松村蒼石 春霰
柿赤し機織る窓の夕明り 幸田露伴 拾遺
桃咲いて機織る村の戸口かな 桃の花 正岡子規
桐の花機織の音絶えまなく 坂路朋子
梅雨深し織部焼みどりの滑車井戸 つじ加代子
植田一枚布裂き布織る広さかな 峠 素子
機で織られた蝶か 老女に永く随く 伊丹公子 沿海
機を織ることより知らず十二月 森垣昭子
機織が鳴く山寺のまくらがり 佐藤富美子
機織つて来し手を合せ残り福 土井糸子
機織の娘か法起寺の木犀よ 佐藤鬼房
機織の機にもたれて昼寝かな 昼寝 正岡子規
機織や燕きたるといそしめり 秋櫻子
機織りの夢と相成る嫁が君 鈴木孝信
機織りの洩れ灯更けゆく木菟のこゑ 氏家さち子
機織り休むある日は残鶯の谷を覗く 安斎櫻[カイ]子
機織るのみに老いし右の手左の手夕べは爐火にかざす 安斎櫻[カイ]子
機織る手休めず雪になると言ふ 片山由美子 水精
機織れば機翁の名あり織始め 安斎櫻[カイ]子
機織地に大形の富士秋あつし 宮武寒々 朱卓
機織虫(はたおり)の鳴り響きつつ飛びにけり 高浜虚子
機織虫の飛ぶ時薄き翅淋し 山本村家
機織虫の鳴き響きつゝ飛びにけり 高濱虚子
次ぎ織ろに解く機も日短かけれ 内田百間
母ありて織初しけり草の庵 安井小洒
母織れる窓の下なる雪あそび 皆吉爽雨
水音と機織る音や沖縄忌 山崎祐子
水鶏啼く水のしらべを織りまぜて 山田政子
波を織り波を織りつつ透き通る 三橋鷹女
泰山木咲きて織部の茶*碗かな 佐藤美恵子
洞門の岩に織りなすあや錦 並松 生代女
流刑地の島に機織る黄八丈 富田昌宏
淑気満つ白布の覆ふ機織場 橘美寿穂
清らなる織初の灯に神あらむ 金子星零子
湧水の冬麗の日を織り込めり 高澤良一 ぱらりとせ
濡ともと織立けり朝のさま 炭 太祇 太祇句選
灯をかかげ寒機月になほ織りぬ 飯田蛇笏 春蘭
父が織り子が織り雪の織屋路地 殿村莵絲子 雨 月
牧婦織り帰燕すずろに鳴きにけり 飯田蛇笏
牽牛織女文字間違へてそよぎをり 川崎展宏
琉球上布つぎつぎに波織られけり 如月真菜
田楽や山家に揃ふ織部皿 水原秋櫻子
疎の村の青嶺こだまに機を織る 河野南畦 湖の森
白樺の白の織りなす青葉かな 加藤由美子(梟)
白鳥の水尾が綾織る月の渦 原 柯城
盆礼や織子の親の女杣 有木銘仙
着ぶくれて丹後の織娘礼深き 石原八束
着ぶくれて繭の匂ひの織子たち 作田比沙志
短日の人織る巷時計鳴る 柴田白葉女 遠い橋
社会鍋人織るごとくかへりみず 清原枴童 枴童句集
秋父機音あぢさゐの影も織る(秋父二句) 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
秩父路に機織る音や女郎花 佳藤木まさ女
窓あけて織る日となりね燕来る 上村占魚 鮎
竪横に織らせて見ばや雪のいと 支考 俳諧撰集「有磯海」
竪琴のごとく糸張り絵茣蓙織る 田村了咲
笹鳴にひらめく老の瞳縮緬織る 加藤知世子 花寂び
筬走る音重なりて織始 森信坤者
筵織る一筋ごとの藁匂ふ 安福降詞
簾吊り芭蕉布を織る伏屋かな 南上加代子
米にのみかかわり女です織女よ 竹下しづの女句文集 昭和二十四年
粗織りの足利銘仙麦青む 石井大泉
紅葉を紐に織りこみ菱結び 伊藤敬子
紡ぐ家織る家花野つづきかな 荒井正隆
紬織るはげしき一打蝉の中 橋本鶏二
紬織る夜なべは島に嫁してより 井尾望東
紬織る朴を意中の花として 神尾久美子 桐の木
紬織る泣き音咽び音夜稼ぎ島 加倉井秋を 『隠愛』
紬織る筬のゆききや雁渡し 渡部照子
紬織る筬の間遠やハイビスカス 細川晋士子
紬織る里は茶の花ごもりかな 古賀まり子 緑の野以後
組紐に西日織り込む伊賀乙女 川合正男
結ひたての髪に糸屑織初め 桝岡泊露
絣織る音や遠くにざぼん熟れ 堤多香子
絨緞織りのうなじ幼き弥生尽 岡田久慧
絹機を織るやかゞよふ白兎 中村草田男
綾を織る流れや九輪草揺るる 小路智壽子
綾織の月に張られし網代竹 岡本歩城
縞織つて十一月の風の音 鷲谷七菜子 花寂び
縮緬織る雪解しづくの光りづめ 大礼阿以子
繍球花をたが織りそめて紅小袖 小粉団 正岡子規
織ぞめや機神様へ窓あけて 松根東洋城
織りあがる甲斐絹のひかる冬川原 福田甲子雄
織りあげて綾はしる絹や青嵐 吉田冬葉
織りあげて雪に草の香藍紬 文挟夫佐恵 雨 月
織りいそぐ灯のいろのみな雁来月 神尾久美子 桐の木
織りかけし帯の綺羅あり鵙高音 木村蕪城
織りかけの叺を土間に雛の宿 冨田みのる
織りさした布ぬすまれて十夜かな 来山
織りやすむ如水間道明易し 野見山ひふみ
織り上げし上布を持ちて登校す 蔵巨水「くらげ」
織り上げし紬一反初氷 神尾久美子 桐の木
織り上げて藍さやかなり今年絹 古賀まり子
織り上げて藍のにほへる雪催 根岸善雄
織り上る紬にほへり春灯 氏家さち子
織り習ひも爪根染む頃帰る雁 安斎櫻[カイ]子
織るまへの糸のしめりも良夜かな 長谷川双魚 風形
織る機の尺余り日の詰りけり 大須賀乙字
織る茣蓙の花くれなゐに雪ごもり 田村了咲
織元の名のくつきりと雪晒し 相馬沙緻
織出す雨の晴れ間や時鳥 許六「柿表紙」
織初の一打をつよくやはらかく 神尾久美子
織初の機に生れ行く花鳥かな 尾関藻雨
織初の洩れ灯の濃さも母の里 木場田秀俊
織初の紬は強打して終る 橋本鶏二
織初めの筬音まぎれ深山川 鷲谷七菜子
織初も供養心に一糸一糸 福田蓼汀 秋風挽歌
織初やゆゝしくゆるゝ飾藁 徳永山冬子
織初やよりそふ母の言縷々と 栗生純夫 科野路
織初や明るき色を縦糸に 篠原としを
織初や磯凪ぎしたる籬内 飯田蛇笏 霊芝
織初や襷せぬ袖ひるがへし 蝶衣句稿青垣山 高田蝶衣
織初や金絲銀絲の杼をとばす 高橋淡路女 梶の葉
織女(七夕)に老の花ある尾花かな 嵐蘭 七 月 月別句集「韻塞」
織女星とぼとぼ東しらみけり 殿村菟絲子 『樹下』
織女星に人の操つる電光(ひ)がとどく 竹下しづの女句文集 昭和二十五年
織女星妻を思へば煌めきぬ 後藤比奈夫 めんない千鳥
織女星老婆一生の杖先に 齋藤愼爾
織女星視力弱るを今言はず 殿村莵絲子
織姫の歌垣山や捨焚火 角川源義
織姫も待たで花咲く蘇枋かな 希因
織姫や星に肉体ありとせば 七田谷まりうす
織娘たち身暑し草履はき平め 中島斌男
織娘らの筬やむまなく雪解富士 飯田蛇笏 春蘭
織娘帰る鉄道沿ひに月見草 沢木欣一
織子にも染師にも柚子熟るるころ 神尾久美子
織子まだ揃はぬまゝに機始 内田梧陽
織子らにふるさと遠き雑煮かな 有本銘仙
織子帰る明日の踊の笠さげて 銘仙
織子帰る武甲颪に頬かむり 有本銘仙
織子杼を押し戴いて機始 宮田静江
織機を祝ふ日のあり蕪汁 広江八重桜
織殿の霜夜も更けぬ女声 黒柳召波 春泥句集
織物の糸ぬく音やきり～す りん女
美の神の織れる野山の錦かも 猪子水仙
考案の柄に自負あり織始 山田節子
肌ぬぎや織子あがりのすくせ妻 橋本鶏二 年輪
胡麻の花高麗の末裔機織らず 小見山希覯子
自由軒満席となり織田作忌 尾関令子
航空標識燈の梢(うれ)に中(あた)りて織女輝(て)る 竹下しづの女句文集 昭和二十五年
航空標識燈光織女圏に入る 竹下しづの女句文集 昭和二十五年
色なき風織りて色なき葛布かな 手塚美佐
芋の葉に火山灰の黒露紬織る 大岳水一路
芭蕉布を織つて少なき賃稼ぐ 原田澄子
芭蕉布を織りゐる音として涼し 山崎ひさを「青山抄」
芭蕉布を織る村戦禍なかりけり 岩崎照子
芭蕉布を織れど着てゐる人居らず 森田峠
芭蕉織る嶋とおもへば夏の宿 飯田蛇笏 山廬集
芭蕉織る庭に九年母実らせて 村山澄子
花ぐもり機織る音のねむきこと 杉山青風
花どきの飛鳥采女は機を織る 坂内佳禰
花筏旅が織りなすこころの綾 柴田白陽
花衣かけつらねたる織子部屋 滝沢鶯衣
花道に溢れる織子盆芝居 有本銘仙
莚織折々のぞく桜哉 桜 正岡子規
華がらを今日織りかけにいわし雲 荒井正隆
菱餅のその色も織り絹の村 守屋明俊
葛布織る機音葛を風煽ち 石川桂郎 高蘆
葛布織る涼やかに筬はしらせて 平賀 扶人
蓆織つて秋ごしらへの納屋の雨 長谷川素逝 村
蓮絲で織らばや蓮の寂光土 筑紫磐井 婆伽梵
藍の花織子泣かせし門構 坂本淳子
藍二尺織りて筬止む余花の雨 橘美寿穂
藤の花揺れて心の彩を織る 井口寿々子
虎落笛帯織る家を迂回せり 磯貝碧蹄館 握手
蜷の道織りなすあやのけふしげく 軽部烏帽子 [しどみ]の花
行々子堤の下は機を織る 羽部洞然
衣更みづから織らぬつみふかし 斯波園女
裂き織に赤の一すじ憂国忌 兵野むつみ
裂織の手ざはりやさし冬ざくら 兼田 幸苑
裏比良に朱の帯を織る晩夏かな 山本洋子
西陣の屋根重なりて織始め 仁科翁童
西陣や織子老いたる初地蔵 草間時彦
足利の織娘かがり娘花火見る 西本一都 景色
踊の輪織子染子も加はれり 近藤一鴻
輪飾や織りかけてある絣機 上田天鼓
輪飾や織上げ近き筵機 木村仁美
辞し去ればすぐ織る音や日短 有本銘仙
近々と織部燈籠星笹に 京極杞陽
退院の街うららかに人織れり 柴田白葉女 遠い橋
邯鄲や縄文の日日機を織る 坂下優絵
重陽や帯に織り込む金の蝶 阿戸敏明
野の柩はた～が来て織りいだす 萩原麦草 麦嵐
野良は早苗ふし立にけり莚織 宗也 選集「板東太郎」
金糸りりりりと織り混ぜ虫の闇 赤松[ケイ]子
金銀糸競ひ走らせ織始 新谷方子
錦織る女はらから寒食す 露月句集 石井露月
錦織家見によればしぐれ哉 高井几董
雁渡し母も娘も織りをらむ 柴田白葉女 花寂び 以後
雄阿寒の頂吹雪きユーカラ織る 野崎ゆり香
雨に寒う織りし桐畠雉子翔りぬ 容(内田易川句集) 内田易川
雪に織り雪に晒して越暮らし 町淑子
雪の影してちりめんの織りあがる 鷲谷七菜子 游影
雪昏し覚めては母の細織り 石寒太 炎環
雪降る淵玉虫色に紬織る 加藤知世子 花寂び
霙るるや京の織屋の軒深き 野田 史子
霜焼けの手に息かけて機を織る 斉藤夏子
青々さつきの天地機織るひとり私ひとり 安斎櫻[カイ]子
青天を余し翠微を織る飛燕 香西照雄 素心
青柿や帯織りつぎて石田てつ 深見けん二
青梅縞織りし軒より巣立鳥 奈良英子
青莚山に雪見る日にも織る 廣江八重櫻
飛魚の波をみなは絣織りにけり 黒田杏子
飯田紬織りわすれしも機始 西本一都 景色
鰯雲男女に嘘の織り交ざる 河野多希女 彫刻の森
鶏遊び機織る春の戸口かな 春 正岡子規
麦埃いとふ白機織りすゝむ 西島麦南 人音
黄八丈織るに日まかせ春逝けり 荒井正隆
黄八丈織る原絲の蚕飼かな(八丈島行) 上村占魚 『一火』
黄八丈織る相思樹の花ぐもり 羽田岳水
●女塗師
女塗師素足の胡座組み直す 千田一路「波状」
●加賀友禅
しぐるるや加賀友禅の鏡掛 中橋文子
人とその影加賀友禅を晒しをり 石原八束 人とその影
冬ざれの赤を散りばめ加賀友禅 中山純子
冬川をたぐり寄せては布放つ(加賀友禅) 飴山實 『少長集』
加賀友禅えがく百花や冬灯 楠 久子
加賀友禅筆より草の花生まる 野崎ゆり香
春雨の加賀友禅の街にあり 岩崎すゞ
短日や加賀友禅の先ぼかし 新井佳津子
行く秋や加賀友禅の小風呂敷 新田美智子
赤多き加賀友禅にしぐれ来る 綾子
●花器
びいどろの花器からつぽの秋まひる 楠本憲吉
仕損じ花器捨てにゆく 晩夏ふかい野に 伊丹公子 陶器の天使
夏ちかき晩餐の花器水満てり 石原舟月 山鵲
律の風槌で打出す銀の花器 阿部月山子
抱きし花器の涼感受賞確かなり 奈良文夫
新涼の花器に囲まれ睡るなり 朝倉和江
水透く花器二月は妻も透くごとし 友岡子郷 日の径
碧天を花器に泰山木の花 筏奈雅史
花器あふれるウインドに招かれ明るい僕 阿部完市 絵本の空
花器いくつ棚にねむらせ鳥ぐもり 朝倉和江
花器の水硯にすりて四迷の忌 松本澄江
花器を透かせ前衛華展静かに混む 楠本憲吉
花捨ててむしろ涼しき硝子花器 朝倉和江
菊冷えに花器の水替へ忘れをり 河野南畦 湖の森
陶花器の影の伸縮花杏 上窪則子
●カシミヤ
●頭作り
●絣 飛白
わが五月老楽の飛白着て行かな 山口草堂
夕涼を井の字飛白の大臣かな 尾崎紅葉
山々の雪飛白なす鍬始 藤井 亘
旅人を飛白にしたる吹雪かな 杉本雷造
暮春の壁にもたれる心の飛白なれ 安井浩司 牛尾心抄
杉山に飛白をなして朝桜 大石悦子 百花
松山城雪の飛白のうへにかな 川崎展宏 冬
洗ひ上げ飛白まぶしき蜆かな 今川美代子
白袴薩摩飛白に霙れけり 久米正雄 返り花
草市の小山内薫紺飛白 久米正雄 返り花
葡萄摘むと嵌めたる籠手の紺飛白 正雄
葡萄摘むと篏めたる籠手の紺飛白 久米正雄 返り花
蚊飛白の蚊となる糸や雪明り 須川洋子
起筆より飛白となりし残暑かな 雨村敏子
運筆の飛白を生かす夕刈田 小澤克己
頸あらはに薩摩飛白の綿子哉 綿子 正岡子規
飛白よきああ早乙女の棚田かな 脇本眞樹(自鳴鐘)
飛白着てわが下心寒し柿落葉 三橋敏雄
飛白着て羽抜鶏ほど駆けしのみ 貝塚放朗
家をいでゝ今宵も明治の紺かすりを着てあるく夏の夜 安斎櫻[カイ]子
あゐの花絣を好み絵筆とり 村井四四三女
いくらかは僧形に似む白絣 能村登四郎 冬の音楽
いなづまや古渡更紗島絣 黒田杏子 花下草上
うすものや月夜を紺の雨絣 泉鏡花
おとなびてよき兄となり白絣 長谷川櫂 蓬莱
ことごとく飛雪の絣初山河 金箱戈止夫
さよならは常にもがもな白絣 石原八束 黒凍みの道
しかと着て身に沁む紺の絣かな 長谷川かな女 雨 月
しぐるるや丹波絣の端切買ふ 浅場芳子
そもそものはじめは紺の絣かな 安東次男(1919-)
とほくきく汽笛はよけれ白絣 神尾久美子 桐の木
どぜう鍋運ぶ年季の絣かな 今泉貞鳳
ひとり身は老も恋めく白絣 能村登四郎 寒九
ふらここや鳩が絣になり翔べる 西本一都
ぼろ市の絣を攫ふごとく買ふ 小倉つね子
ぼろ市や塀に拡げし紺絣 渡辺育子
まだ雁がゐて織絣染絣 長谷川双魚 風形
まなざしの父となりゆく白絣 北見さとる
もてなしの聞香に座す白絣 中戸川朝人 尋声
ものごとに四肢聡くなる白絣 根岸 善雄
やや冷えて定家忌までの白絣 森 澄雄
七月の湖あり利休絣着て 岡井省二
久に着し絣匂へり今年竹 小松崎爽青
乙女みな絣似合ひて春祭 古賀まり子 緑の野以後
二月や人の形見の絣着て 細見綾子 黄 瀬
亡き妻のたたみしままや白絣 小早川恒(馬酔木)
亡き父の背を想ひ出す白絣 佐藤良子
伊予の田の案山子は伊予の絣着て 繁一
光太郎忌わが紺絣着古りたり 富岡掬池路
冬待つや白善くいでし紺絣 野村喜舟 小石川
冬菊の暮れてもひびき絣織る 細井みち
凧の下母が手織の絣欲し 石田波郷
凧の子や仕立おろしの紺絣 高橋淡路女 梶の葉
刈田ゆく袖を四角に紺絣 桂信子 遠い橋
初髪に似合ふ松山絣著て 深川正一郎
北山やしぐれ絣の杉ばかり 福永耕二
卒業の吾子の矢絣飛ぶごとく 藤田湘子
友の忌の黴ほのかなる紺絣 古沢太穂 古沢太穂句集
古絣秋の揚羽と連れだてる 百合山羽公 寒雁
右の手の少しく長し白絣 長谷川櫂 古志
吉報や折目のつよき白絣 宇多喜代子 象
墓参りのときのみに着る麻絣 細見綾子 黄 瀬
夜がはじまる長き橋ゆく白絣 櫛原希伊子
夢の端に拘つてゐる白絣 根岸善雄
大原女の大矢絣に更衣 高野素十
大正の書生絣よ震災忌 百合山羽公 寒雁
大雪のわれの二コニコ絣かな 飯島晴子
夫の絣汚れしままに産みに行く 金子皆子
夫よもう世を急がずや白絣 三橋迪子
妻がけふ絣のもんぺ燕来る 皆川白陀
妻なしに似て四十なる白絣 石橋秀野「桜濃く」
子に着せし曾ては夫の白絣 高根照子「ティー・エンジェル」
小溝澄む真昼老爺の白絣 柴田白葉女 花寂び 以後
少しずつ涙にじんで白絣 田中みち代
少年に母の面影白絣 長谷川櫂 蓬莱
少年の紺の絣の春着かな 岩倉憲吾
少年の風邪の三日を紺絣 蓬田紀枝子
山妻の着る紺絣露の秋 山口青邨
山川に別れるための白絣 齋藤愼爾
幾代織り山の斑雪に絣似る 宮津昭彦
待つてろと男の弔辞白絣 歌津紘子
怒るとき生あざやかに白絣 鷹羽狩行 七草
擬宝珠またかざせる花に白絣 中村汀女
旅疲雪にちらつく絣の目 樋笠文
日に夜に末路のやうな白絣 斎藤玄 無畔
明け暮れを山見てすごす白絣 菊地一雄
昔男にふところありぬ白絣 岡本 眸
春の雨絣のもんぺ捨てきれず 大内テル
晩景に逢ふたのしさの白絣 能村登四郎
暖かく織りて絣の矢羽ふやす 加倉井秋を 『真名井』
暖く織りて絣の矢羽ふやす 加倉井秋を
暮れぎはの絣のやうに春時雨 川村智香子
朝の庭絣すがたの鶫立つ 島崎秀風
朝寒や薩摩絣のめでたくも 野村喜舟 小石川
朝涼や紺の井桁の伊予絣 清水基吉
朝顔や肌に馴染める絣褪せ 石川桂郎 四温
木の芽の路を絣の袂吹かせゆく 川島彷徨子 榛の木
木枯へ絣くくりの目を澄ます 坂巻純子
杉山の矢絣に雪新しや 成田千空
来し方のよく見ゆる日の白絣 綾部仁喜 樸簡
東京に来て汗ばめる白絣 細見綾子
柳絮飛ぶ空中絣模様なり 稲本池雪
柿若葉寝る時きりきり絣着て 小檜山繁子「流沙」
橙や母が手織の絣欲し 石田波郷
正直も短所のひとつ白絣 入谷和子
殉教祭坂のぼりゆく絣の子 鳴瀬苓火
水仙や絣のやうに波がしら 石川洋子
水無月や絣乙女の湯揉唄 関まさを(酸 漿)
水音は遥かを急ぎ白絣 綾部仁喜 寒木
波音を懐に入れ白絣 古賀まり子
海涼し絣模様にうさぎ波 河野頼人
海苔*ひびの絣ほつるる春隣 西村梛子
濁りこそ川のちからや白絣 宮坂静生 春の鹿
炎の龍子露の茅舎や白絣 大石香代子
父に似ぬ学究にして白絣 和田祥子
片よせし機に絣や霊まつり 皆吉爽雨
白絣きえたりしかば雨後の古葉 中田剛 竟日
白絣てふ風韻に託すも 坂巻純子
白絣ははもこころをかけし草 宇佐美魚目 秋収冬蔵
白絣ひと生のはたて見えてきし ほんだゆき
白絣ほかには誰も着てをらず 下村槐太 天涯 下村槐太全句集
白絣人の匂ひも潮の香も 高橋将夫
白絣勘気の面にふれし日の 藤井寿江子
白絣合槌を打ち聞いてゐず 中村苑子
白絣後姿の父に似て 竹内鈴子
白絣書生は死語となりにけり 越智 協子
白絣水の話を聴きにゆく 宇多喜代子
白絣無器用に着て威張りをり 猪俣千代子 堆 朱
白絣生きてこの世で擦れ違ひ 長谷川櫂 蓬莱
白絣着て思想家のごとくをり 長谷川櫂 天球
白絣着て海彦を待つごとし 神尾久美子 桐の木以後
白絣着て身の老を深くする 能村登四郎
白絣着て飛魚の眼のごとし 飯田龍太「山の木」
白絣荒波とほく闘へる 桂信子 樹影
白絣遠くの山の道が見え 齋藤愼爾
白絣部屋のまんなか通りけり 桂信子
白絣銀魚のごとく着てをれり 火村卓造
百足屋も白蚊絣も昔かな 石川桂郎 高蘆
着つぶして流球絣蚊喰鳥 黒田杏子 花下草上
矢絣の後ろ背丈や冬休み 外川飼虎
矢絣は歯切れよき柄袷裁つ 竹葉英一
矢絣を千代女も好み萩の花 佐藤美恵子
秋の夜の久留米絣がなつかしく 永井龍男
秋の田やむかし似合ひし紺絣 高柳重信
秋袷この矢絣も古りしこと 小島千世女
稽古場の役者一様白絣 片岡我当
空深む絣十字に椋鳥撒いて 野沢節子
立秋の紺落ち付くや伊予絣 漱石
端居して旅の借着の白絣 加藤秋邨
納屋までの往き来に母の白絣 桂信子 黄 瀬
紙を漉く冬百日の紺絣 山田春生
紺絣冬の初めの音立てぬ 原田喬
紺絣春月重く出でしかな 飯田龍太(1920-)
紺絣野を焼きし香の沁みゐなり 戸川稲村
絣乙女の唄もてみがく杉丸太 柴田白葉女 花寂び 以後
絣地の一枚北窓塞ぎ足す 中村草田男
絣模様の絹を座布団夜長縫ふ 田中英子
絣着ていつまで老いん破芭蕉 原石鼎
絣着て誰にともなく秋がくる 神尾久美子 桐の木
絣着の昔ありけり夕笹子 村越化石 山國抄
絣織る音や遠くに朱欒熟れ 堤 多香子
綿入の絣大きく遊びけり 金尾梅の門 古志の歌
綿虫やひと日身につく紺絣 藤田湘子 雲の流域
職退いて痩躯養ふ白絣 近藤一鴻
背骨の型に褪せ草取の紺絣 加藤知世子
胸の辺の絣褪せけり稗抜き女 皆川白陀
致仕の身に雨いさぎよし白絣 町田しげき
舞の袖雪の絣をみだし振る 西本一都 景色
色褪せし我が青春の白絣 田中義孝(ランブル)
花びらが絣の紺の肩につく 中嶋秀子
花冷えや老いても着たき紺絣 能村登四郎(1911-2002)
花冷の羽織りて父の紺絣 鈴木しげを
茶摘みせし絣もんぺの膝ついて 綾子
菜の花や旅路に古りし紺絣 沢木欣一 雪白
蕪はこぶ女盛りの紺絣 つじ加代子
藍を植ゑ広瀬絣の染場守る 西本一都
藤咲くや妻なき人の紺絣 柴田白葉女 遠い橋
蚊絣が野づらにつづき裁ち迷う 渋谷道
蚊絣の紺のにほへる釣荵 石川桂郎
蚊絣をくくる手もとを草の絮 荒井正隆
詫び状は達筆なりし白絣 赤尾恵以
身に合ふは縞よ絣よ菊の頃 鈴木真砂女
輪飾や織りかけてある絣機 上田天鼓
逗子開成一年生や白絣 長谷川櫂 蓬莱
郷はるかに紺絣着て母の冬 神尾久美子 掌
隠れなき身過ぎ世すぎや白絣 浦亀甲子
雨の夜の齢静かに白絣 町田しげき
雪にじむこぼれ浅蜊の茶絣に 林翔 和紙
雪の結晶ひらめきとして絣くくる 加藤知世子 花寂び
雪晒し夜は凍み晴れの星絣 小枝秀穂女
雷声を納むと絣括りけり 黒田杏子 花下草上
露に入るしんがりとして白絣 齋藤愼爾
顔変りしたるおもひの白絣 上田五千石 風景
風邪の休校教師に似合ふ久留米絣 猿橋統流子
飛魚の波をみなは絣織りにけり 黒田杏子
飯強し母の着給ふ白絣 桂信子 花寂び 以後
鶯に山家の人の紺絣 鈴木鷹夫 風の祭
黄泉の子もうつせみの子も白絣 能村登四郎
鼬かくれ絣のごとき雲置けり 川島喜由
●型染
梅の花スケッチ型染作家かな 高澤良一 燕音
●金巾
鬼燈も紅葉しにけり緋金巾 尾崎紅葉
●紙細工
●紙問屋
如月の水の匂へる紙問屋 西尾りん三
鐘落ちきれぬ地平へ向う紙問屋 安井浩司 赤内楽
●紙人形
おぼろ夜や乳房をもたぬ紙人形 沢田紅柳
冬の河沈黙のあとの紙人形 保坂敏子
十五夜の紙人形は寒からむ 田上公代
早稲の香や越中おわら紙人形 舘岡沙緻
梅ひらき紙人形の息さそふ 川崎慶子
紙に戻るとき紙人形の丸はだか 斉藤姫与志
紙人形位置定まりて緑の夜 村越化石
雪降るや紙人形の紙の呼吸 滝井清子
霰ふる目鼻うすれし紙人形 穴井太 土語
●紙を漉く
あはき灯の紙漉工房秋時雨 緑川 啓子
きさらぎや獣くさき紙漉村 丸山嵐人
そうめんが川に沈める紙漉村 細見綾子 伎藝天
ちり紙に漉込るゝな風のてふ 一茶 ■文化元年甲子(四十二歳)
をちこちに夜紙漉とて灯るのみ 阿波野青畝
三椏や紙漉村は渓沿ひに 鈴木良花
刀匠も住み紙漉も残る里 阿部小壷
初晴れの蔀戸を揚ぐ紙漉場 立半青紹
初蛙紙漉村の捨て田より 飛高隆夫
初蝶のよぎる小原の紙漉場 窪田英子
卯花や塵紙漉が垣の隙 昌夏 選集「板東太郎」
口寒く紙漉女紙を使ひをり 萩原麦草 麦嵐
合歓の花紙漉村はまだ覚めず 門井美豫
吹き込みしよべの雪凍て紙漉場 桑田青虎
墓山より鳥のつぶての紙漉村 鍵和田[ゆう]子 飛鳥
大いなる日めくり紙漉女の上に 辻桃子
小正月休みのありて紙漉屋 松林朝蒼
山裾や落花引き込み紙漉女 河野南畦 湖の森
廃されず老母の坐る紙漉場 百合山羽公 寒雁
意のままに波を作りぬ紙漉女 富田範保
手織縞着て新茶汲む紙漉婆 長谷川かな女 花 季
日々水に顔をさらして紙漉女 直江るみ子
日当ればすぐに嬉しき紙漉女 橋本多佳子
曇り日の水の粘りや紙漉女 宮坂静生 樹下
杉に降る雪さらさらと紙漉場 西村公鳳
枇杷咲いて紙漉一戸一乙女 赤松[ケイ]子
枯木星ひとつぶ紙漉村眠る 迫田白庭子
死金を一壺に蓄めて紙漉婆 近藤一鴻
残菊や日ざし乏しき紙漉場 成瀬桜桃子 風色
水ぎわの光を揺らす紙漉女 武藤あい子
汚れたる灯の一つ垂れ紙漉場 大橋敦子 母子草
泡を吹き塵をつまみぬ紙漉女 湯浅五生
漉き上げて寒さ口つく紙漉女 秋山光雄
漉上る紙より雫小法師かな 鈴木鷹夫 春の門
漉槽のさざなみを汲み紙となす 大石悦子 群萌
焚火して紙漉村の川辺なる 所 山花
百漉けば百の祈りや紙漉女 林翔
秋の日のつるべ落しや紙漉村 鈴木真砂女 夕螢
紅梅のしんじつ紅き紙漉村 馬場移公子
紙ふせの風のしめれる夜紙漉 中戸川朝人 残心
紙漉いてふぬけの爪よ日向ぼこ 田中英子
紙漉いて九官鳥も可愛いがり 京極杞陽
紙漉いて村に雪ばんばを殖やす 長谷川双魚 風形
紙漉いて漉いて水焼けしてゐたり 柴崎いよ子
紙漉が洟かむを見つつ囲み立つ 石田波郷
紙漉に撃ちのこされし雉子鳴けり 米沢吾亦紅 童顔
紙漉に英霊門標古りにけり 米沢吾亦紅 童顔
紙漉のいのち梳きこむ紙のいろ 中村敏子
紙漉のこの婆死ねば一人減る 大野林火(1904-84)
紙漉のはじまる山の重なれり 前田普羅
紙漉の児等の紙漉あそびかな 吉田立冬子
紙漉の天気都合や初霙 井月の句集 井上井月
紙漉の娘と浮舟のことなどを 橋本 薫
紙漉の寡黙もらせば八女訛り 赤松[けい]子 白毫
紙漉の手鏡己れのみ映す 津田清子 二人称
紙漉の村より賀状和紙白し 山崎和賀流
紙漉の梅の日向は猫歩く 森澄雄
紙漉の槽に匠の息太し 大川輝子
紙漉の止みて夜に入る沢の音 島田 尚子
紙漉の波も世相も枠の中 長谷川洋児
紙漉の濡れ手そのまま娶るべし 辻田克巳
紙漉の神技手技里に雪 文挟夫佐恵
紙漉の箕を濯ぐ瀬や夕蛙 篠沢ひこ
紙漉の舟の上なる鏡餅 市川三三
紙漉の荒れも見せざる男指 ふけとしこ 鎌の刃
紙漉の裏口あいて燕くる 門井美豫
紙漉の裾より寒さひろがりぬ 石田あき子
紙漉の跡ひそひそと冬の水 殿村莵絲子
紙漉の里なれば濃し川の紺 鍵和田[ゆう]子 飛鳥
紙漉は枯野に住みて日和かな 渡辺水巴 白日
紙漉もやめて遠退く冬山家 百合山羽公 寒雁
紙漉やとぷとぷ水の裏返る 山田弘子 初期作品
紙漉や初雪ちらりちらり降る 初雪 正岡子規
紙漉や日あたれば又石叩き 大峯あきら 鳥道
紙漉や水を平らにあやしつつ 嶋田麻紀
紙漉を三日休めば水逸る 行方克己 昆虫記
紙漉を天職として村を出ず 清宮文江
紙漉を見て彳めば暮早き 風生
紙漉を見にきて鼻を赤くせる 瀧澤伊代次
紙漉唄ありて青嶺の富める村 神尾久美子 桐の木
紙漉場物込み合ひて梅咲くよ 百合山羽公 寒雁
紙漉場紙に成れざる氷浮く 百合山羽公 寒雁
紙漉場紙漉く音の濡れてゐし 福井貞子
紙漉場高野の冷えのつづきにて 山口波津女
紙漉女さつと手風呂をしてゆきぬ 石田郷子
紙漉女しづかに立居振舞へり 佐藤美恵子
紙漉女と語る水音絶間なし 橋本多佳子
紙漉女に「黄蜀葵糊」(ぬべし)ぬめぬめ凍てざるもの 橋本多佳子
紙漉女ねむれる髪に水ながれ 北さとり
紙漉女冬万灯をゆくごとし 栗林千津
紙漉女冬百日の手炉ひとつ 石田波郷
紙漉女水のかがやきなりしかな 影島智子
紙漉女水の暮色をしたたらす ほんだゆき
紙漉女浮ぶ一穢も見のがさず 山口白甫
紙漉女稼ぎを問はれ恥ぢらひぬ 細見綾子 黄 炎
紙漉女襟巻のことを私話めけり 萩原麦草 麦嵐
紙漉小屋の裏のぬかるみ梅眠る 鈴木鷹夫 渚通り
紙漉川おはぐろとんぼ早や出でし 細見綾子 天然の風
紙漉村嫁に出さぬをしきたりに 影島智子
葛の花紙漉谷の水迅し 日比野久美子
薄氷か紙の水子か紙漉場 百合山羽公 寒雁
跡つぐ子槽を並べて夜紙漉 大野林火
雪しろや紙漉村の畦もつれ 西本一都 景色
雪匂ふ鳥の子紙の漉雫 影島智子
雪解風紙漉小屋をゆさぶりぬ 森重昭
風鳴りに眼を休めをり紙漉女 猪俣千代子 堆 朱
●唐織
●硝子（工 工房 細工）
さくらんぼ硝子細工に似て少女 山口貞子
紫陽花咲きやがて硝子工となりゆく 塩野谷 仁
梅雨に入る机上に硝子の舟細工 高澤良一 素抱
寒夕焼硝子細工の馬車を攻む 櫛原希伊子
●硝子吹き
硝子吹く暮色の火玉蜜柑色 三谷昭 獣身
硝子吹く沖にあらはる蜃気楼 八牧美喜子
硝子吹く男の眉間稲妻す 北見さとる
硝子吹く胸汚したる裸かな 村上鬼城
肋を彫つて火の玉の硝子吹く 林田紀音夫
●絹
あかがりや哀れ絹地に引つかかり 三橋敏雄
あたらしう花に着て来よ絹ばかま 斯波園女
いただきて新絹のそのかろさかな 大石悦子
いちはつの絹脱ぐ雨となりにけり 松澤朴秀
いちまいの絹のごとしや春の暮 菅原鬨也
うすらひや絹織るやうな山の音 渡辺恭子
うす絹に似たるひかりの芹の水 つじ加代子
うす絹をまとふ恨や今日の月 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
おもかげが絹となりゆき餅匂う 和知喜八 同齢
かなかなや絹の海ゆく裁鋏 渋谷道
かの秋峰のいろ絹売りに行かむ 安斎櫻[カイ]子
きさらぎや紅絹もて磨く蒔絵椀 酒井智代
こほろぎの真上の無言紅絹を裂く 平畑静塔
こむすめを妬(や)きらうたけし絹豆腐 筑紫磐井 花鳥諷詠
さざなみの絹吹くごとく夏来る 山口青邨
しらしらと銀漢往古は絹の道 伊東杏花
すゞしさや絹着ておはす老和尚 高井几董
そのうちに紅絹の這ふ児や人形会 牧 鴻月
たんぽぽや敷石残る絹の道 藤野澪子
だまされて夜は明やすし絹蒲団 明け易し 正岡子規
ねころんで居ても絹莢出来て出来て 清水径子
やわらかに凩を包み絹という 和田悟朗
ゆく春の生絹を機に掛けられて 黒田杏子 花下草上
キュキユッと甲斐絹鳴るなり秋祭り 土屋和郎
マチスよりモネヘとすすむ絹扇 八染藍子
一枚の空に鴈ある絹の道 角川春樹(1942-)
一枚の絹の彼方の雨の鹿 永島靖子(1931-)
七夕に貸さねば疎し絹合羽 杉風 芭蕉庵小文庫
三丈の青北風染みの絹飜る 文挟夫佐恵 雨 月
下萌や総身に添ひし紅絹の裏 都筑智子
乞巧奠願ひの糸の絹の艶 中尾杏子
乳房をつつむ薄絹夢の軍楽隊 林田紀音夫
今年絹いつぴき雨にとどきけり 加藤三七子
偲ぶれど螢ながれて絹の闇 丸山嵐人
僕ガ妻の絹着て帰る春のくれ 高井几董
優曇華に薄絹月夜つづきをり ほんだゆき
優曇華や昼を点して紅絹に箆 久保田育代
冬に入る絹ずれの音杉の中 宮坂静生 山開
冬ひばり絹のひかりの空に消ゆ 染谷佳之子
冬山を仰ぐ身ふかく絹の紐 岡本眸
冬草は絹の手ざはり久女の墓 加藤知世子 花寂び
凍蝶に薄絹ほどの朝日かな 中村葉子
初商絹と紬の手ざはりに 新藤潤水
初天神絹の匂ひの女かな 柴崎七重
初河鹿乳首がシャツの絹感じ 鈴木明
卓になげし絹手袋のちぢむ見し 田中王城
厄落す絹のつめたき襟かざり 田中裕明 櫻姫譚
合歓咲くや絹裂羽織の裾みじか 尾崎紅葉
名所や絹商人の着衣始 着衣初 正岡子規
吹雪く夜の紅絹の色かと振り返る 正木ゆう子 静かな水
地理院にすとんと絹の靴下降る 攝津幸彦 未刊句集
夏めくやあやして掬ふ絹豆腐 山下百合子
夏衣絹の好みはなかりけり 羅 正岡子規
夏衣絹を着たるぞあさましき 羅 正岡子規
夕雲のいま絹を曳く踊笠 浦田一代
夕風は絹の冷えもつ吾亦紅 有馬籌子
夕風を言ひ新絹を押しひろぐ 関戸靖子
夜の秋の影も生絹の往来かな 橋石 和栲
夜の秋白絹の冷え手に残り 勝又星津女
大阪に絹の雨降る花しづめ ふけとしこ 鎌の刃
奈良に寐る絹の蒲團や鹿の聲 鹿 正岡子規
嬰児どこも絹の感触さくら咲く 猪俣千代子 堆 朱
寒天田生絹の翳のありにけり 北見さとる
屠蘇の酒絹の小袋のこしけり 澁谷道
屠蘇注ぐや紅絹の匂ひをなつかしみ 伊藤敬子
屠蘇袋花色絹の匂ひ哉 屠蘇 正岡子規
山茶花や絞らずに干す絹の服 安田 晃子
市人恋うて街歩くなり絹袷 長谷川かな女 雨 月
式服の絹たよりなき秋つばめ 大木あまり 山の夢
弥生はや生絹かけたり那智の神 村上 光子
張板に吸ひつく紅絹や水の芽晴れ 高橋淡路女
待宵の身にしむ恋や絹袷 定雅 五車反古
御会式や庫裡に出されし絹座蒲団 西山睦
御蓬莱夜は薄絹も着せつべし 言水
戯作者のたぐひなるべし絹頭巾 頭巾 正岡子規
扇とは生絹にゑがく花鳥かな 筑紫磐井 野干
手を通す絹のつめたさ十三夜 佐藤美恵子
手術痕いたはる夫の絹マフラー 広田恵美子
抱き親は生絹のかぶり水烟る 茨木和生 三輪崎
支那街や絵絹売る家の海棠花 雉子郎句集 石島雉子郎
新米を紅絹の袋に神集 遠所るり実
新絹に染むべく模様何よけん 伊藤松宇
新絹のしろさ真夜には羽摶かむ 坂巻純子
新絹やさらりと展べて見惚れゐる 野村喜舟
新絹や一二里づつの在の町 嘯山
新絹や白木の台のすがすがし 角田竹冷
新絹裁つぬめらかな白畏れけり 寺村朋子
日盛りや絹の薄さの鉋屑 三谷道子「待春」
春の雪紅絹にてみがく輪島塗 水津八重子
春も早や薄絹人の肩にあり 林原耒井 蜩
春山のふところを縫ふ絹の道 毛塚静枝
春日若葉みこは白絹あまき酒 中勘助
春泥の一歩身のうち紅絹の鳴る 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
春着縫ふ紅絹を流るるごとのべて 三浦恒礼子
春着縫ふ絹の重さを膝頭 野上照子
春雨に土匂ひ立つ絹の道 笠井順一
春雨の武漢に絹を売りにゆく 山本洋子
春風の揚州に絹売る話 山本洋子
暮るゝ間を絵絹に染ん露の萩 松岡青蘿
朝雲の生絹びかりに秋立てり 西村博子
朝鵙やはや絹をどる機の上 桂樟蹊子
朧夜の白絹に置く一分金 井上康明
松蟲ヤ露ニ濡レタル絹團扇 松虫 正岡子規
桂郎の胸薄からむ絹鳴る秋 齋藤玄 『玄』
桑解くや秩父に寂びし絹の道 国井遭子
桑解くや結城に絹の川ながれ 手塚美佐
梅が枝に誰が絹張し年の暮 讃岐-芳水 元禄百人一句
梶の葉を懸けて五色の絹帷 桂樟蹊子
歌をよむ従五位の君や絹袷 袷 正岡子規
歯朶谷へ紅絹ふんはりと脱ぎ捨つる 熊谷愛子
残る虫絹のごとひく涙あと 原裕 新治
水や空翠の生絹うちひろげ 呂丸
水母浮く絹の襤褸をひるがへし 辻美奈子
水馬絹より細き四肢持てる 保坂リエ
流し行く新内我は絹蒲団 東洋城千句
浄闇に在す絹帳御遷宮 坊城佐和子
浮世絵の絹地ぬけくる朧月 泉鏡花
海鼠腸をすするや絹をすするごと 礒部尺山子
涅槃像いばんや人間絹枕 安昌 選集「板東太郎」
消えがての脈湧きかへす絹傘草 加藤知世子 花寂び
涼しさや絹着ておはす老和尚 几董
湖昏れて新絹重ねある蒼み 北川英子
炎天に訣る洋傘の絹の艶 津田清子
無錫から来た 絹刺少女の疲れた指 伊丹公子 機内楽
燈籠の絹すずやかにともりけり 太田鴻村 穂国
玉と呼び絹と称ふ島波うらら 松本たかし
珠数重き沙彌が袂や絹袷せ 会津八一
瓜買ふに笠の垂れ絹上げぬなし 筑紫磐井 野干
生涯に絹も着ざりし糸取女 恩地れい子
生絹めく山路の雨に鷽鳴けり 井沢正江 湖の伝説
甲斐絹を世に絶やさじと機始 勝俣泰享
病院で絹を燃やしてくるしみ居り 阿部完市 絵本の空
白じらと菊を映すや絹帽子 芥川龍之介
白妙の絹まぶしみつ縫始 面地豊子
白無垢の模様の透ける今年絹 阿部月山子
白無垢の絹の冷たさ胴を締む 品川鈴子
白絹で碁石を磨く小六月 浅井陽子
白絹と真珠六月の婚 柴田白葉女
白絹につつむみどりご夕桜 加倉井秋を 『隠愛』
白絹に嬰包み来て春祭 茨木和生 野迫川
白絹に待針を打つ菊日和 佐藤 緑
白絹に置く一刀や夏の果 きくちつねこ「五浦」
白絹のつめたさを縫ひ冬新し 能村登四郎 枯野の沖
白絹は勝者の肩に競べ馬 山田由紀子
白絹は葬りのごとし雛をさめ 井沢正江 以後
白絹を縫ふ縁先の青木の実 鳥井信行
白絹を裁つ妻と居て寒土用 北野民夫
白菜を煮て絹のごと西行忌 赤松[ケイ]子
白髪は絹の手ざはり母に冬 きちせあや
百合祭生絹の雲をかけにけり 大橋敦子 勾 玉以後
皹の手に縫ひにくし絹の物 中宮喜代子
皹薬つけてより紅絹縫ひ始む 敦賀皓子
石灼けて生絹のやうな黒揚羽 長谷川櫂 天球
秀野忌や白絹にあるうらおもて 矢部るみ子
秋立つと自愛ごころの絹肌着 都筑智子
立春や家集生絹のつやを持つ 鍵和田[ゆう]子 武蔵野
立秋と思へば旨し絹豆腐 栗山恵子
競べ馬勝の白絹鞭にうけ 田畑比古
箱根空木咲く餞別の絹沓下 塚本邦雄 甘露
糊おける絹に東風行門辺哉 炭 太祇 太祇句選
紅梅の月の絹暈著る夜かな たかし
紅絹(もみ)いろに浅草の空針納め 高澤良一 宿好
紅絹を裂くたびに蜥蜴のちらちらす 石寒太 炎環
紅絹裏がひらりと寒のみたらしに 小平むつ夫
紅絹裏に春風遊ぶ舞扇 古市絵未
紅絹裏のうつればぬるむ水田哉 蓼太
絣模様の絹を座布団夜長縫ふ 田中英子
絵絹灯籠虫の音近し草の花 調菅子 選集「板東太郎」
絹うちは措けば貴船の夜の深み 長沼 恒子
絹が吸ふ墨の淡さや風五月 義澤竹麗
絹ごしの豆腐にキムチ暑気払い 岡本京子(アカシヤ)
絹ずれの風を広げて草若葉 高司良恵
絹の上に算盤がのり市始 渡辺青楓
絹の冷えすでにまとひて蚕眠る 吉野義子
絹の服着なじむ午後を日の四葩 鍵和田[ゆう]子「未来図」
絹の薔薇作りてしるく夏痩せす 寺井谷子
絹の道なべて日当る冬菜畑 市橋千翔
絹の道縷々と棉干し豆も干す 小檜山繁子
絹の道麦稈帽を重ね売る 日原傳
絹の雨山荘つつみ花馬酔木 秋山 花笠
絹の音寒紅梅を見に出づる 井上雪
絹をひく水の流れや御祓川 会津八一
絹をもて身をつつむ秋きたりけり 桂信子 黄 炎
絹を牛を産す嶋々や夏の海 尾崎迷堂 孤輪
絹商人の通ひし道や落し文 関戸文子
絹団扇旅愁ともなき灯しごろ 河野南畦
絹団扇端居し居れば蛍飛ぶ 団扇 正岡子規
絹團扇ソレサヘ秋トナリニケリ 秋団扇 正岡子規
絹寂びて羨しき絵なり秋の暮 石川桂郎 高蘆
絹撚りのごとき新茶を暁の刻 加藤知世子 花 季
絹本の墨色浅し一蝶忌 黒田桜の園
絹機を干す機屋あり孔雀草 黒沢宗三郎
絹機を織るやかゞよふ白兎 中村草田男
絹毬の突かであるなり函のまゝ 岡村柿紅
絹着せぬ家に菊あり詩經あり 菊 正岡子規
絹着せぬ家中ゆゝしき更衣 蕪村 夏之部
絹着たる馬の主や摩耶参 岡本松浜
絹練つて螢の中を舁き来る 長谷川かな女 雨 月
絹羽織を脱ぎ口上の獅子踊 山崎羅春
絹肌の塩あんびんの白き秋 中里晶子
絹脚胖高雄へまゐる女かな 孤松
絹莢のうす味の母在りしかな 山崎秋穂
絹莢のさして頼りにならぬ蔓 高澤良一 さざなみやつこ
絹莢を摘みためて指きゆんと鳴る 伊藤敬子
絹蒲団稍蔵臭く泊りけり 原田浜人
絹蒲団重ねても猶旅寝かな 尾崎紅葉
絹蚊帳のこと記して旅費を疑はる 河東碧梧桐
絹袷さらりとほぐし著たるかな 温亭句集 篠原温亭
練絹の色もうるむや月の蝕 ぶん村 閏 月 月別句集「韻塞」
織りあがる甲斐絹のひかる冬川原 福田甲子雄
織りあげて綾はしる絹や青嵐 吉田冬葉
織り上げて藍さやかなり今年絹 古賀まり子
羅に秘めた恋あり絹の糸 清水三千代
美しき嘘漆黒の絹扇子 木田千女
羽子板を買ひ来て絹のごとき夜気 中村明子
羽衣の滝とや白絹岩に掛け 福田蓼汀 秋風挽歌
肌寒や絹の長袖腕に添ふ 村井明代
胴ぬきの黄ばめる絹や土用干 石川桂郎 高蘆
脱ぎすてし絹が巣になる二月かな 澁谷道
花冷やあはれ生絹のごとき肌 眞鍋呉夫
花木瓜に絹ひく雨のふれにけり 小路智壽子
花桃や行李のなかの紅絹ほろび 花谷和子
花遅しさびれし絹の千国道 桂樟蹊子
若き人の眼鏡掛けたり絹袷 袷 正岡子規
若き日の羽子板絹の艶失せず 麓 美奈
若人の眼鏡かけたり絹袷 袷 正岡子規
草木染の新絹のみな雪の香に 田中英子
菜の花は大地の生絹雨上る 都筑智子
菱餅のその色も織り絹の村 守屋明俊
葱畑少しあつて娘が親のらしい絹着た 梅林句屑 喜谷六花
薄絹に燈籠の火の朧かな 燈籠 正岡子規
薄絹に鴛鴦縫ふや春の風 正岡子規
薄絹の水のおぼろや小鮎汲 西山泊雲
藍ふかき絹着て照葉のみちをゆく 柴田白葉女 『月の笛』
虫干や触れて冷たき紅絹の裏 館岡沙緻
蛇の絹不老の瀧のありといふ 川崎展宏
蛇出づる絹くつ下の艶増して 粥川 緑
蛍火や生絹の沢を濡らすなり 安西篤(海程)
蟲干しや絹の歳月均らされて 渋谷道
裁ち台を滑りし絹や春の雪 米尾芳子
裁ち落す絹に羽音や春立てり 本塩義子
襟寒き絹の蒲團や銀襖 蒲団 正岡子規
西安の噴井に絹の道始まる 高木一恵
角力取いづれ江戸絹京錦 相撲取 正岡子規
象潟や紅絹着せ真菰馬流す 岡井省二
貌鳥やインドの絹をひろげてをり 飯島晴子
赤い地図なお鮮血の絹を裂く 八木三日女(1924-)
遠山火寝息生絹のごとくゆれ 龍太
遠目して指巻きつけむ絹の雲 竹村 啓
都をどり果てたる路地に絹の雨 小路智壽子
針山に紅絹うつろへる供養かな 芝不器男
鏡中に春著の絹の紐鳴らす 黒田杏子
雁去ぬや女の齢なほ紅絹裏 下村槐太 天涯
雨脚は絹のひかりに水草生ふ 園部鷹雄
雪に逆らう紅絹一疋の重さ負ひ 長谷川草々
雪の夜の薄絹人形首をまげ 古沢太穂 古沢太穂句集
雪原のかなた雪嶺絹の道 片山由美子 風待月
雪来るや絹漉し豆腐鍋に澄み 石田あき子 見舞籠
霧と絹あひ似たり身を包むとき 正木ゆう子 悠
霧はげし絹笠草を敷き憩ふ 本田一杉「雲海」
霧最上遺骨の父を絹もて巻き 澁谷道
青天は一枚の絹鶯に 有馬籌子
青絹の雨の岬の緋色の情死 高柳重信
青葉の夜裁つ白絹の声をあぐ 横山美代子
額にいま 火の絹降れり手紙を書く 大井恒行
額にいま、火の絹降れり手紙を書く 大井 恒行
顧みて舌吐く癖や絹頭巾 会津八一
飛騨道のきはまりにけり今年絹 宮坂静生 樹下
鯨とれて婦等絹を買ひにけり 蝶衣句稿青垣山 高田蝶衣
鰯雲水際絹目に濡れてをり 猪俣千代子 堆 朱
鳥渡る空もうすぎぬ絹の道 中村明子
鳥雲に影の世のこる絹の道 渡辺恭子
鶯の啼くや絵絹の後ろより 会津八一
黒猫の絹の手触りさくらの夜 池田琴線女
●絹織物
●岐阜団扇
●キャラコ
●綺羅
きさらぎや水玉の綺羅鳥たちに 大石香代子
さくら散る夜や遠心に沙の綺羅 小檜山繁子
みかへればわが身の綺羅も冷やかに 芥川龍之介
みちのくは綺羅星に春いまだなり 有働亨 汐路
みづうみに綺羅あるごとく紅葉鮒 庄山章信
われとわが綺羅冷かに見返りぬ(偶感) 芥川龍之介 我鬼窟句抄
乾坤に霜の綺羅置く積翠忌 辻口静夫
僧の綺羅みづみづしくも盆会かな 飯田蛇笏
入学の桜吹雪ぞ綺羅の中 冨田みのる
冬浪の綺羅の奥より亡父の声 柴田白葉女
冬鵙や綺羅を野道にかがやかす 桂信子 黄 炎
凍星の綺羅をつくして墓地の天 柴田白葉女 遠い橋
出開帳衆僧綺羅をかざりけり 山口一舞子
初暦綺羅星のごと月日あり 岸本砂郷
力水綺羅なし走る玉せせり 阿比留初見
友あらずとも忘年の灘の綺羅 斎藤梅子
囀の綺羅を舟型光背に 野見山ひふみ
地に柿の落葉の綺羅のうらおもて 長谷川素逝 暦日
夕照の綺羅崩しては鳰潜る 吉田 芳
大陸の綺羅星の夜を煖房車 福田蓼汀 山火
天領の空かがやかす雉の綺羅 遠藤正子
女神彫る氷塵の綺羅身に浴びつ 川島千枝
常綺羅や鯛味噌や市に小柴垣 尾崎紅葉
敗戦の前後の綺羅の米恋し 三橋敏雄
日射しつつ降る雪の綺羅蔵開 早川柾子
昏うして綺羅星ならぶ山の沼 中川宋淵 遍界録 古雲抄
星合の夜はうち栄えてものの綺羅 後藤夜半 底紅
春宵や客より綺羅の熱帯魚 水原秋櫻子
春潮の綺羅にとけゆく黒き船 俵木陶光
昨夜の凍てとけゆく綺羅や糸寒天 水野富美
枯枝に綺羅星あつめ明日香村 多々良敬子
歯朶あかり山より引きし水の綺羅 松永千鶴子
洞の綺羅いま詠はねば春の夢 渡辺恭子
眦を飛ぶ綺羅星や橇を駆る 成瀬正とし 星月夜
竿燈の綺羅の漣立ち揃ふ 藤原星人
経綿緯錦とて雪の綺羅 和田悟朗 法隆寺伝承
綺羅と衣魚出でて主を確かむる 伊藤虚舟
綺羅星にすつかり忘れ憂き梅雨を 葛岡伊佐緒
綺羅星に石見神楽は火を焚いて 野見山朱鳥
綺羅星に鈴を鳴らして橇の馬 山田無月
綺羅星のもとに林檎を食べて憩ふ 木村蕪城 一位
綺羅星の中にわが星春の星 富安風生
綺羅星の中の青きが流れけり 水原秋櫻子
綺羅星の中をつゝきる鴨を撃つ 石井とし夫
綺羅星の夜の白梅となりにけり 福田蓼汀 山火
綺羅星の夜は賑かに牡丹の芽 遠藤梧逸
綺羅星の揃ひし年の峠かな 池田秀水
綺羅星の降る夜の水を盗みけり 黒川礼子
綺羅星は私語し雪嶺これを聴く 松本たかし(1906-56)
綺羅星を仰ぎてゐたる湯ざめかな 田中春江
綺羅星を噴く死火山や秋隣 岡田貞峰
綺羅星を地に覆へす冬灯 富安風生
綺羅星を湖に封じて結氷す 吉田ひろし
綺羅綺羅と草の惧るる半夏雨 櫛原希伊子
縄跳や冬川の綺羅かぎりなし 堀口みゆき
織りかけし帯の綺羅あり鵙高音 木村蕪城
罪深き京の女や綺羅の汗 汗 正岡子規
花会式黒人夫婦綺羅の服 西谷剛周
花氷盛夏の綺羅に相映ず 増田龍雨 龍雨句集
若菜摘朝日の綺羅にまぎれけり 岡本まち子
落葉松に雨氷名残の綺羅雫 吉村ひさ志
虹映り綺羅星映る岳の池 福田蓼汀 秋風挽歌
豊年や綺羅流しゆく太鼓台 冨田みのる
踏青や飴屋にかゝる綺羅の塵 青き踏む 正岡子規
遠望の春は留萌の波の綺羅 高澤良一 素抱
遠泳の児等見えて来し波の綺羅 辻口静夫
酉の市更けて綺羅星かかげけり 菖蒲あや あ や
鈴の音の綺羅を恐れて山楝蛇 保坂敏子
降誕祭終りし綺羅を掃きあつめ 福永耕二
雀鉄砲綺羅の花粉の火薬付 佐々木六戈 百韻反故 初學
雨上る気配に鉾の綺羅もどる 山田弘子 初期作品
雪国の綺羅の人波初つばめ 松村蒼石 寒鶯抄
雲巌寺洞に消えたる蛇の綺羅 小檜山繁子
雲表へ一過の綺羅を秋燕 倉橋羊村
霞むより眼鏡の奥の波の綺羅 原裕 葦牙
青柿や土中の壺は罅の綺羅 小檜山繁子
風花を綺羅と眺むる逢瀬かな 楠本憲吉
鴨耀りて万の綺羅おく春夕焼 柴田白葉女 『月の笛』
鷺草のひかり束ねし水の綺羅 原裕 青垣
●切絵
ふところに江戸切絵図や柳散る 加藤郁乎 江戸桜
冬ざれや母港切絵の影となる 対馬康子 吾亦紅
切絵売る智恵子の里や野菊晴 澤野粂子
寒夕焼切絵めきたる薩摩富士 渡辺峰山
岐阜うちは切絵透に燈のゆるる 長谷川久々子「花香」
星月夜切絵の妻が倚り立てり 舘川京二
橋を渡って切絵のような町夕焼 山崎光子
阿波踊の切絵のなかに音の欲し 大段博利
春愁や縁切り絵馬の重なりて 杉山青風
切り絵幣風通るたび火が恋し 戸塚時不知
冬天に切り絵のごとき金閣寺 落合ひろ恵
雪嶺は 遠い切り絵で 珈琲沸いた 伊丹公子 アーギライト
●切金細工
●切子
あをぎりのまだ濡れてゐる切子かな 神尾久美子
いまだ灯を入るるに早き切子かな 片山由美子 天弓
うれしげに薩摩切子が冷えている 澁谷道
かなしさのなまじ風ある切子かな 鈴木真砂女
さざなみは切子光りに猫柳 上田五千石
しだり尾の切子さげ来し萩の中 碧童
つりそめてことし三年の切子かな 久保田万太郎 流寓抄以後
とどかざる切子の闇に触れて寝る 小林康治
ひしひしと切子を夜霧つつみたる 加藤三七子
ひしひしと切子一つに未明降る 小池文子 巴里蕭条
ふるさとや荒磯の風に切子吊る 庄田春子
まつくらな海がうしろに切子かな 草間時彦(1920-)
ゆきずりの祈りなれども切子かな 山田みづえ
ゆふかぜに吹かるるものに切子かな 進
よき宵であり風鈴の江戸切子 増成栗人
サルビアの上に懸かれる切子かな 岸本尚毅 鶏頭
一トむかしまへうち語る切子かな 久保田万太郎 草の丈
一月の翳くれなゐに江戸切子 鳥居美智子
万緑や薩摩切子に日の返り 今泉貞鳳
世に浄きものゝ切子の房垂るゝ 久保田万太郎 草の丈
人の世の所詮火宅の切子かな 稲垣きくの 黄 瀬
人の世の暗がりに置く切子かな 泉 敦
佛来るあたりへ切子吊りにけり 小林康治
先導の切子たゆたひ夜念仏 中村將晴
先生の切子燈籠ともしけり 星野麥丘人
冷素麺きらら光りの切子鉢 星川佐保子
切子に灯入るるに間ある伽藍かな 山本古瓢
切子に灯入れて夜となる山河かな 有山八洲彦
切子よりうすばかげろふ離れ翔ぶ 前内木耳
切子提げ加賀金沢の墓参 大橋越央子
切子焼き火の饗宴は了りけり 中瀬喜陽
切子燈籠うしろが明しまはりて見る 橋本多佳子
切子見る雪白界を尾の内に 皆吉爽雨
切子貪欲一山蛾族翔け参じ 橋本多佳子
初潮の海見えてをり切子皿 原田喬
古渡りの切子玲瓏そのものに 青木月斗
埋墓の暈もつ切子波とべり 中戸川朝人 残心
墓にゆく切子の房が草に濡れ 福田甲子雄
墓地に百の切子が点れ日本海 西村公鳳
夕ぐれの湖小さく見ゆ切子鉢 長谷川倫子
夕方の鶏にぎはしき切子かな 岸本尚毅 鶏頭
夜あがりの空たのめなき切子かな 久保田万太郎 流寓抄
大原の奥に風立つ切子かな 鷲谷七菜子
奔放に活けてアネモネ江戸切子 橋本 瑞枝
奥能登の闇に切子を担ぎをり(輪島にあそびし折、たま～広江の在を通りたれば) 飴山實 『次の花』
妓たちはや来てゐたる切子かな 久保田万太郎 草の丈
寒凪や薩摩切子も海のいろ 大立しづ
寒晴れや切子ガラスの藍深く 釘宮のぶ
小祠の切子硝子や春立てる 辻桃子
山ふかく風のしづもる切子かな 板谷芳浄
山上へ闇を縫ひくる白切子 つじ加代子
掌にかこふ火にて切子の点りたる 嶋 杏林子
新しき切子の酒を慎めり 石川桂郎 高蘆
新盆の切子のつどふ新野かな 黒田杏子 花下草上
新盆や切子藤浪興丘衛作 久保田万太郎 流寓抄
早寝なりし仏に切子消しにけり 成瀬桜桃子 風色
晩涼の机上に薩摩切子かな 横山美代子
晩涼や切子グラスの葡萄の絵 中野貴美子
暗きより潮さしくる白切子 佐野美智
曾々木村切子の祭凪ぎにけり 飴山實 『次の花』
月光をこぼさぬやうに江戸切子 木山杏理
本山の正午の鐘に切子揺れ 上田正久日
梅雨晴やさつま切子の乱反射 田辺キヨ子
正面の切子も揺るゝ大太鼓 星野椿
水はいま切子びかりに春の鴨 北村仁子
水蜜桃の紅透く籠目の切子鉢 石原八束 風霜記
汝が禿びし指もてとぼす白切子 村越化石
沖白浪切子の白に重ならず 近藤一鴻
泉声に大寺大き切子吊る 皆吉爽雨 泉声
浦安や切子明りに汐上げて 細川加賀 生身魂
海鳴りの機町切子の灯りたる 石黒哲夫
深大寺丈余の切子ともりけり 肥田埜勝美
湖へ風の切子を吊りにけり 関戸靖子
潮風の海女の墓にも切子かな 高濱年尾 年尾句集
灯すより闇したたらす切子かな 小林康治 『華髪』
灯の入りて切子の背山杉匂ふ 田中英子
灯を入れて切子の命ともりけり 下村梅子
灯を入れて夕焼したる切子かな 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
燈を入れて切子に白き尾ありけり 近藤一鴻
父の代の切子灯せし出雲かな 橋本榮治 逆旅
父母の闇を残して切子吊る 小林康治 『潺湲集』
犀星の墓に雨宝院の盆切子 小林登喜枝
犬遠く吠えて切子のしづかなり 久保田万太郎 草の丈
町一筋田風一筋切子の尾 野澤節子 遠い橋
白切子炎の一丈となりにけり 芝口早苗
白切子眼に残るもの綿々と 櫛原希伊子
白切子高野の闇につつまるる 民井とほる
白妙の切子の房の吹かれけり 幸田和喜子
盆の灯に加はる父の白切子 毛塚静枝
盆切子畳む灯台明りかな 直江由季子
秋深し梅酒を満たす江戸切子 内山由美子
絵の中に滝の小さく切子かな 岩田由美 夏安
縁側に切子干して寒牡丹 遠藤梧逸
胸の灯をともす切子を吊りにけり 小林康治 『潺湲集』
花柳章太郎より届きたる切子かな 安住敦
藤の雨切子拭きてもながき午後 文挟夫佐恵 黄 瀬
買初は鶴の飛翔の江戸切子 山内なつみ
追憶は切子グラスの花薊 和田季洋
醫の妻にのこる薬香切子吊る 須並一衛
金物で叩く音する切子かな 岡田史乃
雨の中虫飛んでゐる切子かな 岸本尚毅 鶏頭
雨後は佐渡近みて点る白切子 伊藤京子
雨車軸をながすが如く切子かな 久保田万太郎 草の丈
露うちし膳に切子の器かな 青木月斗「月斗翁句抄」
青空のすとんと抜けて江戸切子 岩尾可見
青空のまだ残りゐる切子かな 稚魚
静かにもとろりと灯る切子かな 鈴木花蓑句集
風つよし切子の房をふきみだし 久保田万太郎 流寓抄
風のなき夜をみまもれる切子かな 久保田万太郎 流寓抄以後
風呂煙はたと濃くなる切子かな 岸本尚毅 鶏頭
飛燕鳴く切子の睡り醒まさんと 堀口星眠 営巣期
魁然と金剛峯寺の切子灯籠かな 日野草城
黄泉の火をやどして切子さがりけり 久保田万太郎 流寓抄以後
唇に吸ひよせられし切り子猪口 菱田ます子(圓)
●キルティング
●ギンガム
●金工
●銀細工
●金箔
ひらひらと金箔はげて大熊手 原石鼎
み仏の塵も金箔御身拭ひ 藤田柊車
仏顔の金箔畏れ煤払う 邑上キヨノ
優曇華や金箔いまも壇に降る 水原秋櫻子
冬の蜂けさ金箔のなきがらに 吉田紫乃
凍蝶の金箔褪せし日の光り 加藤三七子
初氷して金箔の寺映す 池田守一
利久忌や金箔入りの茶を賜ふ 坂本登美子
勅題の菓子に金箔はりつきし 大石悦子 百花
唇に酒の金箔光悦忌 檜 紀代
地獄絵のうらの金箔雁のこゑ 三森鉄治
地酒にも金箔うかぶ太閤忌 鹿島四潮
山茶花や金箔しづむ輪島塗 水原秋櫻子
手刀男汗にまみれし金箔屋 伊藤敬子
春陰や金箔のこる泣き弥勒 新井英子
春雨や金箔はげし粟田御所 春の雨 正岡子規
春風や金箔入れし祝ひ酒 野村喜舟
朝風に金箔飛ばす熊手かな 野村喜舟 小石川
東國てふ/遙かは/雪や/金箔師 林桂 銀の蝉
棺ぬちの金箔残り肌寒し 徳永山冬子
椎咲いて金箔匂ふ嵯峨御輿 堀口星眠 営巣期
歌を書く墨は金箔実朝忌 北村和子
正座して金箔を押す涼新た 高橋登美子
独活和に金箔散らしありにけり 茨木和生
秋しのびよる金箔をおくごとく 千代田葛彦
粉雪は灯に金箔となりて飛ぶ 吉田紫乃
金箔に墨弾かるる試筆かな 浅井陽子
金箔に風きら～と熊手店 高橋淡路女 梶の葉
金箔のひらと現し世火の恋し 斎藤梅子
金箔の兀げて尊し涅槃像 涅槃像 正岡子規
金箔の剥がれとびたる吉書揚 茨木和生 倭
金箔の夕焼の空すぐ琵せぬ 阿波野青畝
金箔の奥眼低鼻竹の春 原裕 青垣
金箔の奥眼低鼻竹の秋 原裕 『青垣』
金箔の沈みしごとく母の酔 中西ひろ美
金箔の的を据ゑたる弓始 荻原芳堂
金箔の袂につくや春の風 春風 正岡子規
金箔は塵をとどめず鏡花の忌 田宮尚樹
金箔めく夕映梅林密なるのみ 香西照雄 対話
金箔をとどめて鼻梁雁渡し 井上 康明
金箔をひとひら沈め冷し酒 長谷川櫂 蓬莱
金箔を打ちのばしたる梅雨の月 有馬朗人 知命
金箔を打つ槌の音冬に入る 三代川次郎
金箔師/鯉師の/深雪暮かな 林桂 銀の蝉
金箔押桃形兜月出づる 中戸川朝人 尋声
金閣や金箔はげて苔の花 苔の花 正岡子規
鏡花忌の金箔息で吹きなだむ 駒沢たか子
阿弥陀佛に残る金箔余花の里 川崎展宏
魚島や金箔擦れの大襖 辻桃子 桃
鮒釣つて金箔こぼす枯野かな 不死男
鮴汁の椀も金箔加賀泊 山口峰玉「かつらぎ選集」
●金モール
桜紅葉車寄せなる金モール 立川京子
●草木染め
ひんここ祭木偶の農衣の草木染 近藤一鴻
六月や身をつつみたる草木染 大石香代子「磊磊」
初鵙や身をつつみたる草木染 野澤節子 遠い橋
旧正や皺うつくしき草木染め 鷹羽狩行 十友
梅雨深し本の表紙の草木染 有馬朗人 天為
機始縦糸を黄に草木染 近藤一鴻
深秋のはんなりまとふ草木染 つじ加代子
秋の灯に膝寄せて見る草木染 木村栄草
秋の野の其の紫の草木染 高浜虚子
草木染のたまの外出小鳥くる 影島智子
草木染の新絹のみな雪の香に 田中英子
草木染め干す洛北の雪解風 柚口 満
草木染身に添ひにけり十三夜 影島智子
露の戸を敲く風あり草木染 桂信子
●組紐
三本の伊賀の組紐水落す 宮坂静生 樹下
五月闇組紐の色まかせけり 飯島晴子
山茶花の花屑を溜め組紐屋 飴山實 『次の花』
残菊や組紐店の細格子 柴田白葉女 花寂び 以後
紅葉の賀伊賀の組紐身に締めて 児玉輝代
組紐に西日織り込む伊賀乙女 川合正男
組紐のいろの中より弥生かな 保住敬子
組紐のたま音消えて夏盛り 川崎ふゆき
組紐の低きへら音冬籠 山下美典
組紐の何見せ合ふや四十雀 飴山實 『次の花』
組紐の媼涼しき糸さばき 山口貴志子
道明組紐さくら鼠に傘雨の忌 鈴木栄子
●黒繻子
蝙蝠の黒繻子の身を折りたたむ 正木ゆう子
黒繻子の肌てらてらとくんち勢美 下村ひろし 西陲集
黒繻子に緋鹿子合はす暮春かな 飯田蛇笏 霊芝
蝙蝠の黒繻子の身を折りたたむ 正木ゆう子
●毛織物
●工芸
冬うらら立寄るガラス工芸店 石川周子
●コーデュロイ
●コール天
●小倉
紅梅へ小倉詰襟永久に急ぎ 熊谷愛子
袷着て雨いさぎよし小倉なり 中村汀女
●こけし
こけし刳る音よりしぐる鳴子の湯 木村美保子
こけし古り埴輪あたらし年の春 羽公
こけし売るすり膝尼の涼しさよ 石川桂郎 高蘆
こけし屋に頭を揃へたる雛燕 皆川盤水
こけし師の酒飲みてゐる彼岸かな 沢木欣一
こけし挽く屑るるるると秋の燈に 鳥羽とほる
こけし描く背に千仭の紅葉渓 鍵和田[ゆう]子 飛鳥
こけし未だ白面雪女来て覗く 有馬籌子
こけし買ふ数の恋しき四月尽 石田波郷
みちのく老人夏も皺頸こけし彫る 百合山羽公 寒雁
一筆の眉持つこけし青あらし 広治
仙台の風花月夜こけし買ふ 佐野青陽人
山吹が咲く老人は光るこけし 吉田透思朗
杉こけし亡き娘に買へり星月夜 柴田白葉女 花寂び 以後
浮寝鳥看板こけし茶店かな 清原枴童 枴童句集
渡鳥こゝをせにせん寺林 蕪村
目鼻無きこけし 春愁の立ち姿 佐藤火峰
筒鳥の鳴くが淋しと彫るこけし 原コウ子
菜の花やこけし仏のありどころ 小林康治 四季貧窮
風除の筵吊り下げこけし挽く 鈴木貞二
鳴子こけし木賊で磨く雪明り 安藤幸子
●今年絹
今年絹いつぴき雨にとどきけり 加藤三七子
白無垢の模様の透ける今年絹 阿部月山子
織り上げて藍さやかなり今年絹 古賀まり子
飛騨道のきはまりにけり今年絹 宮坂静生 樹下
●紺絣
ぼろ市や塀に拡げし紺絣 渡辺育子
光太郎忌わが紺絣着古りたり 富岡掬池路
冬待つや白善くいでし紺絣 野村喜舟 小石川
凧の子や仕立おろしの紺絣 高橋淡路女 梶の葉
刈田ゆく袖を四角に紺絣 桂信子 遠い橋
友の忌の黴ほのかなる紺絣 古沢太穂 古沢太穂句集
家をいでゝ今宵も明治の紺かすりを着てあるく夏の夜 安斎櫻[カイ]子
少年の風邪の三日を紺絣 蓬田紀枝子
山妻の着る紺絣露の秋 山口青邨
秋の田やむかし似合ひし紺絣 高柳重信
稲扱にかぶせしおほひ紺がすり 星野立子
紙を漉く冬百日の紺絣 山田春生
紺絣冬の初めの音立てぬ 原田喬
紺絣春月重く出でしかな 飯田龍太(1920-)
紺絣野を焼きし香の沁みゐなり 戸川稲村
綿虫やひと日身につく紺絣 藤田湘子 雲の流域
背骨の型に褪せ草取の紺絣 加藤知世子
花冷えや老いても着たき紺絣 能村登四郎(1911-2002)
花冷の羽織りて父の紺絣 鈴木しげを
茸狩るといでたつ妻の紺がすり 軽部烏帽子 [しどみ]の花
菜の花や旅路に古りし紺絣 沢木欣一 雪白
蕪はこぶ女盛りの紺絣 つじ加代子
藤咲くや妻なき人の紺絣 柴田白葉女 遠い橋
郷はるかに紺絣着て母の冬 神尾久美子 掌
陸稲刈るにも赤き帯紺がすり 西東三鬼
鶯に山家の人の紺絣 鈴木鷹夫 風の祭
●サージ
●更紗木綿
●晒
しろがねの水を束ねて寒晒 伊藤敬子
なだるる日簀にせきとめて寒晒 木村蕪城
ひろげしは純粋の晒布牡丹咲きぬ 渡邊水巴 富士
ま新しき晒をば緊め鮑攻む 伊藤敬子
みとり子の墨かいつけし晒かな 蓼太
むらさきに遠嶺かがやき寒晒 鈴木虚峰
やせし瀬の一曲染みて寒晒 水原秋桜子
一反の晒あかるき磯開 中原道夫
初染の晒場となす土間広し 鷲野蘭生
夏草にかゝりて軽し布晒 西山泊雲 泊雲句集
夜晒の寒天干し場にマッチ擦る 田中冬二 俳句拾遺
大冨士にひれ伏す軒端寒晒 勝又一透
奈良晒三寒の糸織りかけに 高澤良一 寒暑
子のほしと晒布搗き搗き唄ひけり 樗堂
宝塔すがし嵐錆び尚雪晒れて 加藤知世子 花寂び
寒晒中将姫の寺の前 大峯あきら 鳥道
寒晒土用の中をさかりかな 許六
寒晒富嶽大きく裏に聳つ 西村公鳳
寒晒少し大人の気分かな 三富みきえ
寒晒日を失へる桶二つ 猪俣勝太郎
寒晒遠くにごれる印旛沼 松崎鉄之介
寒晒雪散りながら月夜かな 大峯あきら
山を畏み素麺の寒晒 大島雄作
川の洲に晒の白や梨の花 淡々
川風に水打ながす晒かな 炭 太祇 太祇句選後篇
布さらすこゝは玉川多摩の里 晒布 正岡子規
手焙りをだるまと呼びて楮晒 椎橋清翠
押し合ひて水の流るる葛晒 長谷川 翠
晒一反ふんどし三本オペ前夜 穴井太 穴井太句集
晒二反買つて走れり野分の灯 長谷川かな女 花寂び
晒布うてば四月の山辺応へけり 飯田蛇笏 山廬集
晒布ひく人涼しさをいひあへり 飯田蛇笏
晒布人磧に這へる南風かな 楠目橙黄子 橙圃
晒布搗く杵のしづくやうら若葉 内田百間
晒引く人涼しさを言ひ合へり 飯田蛇笏 山廬集
晒時ひかりの汚れ言ひにけり 茨木和生 往馬
晒桶古鏡のごとく氷つたり 阿波野青畝
晒舟と水鳥と日々吹かれけり 白水郎句集 大場白水郎
晒菜升麻白狐のごとし霧がくれ 古賀まり子
晒裁つ妻に色なす酔芙蓉 青木重行
更衣と云へども洗ひ晒かな 飛川 航
松に杖さくらに杖や寒晒 大峯あきら 鳥道
枯棗の影游ぐ戸や寒晒 高田蝶衣
楮晒の水に屈みしちやんちやんこ 奈良文夫
樋に伝ふ寒のひゞきや葛晒 米澤吾亦紅
水が責めぬきし白さよ寒晒 右城暮石
水で責め水で宥めて寒晒 右城暮石
水垢離や晒布きりりと根深汁 浅賀穀象虫
氷張る桶の重たし葛晒 岩根壽美
法身に晒布まきしめ暑気中り 赤松[けい]子 白毫
浜町の女と晒鯨かな 辻桃子(童子)
湧水の楮晒場幣を張る 判治遼子
火の島へ干すや荒磯の寒晒 波江野霧石
片肌にかかる晒布の白きかな 下村槐太 天涯
牡蠣を打つ磯着もとより潮晒 品川圭介
短夜や磧に灯る晒布小屋 野村喜舟 小石川
砂を売る砂山の村北風晒らし 成田千空 地霊
紀の川の晒布の上の冬ひばり 田村木国
紺青の日輪渡る雪晒 高橋悦男
縫代をたつぷり取りし晒布なり 岩城 久治
花小紋水に咲かせて寒晒 高瀬寿美江
荒布干す婆下垂胃を日に晒らし 熊谷愛子
荒神の灯りたまへる寒晒 勝又一透
葭切や晒布に重石拾ひ置く 高田蝶衣
葱折れて葛飾は風の吹き晒らし 長谷川かな女 牡 丹
蜻蛉のみな遡る晒布かな 大橋櫻坡子 雨月
起伏あれば起伏に添ひぬ雪晒 鈴木鷹夫 千年
越中の手延そうめん寒晒 松岡よし子
遠山の晴れ退きぬ寒晒 勝又一透
野晒かと蝶来る草叢の抱擁に 河原枇杷男 蝶座
野晒の鉄ほとぼりぬきりぎりす 岸田稚魚
野牡丹と腹に晒布の男かな 川崎展宏
隠岐の娘の濁世は知らず寒晒 中村苑子
雪晒わが身の影も晒しけり 上野章子
雪晒四方の山より日を集め 林真砂江
雪来るといつも晒布の匂ひせり 中田剛 珠樹以後
雪白の晒を緊めて裸押 檜 紀代
青天の緩びてゐたり雪晒 若井新一
風の来てくぼめし水や寒晒 肝付素方
食客津波須を晒うて曰く冠の玉の如し 尾崎紅葉
鳩尾に汗ため晒布巻き余す 岸風三樓
鹿なけと戻るか奈良の晒売 横井也有 蘿葉集
●ジーパン
これ以上褪せぬジーパン卒業す 北見さとる
ジーパンが身軽に飛んで羽根返す 加藤ひさ子
ジーパンにポケット三つ一位の実 安藤アヤ子
ジーパンに詰め込む肢体青き踏む 能村登四郎
ジーパンの尻湿りくる石蓴掻き 伊藤ゆきえ
ジーパンの張りつく腿や蝉時雨 小檜山繁子
ジーパンの捩れて乾く風晩夏 倉岡けい
ジーパンの破れがおしやれ山笑ふ 永野 琢
ジーパンの膝ささくれし秋渇き 赤尾恵以
ジーパンの膝のぽつこり春隣 あべみゑこ
ジーパンの膝崩しおり初鏡 真船東平
ジーパンの足しばられて案山子立つ 平井改子
ジーパンの青濃く濡らし馬冷す 宮原嶺司
ジーパンをたくしあげては浅蜊掻く 高澤良一 さざなみやつこ
ジーパンをはき半処女や秋刀魚焼く 磯貝碧蹄館
ジーパンを腰で穿きたる洗ひ髪 百瀬ひろし
十二月八日ジーパン生乾き 荻原あや子
卒寿まだジーパンが欲し清和月 富田潮児
大の字にジーパン乾く女正月 西谷剛周
客席にジーパン姿夏芝居 片岡我当
少女らのジーパンの毳(ケバ)半夏生 高澤良一 寒暑
槍烏賊とジーパン干して伊根舟屋 沢木蓉子
●ジーンズ
どくだみの匂うジーンズ脱がれあり 河合凱夫
どんど火やジーンズに付く何の白 辻美奈子
ジーンズで来て早乙女となりしかな 能村研三 鷹の木
ジーンズとTシャツそれに烏賊も干す 今瀬剛一
ジーンズに腰骨入るる薄暑かな 恩田侑布子
ジーンズのごはと乾きし厄日かな 大原教恵
ジーンズの洗ひ擦れして梅真白 芝 由紀
ジーンズの相乗りでくる墓参り 石黒裕運
ジーンズの立派な穴へ青嵐 櫂未知子 蒙古斑
ジーンズの膝の大穴炎暑来る 矢口笑子(春燈)
ジーンズの膝みな白し芽木光る 吉原文音
ジーンズの膝繕へば小鳥来る 野崎涼
ジーンズの臀潔し冬の虹 猪狩行々子
ジーンズの足もてあまし大試験 西岡 翠
ジーンズをはく若さ欲し青き踏む 岩崎照子
体育の日の町ジーンズの闊歩 岩崎照子
十薬の匂ふジーンズ干されけり 阿部寿雄
母厭ふ我がジーンズとサングラス 山澄陽子
紙のごと乾くジーンズ冬鴉 中村葉子
老僧のジーンズ似合ひ盆用意 薮 悦子
黄落やジーンズ家族に空の青 藤田直子
●刺繍
すずかけの風に少女の刺繍靴 影島智子
ハンカチの隅に刺繍の小鳥かな 神野紗希
入園児母の刺繍にうづめられ 福永耕二
刺しすすみ刺繍の色も春深し 朝倉和江
刺繍に倦んで女あくびす藤の花 藤 正岡子規
刺繍工房出るや蘇州の桐の花 奈良文夫
刺繍糸縺れてよりのさくら冷 山口貴志子
北京秋天刺繍のくつにはきかえて 渋谷道
岩におく手提の刺繍南風 安永典生
日脚伸ぶ刺繍枠提げ陸橋に 宮武寒々 朱卓
春陰の刺繍の産衣孫のもの 亀井糸游
暮雪しづかに壁の刺繍絵古びたり 有働亨 汐路
死ぬまでの生 刺繍は猪鹿蝶 高山れおな
母子今日はフランス刺繍 初しぐれ 楠本憲吉
秋蝉や卓にちらばる刺繍糸 野澤節子 黄 瀬
穴惑ばらの刺繍を身につけて 田中裕明 花間一壺
篝火に花見小袖の刺繍浮く 小澤克己
籐椅子に刺繍の海を刺し広ぐ 佐久間尚子
縫初はみどりの刺繍糸通す 大宅量子
花菜雨少女より購ふ刺繍靴 谷中隆子
裏返す刺繍の冬は雪降らぬ 対馬康子 愛国
金屏や刺繍屏風や亀城館 高野素十
針刺して止める刺繍の流星群 対馬康子 純情
露の瞳や刺繍糸貯め北欧妻 平井さち子 完流
●漆工
漆工の爪先黒し初仕事 漆谷豊信
大寒のあぐら深組み漆工婦 井上雪
●絞り染
●紗
いなづまや古渡更紗島絣 黒田杏子 花下草上
ころも竿の紗や袍に吾が窓吾が夏 梅林句屑 喜谷六花
さやと脱ぎ落としたり紗の羽織 長谷川かな女 花寂び
はばたく蛾の銀粉を紗に微光の町 桂信子 黄 瀬
われ五十色わけて咲く更紗ぼけ 角川源義
五月雨や紗幕隔てゝ持仏の灯 比叡 野村泊月
初雪や羅紗の羽織にのしめ鞘 向井去来
古頭巾裏は燃え立つ緋羅紗かな 高浜虚子
天草に更紗を買ひて鳥曇る 上野さち子
寒冷紗端折り摘まるる一番茶 柴田鈴子
干網の青い紗くぐり 織子帰省 伊丹三樹彦
平戸恋ふ文を更紗に鳥雲に 野見山ひふみ
憲兵の赤羅紗さめる暑さかな 暑 正岡子規
抱籠や碧紗を隔つ夜の空 露月句集 石井露月
更紗どうだん咲かせ病を忘れけり 小林秀子
更紗もめんを囲むあまたの夜盗虫 長崎静江
更紗布団のつめたさを手に夜雨聴く 原田種茅 径
更紗描くはだしの土間の蝋しづく 利府さつき
更紗木瓜独壇場の入日どき 小檜山繁子
更紗木瓜解けば風あり植木市 水原秋櫻子
更紗本瓜三弦商の庭さきに 高澤良一 さざなみやつこ
更紗裁つ壺いつぱいに百合活けて 谷中隆子
木に飾るは 紗の花 上等の夏のひかり 伊丹公子 アーギライト
枯ポプラ喪の紗のごとし碌山館 大野林火
母を訪ふひととき明し更紗木瓜 山田みづえ
気の向かぬことは見送り更紗木瓜 藤井 紀
水楢や更紗卯つ木はほのめくに 渡邊水巴 富士
水玉は螢ゐる紗をつゞりけリ 松瀬青々
火山の女神 歩いてきそうな 日暮の紗 伊丹公子 機内楽
炎天へ妻着て出づるジャワ更紗 高澤良一 ぱらりとせ
玉羅紗の外套着たる冬の蝶 久米正雄 返り花
白き紗に螢を盛るや蚊帳の上 寺田寅彦
白木蓮や聖紗に透ける髪ゆたか 岡部名保子
秋草に更紗日暮の来てをりぬ 鈴木妙子
秘めやかに更紗満天星紅刷けり 新井世紫
紗のかかる遠き記憶や桜草 入江青匠
紗のごとき雨来ては去る山葵沢 有馬籌子
紗のごとき霧の月代稲車 柴田白葉女 遠い橋
紗のごとく錦木に夜が及ぶべし 矢島房利
紗のやうに息がかぎろふ弥勒の前 加藤知世子 花寂び
紗のように富士見え土筆石頭 和知喜八 同齢
紗の窓や官女琴ひく春の月 春の月 正岡子規
紗の蚊屋や鸚鵡身じろぐ月の楼 幸田露伴 拾遺
羅紗の値のどかと落ちたる掛乞に 小島梅雨
羅紗売りが猫となりゆく春の夢 栗林千津
羅紗鋏程に伸びたる菖蒲の芽 斎藤朗笛
翻るはダティ コロンボの薄紗の朝 伊丹公子 パースの秋
老妻のせちに水やる更紗木瓜 山口青邨
腹空けばそのことばかり更紗木瓜 八木林之助
色羅紗の袖ふる山よ花の雨 曲言 選集「板東太郎」
被く紗の初髪にほふ跪坐乙女 山崎冨美子
造花の紗に いま鋏入れ 都市の裏 伊丹公子 パースの秋
郭公の啼く日は好きな更紗着て 岸紗己子(南風)
阿蘭陀の昔更紗や薔薇の形 薔薇 正岡子規
降りつつむ雨の明るし更紗木瓜 水原秋櫻子
雨に鎖す紗窓の外や梨花の雪 梨の花 正岡子規
雲の紗をかけて水鳴る山葵沢 小森泰子
麦を踏む腿や軍袴の羅紗厚し 榎本冬一郎 眼光
●繻子
大歳や猫わたりくる繻子の人 中田剛 竟日
秋晴や繻子の襟かけ雄島海女 前田普羅 能登蒼し
縞繻子の帯にも春のなこり哉 春 正岡子規
蝙蝠の黒繻子の身を折りたたむ 正木ゆう子「悠」
野遊びのサンタマリアは繻子の帯 磯貝碧蹄館
雲ぞ帯筋繻子匂ふ山西瓜 露沾 選集「板東太郎」
鶲飛ぶ黄繻子の光り枯桑に 内藤吐天 鳴海抄
黒繻子に緋鹿子合はす暮春かな 飯田蛇笏 霊芝
黒繻子の肌てらてらとくんち勢美 下村ひろし 西陲集
●棕梠細工
●上布
うち透きて男の肌白上布 松本たかし
しづかなるたちゐの上布好もしき 遠入たつみ
みちのくの思ひ出淡き旅上布 河野みつの
一張羅即ち薩摩上布かな 波出石品女
一生を和服で通し白上布 成見九一
上布きて媼肥えしたる尼の膝 飯田蛇笏 春蘭
上布着てたつた一人の客を待つ 窪田冨美子「田鶴墨蹟集」
上布着て加賀の女や廓町 島 武雄
上布着て媼肥えしたる尼の膝 飯田蛇笏
上布着て扇子を帯にさして来し 細見綾子 黄 瀬
上布着て髪を真結に島媼 轡田 進
上布織る澄む音返す夜の崖 田村愛子
上布著てこの身世に古る思ひかな 松尾静子
上布著て古き時代をなつかしむ 木下宗律
上布買ひて夏短きを惜しみけり 渡辺千枝子
乳沁みの上布の織人不知かな 沼尻巳津子
和すれども同ぜずにゐて白上布 有馬朗人
坐り雛水打ちたたむ能登上布 中山純子「晩晴」
好色の父の遺せし上布かな 草間時彦「朝粥」
島上布晒す珊瑚の海に透け 伊舎堂根自子「花福木」
扇風機髪も乱れず上布寂び 及川貞 夕焼
日没ののちの八重山上布かな 黒田杏子「花下草上」
晒さるる越後上布や春を待つ 郡司綴季
母の形見と答へて越後上布かな 山崎ひさを
母よりの上布身につけ一講師 影島智子
湖流れをりゆらゆらと上布にも 宮坂静生 樹下
湯あがりのえりあしにほふ上布かな 中村春子
琉球上布つぎつぎに波織られけり 如月真菜
男にもある著道楽上布買ふ 林隆斎
白上布むかし時間のゆつくりと 永方裕子「洲浜」
白上布よく新涼にたへにけり 久保田万太郎 流寓抄以後
白上布似合ふ二枚目盆狂言 渋沢渋亭
白山のよく見ゆる日の上布かな 高橋将夫「新巻」
皺くちやの上布を着たる染師かな 森田峠(かつらぎ)
織り上げし上布を持ちて登校す 蔵巨水「くらげ」
能登上布風を著てゐるごとくなり 片桐久恵
膝熨斗や母の重みの上布これ 石川桂郎 高蘆
色街に老を忘れて白上布 伊豫田道子
芸に身をたて通したる上布かな 杵屋榮美次郎
若さとも老とも妻の白上布 草間時彦
藍上布女ざかりは眼がすわる 橋本夜叉
藍滲む宮古上布の砧盤 飯島晴子
謡ふなり越後上布の膝打つて 晏梛みや子(家)
越後上布かの世の雪を纏ふかに 稲島帚木
足袋履くと上布の翅の身を離る 殿村菟絲子 『牡丹』
雪ざらし上布の匂ひすぐに消ゆ 石原八束 断腸花
雪に晒す上布は母の匂ひせり 鈴木鷹夫 千年
面目はをみなにもあり白上布 鈴木鷹夫 千年
音にして濃茶吸ひきる上布かな 森澄雄
鳳作の碧海宮古藍上布 文挟夫佐恵
●ジョーゼット
●白絹
夜の秋白絹の冷え手に残り 勝又星津女
春日若葉みこは白絹あまき酒 中勘助
朧夜の白絹に置く一分金 井上康明
白絹で碁石を磨く小六月 浅井陽子
白絹と真珠六月の婚 柴田白葉女
白絹につつむみどりご夕桜 加倉井秋を 『隠愛』
白絹に嬰包み来て春祭 茨木和生 野迫川
白絹に待針を打つ菊日和 佐藤 緑
白絹に置く一刀や夏の果 きくちつねこ「五浦」
白絹のつめたさを縫ひ冬新し 能村登四郎 枯野の沖
白絹は勝者の肩に競べ馬 山田由紀子
白絹は葬りのごとし雛をさめ 井沢正江 以後
白絹を縫ふ縁先の青木の実 鳥井信行
白絹を裁つ妻と居て寒土用 北野民夫
秀野忌や白絹にあるうらおもて 矢部るみ子
競べ馬勝の白絹鞭にうけ 田畑比古
羽衣の滝とや白絹岩に掛け 福田蓼汀 秋風挽歌
青葉の夜裁つ白絹の声をあぐ 横山美代子
●人絹
元日の古りし人絹国旗かな 皆川白陀
人絹の鳥追笠の朱ケの紐 竹下しづの女句文集 昭和十年
●スエード
国慶節スエードの靴はいてをり 皆吉司
●透かし織
●漉紙
冬の蜂這ふ漉き紙の生乾き 栗田やすし
如月や雪をあざむく手漉紙 百合山羽公 寒雁
手漉紙丹念に積む冬日溜め 柴田白葉女
手漉紙光る故郷の春にゐて 杉本寛
書き初めの紙は石見の手漉紙 田中冬二 冬霞
湯気ほのと漉紙かわく土間明り 柴田白葉女
漉き紙に入る藁偕の恍惚と 宮坂静生 春の鹿
漉き紙に草のひとすぢ蕪村の忌 井上弘美
漉き紙のほの暗き水かさねたり 矢島渚男 采薇
漉き紙の仮の世界に雪降れり 和田悟朗
漉き紙の屑焚き西行忌なりけり 迫田白庭子
漉紙のましろき崖をなせりけり 正木ゆう子 静かな水
漉紙の悪しきは一指以て消す 山口誓子 方位
漉紙を締木にかけるしづかな責め 山口誓子 一隅
連雀や手漉紙干す明るさに 高橋伸張子
雁渡る木箱の中の手漉紙 長谷川櫂 古志
●生絹
ゆく春の生絹を機に掛けられて 黒田杏子 花下草上
夜の秋の影も生絹の往来かな 橋石 和栲
寒天田生絹の翳のありにけり 北見さとる
弥生はや生絹かけたり那智の神 村上 光子
扇とは生絹にゑがく花鳥かな 筑紫磐井 野干
抱き親は生絹のかぶり水烟る 茨木和生 三輪崎
朝雲の生絹びかりに秋立てり 西村博子
水や空翠の生絹うちひろげ 呂丸
生絹めく山路の雨に鷽鳴けり 井沢正江 湖の伝説
百合祭生絹の雲をかけにけり 大橋敦子 勾 玉以後
石灼けて生絹のやうな黒揚羽 長谷川櫂 天球
立春や家集生絹のつやを持つ 鍵和田[ゆう]子 武蔵野
花冷やあはれ生絹のごとき肌 眞鍋呉夫
菜の花は大地の生絹雨上る 都筑智子
蛍火や生絹の沢を濡らすなり 安西篤(海程)
遠山火寝息生絹のごとくゆれ 龍太
●硯師
仲秋の硯師の爪伸びやすし 黒田杏子 一木一草
硯師の一服春の山を見て 森田公司
●硯職
遅き梅座に仰ぎもし硯職 木村蕪城
●硯彫る
寒菊や夕日に向かふ硯彫 桃隣
●スフ織物
スフを着で笑まふ学徒等ひめゆり忌 呉屋菜々
昔スフのズボンの折目更衣 川崎展宏 冬
●セル
いつまでも母とありわが古きセル 百合山羽公 故園
おとどえのいづれを姉にセルにほふ 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
かくすべき吐息あらはにセルの肩 鷲谷七菜子
ことしより堅気のセルを著たりけり 久保田万太郎 草の丈
つつみあましはためく母情セルも遺品 香西照雄 対話
なほ童心セルでかくせしネル寝巻 香西照雉
ひとの愛うたがはずセル着たりけり 安住敦
ひもじさは嬉しさに似てセルの胸辺 中村草田男
まつすぐにセルのをみなに歩みよる 高橋馬相 秋山越
わがセルは古り匂はずも子なきまま 森川暁水 淀
セルあつく野茨の垣とほりけり 川島彷徨子 榛の木
セルすこし蒸すハンケチをつかひけり 久保田万太郎 流寓抄
セルといふ仕立おろしは昔かな 小島千架子
セルといふ短き季節愛すなり 上村占魚 球磨
セルといふ頃を袷に病上り 上村占魚 球磨
セルに寒き雨降る遠く山羊が啼く 中島斌男
セルの下しろたへつけて診せにゆく 寺田京子
セルの季ひとすぢの川背に隠る 友岡子郷 遠方
セルの肩かへり見しときなほ落暉 加藤楸邨「颱風眼」
セルの肩月のひかりにこたへけり 久保田万太郎 流寓抄以後
セルの胸買ひたる花の鉢を抱き 福田蓼汀 山火
セルの胸離す愛なきをたしかめて 稲垣きくの 黄 瀬
セルの膝猫の重さをもて窪む 岸風三樓
セルの膝甘えくる子を乗せにけり 岸風三樓
セルの袖煙草の箱の軽さあり 波多野爽波 『湯呑』
セルの裾に歩幅はばまれ初ぶ児見に 平井さち子 完流
セルの身にすこし離れて湯沸く音 下村槐太 天涯
セルの頃旅は家庭を忘れつつ 京極杞陽
セルの香や一歩いづれば田畑の香 百合山羽公 故園
セルは古びわが髪白を加ふなる 森川暁水 淀
セルむかし、勇、白秋、杢太郎 久保田万太郎 流寓抄以後
セルを着し夜の水際草にほふなり 原田種茅 径
セルを着てけさの箒は軽しといふ 永井龍男
セルを着てこころに足らふ潮位あり 友岡子郷 翌
セルを着てこころ重たきことのあり 久永雁水荘
セルを着てほぼ年頃もおなじかな 上村占魚 球磨
セルを着てをとこぞ匂ふ母の前 小野希北(萬緑)
セルを着て不肖なる子も老いむとす 百合山羽公 故園
セルを着て乳房窶るゝ科ありや 石橋秀野
セルを着て人となり女とはなりぬ 北川左人
セルを着て何の取り得もなき身にて 稲垣きくの
セルを着て余生少しは期すべしや 安住敦「柿の木坂雑唱」
セルを着て小さん贔屓の父なりき 石嶌岳
セルを着て手足さみしき一日かな 大野林火「青水輪」
セルを着て明日香の風を懐に 小早川恒(燕巣)
セルを着て昼月絮のごとくあり 友岡子郷 風日
セルを着て村にひとつの店の前 飯田龍太 忘音
セルを着て母の膝押しまた恋し 百合山羽公 寒雁
セルを着て父の世戦後続きをり 橋本榮治 逆旅
セルを着て父の齢に近づきぬ 岸風三楼
セルを着て父を敬ふかぎりなし 中村汀女「汀女句集」
セルを着て男さびしい背見せる 石川文子
セルを着て硝子の破片踏みて戻る 細見綾子 花 季
セルを着て稚き金魚飼はむなど 沢木欣一 雪白
セルを着て遊びにゆくや東京ヘ 松本たかし
セルを着て遊女なりしと誰か知る 石島雉子郎「改造文学全集」
セルを着て遺書は一行にて足りる 寺田京子 日の鷹
セルを着て門に凭るてふさびしきこと 加倉井秋を 午後の窓
セルを着て髪美しき男かな 高橋淡路女 梶の葉
セルを著ていつまで抜けぬ京言葉 松尾いはほ
セルを著て世を知らざりし若かりし 杉原竹女
セルを著て家居たのしむ心かな 高濱年尾 年尾句集
セルを著て帯くる～と和尚かな 河野静雲 閻魔
セルを著て時間に不足なき暮し 林真澄
セルを著て父なき故に大人びし 関口真沙
セルを著て白きエプロン糊硬く 高浜虚子
セル匂ふ妻子なければ帯赤し 森川暁水 淀
セル召され十阿上人ホ句安居 小原菁々子
セル着るや老いたる母の前にたち 百合山羽公 故園
セル着れば夕浪袖に通ふなる 久米正雄 返り花
セル着れば風なまめけりおのづから 久保田万太郎「流萬抄」
セル買はむ銭持ち友の部屋に暮る 殿村莵絲子 遠い橋
セル軽き河面励ましあいてたくらみて 寺田京子 日の鷹
セル軽き端居に著莪のみどりあり 森川暁水 淀
セル軽き端居の香をたつるなり 森川暁水 淀
セル軽く荷風の六区歩きけり 加藤三七子
セル軽し妻の身忘れ歩みけり 柴田白葉女
セル軽し書屋を出でぬ一日あり 深川正一郎
セル軽し机辺に花を飾るべく 飯田龍太
マッチの火燃えて黄色やセルの胸 大峯あきら
七月のセル着せられて踊り見に 石川桂郎 含羞
世のさやぎひしひし迫るセルの肌 林原耒井 蜩
中年を慎みて我セルの膝 梅林句屑 喜谷六花
二三点雨の乾かぬセルの肩 日野草城
亡き母の父の忌いつも紺のセル 田中英子
俳諧やセル著なしてはふはとぬぐ 加藤郁乎 佳気颪
健康のもつともセルに勝れけり 飯田蛇笏「心像」
出迎へのセルを召されし夫人かな 赤羽岳王
卯の花くだし上りぬセルを著て散歩 清原枴童 枴童句集
古きセル着てまくなぎの方に行く 百合山羽公 寒雁
園の花みな薄呆けしセルを着る 久米正雄 返り花
夕空を広めむと歩すセル着なる 村越化石
妻なきことつぶさや今宵セルを着て 森澄雄
子と雲を見るセル着て急ぐこともなし 有働亨 汐路
子規庵の引戸するりとセルを着て 志摩知子「風の精」
定年のあとの暮しやセル軽く 佐々木あきら
川波のほとりにしばし秋のセル 百合山羽公 故園
帯の上に集り流れセルの縞 高浜虚子「虚子全集」
得度すとなにげなく言ふセルの彼 森田峠 避暑散歩
戦中派われにセルの世あらざりし 岩崎照子
押入れの奥の月日に母のセル 立花一孔
散歩して紐外れきし秋のセル 百合山羽公 寒雁
新馬鈴薯が丸くてセルの妻愉し 佐々木有風
旅ごろもセル一枚の手軽さに 楠目橙黄子 橙圃
映画出てまだ明るしセルの肩を前 原田種茅 径
晩年の父のセル着てわが夕べ 藤田湘子
校正に出向く六月セルを著て 下村槐太 天涯
歩調までそれらしくなるセルを着て 塩川雄三(築港)
母の忌も経て襟合はす秋のセル 百合山羽公 寒雁
浴後なりセル着て診るも許されむ 下村ひろし 西陲集
海越ゆる一心セルの街は知らず 加藤楸邨
湖風に女盛りのセル着たり 西本一都 景色
焼鳥を銜へてセルの夜なりけり 百合山羽公 故園
熱にすぐ膝冒されてセル寒し 下村槐太 天涯
父のセルきざみ莨の匂ふかな 多摩茜「多摩横山」
父のセル仮着に父を看護る日々 福田蓼汀
父のセル母が着わが着戦後経し 鈴木栄子
父のセル着て父の眼を感じをり 上村占魚 球磨
獄長したえよと妻が云うセル着 橋本夢道 無禮なる妻抄
現し世の身姿のセル単へもの 高野素十
痩せしことセルの胸元のみならず 山口波津女
痩身にセル佳し錆で釘ふくれ 香西照雄 素心
盲目の老父やセルの襟合せ 百合山羽公 故園
相似たるセル着て心隔てをり 橋本榮治 麦生
着ずなりて久し夜風の頃のセル 堀磯路「かつらぎ選集」
秋のセルどこかほころぶ音したり 百合山羽公 寒雁
秋のセル古き家風は失ひて 百合山羽公 故園
童話書くセルの父をばよぢのぼる 中村草田男「来し方行方」
薫風や一帳羅張る古きセル 百合山羽公 寒雁
蟻のぼる病のセルの黒きのみ 山口誓子
行の意に従へりセルかろし 深川正一郎
街をゆく着流しのセル昼の月 冨田みのる
袖つまる古きセル着て風にたつ 百合山羽公 故園
袖といふ大きな袋セルを着て 八染藍子
襟もとを蜂になぶられ秋のセル 百合山羽公 故園
襟足のほのと艶めくセルの妻 新美欽哉
詩人ありきセルに煙草の焦げ穴も 中村明子
赤んぼの五指がつかみしセルの肩 中村草田男(1901-83)
逢ふことの遂になかりしセルたゝむ 野崎静子
風のなか行くセルの手に新刊書 柴田白葉女
高くゆく雲と一日秋のセル 百合山羽公 故園
鶏卵を買ひきて拡ぐセルの膝 野澤節子 黄 瀬