●夏燕●駒鳥●眼白●四十雀●山雀●日雀●緋鯉●濁り鮒●鯰●鮎●岩魚●山女●金魚●熱帯魚●目高●黒鯛●初鰹●鰹●鯖●鰺●鱚●べら●飛魚●赤＊えい●鱧●穴子●鰻●鮑●海酸漿●蝦蛄●蟹●船虫●海月●夏の蝶●夏蚕●夏の虫●蛾●毛虫●尺蠖●夜盗虫●夏燕●駒鳥●眼白●四十雀●山雀●日雀●緋鯉●濁り鮒●鯰●鮎●岩魚●山女●金魚●熱帯魚●目高●黒鯛●初鰹●鰹●鯖●鰺●鱚●べら●飛魚●赤＊えい●鱧●穴子●鰻●鮑●海酸漿●蝦蛄●蟹●船虫●海月●夏の蝶●夏蚕●夏の虫●蛾●毛虫●尺蠖●夜盗虫
●夏燕
お手玉のトコトンはずみ夏つばめ 黒川治子
かはらざるものに川あり夏燕 上村占魚
こんもりと残る中州や夏つばめ 渡辺芳子
ちぎり絵に濤音ありぬ夏つばめ 河野多希女
ちんどん屋の頭をかすめゆく夏燕 杉山三知子
とはに我を透き抜けていく夏燕 寺田澄史
ひるがへるときの大きさ夏つばめ 宗像夕野火
ほどほどに人棲む村の夏つばめ 栗林千津
むらさきのこゑを山辺に夏燕 飯田蛇笏 椿花集
コーランの祈り夕辺の夏燕 加藤耕子
トーストで済ます朝食夏つばめ 羽吹利夫
二番子の育ち盛りの夏燕 高橋利雄
人の死とひきかえに田の夏燕 宇多喜代子 象
伊勢手毬針返すよう夏燕 鱸久子
十ほどの鎌かけし壁夏つばめ 辻三枝子
古川のいぶせき駅や夏燕 青木重行
召さるるといふ空の夏燕かな 石田勝彦 秋興
喪の家の飲食見えて夏燕 山口みちこ
噴き出して鉱泉赫し夏燕 毛塚静枝
城壁に影とび交す夏燕 高木晴子 花 季
夏つばめ一閃最上は男川 武田玄女
夏つばめ同齢者皆一家なす 能村登四郎
夏つばめ喪服つぎつぎ山路より 飯田龍太
夏つばめ女が統べる隣り国 二村典子
夏つばめ嬬恋村の瀬にひかる 蒲田陵塢
夏つばめ帆桁に若き脚揃ふ 濱田のぶ子
夏つばめ日曜の窓開け放つ 吉田八重子
夏つばめ是非なき黒を身にまとひ 岡本菊絵
夏つばめ昼の関の女唄もなく 林原耒井 蜩
夏つばめ河口の没日避けて飛び 河野南畦 『花と流氷』
夏つばめ逢ふは書臭のやからのみ 林原耒井 蜩
夏つばめ遠き没り日を見つつゐる 山口誓子
夏つばめ高さを競ふメイポール 関森勝夫
夏燕あな高翔くる木曾路かな 西本一都 景色
夏燕いまは見えざる国境 対馬康子 純情
夏燕だけが渡れて早瀬なる 稲畑汀子
夏燕なれば一気に揚子江 鷹羽狩行
夏燕もつとも低きとき光り 岡田史乃
夏燕光り逆ふ瀬風かな 長谷川かな女 雨 月
夏燕壱号議案通りけり 橋本榮治 越在
夏燕夕べ目の玉かゆしかゆし 小川千賀
夏燕夭折は男のみならず 宇多喜代子 象
夏燕小家貫き見ゆ水田かな 東洋城千句
夏燕故宮広場の凧もまた 加藤耕子
夏燕木場の引潮惨として 山口誓子
夏燕水影と刺し違へさう 西村和子 かりそめならず
夏燕波瀾の生というべき死 金子兜太
夏燕生存年齢のしるし 宇多喜代子 象
夏燕硝石にほふ海の崖 中村草田男
夏燕祇園坂下灯れども 長谷川かな女 牡 丹
夏燕羅馬の丘に言葉ふらす 小池文子 巴里蕭条
夏燕街のネオンにひるがへる 林 康子
夏燕雁木が町をせばめをり 高木晴子 花 季
夏燕雨後の翼を強く張り 島田みつ子
天網を繕っている夏燕 山口 剛
天網を繕つている夏燕 山口 剛
子が通ふ父の母校や夏つばめ 飯田弘子
安房は手を広げたる国夏つばめ 鎌倉佐弓(1953-)
小学校跡地と知れよ夏つばめ 中西舗土
山びこの真つすぐ来たる夏つばめ 酒井敏子
山国の雨したたかに夏燕 瀧 春一
山頂ヘ二手にわかれ夏つばめ 土生重次
帯締めのきりりと決まり夏燕 丸喜久枝
抜けがけのやうに青空夏つばめ 鎌倉佐弓 水の十字架
拝殿の先の天地夏つばめ 星野恒彦
採石の一山白し夏燕 下村ひろし 西陲集
暮れて明るき空かぎりなし夏燕 重田暮笛
木曾川の光る瀬を打つ夏燕 佐藤漾人
橋立の松一文字夏つばめ 木下ローズ
機を積めば舟唄となる夏つばめ 尾田秀三郎
機町を知りつくしてや夏つばめ 伊達外秋
海越えし夏燕ありそれつきり 櫂未知子 貴族
潮の香にひらく改札夏つばめ 奥名春江
照り込んで琵琶潮は見えず夏燕 佐野青陽人 天の川
燈台の旗は紺色夏燕 高木晴子
白く建つモスクの天を夏燕 杉本寛
監督の若き声飛ぶ夏燕 小林ふく子
礼状はいつも絵葉書夏つばめ 長崎小夜子
紅型を飛び立ちゆきし夏燕 伊藤敬子
胸病めど心病まずや夏つばめ 河野南畦 『黒い夏』
色街にいちにち遊ぶ夏燕 橋本榮治 越在
荒天の埠頭の雲に夏つばめ 石原舟月 山鵲
諸江屋の開かぬ朝扉夏燕 高木晴子 花 季
身の細る思ひに光る夏燕 北光星
転牧の牛の先導夏つばめ 太田土男
過疎の島図太く切つて夏燕 木村日出夫
阿武隈に向けたる簷を夏燕 長谷川かな女 雨 月
雨雲のどこかが切れて夏燕 山田弘子
風探る白帆へぴしと夏燕 金箱戈止夫
飛び交へる矢とも屋島の夏燕 伊東とみ子
高みより夕日のこゑの夏つばめ 鷲谷七菜子 花寂び
高嶺より翔け来し競ひ夏つばめ 大串章
●駒鳥
あまたたび駒鳥啼きて水場暮れ 岡田日郎
ほつつりと駒鳥の朱や芽ぶく中 小池文子 巴里蕭条
十日住み此処に駒鳥の墓を掘る 殿村莵絲子 雨 月
坊近くのこる寝雪や駒鳥の声 篠原巴石
悉く落葉松の青さ駒鳥鳴けり 瀧 春一
日に光りて駒鳥わたる木の芽かな 雑草 長谷川零餘子
暁けの声先づは駒鳥妻醒めよ 北野民夫
襲はるる夢のかしらの野駒鳥かな 卯七 俳諧撰集「有磯海」
這松の雨駒鳥を遠くせり 望月たかし
駒鳥いる高さに窓あり誕生音 寺山修司
駒鳥が鳴く七月の南谷 伊藤いと子
駒鳥に応ふリュックの中の水 伊藤いと子
駒鳥に鴉応へて山桜 雑草 長谷川零餘子
駒鳥のひゞけば歯朶の葉もふるふ 山谷 春潮
駒鳥のみな胸張りて巣立ちけり 島崎秀風
駒鳥の告げし晴天夜につづき 野沢節子
駒鳥の啼くたび岳の昏さ増す 岡田日郎
駒鳥の声ころびけり岩の上 園女
駒鳥の声ちかみかも舟遊び 大橋櫻坡子 雨月
駒鳥の声ゆく方へ霧ゆけり 宮原 双馨
駒鳥の声転びけり岩の上 園 女
駒鳥の大きな声や松の中 野村喜舟 小石川
駒鳥の日晴れてとよむ林かな 闌更
駒鳥の来鳴きて岳の雪ゆるぶ 倉橋羊村
駒鳥の聲日をよぶ雲の梢かな 幸田露伴 江東集
駒鳥の谷ふかければ我に飛ぶ 並木鏡太郎
駒鳥の鳴くジャングルの昼暗く 田村萱山
駒鳥やまだ歯にあらき岩清水 千代田葛彦 旅人木
駒鳥やまづ雪を脱ぐ庭の石 有働亨 汐路
駒鳥やむと雨吹き上げぬ嶽樺 小松崎爽青
駒鳥や優しき枯木はずましむ 小池文子 巴里蕭条
駒鳥や地下足袋に繩結び足し 石川桂郎 四温
駒鳥や小止みだになき雨ながら 吉川 春藻
駒鳥や崖をしたたる露の色 加藤楸邨
駒鳥や暗きかたえに馬柵つづく 武田伸一
駒鳥や湖わたりくる雲疾き 原 幸子
駒鳥や狭霧に滲む茜雲 下元きみ子
駒鳥や白根前山削ぎ立てる 岡田 貞峰
駒鳥や空地の寺に蕎麦食へば 石塚友二
駒鳥や雫を払ふ雨後の樅 秋元草日居
駒鳥や霧熊笹をぬらしすぐ 原柯城
駒鳥や霧藻のいろの夜明雲 岡田貞峰
駒鳥啼くと胸突き坂を仰ぎけり 小松崎爽青
駒鳥啼くや嶽は日和の雪霞 小松崎爽青
駒鳥笛になごりの月を雲の端 飯田蛇笏 霊芝
駒鳥鳴いて白き障子のそら二階 西村公鳳
駒鳥鳴くや月照山は雲の上 大竹孤悠
駒鳥鳴くや水楢林馬柵うちに 杉山岳陽
駒鳥鳴けり姥面狭き視野の中 田口満代子
高鳴くは駒鳥囮秋風に 及川貞 夕焼
●眼白
いそがしく目白花訪ひ寒櫻 八木林之介 青霞集
こぼれ飛ぶ目白に朝日ゆたかなり 丹羽 啓子
さざなみの色を四隣に目白鳴く 永島転石
ひさかきの花に眼白の巣引かな 大場白水郎 散木集
へうときてへうといにたる目白哉 会津八一
バッハ聴く大人に目白の飛びこみし 宇佐美魚目 天地存問
マネキンを目白へ運び冬霞 山本鬼之助
一寸留守目白落しに行かれけん 高浜虚子
一寸留守眼白落しに行かれけん 高浜虚子
一羽見えてより枯枝の眼白たち 野澤節子 遠い橋
一色に目白囀る木の芽かな 浪化
一茶忌や柿より小さき目白来て 小東泰子
一通り見せ呉れ目白の軽業芸 高澤良一 素抱 四月-六月
三井寺の門にかけたり眼白籠 松瀬青々
今朝も鳴きに目白が来たよ背戸の梅 寺田寅彦
佗人や眼白落しに誘はれ 尾崎迷堂 孤輪
傾けて目白の眼鏡ははの眼鏡 鳥居おさむ
凜として雲の中から目白かな 井上秋魚
凧次第にふえぬ目白台 阿部みどり女
匍匐せる木を出て海へ眼白飛ぶ 茨木和生 遠つ川
南天の実をこぼしたる目白かな 正岡子規
口笛に答へ目白の高音来る 満田玲子
団欒の灯を遠く住み目白飼う やしま季晴
固くなる目白の糞や冬近し 室生犀星 魚眠洞發句集
夕凍みや目白のひそむ裏の畑 飴山實 辛酉小雪
寒ざくら目白の群の舞ひ戻り 細川加賀 生身魂
山の畑独りで守りて目白飼ふ 高橋利雄
川は名を替えて目白に別れたり 川名つぎお
日向ぼこ眼白とる子を妨げそ 大橋櫻坡子 雨月
春暁の雀の中の目白かな 増田龍雨 龍雨句集
暮れ遅き空に倦みたり目白刺し 千代田葛彦 旅人木
杉垣に眼白飼ふ家を覗きけり 寺田寅彦
枝の目白籠の目白を見舞ひけり 巌谷小波
桑の葉のよく散る日なり目白追ふ 内田わかな
梅に来て松にあふれし目白かな 木津 柳芽
梅汚れ番の目白来ずなりぬ 高澤良一 宿好 一月-三月
梅白し目白は鳴かぬ禽ならね 林原耒井 蜩
梢より目白の囀り宇佐神社 滝沢伊代次
深山川氷りて目白歩きをり 大峯あきら 鳥道
炭火かぎろふまひる目白の声しげき 金尾梅の門 古志の歌
目を止めし目白の側に目白ゐて 高澤良一 さざなみやっこ 秋
目白きき日曜の朝は床にゐむ 加藤楸郁
目白にもをされぬ鶸の羽色哉 重頼
目白の巣我一人知る他に告げず 松本たかし(1906-56)
目白よりさへづり品川かじりつゝ 加藤郁乎 出イクヤ記
目白らが逃げないやうに眼で応ふ 高澤良一 燕音 十二月
目白啼く日向に妻と坐りたり 臼田亜浪 旅人
目白折々椿の露を吸ひに来る 寺田寅彦
目白捕る黐をコッコッ叩きをり 高澤良一 さざなみやっこ 秋
目白来ているしずかな鼓動たいせつに 中島伊都
目白来る夫の大声たしなめて 萩原 英子
目白籠吊せばしなふ冬木かな 室生犀星 魚眠洞發句集
目白翔ち目にも止まらぬ一を引く 高澤良一 素抱 一月-三月
目白飼ひ水仙つくり寺の寮 田中冬二 行人
目白飼ふ事を日課に病快く 大隈 米陽
目白鳴くあなたが遠い日曜日 隈元拓夫
目白鳴く厠つづきの家の中 飯田龍太
目白鳴く日向に妻と坐りたり 臼田亞浪 定本亜浪句集
目白鳴く空ら枝に雪はあらざりき 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
目白龍吊せばしなふ冬木かな 室生犀星
目黒過ぎ目白を過ぎぬ年の暮 照敏
眼白捕入れてしづもる雑木山 白井 爽風
眼白来て庭の春秋はじまりし 稲畑汀子
眼白籠恵那晴るゝ日は簷に吊る 水谷晴光
眼白頬白一つ籠なる冬日かな 碧雲居句集 大谷碧雲居
眼白飼ふや父が集めし棚人形 月舟俳句集 原月舟
着ぶくれて目白去りたるあとに座す 大石雄鬼
石弓で眼白落しぬ今朝の冬 冬葉第一句集 吉田冬葉
竹山や目白が啼いて寒うなる 太田鴻村 穂国
笹子来と云へば目白と正さるる 高澤良一 ねずみのこまくら 平成元年
籠の目白朝日散らしてゐたりけり 八木九鬼
籠目白身近な月に落ちつかぬ 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
紅葉して目白のうたも寂びにけり 篠田悌二郎
群れてゐて目白鳴くでもなき日差 中山 允晴
胃しくしく目白音立てず遊びをり 林原耒井 蜩
花に来る眼白見えつつ授業かな 木村蕪城 寒泉
花の中雀目白とこぼれ出づ 田中英子
花の山騒がしにくる目白かな 高澤良一 素抱 四月-六月
藪の中寒椿さき目白なき 田中冬二 俳句拾遺
見えかくれ居て花こぼす目白かな 富安風生
見えがてに目白の籠や年の梅 依光陽子
豆柿の数より眼白多きかな 木南青椒
逆しまに止まる目白を目白見て 高澤良一 さざなみやっこ 秋
連れ立ちて去りし目白の恵方かな 永峰久比古
鏡中の目白身を寄せ出勤せり 宮崎二健
陶工の往き来の径や眼白籠 高木良多
雨あとの紺屋と話す目白のこと 飯島晴子
雪嶺は天の奥なり目白籠 宇佐美魚目
領巾振山に目白増えたり沖つ波 斉藤夏風
鶯を目白を飼うて冬木宿 青木重行
●四十雀
いつ見ても二羽で来てをり四十雀 船坂ちか子
むづかしやどれが四十雀五十雀 小林一茶
ゆくこころ帰るこころの四十雀 平井照敏
ベレー帽のせて渡らす四十雀 和知喜八 同齢
初声の雀の中の四十雀 青柳志解樹
四十雀すとん〜とつゞけざま 田村木国
四十雀つれわたりつゝなきにけり 原石鼎
四十雀のつむりの紺や深山晴 加藤青圃
四十雀の数来る庭の雀かな 大谷句佛 我は我
四十雀一つの芸を繰り返し 浜川 穂仙
四十雀二羽をり露の枝伝ひ 鈴木しげを
四十雀五十雀よくシヤベル哉 尾崎放哉
四十雀庭木に独りもの言へば 石川桂郎 四温
四十雀来るのみの松や花の雨 碧雲居句集 大谷碧雲居
四十雀来啼きもみぢのふた枝ゆる 木津柳芽 白鷺抄
四十雀松ほがらなる二月かな 碧雲居句集 大谷碧雲居
四十雀松をこぼるる一精舎 木村蕪城
四十雀瀬音にまぎれまぎれざる 相馬遷子 山河
四十雀続く三日の旅の声 村上辰良
四十雀群れをり墓地を買ひ置かむ 石田波郷
四十雀道をよぎりて移りけり 比叡 野村泊月
少年の影克明に四十雀 飯田龍太
少年の影刻明に四十雀 飯田龍太
山の杉は暗く愚直に四十雀 森澄雄
山晴るる日は呼び合ひて四十雀 中島畦雨
得し虫を嘴にたのしも四十雀 大島三平
悲しけれ網はずしつつ四十雀 星野立子
手をあげし人にこぼるゝ四十雀 高浜虚子
早梅や暮れてもきたる四十雀 水原秋桜子
暫くは四十雀来てなつかしき 高浜虚子
曲水や諷詠に入る四十雀 碧雲居句集 大谷碧雲居
来はじめて雨の日も来る四十雀 佐久間潺々
松かさのかさりと落ちぬ四十雀 村上鬼城
柊の花のこぼれや四十雀 浪化
桑の土ほこほこゆるみ四十雀 和地清
梅林や何匹となく四十雀 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
水楢の霧氷を散らし四十雀 小松崎爽青
沙汰なしに渡りてゐるか四十雀 田上尼 俳諧撰集玉藻集
洟水もをさまり四十雀が啼く 臼田亞浪 定本亜浪句集
牛が食いすすみおり飛ぶ四十雀 和知喜八 同齢
目覚めれば黄泉の世ならず四十雀 鈴木鴻夫
秋耕の畔木に啼きて四十雀 石原舟月 山鵲
組紐の何見せ合ふや四十雀 飴山實 『次の花』
群れ落ちて来し前山の四十雀 高濱年尾 年尾句集
老の名のありとも知らで四十雀 松尾芭蕉
色変へぬ松樅檜四十雀 福永耕二
芝舞台日雀山雀四十雀 星野紗一
花供養の行列囃す四十雀 茂里正治
苔乾ぶ巌掴み翔つ四十雀 石塚友二
蘇枋の実からぶる風の四十雀 石原舟月 山鵲
赤松の山の秋の日四十雀 岡井省二
追ひすがり追ひすがり来て四十雀 石田波郷
遠き日のやうにひねもす四十雀 小林 むつ子
雨上るらし波郷忌の四十雀 八木林之介 青霞集
飛島川夕日をながし四十雀 吉向宗心
●山雀
ぜんまいや未だよく飛べぬ仔山雀 羽部洞然
人去つて山雀も又舞はざりき 巌谷小波
初声の山雀小雀温泉の窓辺 上林白草居
初春や一刀彫りの神兎 松本山雀
半抽象山雀が籠出る入る 竹中 宏
啼く鳥の山雀となり渡りけり 石塚友二 光塵
夢殿をめぐる疎水や花あやめ 松本山雀
山降りる日の山雀からうつる笑い 若森京子
山雀が垣根を越えて渓に去る 小沢晴堂
山雀が尾を打つ音の枯木かな 渡辺水巴 白日
山雀とあそぶさみしさこのみけり 徳永山冬子
山雀にくるみや鞠に葛袴 立花北枝
山雀に小さき鐘のかゝりけり 高浜虚子
山雀に此頃芸を教ゆなり 佐藤左人
山雀に進上の幕かゝりけり 尾崎迷堂 孤輪
山雀のをぢさんが読む古雑誌 高浜虚子
山雀の一番鳴きや夏の暁 長谷川かな女
山雀の声が滝吹く谷伝ひ 臼田亜浪
山雀の声幽し山毛欅も雪も照る 渡邊水巴 富士
山雀の声湯あたりの胸に落つ 関戸靖子
山雀の家はいつ出た日和山 立花北枝
山雀の山を出でたる日和かな 古白遺稿 藤野古白
山雀の籠の長さよ春の風 大谷句佛 我は我
山雀の芙蓉に遊ぶ寺の庭 梅沢墨水
山雀の芸こぞり見る年の市 真下喜太郎
山雀の輪抜しながら渡りけり 一茶 ■文政二年己卯(五十七歳)
山雀の里に出て鳴く荏胡麻かな 車庸 俳諧撰集「藤の実」
山雀の餌(えば)づく音の大いさよ 上村占魚
山雀の餌づきくるかに厨ちかく 大庭 光子
山雀の餌づく音の大いさよ 上村占魚
山雀の高音に成るも別れかな 去来
山雀やこんからぎりぎり詩作るのみ 中村草田男
山雀や愚は人に多かりき 井上井月
山雀や朝寝して出る竹の縁 ぜぜ-游刀 俳諧撰集「藤の実」
山雀や榧の老木に寝にもどる 蕪村
山雀や炊ぎの水を筧より 黛執
山雀や男時間の湯につかる 飯村弘海
山雀や舞台は敷きし緋毛氈 野村喜舟
山雀や芸に飼はれて籠の房 増田龍雨 龍雨句集
山雀や蕗生ふ沢を登りつめ 水原秋桜子
山雀よ主義者夢二を呼んでいる 松田ひろむ
木の実くふ山雀山をさかさまに 小子
杉山に山雀帰り空のこる 戸塚三生
正月に山雀二つ貝の頬 金子皆子
正月や山雀あそぶ松さくら 渡辺水巴 白日
涼しくて山雀の芸飽かず見る 辻田克巳
画架立ててより山雀の近きこゑ 橋本榮治 越在
石垣に山雀の巣や五稜郭 西本一都 景色
芝舞台日雀山雀四十雀 星野紗一
銀座に出て山雀芝居見てゐたり 北見さとる
雪の桑つかみ山雀あから顔 和知喜八 同齢
鳴きゐしがひょいと山雀かゝりけり 佐藤 亜矢子
鳴く鳥と山雀となり渡りけり 石塚友二
●日雀
ぼけ咲いて日雀小雀のくる日かな 中勘助
二重窓に日雀ちらつく雪の果 斎藤 節子
啼き声の日雀来てをり醤油蔵 森 澄雄
地鳴きして岳去り難き日雀をり 澤田緑生
大月の高野に日雀聞く慣ひ 大橋敦子 匂 玉
山へ行く日雀の囮子は提げて 木村蕪城 寒泉
山荘や日雀火急のこゑとばし 小林謙光
忙せわし日雀にまじり雀跳ね 赤城さかえ
恵那山の放てる日雀こぼれ来ぬ 栗生純夫 科野路
日雀やさしく歌ふよ雪の修道院 古賀まり子 緑の野以後
日雀ゐて石の髄まで凍ててをり 加藤楸邨
日雀啼き大日岳の霧霽らす 高澤良一 素抱 十月-十二月
日雀啼く或る日さみしさ火のやうに 神尾久美子 桐の木
日雀来てうながす春の山開き 吉澤卯一
日雀来てすぐ去る寒き日なりけり 水原秋櫻子
日雀来てをり朝の日が森に 柴田白葉女
日雀来る一竹叢の吹かれをり 皆川盤水
日雀来る山家は縁に栗など干し 宮下翠舟
日雀鳴きつるうめもどき色増せり 高澤良一 燕音 十月
日雀鳴くひねもす木曽の青の中 矢島渚男
木の葉散る如く日雀のむれ翔びぬ 池田 歌子
松島の松をこぼるる日雀かな 成田千空
栃の芽の合掌久し日雀鳴く 望月たかし
森に開く手帳純白日雀鳴く 橋本榮治 越在
母の日の日雀さざめきわたるなり 鈴木しげを
没りゆく日雀一瞬重なりて 篠田悌二郎
白樺帯日雀声降り径かよふ 山谷春潮
稿せわし日雀にまじり雀跳ね 赤城さかえ句集
細つそりと日雀来てをり子は病める 殿村莵絲子 雨 月
芝舞台日雀山雀四十雀 星野紗一
落葉籠日雀の声も入れて来し 原 ちあき
虫干をせねばせねばと日雀かな 石川桂郎 四温
連山の輪にとざされて日雀かな 柚木紀子
雲中に入りしままなる日雀かな 伊予田由美子
高*はごや三羽の日雀一と串に 栗生純夫 科野路
●緋鯉
あたたかな緋鯉集ひぬ一と餌に 原子公平
ぽつかりと浮きし緋鯉や春の水 比叡 野村泊月
ゆたかにも水の濁りて緋鯉かな 大木あまり 火球
ゆつたりと彩行き交へり錦鯉 木村道子
よう放し支度盥に緋鯉入れ 高澤良一 寒暑 四月-六月
サルビアの映ると見しは緋鯉飼ふ 大島民郎
パスワード忘れて緋鯉錦鯉 松田ひろむ
モスリンのやうな緋鯉の色茫と 京極杞陽 くくたち上巻
一八や錦鯉飼ふ大藁屋 吉井莫生
丈山の髯を倣ひて錦鯉 高澤良一 宿好 十月-十二月
三島由紀夫の鉢巻や錦鯉(於・小千谷市錦鯉センター) 佐々木六戈 百韻反故 わたくし雨
冬の水緋鯉打つべく落ちにけり 落合水尾
冬日浴びをる夫の背緋鯉の背 中山純子 沙羅
周防とや緋鯉の水に指ぬらし 飯島晴子
夢の世に緋鯉とならばほつそりと 鍵和田[のり]子
夢の中わたしは緋鯉誰か呟く 一ノ瀬タカ子
大いなる緋鯉にじみて照る氷 佐野青陽人 天の川
大雨の緋鯉を獲たり四つ手守 木津柳芽 白鷺抄
大鯉のことに緋鯉の水澄めり 横岡たかを
宵闇の緋鯉にはかに非を明かす 攝津幸彦
寒緋鯉花瓣のごとく沈みけり 大串章
屈託もなくて緋鯉の浮き沈み 渡辺たか子
山の緋鯉じつと沈みゐたゞに冴ゆ 林原耒井 蜩
山の緋鯉危きばかり冴えゆく日々 林原耒井 蜩
巡禮や緋鯉にひらく大扉 古舘曹人 砂の音
師走の身触れあふ緋鯉長挨拶 香西照雄 対話
床下に緋鯉を飼つて鯉屋敷 前田まさを
床下を色鯉の水京の宿 桂信子 草樹
御僧の遺愛の緋鯉とて大き 森重昭
放たれし緋鯉のくるりくるりかな 高澤良一 寒暑 四月-六月
新しく緋鯉加へし幟立つ 松田義朗
日の丸の飛び火を背に錦鯉 佐々木六戈 百韻反故 わたくし雨
映りたるつゝじに緋鯉現れし 高浜虚子
昭和の色大正の色錦鯉 佐々木六戈 百韻反故 わたくし雨
暗きより呼び出してをり錦鯉 佐々木六戈 百韻反故 冬の皺
有明に緋鯉釣るべき柳かな 古白遺稿 藤野古白
樺太のはなし途切れて錦鯉 攝津幸彦
母と子の手波に大き緋鯉来る 加藤 典昭
比叡の水引きて里坊緋鯉飼ふ 川勝 春
水に摶たれて白き緋鯉の泳ぎけり 長谷川かな女 雨 月
水涼し緋鯉真鯉と浮き変り 今村蕾橘
水澄みて錦深くす錦鯉 大橋敦子 匂 玉
水美し山都は川に緋鯉飼ふ 岡田日郎
池普請緋鯉は別にしてありし 関戸靖子
流れゆく扱きの帯の錦鯉(餘所の女の父とこそ櫻桃忌) 佐々木六戈 百韻反故 わたくし雨
炭焼の住める山家や緋鯉飼ふ 根岸善雄
真鯉の上に緋鯉出たがる幟かな 田中かずみ
神の庭緋鯉の跳ねし水匂ふ 藤谷紫映
秋澄みて緋鯉は人に親しかり 高橋利雄
種俵緋鯉の水につけてあり 星野立子
緋鯉うかみでて顔真赤水澄めり 池内友次郎 結婚まで
緋鯉一つ池ににじみ出て梅雨明けの夕ベの 人間を彫る 大橋裸木
緋鯉散り切味持てる山の水 野中亮介
緋鯉泳ぐくにいま若菜のくになつかし 阿部完市 春日朝歌
緋鯉真鯉卯の花腐しうれしくて 阿波野青畝
緋鯉跳ね菩薩の慈悲のごときもの 和知喜八 同齢
色鯉に濁れる水の久しかり 石川桂郎 高蘆
色鯉の色も見えゐる十三夜 森澄雄
芋洗ふ底を濁せし緋鯉かな 西山泊雲 泊雲句集
花と見ていま行く秋や錦鯉 古舘曹人 砂の音
行年の落葉の下の緋鯉かな 比叡 野村泊月
跳ねし緋鯉の行方見てをり秋の暮 吉野義子
金閣の金を破りて錦鯉 高澤良一 宿好 十月-十二月
釣殿の橋をめぐれる緋鯉かな 籾山梓月
錦鯉それの錦も雪ざらし 和知喜八
錦鯉の背すじ透りて夕凪す 松村蒼石 雁
錦鯉の買手花野に遥けしや 斉藤夏風
錦鯉は夜がくるまでの雪女 尾崎喜八
錦鯉不器量が来て花菖蒲 加藤三七子
錦鯉人にも生れながらてふ 平子公一
錦鯉跳ねて赤赤響きけり 佐々木六戈 百韻反故 わたくし雨
錦鯉雪間の錦なせりけり 阿波野青畝
錦鯉飼はれて人の指を吸ふ 辻桃子
鎌倉や雪塊と浮き錦鯉 原裕 葦牙
霙降る池の緋鯉は沈みけり 今成無事庵
養鯉池雨に緋鯉のうすぼんやり 高澤良一 寒暑 四月-六月
驟雨来て色乱れだす錦鯉 藤井寿江子
鱗一枚落して緋鯉沈みけり 長谷川かな女 雨 月
黄塵や逃げし緋鯉が橋の下 岸本尚毅 鶏頭
●濁り鮒
あえかなる腹を晒して濁り鮒 辻桃子
いくさとを流れ流され濁り鮒 岡本松浜 白菊
ささやかな逆流われに濁り鮒に 堀葦男
はらからの皆ちりぢりに濁り鮒 小野 克之
一匹は必ず網に濁り鮒 高濱虚子
大欲は出さずに濁り鮒を釣る 前内木耳
担ひゆく桶がぼがぼと濁り鮒 浜中柑児
時ふれば手桶水澄み濁り鮒 中村汀女
母はまた母に生れむ濁り鮒 磯貝碧蹄館
比良山の残照ながし濁り鮒 服部美矢子
濁り鮒けむりのにほふ山河かな 柏村貞子
濁り鮒はねて畦こす晴間なり 太田蓁樹
濁り鮒亡父母も共に潜り行く 永田耕衣 驢鳴集
濁り鮒人に逢はねば帰られず 田中裕明 花間一壺
濁り鮒夕雲草に沈みつつ 大獄青児
濁り鮒居ずなりし川も庭のうち 石川桂郎
濁り鮒腹をかへして沈みけり 高浜虚子
濁り鮒釣りをる泛子を雨叩く 平尾祁村
田より田へながるる水や濁り鮒 小沢一呂
色をふと消しゝは濁り鮒らしや 小路島橙生
蘆原に雲生れしとき濁り鮒 角川源義
逃げ場なき環濠の水にごり鮒 水谷芳子
釣れまつか濁り鮒かてあきまへん 稲畑廣太郎
顔を出すバケツの底の濁り鮒 高野素十
鬼飼ひし日のあらなくに濁り鮒 後藤綾子
●鯰
*はす釣の鯰上げたるときに会ふ 森澄雄
あとずさりしつゝわたしは鯰です 川崎展宏
くらがりの桶の中なる鯰かな 多賀九江路
ここに立てば鯰が浮くとお濠端 岸本尚毅 舜
こち向けし顔不機嫌よ鯰釣り 高橋すすむ
ごつそりと流しにおきぬ梅雨鯰 田中冬二 冬霞
ごみ鯰ばかりが釣れて水匂ふ 三谷蘭の秋
とぐろ巻く大鯰料るすべ知らず 百合山羽公 寒雁
ぶつ切りの肉(み)の山もりや鯰鍋 野村喜舟
アキレスを病んで鯰にとりつかれ 相原左義長
二月礼者鯰の馬穴提げきたる 荏原京子
五月雨や棹もて鯰うつといふ 泉鏡花
何を聞き出すためや鯰の連れ笑ひ 永田耕衣 吹毛集
刈麦のみづける雨や鯰突き 橋本鶏二 年輪
初漁舟鯰二つに大揺れす 殿村莵絲子
厠には傘さしてゆく鯰鍋 遠藤梧逸
口少し開けしは美形梅雨鯰 斎藤梅子
吐く泡の顔にまつはる鯰かな 皿井旭川
圧さえた鯰と共に笑う身の節節 永田耕衣 闌位
夏の野の底に鯰を押へけり 龍岡晋
大簗の日和つづきに鯰のり 宇佐美魚目 天地存問
大雨の薬の水の鯰かな 永田耕衣 葱室
大鯰じたばたせずに釣られけり 成瀬桜桃子
大鯰たらひに浮いて喜雨の宿 橋本鶏二 年輪
大鯰ぬつたり土間に置かれたる 古市枯声
大鯰ぬるぬる生きてゐる証 佐藤宣子
大鯰何か企む色をして 栗林千津
大鯰焼いて尾州の十二月 斉藤夏風
大鯰生かして昼寝むさぼれる 下田稔
小春日の猫に鯰のごとき顔 飯田龍太 遅速
小水葱被てあぎとふ鯰誘蛾燈 芝不器男
峯おりたきみも鯰もぽっと光る 高橋たねを
川狩の妻も抱きくる大鯰 藤谷紫映
川狩の鯰は活きて居たりけり 前川素泉
市中や苗代時の鯰売 正岡子規
意地汚しと言はるるも鯰煮て 石川桂郎 四温
手でさぐる鯰の洞や涅槃西風(四十年むかし、旧制四高に入りし吾を父は残雪の川に誘ひし) 飴山實 『次の花』
料峭の動きの鈍き鯰漁 高澤良一 寒暑 一月-三月
日日に徐徐に痩沼の鯰芹の青 橋本夢道 良妻愚母
昇天の志なき鯰かな 藤岡筑邨
明易く魚籠に馴れた鯰かな 小石川 野村喜舟
暁の鯰さぐりにゆくといふ 中田剛 珠樹以後
最上川とつぷり暮れて鯰鍋 皆川盤水
朝顔や夜網に捕れし鯰共 野村喜舟 小石川
梅雨に入りて細かに笑ふ鯰かな 永田耕衣 吹毛集
梅雨に鯰何から何までは知らぬ笑ひ 永田耕衣 吹毛集
池の鯰逃げたる先で遊びけり 永田耕衣
泥川の月夜に泛きぬ大鯰 青木月斗
泥鰌浮いて鯰も居るといふて沈む 永田耕衣
浅草をさす鯰鍋欲りてこそ 石川桂郎 高蘆
浮き出でし鯰をかしや泉殿 楠目橙黄子 橙圃
涼しさは染めつけ鯰向付 高澤良一 鳩信 東帝
湖漁夫の大手大足鯰捕る 下田稔
湾曲し盥の鯰影となる 篠田悦子
爆音の真下に居たり梅雨鯰 船越淑子
片髭の鯰をはなつ清水かな 安東次男 昨
眼と精神鯰を塔婆で扼へる手 竹中宏 句集未収録
石仏の臼杵の田川鯰ゐる 村上冬燕
秋の鯰と夢の継ぎ目に疲れけり 栗林千津
秋風や南京皿の絵の鯰 稲垣きくの 黄 瀬
稲の花そこら鯰の匂する 千代田葛彦
稲妻や芦江にひそむ鯰船 宇野犂子
笑ひ棲む池の鯰を笑ひけり 永田耕衣(1900-97)
米をとぐ水のつづきに梅雨鯰 大木石子
翔たしめて花鶏に暗む鯰取 飴山實 『次の花』
腹に悪詰めこんで鯰笑ひけり 小林康治
芦のびて鯰とる子をかくすほど 岸風三楼 往来
芦を刈る日和の鯰うごきけり 岡井省二
花会式道中奉行の鯰髭 杉山青風
葛飾や鯰とる子にあやめ咲き 岸風三楼 往来
薊かげ逃げし鯰を見つけたり 西山泊雲
釣りあげし濁鯰が髭を振る 有働木母寺
釣り上げし鯰に指を吸はれけり 島崎秀風
釣り上げし鯰に雷火にはかなり 松本 幹雄
阿波淡路活断層へ冬鯰 相原左義長
隣田へすべり込んだる梅雨鯰 山本恵子
雨粒来鯰を押へたる石に 川崎展宏
青田より鯰を得たる夕餉かな 野村喜舟 小石川
青蓮寺沼の寒九の鯰かな 後藤綾子
顔と顔くつつけてゐる鯰かな 辻桃子
髭立てて鯰は水と落ちゆけり 瀧川汀草
魚篭にまだ昨夜の鯰の生きてをり 吉田 長良子
鯰ぞと灯かざす魚籠の底のもの 水原秋桜子
鯰になる蝌蚪もあるべし山の月 大串章
鯰の子まことしやかな髭もてり 鈴木貞雄
鯰の子己が濁りにかくれけり 五十崎故郷
鯰の子竹瓮はたけば出てきたる 石井とし夫
鯰の髯弁士一世風靡せり 高澤良一 寒暑 十月-十二月
鯰まだ生きて割かるる稲びかり 白岩 三郎
鯰わずかに揺れて三人かすむかな 植原安治
鯰ゐて朴の落葉の降つてくる 岸本尚毅 鶏頭
鯰小さく平たく短く見えにけり 京極杞陽 くくたち上巻
鯰得て帰る田植の男かな 蕪村
鯰得て身軽に老いし沼漁師 中村翠湖
鯰捕芋銭旧居の人なりし 黒米松青子
鯰捕赤城を尻に置きにける 藤田湘子 去来の花
鯰料理雨存分にふらせけり 林 たかし
鯰浮く赤子の寝がほ近ければ 吉本伊智朗
鯰粥太陽系の真昼間 相原左義長
鯰見てもの書けぬ時慰みぬ 山口青邨
鯰釣らるる針ごとふかく呑みこみて 田北 ぎどう
鯰釣り紫蘇の葉摘んで帰るなり 田中冬二 麦ほこり
鯰釣る醍醐味ありといふ男 坊城としあつ
鯰食って東京までゆれどうし 山口 伸
鯰食つて年の暮れゆく尾州かな 斉藤夏風
麦は穂擦れ鯰はあくび村の真昼 田中冬二 俳句拾遺
麦埃鯰は池に伏して笑ひ 永田耕衣 吹毛集
麦秋や雨の一日鯰釣り 野村喜舟 小石川
麩をつゝく鯉に鯰も浮きまじり 森田峠 避暑散歩
●鮎
*たも網をさばく手練や鮎光り 中村雄松
あるときの鮎は銀河を食むことも 正岡 豊
いざのぼれ嵯峨の鮎食ひに都鳥 貞室
いたどりの花活けてあり鮎料理 北川まどか
うぐひあり渋鮎ありともてなさる 高濱虚子
うの花や小鮎さぱしるほそ流 中勘助
おち果てゝ鮎なき湍の月夜かな 前田普羅 飛騨紬
おとり鮎息はずむなる休ませる 瀧井孝作
かかり鮎針はづす手の中にやさしき 瀧井孝作
かげろふと共にちらつく小鮎哉 圃水
かなかなの朝な夕なや鮎のぼらず 林原耒井 蜩
かゞやける瀬波にまぎれ上り鮎 森田峠 避暑散歩
がらがらと舟底こすり鮎に迫る 稲葉直
きりきりと丈を廻しぬ鮎の川 石田勝彦 秋興
くだり鮎骨美しく食べにけり 加藤知世子 花 季
けふ釣りし鮎もてなさる夜の膳 伊藤いと子
この生を愛すべし鮎ほぐすべし 藤村多加夫
この神に鮎とぶことの太古より 大峯あきら 鳥道
こぼるゝもありて鮎苗運ばるゝ 森田峠 避暑散歩
さかのぼる川波の耀り鮎料理 桂信子 遠い橋
さびたりな茄子の紫鮎の腹 正岡子規
さびはてゝ鮎草臥つ水の淀 如行
さらば鮎を川辺に出でて眺めばや 広瀬惟然
すれ違ふ少年鮎の香を曳ける 和田祥子
ずかずかと川に突っ込み鮎を釣る 高澤良一 随笑 七月-九月
そのかみの人麿召しし鮎ならん 鈴鹿野風呂 浜木綿
そよ風の波が見えゐし鮎かくす 篠原梵 雨
たしかめて又泳がせし囮鮎 深見けん二
たそがれや鮎蒼きこと十八糎 塚本邦雄 甘露
ただ一度鮎はぴくんと跳ねたるが 櫂未知子 蒙古斑
ただ立つに似てさび鮎を釣れりけり 皆吉爽雨
ちと追へばちゝと隠るゝ小鮎かな 民部里静
ちり交る鮎に柳や桂川 也有
てのひらに鮎の命脈しづかなり 有馬草々子
てのひらの鮎を女体のごとく観る 沢木欣一
とがむなよ翁さびたる鮎のすし 徳元
とことはの谷杉清し囮鮎 大峯あきら 鳥道
ところ〜瀬の変りたる鮎の川 高浜虚子
とび鮎の底に雲行く流れかな 上島鬼貫
とほく見て息ととのふる鮎汲衆 坂巻純子
とも釣りの囮の鮎や秋の風 増田龍雨 龍雨句集
ねもごろに囮の鮎を繋ぎけり 神原 健
のぼりつめ若鮎ふいに影濃くす 鎌倉佐弓
のぼり鮎すぎてまた来る蕗の雨 楸邨
はじめから川の自慢や鮎合せ(一夜、匹見・成羽・錦三川の鮎をめづる席あり。流域蔵元たちの持参にて、丁卯文月、錦帯橋畔開花亭。かの魯山人にも一夜三川の興などあるべうもなけんに即ち) 飴山實 『次の花』
ひかひかと遡らされゐる囮鮎 鈴木貞雄
ひかり合ふ生簀の夜の囮鮎 黒田杏子 水の扉
ひとときは鮎の瀬よりも雨激つ 後藤夜半 底紅
ひめごとの鮎焼く真昼上り簗 柳沢芳子
ひらめきて魚梯を遡る小鮎見し 長井伯樹
ふりかぶる大綿雲や鮎を掛く 楠目橙黄子 橙圃
ふるさとの食卓飾る皿の鮎 近藤 君
ふるさとはよし夕月と鮎の香と 桂信子 黄 瀬
ふるさとや厩のまどの鮎の川 飯田蛇笏 山廬集
ふるさとを源として鮎の川 津田清子
またたぐひ長良の川の鮎鱠 芭蕉
まつよひぐさ片淵は暮れ鮎をどる 木津柳芽 白鷺抄
まなかひに吉野美林や鮎料理 岩崎照子
めづらしやしづくなほある串の鮎 飯田蛇笏 山廬集
よく見れば小鮎走るや水の底 吟江
わかたばこ丹波の鮎の片荷かな 維駒 五車反古
わが厨銀河の中に鮎を焼く 古館曹人
ゐるはゐるは小鮎ういもの石めぐり 臼田亞浪 定本亜浪句集
セーラー服が帳場にかかり鮎の宿 井本農一
一二匹鮎もかかりぬ白魚網 五十嵐播水 埠頭
一穂の鮎を焼く火のうつる淵 橋本鶏二 年輪
一蓋の笠に日をのせ鮎釣れり 小野 喬樹
七彩の縞を惜しみぬ鮎焼いて 高井北杜
三寸は楽に小鮎の育ちかな 尾崎紅葉
三日月の光りそめつ鮎に箸つけぬ 渡邊水巴 富士
上の瀬に鮎釣るゝ見て漫歩かな 比叡 野村泊月
上流は曲りて見えず鮎の川 波津女
不ぞろひの鮎が焼かれる解禁日 高原 甲山
中流の鮎釣一歩歩を進め 深見けん二
中食や鮎の*煮びたし初もみぢ 白水郎句集 大場白水郎
串打つて鮎の命の手にうつる 星野秀則
串鮎に高足五徳焼け爛れ 石川桂郎 四温
丹波路のこゝ鮎茶屋で栗の里 星野立子
乗り苔の庇いづれも鮎の宿 後藤夜半 底紅
二寸鮎日輪隈をみなぎらす 『定本石橋秀野句文集』
二百人と踊つて鮎たべそして悲しや 阿部完市 春日朝歌
五日経ぬあすは戸無瀬の鮎汲ん 向井去来
京に住む和御前(わごぜ)の好む鮎の鮨 筑紫磐井 婆伽梵
今日の瀬の鮎居ずなりし故郷哉 石井露月
仏壇のある間も泊めて鮎の宿 林 夾山
作る畳へ銀針出没鮎釣りたく 香西照雄 素心
侠客の鮎にしらじら谿明くる 高澤良一 鳩信 炎帝
俗詩人酢浸しの鮎食べて寝る 鈴木勁章
僧正が鮎の姿を賞味せり 筑紫磐井 婆伽梵
光りつゝ早二つ三つのぼり鮎 中島月笠 月笠句集
入道雲鮎見ぬ鮠の秋となり 廣江八重櫻
出足いま一つ鮎漁始まれり 高澤良一 素抱 四月-六月
初鮎や少し焦げたる化粧塩 都筑智子
初鮎や酒は珠なす舌の上 三宅句生
化粧塩打つたる鰭や鮎見事 水原秋櫻子
北山や杉を庭木に鮎の宿 細川加賀 生身魂
十六夜の鮎を呉れたる人匂ふ 麦草
又やたぐひ長良の川の鮎鱠 松尾芭蕉
叉手網や鮎の波また男波 斉藤夏風
友釣の鮎のやさしき姿かな 原裕 『王城句帖』
友鮎に懈き午後の水のこゑ 角川春樹 夢殿
口深く閉ぢたる鮎を食ひにけり 八木林之介 青霞集
古織部に鮎ひきつるる誕生日 塚本邦雄 甘露
古草鞋背戸に干されし鮎の宿 柊 愁生
合戦の名どころにして鮎の竿 石田勝彦 秋興
吉野川こゝにして鮎の瀬とたぎつ 日野草城
吉野川八十瀬の隈に鮎を掛く 野風呂
吹きたまる雪に径たえ鮎の宿 前田普羅 飛騨紬
和賀川の鮎痩せ瀬につく頃ならむ 高澤良一 素抱 七月-九月
四方の山うす曇りして鮎解禁 前田普羅
囮より小さき鮎のかゝりけり 坊城としあつ
囮り鮎かなしきまでに竿撓め 太田青舟
囮鮎ながして水のあな清し 飯田蛇笏 霊芝
囮鮎まだ漆黒に傷つかず 野澤節子 遠い橋
囮鮎もろとも宙に光り跳ね 香山豊宏
囮鮎売る小屋忽と生まれけり 佐宗欣二
囮鮎妙にいきいきしてゐたり 大牧 広
囮鮎早瀬を映す玻璃に群る 羽部洞然
囮鮎漁期も了り近くなり 高澤良一 燕音 十月
囮鮎生かす磧の石囲 小島尚巾
囮鮎生簀を暗くして飼はる 小檜山繁子
囮鮎雨後のにごりをよろこばず 比奈夫
土手に焼く鮎に傘さしかける 廣江八重櫻
城山の鴬老いぬ鮎食ひに 雑草 長谷川零餘子
塩間に鮎死にかゝる時雨かな 如行 俳諧撰集「有磯海」
夕ぐれは鮎の腹みる川瀬かな 上島鬼貫
夕ベ焼く鮎なりそゝろ匂ひ来る 雑草 長谷川零餘子
夕暮は鮎の腹見る川瀬かな 鬼貫
夕風にうすくれなゐや鮎の口 大峯あきら
夜の秋の鮎の歯白し皿の上 野沢節子 飛泉
夜も白き激ちよ鮎の太るらん 田村木国
夜打ち鮎はだか電球ぽつと点け 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
夢さめて鮎汲みに出づ庵主かな 尾崎迷堂 孤輪
大き鮎かかりて試釣り終る 関森勝夫
大名に馴れたる鮎や大井川 毛* 五 月 月別句集「韻塞」
大山の雲を下りて鮎を見る 野田別天楼
大瀧の鮎にまた逢ふ老ながら 瀧井孝作
大炉燃え鮎掛衆のゐて騒ぐ 木村蕪城 寒泉
天井に干鮎吊るし鵜匠宿 小原菁々子
天然の鮎と書かれて売られをり 林 瑠美
天龍のけふは濁流鮎を食ふ 百合山羽公
奔流に血噴き若鮎突かれけり 中島斌男
姉川も妹川も鮎の川 小島 雅夫
姿よく焼かれし鮎に膝ただす 吉屋信子
姿鮨駅弁に鮎姿なさず 石川桂郎 高蘆
娘と通ふ料理教室鮎を焼く 佐藤恵美子
子へ遠し舌にがく刺す鮎の腸 中島斌男
宇治山へ振り上げたりし鮎の竿 三村 純也
小鮎汲み暮れたる空に雪の比良 西村公鳳
小鮎汲柳しばしば潜りけり 至青
小鮎釣る橋より上の渡りかな 子規句集 虚子・碧梧桐選
山の緑に染まりて鮎を釣り暮らす 太田鴻村 穂国
山の色釣り上げし鮎に動くかな 原石鼎(1886-1951)
山の雨しかすがに鮎も食ひ飽きし 林原耒井 蜩
山峡の風戸(ふっと)で降りて鮎を釣る 高澤良一 宿好 七月-九月
山川の心驚く小鮎かな 徳永山冬子
山涼し鮎の食み跡水に見て 宇佐美魚目 天地存問
山見えて古き二階や子持鮎 殿村菟絲子
岩におく鮎のひかれりくらけれど 横山白虹
岩めぐり鮎わき来るをいのちとも 太田鴻村 穂国
岩打って滝となる瀬や小鮎汲む 杉下青蛙
岩茸や鮎やちちぶの夕べの餉 荒井正隆
峡の瀬の雷にはじまる鮎漁期 白岩 三郎
川と同じ生簀の流囮鮎 右城暮石
川ゆるく芋がら鮎の流れけり 堀口星眠 営巣期
川狩や鮎の腮さす雨の篠 加舎白雄
川見せもせず父の遺愛の鮎の竿 関森勝夫
川音の方へ片寄り生簀鮎 黛 執
川風に夜の鮎尾より硬直す(若狭にて) 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
帳場まで瀬音つゝぬけ鮎の茶屋 今城余白
幾く年もこの場所一人鮎を釣る 寒川逸司
床下に空瓶乾く鮎の宿 桂信子 黄 瀬
弱りたる鮎水の色はなれきし 中野 弘
当り来た来た来たさくら鮎ならむ 高澤良一 ぱらりとせ 春
待宵草片淵は暮れ鮎をどる 木津柳芽
御仏に供へたき鮎や月夕 渡辺水巴 白日
患者食に夫が焼きたす鮎一尾 影島智子
懐旧をはげしく鮎の山河の中 古舘曹人 能登の蛙
成りぬらむ鮎の行衛とほととぎす 京-琢石 元禄百人一句
我井戸に桂の鮎の雫かな 召波
手からはねて簗にはねる鮎を手にする 荻原井泉水
手のうちに二三度はねて死にゆける子鮎の命のああ軽きかな 小西久二郎
手掴みの香魚の素肌を嗅げとこそ 西村和子 かりそめならず
投げられてもろき命や簗の鮎 此筋 五 月 月別句集「韻塞」
挑灯で若鮎を売る光かな 炭 太祇 太祇句選後篇
掛かりたる鮎や瀬波をすべり来る 宗像夕野火
掛りたる鮎引く山を曳くごとく 関森勝夫
放生の鮎もろともに供華流す 右城暮石
断崖に路はすかひや鮎の宿 滝井孝作 浮寝鳥
新月の光めく鮎寂しけれ 渡邊水巴
新緑の 陰影の深さ 鮎解禁はまだです 吉岡禅寺洞
旅人に昨日は岩魚今日は鮎 森田峠 避暑散歩
旅痩を祝はん鮎はさびながら 栗几 (迎里紅)
日ぐれ鮎西風落ちに網すかな 塩谷鵜平
春の漁密かに四五尾銀の鮎 飯田蛇笏 雪峡
時鳥一尺の鮎串にあり 子規句集 虚子・碧梧桐選
暮れて着く男がひとり鮎の宿 鈴木鷹夫
暮れどきの山も息して鮎膾 中拓夫
月さして燠のほこほこと鮎を焼く 飯田蛇笏 山廬集
月に来ませ故郷の鮎を振舞はむ 会津八一
月のいろして鮎に斑のひとところ 占魚
月遅れの夏休みとり鮎食べに 鈴木栄子
朝はまづ赤ん坊のこゑ鮎の宿 細川加賀 生身魂
朝市に鵜傷の鮎の並びけり 小林葭竹
朝焼の濃きかげや鮎はしる走る 柳田湘江
木の花の終りて鮎がよく釣れる 大峯あきら
木場にいま鮎鷹つばさ水平に 岩鼻十三女
杉伐に逢ひ鮎釣に遇ひにけり 岸風三樓
杉山のどこか火を焚き上り鮎 神尾久美子 桐の木
杉山の香を水の香に鮎育つ 野澤節子 遠い橋
来べかりし誰れかれ言ひつ鮎つゝく 金尾梅の門 古志の歌
染付の皿鮎鮓の紅生姜 河野 伸子
桑の間を馳ける俥や鮎の里 楠目橙黄子 橙圃
梅未だ鮎見ゆる堤を帰りけり 長谷川かな女 雨 月
棲む水の色もて鮎の売られけり 佐藤棗女
楽しみは浅瀬にあるや小鮎汲み 井上井月
横顔の父の遺影や鮎の腸 吉田紫乃
橋裏をあふぐ座敷や鮎の宿 関圭草
次々と水に刺さりて上り鮎 小島 健
歯ごたへも賞でて背越の鮎に酌む 手塚基子
毎年の目馴染の里や鮎の川 瀧井孝作
比良かくす雨いくたびや小鮎汲 笹井武志
水の絵に鮎の句をかく扇かな 癖三酔句集 岡本癖三酔
水ナ上の神召し給ふ小鮎かな 尾崎迷堂 孤輪
水匂ふとは上り鮎匂ふこと 藤崎久を
水苔が見え鮎が見え下田富士 谷川季誌子
水鏡鮎澄むほどに吾も澄みぬ 太田鴻村 穂国
水音も鮎さびけりな山里は 服部嵐雪
汀にはいれば足にさはる鮎のやさしさ 滝井孝作 浮寝鳥
池を刺す鮎鷹海を遠くせり 角川源義
河郎忌こよひの鮎の痩せてゐる 滝井孝作 浮寝鳥
泉水に山女も活きて鮎の宿 滝井孝作 浮寝鳥
洞川へ山坂三里囮鮎 宇佐美魚目 天地存問
洲に焚きて鮎解禁を待てる火か 高橋ひろし
流れ着く人はまぼろし鮎の川 村松彩石
流れ藻を足にまとひて鮎掛くる 鈴鹿野風呂 浜木綿
浅き瀬に若鮎走る夕かな 徳野
浮き鮎をつかみ分けばや水の色 椎本才麿
浮鮎をつかみ分ヶばや水の色 才麿
淡麗といふべき鮎は匹見から 飴山實 『次の花』
清瀧や夕月かけて小鮎飛 弄我
渋鮎の着きし厨の真暗がり 前田普羅 新訂普羅句集
渋鮎の腹沙噛む夜寒かな 菅原師竹句集
渋鮎を灸り過たる山家哉 高井几董
渋鮎を焼く入口の炉をまたぐ 前田普羅 新訂普羅句集
湧水のつぶやき聞きに鮎群るる 関森勝夫
滾つ瀬や産卵の鮎閃々す 橋本夢道 無類の妻
潜り出て鮎を得ざりし鵜の顔よ 西東三鬼
澄口の鮎釣あはれ草の岸 滝井孝作 浮寝鳥
激つ瀬につんぼとなりて鮎を釣る 下村梅子
激流へ激流へ圧勝の鮎香を発す 橋本夢道 良妻愚母
激流をあらがひぬくかのぼり鮎 銀林晴生
激流を鮎の竿にて撫でてをり 阿波野青畝(1899-1992)
瀬に立ちて白鷺鮎を見逃さず 滝波園子
瀬の流れ腰で頒ちて鮎を釣る 小田実希次
瀬の鮎の琵琶湖生れはよく育ち 都馬北村
炉挿し鮎簗の夕時待つ間あり 石川桂郎 高蘆
炉火親しさびまさりたる串の鮎 西島麦南 人音
焼鮎の膳より吹かれ箸袋 桂信子 黄 瀬
煮びたしや朝おそろしき鮎の貌 高橋睦郎 荒童鈔
熊野の椰とどきて其の夜鮎を焼く 長谷川かな女 花寂び
猫髭の大臣ありしよ鮎を食ふ 堀口星眠 樹の雫
獺にもとられず小鮎釣り来し夫をかし 杉田久女
玉川や小鮎たばしる晒し布 子規句集 虚子・碧梧桐選
玉盤の鮎うつ音や青簾 寺田寅彦
生き鮎の鰭をこがせし強火かな 杉田久女
生簀鮎地獄極楽うごめける 松村多美
生臭き日や夜に入る鮎の川 岸田稚魚
産土のひろき木蔭の囮鮎 大峯あきら
田植笠鮎解禁の洲にそろふ 萩原麦草 麦嵐
画かれし二匹の鮎や夏暖簾 北川 与志昭
病む母に盆殺生の鮎突けり 新井盛治
病床に鮎食ふ夫を見了んぬ 石田あき子 見舞籠
白晝の夢のなかばに鮎とんで 田中裕明 花間一壺
白藤や猶さかのぼる淵の鮎 高井几董
盆花を流して鮎を悲します 石田勝彦 秋興
盆過ぎの数となりけり鮎の竿 石田勝彦 秋興
目は雲をおふ渋鮎をくうてなり 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
眉たてて鮎の川読む鮎釣師 平井さち子
県北の道志川(どうし)鮎釣始まれり 高澤良一 素抱 四月-六月
石あをきあはひつぎつぎ鮎のぼる 川島彷徨子 榛の木
石につく鮎に明るき杉丸太 宇佐美魚目 秋収冬蔵
石像の如く鮎釣瀬を踏まへ 植木露光
石垢に猶くひ入や渕の鮎 向井去来
石見路のしぐれやすさよ子持鮎 飴山實 少長集
祖谷炭の音のかろさや鮎を焼く 深川正一郎
祖谷炭の音のかろさよ鮎を焼く 深川正一郎
秩父に死す囮鮎取扱所主人 武田仲一
稚な鮎死にたる数をひからしめ 福永耕二
種鮎に水打ち終へし夕心(種鮎とはおとり鮎のこと) 『定本石橋秀野句文集』
稿料のすこしはひりぬ鮎を焼く 佐伯哲草
積藁の据り雨鮎名残る時 廣江八重櫻
竿引けばあはれなすまま囮鮎 猿橋統流子
笹解けば真白き米や鮎の鮓 鈴鹿野風呂 浜木綿
筏過ぎて水澄めり又小鮎かな 雉子郎句集 石島雉子郎
箱眼鏡みどりの中を鮎流れ 宇佐美魚目(1926-)
箸先に雨気孕みけり鮎の宿 岸田稚魚
簗打ちし音の最中も鮎はしる 石 寒太
簗見せるための一灯鮎料理 青葉三角草
籠の鮎弓の如くに反りしかな 温亭句集 篠原温亭
紀の川に貴志川落る小鮎かな 仲岡楽南
紫陽花に奥も間数や鮎料理 東國 泉天郎、岡田葵雨城(平安堂)編
細鮎のそよと逃げたる夜振かな 比叡 野村泊月
縄張りは釣糸のうち囮鮎 村上洋子
美しく反りつつ鮎の釣られたる 上野泰(1918-73)
腹子の黄金のようなのも鮎のさびよう 荻原井泉水
舟べりにのぞく深水を鮎通る 篠原梵 雨
花の散る拍子に急ぐ小鮎哉 一茶 ■文化七年庚午(四十八歳)
花小鳥もぐらも鮎も今日メーデーに合唱す 橋本夢道 無類の妻
花曇飴煮の鮎の釜吹きて 古賀まり子 緑の野以後
若鮎に朝日さばしる杉の山 大串章
若鮎のあはれひれさへととのへし 阿片瓢郎
若鮎のうさん臭きを放ちけり 櫂未知子 蒙古斑
若鮎のうす墨の香を一夜の灯 渡辺桂子
若鮎のひかりを水にもどしけり 吉野俊二
若鮎の二タ手になりて上りけり 正岡子規
若鮎の二手になりて上りけり 獺祭書屋俳句帖抄上巻 正岡子規
若鮎の光る水さへ胸痛む 百合山羽公 故園
若鮎の小石かくれにこゝかしこ 鳴雪句集 内藤鳴雪
若鮎の川はうねうね白神岳ヘ 佐々木とみ子
若鮎の強火に反りて木曾の宿 鷹羽狩行
若鮎の影一燈に流れけり 石田阿畏子
若鮎の波打つさまに焼かれたる 永島靖子
若鮎の瀬につく水の浅きかな 守水老遺稿 寺野守水老
若鮎の無数のひかり放流す 和田祥子
若鮎の生きの伝はるたなごころ 加藤知世子
若鮎の白浪ものが美しき 筑紫磐井 婆伽梵
若鮎の遡上うながす岳の雨 野原春醪
若鮎の釣らるる糸も光りつつ 立石勢津子
若鮎の雲母走りや土佐一宮 山地春眠子
若鮎の飴煮つめゐる小暗きに 加藤耕子
若鮎の魚籠を狭しと跳ねにけり 藤井寿江子
若鮎の鰭ふりのぼる朝日かな 蓼太
若鮎やうつつ心に石の肌 稲津空 (いなずぎくう)(1663-1733)
若鮎や国有林にけむり立つ 中拓夫
若鮎や水さへあれば岩の肩 炭 太祇 太祇句選後篇
若鮎や波のすれあふ波の音 古館曹人
若鮎や瀬音つのれる南朝址 高橋好温
若鮎や生家は水の音ばかり 高野ムツオ
若鮎や背すじゆるさぬ身のひねり 井上井月
若鮎や谷の小笹も一葉行く 蕪村
若鮎や道は高きに峡の川 松根東洋城
若鮎を凝つと見ている男傘 山口 剛
若鮎を焼いて八方不義理かな 笠川弘子
若鮎を身ぬちに棲ませ早瀬波 鍵和田[ゆう]子
若鮎を鮎苗と呼び近江かな 上原 はる
茶はつまで身をうち川の小鮎汲 芙蓉花
草かげに沈めてありし鮎の籠 長谷川 櫂
草の葉も入れて活けおく小鮎かな 松本翠影
菅笠のあほむくは鮎釣れるとき 高澤良一 ぱらりとせ 夏
葉に載せて啖はむこれが桜鮎 西村和子 かりそめならず
葛の花瀬つきの鮎に近寄れず 石川桂郎 高蘆
蓑つけて主出かけぬ鮎汲みに 高濱虚子
薄月にこみあふ風呂や鮎の宿 宮武寒々 朱卓
薄絹の水のおぼろや小鮎汲 西山泊雲
藻の香してすなはち鮎をたうべけり 飴山實
行くさきのあるごとし鮎のぼりつぐ 岡田銀渓
街道の月のまろさに鮎を焼く 木村蕪城 寒泉
裏木戸に一番釣りの鮎届く 秋山とみ江
裏窓に葎せまれり鮎番屋 野沢節子 八朶集以後
見のがして下の魚めける通し鮎 能村登四郎 天上華
見ればただ水の色なる小鮎哉 正岡子規
解禁のその日の鮎を見舞とす 梶尾黙魚
話さへかぐはしくなる鮎合せ 飴山實 『次の花』
谿底に鮎釣人か豆粒大 高澤良一 随笑 七月-九月
足許の石に来てゐる鮎夕ベ 滝井孝作 浮寝鳥
跳ねしまま焼かれて鮎の軽さかな 林 享子
道三つあつまる辻の囮鮎 大峯あきら 鳥道
遠き日の鮎は銀器の残光を 吉田紫乃
遠く来て鮎のあたまも食べにけり 細川加賀 生身魂
遠山にまた来し雪に鮎を汲む 松下 芳子
遠山に雪のふたたび小鮎波 鷲谷七菜子 花寂び 以後
還るべき山に囲まれ鮎料理 手塚美佐
那珂川のことしは寒き鮎のかほ 黒田杏子 一木一草
酒旗高し高野の麓鮎の里 高浜虚子
野薔薇咲き万葉よりの鮎どころ 大島民郎
釣りあがる一血痕の鮎の口 中拓夫
釣りあげし小鮎の光手につつむ 下村非文
釣り上げし鮎と焼かれて囮鮎 相馬沙緻
釣り上げし鮎のいのちのしたたれり 高橋悦男
釣師らに鮎解禁の闇うづく 白岩てい子
釣竿に鮎のあはれや水はなれ 立花北枝
銀河冴ゆ腸ぬいて細る鮎 長谷川かな女 牡 丹
鑑札も竿も借りもの鮎かくる 佐々木星輝
長き竿手に余さずに鮎釣れり 茨木和生 野迫川
門前の茶屋賑ひて鮎の頃 紺井 緑
阿波土佐へ岐るゝ谿の鮎の宿 松本浮木
雑魚釣れり鮎解禁を待ちきれず 福本修一
雨にやる遊船もあり小鮎飛ぶ 河東碧梧桐
雨はみどり放流の鮎瀬になじみ 金子 潮
雨やみて山あざやかや鮎の宿 滝井孝作 浮寝鳥
雨降れば雨にけぶりて鮎掛くる 後藤比奈夫 金泥
雨雲に触れなむあたり鮎打てる 岸田稚魚 『萩供養』
面白や鮎さばしると舞ひの袖 会津八一
風の中鮎刺のとり落すもの 橋田憲明
風呂を出て裸のままに鮎を焼く 橋本鶏二 年輪
風物詩鮎解禁の報載れり 高澤良一 素抱 四月-六月
飛ぶ鮎の底に雲ゆく流かな 鬼貫
飯桶を伏せて鮎鮓休みの日 後藤夜半 底紅
飴煮鮎買ふや近江は余花曇 古賀まり子
養魚池に日のよく当る小鮎かな 癖三酔句集 岡本癖三酔
高僧の隠れ遊びや鮎の宿 沢木欣一 往還
高鳴りの奔流めがけ囮鮎 吉井竹志
鮎、鰺をむしるがごとくむしりけり 久保田万太郎 流寓抄以後
鮎いまだ上らずといひぬ多摩の里 子規句集 虚子・碧梧桐選
鮎かかり来しよろこびを押しかくす 右城暮石(1899-1995)
鮎かけの早瀬に堪へて竿振れり 高浜年尾
鮎かけや分水嶺に雷遠し 冬葉第一句集 吉田冬葉、伊藤月草編
鮎くだる山幾重にも澄みゐたる 龍太
鮎くむや桜うぐゐも散花も 加舎白雄
鮎くれてよらで過ぎ行く夜半の門 蕪村
鮎さげて鳥居の下の明るみに 田中裕明 花間一壺
鮎さしてゐるおとがひのくらさかな 中田剛 竟日
鮎さしの鳴く音も雨の多摩河原 富安風生
鮎さびて石とがりたる川瀬哉 乙州
鮎ずしの菜の花漬も吉野かな 角川春樹 夢殿
鮎ずしの酢が馴れてくる天城の夜 萩原麦草
鮎たべてかなしからねど磧 神尾久美子 桐の木
鮎たべてけむりのような齢でいる 杉浦臥竜子
鮎たべてそつと重たくなりにけり 阿部完市
鮎と少年不思議なるもの胸に翔つ 仙田洋子 橋のあなたに
鮎と酒食べ根の国の人となる(立久恵峡) 角川源義 『冬の虹』
鮎どきの佳き風のくる酒匂川 高澤良一 素抱 四月-六月
鮎にぎる掌に水刃としたたる 長谷川かな女 花寂び
鮎に打つ粗塩日照雨過ぎにけり 続木かよ子
鮎に振る塩さらさらと笹のうへ 南うみを
鮎に添ふ蓼酢は玉の彩に出て 大野雑草子
鮎のぼる川音しぐれと暮れにけり 石橋秀野
鮎のぼる母の俊足見しことも 新井娃子
鮎のぼる水瀬の茨散りやまず 西島麦南 人音
鮎のみて吐き出す仕草二度もせし 細見綾子 黄 炎
鮎のわたそそのかされて酔ひにけり 中村苑子
鮎の丈日に延びつらん病んでより 夏目漱石 明治四十三年
鮎の口しかと毛針をくはへたり 滝井孝作 浮寝鳥
鮎の塩ほろりと落ちし膝の上 原コウ子
鮎の子の白魚送る別れ哉 松尾芭蕉
鮎の子の花屑の色に染みにけり 伊藤観魚
鮎の宿おあいそよくて飯遅し 山口青邨(1892-1988)
鮎の宿おちつきざまに大炉の火 木村蕪城 寒泉
鮎の宿去るべくとして今日もあり 雑草 長谷川零餘子
鮎の宿塗は春慶づくしかな 阿波野青畝
鮎の宿夜道して行く人の声 瀧井孝作
鮎の宿岐阜提灯の夜となりぬ 吉屋信子
鮎の宿戸障子とばす風の吹く 阿部みどり女 笹鳴
鮎の宿新月に上ぐ風呂煙り 宮武寒々 朱卓
鮎の宿竹瓮行灯部屋ごとに 茂里正治
鮎の川大石影に一ト睡り 瀧井孝作
鮎の川播磨の国を大曲り 加藤三七子
鮎の川球磨へ球磨へと山重ね 佐藤艸魚
鮎の川石を焦せし焚火跡 棚山波朗
鮎の川西日になりて賑へる 孝作
鮎の性知つて友釣りのジキル達 遠藤亭々子
鮎の斑の卵色なるつかれかな 志城柏
鮎の瀬にふたたび時の流れだし 田中裕明 櫻姫譚
鮎の瀬に向く歯科の窓靴干せる 宮武寒々 朱卓
鮎の瀬に撓ひて男立てりける 上野さち子
鮎の瀬に漬けし蚕莚渡しけり 前田普羅 飛騨紬
鮎の瀬に顔つきだして月の痩 田中裕明 花間一壺
鮎の瀬のたぎちに干せる蒲団かな 岸風三楼 往来
鮎の瀬の何の笹竹寺泊り 宇佐美魚目 天地存問
鮎の瀬の夕かげ町の芥捨てに 右城暮石 声と声
鮎の瀬の水音ばかり暮れてをり 津村典見
鮎の瀬の音の暮れゆく天狗岩 犬飼孝昌
鮎の瀬は遠音あぐるや蚕仕度 前田普羅 飛騨紬
鮎の瀬へ下りる草履の社務所にも 後藤比奈夫 初心
鮎の瀬や茂りに潜む月を見し 雑草 長谷川零餘子
鮎の瀬を教へて戻る山仕事 小早川恒
鮎の瀬を日照雨のすぎしあかるさよ 仁雨
鮎の瀬を知りつくしたる夜網打つ 松尾緑富
鮎の炉の火かげとゞかず深雪の戸 前田普羅 飛騨紬
鮎の炉や霜焼の子は掌を抱く 前田普羅 飛騨紬
鮎の登る川風寒し二十日月 井月の句集 井上井月
鮎の皿膝にしていかにも膝をまじえての舟の中(桂川) 荻原井泉水
鮎の簗とどめは冷えし西瓜かな 佐治玄鳥
鮎の籠雑木の坂を帰るなり 滝井孝作 浮寝鳥
鮎の肌いまひらひらと吉野川 中島双風
鮎の背に一抹の朱のありしごとし 石鼎
鮎の脊に一抹の朱のありしごとし 原石鼎
鮎の腸 つついて 中年流儺の箸 伊丹三樹彦 覊旅句集三部作 島嶼派
鮎の腸口をちひさく開けて食ふ 川崎展宏(1927-)
鮎の腸抜く夜半すこし声かすれ 長谷川秋子
鮎の膳明るいとこへ運ばせる 林原耒井 蜩
鮎の里沿ひゆく旅となりしかな 高木晴子 花 季
鮎の香のなまめしきままつきにけり 室生犀星 犀星発句集
鮎の香の厨小暗き吉野建 高橋好温
鮎の香や母やすらかにふるさとに 桂信子 黄 瀬
鮎の香や膳の上なる千曲川 東洋城
鮎の骨強き吉野の坊泊り 百合山羽公
鮎の魚籠つよきみどりのまじりけり 田中裕明 櫻姫譚
鮎はあれど鰻はあれど秋茄子 正岡子規
鮎はこぶ温泉山のリフト月さしぬ 宮武寒々 朱卓
鮎は子を胸に抱くなりひとり旅 殿村菟絲子 『路傍』
鮎は影と走りて若きことやめず 鎌倉佐弓 潤
鮎は瀬に人は噂の淵に住む 佐藤春夫 能火野人十七音詩抄
鮎ほぐすさびしさや夫うしなひし 加藤三七子
鮎やつれゐし極月の熊野川 茨木和生 三輪崎
鮎をやく山ざとならば寒からん 室生犀星 犀星發句集
鮎をやく青焔台風近づきぬ 柴田白葉女 遠い橋
鮎を焼くをんな秋草の浴衣着て 渡邊水巴 富士
鮎を焼く木炭こぼし茶店留守 高井北杜
鮎を焼く火のちら〜と磧かな 小山白楢
鮎を焼く灰をならして無愛想 石田郷子
鮎を焼く目ひらく如き星が出て 有馬籌子
鮎を焼く青焔颱風近づきぬ 柴田白葉女
鮎を焼く齢しづかにゐてふたり 廻富士野
鮎を煮て夜のにほひの一軒家 黒田杏子 水の扉
鮎を煮て鮎屋の嬶座暦かな 加藤耕子
鮎を食ふおのれのときのつかのまに 古館曹人
鮎上り初めたる水の色となる 北川一深
鮎並でありし覗かせ貰ふ魚籠 高澤良一 素抱 十月-十二月
鮎供養飯しらじらと沈みけり 有働亨 汐路
鮎刺に酔ひて心の泳ぐなり 藤井彰二
鮎刺の鳴く音も雨の多摩河原 富安風生
鮎刺や三時の川の底あかり 山上樹実雄
鮎刺や五月は沼の禁漁期 荒川あつし
鮎刺や夕日に雫曳きあがる 出牛青朗
鮎吐きし鵜のしばらくは嘴あけて 北見さとる
鮎喰ひて鮎の流れに添ひて寝る 川井玉枝
鮎宿に着きし頃より雨激し 井上 たか女
鮎宿に絶やさぬ火あり飯食はな 橋本榮治 逆旅
鮎宿の瀬への近道ありにけり 山下美典
鮎宿の石垣高き遅ざくら 遠藤梧逸
鮎宿の色紙吉川英治かな 岩崎照子
鮎宿の遠き厠に雨の中 遠藤梧逸
鮎寿司のその背にのこる星の色 山崎時二
鮎小あゆ花の雫を乳房かよ 山口素堂
鮎帰る山河みどりを尽しけり 福田甲子雄
鮎打つと中州を末の水荒るる 石川桂郎 四温
鮎打つや天城に近くなりにけり 石田波郷
鮎打つや石見も果ての山幾つ 石橋秀野(1909-47)
鮎掛くる高嶺の入日仰ぎをり 橋本鶏二 年輪
鮎掛けて朝から雷を聞く日かな 雑草 長谷川零餘子
鮎掛に話しかくれば京言葉 鈴鹿野風呂 浜木綿
鮎掛のぶつぶつ言うて飯食へる 波多野爽波 『骰子』
鮎掛の反らす蹠に青嶺立つ 橋本鶏二
鮎掛の巌を路める草鞋かな 橋本鶏二 年輪
鮎掛の巌下りつたふ裸かな 橋本鶏二 年輪
鮎掛の移りし水の月明り 阿部みどり女 笹鳴
鮎掛や前山昃る一と嵐 楠目橙黄子 橙圃
鮎掛や浅間も低き山の中 碧梧桐
鮎掴む簗の生簀のしぶき浴み 石川桂郎 高蘆
鮎放流早きは既に瀬をのぼる 寒川逸司
鮎料理夜空は秋のけしきかな 増田龍雨 龍雨句集
鮎桶や水玉おどらし馳けり担き 楠目橙黄子 橙圃
鮎汲て花の夕ぐれと成にけり 妻木 松瀬青々
鮎汲に童が流す草の花 米沢吾亦紅 童顔
鮎汲の*たも網の長柄のよくしなふ 木全篝火
鮎汲の終日岩に翼かな 蕪村
鮎汲の背に風除の蓆幡 村上冬燕
鮎汲みて遠き父祖より世捨人 堀口星眠 青葉木菟
鮎汲みにみぞるる波のうちやまず 角田拾翠
鮎汲みに鉄路の野ばら暮れのこる 宮武寒々 朱卓
鮎汲みや喜撰ヶ嶽に雲かかる 几 董
鮎汲みや桶に挿める岩つつじ 松瀬青々
鮎汲も酣ならむ廂かげ 宇佐美魚目
鮎汲や夕冷早く峡を占め 徳永山冬子
鮎汲や比良も伊吹も薄曇 野原春醪
鮎汲や糧をわすれし巌たかき 飯田蛇笏 山廬集
鮎汲や裾しぼりゐる砂利の上 松香
鮎汲を見てゐて童殖え来る 米沢吾亦紅 童顔
鮎汲ミや喜撰ヶ嶽に雲かゝる 几董
鮎活けて朝見んを又た灯ともしぬ 河東碧梧桐
鮎減つて村に一女が誕生す 橋本昭一
鮎溜めて蜂の巣城下秋暑し 小林康治 玄霜
鮎漁のしるべも多摩の床屋かな 飯田蛇笏 山廬集
鮎焦げて磧一国なせりけり 吉田紫乃
鮎焼いていつまでもある潦 神尾久美子 桐の木以後
鮎焼いて供ふる忌日なりしかな 長谷川かな女 雨 月
鮎焼かむ木ッ端を集め来たりけり 西村和子 かりそめならず
鮎焼きしよべの蝋涙板の間に 安斎櫻[カイ]子
鮎焼きし大炉の灰に雪あかり 前田普羅 飛騨紬
鮎焼きし男の匂い火照るかな 岡本政雄
鮎焼きて残る火赤し時鳥 雑草 長谷川零餘子
鮎焼きの炉辺の雪沓うつくしき 前田普羅 飛騨紬
鮎焼くや大円の月のぼりつつ 中村明子
鮎焼くや底抜け降りの山の雨 橋本榮治
鮎焼くや月は後山にありながら 田中裕明 櫻姫譚
鮎焼くや葛を打つ雨また強く 富安風生
鮎焼くや醫通ひ夫も帰るころ 石田あき子 見舞籠
鮎狩の背中ばかりを見て通る 上田日差子
鮎狩や雲の那須野に分け入りて 渡辺恭子
鮎獲りのけむりのごとき人なりき 森下草城子
鮎獲りの歩きて濤にとどまらず 古館曹人
鮎田楽力士の大き手形見て 大木あまり 火球
鮎看るべく流聴くべく渓の石 尾崎紅葉
鮎稚し空より淵の澄めるかな 『定本石橋秀野句文集』
鮎突きの白き褌のすぐ干され 宇佐美魚目 天地存問
鮎突くや矢を射る水のすき間より 尾崎紅葉
鮎簗に打敷くものに葛の花 八木林之介 青霞集
鮎粥のはじける米を箸の先 星野柵彦
鮎粥の鮎一片の光りかな 山田みづえ 草譜以後
鮎網を客間に吊し冬籠 伊藤いと子
鮎群るるといふを覗くに風匂ふ 原田種茅 径
鮎育つそだつ天気や豆の花 大場白水郎
鮎育つ〜天気や豆の花 白水郎句集 大場白水郎
鮎膾山雨弾みて到りけり 山口草堂
鮎舟の棹城壁にあづけたる 大岳水一路
鮎舟の淦汲みくれぬ仮渡し 楠目橙黄子 橙圃
鮎苗の生簀に透きて雨上る 田中英子
鮎若き禁漁の桜咲く 河東碧梧桐
鮎若く呼ばるるごとく遡る 八木荘一
鮎若し垂直に串呑まさるる(富士山麓三句) 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
鮎茶漬日照雨がうしろ通りけり 石田小坡
鮎菓子をつゝむ薄紙はなぐもり 長谷川双魚 風形
鮎解禁の刻まつ竿を並べけり 極東詩魔子
鮎解禁一川ひびきわたるなり 天野莫秋子
鮎買ひに助役来てをり簗番屋 小原菁々子
鮎走る見えて深さの測られず 原田種茅
鮎釣つて鮎売りつくし今日終る 中村苑子
鮎釣に畑のもの焼く煙かな はりまだいすけ
鮎釣に脂粉の女来て跼む 松村蒼石 雪
鮎釣のいかに渡りし巌かな 比叡 野村泊月
鮎釣のしばらく流れ窺へる 深見けん二
鮎釣のどんどん川を下りけり 田中裕明 山信
鮎釣のひとりひとりに川流れ 今井千鶴子
鮎釣の傘背負ひたつ中瀬かな 比叡 野村泊月
鮎釣の出足そがるゝ空のいろ 高澤良一 素抱 四月-六月
鮎釣の攻めて瀬波のたつところ 石嶌岳
鮎釣の瀬をはさみ立ち目の合はず 藤原たかを
鮎釣の立つはなれ岩しぶきをり 山下竹揺
鮎釣の竿一文字横に張り 高浜年尾
鮎釣の竿頭無我の境を羨む 大谷句佛 我は我
鮎釣の簑脱ぎ捨つる岩の鼻 寺田寅彦
鮎釣の腰の厚さよ早瀬波 草間時彦 櫻山
鮎釣の腰を真白に水たぎつ 柳芽
鮎釣の雨暗も竿納めざり 高澤良一 ぱらりとせ 夏
鮎釣やカヌーの早瀬遠からず 瀧 春一
鮎釣や学僧が詩に他ならず 尾崎迷堂 孤輪
鮎釣や野ばらは花の散りやすく 篠田悌二郎
鮎釣や降り照る笠をかぶりきり 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
鮎釣や鰍かかれば瀬にもどし 木津柳芽 白鷺抄
鮎釣らず鮎の影せし水掬ふ 百合山羽公 寒雁
鮎釣りに遠山の風樹々の風 桂信子 黄 瀬
鮎釣りの人声近く露天風呂 伊阪美祢子
鮎釣りの景に身を置き無辺際 小檜山繁子
鮎釣りの竿の並んでまだ昏れず 滝戸 蓮
鮎釣りの背が透けてゆく 昼さがり 伊丹公子
鮎釣るや奔流腿で押しつづけ 庄中健吉
鮎釣るや松明らかに笠の上 碧雲居句集 大谷碧雲居
鮎釣れぬ夫に天城の鮎の菓子 関 千恵子
鮎食うて旅の終りの日向ある 金子兜太
鮎食うて月もさすがの奥三河 澄雄
鮎食うて生臭き口鵜舟待つ 野澤節子 黄 炎
鮎食つて峡の一本道帰る 辻田克巳
鮎食ふてゐて人の世に遅れけり 今瀬剛一
鮎食ふや旅の一夜を雨に遇ひ 池田秀水
鮎食ふや雨音を身にふりかぶり 耕二
鮎食べてかなしきまでに山の冷 秋山幹生
鮎食べてエレベーターにて昇りけり 五島高資
鮎食べて旅の太宰忌重からず 中村明子
鮎食べて父母の山河をまだ訪はず 関戸靖子
鮎食みて祭囃子に心急く 伊藤いと子
鮎鮓に染付の藍匂ふかな 田阪笑子
鮎鮓に茶の芳しき夕かな 高田蝶衣
鮎鮓の駅の山北清水かな 野村喜舟 小石川
鮎鮓の高値戦後も古りにけり 徳永夏川女
鮎鮓や吉野下りて六田の宿 冬葉第一句集 吉田冬葉
鮎鮓や多摩の晩夏もひまな茶屋 飯田蛇笏 山廬集
鮎鮓や山に咲くもの見つつゐて 関戸靖子
鮎鮓や梢の揺らぎ日のゆらぎ 晏梛みや子
鮎鮓や生きてよし野の瀧の魚 森鴎外
鮎鮨の笹に泳ぎし姿かな 今泉貞鳳
鮎鮨の鮨にも顔のありにけり 江口千樹
鮎鮨やひとたび去りし雷戻り 石田あき子 見舞籠
鮎鮨やふるき厨にみやこぶり(牛尾夫人へ) 『定本石橋秀野句文集』
鮎鮨や吉野の川は水痩せて 佐藤鬼房
鮎鮨や子に川筋の話など 今泉貞鳳
鮎鮨や山を幾重にわが母郷 近藤一鴻
鮎鮫や風のをろぬき枝の花 調川子 選集「板東太郎」
鮎鷹に黛ひくゝ多摩の山 上林白草居
鮎鷹の一閃に水蒼むかな 窪田佳津子
鮎鷹の一閃青嶺澄みにけり 土山紫牛
鮎鷹の日すがら去らず蘆の天 三好達治 路上百句
鮎鷹や枝川を出る屋形舟 大橋越央子
鵜の嘴にて鮎渾身の青一跳ね 加藤知世子 花寂び
鵜の嘴に躍れる鮎の篝映え 鈴鹿野風呂 浜木綿
鵜の嘴の鮎を一呑みする長さ 山下美典
鵜の觜をのがれのがれて鮎さびる 一茶
鵜を馴らす鮎解禁の近き瀬に 松尾緑富
鵜匠より金色の鮎抛げもらふ 西本一都 景色
麦枯れて鮎の水上夕映えぬ 石原舟月 山鵲
黎明のひとりを加ふ鮎解禁 嶋田麻紀
●岩魚
さみだれや襦袢をしぼる岩魚捕り 渡辺水巴 白日
だんだんと水の高なる岩魚釣 高澤良一 ぱらりとせ 夏
とうさんが岩魚釣るまで帰れない こしのゆみこ
ひとすじの煙の青さ岩魚捕 宇多喜代子
ひとり酔ふ岩魚の箸を落としたり 石川桂郎
まはりより苔這ひ上り岩魚小屋 大木格次郎
まれびとにまゐらす酒と瀬の岩魚 竹中九十九樹
みなそこの岩魚に憂の日もあるや 細谷源二 砂金帯
よく釣れる岩魚に峡の昏れてきし 児島倫子
串伝ふ脂の光り岩魚焼く 深見けん二
二三顆のあけびさげたる岩魚釣 飯田蛇笏 春蘭
五月来ぬ岩魚の錆も磨かれて 小林黒石礁
何もなきもてなしにとて岩魚焼く 福田杜仙
修行場の岩かげ碧し岩魚棲む 面地 豊子
古るまゝに葛がくれなり岩魚小屋 水原秋桜子
四国三郎源流近し岩魚小屋 石原義輝
囲む火に岩魚を獲たる夜はたのし 石橋辰之助 山暦
奥入瀬に岩魚になりて住みたくて 高木晴子 晴居
奥穂高大雨らしや岩魚釣る 板谷芳浄
女神川岩魚栖む香に山を縫ふ 橋本鶏二
山桑の花咲く頃の岩魚狩 高野素十
岩陰にかくれて久し岩魚釣 松本豊
岩魚あり酒なき膳の箸を割る 本田一杉
岩魚つる岸べのよすず実をそめぬ 飯田蛇笏 春蘭
岩魚の斑みどりさす夏来むかへり 千代田葛彦 旅人木
岩魚の瀬すこし上ミ手に山女の瀬 高澤良一 素抱 四月-六月
岩魚ほか御好意の膳余し得ず 石川桂郎 高蘆
岩魚よし白檜の箸よし温泉の宿り 田中冬二 俳句拾遺
岩魚売浮世の秤手にはせる 鈴鹿野風呂 浜木綿
岩魚捕り二人となりし焚火かな 佐野青陽人 天の川
岩魚棲む上下を断ち地獄溪 福田蓼汀
岩魚棲む沢音高き禁漁区 宮田俊子
岩魚棲む渓流よぎり馬柵はあり 福田蓼汀 秋風挽歌
岩魚焼き夏炉よごれてゐたりけり 水谷芳子
岩魚焼くうすくれなゐの炭火かな 佐川広治
岩魚焼く合掌梁へ煤あげて 小林千草
岩魚焼く塩こぼれけり石の上 堀端蔦花
岩魚焼く山国の星瞭かに 西村公鳳
岩魚焼く泳ぐ形に串刺して 神蔵器
岩魚焼く火のさかんなり瀞の闇 石橋辰之助 山暦
岩魚焼く炉辺に引き寄せられにけり 鈴木貫一
岩魚焼く爐のほとりなる夜の秋 篠田悌二郎
岩魚焼く短かき刻を待ちにけり 辻桃子
岩魚焼く荒塩まんなかから凹む 蓬田紀枝子
岩魚籠どさと置かれて山の影 下田稔
岩魚酒酌みし機嫌の安曇節 小林碧郎
岩魚釣る奥はとざせる沢の雲 水原秋櫻子
岩魚釣歯朶の葉揺れに沈み去る 石橋辰之助 山暦
岩魚釣水濁さずに歩きけり 茨木和生
岩魚釣石菖深く座を求む 楠目橙黄子 橙圃
岩魚釣雷除け護符の背にゆれて 白川 節子
岳人の朝ひとゝきの岩魚釣り 望月たかし
峠越すバスにつけたる岩魚籠 鈴鹿野風呂 浜木綿
川渡る蛇に岩魚の喰ひつけり 滝沢伊代次
川音す雪代岩魚皿にのせ 森澄雄
徒渉する腰の高さを岩魚の斑 伊藤いと子
戸隠の神の炉に焼く岩魚かな 宮下翠舟
新月のさすより岩魚つり惜しむ 飯田蛇笏 雪峡
旅人に昨日は岩魚今日は鮎 森田峠 避暑散歩
月の出を雪しろ岩魚箸の尖 佐野美智
木がくれに見えて岩魚のよく釣れる 比叡 野村泊月
木曽宿や岩魚を活かす筧水 鈴鹿野風呂 浜木綿
横たはる梁やさびゆく串岩魚 米澤吾亦紅
淡雪や岩魚骨酒二合ほど 田中裕明 櫻姫譚
溪流に洩れ日の揺れる岩魚小屋 由良つや子
滝の音岩魚焼く火の暮れ残り 古賀まり子
激つ瀬の落合ふ渦や岩魚釣 湯目孝風
炉けぶりに伏して岩魚を焼きゐたり 松藤夏山 夏山句集
炭取とならび老いゆく岩魚取 加藤楸邨
熱燗や炉辺の岩魚も焼加減 樋笠文
百姓のうりに来りし岩魚かな 銀漢 吉岡禅寺洞
石狩の岩魚を炙る石積めり 長谷川かな女 雨 月
秋つばめ岩魚の塩のひかるほど 中拓夫 愛鷹
秋の風岩魚は串にさゝれけり 白水郎句集 大場白水郎
秋口の雨にぬれたる岩魚釣 飯田蛇笏 春蘭
穂高岳真つ向うにして岩魚釣 石橋辰之助 山暦
竹箸に燃えうつる火や岩魚焼く 橋本鶏二 年輪
絶壁に身をへばりつけ岩魚釣 楠目橙黄子 橙圃
自在鉤に吊る蚋いぶし岩魚小屋 岸原枯泉
花もろとも擬宝珠を刻む岩魚汁 小林黒石礁
花葛の雨に立ち濡れ岩魚釣 水原秋桜子
蚊火消ゆや今宵も岩魚焼く火見ゆ 石橋辰之助 山暦
見事なる生椎茸に岩魚添へ 高浜虚子
谷二つ落ち合ふところ岩魚釣る 高木 一水
貂を捕る岩魚一匹がけにして 茨木和生 野迫川
長梅雨の瀬のさだめなく岩魚釣 石橋辰之助 山暦
霧に沈む笠岳岩魚焼かれゐて 及川貞 夕焼
青翳もたましいも打つ岩魚挿 山中葛子
青虫を呑みし岩魚の脂鮨 高垣美恵子
頼みおきし岩魚も膳に山の宿 目黒寿子
飛騨山の霊につかれて岩魚つる 鈴鹿野風呂 浜木綿
高西風に吹かれて飄と岩魚釣 飯田蛇笏 春蘭
黒椀に岩魚の酒を廻し呑む 角川照子
●山女
*かんじきの踏みあと辿り山女釣 蓑和松徑
けざやかに口あく魚籃の山女魚かな 飯田蛇笏 霊芝
ちりぢりに雪代山女釣りにけり 古舘曹人 樹下石上
ランプの下に山女は骨を透かせけり 長谷川かな女 雨 月
ランプの彩こぼれて串の山女かな 近藤一鴻
ランプの灯によくよく見えし山女魚の斑 長谷川かな女 雨 月
一尾の山女魚を獲たる炉火おこす 木村蕪城 一位
上流のその上流の山女かな 京極昭子
世のことを雪代山女焼きつゝも 飴山實 『次の花』
丹生川の奥の山女に古歌のなし 長谷川かな女 花 季
分校をのぞいてゆきし山女魚釣り 小川 背泳子
動きしは落葉山女魚か渓暮れゆく 篠田悌二郎
受く訃報眼前の山女魚喪の輪なす 岩田昌寿 地の塩
吹かれては山女を散す葛のひげ 飴山實 辛酉小雪
塩打てば十四五匹の山女の歯 野呂田稔
夕焼の赤き山女を岩にならべ 瀧春一 菜園
夜の明けぬ沢へ踏み入る山女釣 杉戸むさ志
大串に山女魚のしづくなほ滴るる 飯田蛇笏
大杉を忘れたりしよ山女食ふ 金田咲子 全身 以後
大粒の雨が肘打つ山女釣 飯田龍太
奥蝦夷へ山女釣りにと行く漢 高濱年尾
客あれば鉱泉沸かし山女焼き 石川星水女
山女の斑明らかに水の底ゆけり 大谷碧雲居
山女の斑見えきて夕日すでになし 下田稔
山女焼くとは大方は塩を焼く 後藤立夫
山女焼く古き火色を囲みけり 山田弘子
山女焼く框は冷たかりしかな 森田峠
山女稚魚聰くて夏の日を揺れり 柴田白葉女
山女突く少年厳の香を放ち 三森鉄治
山女竿つなぐや水の暁けいそぐ 望月たかし
山女釣けふの釣果をこぼしけり 高澤良一 燕音 八月
山女釣より戻りきし濡鼠 清崎敏郎
山女釣りにはかに暮るる厚別 古舘曹人 砂の音
山女釣りのぼりゆくばかりなり 赤座閑山
山女釣る夕光水のごとしなひ 長谷川双魚 風形
山女釣る葛のかくせる激つ瀬に 岸風三樓
山女釣る谷の滾ちのさくらかな 滝井孝作 浮寝鳥
山女釣キヤンプのぞいてすぎゆきぬ 鈴鹿野風呂 浜木綿
山女釣晩涼の火を焚きゐたり 水原秋桜子
山女釣来てはプールに泳ぎ出づ 石橋辰之助 山暦
山女釣熊笹葺いて谿ごもり 山口青邨
山女釣真葛が谷へ没し去り 楠目橙黄子 橙圃
山女釣荒くれ岩をひょいひょいと 高澤良一 素抱 四月-六月
山女釣青葉咥へて川通し 宇佐美魚目 秋収冬蔵
山女魚らの口肥えて来ぬ青葉どき 高澤良一 鳩信 東帝
山女魚焼いて少年われにかしづける 木村蕪城 一位
山女魚焼くほうやれほうと子守歌 島みえ
山女魚釣る朴の下水雲こめぬ 佐野青陽人 天の川
山女魚釣晩涼の火を焚きゐたり 水原秋櫻子
山女魚釣発電所の橋渡りけり 田中冬二 行人
山女魚飼ふ水に沈みて山の音 山口草堂
山女魚鮨牡丹ざくらの村なりし 田中冬二 冬霞
山女鮓汽車狩勝にかかりけり 田村木国
岩窪を生簀となしつ山女釣 田中七草
岩魚の瀬すこし上ミ手に山女の瀬 高澤良一 素抱 四月-六月
巌を打つ水の雄心山女釣り 飯田龍太
川風のぶつかる岩場山女釣 高澤良一 燕音 八月
己が影水に落さず山女釣る 山田庄蜂
幼くて雪代山女反りにけり 黒田杏子 水の扉
底見えて水のみどりや山女釣る 加賀谷凡秋
昧噌汁も山女魚も渋きひとり旅 山口草堂
昼の星見ゆ幽谷に山女釣 松浦真青
月いでて岩のしづまる山女魚釣り 松村蒼石
木の葉山女てふ落葉(らくよう)のしきりなる 中戸川朝人
梶の葉に二星へそなふ山女魚 飯田蛇笏 霊芝
水嵩増し濁ると山女釣仕度 福田蓼汀 秋風挽歌
水鏡ゆるがず山女癇走る 中戸川朝人
水音は山女魚跳ぶらし淵おぼろ 内山 亜川
沢ありて一人わかゝる山女魚釣 藤原たかを
泉水に山女も活きて鮎の宿 滝井孝作 浮寝鳥
渓揺らす風の雪代山女かな 石地まゆみ
湖昏れて山女焼く焔の美しく 菅正子
激つ瀬にうつぷし獲たる山女魚かな 木村蕪城 一位
瀬に立ちて山女を串に刺す漢 瀧春一 菜園
熊出れば出た時の事山女釣る 原田柿青
白河の関を遡りし山女釣 斉藤夏風
百姓の帆待ち山女を売りにくる 新島 艶女
硝子器に山女するどき北の国 飯田龍太
立山の雨の雪代山女かな 福島 勲
笹濡れて山女魚とどきぬ湯治宿 桂樟蹊子
筏場を訪ふは吾等と山女釣 山田弘子
粧ひして旧正月の山女 楠目橙黄子 橙圃
紅葉山女に逢ふは怖ろしき 品川鈴子
花ぐもり笹原くだる山女釣 滝井孝作 浮寝鳥
荒瀬浪殺到し来る山女釣 福田蓼汀
蕗の葉に包みし山女魚大いなる 田中冬二 俳句拾遺
蕗の葉に包んでくれし山女魚かな 田中冬二 麦ほこり
蕗の葉に山女三匹空青し 福田甲子雄
蕗の薹山女魚も錆を落しけむ 篠田悌二郎
蚕飼女に氷川の山女五尾とゞく 長谷川かな女 雨 月
蛭除けの塩携ふや山女魚釣 野原春醪
蜜柑山女の肌に血肉満ち 桂信子 花寂び 以後
逃れし斑うつくしかりし山女かな 稲岡長
透きとほる水に山女の影よぎる 稲畑汀子
金串は山女魚の六腑貰けり 阿波野青畝
釣山女光る瀬波に戻しけり 松田 聖魚
鉄砲水跡一戸建つ山女宿 田村恵子
雪代山女湖底の村の上泳ぐ 宮津昭彦
青天に昼月雪しろ山女釣る 野澤節子 黄 炎
頬被り男まさりの山女 岩本 周熈
頭・尾鰭焦げすぎたるよ山女酒 岸田稚魚
飛騨にをり木の葉山女といふ頃に 茨木和生 野迫川
飯台は一枚の板山女魚宿 上野さち子
飯盒洗ふ山女魚の瀬水手強しや 山口草堂
鵜の嘴に山女がひかりちるさくら 瀧春一 菜園
●金魚
「金魚、金魚」「竿屋」「目立もまゐります」 筑紫磐井 婆伽梵
「金魚さんご飯ですょ」と餌やる孫 高澤良一 素抱 七月-九月
あかあかと春の雪ふる金魚玉 齋藤愼爾
あきらめて金魚見てゐる病児かな 阿部みどり女
あぎとへる金魚春水玉楼に 野澤節子 黄 炎
あらあらと夜雲走れり金魚玉 村沢夏風
あらぬ方日がな泳ぎて金魚玉 関戸一正
あるときの我をよぎれる金魚かな 中村汀女
ある朝の児の眼に触れず金魚死す 樋笠文
いきいきと灯を身のいろに夜の金魚 渡辺恭子
いちじゆくの熟れ金魚田の澄みにけり 木津柳芽 白鷺抄
いつも来る金魚売泊め春祭 黒坂紫陽子
いつ死ぬる金魚と知らず美しき 高浜虚子(1874-1959)
いのちゆらぐ水をになひて金魚売 井上子
いろいろな色に雨降る金魚草 高田風人子
いろ〜な色に雨ふる金魚草 高田風人子
おほかたは水の重みの金魚買ふ 龍野 龍
かたまつて金魚の暮るる秋の雨 臼田亞浪 定本亜浪句集
からたちの花のほそみち金魚売 後藤夜半 翠黛
きのふ金魚死せり水藻のかげ大き 斉藤夏風
けふ買ひし金魚眠りぬ宵の春 渡辺水巴 白日
けんらんと死相を帯びし金魚玉 三橋鷹女
こどもたちしやがんでる中の金魚の荷 原田種茅 径
この頃の暮しが映り金魚玉 高濱年尾 年尾句集
こんな日はどうして過ごす鉢金魚 高澤良一 素抱 七月-九月
さみしくて金魚の水に指つつこむ 菖蒲あや 路 地
さようならさようなら金魚が午後の匂ひせり 栗林千津
しだり尾の錦ぞ動く金魚かな 河東碧梧桐
しづかな金魚字なき位牌へ風が行く 川口重美
しばらくは貰はれ金魚の品定め 高澤良一 素抱 四月-六月
すぐ掬へさうな金魚をしくじれり 高澤良一 ぱらりとせ 夏
すれ違つてから金魚売は呼ぶ 加倉井秋を 『胡桃』
ちびっ子の手に手に金魚ねぶた提げ 高澤良一 寒暑 七月-九月
つかりをる八つ手に金魚かくれけり 上野泰 春潮
つけられし値段を知らぬ金魚かな 谷口桂子
とある夜は秋澄むいろに金魚玉 五十崎古郷句集
なほ咲いてうつる躑躅や金魚池 大橋櫻坡子 雨月
なんとなく淋し金魚の歌うたひ 行方克巳
にはか雨金魚へらへら斃ちさうな 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
はじめての金魚つるんと見せてあげる 櫂未知子 蒙古斑
はるかよりオルガン金魚死なしめし 柚木紀子
ひたひたと小さき素足金魚草 柴田白葉女 花寂び 以後
ふくよかに屍の麗はしき金魚かな 高橋淡路女 梶の葉
ぼんやりと鯉の影ある金魚かな 藺草慶子
また一尾金魚死なしてしまひけり 高澤良一 素抱 七月-九月
まだ鉢に馴れぬ金魚を寝しな見て 高澤良一 素抱 四月-六月
みかねたる父も掬へぬ金魚かな 大槻秋女
みづうみの映りてゐたり金魚玉 関戸靖子
むさしののはしつこにゐて冬金魚 松澤雅世
むつとした顔を金魚の水の上 川崎展宏
めずる金魚の一ぴきとなり久しく生きる 人間を彫る 大橋裸木
めつむればものよく見ゆる金魚玉 国見敏子
もう見えぬ池の金魚や秋の暮 岸本尚毅 選集「氷」
もの書くに夜はこのもし金魚玉 嶋田青峰
やうやくに金魚の水のにごりかな 楠目橙黄子 橙圃
やうやくに顔の暮れたる金魚玉 福島 勲
やはらかに金魚は網にさからひぬ 中村汀女
やわらかに金魚は網にさからひぬ 中村汀女
ゆふぐれの金魚となりてつぶやける 軽部烏頭子
わが家のけふの出来事金魚の死 上村占魚(1920-96)
わが金魚死せり初めてわが手にとる 橋本美代子
カーテン閉じて今日の終りや金魚玉 細田静
コップ酒干して始まる金魚糶 石崎 宏江
シースルーエレベーター昇る時は金魚 櫂未知子 貴族
セルを着て稚き金魚買はんなど 沢木欣一
ベートーウベン消せる隣家の金魚灯る 川口重美
モラル呪ひ金魚真向の顔を呪ふ 川口重美
一と声もなく街角に金魚売る 石山佇牛
一ト甲板金魚の桶の占めにけり 五十嵐播水 埠頭
一人居の金魚肥満にしてしまふ 伊東みのり
一匹が死に一匹の金魚玉 すずき春雪
一匹となり水替ふる金魚玉 角田雪弥
一匹になりし金魚と一人住む 竹村忠吉
一匹の黒い金魚を飼うて秋 富澤赤黄男
一塊の金魚の散りし霜日和 阿部みどり女 『雪嶺』
一掬の水を宇宙として金魚 村松紅花
一日の明暗金魚玉にあり 山口青邨
一月の雪晴れ金魚売通る 高濱年尾 年尾句集
一本の道を微笑の金魚売り 平畑静塔(1905-97)
一杯に赤くなりつゝ金魚玉 高浜虚子
一様に風にゆられて金魚かな 阿部みどり女 笹鳴
一滴に膝を濡らして金魚売 川村亜輝子
一番に愛称を得て屑金魚 土生重次
上州去る十年飼ひたる金魚提げ 上村占魚 『霧積』
上海や金魚冥きにひるがへり 黒田杏子
下宿子の恋成らずゐて金魚飼ふ 黒坂紫陽子
不眠症 およぐ金魚に鏡ばかり 松本恭子 二つのレモン
中坪は雪国づくり金魚飼ふ 水原秋櫻子
乙女頸曲げし成熟金魚玉 宮武寒々 朱卓
二の酉の雨の中なる金魚かな 岸本尚毅 舜
二夏を経たる金魚を死なしめき 高澤良一 鳩信 炎帝
二階踏む昼の足音冬金魚 桂信子 遠い橋
五日目や金魚ねぷたのあせし紅 如月真菜
井の中に金魚を飼つて漁師町 天野小石
京の宿金魚水盤に放ちたり 竹冷句鈔 角田竹冷
京の水甘き宿屋の金魚かな 四明句集 中川四明
人声に金魚馴れ寄る秋涼し 大場白水郎 散木集
今朝もまた小さき地震金魚玉 吉井莫生
仏生会金魚をつれて退院す 阿部みどり女 『雪嶺』
仮住に金魚の孵化といふ一事 山田弘子
仮住みの耳を過ぎゆく金魚売 渡辺恭子
佛生会金魚をつれて退院す 阿部みどり女
作り雨金魚ちりぢりちりぢりに 阿波野青畝
停止なき金魚粉雪に売られおる 寺田京子 日の鷹
八文字ふむや金魚のおよぎぶり 永井荷風
冬水に瀕死の金魚華麗なり 篠田悌二郎
冬満月百の金魚田こゑもたず 原 好郎
冬眠せぬ金魚気魄をかなしめり 殿村莵絲子 牡 丹
凍金魚朽木火身を得つつあり 香西照雄 対話
凍金魚氷片をもて掬はれし 阿部みどり女
凍金魚顔に水垢をまとひたる 大橋櫻坡子 雨月
出目金の話したがりの黒まなこ 上田日差子
出目金を買うて龍宮城も買ふ 木田千女
出荷箱数多の金魚ぶつからず 渡辺倫子
初日うつる水族館の金魚かな 会津八一
初日待つ百の金魚田視野におき 原 好郎
初産の赤子父似や金魚草 阿部恵子
午過ぎの人も金魚も口ひらく 那須 乙郎
厚氷幾日金魚をとぢ込めて 山口波津女
厚氷金魚をとぢて生かしめて 橋本多佳子
口論や金魚の水のまつたひら 如月真菜
古井戸に金魚を放つ気の弱り 関由紀子
台風を生める地球と金魚玉 高澤良一 素抱 七月-九月
向いて来し金魚の顔と対しけリ 深見けん二
吾子の忌やビニール袋に金魚吊り 石川桂郎 含羞
咲いてなほ目立たぬ花よ金魚草 稲畑汀子
啓蟄にガラス袋の金魚来る 百合山羽公 寒雁
啓蟄の甕には金魚明りゆれ 皆吉爽雨
喪の留守金魚が赤き領巾を掘る 辻田克巳
団交無言ぎらりと返る夜の金魚 川村紫陽
垂直に簀にて金魚の水分つ 山口誓子 方位
基地は金魚も唱ふよD・D・Tのけむり 中村草田男
塔うつるとある金魚田枯野ゆく 皆吉爽雨 泉声
売れ残る金魚をどこへ捨てゆかん 対馬康子 純情
夕風やかたちづくりし金魚の子 臼田亞浪 定本亜浪句集
夜の金魚ときどきかほをよせてくる 曷川 克
夜は閉す扉の外の金魚黒 香西照雄 対話
夥しく金魚浮きけり雨のひま 会津八一
大き根のもとには金魚埋めけり 対馬康子 純情
大写し金魚が水に屈折して 高澤良一 素抱 七月-九月
大厄日金魚逆立つことしきり 村上岱南
大和より金魚をはこぶ水の音 岡井省二
大阪の屋根に入る日や金魚玉 大橋櫻坡子 雨月
大阪の煤ふる窓の金魚玉 島田鶴堂
大阪の空へ吊りたる金魚玉 藤田あけ烏 赤松
大雲の崩れ見つ吊る金魚玉 宮武寒々 朱卓
天と地の間の金魚玉の水 粟津松彩子
天の川金魚の値すでに廉し 瀧春一 菜園
奈良のよく見えて金魚田浚へかな 岡井省二
女たちおしやべり金魚浮き沈み 山口青邨
女だちおしやべり金魚浮き沈み 山口青邨
妙なとこがうつるものかな金魚玉 下田実花
妻の留守金魚が赤き領巾を振る 辻田克巳
子とあればわが世はたのし金魚玉 高橋淡路女 淡路女百句
子の内緒話は春の金魚欲し 有働亨 汐路
子の生れし日金魚売来てゐたる 成瀬桜桃子 風色
子への愛知らず金魚に麩をうかす 桂 信子
子供より母美しき金魚玉 大谷 おさむ
子育ては己れ育てや金魚玉 高橋悦男
孕み金魚飼育者の手に裏返る 津田清子 礼 拝
官邸の暗きに堪えて金魚飼ふ 久米正雄 返り花
宝石輸出のやうに金魚を荷造れる 鈴木栄子
室内の金魚も喜雨をよろこべる 右城暮石
家居とは金魚うろちょろする構図 高澤良一 寒暑 七月-九月
家影に一息入れて金魚売り 武嶋一雄
寥々と黒き金魚に紅きざす 百合山羽公 故園
小説に赤と黒あり金魚にも 粟津松彩子
少し病む児に金魚買うてやる 尾崎放哉
少女等の声のふくらむ金魚草 中村真由美
尾は別のところに見えて金魚玉 森岡白夜
尾をかざし逆立つ金魚憂なく 河野静雲
尾を揉んで泳ぎも足らぬ金魚かな 安斎櫻[カイ]子
尾を袖の如く構へし金魚かな 京極杞陽
山の手に住む一生や金魚玉 町 春草
山寺の御手洗に生く屑金魚 関森勝夫
山王の蝉をゆくてや金魚売 増田龍雨 龍雨句集
島人の飼へる金魚として浮かぶ 上野泰
川崎の場末で買ひし金魚かな 月舟俳句集 原月舟
川風に吹かれつゝをり金魚売 今井杏太郎
己れ殺す勤めぞ金魚買ひ足して 藤田湘子 途上
布袋草金魚に買うて雨の街 高澤良一 寒暑 四月-六月
帽子深く金魚のほかは錆びやすし 古舘曹人 能登の蛙
年々に池浅くなり屑金魚 依光陽子
年を越す鉢の金魚に被せ物 高澤良一 さざなみやっこ 冬
幸あるも幸の薄きも金魚飼ふ 荒川 曉浪
幼な顔ふくらみばかり金魚草 香西照雄
幼子の金魚に化けたる夢見たり 谷活東
心ふと翳さす金魚藻にかくれ 中村苑子
心病む如くに病める金魚かな 上野 泰
忘られしたらひの中の金魚かな 指中 恒夫
忘れられてしづかに紅き金魚かな 清原枴童
忘れゐしことのひとつの金魚飼ふ 軽部烏頭子
思ひ出も金魚の水も蒼を帯びぬ 中村草田男
思ふ事金魚にばかりいひにけり 野村喜舟 小石川
思出も金魚の水も蒼を帯びぬ 中村草田男
恋さめて金魚の色もうつろへり 高浜虚子
愛されぬ秋の金魚の開放感 大江まり江
感歎詞より逃れきて金魚とあり 油布五線
憩ふとき水静止して金魚売 池田秀水
戸締りをして冬眠の金魚見る 阿部みどり女 『陽炎』
担ひゆく金魚に桶の怒濤なす 原田種茅 径
掬はるゝ金魚は隅にかたまりて 高澤良一 素抱 七月-九月
掬はれて金魚の孤独始まれり 森高たかし
掬ひたる出目金の黒抽んでぬ 高澤良一 素抱 七月-九月
掬へずに泣きし子金魚貰ひけり 池田世津子
撒く餌に金魚なついて来たりけり 高澤良一 素抱 七月-九月
支那甕をつつみ金魚の冬構 福田芳子
放たれし金魚の如くさはやかに 阿部みどり女
放たれて金魚あはてる鉢の中 中村真由美
放たれて金魚の世界はじまりし 阿部みどり女
放ちやるひとつ〜の金魚かな 軽部烏帽子 [しどみ]の花
放課後や全教室の冬金魚 対馬康子 純情
教室の金魚放ちて卒業す 樋笠文
文芸春秋金魚が眠るまで読みし 斉藤夏風
斑(ぶち)なるは猫のみならず金魚にも 高澤良一 素抱 四月-六月
斯く肥えて押しも押されぬ金魚かな 高澤良一 素抱 四月-六月
新しき水新しき金魚かな 内田 じすけ
新参の金魚が鉢を一巡り 高澤良一 素抱 七月-九月
日に出せば鰭動かしぬ寒金魚 阿部みどり女 笹鳴
日ねもすのつがひの蝶や金魚草 岬人
日曜日なり蘭鋳を見てリラックス 高澤良一 寒暑 四月-六月
日本に著き家に著き金魚玉 嶋田一歩
日蝕や街の底ゆく金魚売 秋元草日居
早明けて金魚ひかりの層のなか 佐野良太 樫
明日のこと言わず掬つた金魚飼う 保尾胖子
春の扉は金魚のねむるあかるさなり 栗林千津
春の金魚のおもしろがつておよぐ 松澤昭 面白
春嵐金魚のAはAのまま 坪内稔典
春日さすその水位にて金魚死せり 橋本美代子
春更けて金魚に隠れごころかな 依光陽子
春没日とぼしき朱ケを金魚田に 石田あき子 見舞籠
昼ぐっすり眠る番犬金魚池 右城暮石 上下
時計屋の微動だにせぬ金魚かな 小沢昭一
晩年の父に金魚のまぶしくて 黒田杏子
暖かに薦をとりやる金魚かな 野村喜舟 小石川
暮春かな生玉前の金魚みせ 下村槐太 天涯
書き急ぐ汗ばみ夜半の金魚浮く 金尾梅の門 古志の歌
曼珠沙華咲きて金魚の褪せにけり 相生垣瓜人 明治草抄
月がさす卓や動かで金魚あり 石島雉子郎
朝起きし心は素直金魚玉 遠藤梧逸
未熟児の日々育ちつつ金魚草 滋野純生
末の子の今の悲しみ金魚の死 上野泰(1918-73)
朱きもの病む子に一つ金魚吊る 石川桂郎 含羞
来ぬ人に思ひ果てなし金魚玉 高橋淡路女 梶の葉
松籟の中や一点金魚玉 岩田昌寿 地の塩
枕二つ金魚にとほく並べられ 太田鴻村 穂国
梅雨どきの何處を見据えて金魚の目 高澤良一 素抱 四月-六月
梅雨に入る金魚の緋色見たるより 細見綾子 花寂び
梅雨晴間犬猫金魚丸洗ひ 龍野龍
梅雨風や濁りて懸る金魚玉 前田普羅 新訂普羅句集
椅子ひとつ秋の金魚を見るために 石田郷子
正月の金魚が元気元気かな 皆吉司
歩をゆるめ万事は金魚売の歩に 古館曹人
死せる赤生きてゐる赤金魚池 右城暮石 上下
死に居るを魔の高笑ふ金魚かな 尾崎迷堂 孤輪
死の家の金魚の池に日がさせる 山口波津女 良人
死神とあそぶこゝちや金魚飼ふ 山田文易
殖え過ぎし金魚貰ふに金盥 高澤良一 随笑 七月-九月
殺すかも知れぬ金魚の数ふやし 長谷川草々
母と子とひとつ愁ひや金魚玉 高橋淡路女 梶の葉
母のゐる暮しのなかの金魚玉 櫛原希伊子
民宿に金魚けんらん海鳴る日 野澤節子
水かへて秋の金魚となりにけり 那須淳男
水ばかり掬ひて金魚何時掬ふ 高澤良一 鳩信 炎帝
水もまた玉になりをり金魚玉 粟津松彩子
水も入れ替へて金魚の新居の秋 高澤良一 随笑 七月-九月
水を着て金魚の金のくもりゐる 上田五千石 琥珀
水中に牡丹崩るる金魚かな 筏井竹の門
水垢の中に眼じろぎ凍金魚 大橋櫻坡子 雨月
水捨てる少女よ金魚死にたるか 北光星
水換ふる金魚をゆるく握りしめ 川崎展宏
水易へて嬉しき様の金魚哉 星野麦人
水更へて金魚目さむるばかりなり 五百木飄亭
水替えて金魚のこころ取り戻す 高澤良一 素抱 七月-九月
水替えの金魚を洗面器に揺らし 高澤良一 寒暑 四月-六月
水替へてつれなきさまの金魚かな 伊東慶子
水替へて夕日入り込む金魚玉 寺岡捷子
水替へて鉛のごとし金魚玉 飯田蛇笏 霊芝
水温む金魚の大和郡山 山根 真矢
水盤の水に泳がす金魚草 中嶋秀子
江戸川や金魚もかかる仕掛網 依光陽子
江戸川区金魚ガイドを取り寄せて 高澤良一 素抱 四月-六月
沈む金魚江東に雨降りやすく 小林一枝
注ぐ水金魚の水に棒立てり 橋本美代子
泳ぐときかんむりを振る金魚かな 京極杞陽
洗面器金魚の紅がはじきあひ 小路紫峡
洩れ日潤む金魚の小池遺児二人 成田千空 地霊
浄玻璃におどろき貌の金魚飼ふ 井沢正江 以後
浮いているだけで大きな金魚かな 宇多喜代子 象
浮かぬ顔姉の金魚と見比べて 高澤良一 随笑 七月-九月
浮くや金魚唐紅の薄氷 正岡子規
海の戸を閉して病者の冬金魚 角川源義 『秋燕』
海へ去る水はるかなり金魚玉 三橋敏雄(1920-2002)
海原というけ遠さに金魚玉 斎藤愼爾 秋庭歌
海原といふけ遠さに金魚玉 齋藤愼爾
淋しくて金魚たくさん飼ひにけり 館岡りそ
深窓に孔雀色なる金魚玉 飯田蛇笏 霊芝
深窗に孔雀色なる金魚玉 飯田蛇笏
清らかに飼うて二匹の金魚かな 野村喜舟 小石川
温泉の客の飼ひ捨てゆける金魚かな 白水郎句集 大場白水郎
激論の渦中に金魚太りをり 辻美奈子
火祭や金魚ひたひた泳ぎをり 石嶌岳
灯してさざめくごとき金魚かな 飯田蛇笏 山廬集
灯してさゞめくごとき金魚かな 飯田蛇笏
灯して鉢の金魚を散らしけり 高澤良一 素抱 四月-六月
灯に映えて金魚赤さや風雨の夜 西山泊雲 泊雲句集
灯より濃き金魚を掬ふ夜宮かな 高澤良一 ねずみのこまくら 昭和五十二年
灯翳せば深夜の金魚喘ぎをる 久米正雄 返り花
炎天より金魚の貌をして戻る 山田冬馬
無職夫妻宵早く金魚買ひに出づ 及川貞 夕焼
熊野の如朝顔の如金魚かな 京極杞陽
熱の中声まさしくも金魚売 千代田葛彦 旅人木
牡丹雪内気な家は金魚飼う 坪内稔典
犬あり夜毎更けて金魚の水飲みに 林原耒井 蜩
独立祭金魚は玻璃を占め泳ぐ 大野林火
獅子頭揺らぎ〜の金魚かな 野村喜舟 小石川
玻璃の檻に金魚脱糞獄は見せじ 香西照雄 素心
玻璃へだつおなじひと夜を金魚なる 大館史子
玻璃瓶に児の手大いなり金魚捕る 青峰集 島田青峰
生き残る玉の金魚を放ちけり 温亭句集 篠原温亭
生き物は飼はぬつもりの金魚の死 石毛幸恵
生涯の今の心や金魚見る 高濱虚子
田に生れて二十日の金魚色もなし 澤田 緑生
留守さびし金魚水かへおこたらず 大橋櫻坡子 雨月
番号札をたらひに金魚品評会 間島あきら
番犬の歩く四角な金魚池 右城暮石 上下
異なる金魚ファツションショーの如く出づ 阿波野青畝
病み耐へてをさなごころや金魚飼ふ 中尾白雨 中尾白雨句集
病む母に金魚死ぬ日もうとかりし 富田木歩
百日病み金魚の愛を底から見る 三好潤子
眼が合ひし出目金は横柄なりし 行方克巳
短夜の金魚に微塵沿ひ浮けり 八木絵馬
石の影深くて金魚冴ゆるなり 佐野良太 樫
神のごとく嬰児金魚に畏れけり 下村槐太 天涯
秋の水つねに金魚の相寄れる 瀧春一 菜園
秋の水色まさり行く金魚かな 乙字俳句集 大須賀乙字
秋まつり錻力の金魚泳がせて 星野繁子
秋声や金魚鳴くとも鳴かぬとも 原 好郎
秋立つや緑新たに金魚の藻 林原耒井 蜩
秋風や生きのこりたる黒金魚 川口重美
稚金魚を選り分く何が目じるしぞ 右城暮石 上下
稿料を帯にはさみて金魚掬ふ 殿村莵絲子 牡 丹
窓にすぐひろがる港金魚玉 木下夕爾
立春大吉護符あたらしく金魚小屋 原 好郎
童話よみ尽して金魚子に吊りぬ 杉田久女
簡単に生きる金魚を見本とす 高澤良一 素抱 七月-九月
簷の金魚松の籟に沈みけり 西山泊雲 泊雲句集
籠鳥啼けば金魚逆立ちしづむかな 大橋櫻坡子 雨月
精薄児といはれ金魚の絵ばかり描き 成瀬桜桃子 風色
紙のたも秋の金魚をまだ嬲る 百合山羽公
紙の手網秋の金魚をまだ嬲る 百合山羽公 寒雁
紙の網あやふくたのし金魚追ふ 篠原 梵
終生をまろく泳ぎて金魚玉 辻井ト童
緋金魚に日蓮の性あらむかな 筑紫磐井 婆伽梵
縁ばかりまはる金魚は尾切れ哉 新傾向句集 河東碧梧桐
罎の金魚憐みつゝも忘れがち 石島雉子郎
美しき蝶きてとまる金魚草 岩島 畔水
群集の流れの裾の金魚桶 伊藤柏翠
羽衣を猩々を舞ふ金魚かな 野村喜舟 小石川
肩替へて紀ノ川わたる金魚売 田上冬耕子
腋剃るや小さき金魚に見られゐて 菖蒲あや 路 地
自虐の我金魚と一つ灯の輪の中 川口重美
舗道吸ふ金魚の水に過ぎなくて 古舘曹人 能登の蛙
色あふれゐて金魚田の水暗し 橋本榮治 麦生
色街の雨静かなる金魚玉 大橋越央子
芥子坊主三人遊ぶ金魚かな 野村喜舟 小石川
花ぞ浪紅梅凍る金魚船 花流 選集「板東太郎」
花入れて数にも見ゆる金魚かな 西山泊雲 泊雲句集
花落ちし如くに金魚草にあり 庄司瓦全
苔庭の夜あさき雨に金魚玉 飯田蛇笏 春蘭
荷を捨てゝ火事に走るや金魚売 原月舟
華麗なる金魚をのぞく老患者 有働亨 汐路
落ちながらこはるると知る金魚玉 辻美奈子
著莪映る金魚いくつか買ひ足して 篠田悌二郎 風雪前
葵より芥子より赤き金魚かな 野村喜舟 小石川
薄氷の裏を舐めては金魚沈む 西東三鬼(1900-62)
薬すててビンに金魚を飼はん哉 会津八一
藻にのりて金魚孵りぬ復活祭 堀口星眠 営巣期
藻を落つる金魚の夢や時鳥 雑草 長谷川零餘子
蘭鋳の爆発寸前のかたち 奥坂 まや
蘭鋳の痩せたれど風邪は引かざらむ 林原耒井
蘭鋳の真正面の目玉かな 細川加賀 『玉虫』
蘭鋳の重たき金を身にまとひ 粟津松彩子
蘭鋳や漁夫に飼はれて静かなり 有馬朗人 耳順
蘭鋳を揺りて昼の地震ありぬ 高澤良一 ねずみのこまくら 昭和六十二年
虫の声金魚の夢にこぞりけり 道芝 久保田万太郎
虹の後も金魚金魚といひにけり 今瀬剛一
虹出でて金魚の口を揃へだす 斎藤石雲
蝶ネクタイは金魚草を見つつ結ぶ 時光紀山
街の子に金魚掬ひの灯の点きし 舘野翔鶴
街角に金魚一途の小皺ため 古舘曹人 能登の蛙
衣食足りて故宮の池の金魚たち 菅野孝夫
西日なか片目の金魚つひに死す 沢木欣一
西陣は路次に路次あり金魚売 柊 愁生
見るものに倦むまで金魚売憩ふ 加倉井秋を 『真名井』
触れ合ひて互に金魚紅ちらし 真下ますじ
診断をなほ迷ひつゝ金魚見る 小坂蛍泉
認定証出して金魚のすくひ取り 村上辰良
豆腐屋の笛あと戻り金魚玉 本宮鼎三
貰ひ来し金魚のその後鉢覗く 高澤良一 随笑 七月-九月
貰ひ来る茶碗の中の金魚かな 内藤鳴雪
購はんこころのありて金魚見る 上村占魚 球磨
赤い金魚頭の中の金魚鉢 高桑婦美子
赤貧洗ふがごとく金魚飼ひにけり 飯田蛇笏
赤銅の鯉七宝の金魚かな 会津八一
越冬の金魚の水も温みけり 樋笠文
路地裏を夜汽車と思ふ金魚かな 摂津幸彦
踏切を一滴ぬらす金魚売 秋元不死男
軒高う吊りて見まさる金魚哉 乙字俳句集 大須賀乙字
退る金魚さらさらと置く首飾 秋元不死男
逆立ちてをりたる秋の金魚かな 村中[トウ]子
酔うて男は金魚に戯るるときありぬ 文挟夫佐恵 黄 瀬
重ねある金魚の甕や園の冬 原田青児
金魚あぎとふ尾鰭胸鰭みな使ひ 相馬遷子 山河
金魚あり蓄音機あり夜の書斎 京極杞陽 くくたち上巻
金魚いれて錆瞭かな錻力鑵 内藤吐天 鳴海抄
金魚ただしづかに弟征く日来ぬ 森川暁水 淀
金魚どし尾鰭ねらつて遊ぶかな 小澤碧童 碧童句集
金魚など飼うて年金暮らしの身 高澤良一 素抱 四月-六月
金魚には皇帝の名を付けてやる 櫂未知子 貴族
金魚にも拗ねものの居て和を乱す 樋笠文
金魚ねぶた片目瞑つてゐたりけり 千葉みちる
金魚ねぷた紙の胸鰭たたまれし 如月真菜
金魚の前ひとりの飯を食う努力 池田澄子
金魚の尾うすき曇りを曳きにけり 永田耕衣 真風
金魚の尾ふはふはと今日振り返る 桜井博道
金魚の死はらからの死に続きけり 高澤良一 素抱 七月-九月
金魚の死因松笠病とや突き止めて 高澤良一 寒暑 四月-六月
金魚の死春夜を少し生ぐさく 蓬田紀枝子
金魚の死母には伏して言はずおく 高澤良一 素抱 七月-九月
金魚の水新しくして眠られず 寺井谷子
金魚の目うごいて私語の始まれり 谷口桂子
金魚の糞掬ひて待てる店開き 高澤良一 素抱 七月-九月
金魚の荷あらしのなかに下しけり 道芝 久保田万太郎
金魚の荷くつがへりたる降車駅 右城暮石 声と声
金魚の荷下すや朱の尾ゆらぎ出づ 原田種茅 径
金魚の荷嵐の中に下ろしけり 久保田万太郎 草の丈
金魚の餌遺りつつ昨夜の劇を思ふ 宮武寒々 朱卓
金魚は魚でしょうか はなびらと思うのに 伊丹公子
金魚へりゆく雨つづき照りつづき 西本一都 景色
金魚また死なせてしまふ金魚運 高澤良一 素抱 四月-六月
金魚また留守の心に浮いてをり 深見けん二
金魚みなあぎとひ一藻伸びやかに 香西照雄 対話
金魚も孤独気泡を一つまた一つ 三谷昭 獣身
金魚も小便小僧も冬眠に 阿部みどり女
金魚一尾沈み暴風圏となる 三谷昭 獣身
金魚一鱗末枯の庭わが愛す 山口青邨
金魚入れて熱帯魚槽違和おこる 篠田悌二郎
金魚吊る女暖簾に脛を押す 萩原麦草 麦嵐
金魚売おのが金魚を見て憩ふ 安田 晃子
金魚売くるわの跡の路地あるき 石川春暁
金魚売けふゐて明日もゐあはすや 石川桂郎 含羞
金魚売こぼせし水のすぐ乾く 玉田年春
金魚売の声や心身酷使の日日 下村槐太 天涯 下村槐太全句集
金魚売の日焼奥目に死の灰降る 田川飛旅子 『外套』
金魚売りこぼせし水に雲映る 土橋いさむ
金魚売り己れの影へ水零す 中村苑子
金魚売るや子らは遊女の名を知らず 長谷川かな女 花寂び
金魚売る声の名物男来て 栗崎敏子
金魚売る店にはじまる朝の市 三浅馨三
金魚売二店出して夫婦かな 松藤夏山 夏山句集
金魚売出でて春行く都かな 室生犀星 魚眠洞發句集
金魚売別の声あげ路地曲る 百瀬ひろし
金魚売城の大手を遠く見て 水原秋桜子
金魚売夕空を何見上げゐる 中山純子 沙 羅以後
金魚売弁天さまの水もらふ 結城美津女
金魚売憩ふ金魚に水を足し 関岡明石
金魚売来し日より樹下風棲めり 村越化石 山國抄
金魚売水こぼしつゝ通りけり 藤松遊子
金魚売水を零して去にけり 星野麦人
金魚売突然大きな顔となる 岡田史乃
金魚売花にさきだち来りけり 大橋櫻坡子 雨月
金魚売買へずに囲む子に優し 吉屋信子
金魚売路地深く来て汗拭ふ 加藤楸邨
金魚売露地深く来て汗拭ふ 加藤楸邨
金魚売静々笠をかむりけり 増田龍雨 龍雨句集
金魚売魔法の酸素吹き入るる 小林春水
金魚夜を如何に過すや人は寝る 山口波津女 良人
金魚大鱗夕焼の空の如くあり 松本たかし
金魚大鱗海の日に汲む寒の水 角川源義 『秋燕』
金魚嬉々壷中の天地華やかに 塩田月史
金魚孵し雉子を孵して怠け医師 堀口星眠 営巣期
金魚孵り動けるかげの泳げるよ 原田種茅 径
金魚孵る微塵の命透きとほり 木下ふみ子
金魚守昼寝も池の水音なか 原 好郎
金魚居てしづかに病いゆるかな 前田普羅
金魚屋の親爺と金魚の共喰談 高澤良一 素抱 七月-九月
金魚市胴長乙女も胴締めよ 香西照雄 対話
金魚店仕舞ふ夜更けの水流す 原田種茅 径
金魚手向けん肉屋の鉤に彼奴を吊り 中村草田男(1901-83)
金魚掬ひおたまじゃくしも入り交り 高澤良一 素抱 七月-九月
金魚掬ひ掬つて見せて客を呼ぶ 栗山妙子
金魚掬ひ未だ幼くて見てゐる子 高澤良一 寒暑 七月-九月
金魚掬ひ浴衣の帯を地に擦りて 高澤良一 素抱 七月-九月
金魚提灯ともす其所だけが晩夏の町 長谷川かな女 花寂び
金魚揺れ昼の天河が結氷す 坪内稔典
金魚撩乱みどり児醒めず真昼時 柴田白葉女
金魚放つバンド一段高きより 長谷川かな女 牡 丹
金魚放つ大洗面器瑕瑾なし 内藤吐天 鳴海抄
金魚放つ池の小波や大喜び 青峰集 島田青峰
金魚桶にもたれかゞむ子夜店かな 高橋淡路女 梶の葉
金魚桶地をすれすれに担はれゆく 内藤吐天 鳴海抄
金魚槽のらんちゆう最も泳ぎ下手 岩本彰子
金魚死して涸れ残る水の氷哉 正岡子規
金魚死なせし透明の金魚鉢 津田清子 礼 拝
金魚死なせ死なせては子の健やかに 林 翔
金魚池の心安なる浅さかな 尾崎迷堂 孤輪
金魚池の縁に病葉かたよれり 青峰集 島田青峰
金魚池や時あり金魚絡繹と 尾崎迷堂 孤輪
金魚池渾天映りゐたりけり 山口誓子
金魚沈み人の挨拶始まりし 稲岡長
金魚沈む真夜の時間の重たさに 宇咲冬男
金魚沈む西日本は豪雨にて 長谷川かな女
金魚浮び出でし二日の日はさゝね 林原耒井 蜩
金魚澄みフランス人形裾ひろげ 本居桃花
金魚燃ゆ粥煮こぼして風邪癒ゆる 河野南畦 湖の森
金魚玉あるとき割れんばかり赤 加藤華都
金魚玉うす濁りたる一尾のみ 原田種茅 径
金魚玉こっぱみじんにとり落す 三ケ山孝子
金魚玉こつぱみじんにとり落す 三ケ山孝子
金魚玉とり落しなば舗道の花 波多野爽波
金魚玉に燦爛として酒宴の灯 青峰集 島田青峰
金魚玉に聚まる山の翠微かな 青木月斗
金魚玉に透く樹々うれし立ちて見る 雑草 長谷川零餘子
金魚玉ぬぐひ清拭終りたる 宮岡計次
金魚玉の下に展がる家庭かな 上野泰 春潮
金魚玉の中通りぬけ我は来し 上野泰 春潮
金魚玉まだ揺れてをり地震のあと 田中三代子
金魚玉よみのあささをわれと知り 石川桂郎 四温
金魚玉ミラー現象過信する しらいししずみ
金魚玉亡き子の映るはずはなし 八木隆史
金魚玉友に一男一女あり 金田咲子 全身
金魚玉吊りその後の暮しかな 岸田稚魚
金魚玉同じ高さの星生れ 山本歩禅
金魚玉夕焼さめて来りけり 石井貫木子
金魚玉天神祭映りそむ 後藤夜半(1895-1976)
金魚玉太つた巫女のそらねむり 二村典子
金魚玉如何に台風荒れやうと 高澤良一 素抱 七月-九月
金魚玉帰路は短き父として 古舘曹人 能登の蛙
金魚玉教会に閑ありにけり 小川軽舟
金魚玉方尺の冷気くれなゐに 内藤吐天 鳴海抄
金魚玉日盛り移りそめにけり 増田龍雨 龍雨句集
金魚玉明日は歴史の試験かな 高柳重信(1923-83)
金魚玉朝一点の煤うかぶ 石田波郷
金魚玉枯野の色のこれを攻む 栗生純夫 科野路
金魚玉正しく吊りてギプスの子 萩原麦草 麦嵐
金魚玉浅草のほか母は知らず 本土みよ治
金魚玉浮世の裏は映さざる 三谷蘭の秋
金魚玉留守を任されゐたりけり 高澤良一 素抱 七月-九月
金魚玉秋はたましひしづかにも 飯田蛇笏 雪峡
金魚玉空傾けて大旱 石塚友二 光塵
金魚玉篠つく雨もよき家居 大津希水
金魚玉職なきことに馴れにけり 平野哉
金魚玉見てゐて思ひ遠きかな 山口波津女 良人
金魚玉豪雨の脚の透き見ゆる 木下夕爾
金魚玉隣へ贈り退院す 五十嵐播水 播水句集
金魚玉音楽室に古りにけり 藤田湘子 去来の花
金魚瓶愛づる嫂風邪つのる 宮武寒々 朱卓
金魚田に冬日みごもり海の音(芭蕉のやどりし佐屋の渡(愛知県)は桑名行の舟だまりなりしが蒼海すでに陸と変じぬ) 角川源義 『神々の宴』
金魚田に月を上げたる夕爾の忌 佐藤映二
金魚田に沈めてありし種俵 広瀬峰雄
金魚田に色浮きたちて雨兆す 村田 脩
金魚田に茫々の梅雨至りけり 大橋敦子 手 鞠
金魚田に蔭おく草は刈りのこす 松田 青郊
金魚田に金魚をさがす雪もよひ 大島民郎
金魚田のはやなまぐさき弥生来ぬ 澤田緑生
金魚田のほか余すなく田を植うる 川口雨太郎
金魚田の一つ一つに寒夕焼 大橋敦子 手 鞠
金魚田の一枚づつを雨逃げし 河野南畦 『硝子の船』
金魚田の十字の畦の初明り 木村蕪城
金魚田の四角四面に雨ひしめく 上田日差子
金魚田の時々光り梅雨の闇 川瀬孝子
金魚田の水にゆらぎし城下町 野中亮介
金魚田の水の町にて鯉幟 山口誓子 紅日
金魚田の畦踏む平均台のごと 肥田埜恵子
金魚田の赤きさざなみ山笑ふ 橋本薫
金魚田の道消えがちに晝の蟲 石田あき子 見舞籠
金魚田の隅に移ろふ稚魚の群 楠田 光子
金魚田の風に仏間の開けてあり 後藤比奈夫
金魚田や瑠璃を惜しまず螢草 石田あき子 見舞籠
金魚田をすべるそよ風またそよ風 小澤満佐子
金魚田を空より襲ふものもあり 山内山彦
金魚田を覆ひしのみの冬構 渡辺みかげ
金魚皆喘ぐや午後の雲低し 西脇茅花女
金魚糞を曳くやるせなき歳月 細谷源二
金魚糶る兵顔(つはものがほ)の男どち 高澤良一 寒暑 四月-六月
金魚育つ等温の水入れ替り 津田清子 二人称
金魚草うしろ鏡に帯結ぶ 福川ゆうこ
金魚草おこりっぽいと云はれけり 小島千架子
金魚草など摘みをれば午報鳴る 高澤良一 寒暑 一月-三月
金魚草ひらがなだけの手紙来て 栃木恵津子
金魚草よその子すぐに育ちけり 成瀬櫻桃子
金魚草泳ぐさまなす風雨かな 前沢青葉女
金魚草讃岐を離れ揺れはじむ 殿村莵絲子 花 季
金魚葬る吾子に薔薇も枝伸べて 林翔 和紙
金魚藻と老虚子と秋立ちにけり 小川軽舟
金魚藻にせばめられつつ溝の水脈 川島彷徨子 榛の木
金魚藻に逆立ちもして遊ぶ魚 高浜年尾
金魚藻に金魚孵りしさまも見し 江口竹亭
金魚藻に雨の重さの伝はりぬ 西村好
金魚藻のたばね浸され御身拭 田口彌生
金魚藻の奥にも夕日漂へり 甘粕世紀夫
金魚藻の揺れて小沼の眠りかな 池上樵人
金魚藻の浮く沼寂し風の夕 新村千博
金魚藻の金魚色して照る最中 国本 みね
金魚藻や金魚の気泡一つ浮き 阿賀田信
金魚見むと力だめしの歩をすこし 石田あき子 見舞籠
金魚見るや雨やみがての傘廻しつ 阿部みどり女 笹鳴
金魚見る店の先きなる日かげかな 青峰集 島田青峰
金魚貰ひたり洗面器に受くる 山口波津女 良人
金魚買うて子の手を曳いて帰りけり 高橋淡路女 梶の葉
金魚買うて戻る子や水こぼれがち 高橋淡路女 梶の葉
金魚買う湖水に友等の憎めぬ顔 福富健男
金魚買って病むメーデーを豪華にす 赤城さかえ
金魚買はずくびす返して家に入る 波多野爽波 鋪道の花
金魚買はず主婦らいづれも豪のもの 波多野爽波 鋪道の花
金魚赤し賞与もて人量らるる 草間時彦
金魚車中に吊られ山河めまぐるし 津田清子 礼 拝
金魚追ふ少年のひとへまぶたかな 谷口桂子
金魚逆さまにちぐはぐな夢が続く 松本恭子
金魚釣る影あはあはと逸らせて 橋本榮治 逆旅
金魚飼うこと面白きそんな齢 高澤良一 寒暑 七月-九月
金魚飼ひ簡易保険にも入る 遠藤梧逸
金魚飼ふこどもあがりの夫婦かな 森川暁水 黴
金魚飼ふて能の太夫の奢りかな 河東碧梧桐
金魚飼ふや玻璃の水色まだ寒き 富田木歩
金魚飼ふ一つるるごと受胎 皆吉爽雨
金魚飼ふ死床の人の美しく 久米正雄 返り花
金魚餌を貰ひ一礼後ずさり 高澤良一 素抱 七月-九月
鉢の金魚一つ一つの無分別 高澤良一 素抱 七月-九月
鉢まるくまるく金魚の平常心 高澤良一 素抱 七月-九月
鉢底に貰はれて来し金魚の眼 高澤良一 素抱 四月-六月
鉢金魚幼児キンギョとなつてしまう 長谷川かな女 花 季
銀いろにかへ水おもし金魚玉 高橋淡路女 梶の葉
長雨や金魚玉にも水平線 土肥あき子
闇の金魚いとしみ見れば動きけり 高橋淡路女 梶の葉
降りかけやかげうすうすと金魚売り 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
階のぼりきり冬の金魚の尾鰭みる 桂信子 花寂び 以後
雨一日金魚が浮いて死にさうに 高澤良一 素抱 七月-九月
雨垂れの音を映して金魚玉 金堂豊子
雨降つてゐる金魚玉吊りにけり 安住敦
雨降り出す祭の森の金魚店 西村公鳳
雪が降りたれば見に来し金魚池 右城暮石 上下
雪の上に金魚をこぼすそれが遺書 栗林千津
露地裏を夜汽車と思ふ金魚かな 攝津幸彦(1947-96)
霾や隅に片寄る田の金魚 原 好郎
面倒は見る約束の金魚買ふ 官能千秋
鞄手に金魚田覗く往診医 松浦 釉
音階の狂ふオルガン金魚浮く 高橋敦子
預りし金魚に見られゐし生活 斉藤始子
頑丈な馬橇のベンチ金魚草 八木林之介 青霞集
頑是無き金魚が鉢に放たれて 高澤良一 素抱 四月-六月
頸すでに老いて金魚をのぞきこむ 桂信子 花寂び 以後
風邪見舞のみなよく泳ぐ金魚かな 渡辺水巴 白日
颱風や泥しづみたる金魚玉 松村蒼石 寒鶯抄
飛騨なれや年々能登の金魚売 山畑一翠
飯少し食うて金魚とくらすかな 金箱戈止夫
餌をあさりつゝ尾をふれる金魚かな 上村占魚 鮎
餌付きの金魚貰へり義弟より 高澤良一 随笑 七月-九月
驟雨来金魚田の水匂ひ立ち 大橋敦子 手 鞠
高潮と流れ金魚の行方知れず 山口誓子 構橋
魚市をかがやき通る金魚売 桂樟蹊子
魚市場終りしあとへ金魚売 吉屋信子
鳥除けの糸を巡らす金魚池 今井三重子
黒い金魚買つて砂丘に棲む女 加倉井秋を
●熱帯魚
こひびとを待ちあぐむらし闘魚の辺 日野草城(1901-56)
しづかにもひれふる恋や熱帯魚 富安風生
その日より日記空白熱帯魚 中村明子
なぜ死んだどうして死んだ熱帯魚 大野朱香
まさをなる雨が降るなり熱帯魚 藤木 竹志
わたくしが生死を握る天使魚 櫂未知子 蒙古斑
サラリーマン飼ふ熱帯魚縞同じ 川村紫陽
人恋へば鰭をひらりと熱帯魚 中村純代
出航の銅鑼に闘ふ熱帯魚 松山足羽
勝気なる熱帯魚なる彼女たち 後藤夜半 底紅
受口の熱帯魚ゐて直進す 都筑智子
嘘吐けば高貴な熱帯魚の匂ひ 櫂未知子 貴族
夕茜みごもり透きて熱帯魚 中村明子
天上の熱帯魚賣場でござゐます 筑紫磐井 花鳥諷詠
天下泰平ひらべつたくて熱帯魚 松本翠
天使魚の光背負へる夜のしじま 下村ひろし
天使魚の夜の猪突を訝しむ 下村ひろし 西陲集
天使魚の悍の静止や西東忌 秋元不死男
天使魚は生命しづかに花圃の隅 井上美子
天使魚もいさかひすなりさびしくて 水原秋櫻子
天使魚も母も秋天知らず病む 今瀬剛一
天使魚過ぎわが顔の残りけり 鈴木 まゆ
夫といて藻のゆれの鬱熱帯魚 安井昌子
妻疲れをり天使魚の鰓づかひ 佐野鬼人
始末書を書く熱帯魚驕りをり 館岡沙緻
寒月や眼を開けてゐし熱帯魚 林 民子
寒生くる闘魚の雌雄憎からず 瀧春一 菜園
左右より来て胸合はす熱帯魚 朝倉和江
彩のかけら命のかけら熱帯魚 福田蓼汀 秋風挽歌
春の水醜の闘魚とひとは云へど 瀧春一 菜園
春宵や客より綺羅の熱帯魚 水原秋櫻子
春暁の青きひかりに闘魚覚む 瀧春一 菜園
死なせては飼ふ熱帯魚天の川 遠山陽子
水にゐて濡れてはをらず熱帯魚 高尾清子
灯を入れて縞目鮮烈熱帯魚 牧野寥々
煖炉過熱臓透け泳ぐ熱帯魚 内藤吐天 鳴海抄
熱帯魚おちよぼ口にして影もたず 西本一都 景色
熱帯魚かげりし水に眠りあふ 萩原麦草 麦嵐
熱帯魚ちさき扇を尾としたる 西本一都 景色
熱帯魚ひとも横顔見せて待つ 岡田 貞峰
熱帯魚ひるがへるとき多面体 上田日差子
熱帯魚まこと墨痕淋漓たり 西本一都 景色
熱帯魚みなしづかなり値たかく 石田波郷
熱帯魚ゆずらぬ色を帯びにけり 宇咲冬男
熱帯魚ゴムの掌置いて街をゆく 小原洋一
熱帯魚人は己れにもどり去り 中村汀女
熱帯魚人を待つ目の置きどころ 黒坂紫陽子
熱帯魚冬みどりなる藻に住めり 水原秋櫻子
熱帯魚庭のくらがり野につゞく 石橋辰之助
熱帯魚所帯臭さを捨てて見る 高澤良一 素抱 四月-六月
熱帯魚沈むも浮くも硝子の中 加藤拝星子
熱帯魚男嫌ひを通しけり 橋本白木
熱帯魚石火のごとくとびちれる 山口青邨
熱帯魚神の賜ひし彩に狎れ 西本一都 景色
熱帯魚紺碧の海恋しからむ 福永鳴風
熱帯魚縞あきらかにひるがへり 館岡沙緻
熱帯魚縞濃く朝の雨あがる 椎橋清翠
熱帯魚翻り交すは愛語らし 楠本憲吉
熱帯魚色をとばして闘へり 細見しゆこう
熱帯魚薄き身吊り上げ吊り上げて 中村草田男
熱帯魚藻にみじろがず花火の夜 久保田万太郎 流寓抄
熱帯魚見て水深を感じをり 後藤夜半 底紅
熱帯魚見るや心を閃めかし 後藤夜半 底紅
熱帯魚近寄る眼と合ふ呼吸と合ふ 小口よね子
熱帯魚透きてめら〜水草かな 星野立子
熱帯魚青きひかりを藻に点ず 水原秋櫻子
熱帯魚静かなるとき唇合はす 星野紗一
熱帯魚飜り交すは愛語らし 楠本憲吉
玻璃叩き睡りさまされ熱帯魚 中村汀女
百合うつり雷とどろけり熱帯魚 石田波郷
真夜寄港闘魚積み込む艀あり 大橋敦子 手 鞠
美醜とは人の言ふこと熱帯魚 嶋田一歩
通訳のまあいを泳ぐ熱帯魚 二村典子
金魚入れて熱帯魚槽違和おこる 篠田悌二郎
闘魚の彩に剥脱の夜を重ね 八木三日女 赤い地図
●目高
こころ痩せて冬の目高と語りつぐ つじ加代子
ゆく道や目高追う声追うてくる 兵庫池人
先頭の目高とまりてみなとまる 落合水尾
冬目高針湧くごとく深まりに 高井北杜
初目高二つの影の始めより 百合山羽公 寒雁
吾子ゆきて目高追ふ子にまぎれけり 瀧 春一
天不順なれど生れし春目高 百合山羽公 寒雁
子に父が取って代れり目高捕 高澤良一 寒暑 四月-六月
富士川や目高ほしさに秋の空 上島鬼貫
小流れに光のすぢの目高追ふ 石本百合子
小百姓しやがみて目高清らなり 中山純子 沙羅
新宿伊勢丹虹目高(グッピー)の胎落ちさうな 宮坂静生
日本手拭目高を掬ふためのもの 松山足羽
春の日や目高はおのが波引きて 石塚友二 光塵
水の輪のもつれず目高解散す 尾上安弘
水の面が目高と蝶の境なす 猿橋統流子
水動き目高は止りをりにけり 稲畑汀子 汀子第三句集
河骨やあをい目高がつゝと行く 泉鏡花
波紋曲げてすゝむ目高や苗代水 西山泊雲 泊雲句集
点々と描く目高や水を画かず 野村喜舟
烏芋の芽をめぐる目高や壜の中 会津八一
熱の子のため目高ども追ひ歩く 辻田克巳
生きものはもういや緋目高飼ふことも 及川貞
目高ゆく黒子の友は僧になり 小木ひろ子
目高らも流れに抗す草の花 篠田悌二郎
目高孵る塵のごときが飛びちがひ 野澤節子 黄 炎
目高寄る池のまんなかあかりかな 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
目高散るあつと言う間の青葉かな 児玉悦子
目高棲む池見むとまた線路越ゆ 光永峡関
目高泳ぐ貌三角に宿酔 岸風三樓
目高泳げり俳句する人空気吸えよ 豊山千蔭
目高浮くかすれ日脚や草の影 四明句集 中川四明、粟津水棹・名和三幹竹共編
目高浮く最中へ落つる椿かな 素丸
目高浮く水をにごして雨刻々 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
目高立体誰彼の肝見透しに 中村草田男
紅葉山空へぽつぽつ目高水 和知喜八 同齢
絶滅の目高は虹に紅遺し 高澤良一 素抱 七月-九月
緋の目高布袋葵の根に孵る 遠藤アサ子
緋目高を数へてをりし男かな 栗林千津
緋目高を買ひ来し灯の下にこそ 永井龍男
群に入る目高素早く幸福に 金子兜太
腸透きて目高はかなし石の上 宮慶一郎
芹目高乏しき水のぬるみけり 正岡子規
苗代へ分るる水の目高哉 正岡子規
菱の中に日向ありけり目高浮く 村上鬼城
錆釘の如く目高をばらまける 行方克巳
雑魚目高水脈つくりをり真菰の芽 水橋白岩
風光り風よせの淀の目高 梅林句屑 喜谷六花
鳴り鳴りて堰洩る清水目高迎へ 香西照雄 対話
黒南風や目高が鉢のそとに死し 篠田悌二郎
めだかおたまじやくしといる 橋本夢道
緋めだかの集散に目の狂ひだす 竹田登代子
菱の水めだか微塵に孵りけり 西島麦南 人音
見てをれば風が消すなり縞めだか 八木林之介 青霞集
赤めだか針のごとき子生れたり 細見綾子
●黒鯛
ていねいにからだを拭いて黒鯛くふ 飯島晴子(1921-2000)
引き強きことが楽しと黒鯛を釣る 山本砂風楼
旬といふ黒鯛に地酒の酔早く 小浦登利子
朝市や樽に泳ぎて黒鯛の鰭 篠田麦子
渦潮や渦中相摶つ揉まれ黒鯛 関谷嘶風
碇泊の暁凪に黒鯛を釣る 鈴鹿野風呂 浜木綿
糸鳴りて闇ひきしまる黒鯛の引き 大橋一久子
藻のなびきなびく岩門に黒鯛釣れり 岡田 貞峰
踊らんか黒鯛は膾に渦見し夜 国 しげ彦
黒鯛(かいず)釣る薄暑の波濤日を揺りぬ 西島麦南
黒鯛つりに夏二三夜の闇濃さよ 杉山一轉俳句集 杉山一轉、岩木躑躅編
黒鯛つりに虹たつ涛のしづまれる 西島麦南
黒鯛に夏二三夜の闇濃さよ 杉山一転
黒鯛に箸のばしゐてむせたるよ 村沢夏風
黒鯛のけむれる方へ漕ぎ出づる 宇多喜代子
黒鯛の揺れ身をぬけてゆく日本海 伊藤淳子
黒鯛の潮のしたたり虹色に きくちつねこ
黒鯛の魚拓大きく釣具店 浦野芙美
黒鯛は最澄の黒水無月会 森 澄雄
黒鯛もつれて刺身の月見かな 瀧井孝作
黒鯛や浜名湖のやゝ秋きざす 百合山羽公 故園
黒鯛を食ふほくろのひとつ灯の当り 吉井幸子
黒鯛を黙つてつくる秋の暮 川崎展宏(1927-)
黒鯛旨しと言ひてかそかに点滴中 赤尾兜子
黒鯛釣に夏二三夜の闇濃さよ 杉山一転
黒鯛釣に港湾の潮碧なす 鈴鹿野風呂 浜木綿
黒鯛釣の江にかぎろへり天主堂 野中亮介
黒鯛釣や潮に阿波の灯淡路の灯 長谷川閑乙
黒鯛釣りの岩一枚を頒ちあひ 杉 良介
黒鯛釣ると聞けば少々遠くとも 小川竜雄
黒鯛釣るや与謝の入海あをあをと 深見けん二
黒鯛釣る薄暑の波濤日を揺りぬ 西島麦南 人音
黒鯛釣を迎へにゆきし帆掛舟 斎藤夏風
黒鯛釣伊豆のあおあお青蜜柑 和知喜八 同齢
黒鯛釣潮沫白きあかるさに 瀧春一 菜園
黒鯛食うて熟睡などなきごとくなり 岡井省二
かいず釣テトラポットに仁王立ち 田中英子
●初鰹
たつぷりと泣き初鰹食ひにゆく 宇多喜代子
みどり葉を敷いて楚々たり初鰹 三橋鷹女
めでたかり出刃打ちこんで初鰹 石川桂郎 四温
一と膳のみな海の幸初鰹 篠原 美加英
一本を抛り足したる初鰹 串上 青蓑
上の句はなんであらうと初松魚 加藤郁乎 江戸桜
中落に一擲銭や初鰹 松根東洋城
久闊や土佐もここなる初鰹 高木晴子
今日のみは江戸つ子たらむ初鰹 林翔
俎に頭はみだし初鰹 高橋絹代
冷々と舌に載りけり初鰹 増田龍雨 龍雨句集
初松魚あゝつがもねえなまりとは 加藤郁乎 江戸桜
初松魚厨に人のたかりけり 柑子句集 籾山柑子
初松魚燈が入りて胸しづまりぬ 草間時彦
初松魚羽が生えたり江戸の空 正岡子規
初松魚聞をよんだるばかりなり 岡野知十
初鰹いたくさげすむ門地かな 飯田蛇笏 山廬集
初鰹その外何も無き荷かな 島村元句集
初鰹もろ手に捧げ糶りはじむ 謙三
初鰹より土佐の旅はじまりし 稲畑汀子
初鰹五十年酒に背きし時あらず 橋本夢道 『無類の妻』以後
初鰹亭主関白つらぬきて 澤田緑生
初鰹兄弟揃ふ日なりけり 高田堅舟
初鰹包丁持つは夫の役 稲畑廣太郎
初鰹双生児同日歩き初む 中村草田男
初鰹固しと食らい死を忘ず 藤村多加夫
初鰹夜の巷に置く身かな 石田波郷
初鰹女が負けず糶り落す 夏井やすを
初鰹威勢よく売る老夫婦 佐野たけ子
初鰹子とゐる父にバッハの曲 永田耕一郎 海絣
初鰹小判こぼせし革財布 四明句集 中川四明
初鰹市へ負ひゆくみな女 亀井糸游
初鰹恋にも旬のあるような 高木一惠
初鰹料りし気魄盛られある 高橋笛美
初鰹朝風呂好きときこへけり 野村喜舟 小石川
初鰹桶より抜きて暁の糶 中村房子
初鰹男ばかりで囲みたる 宇多喜代子 象
初鰹盛ならべたる牡丹かな 服部嵐雪
初鰹盛りならべたる牡丹かな 服部嵐雪
初鰹糶の氷片とばしけり 皆川盤水
初鰹血のつながりは父のもの 椎橋清翠
初鰹襲名いさぎよかりけり 久保田万太郎 流寓抄
初鰹観世太夫がはし居かな 蕪村
初鰹都心に出でて日暮れたり 石川桂郎
包丁を弾ませ下ろす初鰹 内山美智子
北溟にどんな魚やら初鰹 会津八一
卯の花を夜目のあなたや初松魚 澄雄
受話器とる妻の濡れ手や初鰹 岡田 貞峰
四明忌やその絵すさびの初松魚 山口八九子
夕かげにみどり顕ちけり初鰹 上田五千石 森林
大江戸や犬もありつく初鰹 一茶
山村の祝ぎ唄素朴初鰹 関由紀子
市場まで夜船送りや初松魚 井月の句集 井上井月
御僧は説かず娶らず初鰹 清水基吉
擂鉢に骨付入れつ初鰹 喜舟
断つほどの酒にはあらず初鰹 鷹羽狩行 七草
普請して土間通す水初鰹 原裕 葦牙
未婚二十七歳半ば初鰹 馬場駿吉
本降りのあとの晩晴初鰹 鷹羽狩行 十友
樹々植ゑて神田に住むや初鰹 野村喜舟
水はじき鉄のごとしや初鰹 鷹羽狩行 八景
江戸を云ふざつかけなしや初松魚 加藤郁乎 江戸桜
江戸ツ子の中の神田や初松魚 五空
江戸亡ぶ俎に在り初鰹 高浜虚子
沖を指す航跡ふとし初鰹 益本三知子
流行醤の玄関先や初松魚 井上井月
浅草もさみしくなりぬ初鰹 真鍋青魚
海を見ぬ月日に馴れて初鰹 宍戸富美子
牟婁の江のにぎわひ続き初鰹 吉田 伝治
町空をとどろかす雷初鰹 井上美子
目には青葉山ほととぎす初鰹 素 堂
目には青葉山郭公初松魚 素堂
目には青葉山郭公初鰹 素堂
眼には青葉山郭公初松魚 素 堂
糶に出て女も火玉初鰹 古舘曹人 砂の音
腹も背もしろがね深き初鰹 宇多喜代子 象
船津屋の屋敷稲荷に初鰹 田中英子
船着くや糶場へ滑る初鰹 池森昭子
花鳥もきのふと過て初鰹 芙蓉花
街の日に潮や吐かん初鰹 碧雲居句集 大谷碧雲居
返稿に朱圏豊かに初鰹 木村蕪城 寒泉
通り過ぎもどりては買ふ初鰹 如月真菜
酖をもつて可なりとやせん初鰹 沙月
鎌倉を生きて出でけむ初鰹 芭蕉
関東にまた移り住み初鰹 松尾緑富
雨ざつと来てさっと去り初鰹 太田寛郎
初がつをどすんと岬たたく波 中拓夫
憂人の鮓にもすこし初がつを 巣兆
初がつをと筍飯の夕餉かな 田中冬二 俳句拾遺
●鰹
あかつきに戸口を固く鰹燻す 古舘曹人 砂の音
かたまりて灯台沖の鰹船 大沢一栄
つよき日の射してゐたりし鰹かな 後藤 章
はねるほど哀れなりけり秋鰹 椎本才麿
ぶらさげるために鰹の尻尾あり 結城美津女
むらさきに松魚泳がし宵の酒 高澤良一 素抱 七月-九月
もの古りし港の雨や鰹船 五島沖三郎
わが宿のおくれ鰹も月夜かな 蕪村
下部等(しもべら)に鰹くはする日や仏 服部嵐雪
世に青きものゝさかりや鰹時 素角
仰臥せり鰹の角煮舌に載せ 水原秋櫻子
作務僧の鰹さげ来る竹曇 橋本榮治 麦生
信濃路や松魚はみねど時鳥 井上井月
修務僧の鰹さげ来る竹曇 橋本榮治
出刃の背を叩く拳や鰹切る 松本たかし
出航の灯がいきいきと鰹船 芳野正王
初なづな鰹のたゝき納豆まで 素堂
半島に足を伸ばせる鰹季 高澤良一 さざなみやっこ 夏
又や鰹命あらば我もまながつお 山口素堂
土に坐す婆の渡世や乾鰹 古舘曹人 砂の音
土佐の船安房に舵解く鰹どき 岩崎きゑ子
土佐みづき鰹鳥の口けふ重し 堀口星眠 営巣期
土佐日記はじまる浦の鰹船 桑原志朗
夜鰹やまだしと思へば蓼の露 山口素堂
大鰹縞目正して糶を待つ 水原春郎
天日干し鰹を吹けり時津風 高澤良一 鳩信 炎帝
天渺々海漫々中にひよつくり鰹舟 尾崎紅葉
富士の嶺に鰹あがらで道者(どうしゃ)かな 松吟 俳諧撰集玉藻集
寺涼し松魚かく音厨より 河野静雲 閻魔
尾で提げて一尾の鰹冬の蒼 中島斌雄
岬々に鳶の主ゐて鰹潮 鳥居おさむ
市にけふたゞ三本の鰹かな 小澤碧童 碧童句集
帰り来よ鰹も旬の土佐なれば 片岡 北窓子
年々や家神に供ふ塩鰹 川合仙子
年よらぬ顔ならべたやはつ鰹 炭 太祇 太祇句選後篇
年年や青葉に着たし鰹縞 高橋睦郎 稽古飲食
指箸に鰹生肝ほいと喰ふ 後藤綾子
提げて来し鰹いただき提げて見し 五十嵐研三
散らばるは十中八九鰹船 宇多喜代子
新妻と二十日の別れ鰹漁夫 谷崎 和布刈男
新酒古酒千木鰹木の構へかな 進藤一考
明残る月や権右衛門が鰹船 谷活東
昨日今日鰹みえたり秋の雨 増田龍雨 龍雨句集
時鳥鰹を染めにけりけらし 松尾芭蕉
晩酌の松魚にちょんと擦りしょうが 高澤良一 素抱 七月-九月
暗がりに水のひらめき鰹糶る 小田 司
松魚売幡随院を見知りけり 蝶衣句稿青垣山 高田蝶衣
松魚舟子供上りの漁夫もゐる
松魚船子供上りの漁夫もゐる 高濱虚子
松魚買ふて債ある酒屋叩きけり 酒葉月人
桟橋に灯を投げ繋る鰹船 岡安迷子
梅は実に赤銅色の鰹塚 澤柳たか子
武者幟きそふや島の鰹どき 笹井武志
水揚げの裸灯の揺るる鰹船 栗山妙子
水離れに藍迸る鰹かな 中島月笠 月笠句集
河口の潮ぶつかけ洗ふ鰹船 瀧 春一
泳ぎ子は鰹の烏帽子怖れけり 柑子句集 籾山柑子
港空ラつぽ鰹をいぶす煙流れ 杉本寛
煙よけの眼鏡ゆゝしや鰹焚き 篠原鳳作 海の旅
煮鰹をほして新樹の烟哉 服部嵐雪
瓜もみや風に吹き散る花鰹 河原白朝
発動機船を逐ひ抜く鰹一つかな 中島月笠 月笠句集
白雲や漕ぎつれ競ふ鰹舟 吉武月二郎句集
盤台に松魚生きたり若楓 正岡子規
盤台に鰹生きたり若楓 子規句集 虚子・碧梧桐選
目には青葉尾張きしめん鰹だし 三宅やよい
神へ捧ぐ籠の鰹を頭にのせて 羽部洞然
種子島隠すうねりに鰹釣る 南光 翠峰
立秋や汗ばみて鰹だく男 萩原麦草 麦嵐
籠の目や潮こぼるゝはつ鰹 葉拾
糶はじむまでに鰹のあげきれず 宮城きよなみ
糶を終へ底を乾かす鰹船 榎本冬一郎
糶市の太声に暁け鰹基地 福田蓼汀
糶聲やひたに藍さす鰹の眼 古舘曹人 砂の音
縞なす青潮一老まじる鰹船(清水港にて) 飴山實 『おりいぶ』
群れ鰹蒔餌蹴散らし去りにけり 中島月笠 月笠句集
艫揃へや波太が漁長鰹舟 河東碧梧桐
花柚に松魚に句ある頃ならん 寺田寅彦
若水に鰹のをどる涼しさよ 其角
荒神輿河岸衆鰹だかりなり 荒井正隆
蒸したるも鯛と松魚を貶しけり 森鴎外
藁ほぐし鰹焼く火を作りをり 武田みさ子
藍凝つて銀を生ずる鰹かな 松根東洋城
虫ぼしや片山里の松魚節 炭 太祇 太祇句選
見る限り戻り鰹の潮色に 茨木和生 三輪崎
足摺の男と生まれ鰹釣り 坂本鬼灯
釣竿の竹大束や鰹船 渡辺水巴 白日
釣鰹五戒はいかに禅徳寺 沾葉 選集「板東太郎」
鎌倉と名のつて死る松魚哉 正岡子規
関の清水古里恋し生鰹 青雲 選集「板東太郎」
電柱のもとのあらぐさ鰹裂く 大岳水一路
青葉時鳥松魚老しが恨なり 尾崎紅葉
風すずし膳出しかかる花鰹 洞木 俳諧撰集「有磯海」
鰤飛て鰹躍るや師走の賦 米仲
鰹きて燈台の器具青光る 百合山羽公 寒雁
鰹つり妻はまつほのうら船か 松岡青蘿
鰹の尾林立させて運びゆく 広瀬一朗
鰹の時宿は雨夜の豆腐かな 素風
鰹一本に長家のさはぎ哉 一茶 ■文政八年乙酉(六十三歳)
鰹一本井戸無き不自由な巷居 長谷川かな女 花寂び
鰹切る俎いつも水流れ 今瀬剛一
鰹割きかつをのごとき無表情 加藤知世子 花 季
鰹千本枕ならべて朝糶に 北野民夫
鰹売いかなる人を酔すらん 芭蕉
鰹売りいかなる人を酔はすらん 芭蕉
鰹幟立てて焼津市文化の日 宮下翠舟
鰹揚ぐ手送りに月滴れり 平松弥栄子
鰹時男波おもおも背をつらね 野澤節子
鰹来る大土佐晴れの濤高し 福田甲子雄
鰹潮とどろき燈台屹立す 中村明子
鰹糶つて朝月仰ぐ男なし 神尾久美子 桐の木
鰹糶る港は人の目聰くて 古舘曹人 砂の音
鰹舟南風の黒潮漕げり見ゆ 西島麦南 人音
鰹船かへり大島雲垂れたり 水原秋櫻子
鰹船出でゆく沖はなほ荒れつ 山口草堂
鰹船大滝見ゆる浦を出づ 河出斜陽
鰹船帰る砂丘も鼓動して 百合山羽公 寒雁
鰹船帰る龍馬の夜となれり 鳥居おさむ
鰹船戻るよ波を厚くして 金田あさ子
鰹船押しならびたる潮暑く 瀧春一 菜園
鰹船来初め坊の津の春深し 水原秋櫻子
鰹船真珠筏を揺らし発つ 和田暖泡
鰹船舳のたかぶりに岬暁く 松林朝蒼
鰹船見ゆ荒降りのあとの路地 大岳水一路
鰹船飯くふ裸身車座に 瀧春一 菜園
鰹荷の跡は巳日の道者哉 榎本其角
鰹見し若葉は紅葉はしり鮭 涼山
鰹負えりその血が染める人の肩 田川飛旅子 花文字
鰹負へりその血が染める人の肩 田川飛旅子 『花文字』
鰹釣る灘の紺より引き抜いて 稲松錦江
鰹釣る発止々々と胸に受け 楓巌濤
鰹釣る胴の間に飯噴きこぼれ 樟豊
鰹釣名人にしていごつそう 清崎敏郎
黒潮の中の一点鰹船 坂本 鬼灯
黒潮の色香染み込みたる鰹 岩城鹿水
かつを船滴る陸に戻りけり・・・西伊豆田子 高澤良一 ねずみのこまくら 昭和六十二年
鰹割きかつをのごとき無表情 加藤知世子 花 季
大勢の中へ一本かつをかな 服部嵐雪
●鯖
うどんげや男女別なき鯖湖の湯 鈴木一睡
か、風の 行く手を戻る片身鯖 坪内稔典
くづ鯖を海猫に抛りて糶終る 山田弘子
さし鯖の仏臭くも哀れなり 五 朗
さし鯖やよい子ならべて松の宿 宗徳
さし鯖や袖とおぼしき振あはせ 炭 太祇 太祇句選
さし鯖や鮒より先の初紅葉 信 徳
アスフアルトかがやき鯖の旬が来る 岸本尚毅 舜
タオル提ぐ好色の吏に鯖火殖ゆ 宮武寒々 朱卓
一房の藤下げてもつ鯖のごとし 青邨
一握の塩する鯖や半夏生 遠藤勝亮
三十ケ村一郡の鯖火かな 河原白朝
下部等に酒もり過そ鯖のすし 高井几董
交りたる鯖の紫鰯汲む 前島たてき
今年酒鯖もほどよくしまりけり 片山鶏頭子
令羽黒くかこむ鯖船どこも雨 古沢太穂
会うたびに無口になる父鯖を裂く 坪内稔典(1944-)
傷の眼ひらく鯖晩齢の湾の色 赤尾兜子
八朔や在所は鯖の刻み物 野坡
刺鯖も蓮の台に法の道 蕪村
南崕の彼方涯なし鯖火燃ゆ 山口草堂
去年に似たけふならばこそ鯖くはめ 上島鬼貫
友船に火縄の合図鯖を追ふ 小原菁々子
合羽黒くかこむ鯖船どこも雨 古沢太穂
塩あてし鯖緊まりゆく四温の夜 伊藤いと子
塩鯖がかっと目をあけ雑木山 坪内稔典
塩鯖がかつと目をあけ雑木山 坪内稔典(1944-)
塩鯖と何れか動く紅葉鮒 上島鬼貫
塩鯖の泳ぐ日向だ、君にやる 坪内稔典
壱岐の燈を鯖火たちまち奪ひけり 米沢吾亦紅
夏山や鯖の海より色濃くて 前田普羅 能登蒼し
夕浪や鯖釣舟の行やまず 尾崎紅葉
夜の波を鯖舟の火のゑがくのみ 橋本鶏二 年輪
大浪の中に底見ゆ鯖の海 前田普羅 能登蒼し
大漁の大鯖をもて余しをり 原田杉花
大灘に集はむとせるみな鯖火 小澤満佐子
大灘の鯖火みだれず凪ぎわたる 水原秋櫻子
大鯖火海の挽歌を聞くごとし 高橋采和
子を背負ひ鯖三四十さばくらし 中村汀女
室戸の灯遠し鯖火の尚遠し 片岡 北窓子
岬々の鼻つき合せ鯖火燃ゆ 石田ゆき緒
彼岸会にわが夕厨鯖を煮る 百合山羽公 故園
戦争よあるな路地さみだれて鯖食う家 橋本夢道 無禮なる妻抄
手籠に鯖反り燈台へ朝の少女 松村蒼石 春霰
手花火は鯖街道を照らすなり 大峯あきら 鳥道
新聞紙で巻く鯖夜の風下で 手代木唖々子
日高には能登の国迄やさし鯖売 井原西鶴
時化あとのどつと殖えたる鯖火かな 矢野潮花
暁紅や瀕死の鯖火岬の端に 岸田稚魚 筍流し
松暮れてきらめきいづるみな鯖火 大島民郎
柿若葉青鯖売の通りけり 田中冬二 行人
水揚げの鯖が走れり鯖の上 石田勝彦
氷中の鯖に五彩の朝日あり 古館曹人
流水去り産みの匂いの鯖館 小泉八重子
海の中鯖青くして雪止みぬ 平畑静塔
海上も静に並ぶ鯖火かな 橘中
海中(わたなか)に都ありとぞ鯖火もゆ 松本たかし
海中(わだなか)に都ありとぞ鯖火もゆ 松本たかし(1906-56)
海中に都ありとぞ鯖火燃ゆ 松本たかし
海光に耐へ秋冷の鯖ひらく 西矢籟史
海坂を照らす鯖火や島くらく 下村梅子
消えがての鯖火にこころ縋りをり 岸田稚魚 筍流し
漁父やさし提げて訪ひ来し鯖一尾 高木峡川
漁衣替へて鯖漁夫小鳥網掛けに 小原菁々子
燈台を訪へば鯖舟出さかるよ 皆吉爽雨
父の忌や沖の鯖火を青しと見 鈴木真砂女 夕螢
片寄りて暁の鯖火のたよりなし 岸田稚魚 筍流し
狐火や鯖街道は京を指す 加藤三七子
生霊は刺鯖喰うて現かな 北枝
男一匹鯖一匹の青さかな 古舘曹人 砂の音
癌怖るこころの奈落鯖火燃ゆ 門脇無声洞
短日のすとんと抜けて鯖の腸 嶋田麻紀
石採りの石を落すや鯖の海 前田普羅 能登蒼し
紀の鯖火土佐の鯖火と焚きそめぬ 橘景三郎
網声越し見ゆる鯖火のかなしさよ 菖蒲あや 路 地
綿虫やしめ鯖用の鯖仕入れ 鈴木真砂女 夕螢
締め鯖の夜も青々と祭来る 橋本榮治 越在
胸の辺に金の鯖火の連なれり 岸田稚魚 筍流し
臘八の粥受け給ふ鯖大師 笹井武志
船あがり下田の町を鯖さげて 八代圃月
花冷や嶺越えて来し熊野鯖 草間時彦 櫻山
蕗伏して海の鯖色國の果 古舘曹人 砂の音
蚊帳の寝の指ささるれば鯖火見ゆ 森川暁水 黴
表から来る刺鯖の使ひかな 塩原井月
足音も鯖街道の夜長かな 榎本好宏
金曜日が好きで韮・鯖・浅蜊買ふ 正木ゆう子
長崎へ鯖を運ぶはかなしきかな 桑原三郎
防波堤裸子むれて鯖を釣る 水原秋櫻子
離れては息づける一鯖火あり 岸田稚魚 筍流し
雨一ト粒眼鏡に赫と鯖獲る火 中戸川朝人
雪の浜鱈投げ出され鯖もまた 田中冬二 若葉雨
青ひかる鯖釣り獲たる掌にぬくゝ 山口草堂
高稲架に鯖街道のうち晴るる 西村和子 かりそめならず
魂棚を灯せばともる鯖火かな 榎本冬一郎 眼光
鮫揚ぐる人々鯖を踏みしだき 水原秋櫻子
鯖うまくなりて九月や雨ばかり 草間時彦
鯖ずしのつめたかりける祭かな 草城
鯖とる火星と交信するごとし 川村紫陽
鯖と葉といのちはこんで葉月の地 阿部完市 春日朝歌
鯖の子の潮に乗りくる波切港 山崎新多浪
鯖の斑の淋漓と祭来たりけり 小川軽舟
鯖の旬即ちこれを食ひにけり 高濱虚子
鯖の海東海に似て石見ゆる 前田普羅 能登蒼し
鯖の班の淋漓と祭来たりけり 小川 軽舟
鯖の背に沖の紺あり流紋あり 香西照雄 対話
鯖の言葉わかりて椿落つ 阿波野青畝
鯖の道冷たき手足もていそぐ 柿本多映
鯖はみな口閉じ思い通りに死んでいる 橋本夢道 無禮なる妻抄
鯖ひらく手に妊りの不意に赤く 武藤暁美
鯖を焼く百姓のうだつあがらざる 廣江八重櫻
鯖ピクリ板濡色に木目も生く 香西照雄 対話
鯖不漁わだ八方に散る漁船 小原菁々子
鯖味噌煮秀二うとみき三の酉 矢島房利
鯖売の闇路をこゆる安宅哉 加舎白雄
鯖売や首里の話を聞きあれば 中村汀女
鯖売りと赫土山を越えにけり 三好達治
鯖大盡柱の冷えを拭き込んで 佐々木六戈 百韻反故 わたくし雨
鯖寄るやあけくれ黄ばむ能登の麦 前田普羅 能登蒼し
鯖寄るや日ねもす見ゆる七ツ岩 前田普羅
鯖提げて博多路戻ることもあり 竹下しづの女 [はやて]
鯖漁に旧正月もなく対馬 小原菁々子
鯖火まで海上遮るものもなし 岩根冬青
鯖火殖えつつ島々の闇となる 岡村紀洋
鯖火消え暁紅海を染めにけり 鈴木真砂女
鯖火焚くひとの子とゐて故郷なり 榎本冬一郎 眼光
鯖火燃ゆねむりふかきは女かな 鈴木真砂女
鯖火燃ゆ青面童子寄るところ 宇佐美魚目
鯖火見ゆ天の夕焼とつゞきつゝ 水原秋櫻子
鯖焚く火補陀落の火を現じけり 福永耕二
鯖群来の乗り初め潮の鯖色に 春山他石
鯖舟の炎の前の潮がしら 橋本鶏二 年輪
鯖街道い行けば雪に火の椿 橋本榮治 麦生
鯖街道外れしところに花の闇 小泉八重子
鯖街道朴散つてその北さびし 岡田 貞峰
鯖釣やしらぬ火ならぬ浪のうへ 蝶夢
鯖釣や夜雨のあとの流れ汐 飯田蛇笏 山廬集
鯖青き十日の髭をあたるべし 古舘曹人 砂の音
鯖食いたしあをあをと夜のとよもせば 上井正司
鯖食すを貧窶とぞみること勿れ 杉山岳陽 晩婚
鯖鮓に日ざかりの色寄せ返す 佐野青陽人 天の川
鯖鮓に歌舞伎うちはを貰ひけり 長谷川かな女 雨 月
鯖鮓は若狭の海をその天を 佐野青陽人 天の川
鯖鮓や縁先は夜の桐畑 岡本高明
鰺離鯖買う風のかたちの波の町 阿部完市
鰺鯖の干物と替る新茶の値 下村ひろし 西陲集
鰺鯖買う風のかたちの波の町 阿部完市
黒潮の闇に灯れる鯖火かな 楓巌濤
●鰺
あまぐもの鰺割いてゐるとき迅き 久保田万太郎
このわれが指さししゆえ生きながら身を削がれたる鰺の歯ごたえ 久々湊盈子
さゝ塩を振て客まつ小鯵かな 井月
そと海に釣られて蒼き鰺そろふ 杉本寛
そのかみの和蘭陀埠頭鰺を干す 高濱年尾 年尾句集
たたき鰺甘し相模の秋霞 中拓夫
ほして売る鯵に鰈に春の風 岡本綺堂
やりくりの思案の鰺をたたくかな 鈴木真砂女 夕螢
わらしべに鯵の吊られて御祭神 高澤良一 ねずみのこまくら 昭和六十年
一籠の鯵を抱へて戸に戻る 松本たかし
一粒の血を吐き小鰺釣られける 高橋馬相 秋山越
上手下手なく波止先の鰺釣れる 小林沙丘子
世の中を知らずかしこし小鰺売 其角
丹頂が鯵の頭をのこしけり 辻桃子
井の端に燭を呼ひ小鰺を割いてきほふ 尾崎紅葉
今日のタネは鰺ばかり大冷蔵庫 深田久彌 九山句集
信号を西日と思ひ鰺刺は 依光陽子
初秋の小鯵の味も忌のこゝろ 斎藤空華 空華句集
喰ひ剰し小鯵を棄てよ看護妻 石川桂郎 含羞
坂がかり夕鰺売りの後に蹤く 能村登四郎
売聲の小鰺に暮れて浦の秋 石塚友二
夕小鯵海に放たば活きぬべし 翠哉
夕河岸の鯵売る声や雨あがり 永井荷風 荷風句集
夕鯵をまつ間わびしき鮟鱇かな 井上井月
夕鯵を妻が値切りて瓜の花 高浜虚子
夕鰺に買はねど栖むがうれしけれ 松瀬青々
夕鰺をくれてひたひたゴム草履 能村登四郎
夕鰺を割く手早さよ弥撒了へて 鷹野 清子
夕鰺を糶るや電灯風に吊り 小田 司
夜の岩の一角照るは鰺釣れる 秋光泉児
大漁の港鰺刺鳴き群るる 山本満義
天然の鰺だ天然の塩ふる 橋田サカエ
小柴産地鰺の干物血筋透く 高澤良一 素抱 一月-三月
小鯵刺河口に朝の潮満ち来 田川節代
小鯵売母にかよひて小胸つく 杉山岳陽 晩婚
小鯵売虹にそむきて行きにけり 五十崎古郷
小鯵焼く妻や厨の片襷 巌谷小波
小鰺よく釣れる波止とし夜も人出 稲畑汀子
小鰺らが寄る道の辺の恋の漁夫 藤田湘子
小鰺割く遠い人ほどかがやいて 今瀬剛一
小鰺売虹にそむきて行きにけり 五十崎古郷句集
小鰺買うて夫の晩帰を怨みけり 尾崎紅葉
帰るなら鰺のひらきへ、桐咲いて 坪内稔典
庭の紫蘇摘み来て鯵のたたきかな 高澤良一 ももすずめ 平成元年
愛は千変鰺は干されて一枚に 八牧美喜子
手に出でし女の齢小鰺買ふ 貞吉直子
旅一つのがせし鰺を叩きけり 鈴木真砂女
日雇寡婦荷こぼれ鯵を得て輝く 岩田昌寿 地の塩
朝市に鯵買ひ来るも旅の宿 藤垣 とみ江
朝顔の庭より小鰺届けけり 龍男
木の橋をくぐり鯵刺しすれ違ふ 広瀬とし
木の葉鰺干して秋立つ廂かな 吉川鬼洗
東風の浜われに売らざる鰺ぞ干す 林原耒井 蜩
松風や朝寒顔の小鰺売り 村山古郷
林火忌の安房に一夜の鰺火かな 中沢文次郎
桐の実や干鯵をまた乾かさむ 石田波郷
桐の花ひとりゐの干鰺は焼くも 林原耒井 蜩
椎若葉小鯵一尾もありがたし 志摩芳次郎
歓びの風鯵刺を欲しいまま 仙田洋子 雲は王冠
水切りし狙白し鰺叩く 上村占魚 『天上の宴』
活鯵や江戸潮近き昼の月 一茶
海までの街の短し鰺を干す 神蔵 器
湖涼し鰺刺打ちてやや潜る 皆吉爽雨 泉声
焼く鰺の油燃えれば波頭 和知喜八 同齢
爪紅の鰺干す中に咲けるあり 鷹野 清子
病廊を来たる跣足の小鰺売 石田波郷
着水も離水も無音小鰺刺 宇多喜代子 象
秋来ぬとサファイア色の小鯵買ふ 杉田久女
秋鯵に遊行寺通り早日暮れ 長谷川かな女
秋鯵や温め酒もよくなりぬ 青木月斗
秋鰺の光となりて釣るるかな 大橋敦子 勾 玉以後
秋鰺干す私語を一枚一枚に 古舘曹人 能登の蛙
篠垣の外とほりしは鯵売か 安住敦
能登東風の波騒がせて鯵の群来 中島杏子
軍艦へ夕鯵運ぶボオト哉 楽々
避寒宿黄瀬戸に鰺の叩きかな 伊藤京子
避暑人に近く鯵干す筵かな 温亭句集 篠原温亭
酢をくぐる小鯵の肌や夕時雨 鈴木真砂女
降灰のしばしのひまを小鰺刺 米谷静二
青ぬたに焼きさましなる鯵古し 原月舟
食欲の無き妹に叩き鯵 青木 歌子
飴色に鰺のひらきや冬ぬくし 今泉貞鳳
鮎、鰺をむしるがごとくむしりけり 久保田万太郎 流寓抄以後
鮭のぼる波に鰺刺そひ翔くる 皆吉爽雨 泉声
鯵くふや夜はうごかぬ雲ばかり 加藤楸邨
鯵の鮨つくりなれつつ鳳仙花 水原秋櫻子
鯵一片蒸し焼き色の家出の母 小泉八重子
鯵三匹包む「赤旗」第一面 今井聖
鯵刺のしぶきを見せし鏡凪 森田峠 三角屋根
鯵刺の一撃をもてテロありぬ 高澤良一 随笑 十月-十二月
鯵刺の嘴の切りこむ水の靄 岡本まち子
鯵刺の海光まとひ渓に消ゆ 角川源義
鯵刺の百発百中にはあらず 二本柳力彌
鯵刺の突きし水輪や朝ぼらけ 原田浜人
鯵刺の降下三たびの湖の秋 井沢正江 以後
鯵刺は河口の幅をひろげたり 宇多喜代子
鯵刺も康治が簷も炭まぶれ 石塚友二
鯵刺や一陣の風真菰より 太田寛郎
鯵刺や夕日の波を目のあたり 大木あまり 火球
鯵売の来るに一本桐が立ち 波多野爽波
鯵網の曳き声はやくなりにけり 大橋櫻坡子 雨月
鯵網や夕潮さやぎ二処 高浜虚子
鯵裂いて水の匂ひや男の手 佐藤惣之助
鯵釣や帆船にあひし梅雨の中 飯田蛇笏
鰺かわく香に育ちおり青蜜柑 渡辺浮美竹
鰺くふや夜はうごかぬ雲ばかり 加藤楸邨
鰺さばく葭簀の下を水流れ 藺草慶子
鰺ずしの酢のききすぎし暑さかな 水原 春郎
鰺ずしや畳湿らす海の風 中拓夫
鰺に塩ふる港の波のうつくしく 中拓夫
鰺の網真上に蛭子神社かな 雑草 長谷川零餘子
鰺の顔して飛魚の売られあり 坊城俊樹
鰺の鮨つくりなれつつ鳳仙花 水原秋桜子
鰺ばかりかゝる地曳や今朝の秋 白水郎句集 大場白水郎
鰺をたたく日暮の音や海女小路 高尾まもる
鰺を干しま青き海を展べにけり 岸風三楼 往来
鰺を釣り鼻の先だけ潮焼けす 鈴木詮子
鰺刺のしぶきを見せし鏡凪 森田峠
鰺刺の宙にある身を一擲す 百合山羽公
鰺刺の打ち離るると水は刎ぬ 八木林之介 青霞集
鰺刺の摶ったる嘴のあやまたず 水原秋桜子
鰺刺の摶つたる嘴のあやまたず 水原秋桜子
鰺刺の海光まとひ渓に消ゆ 角川源義
鰺刺の真下に海女が頼む礁 桂樟蹊子
鰺刺や一方向に濃き煙 伊藤淳子
鰺刺や空に断崖あるごとし 林翔
鰺刺や青舐の如きひうち灘 武田玄女
鰺割くや夕星低く発光す 中村明子
鰺売にからかひ乍ら傘造り 亀山其園
鰺売の婆着ぶくれて値を引かず 椎橋清翠
鰺干すにこころもとなき天日かな 本宮鼎三
鰺干すや松葉牡丹のかたへより 水原秋櫻子
鰺網や夕汐さやぎ二た処 高浜虚子
鰺網や夕潮さやぎ二処 高浜虚子
鰺舟に三角な帆を張りにけり 柑子句集 籾山柑子
鰺舟の著く日暮まで昼寝かな 癖三酔句集 岡本癖三酔
鰺裂いて一枚の田も持たぬ島 角川照子
鰺買ひし笊を置きたる柱かな 雑草 長谷川零餘子
鰺買ふや犬吠埼も遠からず 今井杏太郎
鰺釣や帆船にあひし梅雨の中 飯田蛇笏 山廬集
鰺釣るや一泓の海艫にあり 雑草 長谷川零餘子
鰺離鯖買う風のかたちの波の町 阿部完市
鰺食つて雨のあがれり島の茶屋 小林勇二
鰺鮓の生姜の匂ふふたりの夜 田村恵子
鰺鯖の干物と替る新茶の値 下村ひろし 西陲集
鰺鯖買う風のかたちの波の町 阿部完市
鶏頭やそここゝと鰺干しひろげ 白水郎句集 大場白水郎
麦秋や磯はこのころ鰺の漁 小杉余子 余子句選
黒海のかもめに釣れし鰺投げる 坊城中子
黒潮の香のいまだある鰺叩く 間地みよ子
●鱚
この雨の明日はからりと鱚の海 波多野爽波
たゆたふは鱚舟ならむ日向灘 松本 進
トラ鱚の薄茶の縞の涼しさう 高澤良一 鳩信 東帝
一片の蓼の葉あをし鱚にそへ 富安風生
俎に色を弾きて鱚果つる 稲畑廣太郎
内海も陸もさみどり鱚の頃 稲見碧子
凪ぎわたり鱚釣舟の間を航く 高濱年尾 年尾句集
半分は遊びの鱚の渚釣り 高澤良一 素抱 四月-六月
古酒にして鱚の刺身のほかなくも 石川桂郎 高蘆
夕潮の音白鱚に箸執らむ 瀧 春一
夜見ケ浜投網にかかる鱚小さし 松崎鉄之介
山陰の白鱚に割る檜箸 揚石八重子
島のバス通ふが見ゆれ鱚を釣る 山田桂梧
島泊り別誂えの鱚料理 高澤良一 ぱらりとせ 夏
島眠る鱚船の灯をちらしては 野中亮介
引き強き鱚の力をよく知れり 高濱年尾
引潮の今がさかひや鱚を釣る 高濱年尾 年尾句集
手に軽く握りて鱚といふ魚 波多野爽波 『骰子』
指にきく鱚の当りや夜明け雲 西野よし枝
晩春や揚もの種の鱚の膚 石塚友二
泳ぎ子のこゝまでは来ず鱚子釣る 野村親二
浴衣着にかへて見てゐる鱚の海 飯田龍太
海上に驟雨の虹や鱚を釣る 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
海潮に似る朝ありて鱚を釣る 下田萩生
漁師等にかこまれて鱚買ひにけり 星野立子
潮がはり白鱚の食ひ止まりけり 田島 秩父
潮たらす瞬時の鱚の美しく 中村増尾
潮照の眩しく鱚の釣れざりし 横関俊翁
潮迅き鱚舟石の碇下ろす 右城暮石 上下
爽暁の絲にときめく鱚と知る 太田鴻村 穂国
男来て鱚とひかりを重ねけり 武田伸一
白南風や皿にこぼれし鱚の塩 田中冬二 麦ほこり
白焼の鱚皿ごとに届きけり 宇佐美魚目 天地存問
真夜中や鱚舟くだる隅田川 木津柳芽
舟生簀潮の碧に鱚泳ぐ 小林葭竹
舟酔はかなし鱚よく釣れながら 小汐大里
船音に目覚む釣宿鱚の旬 川崎克
艪を脇に抱へて鱚の糸を垂れ 水野舜風
若き日の過ぎゆく鱚を食ひにけり 岸本尚毅
荒海の鱚直線に焼かれたり 小檜山繁子
虹の色持ちたる鱚を釣り上ぐる 田中佳嵩枝
針はづす鱚のぬくもり悲しけれ 桶川 皆舟
青年 海猫をまねている 鱚釣の舟から 吉岡禅寺洞
青潮の底まで見えて鱚を釣る 玉木嘉一
青鱚の釣るるを待ちてもてなさる 外尾倭文子
鱚がなめらかな鱗してビクに入ると死ぬる 梅林句屑 喜谷六花
鱚の浦富士見えぬ日の幸多き 永田青嵐
鱚の海紺が紫紺にかはりけり 大橋櫻坡子 雨月
鱚の背のうすき網目の涼おぼゆ 大野林火
鱚ひらくことためらはず君が指 岩田由美
鱚ひらく美濃孫六の出刃使ひ 歌津紘子
鱚天麩羅に笑ひ納めをいたしけり 辻桃子
鱚添へて白粥命尊けれ 石田波郷
鱚焼く娘のうしろ半裸を憚り過ぐ 宮武寒々 朱卓
鱚細く光りジェット機上昇す 山本陽子
鱚舟に研ぎたての波光り寄す 石塚友二 光塵
鱚舟に豊後夏山湧くごとし 橋本鶏二
鱚釣って父に皓歯をかがやかす 大串章
鱚釣つて八重渦潮の上をいでず 橋本多佳子
鱚釣つて妻へ漕ぐ舟子へ漕ぐ舟 谷野予志
鱚釣つて父に皓歯をかがやかす 大串章
鱚釣と言まじへつゝ湯あみゐる 山口草堂
鱚釣にすぐ止む暁けの通り雨 岩田としを
鱚釣にヨツトは岬を廻り出づ 岸風三樓
鱚釣に遠かみなりのさまよへる 瀧春一 菜園
鱚釣の手ごたへ絶えて驟雨きぬ 水谷 晴光
鱚釣や水かげろふの波殺し 冨田正吉
鱚釣や聞え来りし島の鐘 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
鱚釣や青垣なせる陸の山 山口誓子
鱚釣りや温泉宿の浴衣着て 坂本 ひろし
鱚釣りや青垣なせる陸の山 山口誓子(1901-94)
鱚釣れで睡魔いよいよ耐へ難し 石塚友二
鱚食うて海に夕映の紅流る 中拓夫
●べら
げんなりと赤べら魚籠に腹を見せ 高澤良一 ももすずめ 平成三年
べらの潮いまは差し口競ひ釣る 浜中柑児
べらの舟この渦潮に百は見ゆ 佐野まもる 海郷
べらを釣る屋島舳となり艫となり 三浦恒礼子
べらを釣る日延べつゞきの旅役者 田村泊子
べら焼くや紅の縞うすれゆく 広瀬美津穂
べら釣のべら釣れ過ぎて倦みにけり 石原義輝
べら釣の向ふの舟も女づれ 今井つる女
べら釣の波乗小舟島端末に 松本たかし
べら釣るや天守は山の上に小さく 中塚黙史
べら釣れずなり舟酔を感じをり 松下鉄人
大落暉べら一匹と子ら五人 下山田禮子
引率者不在べらの子ちりぢりに 樋笠文
影燦々べら釣りの気ままなる 森田緑郎
焼きて煮てべらの七色失せにけり 立花豊子
赤べらの上に青べら魚籠の中 吉野十夜
青べらの大息つきて果てにけり 佐々木魚風
青べらを釣り落したる潮蒼し 芳野正王
●飛魚
いま生きるため飛魚の飛びつづけ 永田耕一郎 海絣
これよりは飛魚の潮佐渡の海 今井千鶴子
二尾飛んでたちまち飛魚ばかりなり 峠素子
今日あひし飛魚舟の明日を思ふ 藤後左右
大灘の没り日に染まり飛魚とぶ 岡村紀洋
大空へ海動く飛魚がとぶ 池内友次郎
少年の旅へ飛魚加わりし 奥村比余呂
恋人は飛魚のような靴で来る 瀬間 陽子
朝焼の波飛魚をはなちけり 山口草堂
死はきらきらと飛魚の弧を描く 松本恭子
波の上に弾き出されて飛魚とぶ 宮崎牛芽
渡りつつ骨身を鳴らす浜飛魚 宇多喜代子
玄海の真昼の潮の飛魚吐かず 湯浅桃邑
白地着て飛魚わたる海を見る 町田しげき
白絣着て飛魚の眼のごとし 飯田龍太
目に追へる飛魚波に突つさゝり 狩野刀川
真裸の厚胸持てり飛魚舟 藤後左右
眼帯をして飛魚を喰つてゐる 大石雄鬼
秋は淋しくて漕ぐ飛魚一つ飛びしばかりの海を 安斎櫻[カイ]子
空映す飛魚の目や誕生日 赤城さかえ
競られゐて暑き鮟鱇飛魚は涼し 野澤節子 黄 炎
翼張つて飛魚(とび)の紺青大皿に 野沢節子 八朶集以後
舷窓を拭くや飛魚触るるかに 石野 冬青
藍深き玄海の濤飛魚とぶ 小原菁々子
釣人を揶揄し飛魚とぶことよ 大橋敦子
陣なして飛魚の子の飛べりけり 鈴木貞雄
青北風の飛沫の飛魚のはや光らず 文挟夫佐恵 雨 月
風の又三郎てふ猫来て飛魚さらふ 糸山由紀子
飛魚が船にあきたる人にとぶ 大橋五昂
飛魚となる子育るつばめかな 蕪村遺稿 春
飛魚とぶや下弦の月の残る朝 大橋敦子 匂 玉
飛魚とぶや日本海の紺を抜け 大橋敦子 匂 玉
飛魚とんで玄海の紺したたらす 片山由美子 水精 以後
飛魚に対馬は近くなりにけり 古藤一杏子
飛魚に波ひとつなきうねりかな 浜口今夜
飛魚に驚く異国語に満てり 田川飛旅子 花文字
飛魚のきらめきとべる朝日浪 鈴鹿野風呂 浜木綿
飛魚のつぎつぎとべり隠岐近し 田中佳嵩枝
飛魚の児の目の高さ跳んで見せ 福永みち子
飛魚の入りて輝く鮪網 前田普羅 能登蒼し
飛魚の和寇古江を目指し跳ぶ 中尾無涯
飛魚の尾の触れ越ゆるうねりかな 三宅清三郎
飛魚の愉しさ波におぼれ行く 河野南畦
飛魚の水中すでに風つかむ 岩崎法水
飛魚の波に飛びつき沈みけり 松藤夏山 夏山句集
飛魚の波のうねりの果てもなし 森田峠
飛魚の波の穂を追ひ穂におちぬ 原 柯城
飛魚の波をみなは絣織りにけり 黒田杏子
飛魚の海をめぐらす行在所 京極杞陽
飛魚の片翅きらめき飛びにけり 清崎敏郎
飛魚の簀を路地に吊して二階住み 文挾夫佐恵
飛魚の群が国後かくしけり 萩原麦草
飛魚の群れゐる波の立ち上る 藤野 力
飛魚の羽ごと買われゆく平野 対馬康子 愛国
飛魚の翅透くまでにはばたける 福永耕二
飛魚の翔けり翔けるや潮たのし 篠原鳳作
飛魚の翼の光り波を切る 高濱年尾
飛魚の翼はりつめ飛びにけり 清崎敏郎
飛魚の銀鱗光る魚市場 秋川ハルミ
飛魚の飛ぶしろがねや熊野灘 宇多喜代子
飛魚の鱗いちまい忌の指に 松本照子
飛魚もヤマトタケルもまがまがし 夏石番矢 神々のフーガ
飛魚ら 浪切る 艦隊亡んだ海 伊丹三樹彦 写俳集
飛魚をながめあかざる涼みかな 篠原鳳作 海の旅
飛魚をバタ〜呉れぬ鮪船 前田普羅 新訂普羅句集
飛魚を全く吐かず今日の海 森田峠 三角屋根
飛魚を吐きつぐ波の襞ふかし 中村 翠湖
飛魚を焼き草原を失えり 津沢マサ子 華蝕の海
飛魚を煮る細身煙突船去んで 文挟夫佐恵 雨 月
飛魚を見てより隠岐の島近し 橋本青草
飛魚乾く島の路地々々祭り来る 文挟夫佐恵 雨 月
飛魚干して夕映ながし廓あと 北見さとる
飛魚干して草の戸開く稽古海女 広沢 道代
飛魚干す沖失ひて潮曇 湯川雅
飛魚攻めの舟べり叩き海叩き 増富草平
飛魚昏れて盆の大潮みちそめぬ 西島麦南 人音
飛魚焼いてかすみたなびく命なり 阪口涯子
飛魚翔けて鳥への進化志す 泉田秋硯
飛魚跳んで跳んで水平線退る・・・八丈島 高澤良一 ねずみのこまくら 昭和六十三年
飛魚追いは白し夜昼さかな食べ 和知喜八 同齢
鰺の顔して飛魚の売られあり 坊城俊樹
黒木御所真下に荒ぶ飛魚の海 観山繁子
黒潮に突き刺さりては飛魚の群 長谷川閑乙
あご飛べり木平線をひきのばし 南 一雄
●赤＊えい
*えいが一番鮫が二番と涼しかな 松山足羽
*えいの子や遊びの果てに生まれしか 大木あまり 雲の塔
*えいの尾になる町は鶉かな 沾徳
*えいを干す崖の日向に海桐の木 宇佐美魚目
ぺた〜と地を打つ*えいの尾鰭かな 岡田耿陽
わがたましひ赤*えいとなり泳ぐかな 飯島晴子
八月や黒も炎えいろ黒地蔵 猿田咲子
刺されたる*えい泣きゐしがしづまれり 山口誓子
向きあひし二匹の*えいや時雨居る 高木晴子 晴居
地にのこる鮮血*えいを競りしあと 橋本多佳子
夏の終りの浮きぎみの*えいとかしぎぬ 池田澄子
夏終る*えいの煽りを硝子越し 小檜山繁子
大赤*えいものの怪しき姿かな 青木月斗
市にして赤*えいの刺没日赤し 加藤楸邨
引かれゆく赤*えい浜を均しつつ 塚原白里
引網の外道の*えいは鉤打たる 中村春逸
扁平の身を伏せ*えいも寒に耐ふ 津田清子 礼 拝
時雨来て生洲の*えいの泳ぎ居る 高木晴子 晴居
水押さへ押さへて*えいの月日かな 吉田紫乃
水槽の*えいは沈みて動かざる 大野雑草子
水槽の*えいを仰ぎて飽くことなし 大屋達治 龍宮
水槽の無音を*えいの横断す 奥坂まや
生洲べり行つたり来たり*えいのあり 高木晴子 晴居
終戦日朦朧機雷*えいになれ 百合山羽公 寒雁
船火事見し回游ふかくふかく*えい 鈴木勁草
裏山の幼い星よ*えい泳ぐ 坪内稔典
赤*えいのあがりしとふれわたるなり 岡井省二
赤*えいの乾きやまざる鰭を振る 加藤楸邨
赤*えいの広鰭潮を摶ち摶てる 山口誓子
赤*えいの広鰭裏の黄を翻す 山口誓子
赤*えいの眼のひとつある切身かな 茨木和生
赤*えいの瞑想感覚尊けれ 安西篤
赤*えいは毛物のごとき眼もて見る 山口誓子
雑魚と置く赤*えいの眼の憤り 皿井旭川
黒きもの動きて*えいとなりにけり 岡田耿陽
●鱧
いちにちを下京にゐる鱧茶漬 橋本榮治 逆旅
こころざし低きにありて鱧の皮 橋本榮治 逆旅
なりふりの大事な日なり祭鱧 宇多喜代子 象
ぱつたりと風とまり鱧のざくざく 宇多喜代子 象
トロ箱につの字に並び祭鱧 村松 堅
一日を下京にゐる鱧料理 橋本榮治
世辞うまく買はされ戻る祭鱧 羽田 岳水
二階よりこゑの掛かれる祭鱧 石嶌岳
京にありて祭鱧食ぶひたすらに 金子兜太
京都駅下車迷はずに鱧の皮 川崎展宏(1927-)
余り多く酒たしなまず鱧茶漬 月斗
八十の母の鱧裂くたしかなり 吉屋真砂
友の死に堪へゆく鱧を食べにけり 山田みづえ 忘
古里のテレビに乗りし鱧の味 岩田 麗日
土瓶蒸し京ならではの鱧すだち 高木晴子 花 季
大粒の雨が来さうよ鱧の皮 草間時彦(1920-)
大阪の人とし老ゆる鱧の皮 木国
大阪の祭つぎつぎ鱧の味 青木月斗
大阪の雨ざうざうと鱧の皮 茨木和生
大阪を離るる気なし鱧料理 下村非文
妻留守の裁ち鋏鱧の皮を切る 岡本圭岳
小骨切る父の上手や鱧料理 魚洞
川越えてきて水鱧の箸を割く 津根元潮
朋友よ来よ祭鱧など喰はむか 藤平寂信
本能寺会館のこの祭鱧 黒田杏子
水鱧の出る頃の良き夕歩き 田中英子
水鱧やこの件如何ともなし難し 宇多喜代子 象
水鱧や父との酒の舟畳 藤田あけ烏 赤松
洛中の一隅を得て祭鱧 林田江美
活絞めの鱧の頭の落ちさうに 浅井陽子
海の音海へかえりぬ鱧の皮 松原雅子
渦潮の下品(げぼん)に見ゆ(まみゆ)鱧料理 上野章子
湯通しのすなはち鱧の旬なりし 稲畑汀子
灯台が灯り鱧よく釣れはじむ 伊藤元一
病食に鱧つき天神祭なり 米澤吾亦紅
祭鱧を待つや窓外灯り初め 直 俊子
祭鱧祇園小路も奥の奥 小澤實
竹の宿昼水鱧をきざみけり 青々
箸先の鱧の牡丹を崩すかな 草間時彦
老い進む湯攻めの鱧の縮む間も 後藤綾子
肌脱ぎて鱧食ふ父をななめにす 俊三
船板の鱧大口を曝しけり 一行
鉤うつて生けるを示す鱧三尺 青木月斗
関東の男も多弁鱧ましろ 宇多喜代子
雨ぐせの愛染祭鱧買ひに 茂里正治
青竹の林を抜けて祭鱧 大木あまり 火球
食欲のやゝ戻りたる鱧料理 千原叡子
飯鮓の鱧なつかしき都かな 其角
骨切りの年季の入りし鱧料理 倉田白沙
骨切りの鱧に庖丁息あはす 宮島晴子
鱧きうに浪花八百八橋かな 百合山羽公
鱧くれて手紙を書いて呉れといふ きゆう
鱧さげてゆく別荘の主かな 岡田耿陽
鱧のあと雨傘借りて戻りけり 渡辺鶴来
鱧の皮きつてもきれぬ浪速つ子 小松弘枝
鱧の皮ちりちり生くること難し 田辺レイ
鱧の皮焼きて娘もはや浪花人 古賀睦子
鱧の皮買ひに出でたるまでのこと 飯島晴子
鱧の皮長々たりて尾ありけり 森川暁水
鱧の酢に文句をつけて堺の出 伊藤白潮
鱧の酢や満座の酔に酔はずをり 登四郎
鱧の骨上手に切れて祭膳 後藤夜半
鱧の骨切る竹林は呆けたり 阿保恭子
鱧の鮓や満座の酔に酔はずをり 能村登四郎
鱧の鰭や満座の酔に酔はずをり 能村登四郎
鱧やけていつまで夫の独り酒 村上 光子
鱧を切る包丁梅雨を研ぎすまし 長谷川かな女 花寂び
鱧を焼く匂ひも錦小路かな 木内怜子
鱧幟濡手となれば母若し 香西照雄 対話
鱧湯びき洛北の尼さそひ出す 赤松子
鱧焼けていつまで夫のひとり酒 村上光子
鱧皮や夕餉半ばに雷迫り 村上光子
鱧食うて伊予万歳を楽しめり 星野高士
鱧食うべ杉箸の香の宵祭 岩井英雅
鱧食ふやまたもかるがるしき恋を 仙田洋子 雲は王冠
鱧食べて太閤贔屓でありにけり 山崎房子
鱧食べて後の祇園の涼み琵琶 伊藤いと子
鱧食べて悲しむことのまだありぬ 大木あまり 雲の塔
鱧食べて我も浪速の祭人 矢津 羨魚
鱧鮓を膝に金比羅囃子かな 壺井久子
鱧鮨をひらくやはしる山椒の香 水原秋櫻子
●穴子
ひきだしの中段あたりくねる穴子 坪内稔典
ひらかれて穴子は長き影失ふ 上村占魚
一太刀に穴子の頭飛びにけり 小澤實(1956-)
一桶の寿司ことごとく穴子寿司 小澤實
一組の夫婦竿てふ穴子釣る 中村春逸
一舟の夜へつづくなり穴子筒 柴崎七重
上方の穴子押鮨春の宵 國島十雨
夕河岸を穴子釣舟出るところ 滝本除夜子
夜の底の藻屑の穴子釣られけり 松田季風
夜の海の底つつきゐる穴子釣 斉木永久
尾道や手押車の穴子売 沖 鴎潮
山盛りや頭ついたる焼穴子 岡井省二
底潮の荒れかこちをり穴子釣 野原春醪
待ちし甲斐ありし茶店の穴子飯 稲畑汀子
揚げ舟に憑きゐる鼠海鰻釣り 米沢吾亦紅 童顔
播州の海の明るき穴子かな 成瀬櫻桃子
朝市や捨値となりし穴子鳴く 西村梛子
棍棒のごとき穴子が釣れにけり 橋本 榮治
水槽に水溢れしめ漁穴子 高澤良一 素抱 七月-九月
水涸れの年の大きな穴子かな 斎藤夏風
港を出る船のあかるさ穴子釣 瀧春一 菜園
無雑作な殺意つぎつぎ穴子割く つじ加代子
爆発の記事に座りて穴子釣る 大石雄鬼
父の日は哀しからずや穴子鮨 依光陽子
犇いて口中しろき穴子かな 山西雅子
穴子の目油に濡れてゐるやうな 中田剛 珠樹以後
穴子丼食べ播州の旅半ば 岡田日郎
穴子割く天井高き魚市場 栗山妙子
穴子割く舟宿の昼冬うらら 青木重行
穴子漁船待ち顔の嬶衆 高澤良一 素抱 七月-九月
穴子白焼どこかで始まる人の離別 藤本常彦
穴子縄沈む標旗の赤や青 小池ミネ
穴子舟けふは化粧ふて囃子舟 高澤良一 寒暑 七月-九月
穴子釣るや汐の満ちくる船溜り 野村喜舟
穴子釣る舟夕月にところ得て 三田青里
穴子食み世の趨勢を窺へり 老川敏彦
穴子食む船笛近き子の住所 田中芙美
穴子鮨買つて乗り継ぐ連絡船 池田秀水
竿先の鈴闇に鳴る穴子釣 松本幹雄
縦長の割れ目に穴子が入ります 猪原丸申
観能を中座して来し穴子めし 伊藤白潮
釣りあぐる穴子はなやか夜光虫 春木狂花
鰻より穴子を裂くは滑らざる 尾崎木星
●鰻
あかつきの湯町を帰る鰻捕り 飯田龍太
いのち今日うなぎ肝たべ虔めり 籏こと
うなぎの日うなぎの文字が町泳ぐ 斉藤すず子
うなぎひしめく水音朝のラジオより 豊田晃
うなぎべんとうむさしの遠歌夜の方 兼近久子
うなぎやのせまき梯子の三の酉 車谷 弘
うなぎやの二階にゐるや秋の暮 大場白水郎(1890-1962)
うなぎやの大小すてし氏素性 富安風生
うなぎやの奥の小部屋の日短き 車谷弘
うなぎ屋が歳暮によこす味醂かな 龍岡晋
うなぎ屋に冬の菖蒲がさしてあり 細見綾子 黄 炎
うなぎ屋のうの字のながき小春かな 倉田春名
うなぎ屋のうの字延びきる暑さかな 川合 正男
うなぎ屋の二階にゐるや秋の暮 白水郎
うなぎ屋の離れ座敷や傘雨の忌 酒井 武
うなぎ焼くにほひの風の長廊下 きくちつねこ
うなぎ笊ころがしてある雨月かな 安住敦
うなぎ荒食う棒にとりつく暁の色 赤尾兜子
うなぎ食ふことを思へり雲白く 稲垣晩童
うなぎ飼一と隈水を騒がする 石川桂郎 高蘆
うなぎ鳴くをんなが嗚咽もらすかに 熊谷愛子
この竹瓮鰻の入る筈なりし 後藤比奈夫
この頃は戯作三昧うなぎめし 深川正一郎
ぞろぞろと土用鰻を食べにゆく 見学玄
どの船も鰻掻くなり春浅き 大場白水郎 散木集
ひつそりと鰻裂きをり稲の花 岸本尚毅 舜
ひと切れの鰻啖へり土用丑 石塚友二
ほととぎす勢田は鰻の自慢かな 許六 四 月 月別句集「韻塞」
まだ逃げるつもりの土用鰻かな 伊藤伊那男
まないたの疵曼陀羅や鰻割く 百合山羽公 寒雁
みちのくの月夜の鰻あそびをり 加藤秋邨 吹越
やりすごす土用鰻といふものも 石塚 友二
ゆく雁や船傾けて鰻掻く 大場白水郎 散木集
カンテラを灯し出て行く鰻舟 市川久子
ダイアル湿りむすめ鰻の匂ひする 宮武寒々 朱卓
ルンペンの土用鰻香風まかせ 平畑静塔
一気に書く土用うなぎの墨太く 吉田北舟子
一石路の土鰻頭へ冷酒そそぎ泣けてくる 橋本夢道 良妻愚母
丁字屋に鰻食べゐる暮春かな 小宮山政子
三島の宿雨に鰻をやく匂ひ 杉本寛
上背ある次男と土用鰻食ぶ 高澤良一 さざなみやっこ 夏
仏名や鰻頭は香の薄けぶり 浜田酒堂
僧となる鰻も滅入る大暑かな 筑紫磐井 花鳥諷詠
八つ目鰻割く吸盤に指入れて 吉田紫乃
八目鰻(やつめ)捕る川の向かうの頑固爺 高澤良一 随笑 七月-九月
初不動門前町の鰻の香 片山桃弓
千早振(ちはやぶる)苔のはえたる神鰻 上島鬼貫
否もせも芋の鰻もたびら雪 加藤郁乎
命けふ鰻肝食べ虔めり 籏こと
土用うなぎ冷戦に要るエネルギー かとうさきこ
土用うなぎ家族ぐるみの夜となれり 中島宗々子
土用丑うなぎ啖ふに訃報来る 文挟夫佐恵 雨 月
土用鰻うの字大きく紺暖簾 蕪木啓子
土用鰻今日受難日と思ふべし 法本フミ女
土用鰻劉寒吉の歌と待つ 八木林之助
土用鰻店ぢゅう水を流しをり 阿波野青畝
土用鰻息子を呼んで食はせけり 草間時彦
土用鰻焼いて古利根けぶらせり 瀧 春一
土間暗く鰻に水を流しおく 森田智子
売物のへちまに似たる鰻筌 関森勝夫
夏帽子鰻と化けし大暑かな 高橋睦郎 金澤百句
夕づくや杉菜をさなき鰻塚 小澤満佐子
夜の目にも鰻のかたち釣れて来る 青葉三角草
夜の鰻突くとておろす蔓梯子 藤原 如水
夜長し家号鰻の絵の添ひて 昭彦
大寒の老体五名鰻食ふ 佐藤鬼房 「何處へ」以降
大水車ときに黄河の鰻上ぐ 松崎鉄之助
宗右衛門町の裏見て鰻食ふ 浦野芳南
家長われ土用鰻の折提げて 山崎ひさを
寒雁や碁盤目眠る鰻池 百合山羽公 寒雁
少年の汗もかかずに鰻裂く 岸本尚毅 舜
川風や鰻を焼いて三代目 大木かず子
平成の茂吉顔して鰻食ふ 細梅数生
庖丁で鰻よりつゝ夕すゞみ 一茶 ■文化十二年乙亥(五十三歳)
店長の売り声もして土用鰻 中沢菊絵
形見て鰻焼く待つ麻のれん 石川桂郎 高蘆
影掃いてしまへり土用うなぎの日 牧石剛明
我もまた朽チテシ止マム鰻くらう 清水哲男(1938-)
持ちたくて必ず落とす鰻かな 竹本仁王山
揚げ舟に憑きゐる鼠海鰻釣り 米沢吾亦紅 童顔
放流鰻海に呑まれて寒からむ 百合山羽公 寒雁
放生の鰻ぬるりと沈みけり 齋藤朗笛
放生の鰻は桶の円に沿ふ 大橋敦子 手 鞠
故里の青嶺さびたり鰻食ふ 細見綾子 黄 瀬
旅疲れ癒す鰻と誘はるる 稲畑汀子
日盛りに並べたてたり鰻籠の闇 鳥居美智子
昼餉のあとごろり鰻にでもなるか 高澤良一 随笑 七月-九月
暁の灯に土用鰻の荷をつくる 中野 貴美子
杖のごとき永良部鰻の黒焼よ 高木良多
桐咲いて鰻の寝床のやうな町 高澤良一 寒暑 四月-六月
梅林を来てうなぎ屋の障子文字 高橋青塢
江戸川は鰻活すや夏の月 野村喜舟 小石川
沖へ放つ帰ることなき親鰻 百合山羽公 寒雁
沢潟をうなぎの濁す沢辺かな 亡-嵐蘭 芭蕉庵小文庫
河童忌の肩をおとして鰻食ふ 萩原麦草 麦嵐
浅草の鰻をたべて暑かりし 臼田亞浪 定本亜浪句集
浪黒き鰻十荷や放生会 黒柳召波 春泥句集
涅槃の日鰻ぬるりと籠の中 飯田龍太 遅速
涼しさよ鰻頭喰ふて蓮(はちす)花 広瀬惟然
深草にぽつちりと灯や鰻捕り 田村木国
渓流に土用鰻を活かしをり 高澤良一 随笑 七月-九月
湖の霧に現れ鰻舟 今川 青風
炎天に池を置き去る鰻番 百合山羽公 寒雁
炎天や笠頼母しき鰻掻き 柑子句集 籾山柑子
炎天や鰻つかめば鳴くきこゆ 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
照り返し強し鰻の日の舗道 高澤良一 ねずみのこまくら 平成元年
牡丹をかたはらにして鰻食ふ 和田耕三郎
独り子が寒の鰻を惜しみ食ふ 沢木欣一
産み月の娘に天然の鰻買ふ 土井朝子
田鰻の首持ち上げし落とし水 西谷剛周
畦の子ら声つつぬけに鰻捕る 向井いさむ
病室へ土用鰻の御用聞 開田華羽
白地着て鰻を食べにゆく日あり 後藤比奈夫 花びら柚子
白魚にまじり鰻の仔も透ける 大橋敦子 匂 玉
祭来る顎で重ねて鰻めし 角川春樹 夢殿
秋霖をついて朝より八目鰻(やつめ)漁 高澤良一 随笑 七月-九月
竜巻に野蒜飛ぶなり鰻池 水原秋桜子
簀の鰻がんじがらみに育ちをり 中 裕
網シャツに秋風立つよ鰻番 百合山羽公 寒雁
羅のそもそも鰻嫌ひなる 藤田あけ烏 赤松
背筋丸めてゐたりしが鰻雑炊 神崎忠
胡座かき古本整理鰻の日 高澤良一 寒暑 七月-九月
腰の辺に浮く丸桶や鰻掻 竹下竹人
芦間より夕日を見遣る鰻掻 佐野美智
花遅き高遠に来て鰻食ふ 青木重行
芽柳の触れゐる鰻供養の碑 花田由子
草紅葉焦げて鰻の餌の終り 百合山羽公 寒雁
荒涼と荒川鰻裂いて貰ふ 細見綾子
藁苞に尾頭を出す八目鰻かな 岩見汀波
蘭亭の細き田川に鰻掻く 関森勝夫
蜆は朝鰻は午後と漁仕分け 高澤良一 随笑 七月-九月
遣り過す土用鰻といふものも 石塚友二
門川や重ね漬けある鰻笊 野村喜舟
雨の中漁して鰻の地獄どめ 高澤良一 寒暑 四月-六月
雪の江の底を掻くなり鰻掻き 柑子句集 籾山柑子
霜月や軒にかさねし鰻笊 安住敦
青い月夜の三人が鰻詠む 和知喜八 同齢
風少しありて助かる鰻の日 高澤良一 随笑 七月-九月
高篝り鰻漁と聞く野分の夜 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
魚籠のまま土用鰻の到来す 亀井糸游
鮎はあれど鰻はあれど秋茄子 正岡子規
鰻*どを揚ぐる加減のありにけり 大木葉末
鰻ともならである身や五月雨 木歩句集 富田木歩
鰻にもならぬ野老の味を知れ 高木蒼梧
鰻の日なりし見知らぬ出前持 後藤夜半(1895-1976)
鰻の香ながす鰻松あな憎し 高澤良一 素抱 七月-九月
鰻より穴子を裂くは滑らざる 尾崎木星
鰻入りパスタ何しろ思ひつき 泉田秋硯
鰻召せ長寿の因(もと)の鰻召せ 高澤良一 宿好 七月-九月
鰻喰うて間延びした顔店を出づ 高澤良一 随笑 七月-九月
鰻掻き去りたるあとのいなびかり 水原秋櫻子
鰻掻くや顔ひろやかに水の面 飯田蛇笏 山廬集
鰻放流沖の鯖雲底光る 百合山羽公 寒雁
鰻松に入れば鰻のやうな客 高澤良一 素抱 七月-九月
鰻松も賑はひみせぬ宵祭 高澤良一 素抱 七月-九月
鰻池に藁ういてゐる朝ぐもり 桂信子 緑夜
鰻池鉄管曲げて冬眠す 百合山羽公 寒雁
鰻焼く春一番の白波に 岸本尚毅 鶏頭
鰻田に及べる遠き霜くすべ 能村登四郎
鰻田へ色ある春の雨斜め 河野南畦 湖の森
鰻田へ阿波浄瑠璃のなみだごゑ 林徹
鰻突く人あり湖の日の落ちて 鳥越三狼
鰻笊二つ重ねし生簀かな 後藤夜半 底紅
鰻簗木曽の夜汽車の照らし過ぐ 大野林火
鰻繁の黄のおしぼりの囀りさう 高澤良一 随笑 四月-六月
鰻裂くを一心に見ていぶかしむ 細見綾子 黄 炎
鰻裂く情け容赦もなかりけり 渡辺 笑子
鰻選る涼しき小屋のなまぐさき 百合山羽公 寒雁
鰻食うカラーの固さもてあます 皆川盤水
鰻食ひあくまでも二兎追ふ話 川村紫陽
鰻食ふための行列ひん曲る 尾関乱舌
鰻食ふカラーの固さもてあます 皆川盤水
鰻食ふ会社勤めを諾ひつ 清水基吉
鰻食ふ役者を捨てし鼻赤く 下田稔
鰻食ふ藍ひといろに山迫り 広瀬直人
鰻食べ茂吉の詩魂学ぶべし 福田蓼汀 秋風挽歌
鰻飼ふ水の続きを蓮田へ 田川飛旅子
黍青く生簀に土用鰻あり 瀧春一 菜園
●鮑
いただきし伊勢の土産の鮑かな 笈木 志津女
うかみ来る顔のゆがめり鮑採 伊藤柏翠
かたおもひ歯にも合ざる鮑哉 松岡青蘿
けふぞ汐干岩間失ふ鮑取 重九 選集「板東太郎」
この女医も風邪ひけり午の剋鮑をさく 岸風三楼 往来
とりわけて傷の鮑の大きかリ 深見けん二
どこまでも鮑の肉の縮みゆく 長谷川櫂
ひたひたひた夜の音ひらふ大鮑 岡井省二
ふなばたを半ばのり出て鮑突く 鈴鹿野風呂 浜木綿
ま新しき晒をば緊め鮑攻む 伊藤敬子
よろしき句大き鮑とたとへたる 小澤實
をしげなく海女の呉れたる焼鮑 鈴鹿野風呂 浜木綿
ゴーギャンの女等の声鮑舟 加藤耕子
一舟にひとり鮑を採る荒磯 田村了咲
乱磯をつたひ分れて鮑とる 澤村 芳翠
冬潮の透けて鮑の産卵期 高澤良一 燕音 一月
冬鮑あまた揚りて星うるみ 松村蒼石 雪
凪のあと風涼しくて鮑食ふ 中拓夫
初獲の鮑磯笛吹き示す 茨木和生
十六夜に蹴つて鮑の殼なりし 山尾玉藻
口中に鮑すべるよ月の潟 野澤節子 黄 炎
噛むといふ快楽を春の鮑かな 辻桃子 ひるがほ
地震のあと潮が濁ると鮑海女 中山秋月
夕焼のながかりしあと鮑食ふ 森澄雄 浮鴎
大濤に横たはり透け鮑海女 橋本鶏二
大金のごと磯鮑押しいただく 高澤良一 随笑 七月-九月
大鮑さゝげうそぶく壱岐の海女 阿波野青畝
大鮑海底の香に売られけり 村山古郷
太陽へ海女の太腕鮑さげ 西東三鬼
宵越しの金もて鮑仕入れけり 鈴木真砂女
宿の婢も鮑取る技持つと云ふ 柘植芳朗
山育ち嫁して巧みな鮑海女 高橋利雄
岩礁の瀬にながれもす鮑取 飯田蛇笏
已が貝にて焼かるる鮑夜の茶寮 長谷川かな女 花寂び
帰郷後を鮑の殻の照り合えり 五島高資
房総産鮑槽(ふね)よりひっぺがす 高澤良一 燕音 七月
押し移り浪移りして鮑桶 鈴鹿野風呂 浜木綿
春鮑船乗り夫恋うかあさん海女 橋本夢道 『無類の妻』以後
月明や夜撫の鮑笊に生き 西村公鳳
朝凪や能登の海女きて鮑とる 渡辺しげる
朝市の鮑うごめく岬町 武田光子
朝曇鮑をとりに真水持ち 宇佐美魚目 秋収冬蔵
歳月や大きな鮑がやや動く 和知喜八 同齢
水眼鏡して顔小さし鮑とり 平松竃馬
泡一つより生まれ来し鮑海女 小原菁々子
浮かぶ身を岩に支へて鮑採る 松谷麓鶯
海原として一塊の鮑描く 有馬朗人 母国
海女すがる桶の傾ぎて鮑見ゆ 森田峠 避暑散歩
海女すぐに鮑を売りし銭を子に 石井とし夫
海女の子が海女となる日の鮑桶 高田道女
海女の目のなかに鮑の国つくり 阿波野青畝
海底も上天気よと鮑海女 山中一土子
海老・鮑生簀を異に花ぐもり 鈴木真砂女 夕螢
海重き海の速さの鮑採 対馬康子 吾亦紅
海霧の中漕ぎ出で鮑密漁す 水見悠々子
渦潮の底礁匐へる鮑とり 飯田蛇笏 春蘭
潮こぼす鮑生簀を投げ積に 高井北杜
潮垂るゝ若布と鮑磯開き 尾上 萩男
濤の襞手づたひ落ちぬ鮑海女 橋本鶏二
煮鮑に厄日の象牙箸重き 長谷川かな女 花寂び
煮鮑や雨煙りして岬泊り 大木あまり
白梅や水の清きに鮑も居ず 野村喜舟 小石川
真中に鮑が坐る夏料理 鈴木真砂女
睡りてはつぶやく鮑水の泡 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
磯笛に譜はなく鮑捧げ浮く 千田一路
磯笛は命の叫び鮑海女 伊東宏晃
礁こす浪にぶつかり鮑桶 鈴鹿野風呂 浜木綿
礁飛びして波に消ゆ鮑海女 舘野翔鶴
神官は鮑なだめてゐたりけり 伊藤敬子
秋めくや鮑のわたの暗みどり 高橋睦郎 荒童鈔
秋風や海のみのりの大鮑 大岳水一路
笑ひつゝ死ぬまで鮑採ると言ふ 石井とし夫
管鮑や炮烙うりしはした銭 妻木 松瀬青々
管鮑や花の盃とり交はし 河野静雲 閻魔
築地かな百の鮑を天に向け 櫂未知子 蒙古斑以後
籠の鮑ひらく明るい草のホテル 武田仲一
糶を待つ樽に鮑の伸び縮み 斉藤とみ
美貌にもこめかみありて鮑食ぶ 本宮鼎三
聖鐘に祈りおくれし鮑採 朝倉和江
腰縄の刀いかつくて鮑取 飯田蛇笏
舟べりをつぎつぎ蹴つて鮑海女 八木林之介 青霞集
花の雨鮑のわたを煮込みけり 鈴木真砂女 生簀籠
菊の花咲くや鮑によりかつを 立花北枝
菜の花に鮑釣舟を寄せにけり 山本洋子
落葉積む鮑石流觴曲水址 石原八束 風信帖
蒸し鮑提げて足柄山を越ゆ 宮岡計次
藪入の鮑の海を渡り来し 鈴木穀雨
解禁を待つ間婢として鮑海女 稲畑汀子 春光
象嵌の文箱なりし鮑かな 山岡正嗣
閼伽桶に泥鮑を飼うていたりけり 本多豊明
顔伏せて濤やり過ごし鮑とり 山田千城
鮑(あわび)の上あるく鮑よ一遍忌 高澤良一 ねずみのこまくら 昭和六十一年
鮑(ハウ)先生赤子の寒き耳を診る 田中裕明 櫻姫譚
鮑かむ鼻が重たき孤独かな 渡部陽子
鮑つき浪にもまれてあやまたず 鈴鹿野風呂 浜木綿
鮑とり桶をいのちの熊野浦 鈴鹿野風呂 浜木綿
鮑とる一舟天と地のあはひ 原裕
鮑とる十六海女の濡羽髪 鈴鹿野風呂 浜木綿
鮑とる萬葉の濱炎天下 八木林之介 青霞集
鮑は身を皿に伸しゐて雷くるか 吉田ひで女
鮑らに凪の岬の透き通り 村田脩
鮑剥く刃を春潮にひたしけり 辻桃子
鮑採るおせんは海女の中の海女 石井とし夫
鮑採る海女去り稽古海女残り 森田峠 避暑散歩
鮑採る海女達夜は紅纏ひ 加藤かけい
鮑採をさな顔あげ磯なげき 田畑比古
鮑採志摩に生れて志摩を出ず 長谷川素逝
鮑桶ことに傾きいくり浪 鈴鹿野風呂 浜木綿
鮑桶すがり憩ひに傾ける 鈴鹿野風呂 浜木綿
鮑桶ほして門ごとの昼ふかく 松田洋星
鮑桶海女のたつきの何もかも 鈴鹿野風呂 浜木綿
鮑桶高浪の穂につと走り 鈴鹿野風呂 浜木綿
鮑海女てんぐさ海女を嗤ふとか 石井とし夫
鮑海女らしき舟炉の一と煙 児玉 菊比呂
鮑海女天に蹠をそろへたる 橋本鶏二
鮑海女波に酔ひしと礁の上 竹田 ひさの
鮑海女流るる舟に髪を結ふ 橋本鶏二
鮑海女種火のこして出てゆきぬ 下田稔
鮑海女綱締めの腰ひとゆすり 平子公一
鮑海女飛ばしめし舟軽からん 八木林之介 青霞集
鮑貝砺としたり桃の家 阿波野青畝
鮑食ふ短夜真珠こぼるるか 萩原麦草 麦嵐
鰯雲鯛も鮑も籠りけり 北枝
鵜よごれの島をめぐりて鮑つく 鈴鹿野風呂 浜木綿
あわび売るうしろで海が夜となる 渡辺倫太
夜のあわび一枚岩を這ふといふ 高澤良一 ぱらりとせ 夏
●海酸漿
さよならと海酸漿を含みつつ 行方克巳
妹が口海酸漿の赤きかな 高濱虚子
引く潮に海酸漿のかたまりぬ 今泉貞鳳
旅長し海酸漿の美しき 高野素十
星の音海酸漿を鳴らす子に 森田緑郎
月蝕の海酸漿を鳴らしおり 永野照子
海酸漿かんで商ふ糸切歯 金子扇踊子
海酸漿こぼれ玉なる孵化の頃 吉田透思朗
海酸漿をのこら胎を恋ひ睡る 柚木紀子
海酸漿鳴らしてみせて朝市女 小坂富子
海酸漿鳴らして曇る妹よ 田口満代子
海酸漿鳴らす真昼の淋しさに 塩野谷仁
潮透くや海酸漿の礁いくつ 和田祥子
繋索に海酸漿のまとひけり 阿波野青畝
虎魚飼ふ海酸漿の石枕 出口まこと
海ほほづき流れよる木にひしと生え 杉田久女
海ほほづき赤く染め街は捕物流行 長谷川かな女 花寂び
海ほほづき頬かがやかしゐて鳴らず 桜井博道 海上
海ほほづき鳴らしてみせて売る女 初村迪子
海ほほづき鳴らして旅を恋ひにけり 加藤三七子
海ほほづき鳴らして父も母も無き 利根川妙子
海ほほづき鳴らせば遠し乙女の日 杉田久女
●蝦蛄
おほいなる蝦蛄の鎧のうすみどり 見學御舟
つらつら見蝦蛄や何為に透きとほる 下村槐太 天涯
カボスと蝦蛄と目細く生きて神代髷 谷山花猿
下冷や身の透く蝦蛄の土間に跳ね 石川桂郎 四温
先生の馬に似し歯や蝦蛄を食ふ 吉岡禅師洞
初めての蝦蛄に刺されし釣師われ 玉木 こうじ
天空下蝦蛄仰向けに干されける 山口草堂
月の出の月の輪郭蝦蛄ひしめき 矢野千代子
朝市の口開けといふ蝦蛄を買ふ 能村研三
死者のため茄でたての蝦蛄手で喰らふ 飯島晴子
水揚げの二人掛りの蝦蛄の桶 高澤良一 随笑 十月-十二月
煤払ひ済みて晩酌地場の蝦蛄 高澤良一 随笑 十月-十二月
生ける蝦蛄茹でたる蝦蛄に水とばす 小澤實 砧
産土よ蝦蛄となりゆく足のうら 上田 玄
白峰の夜風なりけり蝦蛄の鮨 谷村幸子
籠の蝦蛄一つ跳ねれば一斉に 根葉松苑
糶箱の蝦蛄秋灯に鎌を上ぐ 園部雨汀
縄外す蝦蛄わらわらと日を返す 木村敏男
背を曲げて蝦蛄鮓圧すにふくみ酒 萩原麦草 麦嵐
蝦蛄が旬小樽の海の静かなる 大井雅人
蝦蛄の尾のするどき扇ひらきけり 見学御舟
蝦蛄や山のてつぺん明るうて 谷口佳世子
蝦蛄を釣る地声の太き浜男 保坂リエ
蝦蛄仙人掌咲く珈琲の香の中に 池田秀水
蝦蛄剪つて濡るゝ鋏も春深し 龍雨
蝦蛄売のふらり来る街稲妻す 大木あまり 山の夢
蝦蛄舟の着きて朝から浜細る 高井北杜
蝦蛄跳ねる手応へしかと手籠提げ 奥園克己
透きし身を重ねて暗し蝦蛄の桶 きくちつねこ
釜地獄蝦蛄の鎧もうだり終ゆ 清原麦子
釜茹での蝦蛄に夕映始まれり 高澤良一 随笑 十月-十二月
●蟹
あおむけの蟹炎天を掻きむしり 小宅容義
あかき蟹庭の驟雨に出て遊ぶ 木津柳芽 白鷺抄
あしの穂や蟹をやとひて折もせず 内藤丈草
あふむきで値切られている越前蟹 栢尾さく子
あゆみさりあゆみとゞまる夜の蟹 飯田蛇笏
あるまじき蟹の睫毛や冬の椅子 増田まさみ
いくたびも蟹岩を落ち身をかくす 加藤知世子 花 季
いけんだ煮蓋つき上げし蟹の脚 岸風三樓
いざ宵も猶蟹の目の夜もすがら 斯波園女
いんちきな手品も楽し芙蓉蟹 筑紫磐井 花鳥諷詠
おがくずの動き出したるずわい蟹 山田弘子
お昼のニュース越前に蟹あがるとよ 高澤良一 寒暑 十月-十二月
か、彼が 遠くの蟹へ帰るころ 坪内稔典
かくれがほに蟹せゝりをる海雲かな 阿波野青畝
かしこくて蟹は遁行汐干哉 松岡青蘿
かなかなの森濡れ蟹の歩くなり 松村蒼石 春霰
かぼちや咲き眼立て爪立て蟹よろこぶ 西東三鬼
がくがくと鋏揺れつつ蟹よぎる 山口誓子
ぎしぎしや弁慶蟹の栖処 籾山梓月
こうばく蟹うまし十指をよごしけり 楠 久子
こうばく蟹波陸削る夜なりけり 高澤良一 さざなみやっこ 冬
この岸にわが彳(た)つかぎり蟹ひそむ 山口誓子(1901-94)
この崖にわが彳つかぎり蟹ひそむ 山口誓子 激浪
さざれ蟹足這ひのぼる清水哉 松尾芭蕉
さはさはと蟹這ふ冬夜の地学室 中拓夫 愛鷹
さらに干て藻屑の蟹も出で遊ぶ 篠田悌二郎 風雪前
さわ蟹の畳を這へる泊りかな 明石 茂子
ざり蟹のからくれなゐの少年期 野見山朱鳥
ざり蟹のつかれ知らざる子に弄ばる 相葉有流
しぐれ来てはさみ忙しや蟹の市 山本一糸
しぐれ笠目深に越の蟹売女 木下ふみ子
しづけさにたゝかふ蟹や蓼の花 石田波郷
すこし眠って 思い出も消す 蟹獲り老人 伊丹公子
ずわい蟹いま燦々と切られをり 飴山實
ずわい蟹ひたすら食らふ閑かさよ 斉木 永久
ずわい蟹両腕組んで豪のもの 高澤良一 ぱらりとせ 冬
ずわい蟹肢折りしやぶる岬人 高島筍雄
ずわい蟹肩肘張つて届きけり 三宅郷子
ずわい蟹茹でる灯靄の人だかり 坂本其水
ずわい蟹食ふ狼藉を尽しけり 白岩三郎
ずわい蟹食ぶる器用と不器用と 椎橋清翠
せいこ蟹蟹丼にして唐錦 高澤良一 寒暑 十月-十二月
たましいの冷めゆくところ沢の蟹 和田悟朗
たらば蟹ずばと包丁入れにけり 高澤良一 さざなみやっこ 冬
たんぽぽの座を火の色の蟹よぎる 内藤吐天 鳴海抄
ちかぢかと赤く醜き蟹をみる 百合山羽公 故園
つままれて脚硬ばらす磯屑蟹 高澤良一 さざなみやっこ 夏
とどまりてふと潺潺と走る蟹 小池文子 巴里蕭条
とまれ弱者蟹は目を立て鋏あげ 福田蓼汀 秋風挽歌
とらわれの蟹炎天を掻きむしり 小宅容義
とろ箱に朝日一閃冬の蟹 石田阿畏子
どの蟹もはしれり人に吾は背かれ 下村槐太 天涯
のどかさやつついて見たる蟹の穴 正岡子規(1867-1903)
ひとでふみ蟹とたはむれ磯あそび 杉田久女
ぴらぴらと蟹の口許南風吹く 高澤良一 ももすずめ 平成三年
ぶつかつてここは譲れぬ蟹同志 高澤良一 ももすずめ 平成三年
ほぐし食ぶ蟹美しき年忘れ 西本一都
まっさおな海犯し続ける渚の蟹 森田高司
まつ宵や招き合ひたる田打蟹 車庸 俳諧撰集「藤の実」
まんじゆしやげ子はせせらぎに蟹もとめ 太田鴻村 穂国
みしみしと蟹喰ふ人に盆の月 高橋睦郎 荒童鈔
みじろがぬ蟹のまわりに男いて 宇多喜代子
もくもくと藻屑蟹漁濁り川 高澤良一 随笑 七月-九月
もの影のごとく蟹の子生まれけり 山本洋子
やまの蟹うみの蟹ゐて松の荘 瀧 春一
やや乾く蟹の甲羅や夕霞 永井龍男
ゆく春の蟹ぞろ〜と子をつれぬ 飯田蛇笏 霊芝
ゆく船へ蟹はかひなき手をあぐる 富澤赤黄男(1902-62)
ゆで上りたる蟹笊に十三夜 鈴木真砂女 生簀籠
よしあしの其まゝすゞし蟹の穴 松岡青蘿
わさび田の畦の沢蟹みづみづし 石井青歩
わらわらと乾きて蟹の砂だんご 高澤良一 素抱 七月-九月
われ立つと断崖の蟹海へくだる 野見山朱鳥
われ門に立つ時蟹も穴に立つ 相生垣瓜人 微茫集
コクトウの詩を読む蟹が足許に 内藤吐天 鳴海抄
ジヨコンダが蟹妊めりと風呂でおもふ 竹中宏 句集未収録
トロ箱を蟹の這ひ出る糶初め 福川悠子
バラバラのパックの蟹買ふ多喜二の忌 斎藤由美
ピアノ弾く白い渚の蟹のやうに 大屋達治 繍鸞
ライラック来 蟹股の神ら 加藤郁乎
一斉に臼搗蟹のはじめけり 比叡 野村泊月
一群の沢蟹に序のあるらしく 村田一峯
三月菜つむや朝雨光り降る 渡辺蟹歩
下り簗川蟹くろき甲羅着て 野澤節子
下り簗蟹現れて鮎を喰ふ 花島一歩
下腹部の大きな蟹に霙降る 田中信克
両眼を低くして蟹穴を出づ 山口誓子 晩刻
久闊のこゑ生きいきと冬の蟹 白井 爽風
乳さぐる小蟹の如くかじかむ手 赤松[ケイ]子
乾いた手ばかりで掴む夕餉の蟹 久保純夫 瑠璃薔薇館
二タ蟹の爪たゝかへる清水かな 東洋城千句
二尺蟹糶るに応へて着ぶくれて 石川桂郎 高蘆
五月雨の蟹這ひよれり草川居 四明句集 中川四明
人はたしかに沢蟹の清流をかへり 金子皆子
今日より誰にも負けず蟹の殻踏みしめ 細谷源二
他の蟹を如何ともせず蟹暮るる 永田耕衣 驢鳴集
代る代る蟹来て何か言ひては去る 富安風生
例外もなく一方へ蟹のがる 篠田悌二郎
光るもの多し蟹江の水の秋 稲畑汀子 汀子第二句集
兜蟹交り兜の音もなし 和知喜八 同齢
入日より紅き蟹並ぶ寺泊 折井醜琴
入梅や蟹かけ歩く大座敷 一茶
八月尽蟹を踊らすテレビ見て 百合山羽公 寒雁
冬凪や岩のくぼみに小蟹這ふ 河本好恵
冬灯蟹の甲羅はキチン質 高澤良一 さざなみやっこ 冬
冬瓜を求めて蟹の入り来る 相生垣瓜人 微茫集
冬蟹を言葉少なに食べてをり 佐藤綾子
冷かや籃中の蟹の泡を聞く 高田蝶衣
冷酒や蟹はなけれど烏賊裂かん 角川源義
凍つる夜の線密集す蟹の顔 小檜山繁子
凍光や蟹漁る舟を目つぶしに 宇佐美魚目 秋収冬蔵
出潮の岩の蟹あらは暮るる風吹けり 人間を彫る 大橋裸木
刃こぼれの包丁蟹は手強いぞ 長谷川久々子
刃を入るる越前蟹の寒さかな 永井龍男
初夢に蟹は甲羅をゆるめたり 宇多喜代子
初旅の膳に両眼立てて蟹 亀井糸游
初漁の大蟹雪に這はせ売る 長谷川かな女
初漁の蟹揚げて波止明けわたる 吉澤 卯一
初雁を蟹舟虫とともに見る 百合山羽公 故園
刻かけて蟹食ふ夜の雪密に 川島万千代
北海の蟹ほぐすなり秋燕忌 埋橋一枝
北風やあるひは赤き蟹の足 久保田万太郎 流寓抄以後
十一月は青微光なし越前の蟹の雌雄も食はれてしまふ 鈴木春江
十尋透く海底蟹は歩すばかり 杉本寛
原爆許すまじ蟹かつかつと瓦礫あゆむ 金子兜太(1919-)
友生きているかぎり来る松葉蟹 伊佐利子
口もとにぶだう運ぶは蟹めくも 高澤良一 さざなみやっこ 秋
古手拭蟹のほとりに置きて糞(ま)る 金子兜太 少年/生長
吊し干すズボン蟹股花大根 川村紫陽
名月や汐みちくればさゞれ蟹 蓼太
名月や蟹のあゆみの目は空に 高井几董
向きあつて蟹の身ほぐして春深し 平田よしこ
向き合へば蟹の麦踏話し合ふ 樋口伊佐美
君のことなんにも知らず春の蟹 辻桃子 童子
唖の子の指に歩ませ蟹赤き 桂樟蹊子
四角ばる青柿の面(つら)蟹に似て 高澤良一 随笑 七月-九月
垂れこめて雪か飛沫か鱈場蟹船 山田尚良
城崎に雪雫して蟹豆腐 松瀬青々
塵芥夫凍て蟹殻の紅こぼす 莵絲子
夏惜む蟹より紅く爪染めて 樋笠文
夕市や蟹の眼を打つ玉あられ 東條素香
夕日影蟹も晩夏の眼なりけり 村越化石 山國抄
夕焼が流れる川から這い出る蟹 久保純夫 瑠璃薔薇館
夕焼のさめたる崖に蟹赤し 内藤吐天 鳴海抄
夕立のあがりし清水蟹あそぶ 清原枴童 枴童句集
夕雨やをかに出揃ふ蟹の穴 暁 台
夜なべの肩凝りゐて蟹の甲羅ほど 高澤良一 寒暑 十月-十二月
夜のしぐれそれの爪もて蟹食へば 皆吉爽雨
夜濯の蟹の門川あふれつつ 森川暁水
大き蟹落ちて歩めり月の簗 渡会昌広
大仰に吾見上げては蟹あるく 高澤良一 随笑 七月-九月
大根の双葉に月の蟹あそぶ 中野ただし
大皿に蟹のけむりぬ十三夜 村上鬼城
大皿に越前蟹の畏る 檜 紀代
大笊に選り分けられし鱈場蟹 林周平
大膳に越前蟹の雌雄かな 磯野充伯
大鋸屑をまぶれど蟹の翠さす 高橋睦郎 荒童鈔
大鍋に蟹ゆで上る時雨かな 鈴木真砂女 生簀籠
天地無用のビルにて蟹が茹で上がる 夏石番矢
女人高邁芝青きゆゑ蟹は紅く 竹下しづの女 [はやて]
女子高遭芝青きゆゑ蟹は紅く 竹下しづの女句文集 昭和十三年
妻のみ恋し紅き蟹など歎かめや 中村草田男
妻のみ恋し赤き蟹など歎かめや 中村草田男
子にゑがきやる青き蟹赤き蟹 福永耕二
子の描く蟹の鋏のみな大き 伊東白楊
子午線最北端 蟹の脚からむさぼる 小川未加
家に来て蟹は鋏を使ひをる 寺沢一雄
家の蟹も出でて野の蟹に交れよ 相生垣瓜人 微茫集
家中の入れ物出して蟹を飼ふ 岡本一代
宿借蟹にやる飯粒や秋の風 宮武寒々 朱卓
寒さ防ぎの粗毛身につけ越の蟹 相葉有流
寒廚蟹がいのちの音を出す 松井鴉城夫
寒潮や蟹釣りの子の岩濡らす 石川桂郎 高蘆
寝ねし後音せしものは蟹なりき 相生垣瓜人 微茫集
小さい可愛いい蟹の横這ひ浪追はず 長谷川かな女 花寂び
小春日や潮より青き蟹の甲 秋櫻子
小蟹逃ぐ石をめくられめくられて 仙田洋子 雲は王冠以後
小走りの蟹みな穴をたがへずに 土屋海村
尿道を断たれてをりて平家蟹 斉藤夏風
山びとや沢蟹ほどのひかり負う 森下草城子
山中に芽ぐむもの待つ蟹の泡 村越化石 山國抄
山峡に沢蟹の華(はな)微かなり 金子兜太(1919-)
山浅きけしきに走る小蟹かな 増田龍雨 龍雨句集
山蟹のさばしる赤さ見たりけり 加藤楸邨
山蟹の眼の艶もてる父の墓 河野南畦 湖の森
山蟹の足高かにありく苔の花 冬葉第一句集 吉田冬葉
岩に手を掛けて退ければきょとと蟹 高澤良一 随笑 四月-六月
岩に蜥蜴蟹は木の根に海荒ぶ 金子兜太 少年/生長
岩畳蟹追いかけて追いかけて 高澤良一 宿好 四月-六月
岩蟹に飯粒沈め旅行くよ 中島斌雄
峡の田を沢蟹はしる出水あと 太田 蓁樹
島海苔もそへてくれけり蟹胥 雲良
川蟹のしろきむくろや秋磧 芝不器男(1903-30)
川蟹の垣にのぼり来昼寝宿 松本たかし
川蟹の踏まれて赤し雷さかる 角川源義
干潟いま寵児のごとく子蟹たち 庄司圭吾
年年歳歳沢蟹すばしこくなりぬ 山根 真矢
年金受給日手足折られるたらば蟹 金子潤
底冷えの夕暮蟹を売り残し 中村里子
店赤くなる程松葉蟹ならべ 山下美典
座に上る蟹の脛にも露涼し 高田蝶衣
弁慶蟹葭の葉騒に目を上げぬ 高澤良一 ももすずめ 平成二年
引く波に小蟹巻かれゐたりけり 猿渡啓子
引く波の置いてきぼりに蟹の泡 中拓夫
引潮に宮しりぞくや蟹の穴 古舘曹人 砂の音
待つ蟹のゐて水口はにごさずに 影島智子
待宵の濡れ岩隠り蟹の爪 高澤良一 ねずみのこまくら 昭和六十年
怖るるに足らざる我を蟹怖る 相生垣瓜人 微茫集
患者等は椰子蟹売りをかこみゐて 高橋馬相 秋山越
悪食の蟹の赤さよいくさの日 宇多喜代子
憐みを乞ひては蟹のたちどまる 百合山羽公 故園
懸崖や蟹さばしりて道通ず 水原秋桜子
成木責兄は大猿われ小蟹 加藤知世子
手のこんだ咲き方をする蟹さぼてん 高澤良一 随笑 十月-十二月
手の中に蟹を眠らせ磯遊び 四条ひろし
手水おつる下にあつまり嵐の蟹 川島彷徨子 榛の木
手秤のずわい蟹盛る朝の市 三好たけし
打水に濡れた小蟹か薔薇色に 北原白秋
投げ込まる蟹に怒りて桶の蟹 羽部洞然
括られし蟹秋風の底にゐる 百合山羽公 寒雁
捨てられし蟹の甲羅に都心の霜 和田悟朗
捨てるごと呉れし月夜の渡り蟹 青木重行
放ちやる蟹大海は尋常に 阿部みどり女
故郷は深毛の蟹の真闇なる 小檜山繁子
新樹光花咲蟹とはおもしろや 角川源義
新涼の黄泉(よもつ)へぐひに蟹の味噌 角川源義
新涼や蟹のさ走る能舞台 吉田鴻司
施餓鬼塔たてて水揚秋の蟹 百合山羽公 寒雁
旅の涯蟹が殻脱ぐを見たりけり 山口草堂
旅先の藻屑蟹めく目覚めとも 高澤良一 随笑 七月-九月
日本海の寒さの沁みし蟹甘し 宮津昭彦
日盛の破船無数の蟹が棲む 中島斌男
日盛や汽車道はしる小さき蟹 泉鏡花
日盛りの破船無数の蟹が棲む 中島斌雄
旧道を蟹渉り急く伊勢薄暑 鳥居おさむ
早稲の香や蟹踏みつくる磯の道 支考
春の夜や蟹の身ほぐす箸の先 鈴木真砂女 生簀籠
春の蟹食へばからりと足の筒 中拓夫
春の風蟹と遊べば蟹悉く笑みまけつ 日夏耿之介 婆羅門俳諧
春一番過ぎて身痩せし蟹を食ふ 西村公鳳
春暑う蟹漁り子の裸かな 金尾梅の門 古志の歌
春潮や蟹のランプに暮光垂れ 石原八束 空の渚
春陰の蟹の目うごく忘れ潮 中拓夫
春風や干潟の蟹の穴ごもり 冬葉第一句集 吉田冬葉
時の日の蟹はぐらりと湯中より 大木あまり 火のいろに
晩祷の退屈に蟹が出て来たよ 宇多喜代子(1935-)
曳き出づる蟹のトロ箱雪を詰め 西村和子 かりそめならず
月に吐く蟹の泡よりはかなき言 加藤楸邨
月に蟹出て逃ぐる脚ならしけリ 長谷川双魚
月の夜やなすこともなき平家蟹 井上井月
月の蟹陸続たるが愉しまる 佐野まもる 海郷
月夜蟹妊りてゐて辷りだす 萩原麦草 麦嵐
月待ちのうしほさし来ぬ蟹の穴 千代田葛彦
朝すゞに瓜くふ蟹を叩き逐ふ 高田蝶衣
朝市の跡に蟹這ひ南風吹く 江藤暁舟
朝市や湯気にあらはる鱈場蟹 沼澤 石次
朝戸出て直ぐあり沢蟹の猛(たけ)き匂い 金子兜太 遊牧集
朝涼の白波に蟹まろびけり 大串章 百鳥
朝網や蟹もまじりて魚しぐれ 海岸 中勘助
木賊刈蟹のむくろのさざれ石 中拓夫
来る波に蟹のたじろぐ岩っ角 高澤良一 ぱらりとせ 夏
東海の小島の磯の白砂に/われ泣きぬれて/蟹とたはむる 石川啄木
松の根に火をともし這ふ弁慶蟹 長谷川かな女 花寂び
松明けの蟹船を出てゆきにけり 古舘曹人 樹下石上
松落葉蟹踏んとす浜辺かな 三輪未央
松葉蟹うまし一献さらによし 大橋敦子
松葉蟹せせり精進落しとや 西尾照子
松葉蟹たべてピカソの話など 早川信一
松葉蟹海恋ふ色に届きけり 田中美彦
松葉蟹男の膝を巡るなり 宇多喜代子
松葉蟹眼を立て日本海暗む 三好潤子
松葉蟹雪一尺の地に括る 松瀬青々
果実吸う原爆忌の妻蟹のように 前川弘明
枯葦の折れ重なりて蟹の穴 寺田寅彦
柿芽吹き蟹の鋏のやうな芽を 高澤良一 ぱらりとせ 夏
桃の日や蟹は美人に笑るゝ 服部嵐雪
梅雨の蟹半身紅きまゝに死す 百合山羽公 故園
棲みつける小蟹つくばふ井を晒す 井手 芳子
榾漬けし甕のうしろに蟹ひそむ 百合山羽公 故園
歩み去りあゆみとゞまる夜の蟹 飯田蛇笏 霊芝
死せる蟹裏返されて全き死 立岩利夫
死にしふりして蟹あはれ土用浪 原石鼎
死蟹も底くぐりけり青葉潮 平井照敏 天上大風
残陽や蟹も這ひ出る岩がもと 太田鴻村 穂国
母の忌の蟹みつつ汲む泉かな 福田甲子雄
水つぽき蟹食ひ温き小正月 西村公鳳
水に入りたる沢蟹の水の色 湯浅桃邑
水中も同じ速さで蟹遁ぐる 右城暮石 上下
水仙が好き蟹が好き越前も 坊城中子
水仙や捨てて嵩なす蟹の甲 民郎
水泡をいだいて蟹はかなしめり 富澤赤黄男
水盤の蟹の游ぎの足けぶる 森川暁水
水神祭蟹も寄居虫も罷り出て 町田しげき
汐干くれて蟹が裾引なごり哉 服部嵐雪
汐干暮れて蟹が裾引くなごりかな 嵐雪
沓脱を落つる如くに蟹隠る 内藤吐天 鳴海抄
沖へ去る雪天ずわい蟹売られ 豊山千蔭
沙羅の花波間に蟹の沈むかな 岸本尚毅 選集「氷」
沢の蟹ほのぼの紅し業平忌 神尾久美子 桐の木
沢蟹と一年生は水の中 中山保夫
沢蟹に白頭映す家郷かな 金子兜太 皆之
沢蟹に花ひとひらの花衣 矢島渚男 船のやうに
沢蟹のあらがふことを愛しとす 富安風生
沢蟹のつきあたりたる一の杉 鳥居美智子
沢蟹のとことこ宇津谷地蔵盆 高澤良一 燕音 十月
沢蟹のやは腰育てに日が昇る 磯貝碧蹄館 握手
沢蟹のカタンと転けて宇津谷道 高澤良一 随笑 七月-九月
沢蟹の両眼立てて沖ゆく艦 細川加賀
沢蟹の吐く泡消えて明け易き 芥川龍之介
沢蟹の夢の中でもわれを過ぐ 足利屋篤
沢蟹の大小しづむ秋の水 中田剛 珠樹以後
沢蟹の寒暮を歩きゐる故郷 飯田龍太(1920-)
沢蟹の小石をあゆむ別れ霜 松村蒼石 寒鶯抄
沢蟹の末裔のごと人集まる 大口元通
沢蟹の桔梗いろの肯を押ふ 高澤良一 さざなみやっこ 夏
沢蟹の榧の実運び尽しけり 水原秋櫻子
沢蟹の歩むその先靴で堰き 高澤良一 燕音 十月
沢蟹の死んでゐたりし春氷 茨木和生 倭
沢蟹の水きらきらと母は風 栗林千津
沢蟹の水をはなるる爽気見ゆ 松村蒼石
沢蟹の沢で柩がぐらりとす 栗林千津
沢蟹の泡ふくさまを見てゐたり 谷口雨女
沢蟹の濡眼たてをり遠き雷 加藤知世子
沢蟹の背の八色の一つが毒 宇多喜代子
沢蟹の脚すりぬけて奔る水 高澤良一 さざなみやっこ 夏
沢蟹の鋏もうごくなづなかな 蓼太
沢蟹の飯つぶ喰める桜かな 小川軽舟
沢蟹も雨にもみづる凹凸竄(おうとつか) 高澤良一 宿好 十月-十二月
沢蟹をここだ袂に入れもちて耳によせきく生きのさやぎを 原阿佐緒
沢蟹を伏せたる籠もみぞれゐる 龍太
沢蟹を蹤いてくる子に不意にやる 加藤秋邨 怒濤
沢蟹生れ生れて夜を短くす 川村三千夫
泉辺の石われ去らば蟹の乗る 村越化石
法印の法螺に蟹入る清水かな 夏目漱石 明治四十年
泡の中蟹の何やら策しをり 高澤良一 ぱらりとせ 夏
波止埋めて糶待つ蟹や初霰 吉澤卯一
波耀れば蟹はしづかに眸をつむる 富澤赤黄男
泣く形に子蟹戻れり砂の穴 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
泥を食ふ蟹を見つめて腹空けり 高澤良一 ももすずめ 平成三年
浄土ケ浜蟹の称ふるお念仏 高澤良一 随笑 七月-九月
浅間山蟹棲む水の滴れり 前田普羅 春寒浅間山
浦風に蟹もきにけり芋畠 炭 太祇 太祇句選後篇
浪の際小蟹は春の日にまろび 河野南畦 『花と流氷』
海底を歩きし蟹を食ふ春夜 市村究一郎
海日の出蟹一斉に崖のぼる 内藤吐天 鳴海抄
海松かけし蟹の戸ぼそも星祭 杉田久女
海老網の蟹ぽきぽきと脚折られ 石田勝彦 秋興
海見えず蟹ののぼれる屋根が見ゆ 森田峠 避暑散歩
海鼠ともならてさすがに平家也 涼莵 (赤間関にて平家蟹といふを見て)
涼しくて蟹の朽ちをるお寺かな 太田鴻村 穂国
涼しさや松這ひ上る雨の蟹 正岡子規
深海の松葉蟹とて甘かりし 星野 椿
渡し場や初汐逼る蟹の穴 寺田寅彦
渡り蟹いろの夕映え額染めて 高澤良一 ぱらりとせ 夏
渡り蟹甘藻の林はすかひに 高澤良一 素抱 四月-六月
温仙花散りて落つれば小さき蟹鋏をささげて驚き走る 窪田空穂
滅びつつピアノ鳴る家蟹赤し 西東三鬼(1900-62)
滴りに山蟹来ては身を濡らす 竹中碧水史
潮の香や小蟹をくれし彼を訪う 松本文子
火星(マルス)近づく海が呟き蟹呟き 横山白虹
灯寒し蟹食べし指幾度も拭き 鈴木真砂女 夕螢
炎天の浜に火焚けば蟹隠る 内藤吐天 鳴海抄
煉炭の火の匂ひ濃し蟹買ふに 宮津昭彦
煤蟹や根雪明りに糶場うち 石川桂郎 高蘆
熱燗や捨てるに惜しき蟹の甲 龍岡晋
燈台は砂上の櫓蟹寄せて 古舘曹人 能登の蛙
燈台は雨後の白骨蟹走り 古舘曹人 能登の蛙
爆音は編隊蟹が続々と 八木三日女 赤い地図
爪立つ蟹火の跡の町槌ひびく 成田千空 地霊
爪置いて逃げたる蟹や春の潮 鈴木真砂女 生簀籠
父の日や皿をはみだす蟹の脚 畠山譲二
片爪の蟹這ふ八月十五日 木内彰志
牡丹雪やみ蟹売を地に貽す 宮武寒々 朱卓
牧谿猿蟹捕へんと身を乗り出す 高澤良一 鳩信 白帝
猿蟹のその蟹の子の子の子の子か 林原耒井 蜩
珊瑚珠のごと蟹沈む清水かな 下村梅子
瓜刻む足もとに来て蟹可愛 富安風生
生きて渇く蟹よ炎天の蟹売よ 川辺きぬ子
生き死にを清水のふちに蟹赤し 川崎展宏
田打蟹の 手の リズムがしろい 吉岡禅寺洞
田打蟹の干潟をふるわせて 都會行きの汽車だ 吉岡禅寺洞
田打蟹洲はとんがりを現しぬ 棚橋影草
甲羅より蟹の目起立して歩む 羽柴雪彦
白雲の下に鬱気の蟹といる 宇多喜代子
盆の供に蟹が来てゐる海女の墓 町田しげき
盗み歩きする蟹そこそこに面白し 高澤良一 随笑 七月-九月
盤台の椹平葉に松葉蟹 水原春郎
目の遇ひし蟹が脳裡にちらつくも 高澤良一 さざなみやっこ 夏
目を立てて動かぬ蟹や晩夏光 小松崎爽青
短か夜や芦間滝るる蟹の泡 蕪村
短夜や芦間流るる蟹の泡 與謝蕪村
石を積み紅蟹置けば梅雨の宮 宮武寒々 朱卓
石菖の根に止まりぬ蟹の泡 柳川春葉
砂ありく蟹のどけしやその狭み 安斎桜[カイ]子
砂あり蟹のどけしや空らはさみ 安斎櫻[カイ]子
砂の歩を殺し蟹より遠ざかる 古舘曹人 能登の蛙
砂の蟹一つ見ゆれば無数見ゆ 内野修
砂蟹の穴に押し入る無理無体 高澤良一 さざなみやっこ 夏
磯はたや蟹木に上る五月雨 森鴎外
磯屑蟹打ちて雨脚強くなる 高澤良一 さざなみやっこ 夏
磯桶にあそばせて売る渡り蟹 山田春生
磯蟹の甲羅を低く殿を越ゆ 古舘曹人 砂の音
磯蟹の隠るるために出できたる 池田秀水
礁に群れて夕焼よりも赤き蟹 木下夕爾
礁覆ふ若布にもまれ蟹蒼し 河野南畦 『花と流氷』
神島を黙契の蟹はい出づる 宇多喜代子
禅堂へ入らむ蟹の高歩き 飴山實
秋の水片輪の蟹の一つ棲む 内藤吐天 鳴海抄
秋の潮すべての蟹の背を越えぬ 原田喬
秋の蝉蟹にとられて鳴きにけり 飯田蛇笏
秋めける灯に蟹赤き屋台店 山形勝峰
秋風や甲羅をあます膳の蟹 龍之介 (室生犀星金沢の蟹を贈る)
秋風をいよ〜蟹の眼玉かな 尾崎迷堂 孤輪
穴にのぞく余寒の蟹の爪赤し 子規句集 虚子・碧梧桐選
穴の中にゐる蟹の見ゆ何せるや 相生垣瓜人 微茫集
穴を出て小蟹疾っ疾と駆け出せり 高澤良一 さざなみやっこ 夏
穴口に蟹の引き込み切らずをり 市場基巳
空(くう)をはさむ蟹死にをるや雲の峰 河東碧梧桐(1873-1937)
空をはさむ蟹死にをるや雲の峰 河東碧梧桐
空輪待つ花咲蟹の身じろがず 平賀扶人
突堤の蟹が引っ張る赤い月 河合凱夫 飛礫
童話作家と蟹の呟き聞きゐたり 奈良文夫
端近にておもへば蟹も喰べをり 篠田悌二郎 風雪前
笹折て赤蟹なぶる夕すゞみ 松岡青蘿
笹蟹にかゞり初めたる手毬かな 中村烏堂
箱庭のそこは井戸端赤き蟹 坂本宮尾
糶声の気合一本ずわい蟹 長谷川史郊
紅き蟹まだ夕月に染まずして 百合山羽公 故園
紅戈の蟹も来て居る涅槃像 河野静雲 閻魔
紺青の蟹のさみしき泉かな 青畝
網の蟹海鴎にぶつつけ鮭不漁 青葉三角草
練炭の火の匂ひ濃し蟹買ふに 宮津昭彦
纜を岩に渡して蟹捕舟 高澤良一 随笑 七月-九月
美しき蟹あり酒を温むる 高野素十
美酒あふれ蟹は牡丹の如くなり 渡辺水巴
老い始む沢蟹さりりと炒る人も 上林裕
老斑の手に蟹捉へすぐ放つ 福田蓼汀 秋風挽歌
聖五月日輪かぶり子も蟹も 町田しげき
肘張つて蟹茹でらるる雪時雨 鈴木真砂女 夕螢
脚折れし蟹を歳暮に大工来る 上林レイ子
腹の子をこぼして蟹の崖登る 北村保
自我を捨て従ふ余生懐手 蟹江かね子
舟倉に蟹は朱の爪より入る 佐川広治
芦の葉の蜻蛉風無し蟹の泡 子規句集 虚子・碧梧桐選
花人に北の海蟹ゆでひさぐ 中村汀女
花冷の小蟹愛しむ漢の掌 渡辺恭子
花咲蟹すすりて旅の顔よごす 高井北杜
花咲蟹茄でて真紅を越えにけり 吉田紫乃
花蟹や盛の一字がなみの泡 浜田酒堂
若狭蟹外の面はしぐれゐるらしき 森田峠 避暑散歩
若葉風津蟹が泡の潰えしぶく 内田百間
茹蟹やにはかに男らは日焼け 野澤節子 黄 瀬
草刈つて蟹の横ぎる盆の道 沢木欣一
草隠る小蟹も露に濡るるもの 内藤吐天 鳴海抄
葉も蟹も渦のうちなる土用かな 依光陽子
葛咲いて蟹水中に二つ死せり 横山白虹
葵など咲きて研究室の前 元松蟹春
蓮の実のとぶや蟹煮る隣あり 松瀬青々
藻の上に沢蟹遊ぶ古江かな 高橋淡路女 梶の葉
藻畳の中にて蟹の目覚むらん 高澤良一 寒暑 四月-六月
蘆の芽や蟹釣りの子の腹ン這ひ 富田木歩
蘆の葉を揺がしゐるは小蟹かな 芝不器男
蘆の角濁り曳きつゝ蟹ありく 三色不撓
蘆生の子掌にこそばゆく蟹くれぬ 太田鴻村 穂国
蛍火や蟹のあらせし庭のへり 内藤丈草
蛸追へば蟹も走るや芋畠 太祇
蝉涼し蟹ははさみをたたみ去る 阿部みどり女
蟹あゆむ刈展べ若布夕映えて 金子 潮
蟹かさかさ入り来て砂を戸内に敷く 長谷川かな女 花寂び
蟹が出て名もなき滝みち雲垂らす(箱根) 河野南畦 『焼灼後』
蟹が目を立てて葭切帰りゆく 百合山羽公 寒雁
蟹が眼を立てて集る雷の下 西東三鬼
蟹が肩怒らす方の鋏大 田畑比古
蟹さくと門前街の片時雨(永平寺) 角川源義 『秋燕』
蟹さぼてん今年も花をつけぬ鉢 高澤良一 随笑 十月-十二月
蟹さんの型押し遊び灼け砂に 高澤良一 素抱 七月-九月
蟹ちりに煮込む但馬の冬菜かな 山田弘子
蟹とあそぶときは少年旅ひと日 山岸 治子
蟹となり今宵霜くだる砂を匐ふ 千代田葛彦 旅人木
蟹と共に海の入日へ向きて歩む 金子兜太 少年/生長
蟹と吾に雲吹きとほる木暮沢 千代田葛彦 旅人木
蟹と居て宙に切れたる虹仰ぐ 西東三鬼
蟹と老人詩は毒をもて創るべし 佐藤鬼房 何處ヘ
蟹に指挟まれ多喜二忌の渚 石井里風
蟹に眼を凝らして蟹のやうな顔 高澤良一 ももすずめ 平成三年
蟹のいふ事情とやらを聞きやらむ 高澤良一 燕音 八月
蟹のうごかす石の一つの薄暑かな 村越化石 山國抄
蟹のなか蟹のなまみの歩みゐる 平井照敏 天上大風
蟹のぼる桑の老木のたまり水 前田普羅 能登蒼し
蟹の味締まるは雪の来るしるし 鈴木真砂女 夕螢
蟹の屍乗り越えて蟹海へ行く 飯沼衣代
蟹の手のひびも乾はらぐ暑さかな 野明 俳諧撰集「有磯海」
蟹の来るところに斧を置く厨 山口誓子
蟹の死を舟虫群れて葬へり 富安風生
蟹の目に八月の潮光るなり 小松崎爽青
蟹の目の巌間に窪む極暑かな 泉鏡花
蟹の目の突き出てものを疑へり 佐藤漾人
蟹の直ぐそばに滔々たる流れ 山口誓子 晩刻
蟹の眼や原潜遠く沖にゐて 池田秀水
蟹の眼を濡らして挙がる潮けむり 高澤良一 素抱 四月-六月
蟹の瞳に似て海棠の群蕾 酒井鱒吉
蟹の瞳や油団の人を窺へり 島村元句集
蟹の穴のぞき幼き日をのぞく 岩岡中正
蟹の穴より天球へ泡ひとつ 小暮洗葦
蟹の穴塞ぎみぬ夕べ涼しくて 中島月笠 月笠句集
蟹の簗かけて籔中王子守る 谷本 圭司
蟹の肉せせり啖へばあこがるる生れし能登の冬潮の底 坪野哲久
蟹の肉蝋のごとくに地主祭 宮武寒々 朱卓
蟹の背に月満ちくればひく潮 原裕 投影
蟹の脚強烈に折り日本海 小檜山繁子
蟹の色悪しき真昼の声を出す 飯島晴子
蟹の足の純粋運動日暮かな 中北綾子
蟹の鋏が硝子を擦つて満月なり 豊山千蔭
蟹の骸蟇の骸に水草生ふ 山口青邨
蟹はしづかに蛙の前を立去れり 相生垣瓜人 微茫集
蟹はしる水に翳ひき青すすき 石原舟月 山鵲
蟹は目を縦に上げくる潮を見て 高澤良一 素抱 四月-六月
蟹は穴にひそむ白日為すことなし 大野林火
蟹もぐる砂の動きを波が消す 堤剣城
蟹も今事なき如く見ゆるなり 相生垣瓜人 微茫集
蟹よ汝れ砂にもぐらば眼つむるか 川口重美
蟹を喰ふことも賢く老いにけり 松山足羽
蟹を煮て山茶花しぐれとなりにけり 吉田紫乃
蟹を立ち売る降る雪に消されもせず 津田清子 二人称
蟹を見て三鬼の死にし家は見ず 秋元不死男
蟹を追ふ足指不器用に五本あり 長谷川かな女 花寂び
蟹を食ふ濡れし荒磯に黒が満つ 中拓夫 愛鷹
蟹一つ死んでをるなり芹の水 京極杞陽 くくたち下巻
蟹二つ食うて茅舎を哭しけり 松本たかし
蟹割つて母のゐますを羨しめる 石川桂郎 四温
蟹啖ふ秋の裸灯低く吊り 小林康治
蟹喰ひて郷の貧乏言はずじまひ 松山足羽
蟹喰ふをやめオホーツクの没日見よ 福田蓼汀
蟹売のばけつのまはり子の気荒し 原田種茅 径
蟹売の裾引き雪を地に呼びぬ 古舘曹人 能登の蛙
蟹売りが声張るときは雪止むとき 鈴木真砂女 夕螢
蟹売りの背を離れぬ冬の蝿 木村里風子
蟹売女凍ててその掌も蟹の紅 鈴木真砂女 夕螢
蟹奔らせ青嵐到る巾着湾 高澤良一 寒暑 四月-六月
蟹孤独炎ゆる砂どち歌へるに 川口重美
蟹工船に乗込む雪をかじっている 七戸黙徒
蟹市場きさらぎの灯はまたたかず(越前三國港) 上村占魚 『橡の木』
蟹折つて食へば風花顔へくる 西村公鳳
蟹捉へ春の夜に鳴る紙袋 斉藤夏風
蟹捕りし夕の怒濤ぬれてゐたり 萩原麦草 麦嵐
蟹提げて童はしれる田植かな 米沢吾亦紅 童顔
蟹揚ぐる見ての膝より風邪兆す 石川桂郎 高蘆
蟹星雲をぶち抜いて行く我が視線 木村聡雄
蟹横に横に夕日を引摺れる 高澤良一 ももすずめ 平成三年
蟹歩き亡き人宛にまだ来る文 波多野爽波 『湯呑』
蟹歩くところや石に還る臼 大峯あきら
蟹死にて仰向く海の底の墓 西東三鬼
蟹死んで潮少しづつ上りくる 加藤瑠璃子
蟹殺す我家が見えぬところにて 永田耕衣 驢鳴集
蟹毟りもののあはれを忘れをり 北見さとる
蟹汁を啜りてをればソ連船 斉藤夏風
蟹沈む潮心のごとのぞく 田川飛旅子
蟹消えて見えねど眼玉何処かに 平井照敏 天上大風
蟹漁の雨脚白し最上川 高澤良一 随笑 七月-九月
蟹漁期月にわびしや妻の陰(ほと) 金子兜太 詩經國風
蟹漁期榾火絶やさず家居婆 鈴木真砂女 夕螢
蟹穴を佛の通る詣り墓 八牧美喜子
蟹穴を出でんとしてはためらへる 今井つる女
蟹筌を沈めゐる子に山雨急 江口竹亭
蟹籠も船も沖来し濡れを負ふ 西村公鳳
蟹糶る声沖より吹雪段なして 三好潤子
蟹糶場声とぶ時化値斑雪して 石川桂郎 高蘆
蟹紅く鉄橋ひびきやすしかな 秋元不死男
蟹紅しひとの訃信じられずゐる 山口波津女 良人
蟹紅し遠畦は萌え移りをり 千代田葛彦 旅人木
蟹缶の赤きラベルや多喜二の忌 有田 文
蟹群るる古溝海に出てをはる 森川暁水
蟹船に乗らぬ舟夫あり御講凪 本多柳芳
蟹茹でて秋夜父亡きこと鮮らし 神尾久美子 掌
蟹落ちて梅雨の大河の声のなし 太田 蓁樹
蟹蟹と岩を起こして蟹捕る子 高澤良一 鳩信 東帝
蟹赤きさらさら川や芹の花 中勘助
蟹赤くひそみて朝の熱帯樹 橋本鶏二
蟹赤し野菜を洗ふ海女の前 米澤吾亦紅
蟹走り喪のわれ何処へゆかむとす 村越化石 山國抄
蟹走る神殿羯鼓打つ音に 伊藤いと子
蟹逃る吾が思ひたる方にあらず 加倉井秋を 午後の窓
蟹酒の壺捨てゝあり畑の霜 比叡 野村泊月
蟹釣つて楸邨先生膝あたたか 原田喬
蟹食めば星せつせつと濃きかな 小林一枝
裘着て犬くさき蟹工女 三戸杜秋
親蟹の子蟹誘うて穴に入る 高浜虚子
豆咲いて田に沢蟹の甲かわく 田島秩父
豆蟹の荻の葉のぼる月夜哉 梅沢墨水
貝塚に蟹は火色に生きてをり 飯山 修
貝殻と蟹で賑はつてゐる眞晝 富澤赤黄男
貧厨や川蟹乾く籠の中 木下夕爾
赤き蟹横這ひ急ぐ走馬燈 福田蓼汀 山火
越前の雪の匂ひの夫婦蟹 猿山木魂
越前や茹で蟹の脚咲くごとし 鍋谷ひさの
越前蟹みな仰向けに糶られたる 田上さき子
越前蟹糶のうしろの夜の面 文挟夫佐恵
足もとを蟹も毛虫もひた急ぐ 相生垣瓜人 微茫集
足高に涼しき蟹のあゆみかな 木因
踊るならタンゴに如かず高脚蟹 高澤良一 ぱらりとせ 雜
軽き詩歌蟹は甲羅に朝日載す 磯貝碧蹄館
近浦も相模も雨の虚蟹 佐藤鬼房 何處ヘ
遠雷や土間に這ひ出し蟹の色 久米正雄 返り花
邃き穴なり蟹の一部見ゆ 相生垣瓜人 微茫集
酒からし花橘に蟹の脚 樗良 (前夜飲美酒)
酒こぼれし膳に雪の夜蟹ちぎる 猿橋統流子
酒やれば風が募りて松葉蟹 高澤良一 鳩信 白帝
酔蟹や新年会の残り酒 正岡子規
酢を舐める神父毛深し蟹料理 寺山修司 花粉航海
醉蟹や新年会の残り酒 正岡子規
重代の鋏を蟹の翳すちふ 相生垣瓜人 明治草抄
野ざらしに見ゆ炎天の蟹港 福田甲子雄
野分あと蟹ぞくぞくと出できたる 瀧澤伊代次
鈴となつても怨霊の貌平家蟹 下村ひろし 西陲集
鉤打ちて花咲蟹と女云ふ 井桁蒼水
鋏抱き磯蟹波をかぶりけり 高澤良一 ももすずめ 平成三年
鋏立てゝ苔食ふ蟹に水浅し 龍胆 長谷川かな女
鍋の中に蟹生きて居ぬ箒草 龍胆 長谷川かな女
長恨の丹のいろうすれ平家蟹 中原道夫
降り出して干潟を蟹のわらわらと 高澤良一 ももすずめ 平成三年
降る雪に糶らるる蟹の紅しづもる 三好潤子
陸前のとある岩間のみなし蟹 佐藤鬼房 朝の日
陽炎に蟹の泡ふく干潟かな 夏目漱石 明治二十九年
雑炊に蟹のくれなゐひそめたる 山田明子
雪くらむ厨まつかに蟹ゆだる 吉野義子
雪の海底紅花積り蟹となるや 金子兜太 早春展墓
雪夜思ふ花咲蟹の濃き脂肪 小檜山繁子
雪濡れし眼もて届きぬたらば蟹 桂樟蹊子
雲動き干潟の蟹のみなうごく 加倉井秋を 午後の窓
雲影も蟹も浅処に澄めりけり 佐野まもる 海郷
雲聳ちて蟹は甲羅の干きゆく 富澤赤黄男
霙るるや小蟹の味のこまかさに たかし
霜の蟹や玉壷の酒の底濁り 子規句集 虚子・碧梧桐選
霜蟹を食ふべしと夜の円居かな 高木晴子 花 季
霧深し挫けごころと沢蟹と 田口満代子
霧笛鳴る上海蟹をせせる時 岩崎照子
霰打つ暗き海より獲れし蟹 松本たかし
青い蟹となるぼくら爪がないために 林田紀音夫
韓信の股潜りかやまんじゅう蟹 高澤良一 素抱 一月-三月
音もなく紅き蟹棲む女医個室 藤田湘子(1926-)
風かをる庭下駄のさきを蟹にぐる 滝井孝作 浮寝鳥
飼へば蟹重なりあへり花の夜 村越化石 山國抄
駆け廻り蟹は干潟のプロデュサー 高澤良一 ぱらりとせ 春
高値蟹糶るへぶつぶつ咳の婆 石川桂郎 高蘆
高汐に吹かれ樹上の蟹とべり 萩原麦草 麦嵐
髪置に大き過ぎたるリボンかな 本堂蟹歩
鮭を打つ槌なりといふ汚れたり 蟹平
鰤網に縋る蟹あり夜明けつつ 吉沢卯一
鱈場蟹おのが甲羅で煮られをり 長谷川櫂
鱈場蟹北方領土守る子より 木下慈子
鴨足草山神蟹を彩りぬ 松根東洋城
黒南風や火の爪あげて蟹はしる 赤松[けい]子 白毫
●船虫
さびしからん巨大舟虫 迅し 池田澄子
さびしみてをれば舟虫群がるよ 加倉井秋を 午後の窓
のつけから舟虫勢揃ひしてをりぬ 九鬼あきゑ
われをりぬ舟虫に怖れられてをりぬ 加倉井秋を 午後の窓
一つ見て無数の舟虫を感じる 加倉井秋を 午後の窓
三鬼忌の舟虫つひに顔出さず 青柳志解樹
争ふことなき船虫を追ひ散らす 右城暮石 声と声
人に馴れず人を怖れず船虫は 右城暮石 上下
初雁を蟹舟虫とともに見る 百合山羽公 故園
名月や舟虫走る石の上 桃隣
塩田に女丈夫と鬚の船虫と 原コウ子
岩上や船虫逃ぐる大しぶき 松藤夏山 夏山句集
岩壁の万の舟虫吾を目守る 細川加賀
巌頭に舟虫逃げる猫のごと 沢木欣一
廃船に棲む船虫はよく走る 高橋弘道
掌に傷あり舟虫の岩へ寄る 金子兜太
教室に船虫這へる授業かな 真砂松韻
日曜日舟虫奔る焼津港 高澤良一 燕音 十月
日除して船虫も来ぬ磯家かな 中島月笠 月笠句集
時化るぞと牢名主めく舟虫が 高澤良一 随笑 七月-九月
曉け方の舟虫をまた見に行きぬ 今井杏太郎
桟橋に散る船虫や夏近し 柑子句集 籾山柑子
死ぬまでに船虫数えきれるかや 稲葉直
水巴忌の舟虫を見てゐたりけり 今井杏太郎
海峡の舟虫にして黒光り 高澤良一 随笑 七月-九月
満つる潮ぞくぞくと船虫を生む 川島彷徨子 榛の木
秋風や船虫走る岩の照り 鈴木真砂女 生簀籠
突堤に舟虫しゃしゃり出て祭 高澤良一 素抱 七月-九月
突堤をゆく舟虫に怪しまれ 橋本美代子
老舟虫時化占ひの髭を立て 高澤良一 ぱらりとせ 夏
舟虫がちょろちょろ足の踏み場なし 高澤良一 随笑 四月-六月
舟虫とまじはるこゝろなくなりぬ 杉山岳陽 晩婚
舟虫とよばるゝさへや身のおぼろ 久保田万太郎 流寓抄
舟虫になれつつけふも湯籠りぬ 山口草堂
舟虫にやさしき潮のさし引きぬ 阿部みどり女 笹鳴
舟虫に危害加えることなんぞ 高澤良一 燕音 六月
舟虫に心遊ばせ月を待つ 臼田亞浪 定本亜浪句集
舟虫に海女はしたたる身を置けり 米澤吾亦紅
舟虫のあつまりづかれしておる 池田澄子
舟虫のかくれしに見られゐるごとし 佐野俊夫
舟虫のきらりきらりと子を捨つる 原田喬
舟虫のこそりと迅し白ヶ島 本橋 仁
舟虫のしよぼしよぼ歩き雨に釣る 高澤良一 ももすずめ 平成三年
舟虫のちれば渚の夜もふけぬ 高屋窓秋
舟虫のとまれば脚のみなそろふ 阿部夕礁
舟虫のどちらへ進む髯ある方 高澤良一 随笑 七月-九月
舟虫のどれが父と子母と子ぞ 磯貝碧蹄館 握手
舟虫のはるかなる声浪の下 原田喬
舟虫のぼる湾の干潮葬り終ヘ 中拓夫 愛鷹
舟虫のむるるにまかす海松の青 草村素子
舟虫の一つ走ればみな走る 角田独峰
舟虫の一気に奈落散じたり(三浦半島油壺) 河野南畦 『硝子の船』
舟虫の俗気俗気を呼ぶごとし 高澤良一 鳩信 東帝
舟虫の出でて遊べる良夜かな 高橋 重男
舟虫の化石にならぬため走る 大石雄鬼
舟虫の失せて薄日を残しけり 角川照子
舟虫の少しはばかるばかりなり 中村汀女
舟虫の尾頭分かず動きだす 鈴木貞雄
舟虫の岩をふまへて句碑建てり 高濱年尾 年尾句集
舟虫の岩動きしと思ふほど 平山眞澄
舟虫の巌や浪を一かぶり 平尾春雷
舟虫の微塵の足に朝日さす 百合山羽公 故園
舟虫の急にとまりし暑さかな 今井杏太郎
舟虫の散らばる礁場潮ぐもり 中村みづ穂
舟虫の敷居にをりぬ原子炉港 松山足羽
舟虫の断崖碧き油照り(三浦荒崎にて) 角川源義 『秋燕』
舟虫の方へと来たる煙かな 岸本尚毅 舜
舟虫の梁山泊を覗きけり 高澤良一 燕音 六月
舟虫の滾々と湧く黒目かな 山西雅子
舟虫の無数の足が一斉にうごきて舟虫のからだを運ぶ 奥村晃作
舟虫の猜ひ深き日本海 山口誓子
舟虫の生涯ひとを怖るるや 樋笠文
舟虫の畳をはしる野分かな 万太郎
舟虫の相寄るは嘆きあふ如し 大串章
舟虫の礁うごきしこと知らず 鈴木志げる
舟虫の秋白きこの足を噛む 殿村莵絲子 花寂び 以後
舟虫の老いては遅鈍嘆じけり 安住敦
舟虫の走り去りたる太平洋 和田悟朗
舟虫の逃げ足はやき殉教地 遠藤若狭男
舟虫の連り逃ぐる音もなし 済川余青
舟虫の風の形となりて散る 岸田稚魚
舟虫の髭ぴりぴりと弱者かな 松本たかし
舟虫の鬚をそよろの翁ぶり 高澤良一 ぱらりとせ 夏
舟虫は桶ごと乾けり母恋し 寺山修司
舟虫も覚めゐて靄の日を迎ふ 千代田葛彦 旅人木
舟虫やしづまりがたく濤あがる 鷲谷七菜子 花寂び
舟虫や岩窪の波もみあへる 上村占魚 鮎
舟虫や己れを知れば臆病に 岡本 眸
舟虫や怪傑ゾロを彷彿と 高澤良一 ぱらりとせ 夏
舟虫や沖の淋しき翳りやら 八木九鬼
舟虫や波はおほきな泡ひいて 辻 桃子
舟虫や浦にひとつの遭難碑 松本千冬
舟虫や灯台の玻璃どれも厚し 楠本憲吉
舟虫や石に纜動く毎 西山泊雲 泊雲句集
舟虫や砂湯なごりの杙二本 上村占魚 球磨
舟虫や蜑が手かけて通ふ岩 米沢吾亦紅 童顔
舟虫や跣足何年振りのこと 青葉三角草
舟虫よ白波が来る木片が来る 伊藤淳子
舟虫をうしろにも感じつつみつめ 加倉井秋を 午後の窓
舟虫を吹きたる息の亜麻色に 和田悟朗
舟虫を見てより眼鏡橋寂し 殿村菟絲子
舟虫を走らす雨に海女の声 藤田湘子
舟虫群れ煙のごとき子が生れ 谷野予志
船虫に吹いて北々西の風 今井杏太郎
船虫に忽然としてヨットかな 中村汀女
船虫に纜投げて受けにけり 松藤夏山 夏山句集
船虫の動けば足のみな動く 谷口 三居
船虫の四散あとかたなかりけり 大澤ひろし
船虫の大眷族の岩を蔽ふ 福田蓼汀 秋風挽歌
船虫の嫌ふ雨雲沖より湧く 成瀬桜桃子 風色
船虫の打ち合ふ髭の音やある 依光陽子
船虫の旧き港と思ひけり 湯浅桃邑
船虫の楕円形なるまなこかな 依光陽子
船虫の波に洗はれあとも無し 高濱虚子
船虫の移動終りて潮満つる 大塚とめ子
船虫の逃げ戻る度数増やす 堀之内和子
船虫の逃げ足水を流すごと 梶 和雄
船虫の逃るも興や我が船出 松藤夏山 夏山句集
船虫の這うてぬれたる柱かな 雑草 長谷川零餘子
船虫の陣の一退又一退 山本歩禅
船虫の障子を這ふも島の宿 中井 ユキ子
船虫やいくさの如き身拵へ 今泉貞鳳
船虫や岩をめぐりて潮やさし 阿部みどり女
船虫や岬は賽の河原とも 鈴木恵美子
船虫や島にひしめく土産店 山田節子
船虫や船尾に饐えしシャツ干され 長谷川エミ
船虫や郵便揚ぐる頽れ波止 松藤夏山 夏山句集
船虫よ破船の片もなき岬に 鷹羽狩行
船虫を驚かす浪あるばかり 鈴鹿野風呂 浜木綿
船虫散る活路開けるごとくなり 高澤良一 さざなみやっこ 夏
蟹の死を舟虫群れて葬へり 富安風生
鉈とりにゆくたびに舟虫がをりぬ 加倉井秋を 午後の窓
鎌倉は舟虫を打つ秋扇 久米正雄 返り花
集るも散るも船虫争はず 右城暮石 上下
風化とまらぬ岩や舟虫一族に 西東三鬼
高濤の夜は舟虫の畳這ふ 沖一風
髭で話すよ舟虫が舟虫に 辻田克巳
髯ありしと舟虫に佇ち選挙すむ 赤城さかえ句集
●海月
うかうかと海月に交る海鼠かな 車庸 俳諧撰集「藤の実」
うたかたの呼吸してゐる海月かな 福島晶子
うちあげられし海月のごとく病みにけり 成瀬桜桃子
うねりくる波のおもたく海月揺れ 山口草堂
その後は海月と霊が出ると蜑 稲畑廣太郎
どっと夕焼海月もときに裏返る 野沢節子
どつと夕焼海月もときに裏返る 野沢節子
はるの海月なき宵も朧なる 白雄
ひかるものは礁(いくり)の海月春の星 加藤楸邨
ゆたのたゆた海月に波の子守唄 高澤良一 素抱 七月-九月
ゆふぐれが永すぎるぞと海月浮く 内田 美沙
わたくしのどの辺が海月なのかな 五島高資
ゼラチン質の海月を子らが取囲む 鈴木栄子
ハム買ひに海月の中を漕ぎいでぬ 下村槐太 光背
二三尺秋の響や落し水 月渓
五位鷺啼いて繊き水月蚊帳はじめ 石原舟月
六月の夕網に蛸海月かな 癖三酔句集 岡本癖三酔
兵隊も海月の様な傘が慾しい 藤後左右
出航に暫し間のあり海月みる 平尾圭太
喪の家に冬海月をあげにけり 大野林火
夕映えの空に海月ののぼる見え 仙田洋子 橋のあなたに
夕潮にうすむらさきの海月かな 大橋櫻坡子 雨月
夜もなほ海月と軍靴ただよへり 有馬朗人 母国
大島薄く見えて濁りぬ夏の海 月舟俳句集 原月舟
天橋の松が見え来る海月かな 西山泊雲 泊雲句集
川の字に寝て中長き海月の夜 如月真菜
帆船をつなぎしドック海月浮く 小田 亨
帰らざりしたましひのごと海月寄す 長山あや
忘れ潮海月も忘れられてをり 清水忠彦
忽然の命をかざし海月透く 古舘曹人 能登の蛙
憂きことを海月に語る海鼠かな 黒柳召波 春泥句集
憂ことを海月に語る海鼠哉 召波
投錨の渦に海月のうらがへり 那須 淳男
掌にとればすすり泣くよな海月かな 鈴木鵬干
掬ひたる海月に重さありにけり 金子泰久
撒骨に傘ひろげたる海月かな 延広禎一
旅われに笠傾けて海月浮く 加倉井秋を 午後の窓
早春の海月石蓴を褥とす 高澤良一 素抱 一月-三月
明けやすき夜を磯による海月かな 蕪村
春愁やくらりと海月くつがへる 楸邨
昼月をあふぎ海月の波枕 高澤良一 宿好 七月-九月
普段着の海月の単衣よかりけり 高澤良一 鳩信 炎帝
月の夜の海月が考へさうなこと 高澤良一 ぱらりとせ 夏
月明に水月観音醒めたまふ 柴田白葉女 『朝の木』
木枯の夜の浪照る海月かな 碧雲居句集 大谷碧雲居
校庭に海月の潮の入りこめる 五十嵐播水 埠頭
此海に海月の殖える朧かな 廣江八重櫻
歴歴と海月螫したる膝頭 小澤實
水を掻く分だけすすむ海月かな 高澤良一 素抱 四月-六月
水底も晴れてぞ春の海月行く 有働亨 汐路
水月に雨がきらりと枯れ蓮 飯田蛇笏 雪峡
水月の望の光りに嶽おろし 飯田蛇笏 雪峡
水海月蹄の形の胃をさらす 吉田紫乃
沈みゆく海月みづいろとなりて消ゆ 山口青邨(1892-1988)
沼の水月を動かし雁渡る 阿部みどり女 月下美人
波に乗り後世(ごせ)は海月の風来坊 高澤良一 素抱 七月-九月
波のほをつきあげつきあげ海月行く 阿波野青畝
波ゆきて波ゆきて寄る海月かな 高野素十
波運び来たる海月の渚かな 稲畑汀子
波音に耽りこころまで海月 吉持愁果
流れつゝうすれてゆきし海月かな 徳永球石
海あをし海月の下の紫雲丸 桂樟蹊子
海彦の泪渚に透く海月 高澤良一 素抱 七月-九月
海月あまた見て来しことを夜に思ふ 田村了咲
海月くる音といふものなにもなし 只野柯舟
海月とり暮れおそき帆を巻きにけり 飯田蛇笏 山廬集
海月の子まだ傘小さき若布かな 柑子句集 籾山柑子
海月ひとつ波止は足音ばかり過ぎ 豊長秋郊
海月ぴらりと乾き水着で切られた胴 寺井谷子
海月やや深きを流れさくら冷え 工藤 義夫
海月らにくらげらの向き海峡越ゆ 千代田葛彦 旅人木
海月一つ池に放てば死ににけり 青峰集 島田青峰
海月伸び縮みして海濁らせる 松岡君枝
海月冷たく光る汀を好み歩く 清原枴童 枴童句集
海月喰って心臓どっくん 人魚姫 松本恭子 檸檬の街で
海月寄る夢の岸辺を埋めんと 対馬康子 純情
海月打ちつけし桟橋の師走の灯 河東碧梧桐
海月朱くしてすぐに失せやすし 加倉井秋を 午後の窓
海月朱し人に飼はるる朱にあらず 加倉井秋を 午後の窓
海月朱し曲馬の天幕のどこかの色 加倉井秋を 午後の窓
海月沈む或る落城をおもいつつ 平島一郎
海月浮くや赤き水着を目標に 龍胆 長谷川かな女
海月浮くや高く曳きた錠綱 西山泊雲 泊雲句集
海月浮く小船触れあふ音の中 菅原文子
海月漂ふ芥一切かかはらず 大澤ひろし
海月見て浮足だつてゐたりけり 老川敏彦
港内皆石炭船や海月汐 楠目橙黄子 橙圃
満潮や海月は泳ぐこと忘れ 白井新一
漂へる海月の中を漕ぎ進む 吉田 伝治
潮に来る海月の縞の焦茶色 高浜年尾
澄むや水月は音せで終の空 水田正秀
現世の隙間隙間の海月かな 小林貴子
生国や海月の腫れに触れている 五島高資
生家出て海には白き海月棲む 対馬康子 吾亦紅
甲板にて朱き海月に慕はるる 加倉井秋を 午後の窓
白海月(くらげ)汀(みぎは)の氷流れけり 調栄 選集「板東太郎」
白石の影砕け行海月かな 松岡青蘿
白雲の影きれぎれの海月かな 暁台
破れ海月の身にとろとろと宵宮の灯 文挟夫佐恵 雨 月
磯笛は放愁の音色海月浮く 石田厚子
稚海月若布刈の頃をうすみどり 佐野まもる 海郷
種の浜にはりついてゐし海月かな 平橋昌子
空腹や海月はゆらす身のすみずみ 岩淵喜代子
紋どころならべて海月ながれけり 河野静雲
給水船川口に錆び海月くる 秋元不死男
置き去りにされ晩年の痩海月 岸風三樓
羅を着こなし上手水海月 高澤良一 随笑 四月-六月
羊水にたましひ揉まれをる海月 柴田奈美
群れ海月まるは宇宙に浮く形 吉原文音
舟べりに海月ひっくり返り消ゆ 森田峠
舷や海月をゆりて波たゝむ 清原枴童 枴童句集
血のうすき女と浮かぶ海月かな 仙田洋子 雲は王冠
裏返るさびしさ海月くり返す 能村登四郎
見えてゐて春の海月のくつがへる 上野さち子
覗き込む人も揺れゐて浮海月 平子 公一
誰が擲つ舟首舟尾の白海月 宇多喜代子
返されし磯の海月に昼の月 高澤良一 素抱 一月-三月
運河老ゆ海月は群れて乳色に 中村明子
遠流びと仕分けの浜の海月かな 角川源義 『冬の虹』
門川に時化のもてきし海月浮き 井戸すみを
風邪の身の海月さながら厠まで 高澤良一 宿好 一月-三月
養魚池の水月を吹く山おろし 飯田蛇笏 雪峡
くらげの傘は実に涼しさうだ 藤後左右
くらげふえし海よりかへり来る裸 久保田万太郎 流寓抄
くらげ文様六文銭に相似たり 高澤良一 燕音 八月
くらげ浮き水にもあらず母にもあらず 折笠美秋 虎嘯記
くらげ浮く海の日なたの影もなし 森川暁水
くらげ透く雲を墓標としたる日々 中島斌雄
その華麗なること水を蹴るくらげ 高澤良一 素抱 四月-六月
ただよへる電気くらげに部品かな 八木健
一晩の宿をくらげの海のうへ 百合山羽公 故園
冬くらげ船の小揺るぎ慕ひをり 河野南畦 湖の森
帆づくりのうつうつと呼ぶくらげかな 藤田湘子 春祭
春の海くらげの傘のまんまろに 鈴鹿野風呂 浜木綿
昼の月くらげのごとしをみなへし 高橋潤
浮輪の子くらげの拾いごっこして 高澤良一 素抱 七月-九月
漂へる大き風船くらげあり 石塚友二
白海月(くらげ)汀(みぎは)の氷流れけり 調栄 選集「板東太郎」
讃美歌や足長くらげ掌にとろけ 三橋鷹女
●夏の蝶
あくがれて夏蝶と越ゆ海の紺 金箱戈止夫
いやといふほどの夏蝶獄の塀 斎藤玄 雁道
うたた寝のかいなをのぼる夏の蝶 宇多喜代子
うつうつと最高を行く揚羽蝶 永田耕衣(1900-97)
おのれより巨き影つれ揚羽蝶 福永耕二
この世あの世を行き交ふ白き梅雨の蝶 鍵和田[のり]子
この道はみなとにつづく揚羽蝶 宗田安正
たましひのぬけし機の翼夏蝶や 久保田万太郎 流寓抄
たまたまの消息が訃ぞ梅雨の蝶 細川加賀
ついてゆく揚羽蝶あり撒水車 高野素十
とんで来て夏蝶のよな女の子 渡辺恭子
なほ高き方へゆかんと揚羽蝶 山口波津女 良人
ひたすらにとびてかなしき揚羽蝶 山口波津女 良人
ぶら下る葉裏明るし梅雨の蝶 清水洋子
ほころびの天衣となりし梅雨の蝶 原裕 『出雲』
ぼろぼろの過去帳今日の揚羽蝶 中山純子
まことちさき花の草にも夏の蝶 原石鼎 花影以後
もつれゆく蝶を行かしめ烏蝶 後藤夜半 底紅
もつれ合ひつ海へ出づ夏の蝶 山本たけを
わが墓を嗅ぎあてにけり揚羽蝶 宗田安正
カメラマンの恋のまま夫梅雨の蝶 石田あき子 見舞籠
カルメンのさながらに舞ふ夏の蝶 鈴木華女
カーナビに無き句碑道や夏の蝶 磯野充伯
ピアノ舁き入る庭に夏蝶の祝福図 林翔 和紙
ミイラ見しひとみをよぎる夏の蝶 加藤耕子
作業衣の灯台長に夏の蝶 三好茱萸子
信号青渡るよ夏蝶まつ先に 三輪静子
入院の行李ひとつや梅雨の蝶 山田文男
再びは見ず夏蝶の谷越ゆを 下村槐太 天涯
出会ひがしらに夏蝶唇に触るゆゆし 鈴木栄子
出家とは若狭の夏の蝶なりし 堀之内長一
初蝶にあらず初めて烏蝶 後藤夜半 底紅
千曲川しづかに迅し夏の蝶 柴田白葉女
参観授業乱す夏蝶まよひ来て 樋笠文
叢にこま〜と飛ぶや夏の蝶 西山泊雲 泊雲句集
咲きのぼる秋暑の胡麻に烏蝶 麦南
喪の使者の導くごとく烏蝶 福田蓼汀 秋風挽歌
国立美術館より夏の蝶 橋本榮治 逆旅
坂尽きて背の子をおろす夏の蝶 福田蓼汀 秋風挽歌
壺の蜜ゆるみはじめる揚羽蝶 桂信子 遠い橋
夏されば渦の空にも揚羽蝶 佐野まもる 海郷
夏の蝶あいくちのごと地におちし 川口重美
夏の蝶いくつも蕗葉はなれけり 金尾梅の門 古志の歌
夏の蝶一つ雪渓渡りけり 金尾梅の門 古志の歌
夏の蝶一族絶えし墓どころ 柴田白葉女 遠い橋
夏の蝶一顧せし地にわれらあり 中村汀女
夏の蝶七谷越えて落ちゆけり 原田喬
夏の蝶仰いで空に摶たれけり 日野草城
夏の蝶大杉谿を逆落し 鈴鹿野風呂 浜木綿
夏の蝶日かげ日なたと飛びにけり 高浜虚子
夏の蝶書寫の杉間の深さ飛ぶ 高田蝶衣
夏の蝶杉高ければ高きまで 青柳志解樹
夏の蝶波郷酔歩の如く舞ひ 水原春郎
夏の蝶神の急使として過ぎし 山本歩禅
夏の蝶翔け青歯朶の日も緑 福田蓼汀 秋風挽歌
夏の蝶風呂敷包み道に置き 細見綾子 花寂び
夏の蝶飛んで高しや貴船村 高濱虚子
夏の蝶高みより影おとしくる 久保田万太郎 草の丈
夏蝶が翳りを連れてくる鏡 対馬康子 吾亦紅
夏蝶と並ぶ一瞬北の旅 鈴木六林男
夏蝶と云ふ遥けさを見返らむ 寺田澄史
夏蝶に導かれ住む都かな 阿部みどり女
夏蝶に狂ひさうなる花時計 櫛原希伊子
夏蝶に髪膚ゆだね薊煎る 竹下しづの女句文集 昭和二十四年
夏蝶のあらあらしきは喪の使 有馬籌子
夏蝶のかなた踏絵をふみし日は 赤松[けい]子 白毫
夏蝶のしばし息つぐ聖十字 加藤耕子
夏蝶のつかず離れず乳母車 清野よし子
夏蝶のはるかにくだる港かな 夏井いつき
夏蝶のましろに現れぬ一位の木 鈴木しげを
夏蝶のまだらマグダラマリアかな 夏井いつき
夏蝶のやさしからざる眸の光り 飯田蛇笏 椿花集
夏蝶のわたれる池を乾しにけり 古舘曹人 砂の音
夏蝶の乗り来て電車軽くなる 都筑智子
夏蝶の人目引かむと来て白し 日置草崖
夏蝶の出入自在や仁王門 阿波野青畝
夏蝶の去り白墨の音戻る 藤井彰二
夏蝶の吹かれ来て飲む溶岩の水 富田うしほ
夏蝶の夢見る状に翅うごく 今井竜蝦
夏蝶の影や大地は水のごとし 河内静魚
夏蝶の影揺れやまぬ楽譜かな 仙田洋子 雲は王冠
夏蝶の息づく瑠璃や楓の葉 水原秋櫻子
夏蝶の放ちしごとく高くとぶ 阿部みどり女 『光陰』
夏蝶の武蔵ぶりなり大いなり 筑紫磐井 婆伽梵
夏蝶の歯朶ゆりて又雨来る 飯田蛇笏
夏蝶の目くらく一対一でゐる 成井恵子
夏蝶の目まぐるしけれ花を剪る 及川 貞
夏蝶の眩しき野合見てゐたる 高澤良一 素抱 七月-九月
夏蝶の粉に咽びし息の緒か 山下真理子
夏蝶の翔りて暗き草の庵 後藤夜半 底紅
夏蝶の聖母敬ひつつ纒ふ 殿村莵絲子 花 季
夏蝶の触るゝも迅し離るゝも 渡辺桂子
夏蝶の越えゆく荒瀬とどろくも 内藤吐天 鳴海抄
夏蝶の越ゆる国境検問所 水田光雄
夏蝶の風なき刻を飛べりけり 池上浩山人
夏蝶の魏より来たらしうすよごれ 坊城俊樹
夏蝶の黒き閃き追ひてゆく 仙田洋子 雲は王冠
夏蝶の黒さを夢にもてあます 高橋謙次郎
夏蝶は沙漠の影に入らず舞ふ 仙田 洋子
夏蝶は砂漠の影に入らず舞ふ 仙田洋子 雲は王冠
夏蝶も紺紙金泥の経ならむ 水原秋櫻子
夏蝶やくわんおんの楽壺中より 加藤耕子
夏蝶やはらひかねたる旅の塵 小林康治 四季貧窮
夏蝶やわれは今日待ち今日去らせ 中村汀女
夏蝶や古江浪立ちタブの蔭 前田普羅 能登蒼し
夏蝶や夕べ明かるむ道の隈 三谷昭 獣身
夏蝶や夫の尺度の外に出て 中山芳江
夏蝶や女神の首はつとになし 古舘曹人 砂の音
夏蝶や孫の産着の水洗い 桑山撫子
夏蝶や布裁ち糸巻くこと切に 野澤節子 黄 瀬
夏蝶や我が句に時節絶ゆるなし 尾崎迷堂 孤輪
夏蝶や木天蓼の葉の白きより 汽笛 勝峯晋風
夏蝶や楽人の頭のみな揺れて 原コウ子
夏蝶や歯朶の茂みにくゞり入り 小杉余子 余子句選
夏蝶や歯朶ゆりて又雨来る 飯田蛇笏 山廬集
夏蝶や神の座高き幼修士 下村ひろし 西陲集
夏蝶や老の肘にもあるえくぼ 北原志満子
夏蝶や花圃一坪の妻の幸 岩瀬善夫
夏蝶や花魁草にばかり来る 阿部みどり女 笹鳴
夏蝶や途切れてはまた塩の道 塩野崎巻浪
夏蝶を聖母敬ひつゝ纏ふ 殿村菟絲子 『繪硝子』
夏蝶翔るや杉に流れ来て真一文字 島村元句集
夕立来烏蝶飛び烏飛び 川端茅舎
大揚羽蝶牛車の軽き荷の上を 八十島稔 炎日
大椎の中よりいでし梅雨の蝶 阿部みどり女 笹鳴
天網に匿はれたる夏の蝶 佐藤麻績
天降り来て身心臭し揚羽蝶 永田耕衣 吹毛集
天降り来る夏の蝶殖えもせず二つ 長谷川かな女 花寂び
太陽の黒点となる揚羽蝶 小島花枝
子のあとを母と夏蝶従いてゆく 阿部みどり女
安楽に夏蝶翔り車椅子 長谷川かな女 花寂び
山の子に翅きしきしと夏の蝶 秋元不死男
山の蝶どこにもつけり梅雨の茶屋 長谷川かな女 雨 月
岩伝ふ鎖に休む夏の蝶 有賀玲子
帰去来はわが心にも夏の蝶 高野素十
常山木の花に暫時尻曲げ揚羽蝶 西山泊雲 泊雲句集
常磐木の花あるらしや梅雨の蝶 高木晴子 花 季
平然と夏蝶前を横切れり 星野 高士
幻もあるべし梅雨の蝶殖えぬ 相生垣瓜人 明治草抄
恙ひと日地を擦りゆける梅雨の蝶 岡田 和子
情欲やこはれてひかる夏の蝶 夏井いつき
懶しやたわたわ沈む梅雨の蝶 臼田亞浪 定本亜浪句集
我が来たる道の終りに揚羽蝶 永田耕衣 驢鳴集
捕虫網ふるへてとれぬ揚羽蝶 天野佐喜子
揚羽蝶おいらん草にぶら下る 高野素十
揚羽蝶おのれの翳に疲るるや 朝倉和江
揚羽蝶しばらく石に遊びおり 久保純夫 聖樹
揚羽蝶とぶ密林を知りつくし 右城暮石 声と声
揚羽蝶ねむりの国の蒼くあり 桂信子 樹影
揚羽蝶ひらかなのごと宙舞へり 谷口桂子
揚羽蝶もつれ合ふとき藍発す 羽部洞然
揚羽蝶使者のごとくに遺跡ゆく 鈴木 照子
揚羽蝶困ず吾在り妻と在り 永田耕衣 驢鳴集
揚羽蝶渡ればやみぬ汐まねき 楠部九二緒
揚羽蝶舞ひいづる墓を洗ひけり 岸風三楼 往来
揚羽蝶誇りの翅の大破して 山口波津女
揚羽蝶蹤きゆく吾とひと知るや 福永耕二
揚羽蝶遠忌の柱叩くかな 柿本多映
揚羽蝶鏡に入りて黄を濃くす 谷口桂子
揚羽蝶雨後の路地より発ちゆけり 高澤良一 素抱 七月-九月
揚羽蝶飛ぶ密林を知りつくし 右城暮石
撒水の土に身さまし歩行く揚羽蝶 西山泊雲 泊雲句集
教会の木の扉から夏の蝶 熊谷愛子
旅に出るやうに家出を揚羽蝶 櫂未知子 蒙古斑
旅人の如くに汚れ梅雨の蝶 上野泰 春潮
日当ればすぐそこにふえ梅雨の蝶 深川正一郎
日除帽被て烏蝶遠ざくる 後藤夜半 底紅
晒井の底より見たる揚羽蝶 加藤かけい
暗きまで沼は緑や烏蝶 依田明倫
暫くは激しくもつれ夏の蝶 竹尾嘉文
暮るゝまで山の夏蝶飛んでゐし 小林 たか子
最後まで生きぬくは誰梅雨の蝶 星野立子
有刺鉄線などに夏蝶阻まれず 稲垣きくの 黄 瀬
木の暗を音なくて出づ揚羽蝶 誓子
杉の間を音ある如く夏の蝶 星野立子
松に来て翅たゝみぬ夏の蝶 軽部烏帽子 [しどみ]の花
松の肌荒くて通る揚羽蝶 山口波津女 良人
柚の花につきてぞ上る烏蝶 飯田蛇笏 椿花集
柱状節理揚羽蝶まぎれ入る 駒 志津子
梅雨の蝶たま〜まよひ来て黄なり 久保田万太郎 草の丈
梅雨の蝶のみかは森に息ふかし 有働亨 汐路
梅雨の蝶わが家を去らずとゞまらず 相馬遷子 山国
梅雨の蝶人の訃いつもひらりと来 鈴木栄子
梅雨の蝶人人の列くぐりけり 磯野多希
梅雨の蝶埃のごとく樹々に群れ 高澤良一 素抱 四月-六月
梅雨の蝶妻来つつあるやも知れず 石田波郷
梅雨の蝶少しの庭に出であそぶ 上野さち子
梅雨の蝶泣きたき日とてあるものを 小谷伸子
梅雨の蝶白しレールにとまるかな 野村喜舟
梅雨の蝶相逢はしめて芒反る 石塚友二 光塵
梅雨の蝶破れかぶれとなりにけり 香西照雄 素心
梅雨の蝶翔たざるは汝も祈るにや 成瀬桜桃子 風色
梅雨の蝶苔の青さの激しき刻 岸田稚魚 筍流し
梅雨の蝶草むらを出て大空へ みどり女
梅雨の蝶見てゐて眠し旅戻り 高濱年尾 年尾句集
梅雨の蝶鉄骨を組む奥明し 小林康治 玄霜
梅雨の蝶集金乙女今どこに 香西照雄 素心
森で逢びき正方形の夏の蝶 寺山修司 花粉航海
森深く泳ぎて白し梅雨の蝶 白岩三郎
残る壁赭し夏蝶の野に聳え 殿村莵絲子 花 季
水打てば夏蝶そこに生れけり 高濱虚子
汚れてはをらざる梅雨の蝶来る 相生垣瓜人 明治草抄
海のいろたたへてうるむ揚羽蝶 朝倉 和江
海わたる夏蝶句碑にまはり来る 阿部みどり女
海坂へ近道ありや夏の蝶 殿村莵絲子 雨 月
海近き駅に降り立つ揚羽蝶 田中裕明 山信
深呼吸して夏蝶を大きくす 高尾豊子
渇きつつ草にもつかず夏の蝶 小池文子 巴里蕭条
渓下る大揚羽蝶どこまでも 飯田蛇笏 霊芝
溶岩赭く夏蝶つかみどころなし 古舘曹人 能登の蛙
漆黒の揚羽蝶彫り陶枕 辻桃子
濃霧はれし釧路の町や夏の蝶 田中冬二 麦ほこり
烏蝶あはれ啼かねば昏れてしまふ 三橋鷹女
烏蝶あはれ啼かねば暮れてしまふ 三橋鷹女
烏蝶けはひは人とことならず 川端茅舎
烏蝶ゆきて翔たするもののあり 後藤夜半 底紅
烏蝶好きにはあらず心惹く 後藤夜半 底紅
烏蝶来ては胃の腑に陰すなり 相生垣瓜人 微茫集
烏蝶水辺の朝を樹がくれぬ 五十崎古郷句集
烏蝶水際の砂に水を吸ふ 高濱年尾
烏蝶浚渫の爪ががと開らく 成田千空 地霊
烏蝶胡麻刈る額をあふちけり 西島麦南 人音
烏蝶追ふ少年を少女追ひ 橋本鶏二
烏蝶鳥の如くに翔けり去る 五十崎古郷句集
熔岩赭く夏蝶つかみどころなし 古館曹人
珠姫の菩提寺荒れつ夏の蝶 有働亨 汐路
療園に時間は澱む揚羽蝶 有働亨 汐路
眼下津軽肩はなれゆく夏の蝶 加藤楸邨
石のうへ圧しつゝとぶ揚羽蝶 百合山羽公 故園
石壊えて夏蝶の天鮮しや 林翔 和紙
礎石よりけぶらひ立てる夏の蝶 原裕 青垣
秋櫻子忌のけふ低からず梅雨の蝶 斎藤 節子
稲架照らす提灯の紋ぞ揚羽蝶 水原秋櫻子
竹林の奥の日向を梅雨の蝶 星野立子
竹林へ何すべくきて夏の蝶 大木あまり 火球
細書きの鏡花の墓に梅雨の蝶 藤岡筑邨
絵硝子の秘色をぬすむ揚羽蝶 朝倉和江
絶景といふ宙吊りの烏蝶(太魯閣峡谷) 石原八束 『藍微塵』
緑陰もまたおちつかず揚羽蝶 桂信子 黄 瀬
縋るもの探して低し梅雨の蝶 池田秀水
習ひあふザイルさばきや梅雨の蝶 堀口星眠 営巣期
考への先をよぎりし梅雨の蝶 副島いみ子
聖像はマオリの色に夏の蝶 秋尾 敏
肥料背負ふ先へ先へと烏蝶 吉澤きみ子
舞ひ下りて真白き夏の蝶となる 前山 百年
草々の容をなぞり夏の蝶 高澤良一 素抱 四月-六月
草むらを風に追はるる梅雨の蝶 池口美奈子
虹たつや常山木に顫ふ烏蝶 飯田蛇笏 霊芝
袖櫓つたひに夏の蝶荒し 後藤夜半 底紅
谷越えるまで夏蝶の持ち時間 齋藤愼爾
貯金箱砕けて夏の蝶放つ 対馬康子 吾亦紅
遠つ世もかく飛びたるや夏の蝶 吉屋信子
金色のみなぎる梅雨の蝶生れし 宮崎敬介
鎌倉やことに大きな揚羽蝶 桂信子
長生やある時間以後揚羽蝶 中尾寿美子
降りいでし草より松へ夏の蝶 軽部烏帽子 [しどみ]の花
隠寮に見えたる婦人烏蝶 百合山羽公 故園
雨の糸たぐりのぼりし梅雨の蝶 高木晴子 晴居
雲霧や夏の蝶とぶ箸のさき 西島麦南 人音
風おらび夏蝶よりも馬怯む 殿村莵絲子 花 季
風こぼすものより夏の蝶となる 稲畑汀子
風に堪へ花を去らざる揚羽蝶 高橋淡路女 梶の葉
飴ねぶる子にひらめくや夏の蝶 金尾梅の門 古志の歌
飽食の牛のうす眼に梅雨の蝶 伊藤京子
駈けり来し大烏蝶曼珠沙華 高浜虚子
高く遠く番ひ離れし夏の蝶 前田普羅
高原の夏の薊に山の蝶 高濱年尾 年尾句集
高枝に影してあそぶ夏の蝶 松村蒼石 寒鶯抄
黒牛を越ゆ夏蝶のあらあらし 那須淳男
●夏蚕
三軒の平家の裔や夏蚕飼ふ 市ノ瀬 翔子
丹沢山は見えざり父よ夏蚕掃く 金子弘子
二番蚕のねむりに入るや青ぐもり 太田蓁樹
二番蚕の眠りより醒め雨青き 菖蒲あや あ や
今年より夏蚕も飼つて僧多忙 佐藤伸葉
健脚の雲生む村の夏蚕棚 宇佐美魚目 秋収冬蔵
古き炉に古き灰満ち夏蚕冷ゆ 栗生純夫
吾妻村嬬恋村も夏蚕飼ふ 岩男微笑
唇のごとくつめたき夏蚕かな 大澤ひろし
四眠いま*さめし夏蚕に川の音 村岡 悠
夏蚕あはれ眠らむとして棒立ちに 堀口星眠 営巣期
夏蚕いまねむり足らひぬ透きとほり 加藤楸邨
夏蚕しぐれ夜も農婦を眠らせず 西條真智生
夏蚕上簇荒瀬くぐらし笊洗う 阿部しろう
夏蚕屋の奥透き抜けて赤城の空 菊岡素子
夏蚕村秩父一揆を語りつぎ 河野多希女 両手は湖
夏蚕村鶏鳴は竹割るごとし 神尾久美子 桐の木
夏蚕眠り重ねて水のごとく透く 太田 保
夏蚕眠る明神岳の一番星 中拓夫 愛鷹
夏蚕飼ひ通船文書蔵したる 木村蕪城
夏蚕飼ふひろき飼屋のまん中に 塩沢はじめ
夏蚕飼ふ塩のみち又仏みち 福島 勲
夏蚕飼ふ姉に貰ひし小銭かな 花中
夏蚕飼ふ御岳を神と斎く村 宮下翠舟
夏蚕飼ふ深き廂に鳩戻る 木村蕪城 寒泉
夏蚕飼ふ温泉町の中の百姓家 大島鋸山
夕富士に夏蚕終ひのまぶし干す 赤堀五百里
外仕事嫌ひし嫁の夏蚕飼ふ 天野逸風子
夜をかけて夏蚕己を白く巻き 石川俊恵
天界を下りぬ暗きに夏蚕見て 木村蕪城 寒泉
子の宿題見てもやりつつ夏蚕飼 松本青羊
家のなかの裸かがやき夏蚕飼ふ 石原舟月
山のバス夏蚕が匂ふ軒に着く 殿村莵絲子 花 季
山の辛夷は鬱たるみどり夏蚕飼ふ 森 澄雄
峠路や夏蚕の家は瀬を前に 石橋辰之助 山暦
島裏に夏蚕飼ひ棲み隠れ耶蘇 小原菁々子
嶺屏風ひねもす立てて夏蚕飼ふ 細井みち
幼子の墓の水濃き夏蚕村 飯島晴子
掌に夏蚕透きとほり就職か進学か 宮坂静生
方墳の夏蚕の桑のたゞ中に 田島 魚十
昼餉は隅夏蚕家中に頭をあげて 加藤知世子 花寂び
桑の火山灰夜どほし洗ひ夏蚕飼ふ 西本一都 景色
梁の上は父祖のくらさの夏蚕かな 山崎秋穂
梁を這ふ夏蚕の屑をかなしめり 古館曹人
母屋より高く夏蚕の部屋灯る 蓬田紀枝子
沸騰のあと湯がしづか夏蚕飼ふ 神尾久美子 桐の木
淙々と川音近し夏蚕棚 荒井正隆
牧水のふるさと青し夏蚕飼ふ 黒田桜の園
玉垣や夏蚕を飼ひて唯二軒 大峯あきら 鳥道
神棚に護符いく重ね夏蚕飼ふ 皆吉爽雨
貨殖家の夏蚕も飼うて和尚かな 河野静雲 閻魔
赤い月夏蚕は苦い糸を吐く 田口一穂
農に老ゆ母よ朝日に夏蚕透く 柴崎左田男
農婦病むまはり夏蚕が桑喰むも 相馬遷子
門前によき風吹いて夏蚕飼ふ 大峯あきら
●夏の虫
すき立ての髪にとまるや夏の虫 昌 房
つぶしたる夏虫の名も終りたる 三木星童
もうそんな時分かと聞き夏の蟲 高澤良一 寒暑 七月-九月
やうやうに夜泣き納まり夏の虫 高澤良一 素抱 七月-九月
四人(よったり)で聞いて確かに夏の虫 高澤良一 随笑 四月-六月
夏の虫みんな来いとの篝哉 巌谷小波
夏の虫恋する隙はありにけり 一茶 ■文化十三年丙子(五十四歳)
夏の蟲など鳴きざっくばらんな夜 高澤良一 寒暑 七月-九月
夏虫の死で落ちけり本の上 子規句集 虚子・碧梧桐選
夏虫の硬翅空ゆき日は白き 山口誓子
夏虫や一と風呂の間の酒肴 飯田蛇笏 山廬集
夏虫や寝ねがての灯を悲しうす 佐藤紅緑
夏虫や百人の客をする夜なる 尾崎迷堂 孤輪
夏虫や縁に並べる豚児達 島村元句集
夏虫や茣蓙の織屑焚くならひ 安斎桜[カイ]子
夏蟲や蚊遣粉にする人形屑 富田木歩
夕かぜに息浅くつく夏の蟲 高澤良一 寒暑 七月-九月
梳き立ての髪にとまるや夏の虫 昌房 俳諧撰集「藤の実」
母寝れば夏虫に膝くづしけり 長谷川かな女 雨 月
片羽もえて這ひ歩行けり夏の虫 闌更
瓦斯の灯は青簾越しなる夏の虫 北原白秋
瓦斯の灯は青簾越し也夏の虫 北原白秋
生垣の下で確かに夏の蟲 高澤良一 寒暑 七月-九月
電燈をおつ取り巻て夏の虫 寺田寅彦
●蛾
*はったいや山蛾を掃きし寺の椽 四明句集 中川四明
あか〜と灯虫よぶ火を焚きいでし 軽部烏帽子 [しどみ]の花
あをあをと夜が来てをりぬ誘蛾燈 白岩三郎
いなづまの誘ひ出してや火取虫 内藤丈草
うちかけを被て冬の蛾は飛べませぬ 三橋鷹女
うつむきて髪みどりなり火取虫 深川正一郎
うらがへし又うらがへし大蛾掃く 普羅
おのが出し繭に縋りて蚕蛾死す 内山芳子
かすとりも通ひ馴れたる火取虫 石田波郷
からすうり宵の蛾よりも花淡し 水原秋櫻子
きれぎれの夢の中へも蛾の翅音 湘子
くらがりに人居る気配誘蛾灯 泉田菟糸子
けし咲くや石地の火蛾は盲とび 宇佐美魚目 秋収冬蔵
けぶりつつ蛾の翅泛ぶ冬泉 堀口星眠 営巣期
ことほぎの灯に来る蛾ありま白なる 岸風三楼 往来
このいのち終るかまなこ蛾を生むよ 原田青児
この幹の裏に蛾のゐる春の暮 依光陽子
この谷の涸れたるさまを火取虫 宇佐美魚目 天地存問
さしわたる月に呆けぬ誘蛾灯 瀧 春一
さみどりの透き羽も重き蛾となんぬ 林原耒井 蜩
しづかなる死が待つ灯蛾の激しさや 河野南畦 湖の森
しばらくは静かな火蛾でありにけり 甲斐 梶朗
すいと来ぬ今宵は火蛾のみなちさく 及川貞 夕焼
すさまじや早瀬の舟に燈蛾(ひとりむし) 梅室
すさまじや沖の汐瀬の蛾の馳逐 太田鴻村 穂国
たまゆらの郵便受を蛾はたてり 下村槐太 天涯
つまみたるだけ白蛾の白奪ふ 加倉井秋を
とまりし蛾蘭の花より来向へり 誓子
ねそびれて蛾の卵生むをみてゐし 川島彷徨子 榛の木
のぼる蛾に立山のみの夜空あり 岡田貞峰
はさまれて羽ばたく灯虫二重窓 森田峠 避暑散歩
はためくをやめてあゆみぬ火取虫 軽部烏頭子
はち切つて焔二尺の誘蛾燈 萩原麦草 麦嵐
はばたく蛾の銀粉を紗に微光の町 桂信子 黄 瀬
はばたける火蛾の懸命終るかな 河野多希女 こころの鷹
はひまわる五色の火蛾や楽譜書く 池内友次郎 結婚まで
はらいそヘジーパン火蛾の火を負へり 栗林千津
ひたと青蛾暁雲動きそめにけり 福田蓼汀 秋風挽歌
ひとりとは火蛾に小さく叫びたる 正木ゆう子
ひとり旅寝しなに火蛾を掃きにけり 猪俣千代子 秘 色
ひら〜蛾の飛ぶ藪の小道かな 子規句集 虚子・碧梧桐選
びびと蛾の濡木をのぼる灯が暗し 松村蒼石 露
びろうどの翅して蛾は草を出づ 松瀬青々
ほそぼそと眉をふるふや繭出し蛾 桜井土音
ほそ〜と眉をふるふや繭出し蛾 桜井土音
まだ宵を病院の火蛾すぐ打たる 及川貞 夕焼
まとひつく火蛾や流言とは承知 柴田奈美
まなざしの四十男や火取虫 永井龍男
みどりの蛾ルルドの聖母へ羽ひろげ 尾崎よしゑ
めぐる蛾も花魁草も暮れにけり 西岡荘人
めざめては蛾の闇染むる莨の火 西島麥南
もう寝かして欲しくお前の膝に蛾が落ち 小澤碧童 碧童句集
やうやくに燈火親しく蛾もこまか 皆吉爽雨
よべの火蛾よごせし稿を書き上げし 稲畑汀子
よべの火蛾浮ぶ朝湯に身を浸す 浅野右橘
よべ殺せる蛾が羽擦(ず)りゆき又今日が 川口重美
よるべなき蛾簇ただよふ滝のまへ 堀口星眠 営巣期
わが身より抜け出しごとく火蛾狂ふ 西川織子
われとても余命いくばく出でゆく蛾 篠田悌二郎
ガラス窓に蛾の眼爛々と夜の秋 佐野良太 樫
チユーリツプこゝにも蜥蜴蛾を食めり 佐野青陽人 天の川
ナイターの万燭逃れきれざる蛾 本田青棗
ビロードの夜会服つけ大蛾来 前田普羅 春寒浅間山
ペンが生む字句が悲しと蛾が挑む(絶筆) 竹下しづの女句文集 昭和二十五年
ライ麦に空透きとほり蛾のたつも 星眠
ラムプと共に山の少女が蛾をつれくる 加藤楸邨
ワイキキの黒き夜空の火取虫 深見けん二
一すぢの火蛾の影ある胸の上 野見山ひふみ
一つ蛾に浜の月見草みなひらく 林翔 和紙
一と踊り命がけなる大蛾かな 前田普羅 春寒浅間山
一匹の火蛾に思ひを乱すまじ 高浜虚子
一匹の蛾にこだはりの灯を点す 石塚友二 方寸虚実
一斉に山を呼ぶ子や誘蛾燈 萩原麦草 麦嵐
一灯に音なく狂ふ白蛾かな 大竹朝子
一灯もなき山中の火取虫 檜紀代
一燈に執して果つる火蛾なるべし 樋笠文
一燈に山蛾身を打つ荒き霧 野澤節子 黄 炎
一燭蛾空室の灯を泣かしをり 石塚友二 光塵
一蛾だに許さず通夜の刻更くる 岸風三樓
一途なる野の蛾に燈あり死ありけり 津田清子 礼 拝
一通づつ燃やす闇より火蛾生まる 直江裕子
下闇や大いなる蛾の幹うつり 大橋櫻坡子 雨月
世の中に忘らるゝ頃大蛾去る 前田普羅 春寒浅間山
二の腕の若さ真白き蛾を殺す 稲垣きくの 牡 丹
京泊り灯虫二三に灯を許し 中村汀女
人學のはかま瀧縞蛾敵 久保田万太郎 草の丈
仏燈や火蛾の翅粉をただよはす 多佳子
仰向けに灯虫の塵へ源五郎 篠田悌二郎
低く来て夜鷹かすめし誘蛾燈 根岸善雄
何を以つて悪女と言ふや火取虫 鈴木真砂女 夕螢
何処へ行かむ地べたの大蛾つまみ上げ 西東三鬼
何物が蛾を装ひて入り来るや 相生垣瓜人(1898-1985)
余呉冷えて蛾の舞うような酔いがある 渋谷道
供華につく蛾のうつくしき静夜かな 石原舟月 山鵲
便船の灯がつれきたる火取虫 石原義輝
俳諧の夜の語らひの誘蛾灯 渋谷 一重
個室憂し火取虫さへ恋ほしきに 石川桂郎 高蘆
入院も飽き飽きしたり火取虫 高濱年尾
全身の金をふるつて死の灯蛾 河野南畦 湖の森
六条の蛾か夕顔に纏はるは 稲岡長
円を描きまた円を描く火取虫 川口利夫
冬の蛾が朝夕べと羽休め 高木晴子
冬の蛾にならん姿に草の上 高木晴子 花 季
冷かに燭蛾とまりぬ膝の上 淡路女
冷房の空気を昼の蛾横切る 菅裸馬
切子貪欲一山蛾族翔け参じ 橋本多佳子
剃刀磨げば火取虫の髭が付て居て朝 北原白秋
力一ぱい燈を摶ち叫びあげぬ蛾よ 津田清子 礼 拝
加速度もていのち博たむと灯虫をり 軽部烏頭子
化身めく白蛾の翔ちて溺谷 毛塚静枝
北ぐにの蛾の舞ひ出づる能舞台 桂信子 草樹
十薬を揺すぶり去りし夕蛾かな 中村汀女
千人針火蛾は燈をうち身を編る 細谷源二 鐵
午前三時の投函だ 蛾のふらふら飛び 伊丹三樹彦 樹冠
卯浪立ち黄昏迫る蛾眉の三保 長谷川かな女 花寂び
卵びつしり蚕蛾枯れゆく夜の翅音 野澤節子 黄 炎
収獲季聖祭壇に蛾があそぶ 大島民郎
句談議の灯をとりに来し秘境の蛾 井出和幸
合掌のもすそに白き蛾を見たり 軽部烏帽子 [しどみ]の花
君が魂の蛾ぞ美しの籠枕 岡本松浜 白菊
吾が胸に悪魔棲みをり火取虫 鈴木真砂女 生簀籠
吾が醫師の火蛾伴ひて来りけり 石田あき子 見舞籠
吾れに白紙蛾に白壁のしろき夜が 鷹女
咬む蟻の蛾(ひひる)の骸うらがへし 佐々木六戈 百韻反故 吾亦紅
喪の家の灯をとりにゆく蛾を見たり 川口重美
喪の家へ夏灯つづけり蛾と沿ひゆく 加藤楸邨
地のぬくみ慕ふ山の蛾十二月 古賀まり子
地球儀の海にヨットとなる白蛾 石川文子
坐禅百人鳴きすぐ蚊あり舞ふ蛾あり 田村了咲
堕ちし蛾のあをあを明くる看護かな 石川桂郎 含羞
壁の上着両腕を垂れ火蛾舞へる 轡田 進
壁の蛾がオオミズアオと教へらる 中田剛 珠樹以後
壁の蛾の凍てきし四方の夕立かな 渡辺水巴 白日
夏きざす窓掛に蛾の朱一点 篠田悌二郎
夏みかん灯虫もほのと来初めけり 中村汀女
夏果つ灯蛾の鱗粉を漲らし 篠田悌二郎
夕くらみ翅立てそめし蛾の音す 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
夕づく蛾柏大樹をめぐりをり 石田波郷
夕ふかき穂高の空へ消えゆく蛾 堀口星眠 火山灰の道
夕景やをとこが出づる火蛾の宿 柴田白葉女 花寂び 以後
夕雨や片すゝけして誘蛾燈 西山泊雲 泊雲句集
夕顔に眉つくりたる蛾の遊ぶ 後藤夜半 底紅
夕顔に蛾も来ず月もいまだしや 五十嵐播水 埠頭
夕顔を天蛾ぶると発ちにけり 高澤良一 ももすずめ 平成二年
夕顔を蛾の飛びめぐる薄暮かな 杉田久女
夕顔を驚かしたる大蛾かな 豊原青波
多摩川へ道盡きぬべし誘蛾燈 水原秋櫻子
夜に入りし白樺雨の誘蛾燈 花谷和子
夜のみとり灯蛾の疲れに読む書あり 中尾白雨 中尾白雨句集
夜の爆音最もひゞく蛾の翅に 中島斌男
夜の秋の網戸の内外火蛾いろ〜 高濱年尾 年尾句集
夜の船に肩ふれあわせ火蛾もなし 古沢太穂 古沢太穂句集
夜の顔にはぐれ山蛾が熱い熱い 金子兜太 皆之
夜はふかし翩翻として大蛾の舞 前田普羅 春寒浅間山
夜明しのわれと蛾と居る網戸かな 永井龍男
夜鷹鳴く蛾におびえたる声のあと 堀口星眠 営巣期
大いなる蛾が灯を散らす眼とぢても 千代田葛彦 旅人木
大き蛾がゑひどれのごとく先ゆけり 川島彷徨子 榛の木
大き蛾の死にゐし朝の湯の隅に 岸風三樓
大き蛾は大き円もて燈に迫る 清子
大山祇(やまつみ)の放つ金の蛾薪能 野沢節子 八朶集以後
大江の雨衝いて来し燈蛾かな 岡本松浜 白菊
大燈蛾香炉に貌をおさめたり 下村槐太 光背
大藪の灯に蛾がとんで蝕月夜 西村公鳳
大蛾いま眠れる虎のごとくゐる 山口青邨
大蛾きし障子の外の浅間の夜 前田普羅 春寒浅間山
大蛾去りし林檎は寂し青磁色 前田普羅 春寒浅間山
大蛾来て動乱したる灯虫かな 高浜虚子
大蛾舞ひし夜も遠ざかる軽井沢 前田普羅 春寒浅間山
大蛾舞ひ小蛾しづまる秋の宵 前田普羅 春寒浅間山
天の川白き蛾おびただしきまでに 平井照敏 天上大風
奈落より来し貌見たり火取虫 河合未光
女夫なる大蛾の闇も夜明けなん 前田普羅 春寒浅間山
妹とあり火蛾のつぶてに打たれつつ 三谷昭 獣身
姫鱒を主菜となして灯蛾の宿 北野民夫
嫁ぎゆく蛾のものばかり冬灯 鈴木真砂女
子が眠り団欒終る灯蛾の下 林翔 和紙
子をさとしをればいきいき火取虫 中山純子 沙羅
子規は眼を失はざりき火取虫 浅香甲陽
孤りの夜手にやはらかく蛾の翅風 中島斌男
孵りたる蛾のすがりゐる葦の骨 松村蒼石 雁
定刻打鐘楼青き蛾を孕む 和田悟朗
宵闇をはためき出づる女夫の蛾 前田普羅 春寒浅間山
寄りて触れはじけて失せし火蛾の色 池内友次郎
寐冷え子に山の蛾の来て語りをり 文挟夫佐恵 雨 月
寒柝や山の蛾壁になりきつて 大木あまり 火のいろに
寝室へ夜の火蛾連れてきたりしよ 百崎つゆ子
小戻りて覗きたしかめ誘蛾燈 西山泊雲 泊雲句集
小松山越ゆる火の穂に蛾の心 石鼎
小水葱被てあぎとふ鯰誘蛾燈 芝不器男
山の湯に吾と入替り大き灯蛾 八木林之介 青霞集
山の湯に青き蛾泛ぶ五月来ぬ 小林黒石礁
山の蛾がふらす銀粉九月果つ 桂信子 花寂び 以後
山の蛾が来て卵産む句帖かな 萩原麦草 麦嵐
山の蛾が来て水気なき窓の雲 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
山の蛾に女ひとりと見くびらる 稲垣きくの 牡 丹
山の蛾に宵もあかるき避暑期来ぬ 田中妙子
山の蛾の灯を打つ荒行僧のごと 中村苑子
山の蛾の触れし茶碗に酒さゝる 殿村莵絲子 遠い橋
山の蛾の速さ駅長無帽で立つ 朔多 恭
山の蛾の飛ばねば怖し獨鈷山 大木あまり 山の夢
山の蛾はランプに舞はず月に舞ふ 水原秋櫻子
山の蛾や明治の名歌そらんじ合ふ 及川貞 夕焼
山の蛾を入れたる夜の疲れけり 殿村菟絲子 『路傍』
山の蛾を闇の花とし灯に舞ヘリ 阿部みどり女
山宿の壁に紛らふ蛾なりけり 臼田亞浪 定本亜浪句集
山昏れてよりの親しき誘蛾灯 鶴原暮春
山梔子の蛾に光陰がたゞよへる 飯田蛇笏 霊芝
山法師峡ふかき蛾に打たれける 小林黒石礁
山繭の蛾を飼ふ籠や夏木宿 冬葉第一句集 吉田冬葉
山繭蛾贄となる身の少女ゐる 小島ノブヨシ
山頂ホテル霧に盲ひし火蛾宿し 樋笠文
山風に闇な奪られそ火取虫 原 石鼎
岩積みし雄山が放つ蛾の淡さ 新井英子
川に佇つ五月雨傘の裏に蛾が 波多野爽波 鋪道の花
己れを喰ふ冬蟻を曳き蛾があるく 加藤知世子 花寂び
席かへて告ぐる病状火取虫 三田村智生
帰りたき朝蛾に谷の霧晴れず 篠田悌二郎
帰りゆく蛾に逢ひたりし朝月夜 相生垣瓜人 微茫集
幻燈会初めに火蛾の巨像出す 上田五千石 田園
幽冥へおつる音あり火取虫 飯田蛇笏 霊芝
廊の涯夜はカーテンに蛾の眠り 殿村莵絲子 花 季
廓町白昼の火蛾影のなき 吉田紫乃
彷徨ふ蛾「墜ちし天使」を覓めつつ 相生垣瓜人 微茫集
後の月蛾がゐる草をあたためて 松村蒼石 雁
思ひがけなき燈に蛾の翅を使ひ果す 津田清子 礼 拝
恋の胸みだれ果なし火蛾を前 石塚友二 方寸虚実
愛を説く神父に大き火蛾の翳 上田日差子
憎まるるため愛せしか火蛾追ひ摶つ 稲垣きくの 黄 瀬
懐かしのページよ火蛾の古墳よ 林原耒井 蜩
戸隠の火蛾の白毫朱眼かな 風生
打ち据ゑし火蛾の眼の爛々と 五十嵐播水 播水句集
抛げし蛾に一と揺りゆれて池の鯉 飯田蛇笏 山廬集
捕りがたき蛾のをり火山赤き冬 堀口星眠 営巣期
故郷なり終夜群れをる誘蛾燈 江里昭彦 ラディカル・マザー・コンプレックス
故郷はつかのまにして誘蛾灯 対馬康子 愛国
教壇に蛾のむくろ踏む夜学かな 大橋櫻坡子 雨月
敬老日水流れゆく大蛾あり 飯田龍太
文月や蛾がでてあそぶ黄色い繭 萩原麦草
断水や妻てらてらと蛾をつまむ 松田 進
新しき蛾を溺れしむ水の愛 永田耕衣(1900-97)
旅めくや潮の香負ひし夜の蛾にも 細川加賀
旅一夜くらき海より灯蛾来るも 草間時彦
昆虫の死臭はげしや誘蛾燈 瀧 春一
明日予定たたずも楽し火蛾の宿 星野椿
星辰に潮鳴りやまず未明の蛾 木村蕪城
昼の蛾の這へる温泉宿の畳かな 高濱年尾 年尾句集
昼寝起き簀戸打つ大蛾見たりけり 金尾梅の門 古志の歌
晩夏の蛾娼婦かげひく街燈に 西島麥南
晩学の更くる夜ごとの火取虫 宮崎佳子
暁の火蛾をどり痴れたる貌ばかり 樋笠文
暮れかねて白樺淡き蛾を放つ 星眠
月の出に跼みて草の蛾をたゝす 馬場移公子
月光にあそぶ蛾のあり樹々のひま 五十崎古郷句集
月光に燭爽かや火取虫 飯田蛇笏 霊芝
月光をのせて来し蛾のうすみどリ 横山白虹
月明のいまは蛾も立ち騰らずに 下村槐太 天涯
月見草灯よりも白し蛾をさそふ 竹下しづの女句文集 昭和十二年
月見草蛾の口づけて開くなる 松本たかし
有馬山陰白い蛾杖をついて飛ぶ 阿部完市 春日朝歌
朝の眼をもつて蛾族をいつくしむ 千代田葛彦 旅人木
朝の蛾のかぶさる蕗の葉の一つ 高澤良一 素抱 四月-六月
朝の蛾や庭より松へ小刻みに 杉山一轉俳句集 杉山一轉、岩木躑躅編
朝の蛾を柱に貼りぬ牧師館 横山白虹
朝日に人山蛾いちめん流れゆく 金子兜太 皆之
朝靄に起き出す蛾族節足族 高澤良一 寒暑 四月-六月
木の下に白き蛾のとぶ良夜かな 岡本松浜 白菊
木の葉髪切なくも蛾の生きゐたり 松村蒼石 雁
木鐘の連打に山の蛾のまなこ 吉田紫乃
本山の長き廊下に蛾の躯 関森勝夫
机の灯いまは消すなり灯蛾よ去れ 中島斌男
杉の幹はなるゝ蛾あり明易き 大橋櫻坡子 雨月
村の者来て夜語りや誘蛾燈 高野素十
栂を出てあそぶ良夜の白蛾あり 飯田龍太
梅雨の森黒白の蛾のもつれたつ 福永耕二
梅雨霧に蛾がさまよへり採草地 相馬遷子 山国
森の夜更けの拝火の弥撒に身を焼く彩蛾 高柳重信
森ゆきて浴後の胸に蛾をとゞむ 堀口星眠 火山灰の道
楽きけり白蛾はほそき肢に堪ヘ 篠原鳳作 海の旅
楽迅し翅に眼のある蛾も来り 篠原鳳作 海の旅
樹々暮れて大き山の蛾髪ほどく 柴田白葉女 花寂び 以後
櫟の蛾昏睡夫は空翔ぶや 石田あき子 見舞籠
次々にからたち越ゆる蛾月濡れて 田川飛旅子 花文字
歯を抜いて大蛾となりし女かな 栗林千津
死にさそふものゝ蒼さよ誘蛾燈 山口草堂
死のまぶた天井に火蛾追ひつめし 熊谷愛子
死体室灯して白き灯蛾を見る 瀧春一 菜園
死期の蛾の産卵続くいなびかり 岡澤康司
母が巻く目醒時計蛾の羽音 草田男
母の忌の円描き重ね白蛾とぶ 原コウ子
母の辺の祷りに白蛾たちのぼる 桂信子 黄 瀬
毒蛾がくるという窓の灯 今夜もう消された 吉岡禅寺洞
水に浮く蛾が生きてゐて西日さす 桂信子 黄 瀬
水の辺や散れば白蛾も花に似て 金箱戈止夫
汚職日本蛾出て走るその速さ 北市都黄男
汽車の灯に群れゐる灯蛾も上野に着く 加倉井秋を
河の闇硝子戸に蛾が貼りつきて 三谷昭 獣身
河骨に蛾篝りの屑こぼれけり 名和三幹竹
泡ひいてながるゝ水葱や誘蛾燈 芝不器男
波音の灯をくらくする山蛾かな 太田鴻村 穂国
津軽詩人火蛾見る眼に置く重瞼 磯貝碧蹄館 握手
流燈や矢となりて跳ぶ火蛾のあり 宇佐美魚目
浜木綿が咲けば蛾が来るどこからか 下村梅子
浮き沈みつつ流れゆく大蛾あり 龍太
浴槽の玻璃のむかうに蛾の眼玉 横山白虹
浴身を拭うてをれば火取虫 小泉八重子
海の方からも来るなり火取虫 合田丁字路
深海のホテルの壁を蛾が叩く 横山白虹
湯あみどの壁鏡よべの蛾をかざる 木津柳芽 白鷺抄
激つ瀬の夜はむせびつゝ誘蛾燈 馬場移公子
火のかほり持てばたちまち火取虫 斎藤玄 雁道
火取虫いかなる明日の来るならむ 万太郎
火取虫きり〜と落ちついと落ち 古屋敷八州
火取虫こんど飛んだら百年目 高澤良一 素抱 七月-九月
火取虫どきとはなれり辞書を引く 高澤良一 寒暑 四月-六月
火取虫ひとりしあればこを追はず 田中冬二 行人
火取虫ひとりの窓を叩きに来 三ケ尻 とし子
火取虫ふたゝび闇に戻らざる 山田桂梧
火取虫一種にしておびたゞし 五十嵐播水 播水句集
火取虫会つて詮なき人ながら 小出南総子
火取虫何故こんなことをする 高澤良一 寒暑 七月-九月
火取虫光輪放ちつつ飛べり 高澤良一 素抱 四月-六月
火取虫思ひをさやにかはし得ず 文挟夫佐恵 黄 瀬
火取虫掴み損ねし灯の貧し 高澤良一 素抱 四月-六月
火取虫書よむ人の罪深し 正岡子規
火取虫村の芝居は一夜ぎり 濱本 八郎
火取虫湯舟の底の青きこと 如月真菜
火取虫火を取る夏も終りけり 高澤良一 素抱 七月-九月
火取虫男の夢は瞑るまで 能村登四郎(1911-2002)
火取虫窓辺の闇は壁のごと 高木晴子 晴居
火取虫羽音重きは落ちやすし 楸邨
火取虫翅音重きは落ちやすし 加藤楸邨
火取虫額打つことも薪能 八木三日女 落葉期
火取虫飛び廻る輪を拡げつゝ 高澤良一 素抱 四月-六月
火取蛾に電球の白極まれり 高澤良一 寒暑 四月-六月
火取蛾の白きは打たず灯を移す 鳥居美智子
火祭に山霊あまた蛾を放つ 橋本榮治 麦生
火祭の大蛾にしぶく山の雨 飯田龍太
火蛾いまは妻子をつゝむ闇撲てる 西島麥南
火蛾が来し後より来る音楽師 斉藤夏風
火蛾すずし夕餐に雨あがりたる 松村蒼石 寒鶯抄
火蛾せつに灯を恋ひ吾れら詩を欲るも 吉田未灰
火蛾となる刹那の何げなく過ぐる 平井照敏 天上大風
火蛾とんで夜は草原のごとき海 大木あまり 火球
火蛾とんで燈火は火のみ縄文期 朱鳥
火蛾と醒めおりぬ快速車の孤客 楠本憲吉
火蛾なだれくる炎上の古志の谷 佐怒賀正美
火蛾に目を上げしとき灯の厳しかり 高濱年尾 年尾句集
火蛾のもと文盲の父を愛しめり 皆川白陀
火蛾の如まとひつく愚はあへてせず 稲垣きくの 牡 丹
火蛾の灯に読んで亦泣き亡母の手記 樹生和子
火蛾の灯の朝となりゆく看とりかな 大岳水一路
火蛾の聲発汗剤は白かりし 廣江八重櫻
火蛾の舞ふ燭をかざして見送られ 馬場太一郎
火蛾はやもあしべ踊の笛の妓に 木田南子
火蛾また温泉におちてゐたりけり 久保田万太郎 流寓抄
火蛾も来ず山の豪雨の燭明り 福田蓼汀
火蛾も来ぬランプ小暗しおちよろ舟 石川桂郎 含羞
火蛾をよけ灯を暗うせる店に買ふ 木村蕪城 一位
火蛾を掃き霧を掃くなり立石寺 山本洋子
火蛾を掃く一夜に海のさま変り 宇佐美魚目 天地存問
火蛾を瞻て暗くつたなき性を恥づ 下村槐太 光背
火蛾乗せて電車は町へ折り返す 堀恭子
火蛾去れり岬ホテルの午前二時 久保田万太郎 流寓抄
火蛾喚んで俳諧の灯の更けにけり 清原枴童
火蛾憎し打つ手逃れしとち狂い 稲垣きくの 牡 丹
火蛾打つて男身辺に白髪散る 加藤知世子 花寂び
火蛾打つて疑ふべきか人の愛 鈴木真砂女 夕螢
火蛾打つて通り魔のごと覚めし恋 稲垣きくの 牡 丹
火蛾打つや弑するとにはあらねども 飯田蛇笏 山廬集
火蛾殺す父の乳首はじめて見し 萩原麦草 麦嵐
火蛾淋し心いためばホ句作る 清原枴童 枴童句集
火蛾燃えてより燈心のうつくしさ 萩原麦草 麦嵐
火蛾狂ふ山の匂となりにけり 坊城俊樹
火蛾狂ふ狂ひしあとに死がありて 藤井亘
火蛾狂ふ針にさすべき絲青き 上村占魚 『鮎』
火蛾眉をかすめし不貞なる言葉 柴田白葉女 遠い橋
火蛾群るる捜索隊の投光器 友田直文
火蛾群れし北国ゆきの通過駅 柴田白葉女 牡 丹
火蛾舞いて己れの魂をたたきけり 磯 直道
火蛾舞ひて身ぬちにひそむものおそろし 鈴木真砂女 生簀籠
火蛾舞ふか生涯死者に見つめられ 鈴木真砂女 夕螢
火蛾舞へりよき襟あしをもてる人 鈴木真砂女 生簀籠
火蛾舞へり夜のケーブル人少な 高浜年尾
火蛾落つる燈下に湖の魚来る 高濱年尾 年尾句集
火蛾遊ぶ灯に幸せのある如く 佐々田生駒
火蛾降りずケーブルカーの折り返す 右城暮石 上下
火蛾青き十二時すぎを憂きものに 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
火蛾飛んでワヤンクリットめく晴夜 高澤良一 素抱 七月-九月
火袋に生きて白蛾も涅槃衆 野澤節子 遠い橋
灯ともせばすぐに火蛾くるあわたゞし 今西一条子
灯のもとにかたく死にをる山蛾かな 太田鴻村 穂国
灯の裏の闇うばいあう蛾と秋と 高岡修
灯をめざし白蛾のやうな雪がふる 佐藤公子
灯を消して蛾を去らしむる月の窓 林原耒井 蜩
灯を消して逃がす白蛾よ友逝けり 伊藤京子
灯を消して雲の月夜に蛾をたたす 千代田葛彦 旅人木
灯取蛾を磨り殺しなほ墨を磨る 大屋達治 絢鸞
灯虫さへすでに夜更のひそけさに 汀女
灯虫ゐずなりしと言ひて旅つゞく 森田峠 避暑散歩
灯虫来し野より来るなり隙間風 相生垣瓜人 微茫集
灯虫来る夜の鏡のうつろかな 中村汀女
灯虫落つ卓布は白を惜しまざる 波多野爽波 鋪道の花
灯虫貫いて金亀子ゑがく輪の光 高濱年尾 年尾句集
灯蛾くるふすなはち飢もうづくなり 加藤楸邨
灯蛾と共に我が家にはいる酔い更けて 田川飛旅子 花文字
灯蛾に書く音信つねに短かけれ 中村 秋晴
灯蛾の夜の雨音どつと直ぐやみぬ 高橋馬相 秋山越
灯蛾の灯に船員は夜も帽をぬがず 波多野爽波 鋪道の花
灯蛾の闇湯女のぬぎおくものかなし 原田青児
灯蛾ひとつ包みし紙のこと忘る 飛旅子
灯蛾ひとつ炎えたち倦みし眸を唆(そそ)る 兜子
灯蛾や医師鮮紅の薬吾に与へ 橋本榮治
灯蛾伴れて踊りつづけて風の盆 杉本寛
灯蛾更けて言葉少なくなりにけり 阿部みどり女
灯蛾狂ひ自画像の眼へとびうつる 川口重美
灯蛾羽蟻恋の寮生失せやすし 金子 潮
灯蛾赤し幼長男は立ち上がり 池田澄子
灰皿に燃え上りたる死蛾の翅 右城暮石 上下
炉に覚めし蛾や涅槃図に入りゆかず 吉野義子
烏瓜宵の蛾よりも花淡し 水原秋桜子
熊笹に蛾のほろほろとたつ日暮 福田蓼汀 秋風挽歌
熱いでぬ産みつけてゆく蛾の卵 千代田葛彦 旅人木
燈すこと僅かに火蛾の天地たり 久米正雄 返り花
燈をとりに来し蛾の闇は雨降れり 誓子
父の夜やとぼしき灯蛾がめぐりゐる 高橋馬相 秋山越
狂はねば火蛾に非ずと墜ちにけり 山田みづえ
玉苗にマッチの煙や誘蛾燈 西山泊雲 泊雲句集
玻璃につく蛾の大小や日記閉づ 石田あき子 見舞籠
瓜番の二の腕に蛾のとまりたる 岸本尚毅 鶏頭
生ける蛾をこめて捨てたる紙つぶて花の形に朝ひらきをり 森岡貞香
生れ際に謝罪する蛾よ天の川 永田耕衣 闌位
産卵の蛾の変貌す山の月 殿村莵絲子 雨 月
畳に置く眼鏡夜更けの蛾が打てり 桜井博道 海上
畳這ふ山の蛾を掃き月見酒 小川斉東語
病む母の見て誘蛾燈の青地獄 齋藤愼爾
病める子の病める匂や火取虫 小坂順子
痰を喀く闇赤光の蛾の眼あり 千代田葛彦 旅人木
白き蛾にさゝやかれしは伊太利亜語 軽部烏帽子 [しどみ]の花
白き蛾のきて合掌の瞳をうばふ 軽部烏帽子 [しどみ]の花
白き蛾のひらひら朝の沼へ翔つ 山田弘子
白き蛾のわが病燈を離れざる 石田あき子 見舞籠
白き蛾のゐる一隅へときどきゆく 飯島晴子
白き蛾の灯に現れて生を得し 中戸川朝人
白灯蛾さくら一本喰ひねむる 鳥居美智子
白無垢に鹿の子ぢらしの蛾が愛し 阿部みどり女
白無垢の蚕蛾のわななくしぐれかな 千代田葛彦
白蛾の目玻璃に紅彩原爆忌 原田孵子
白蛾来る辞書の重さのわが窓に 中村汀女
白雄忌の火取蛾一夜蔦沼に 鳥居美智子
百合の闇蛾の羽ばたきのわづらはし 林原耒井 蜩
百合の香のいまはしき蛾をおびきよす 稲垣きくの 黄 瀬
相宿のこころ解かざり夜の山蛾 富岡掬池路
眉落しなば蛾にも似て安からむ 殿村莵絲子
眉落としなば蛾にも似て安からむ 殿村菟絲子 『旅雁』
真白な蛾や掛稲を飛び出づる 岸本尚毅 舜
真菰の芽おびただしはや白蛾ゐつ 川島彷徨子
眠る山薄目して蛾を生みつげり 堀口星眠
眼を張れる蛾や硝子戸を雨垂りて 桂信子 黄 炎
短夜の蛾が死んで居り盃洗に 岡本松浜 白菊
短夜や鏡の下の火取虫 北原白秋
短夜や鏡の面の蛾の卵 東洋城千句
砂温泉時過ぎて灯を打つ蛾も夜毎 河東碧梧桐
破れたる翅もたゝむ蛾の踊 前田普羅 春寒浅間山
磐に閲(せめ)ぐ兄弟わかし火蛾の下 竹下しづの女句文集 昭和十五年
祈りつつ氷割り居り夜の白蛾 柴田白葉女 遠い橋
祖母よりも父遠かりし誘蛾燈 加藤楸邨
秋あをく燃え了る蛾のいのち見し 萩原麦草 麦嵐
秋の湯に白蛾をすくふもろ手かな 宮武寒々 朱卓
秋の蚊帳たゝめば落ちし蛾のむくろ 高橋淡路女 梶の葉
秋の蛾のあはれに粉をこぼしけり 木下夕爾
秋の蛾の堕ちてしばらく漣す 福永耕二
秋の蛾の小諸の城のいろにかな 吉田紫乃
秋の蛾や宵のテレビに嫌はれて 百合山羽公 寒雁
秋の蛾や襖にとまりふすま色 大橋櫻坡子 雨月
稿の外にて誘蛾灯涼を呼ぶ 森 澄雄
空にふと蛾を追ふ雀夏至夕ベ 皆吉爽雨 泉声
立ち寄ればあたり賑はし誘蛾燈 吉武月二郎句集
箸紙に書くかなしさよ山蛾の灯 長谷川かな女 牡 丹
簡単な夫婦にあらず火取虫 永井龍男
納め繭より蛾の生れゐて冬日向 伊藤いと子
納棺の仏へ名残り灯虫舞ふ 三浦庚子
終夜ともる聖燭に火蛾あやまてり 津田清子 礼 拝
終夜灯る聖燭に火蛾あやまてり 津田清子
結界や梅雨の桔梗と一灯蛾 石塚友二
絡みあふこころ断ちきて火蛾を摶つ 稲垣きくの 黄 瀬
絨緞は海白き蛾の来て溺る 千代田葛彦
絵硝子にまどろむ蛾あり神父留守 大島民郎
絵葉書の額すぐる蛾や若葉茶屋 大橋櫻坡子 雨月
縞奇しき蛾や幻の舞踏会 下村ひろし 西陲集
繭を抱ききのふのごとく蛾のゐたる 木津柳芽 白鷺抄
繭蝶に山蛾の来てさかりけり 西山泊雲 泊雲句集
羮に火蛾落ちつ皆酔ひしれし 高田蝶衣
翅ふるひて燈下にをはる蛾のいのち 中島斌男
翅澄みて蛾は春暁の野にかへる 堀口星眠 火山灰の道
翅震ひながら柱を攀ぢゐる蛾 波多野爽波 鋪道の花
翼あるもの先んじて誘蛾燈 西東三鬼
考へて気づく真夜の蛾の白さ 成田千空 地霊
考へはまとまらず火蛾とび回り 下村梅子
聖堂の火蛾の暗がり耳冷たし 伊藤淳子
聖書講座火取虫火を取り放題 上田五千石 田園
聖玻璃を摶ちて蛾の翅弱くなる 津田清子 礼 拝
自転車の灯を取りにきし蛾のみどり 黒田杏子
舞ひすみし大蛾の腹に浪うてり 前田普羅 春寒浅間山
舞ひ果てゝ大蛾の帰へる闇夜かな 前田普羅 春寒浅間山
舞ひ果てゝ旅着におつる大蛾かな 前田普羅 春寒浅間山
舞ひ果てゝ林檎をすべる大蛾かな 前田普羅 春寒浅間山
舞ひ済みし大蛾もまじる落葉かな 前田普羅 春寒浅間山
舞ふ灯蛾に酌むうま酒や花火の夜 森川暁水 黴
航海燈夕立が蛾をぬぐひ去る 福永耕二
舷梯をはづされ船の蛾となれり 鷹羽狩行(1930-)
船の蛾が去る接岸を待ちきれず 狩行
色つきの夢の疲れや真白き蛾 有馬英子
花合歓に蛾眉なが〜し午後三時 川端茅舎
花御堂金銀の蛾の歩きゐる 岸本尚毅 鶏頭
茜さす水面をよぎる白蛾かな 阿部みどり女
茱萸の木より蛾のモスグリーンはたはたと 高澤良一 ぱらりとせ 夏
茸山の蛾のほろほろと月の前 宇佐美魚目 天地存問
草に白蛾ここはさつきもとほつたはず 奥坂まや
草の戸や灯虫よぶ火のあか〜と 軽部烏帽子 [しどみ]の花
草むらに掃きすてられし蛾のねむり 上村占魚 鮎
荒涼の夏野の月へ蛾が消ゆる 佐野良太 樫
荒神や燈明皿の火取虫 竹冷句鈔 角田竹冷
荘の灯の山蛾も呼ばず冷まじき 亀井糸游
菜殻火に遇ふまでの蛾の一生涯 津田清子
菜殻火激し蛾を盲目にしてしまふ 津田清子 礼 拝
萱厚く氷室を葺きて白蛾湧く 吉田紫乃
落第の秀才哀なり小夜すがら蛾を撲つ 尾崎紅葉
落葉松の幹に点れる誘蛾燈 品川鈴子
葉かげの蛾見出づ夕風到りけり 臼田亞浪 定本亜浪句集
蔵の中二三百とぶ麦蛾かな 廣江八重櫻
蔵王あるはずの大闇灯蛾かな 蓬田紀枝子
薪能悪霊に火蛾つきまとふ 金子千侍
薪能火蛾金粉となりにけり(新宿御苑) 細川加賀 『傷痕』
藍甕の深さ一丈火取虫 藤田あけ烏 赤松
虻蛾蜂それぞれ花を得つゝあり 星野立子
蚊帳つるや髪にとまれる蛾をしらず 大橋櫻坡子 雨月
蚕の蛾交りし翅をびゝ〜と 射場秀太郎
蚕の蛾産卵の羽ふるひつつ 長谷川櫂
蚕蛾はや雌雄となるをかなしめり 野澤節子 黄 炎
蚕蛾生れて白妙いまだ雄に触れず 橋本多佳子
蛙とほし蛾一匹窓たたきつぐ 川島彷徨子 榛の木
蛾(ひひる)に暗し/昼の/ 火の根に/ 人柱 林桂 銀の蝉
蛾がたちてまだ夜がひそむやぶれがさ 千代田葛彦 旅人木
蛾がむしりあう駅の空椅子かたまる夜 赤尾兜子
蛾が一つ十五夜の灯をめぐりをる 阿部みどり女
蛾が卵生みをり推理小説閉づ 横山白虹
蛾が来るや筍ながし吹くからに 岡本松浜 白菊
蛾が飛ばずなりたる山の極暑かな 登 七曜子
蛾しぶきをあげて嵐の誘蛾燈 廣江八重櫻
蛾つまめば金銀の粉ちらしけり 阿部みどり女
蛾と蜂の一戦二戦夕永き 堀口星眠
蛾にひそと女かゝづらひ座ははずむ 木歩句集 富田木歩
蛾に吸はれゐる蔓花のこそばゆし 太田鴻村 穂国
蛾に怒り妻子に怒りつゝ眠る 西島麥南
蛾に打たれ少年の朝裂けにけり 小檜山繁子
蛾に紛れて灯下児と居ることの正しき 和露句集 川西和露
蛾に螫され巫(かむなぎ)の腰くびれ初む 小島ノブヨシ
蛾のかほとしばし見合へりその顔が徐ろにメフィストの相となるまで 葛原妙子
蛾のはりつく幹目じるしのわがキヤムプ 金子 潮
蛾のほかは遠き山の灯青網戸 桂樟蹊子
蛾のまなこ赤光なれば海を恋う 金子兜太 少年/生長
蛾の入りし袖におどろく宿浴衣 前田普羅 春寒浅間山
蛾の入りて大きな影や走馬灯 小島隆保
蛾の卵しかと着きゐてうすみどり 高橋馬相 秋山越
蛾の卵の微塵をつぶす子なき指 野澤節子
蛾の口のけうとくのびて花移り 太田鴻村 穂国
蛾の微光おのれ昂り母寝落つ 桂信子 花寂び 以後
蛾の息のたえだえに眉ふるふかな 太田鴻村 穂国
蛾の白さのみを許して藍染場 加倉井秋を
蛾の眠る真昼睡たげに泉の芯 田川飛旅子 花文字
蛾の眼すら羞ぢらふばかり書を書く 竹下しづの女
蛾の立ちしあと打紐のほどけたる 渋谷道
蛾の羽をうかべてゐたる泉かな 夏井いつき
蛾の羽音しべに残れる烏瓜 橋田憲明
蛾の翅うすみどりなり何かせむ 青池秀二
蛾の翅の霰小紋がわびしくて 松村蒼石 雁
蛾の翅を忘れてゆきし犀星碑 吉田紫乃
蛾の胴をつぶせばぱちんと音のしてまたひとつ党を脱ぎ捨てる党 山田富士郎
蛾の舞ひの山の白夜を怖れけり 臼田亜浪 旅人
蛾の色に似て蝶なれや葉月過ぐ 軽部烏頭子
蛾の落ちるとき一閃のふくらはぎ 宇多喜代子
蛾の青さ わたしは睡らねばならぬ 富澤赤黄男
蛾の骸籠りの僧に掃かれをり 角川春樹 夢殿
蛾はひねもす伏せりさびしき神の前 林翔 和紙
蛾も青を被て山中の一燈に 野澤節子 遠い橋
蛾をうちつ業通無碍の血をすゝる 横山白虹
蛾をとりし雀の貌のとがりけり 太田鴻村 穂国
蛾を以て扇としけり須磨の浦 永田耕衣 闌位
蛾を寂と止まらせしめし金襖 村越化石
蛾を打つて我ばらばらに毀れける 河原枇杷男 蝶座 以後
蛾を救ひその灰色はふり向かず 加藤知世子 黄 炎
蛾を殴ちし痕の消えざる手帳かな 静間まさ恵
蛾を追ふて兼六園の夕雀 高澤良一 ぱらりとせ 夏
蛾を食みし蜥蜴熱砂に口拭ふ 佐野青陽人 天の川
蛾を髪に簪のごとく秋とどむ 阿部みどり女
蛾打ち去る林下の仮睡けうとしや 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
蛾打ち合ふ音にはなれて眠りたる 亜浪
蛾殺す女意味なく蟻殺す 辻田克巳
蛾翔たず翅にかなしみ負ひたれば 成瀬桜桃子 風色
蛾落ちてさゞめく水や誘蛾燈 西山泊雲 泊雲句集
蛾這入り大きな陰や誘蛾燈 阿波野青畝
蜩どき蛾の毒痒く腕に燃え 宮津昭彦
蝶と蛾にそれぞれ生れ月夜野に 遠山陽子
蝶は飛び蛾の眠りゐる網戸かな 鈴木洋々子
螢光燈に 蛾の幻影がとぶ 眼は枯れるか 吉岡禅寺洞
螢来ず白装束の蛾と逢ヘり 殿村莵絲子 花寂び 以後
蟻がくふ蛾がきらきらと円覚寺 加藤秋邨 まぼろしの鹿
蟻引けり蛾の銀粉をこぼしつつ 下村梅子
行間や火蛾が腹を擦つてゆく 柿本多映
衰えか火蛾撲ち殺せしを悔ゆは 楠本憲吉
裏返る大蛾に朝の湖はあり 桂信子 遠い橋
裸女の蛾によごれたる肌などや 長谷川かな女 雨 月
裸火にちらちらと蛾の吹かれ去る 石原舟月 山鵲
視力図に蛾は卵産む爆音下 田川飛旅子 花文字
覚え悪き学問の子に火取虫 北川草魚
触れてゐる草ひとすぢや誘蛾燈 軽部烏頭子
誘蛾灯すでに末世の星懸る 山口誓子
誘蛾灯つゞき夜道は遠きもの 今村青魚
誘蛾灯はるけきものへ燃えてをり 高橋沐石
誘蛾灯命の爆ぜる音のして 奥田杏牛
誘蛾灯泣く子を抱いて病室へ 玉木 こうじ
誘蛾灯目を合わせずに二人で居る 池田澄子
誘蛾灯野は六月のその暗さ 篠田悌二郎
誘蛾燈うしろに墓の山据わる 幸治燕居
誘蛾燈しきりに墨を塗りをりぬ 阿波野青畝
誘蛾燈つらなりもゆる闇は濃く 鈴鹿野風呂 浜木綿
誘蛾燈とぼしきマッチすりにけり 銀漢 吉岡禪寺洞
誘蛾燈にまた雨あしのしげくなる 田中冬二 若葉雨
誘蛾燈に目を剥いて馬通りけり 萩原麦草 麦嵐
誘蛾燈に雨あし太くみゆるかな 田中冬二 行人
誘蛾燈の下のくらきに畦あつまる 篠原梵 雨
誘蛾燈の埃り払うて父寝たり 萩原麦草 麦嵐
誘蛾燈の暗さに立ちて父老いし 萩原麦草 麦嵐
誘蛾燈の水を乱すは蛙かや 西山泊雲 泊雲句集
誘蛾燈はるけきものへ燃えてをり 高橋沐石
誘蛾燈ばかりとなりて村は寝し 石井とし夫
誘蛾燈またゝいてゐる水仕かな 松藤夏山 夏山句集
誘蛾燈めく燈となりて森に更く 宮津昭彦
誘蛾燈ゆるゝ瀬水の闇ふくらむ 吉祇千恵子
誘蛾燈一燈農事試験場 京極杞陽
誘蛾燈光あつめて峡昏るる 阪尻勢津子
誘蛾燈入江の闇を抱きにけり 米沢吾亦紅
誘蛾燈土より寒く灯りけり 萩原麦草 麦嵐
誘蛾燈夜靄深くてまたたかず 福田蓼汀 山火
誘蛾燈寝惚け顔してともりゐる 田中冬二 麦ほこり
誘蛾燈山大尽の庭に燃え 萩原麦草 麦嵐
誘蛾燈山脈近くなりにけり 小林康治 四季貧窮
誘蛾燈山雲下りてはなやぎぬ 内藤吐天
誘蛾燈左右に夜深く戻りけり 清原枴童 枴童句集
誘蛾燈強引に油吸ひにけり 萩原麦草 麦嵐
誘蛾燈朝の蛙の一つ鳴く 松藤夏山 夏山句集
誘蛾燈杏の村の夜は燃えて 萩原麦草 麦嵐
誘蛾燈汽車を眺めて未だつかず 松藤夏山 夏山句集
誘蛾燈消しゆきて畦刈りはじむ 藤原たかを
誘蛾燈灯し合うたる門田かな 吉武月二郎句集
誘蛾燈灯す夫見ゆ廚窓 西山泊雲 泊雲句集
誘蛾燈点すマッチの消えやすく 田中冬二 麦ほこり
誘蛾燈畔も一寸さがる刻 廣江八重櫻
誘蛾燈直下の地獄照りわたる 軽部烏頭子
誘蛾燈石ころ一つほてりけり 萩原麦草 麦嵐
誘蛾燈見えて旅籠の欄による 西山泊雲 泊雲句集
誘蛾燈遮りたるは人影か 高野素十
誘蛾燈野は六月のその暗さ 篠田悌二郎 風雪前
誘蛾燈闇より黒き吉野川 加藤知世子 花寂び
誘蛾燈露けき頃も三ところに 下村槐太 天涯
誘蛾燈駅夫の窓のかたはらに 後藤夜半 翠黛
読むことを止めよと火取虫が来る 下村梅子
諦めも処世の一つ火取虫 伊東白楊
谷幾つ越え来て此處に火取虫 芥川龍之介
貧の中火蛾に抱く子が笑ひ出す 清水基吉 寒蕭々
貼紙に蛾のあたりゐる夜学かな 大橋櫻坡子 雨月
賣文のペンもて火蛾をつぶすなり 志摩芳次郎
賭場の灯に人蛾の如く集ひ居り 吉良比呂武
赤き蛾に柩ぶつかる速度かな 攝津幸彦
赤き蛾の昼いでて舞ふ敗戦日 藤田湘子
踊の輪すすみ燈蛾は灯をめぐる 大橋敦子
踏みとほし生きとほしミシン台の灯蛾 榎本冬一郎 眼光
轍あと深くかげりぬ誘蛾燈 山口誓子
農夫學べば火蛾へんぽんと貌せめる 細谷源二
迎火に魂をみちびく蛾が舞へる 木田素子
迢空忌破風に月夜の大蛾憑く 飯田龍太
這ひ交む蚕蛾夕餉のおそき農 丸山海道
這ひ出でて眉美しき蚕蛾かな 浜川 穂仙
通ひ路の夕ベ水漬きぬ誘蛾燈 銀漢 吉岡禅寺洞
通夜の灯に飛び来し火蛾の打たれけり 名高栄美子
遊行忌の羮の碗蛾をとどむ 宮武寒々 朱卓
遠方より朋有り森の火取虫 高澤良一 素抱 七月-九月
避暑の夜々蛾は更けし音つたへくる 石橋辰之助 山暦
那須の野に寝落ちは早し火取虫 古舘曹人 樹下石上
部屋に来る白蛾宥して行者宿 毛塚静枝
酌婦来る火取虫より汚きが 高濱虚子
酔へば隠者の杖揚げて天蛾(スフィンクス)を地に書かう 加藤郁乎
野にひと日はたらき弥撒を灯蛾のもと 大島民郎
金星や蚕蛾のひびきやみしとき 柚木紀子
金粉をこぼして火蛾やすさまじき 松本たかし(1906-56)
金色の蛾眉をあらはにクロッカス 西村和子 夏帽子
針金の灼けきはまりつ誘蛾燈 阿波野青畝
釣り更ゆる灯に手を打つて蛾のけはし 河野静雲 閻魔
鉛筆で火蛾の屍除くる貧詩人 上田五千石 田園
銀漢の砂底乾き蛾の舞へる 櫛原希伊子
鏡中の吾を消し秋の夜の白蛾 殿村莵絲子 花寂び 以後
鏡面の貌にとまる蛾旅また旅 桂信子 花寂び 以後
鐵塔のしのゝめはやき誘蛾燈 西島麥南
開くより大蛾の来たる月見草 高橋淡路女 梶の葉
阿蘇の火に飛びこむ火蛾の如く来し 野見山朱鳥
雀蛾と雀と露の地に撃つも 皆吉爽雨 泉声
雀蛾のつばさの闇の深さかな 八木林之介 青霞集
雀蛾の桃色の胴旋回す 石塚友二
雀蛾も海越えて来ぬ宵祭 岡井省二
雀蛾を見ておそれざる子をおそる 平井照敏 天上大風
雑草園にあまたの蛾をり嵐めく 松村蒼石 雪
雛鶏の喉蛾を呑みえたり群を離れ 原田種茅 径
雨と蛾の障子うつ音錯雑す 篠田悌二郎
雨の夜の傘に蛾が入り出でにけり 佐野良太 樫
雨を来し灯虫のひとつひとつかな 波多野爽波 鋪道の花
雷打ちて灯絶えてありぬ蛾の羽音 及川貞 夕焼
雷鳴や病んで白蛾のかげを忌む 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
電燈消せば火取虫の翅音計りなる 北原白秋
電球に蛾を閉じこめし五月かな 寺山修司(1935-83)
青蛾ゐて甘菜の花に南吹く 飯田蛇笏 霊芝
鞄の襞に蛾の蛹住み職失ふ 田川飛旅子 『邯鄲』
須弥壇を掃きて落ちたる秋蛾かな 河野静雲 閻魔
頼めなき妻の命よ死蛾見出づ 臼田亞浪 定本亜浪句集
頼信紙ざらざらとせり蛾をつゝむ 横山白虹
顔見せて裏がへしなる大蛾かな 前田普羅 春寒浅間山
颱風の屋根の満月飛びゆく蛾 西村公鳳
飛びこみし蛾の燃えランプ明るうす 福田蓼汀
飛び込みし蛾の燃えランプ明るうす 福田蓼汀
飛ぶ蛾族落日すでに力なし 相馬遷子 山国
馬爪を切る藁火どや〜と蛾が 乙字俳句集 大須賀乙字
駅頭の灯蛾舞ひ帰郷の一集団 原子公平
高きに灯あれば高きに火蛾狂ふ 長田久子
高張りに火蛾の華やぐ葬のあと 小島千架子
高熱の夢にうなされ蛾の紅眼 加藤かけい
髪に来し白蛾の紋の忌まれけり 太田鴻村 穂国
鬱々と蛾を獲つつある誘蛾灯 阿波野青畝(1899-1992)
鮮しき夜がみなぎれり誘蛾燈 佐野まもる
鯉と蛾のくちづけ闇を深めたる 堀口星眠 営巣期
鱒池に小雀が落す蛾の青し 阿部ひろし
鱗毛を飛ばし蚕蛾の交み合ふ 小倉桑平
鳥の食みこぼす蛾の羽根半夏生 斉藤杏子
鵜篝に滝作し落つる灯虫あり 京極杞陽 くくたち下巻
麻酔利き白蛾となりて先ゆくもの 殿村莵絲子 牡 丹
黄に青に灯蛾染め分けつ発電所 林翔 和紙
黒き服蛾のごとくゆく曼珠沙華 加藤知世子 黄 炎
黒き目を瞠りどほしに火蛾疲る 野澤節子 黄 瀬
●毛虫
あさましく松くひあらす毛虫かな 正岡子規
あるときの心のむごく毛虫焼く 鈴木真砂女 生簀籠
いつしんになりしさみしさ毛虫焼く 馬場移公子
いとし子に毛虫とりつくはし居哉 高井几董
うつくしき形(なり)持ちながら毛虫かな 服部嵐雪
うらぶれて焔を美しく毛虫焼く 椎津虚彦
うららかに毛虫わたるや松の枝 芥川龍之介
おぞましの毛虫こそ居れ手水鉢 青峰集 島田青峰
かけよりし鶏に落ちしは毛虫かな 新津稚鴎
さざんくわの毛虫の下見的中す 高澤良一 寒暑 四月-六月
さんさんと光る毛虫は赦しがたし 榎本冬一郎 眼光
したゝかに毛虫つきけり垣の梅 蘇山人俳句集 羅蘇山人
するすると降りてゆらゆら毛虫かな 近藤ソノ
そぼぬれて毛虫這出す日向哉 寺田寅彦
たっぷりと昭和に生きて毛虫焼く 藤原美峰
たれ毛虫くる鳥もくる鳥もすぎぬ 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
ちり取りにはやけたばかりの毛虫のさ枝を剪る 梅林句屑 喜谷六花
つる草の茎に逆立ち毛虫かな 香下 純公
てふてふの毛虫の顔をいたしけり 辻桃子 ねむ 以後
としよりが毛虫いぢめる棒の尖 辻田克巳
はじかれし毛虫おどろく草の上 山田みづえ
ひた急ぐ毛虫の背ナの山津浪 高澤良一 寒暑 四月-六月
べうべうと風の中なる毛虫の眼 佐々木六戈
ぼろぼろの炎かなしみ毛虫焼く 原裕 『出雲』
みじか夜や毛虫の上に露の玉 蕪村
むくむくと大善坊の毛虫かな 高澤良一 燕音 四月
もこもこと逃ぐる毛虫をのがしやる 奈良文夫
やわらかな胎動毛虫の透んだ腹 久保純夫 瑠璃薔薇館
ネロの兄お七の妹毛虫焼く 加藤三七子
ミニヨンの唄に茶色の毛虫あり 長谷川かな女 雨 月
ロザリオを繰りし指もて毛虫焼く 辻本みえ子
一畝の苗田直枝に直毛虫 香西照雄 対話
七色のいのちなりけり毛虫焼く 相川玖美子
事多き借家毛虫を焼きあます 米沢吾亦紅 童顔
人間派転じて樹木派毛虫焼く 石田波郷
今日も立つ屋上毛虫に喰はれし木 沢木欣一
侘びぬれど毛虫も落ちぬ庵かな 上島鬼貫
八百よろづの神敬はず毛虫焼く 久保 乙秋
公約と云ふを信ぜず毛虫焼く 松田義朗
千本の毛みな生きて毛虫かな 高田保
台風が毛虫を家に投込みぬ 相生垣瓜人 微茫集
吹かれつつ梅雨にぬれつつ奇な毛虫 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
吾が頸毛虫を這はせゐたりけり 久米正雄 返り花
啓蟄の蜥蜴毛虫に木影かな 『定本 石橋秀野句文集』
土くれに逆毛吹かるる毛虫かな 村上鬼城
垂れ毛虫みな木にもどり秋の風 臼田亜浪 旅人
垂れ毛虫皆木にもどり秋の風 臼田亞浪 定本亜浪句集
墓石に毛虫ゐて栗の葉洩れ陽 北原白秋
外海の凪ぐ日賜ひし毛蟲かな 八木林之介 青霞集
夜明はや僧の殺生毛虫焼く 藤原如水
天に地に薬莢大の毛虫あるく 北川邦陽
天平の大堂伽藍毛虫這ふ 山下佳子
夫病めば怖気の毛虫焼きにけり 及川貞
女手にひと日延ばしの毛虫焼く 奥田とみ子
嫌はれて徹頭徹尾毛虫たり 落合水尾
子をもたぬをとことをんな毛蟲焼く 黒田杏子(1938-)
小さき椅子ふたつ毛蟲を焼きにけり 田中裕明 櫻姫譚
小肥りの毛虫良寛墓石馳す 高澤良一 寒暑 四月-六月
少女期の一処が冥し松毛虫 鍵和[のり]子田
尾を草に頭怒れる毛虫かな 島村元句集
山の家の一樹の桃に毛虫かな 尾崎迷堂 孤輪
山刀伐峠の栗の毛虫の大きさよ 細川加賀
山国の毛虫ふさふさ生きるとは 宮坂奈々
山峡の無人売場に毛虫はふ 尾沼チヨ子
山茶花に毛虫一騒動ありぬ 高澤良一 燕音 十月
山道に毛虫の落ちて忙しき 高澤良一 随笑 四月-六月
巾広の毛虫薄の葉に余り 高澤良一 寒暑 四月-六月
弱法師毛虫焼かんとまかり出づ 静 良夜
後家の意地張つて毛虫を焼きつくす 石川文子
志す方あるさまに毛蟲這ふ 高橋淡路女 梶の葉
悪評は覚悟の毛虫金色に 白岩三郎
懺悔する心も持たず毛虫焼く 小林康治 『虚實』
才恃むおろかさ道を毛蟲這ふ 小林康治 玄霜
押売と遠き応待毛虫焼く 米沢吾亦紅 童顔
押売りと遠き応対毛虫焼く 米澤吾亦紅
捕まへし毛虫の処置にふと迷ふ 猪股阿城
教へ子汚職今毛虫めく猫柳 香西照雄 素心
教会の桜の毛虫焼かれけり 前田普羅
教会の鐘鳴る毛虫焼きてをり 酒井みゆき
日がな雨静かに毛虫太りゐる 北元 多加
日より落ち毛虫の腹の岩つかむ 古館曹人
晩秋や毛虫のたぐひ繭ごもり 篠田悌二郎 風雪前
朝の土急いでわたる毛虫かな 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
朝曇楽土さがしに毛虫行く 百合山羽公
朝風に毛を吹かれ居る毛むし哉 蕪村
木より落つ毛虫地べたを一目散 高澤良一 随笑 四月-六月
松の枝より地へ四寸の毛虫を落とし 中塚一碧樓
松毛虫いとはれつつも行方もつ 加藤楸邨
松毛虫上りつめたる梅雨茜 内藤吐天 鳴海抄
松毛虫家にをさなきものが寝て 山口波津女 良人
松毛虫犇めく今日の晴れにけり 臼田亞浪 定本亜浪句集
松落ちて這へる毛虫や花御堂 河野静雲 閻魔
枝移る毛虫の列や朝ぐもり 石田波郷
柾垣毛虫に先を越されたる 高澤良一 ぱらりとせ 夏
柿の木の毛虫が落ちて大江山 斉藤夏風
栗の木に毛虫わき女みごもれり 龍岡晋
栗飯や末子が継ぎし毛虫眉 小島千架子
格子縞羽織り毛虫の三太夫 高澤良一 寒暑 四月-六月
桑の実の毛虫に似たる恨み哉 正岡子規
桑畑に喰ひつぶしの毛虫かな 五律
梅雨毛虫掃討作戦開始せり 高澤良一 寒暑 四月-六月
椿毛蟲焼くに逡巡ゆるされず 石田あき子 見舞籠
極彩の故に極悪大毛虫 百合山羽公
横断の毛虫見送る三輪車 土井朝子
樹の奥の毛虫焼きつつ墓と話す 河合凱夫 飛礫
樹を渡る毛虫らも身を賭けて生く 津田清子 礼 拝
橋袂毛蟲も焼けば濯ぎもし 田中裕明 山信
毛虫こそ物々しげに歩むなれ 相生垣瓜人 明治草抄
毛虫だらけの木を前にして立ちつくす 内藤吐天 鳴海抄
毛虫つく頃の柾と見てとほる 高澤良一 随笑 四月-六月
毛虫とりいらいらと昼の月あり 佐野良太 樫
毛虫とるたびに声出し男呼ぶ 鈴木六林男
毛虫のごと空攀づジェットコースター 高澤良一 寒暑 四月-六月
毛虫の季節エレベーターに同性ばかり 岡本 眸
毛虫の死農夫にふまれふまれ消ゆ 細谷源二 砂金帯
毛虫の波うつて速し跨いで了ふ 原田種茅 径
毛虫もいまみどりの餉を終へ歩み初む 中村草田男
毛虫やく人ゐて園生すたれけり 銀漢 吉岡禅寺洞
毛虫やく人撮影の外にあり 銀漢 吉岡禅寺洞
毛虫やく火を柿の葉にもてあそぶ 銀漢 吉岡禅寺洞
毛虫ゆきぬ毛虫の群にまじらむと 軽部烏頭子
毛虫よけてかけたる石のあたゝかし 龍胆 長谷川かな女
毛虫出づ蕗を食べたき晴天を 長谷川かな女 牡 丹
毛虫地に降りて皆這ふ嵐かな 鈴木花蓑句集
毛虫垂る糸の辺りを横払ひ 高澤良一 随笑 四月-六月
毛虫増ゆわが寺創建二十年 牧野春駒
毛虫多き桃の畠や外厠 山田三子
毛虫嫌ひ陰忘れけり花盛 調翁子 選集「板東太郎」
毛虫居たり竹の手すりの仮本堂 前田普羅
毛虫居るだけで全てを物語る 高澤良一 素抱 四月-六月
毛虫来る旧知のごとく顔上げて 林翔
毛虫浮くバケツの中の残り水 金元喜代子
毛虫焼おもはぬ蛇の落ちにけり 白岩 三郎
毛虫焼きその夜を読めりマルテの手記 星野麦丘人
毛虫焼き生きながらえるあそびかな 鈴木八駛郎
毛虫焼き蒼天戻る枝の先 北村典子
毛虫焼くいくさの暇の夕凪に 殿村莵絲子 花 季
毛虫焼くいつしんの掌の一静止 河野多希女 両手は湖
毛虫焼くちいさき藁火つくりけり 川島彷徨子 榛の木
毛虫焼くとき美しき男の唇 渋川京子
毛虫焼くどこかに力入れてをり 中村菊一郎
毛虫焼くや五十の恥をさらさむと 皆川白陀
毛虫焼くや人窓掛をあげて弾く 飯田蛇笏 山廬集
毛虫焼くゆふべの空も焼けて来し 上村占魚 球磨
毛虫焼くゆるぎなき意志少年に 渡邊千枝子
毛虫焼くわれに塞ぎの虫がゐて 品川鈴子
毛虫焼く一部始終を見て足れり 高澤良一 ねずみのこまくら 昭和五十五年
毛虫焼く二人のなかのわだかまり 上村占魚 鮎
毛虫焼く人の見ゆるや庭の奥 前田普羅
毛虫焼く児に棹尻をとられゐて 馬場移公子
毛虫焼く十王像を見たる後 佐野 一恵
毛虫焼く吾子も三十路の愁眉もつ 渡部 良子
毛虫焼く垂れし炎を砦とし 原裕 青垣
毛虫焼く女神を斎く島に住み 八染藍子
毛虫焼く妻の次第に大胆に 水島三造
毛虫焼く小使を子等遠まきに 藤田 静水
毛虫焼く小言も板につきしかな 油井和子
毛虫焼く昨日のことに腹立てて 石嶌岳
毛虫焼く最中に客を迎へけり 河前 隆三
毛虫焼く梯子の上の五十歳 西東三鬼
毛虫焼く毛虫の煽つ火となりぬ 皆吉爽雨
毛虫焼く火のめらめらと美しき 木下夕爾
毛虫焼く火の舌そよぐ風もなし 西島麦南
毛虫焼く火をもち出づる厨かな 吉武月二郎句集
毛虫焼く火を振り没落屋敷なり 佐野美智
毛虫焼く火を煽るがに水まんろ 小松崎爽青
毛虫焼く火を青天にささげゆく 平畑静塔
毛虫焼く火幽しわれに暮鐘鳴る 飯田蛇笏
毛虫焼く炎の水音に応へあり 原裕 青垣
毛虫焼く炎の雨雲にふれにけり 石原舟月
毛虫焼く焔が触るるものを焼く 橋本多佳子
毛虫焼く焔このとき孤独でなし 橋本多佳子
毛虫焼く焔の中に雨降れり 平野吉美
毛虫焼く焔の見えぬ竿の先 辻本斐山
毛虫焼く焔見つめて遠くあり 阿部みどり女
毛虫焼く煙だらけとなりにけり 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
毛虫焼く白き額の夫子かな 大橋櫻坡子 雨月
毛虫焼く童ばかりの声あがる 米沢吾亦紅 童顔
毛虫焼く鬼子母神様子には見せず 岡田詩音
毛虫焼己はげます声大き 斎藤道子
毛虫焼童来たりて逃すなり 内山 亜川
毛虫煙く炎の雨雲にふれにけり 石原舟月 山鵲
毛虫総身黄金にして火中なり 櫛原希伊子
毛虫落ちて暗夜の土をあるきけり 加藤楸邨
毛虫落つそこに始まる物語 小泉八重子
毛虫落てまゝ事破る木陰かな 言水
毛虫行きぬ毛虫の群にまじらむと 軽部烏頭子(うとうし)(1891-1963)
毛虫行く一言主の神の前 石野冬青
毛虫身をちゞめて落ちし地上かな 青峰集 島田青峰
毛虫退治酸つぱき顔になりながら 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
毛虫這ふ『歎異妙』のみあればよし 辻桃子
毛虫這ふごとき寡き銭渡す 石川桂郎 含羞
毛虫這ふピンポン台に負けてをり 稲畑汀子
毛虫這ふ五分の魂引きずりて 安斉君子
毛虫這背中をかしや郭タク駝 高井几董
毛虫飼ひ少年すでに秘密もつ 野見山ひふみ
毛蟲だらけの木を前にして立ちつくす 内藤吐天
毛蟲寧し泰山木の鏡葉に 下村ひろし 西陲集
毛蟲焼く僧の貧乏ゆすりかな 長谷川双魚(1897-1987)
毛蟲焼く炎の色は蝶のいろ 栗島 弘
毛蟲焼く萬緑曇りそめにけり 西島麥南
毛蟲這ふごとき寡き銭渡す 石川桂郎
水の毛蟲この一匹も焼くべかり 田中裕明 櫻姫譚
水を避けて毛虫に逢ひし毛虫哉 星野麦人
法然が気ばむでをりし青毛蟲 筑紫磐井 婆伽梵
満腹や毛虫の下見でもせんか 高澤良一 寒暑 四月-六月
濯ぎものたまりて山に毛蟲満つ 田中裕明 山信
火に克ちて毛虫韋駄天ばしりかな 阿波野青畝
火を放ちたきほど毛虫犇めける 宮閑子
火を焚いて毛虫地獄図声もなし 河野南畦 湖の森
火難より遁げむと毛虫躬を曲ぐる 岸風三樓
燃えにくきものとは知らず毛虫焼く 後藤夜半 底紅
燃ゆる火にのけぞり立ちし毛虫かな 安部伏荷
父の忌や繭で冬越す毛虫族 津田清子 礼 拝
生きかへるなかれと毛虫ふみつけぬ 正岡子規
生へぶりのいたづらならぬ毛虫の毛 西本一都
男かも知れぬ毛虫を踏みにけり 中尾寿美子
白昼や地獄のごとく毛蟲焼く 小林康治 玄霜
眉上げて毛虫を焼いてゐたりしか 安住敦
短か夜や毛虫の上に露の玉 蕪村
短夜や焼酎瓶の青毛虫 北原白秋
移民の子いもむし毛虫を空に燃し 金子兜太
空の電線ぢりぢりと光り這ふ毛虫 太田鴻村 穂国
空襲のあしたの毛虫焼きにけり 萩原麦草 麦嵐
糸長く曳いて毛虫の宇宙かな 吉野 十夜
結界の毛虫や僧に焼かれけり 竹田 于世
美しきことのみ言へず毛虫焼く 原 好郎
老婆心ながら毛虫の毛むくじゃら 稲月蛍介
老毛虫の銀毛高くそよぎけり 原石鼎
肩びくとさせて毛虫を怖がりぬ 後藤夜半 底紅
自が糸に縋りて桜毛虫かな 石塚友二
自由かな毛虫輪になり棒になり 石川青狼
良寛墓所毛虫も托鉢姿して 高澤良一 寒暑 四月-六月
花はよも毛虫にならじ家桜 服部嵐雪
花筒に棲みあぎと研ぐ痩せ毛虫 高井北杜
若葉陰袖に毛虫をはらひけり 子規句集 虚子・碧梧桐選
葉桜の毛虫垂るるによき暗さ 高澤良一 素抱 四月-六月
葉桜や毛虫太らす街あかり 篠田悦子
葛咲けり毛虫地に置く糞ゆたか 飯田龍太
蕗の葉にかたまり落ちし毛虫かな 比叡 野村泊月
薄々と繭を営む毛虫かな 高浜虚子
薔薇を食む毛虫の系譜連綿と 津田清子
行き迷ふ毛虫は髭の顔を上げ 野見山朱鳥
見てゐたる神父加はる毛虫焼 朝倉和江
詩碑のふち町見下しに毛虫ゆく 堀口星眠 営巣期
賢治詩碑横切つて見せる大毛虫 蓬田紀枝子
足もとを蟹も毛虫もひた急ぐ 相生垣瓜人 微茫集
軒に下る毛虫の糸や羽織ぬぐ 龍胆 長谷川かな女
途方なきわが前急ぐ毛虫さへ 朝倉和江
連休の中日の毛虫退治かな 高澤良一 随笑 四月-六月
道をよぎる毛虫あり汐鳴りきこゆ 安斎櫻[カイ]子
金に黄に青になり這ふ毛虫かな 粟津松彩子
銀河膨張毛虫焼く火の軽さかな 横山香代子
鎌倉の毛虫焼く火のちらちらと 岸本尚毅 鶏頭
雲水の一喝を吐き毛虫焼く 森永杉洞
露の中毛虫よろぼひ歩きけり 高浜虚子
青丹よし奈良の毛虫におののくよ 平畑静塔
青光る毛虫仏間の昼畳 柴田白葉女 花寂び 以後
青栗の稚なさ毛虫丸まりて 香西照雄 素心
青毛虫撓みさだまり悪徳中 松山足羽
青毛虫程の山麓木五倍子かな 高澤良一 鳩信 東帝
風呂敷にすぐ毛虫つく白毫寺 田川飛旅子
高空にゐて毛虫焼く修道女 桜井博道 海上
黄金週有耶無耶に過ぎ毛虫出づ 服部鹿頭矢
黒毛虫妻譏ること譏ること 高澤良一 随笑 四月-六月
●尺蠖
いまの世の尺蠖あゆむ車石 川勝ミヨ
さりげなく尺蠖虫を転がしぬ 吉井幸子
動く葉は尺蠖の居りにけり 高濱虚子
天へかへる尺蠖の子をはげましぬ 原田喬
子の探す尺蠖消えて枝となる 福屋千穂美
尺蠖が棒となりたる疾風かな 阿波野青畝
尺蠖とゐて知らざるを知るとなす 藤岡筑邨
尺蠖に尺計らるる松葉杖 國島十雨
尺蠖に華麗なる授業などはなし 樋笠文
尺蠖のあそべる旅の机かな 細川加賀 生身魂
尺蠖ののぼりつめたる宙ばかり 近藤実
尺蠖のひたすらの歩を風の中 渡邊千枝子
尺蠖のひとたび縮み執着す 手代木唖々子
尺蠖の一ト指し詰まり畢りけり 河野南畦
尺蠖の五体投地や朝の飢 吉野トシ子
尺蠖の哭くが如くに立ち上り 上野泰(1918-73)
尺蠖の夕日は掴みがたきかな 大類孝子
尺蠖の大きな伸びの昼さがり 平子 公一
尺蠖の尺が小刻み竹生島 河合凱夫
尺蠖の尺とり終へて逆立てる 阿部 夕礁
尺蠖の尺は一昨日より長し 高木一惠
尺蠖の尺取り急ぐ梅雨晴間 和田 祥子
尺蠖の尺振り切つて声疲る 河野多希女 月沙漠
尺蠖の尺残しけり何迷ふ 近藤一鴻
尺蠖の探り直せる空の奥 高澤良一 素抱 四月-六月
尺蠖の時を惜しまず戻りけり なかのげんご
尺蠖の棒立ちとなり枯れはじむ 本澤晴子
尺蠖の歩く蚕部屋の竿秤 皆川美恵子
尺蠖の濡れ桑にゐて虹あかり 飯田蛇笏 春蘭
尺蠖の真から青し仏径 大中誉子
尺蠖の真砂に落ちて怒りけり 日原傳
尺蠖の糸引き落ちて明けゆけり 太田 蓁樹
尺蠖の胡瓜の枝かとだまされし 城戸崎 松代
尺蠖の葉尖にさぐる空の翳 原田種茅 径
尺蠖の行方をきめる頭上げ 栗林真知子
尺蠖の計り了ふことなかりけり 阿部みどり女
尺蠖の逃げゆくときも尺をとる 山内年日子
尺蠖の速度に乗りてパンかをる 鳥居おさむ
尺蠖の遅々寸々を愛すべし 塘柊風
尺蠖の道とり乱す人の胸 稲垣きくの 牡 丹
尺蠖の青嶺はかるや句碑の前 角川源義
尺蠖の頂礼大地しづかなり 嶋田麻紀
尺蠖の騙し果せしとは笑止 原田青児
尺蠖も緑に擬する山深み 富安風生
尺蠖やたかが男の自尊心 仙田洋子 雲は王冠
尺蠖や仕事を明日へのばしゐて 朝倉和江
尺蠖や夏天の雲のうごくなし 加藤楸邨
尺蠖や夏天雲のうごくなし 加藤楸邨
尺蠖や律義に生きて疎まるる 奥野曼荼羅
尺蠖や教師の他に能もなし 樋笠文
尺蠖や杉山中に睡り足る 進藤一考
尺蠖や測り疲れて一文字 吉田水乱
尺蠖をつれて去りたる大没日 原田喬
尺蠖を見る頬杖を子も真似ぶ 西垣脩
尺蠖虫の焔逃げんと尺とりつつ 中村草田男
尺蠖虫尺とりうせて酒剰さず 石川桂郎
尺蠖虫病歴どこか略さねば 朝倉和江
尺蠖虫計りたがへし身を吊るす 篠田悌二郎
山青く青き尺蠖風をはかる 宮津昭彦
来し方や尺蠖ほどの節度なく 春名耕作
棒立ちし寸取虫の思案貌 杉山青風
登りつめて尺蠖天をさぐりけり 小山百一翁
空探るとき尺蠖の枝となる 田中鼓浪
葉を食べて尺蠖茎になりすまし 小林いまよ
訴へか祈リか尺蠖首を振り 福田蓼汀
鍬の柄に尺蠖が立ち雨季に入る 木村仔羊
風ありて尺蠖とぶがごときかな 高橋馬相 秋山越
●夜盗虫
とりとめのない考え 夜盗虫をほりだしていた 吉岡禅寺洞
世の中が腫れぼったくて夜盗蟲 寺井禾青
今死ぬにころころ肥えし夜盗虫 加藤楸邨
夕月に道よぎる夜盗虫むれて 金尾梅の門 古志の歌
夜盗虫いそぎ食ふ口先行す 加藤楸邨
夜盗虫に雨の蕎麦刈り急ぎける 金尾梅の門 古志の歌
夜盗虫三千世界見て来たる 梶川礼子
夜盗虫掘り出し豆を蒔き添える 倉重鈴夢
夜盗虫草の悲鳴が聞こえるよ 沖 和子
夜盗蟲南瓜の苗の闇に来る 山口青邨
徹夜の目天地に夜盗虫見のがさず 北山河
徹夜の眼天地に夜盗虫見のがさず 北 山河
戸外に寝る猫をにくみて夜盗虫捕り 長谷川かな女 花 季
更紗もめんを囲むあまたの夜盗虫 長崎静江
月青し道にあふれて夜盗虫 足立原斗南郎
正論を生け贄にして夜盗虫 中村浩美
甘藷苗をぷつつり切りし夜盗虫 瀧澤伊代次
笹漬の樽に塞ぜし夜盗虫 島津城子