●肺●片肺●息●白息●呼吸●深呼吸●肺病●結核●肺炎●肺活量●肺尖●肺胞●肺●片肺●息●白息●呼吸●深呼吸●肺病●結核●肺炎●肺活量●肺尖●肺胞
●肺 
あかつきの肺より蝶の羽化する音 藤村多加夫
うぐいすの肺ひと呼吸に五色なす 橋本夢道 無禮なる妻抄
こほろぎや右の肺葉穴だらけ 日野草城(1901-56)
さみしくて肺を緑に染めてみる 松原秀行
しくしくと肺のあたりの雪あかり 増田まさみ
しんしんと肺碧きまで海の旅 篠原鳳作(1905-36)
その夜蚊帳四隅とがりて肺毀す 川口重美
たどれば啄木鳥肺に斑のある一生(ひとよ)いかに 川口重美
ひたひたと肺より蒼き蝶の翅 富澤赤黄男
みみず鳴くや肺と覚ゆる痛みどこ 富田木歩
わが肺も三色菫の鉢も寧し 石田波郷
ゴム管が一つの肺に垂れている港 橋本夢道 無礼なる妻
シャガールの空へ右肺繋ぎ置く 高桑弘夫
シャボン玉肺のかたちに膨脹す 林戒
ラムネの酸肺にしみゆく日の青さ 大野林火
休み休み低肺夫よおでん冷ゆ 石田あき子 見舞籠
低肺をあやめの風に洗はるる 笠原さとし「星の座標」
冬仙人掌汚れわが肺よりも高き 河合凱夫 藤の実
冬夜電柱と肺の赤さを思いねる 北原志満子
初燕きれいな肺を二つもつ 宮川みね子
友の肺に月夜沁むかも草の花 渡辺水巴 白日
喜雨の尖端肺ごと走る郵便夫 磯貝碧蹄館 握手
回生の肺の画伯や春立つ日 河野静雲
夏の月肺壊えつゝも眠るなる 石橋秀野「桜濃く」
大寒の没日わが肺汚れたらむ 藤田湘子 雲の流域
寒林といふ大いなる肺にゐる 木本英美
寒菊や佛師が妻の肺を病む 寺田寅彦
帰りきて日本の時雨肺潤らす 長峰二三
手品師や肺のあたりに鳩の影 仁平勝 東京物語
放課後の緑蔭の肺ホルン吹く 平井さち子 鷹日和
故郷に肺を養ふ冬こもり 冬籠 正岡子規
敲けばか西瓜は赤し肺わろし 西瓜 正岡子規
新緑の肺に溶け入る湖畔荘 佐藤春夫 能火野人十七音詩抄
旅のおわりの肺ばらばらに針葉樹 八木三日女 落葉期
春一番友の肺野の影如何に 堀口星眠 営巣期
春寒や女囚のカルテ肺真新 平井さち子 完流
月が涼しゆう毀れた肺がしみじみ息するは 大橋裸木
朝の水胃に墜ち煙草肺ふかく 片山桃史 北方兵團
泥鰌掘肺の中まで赤らまむ 宮坂静生 山開
海つばめ日の出に肺を清めたり 阿部みどり女 『陽炎』
火焔土器は胃の肺のかたち豊の秋 池田祥子
炎天の薄雲とほる肺の陰画 成田千空 地霊
牡蛎を割る一人一人の肺の音 対馬康子 愛国
田水沸きなまぬるくなる肺の内 大熊輝一 土の香
痒い鉄錆肺で酸素をもやせども 佐藤鬼房
看護婦と岸辺駆け出す彼の肺 阿部完市 絵本の空
硅肺法のマスク冬にも汗の顔 及川貞 夕焼
神無月指ひらくとき肺ひらく 塩野谷仁
秋を聴く肺あたたかき姉弟 沼尻巳津子
秋航へ鮫の真紅の肺を見て 齋藤愼爾
綿虫や肺の破れを出て舞ふか 小檜山繁子
耳目肺腸ここに玉巻くはせを庵 蕪村「蕪村句集」
肺が綺麗とはげしく看護婦が指す 八木原祐計
肺とりし胸に触れつつさくら散る 古賀まり子 洗 禮
肺に水たまりし人と天の川 鈴木六林男
肺のわがくらやみを星流れけり 千代田葛彦
肺は小さくなりぬと石蕗の花へいう 中北綾子
肺を病んで讀書に耽る冬籠 冬籠 正岡子規
肺二つ曝す木枯澄みにけり 文挟夫佐恵 黄 瀬
肺強く鳴って老農昼寝せり 山口誓子
肺熱きまで草いきれしてゐたり 岩岡中正
肺透けてさわらび山の風明り 橋石 和栲
芒坂婆より劣る肺袋 中戸川朝人
菊なます肺の一薬抜かれけり 角川源義
落暉おとろへぬ肺なす芋の葉に 下村槐太 天涯
葡萄くふ壁の影肺蝕まれ 林田紀音夫
葬りに行くまではきれいな肺でいる 加川憲一
薔薇色の肺に外套を黒く着る 日野草城
蚯蚓鳴くや肺と覚ゆる痛みどこ 木歩 (寝んとすればたま〜乳のあたり痛みける)
蜥蜴照り肺ひこひことひかり吸ふ 山口誓子
謝肉祭の肺(ルンゲ)の孤独海に染まず 石原八束 雪稜線
起きぬけに肺一葉のお元日 角川源義 『西行の日』
金策なき辰之助を億兆の菌が肺を食う音 橋本夢道 無礼なる妻
鉄の肺二十世紀を駈け抜けり 高澤良一 宿好
闘牛の荒息肺の鞴より 品川鈴子
雪の店頭楽士の肺は赫からむ 磯貝碧蹄館 握手
雪解風旅の肺鳴るたはやすく 岸田稚魚 筍流し
食堂の箸うごくみんな緑の肺 志摩一平
鳥語受信す軟着陸の白夜の肺 八木三日女 石柱の賦
鳴く蚯蚓肺と覚ゆる痛みどこ 木歩句集 富田木歩
●片肺
妻子を担ふ片眼片肺枯手足 日野草城
朝顔や片肺なれど声涼し 中山純子
朝顔や片肺なれど声涼し 中山純子 茜
片肺が春まつ鍋色の鳥がとび 寺田京子 日の鷹
片肺のこたび片腎浮いてこい 中戸川朝人
片肺の息ととのへつ雲海に 三宅句生
片肺病み八ツ手の花の照り昃 川口重美
菜種ぱつと咲き片肺にうすき息 中山純子 茜
虎落笛わが片肺の半世紀 神原健
雪鳴や吾が片肺の協和音 佐藤緑芽
●息
0を生む万波息笛(ばんばそくてき)くさまくら 夏石番矢 神々のフーガ
あいなめは息吐く焼いてしまふべし 新谷ひろし
あえかなる母の息吹の切籠かな 藤村瑞子
あかつきの息をひそめて冬木立 舟月
あが息づき泣かんばかりぞ天の川 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
あたたかき息のごとくに餅置かる 中根美保
あたらしき末黒野の息しづかなる 上野さち子
あぢさゐの萎えたる息の網袋 渋谷道
あめつちの息をひとつに蓮ひらく 村田緑星子
あめつちの息吹きそめたり溝浚え 三輪田育夫
ある傾斜息たえだえに蝶を生む 小泉八重子
いかる鳴く寺坂に息入るる時 中村将晴
いくさに得し恋息ながし星祭る 中村明子
いくさ息む一葦かなたの雲の峰 石塚友二
いつか息絶えて夏野に舞う羽毛 津沢マサ子
いでいりの息を寒雀に見らる 下村槐太 天涯
いなづまや息をのむ間もなき山河 百瀬ひろし
いのちかれゆく父の寐息の明易く 臼田亜浪 旅人
いま息しをり歩きをり十二月 長谷川双魚 『ひとつとや』以後
うぐひすにほうと息する朝哉 服部嵐雪
うぐひすのこだまを返す息長し 平山路遊
うぐひすや坂また坂に息みだれ 馬場移公子
うしろより息熱く寄る孕み鹿 秦光枝
うすゆき草恋のはじめの息づかひ 加藤知世子 花 季
うたはんと息ふかく吸ひしたまゆら シヤツと雑草 栗林一石路
うち伏して鴬餅の息づけり 福地記代
うつぶせに落ちて椿の息熱き 夏井いつき
えんぶりの熱き息もて春起す 畑内節子
おとり鮎息はずむなる休ませる 瀧井孝作
おのが息おのれに聞こえ冬山椒 森澄雄
おのが息見えて夜に入る甘藷集め 藤原たかを
おんばこや息やはらかく親仔牛 つじ加代子
お花畑息のみだれに雲過ぎつ 澤田緑生
かごかきの熱い息ふく紅葉かな 紅葉 正岡子規
かたはらに亡き人々らいきいきと息づきてゐる月光のなか 長沢美津
かづきめの息吹によりこつばくらめ 軽部烏帽子 [しどみ]の花
かづきめの息吹に燕鳴きかよふ 軽部烏帽子 [しどみ]の花
かまくらに莨火ひとつ息づけり 横山房子
かまつかや末期の息は吸ひしまま 今瀬剛一
かるた読む息瞭らかに浄らかに 鈴木しげを
きざはしに浮根息づく除夜篝 原裕 正午
きりぎりす苧殻のごとく息絶えぬ 中野弘一
くひな笛ふく息ほそし老の病み 中勘助
くらやみに年を越しゐる牛の息 木附沢麦青
けもの等のひそめし息や万燈籠 細見綾子 和語
げんげ田に息ひそめたる子を捜す 岡原美智子
こき〜と骨息づけり涼しきか 斎藤空華 空華句集
ここより坂会式太鼓の息整え 高澤良一 燕音
こでまりや帯解き了へし息深く 岡本眸
この村の深息に似て蕎麦の花 中嶋秀子
こほろぎや継ぐべき息を胸ごもり 斎藤空華 空華句集
こぼさじと葉先と露と息合はす 粟津松彩子
さびさびと千尋の息す繭の中 平野冴子
さみどりの夏掛やすし胸の息 きくちつねこ
さゆらぎはしだれ桜の息ならむ 伊東芙美子
しやぼん玉息といふものかく軽し 岩城久治
しろき息女優がのこす飾窓 宮武寒々 朱卓
すでに芽の息か泡立つ種俵 西山禎一
せはしなく息長く汝かいつぶり 中村明子
たくあんの息ぼうぼうと朝あたらし 島津 亮
たそがれの息もつかずや大根引 松村蒼石 寒鶯抄
たたまれて終の息吐く鯉幟 桶師由夫
たたむとき盆灯籠の息洩るる 中嶋秀子
たふとさや息つく坂の初しぐれ 水田正秀
ため息が色を変えゆく 夕紫陽花 湯山珠子
ため息は秋意の果たて凌霄花(木下杢太郎旧居) 殿村菟絲子 『菟絲』
ため息をとがめられたる布団かな 龍岡晋
ため息を一つつくごと帰り花 高澤良一 鳩信
ため息を大気へかへす未草 正木ゆう子 悠
ちかぢかと吾が息に触れ花青木 青柳志解樹
ちる桃に女の息をつぎて鋤く 荒井正隆
つく息にわづかにおくれ滴れり 後藤夜半
つく息のわづかにおくれ滴れり 後藤夜半
つぶやきの息にくもれる冬桜 上田日差子
てのひらの冬蝶にわが息合はす 久保美智子
とかけ息づく辺ぞ生涯の稿起す 中島斌雄
ととのふる息こそ聞え弓始 大橋宵火
ととのへる息のあとさき去年今年 中井恭子
とほく見て息ととのふる鮎汲衆 坂巻純子
とゝのふる息こそきこえ弓始 大橋宵火
どんぐりを拾ふさまもて息継ぐも 石田あき子 見舞籠
なきがらの隣に息す暮春かな 岸田稚魚 『萩供養』
なまはげの鬼の口より酒の息 本谷久邇彦
のぼりゆく雲雀や息のとめくらべ 宗田安正
のぼり来し息とゝのふる朴の花 大橋敦子
はつ雪や息〔を〕殺して相借家 一茶 ■文化十年癸酉(五十一歳)
はなびらに須臾瞬息の翳添ひて 正木ゆう子 悠
はや草の息吹の包む焼野かな 阿部誠文
はんめうの背後にそっと息詰めて 高澤良一 ぱらりとせ
ひとつつく息黄落の始まりぬ ふけとしこ 鎌の刃
ひと息に眠りしむかし花木槿 岩崎恒子
ひと息に蝌蚪流れゆく青春も 倉橋羊村
ひと息ひと息彼岸桜の開きゆく 中嶋秀子
ひゆうひゆうと父の息して木の実降る 國分水府郎
ふかぶかと山の息する水の秋 角川春樹 夢殿
ふくいくと夜の息ありし竜の玉 伊藤通明
ふと溜めし息は翅なり薄暑かな 川田由美子
ふと羨し息しろじろと地を嗅ぐ犬 川口重美
ふなうたの息継ぎをらむ葦の中 中田剛 珠樹以後
ふふふふと地に息かけて蜥蜴出づ 高澤良一 ぱらりとせ
ふろふきに吐く大息も丹波かな 高橋睦郎 荒童鈔
ほうたるとひとつ息してゐたりけり 坂本宮尾
ほうたると息を合はせてゐる子かな 西野文代
ほうたるの息ほうたるの夏闇より 加古宗也
ほうと息大きくついて初湯舟 高澤良一 寒暑
ほむらなす老人の息桜鯛 鈴木鷹夫 大津絵
ぼうたんに息を合はせてすこし老ゆ 関戸靖子
ぽつぺんに今年の息を通はせる 角川照子
ぽつぺんを息詰めて吹き伊賀の国 七田谷まりうす
まくは瓜をさなき息をあてて食ふ 木村蕪城 寒泉
まだ息の荒き神輿を納めけり 森則夫
まづ生きるは息をすること春立ちぬ 岸田稚魚 『紅葉山』
まるで息止めてゐるかに花の山 黒川悦子
まんさくに我が息かよふほどの風 近藤 忠
みんみんの息つぐひまの蝉遠し 篠原梵 雨
みんみんや人の世の息急くごとく 松村蒼石 雪
むすかりが咲くひと息に紙鼓 宮坂静生 山開
むつと息のつまりし桜吹雪かな 川崎展宏
むらぎもの来し方のいまを息づく胸 栗林一石路
もう一度わが息足して浮ぶくろ 能村研三 騎士
もがり笛息継ぐ茅野の尖石 平畑静塔
もぐりたる鳰待ちをれば息苦し 岩淵喜代子 朝の椅子
ものの芽や乳吸ふ嬰の息の波 武市あいこ
やすらゐや息も微醺の督の殿 能村登四郎
やはらかき雨に息づく花西瓜 百井芳枝
ゆつくりと息を吐ききる年の夜 神山博子
よき目覚郭公と息合ひてをり 平井さち子 鷹日和
れんげに寝て息をする背が地を圧す 川口重美
わが息にうどんげもつれそめにけり 阿波野青畝
わが息にわが身の温み枯砂丘 加倉井秋を
わが息のかゝりて冷めし葛湯かな 萩原麦草
わが息のわが身に通ひ渡り鳥 龍太
わが息の充ちしビニールプールかな 辻桃子
わが息の合ひて蛍火明滅す 鷲谷七菜子 黄炎
わが息も螢の息もひとつ闇 児玉南草
わが息見ゆピエロの寒き息見えて 津田清子 二人称
わが胸の骨息づくやきり〜す 石田波郷
われは生きて息づくいかり梅雨の雲 栗林一石路
われもまた息ととのへつ夜の牡丹 中村汀女
われらまた射初見るなる息を断つ 皆吉爽雨 泉声
エホバの息かかるを待ちて氷樹立つ 津田清子 二人称
オリオンの息やいづこも凧落ちて 今井 聖
オリオンの盾の息づき淑気満つ 天田牽牛子
ゴンズイの吼ゆるが如く息継げり 高澤良一 ぱらりとせ
サーフィンのあるとき濤と息合はず 山崎ひさを「日吉台」
ショパン聞く涼しく息を整へて 星野椿「星野椿句集」
ジュウス吸ふ子の息長しさくら咲く 中島斌男
ジユウス吸ふ子の息長しさくら咲く 中島斌雄
スケーター出を待つ息のもう弾み 久屋三秋
ステテコやあつと息のむ王手飛車 廣崎龍哉
セパードに曳かれ荒息青芝に 沖田佐久子
センティメント虫の息継ぎダリエンソ 高澤良一 素抱
タカノハ鯛大きく息す南風の中 高澤良一 燕音
ダービーや馬より荒き人の息 梯 ぬい子
デジタルのため息ですか鰯雲 奥原則子
デモ終へし息深くして冬木の前 原田喬
デージーは星の雫に息づける 阿部みどり女
ナイターに息はづむとは告げざりし 中村汀女
ナ・ガ・サ・キよ 戦後も舌で息する犬 菊池柾
ハブ館出て息捨つる青芭蕉 高井北杜
ビーズ編むをとめの息は胸にあり 岸風三楼 往来
フリジアに息近づけて屈託す 水谷 晴光
フリージアにわが弱き息通ひをり 永田耕一郎
フリージアに息近づけて屈託す 水谷晴光
フレームのため息のごと曇りをり 前田野生子
プリムラは星のしづくに息づける 阿部みどり女
マスカット*もぐ手に熱き息かかる 野澤節子 黄 瀬
マスクして重たき息となりにけり 那須 淳男
マニキュアの指に秋思の息かける 柴田奈美
マラソンのあとクローバーに伏し息す 草間時彦
マラソンの息が過ぎたる冬の幹 岸原清行
マラソンの息の均等二月の風 宇多喜代子
マラソンの息をひきずる初御空 井手貞子
メーデー歌息あらく継がる列の途切れ 内藤吐天 鳴海抄
モリアオガエル午睡の息の見えにけり 金田咲子 全身 以後
ラグビーの巨躯いまもなほ息はずむ 山口誓子
ロープウェイ迫る青嶺に息こらす 大谷秀子
一つ火を待つ梟と息合はせ 北村仁子
一と息に摶ち合ふごとし紅葉滝 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
一と息に野罌粟は丘を占めにけり 八木林之介 青霞集
一吹きの息をしづかに種選ぶ 佐々木典子
一堂にこもらふ息やクリスマス 篠原鳳作 海の旅
一山のこゝに息づき滴れる 高島松陰(ホトトギス)
一山の青の太息朴ひらく 村田まさ子
一息に巻くや荒渦句は二タ息 橋本夢道 無類の妻
一灯へ人の息寄る峡の冬 桂信子 樹影
一瞬の息継ぐ鵜の目鵜松明 浮田雁人
一秒を縮めて泳ぎ切りし息 吉田 麗子
一身に地の息浴びる初蛙 青柳可連
一陽来復手の内の息あたたかし 永方裕子
七種粥息吹き入れて遊びをり 桜井博道
七草の粥まにあはず息絶えし 瀧澤伊代次
万の芽の息ひそめいる 土踏まず 平井幸子
万両の万の瞳の息づきて 永方裕子
万灯のほとりに息を鎮めをり 高澤良一 燕音
万緑にゐて天地の息づかひ 川口襄
三十路駈け来てげんげ田に息制す 伊藤敬子
三宝に鯉の息づく神迎 角淳子
三寒の吾が息牛の息とあり 依田秋葭
丹頂の翔つとき天地息合はす 木村敏男
主客に秋日息急くわれやおのづから 石塚友二 方寸虚実
乱れ咲く芥子園に濃き地息かな 久米正雄 返り花
乳色の空ヘエントツの息がとどかない 奥田雀草
乳足りて息やはらかし天の川 石塚悦朗
五つゐて子燕の息甘からむ 大石悦子 百花
五月雨や息交すかに木偶並び 植田 桂子
京へきて息もつきあへず遅ざくら 炭 太祇 太祇句選後篇
人に躰息あり南天は花をこぼす 安斎櫻[カイ]子
人の世に息をひそめて破蓮 望月精光
人の息かかり幽霊蜘蛛動く 堀井英子
人の息かかるを待てり雪虫は 鷹羽狩行
人の息芒の息と触れ合へる 山田弘子 こぶし坂
人を吐く息を習はむ冬籠 千那 霜 月 月別句集「韻塞」
人影や息を殺せる藪虱 相生垣瓜人 明治草抄
人間の息のあつまる初詣 本宮哲郎
今そ上野女中のため息花曇 実定 選集「板東太郎」
今たたみ凭せし日傘息づける 後藤夜半 底紅
今生の現在を螢と息合はす 佐野美智
仏桑花若き素もぐり息つげよ 遠藤寛太郎
仏陀見て阿修羅の息の花ユッカ 河野多希女 月沙漠
仕舞はれし鵜籠より鵜の荒き息 須川洋子(寒雷)
他に人の息遣ひなき聖夜なり 岩城久治
代田水息せききって駆け込めり 高澤良一 燕音
位牌に秋ひそかに山羊の息づかひ 友岡子郷 遠方
余り苗息吹の風を溜めてをり 関戸靖子
余吾すぎて峡の息吹きの榛咲けり 米沢吾亦紅
余震なお闇に息づく寒卵 伊藤節子
佛吹く空也の深息去年今年 加藤房子
供養の菊息ととのへて受けにけり 吉田まり子
俄に咳く息もて供ふ菊厚咲き 北野民夫
倉涼し息ととのへし手斧あと 平井さち子 完流
偕老の傘の息づく夕牡丹 北島春美
停まればわが息流る暗き除夜 殿村莵絲子 雨 月
傍らに犬の息あり草刈れる 中田剛 珠樹以後
傾城の息酒くさし夕桜 夕桜 正岡子規
働く手息めて雪解湯に沈む 松村蒼石 雪
先生に息なし風の去来のみ 筑紫磐井 花鳥諷詠
光度増し氷河息づきゐるごとし 高澤良一 ぱらりとせ
児の息を封じてシャボン玉みどり 由利雪二
全滅の虎林にため息ほどの風 折笠美秋
八月やわが息の根のつづきをり 野澤節子 『駿河蘭』
六月の森や妖精の息づかひ 石川文子
円朝の墓もひと息つく夕立 藤井寿江子
冬の夜やものをつゝめる影と息 長谷川零余子
冬の日と余生の息とさしちがふ 齋藤玄 『雁道』
冬の日のおだやかなる息苦しけれ 冬の土宮林菫哉
冬の日の水をはなれし鯉の息 宇佐美魚目 天地存問
冬の日の落つるを沼は息ひそめ 石井とし夫
冬の星足もとに犬来て息す 廣瀬直人
冬の虫机上に来たり息をして 小檜山繁子
冬の蜂落ちて息してゐたりけり 右城暮石 声と声
冬の馬鋼鉄を輓けり輓きつ息吹き 細谷源二 鐵
冬夕焼舗道穿てば土に息 宮坂静生 雹
冬山になほ吐く息のとゝのはず 石橋辰之助 山暦
冬木の相息ひくごとく翳りけり 永田耕一郎 雪明
冬木より静かに息をすること得ず 後藤比奈夫
冬木一本見つめて居りぬ息を吐く 藤村多加夫
冬桜干し重ねたる和紙の息 殿村莵絲子
冬涛の立ちあがるとき息吸ひぬ 池田光子
冬深む息つめしわが影の黒 櫛原希伊子
冬田より出でし女の息づかひ 飯田龍太
冬眠の無明無音の息思ふ 藤田湘子 てんてん
冬草に息捨ててまた歩きだす 綾部仁喜 樸簡
冬菊の枯れしは息の枯れしかや 中原 梓
冬萌や抱くとは息つまるまで 石田郷子
冬薊猟狗は息を調ふる 内藤吐天 鳴海抄
冬銀河息吹きかけて眼鏡拭く 平野 博
冬雨の一と日一と日を息抜かず 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
冬霧を駆けりきて灯に大息つく 大橋櫻坡子 雨月
冷えびえと天に息ある山ざくら 三嶋 隆英
冷たしや出土磁片の息ぐもり 樟蹊子
冷まじき鉱塵光らす闇の息吹 加藤知世子 花寂び
凍つる夜の魚拓の魚の息聞こゆ 鈴木鷹夫 渚通り
凍つる滝凍つる星いま息かよふ 今泉宇涯
凍てし頬を岩に触れしめ息づきぬ 石橋辰之助 山暦
凍滝に微醺の息を慎めり 鈴木鷹夫 春の門
凍蝶の息ひきとりし谺かな 宗田安正
凍鶴の声なき息のあはあはと 大竹朝子
凍鶴の息つめてゐし胸毛かな 下平初子
凍鶴や空の青さは息とめて 源 鬼彦
凧の息伝はる糸を引きにけり 門伝史会
出で入の息も消ゆかや枯林 岩木躑躅
出で入りの息も消ゆかや枯林 岩木躑躅
切先へ息入れて葱真青なり 殿村菟絲子 『牡丹』
初売りや風船に息入れて待つ 門井香車
初山河火種に息を送りけり 山田禮子
初市の豚の鼻みな息をせり 神生彩史
初彌撒や息ゆたかなる人集ひ 福永耕二
初燈明ほのと息づく北御堂 中村月三
初花を木の吐く息と思ひけり 本宮鼎三
初蝶に息を合はせて翔べもせず 渡辺恭子
初蝶に息吹きかけて消すといふ 岩淵喜代子 螢袋に灯をともす
初詣薄荷の息が隣から 井上宗雄
初音せり見やりて息のけぶる方 皆吉爽雨
前略と書いてひと息笹子鳴く 増田斗志
動悸息切れ骨粗鬆症青き踏む 吉田未灰
勢子の息鹿より荒し角を切る 福井鳳水
北風の息安めゐる七七忌 橋本榮治 麦生
千人が花の息吹の労働祭(松江市メーデー行進の各団体代表に共産党より造化を贈らる) 『定本 石橋秀野句文集』
千年の樟息づける春落葉 神山果泉
千本しめぢ闇夜に息をしてをりぬ 村松知香
卒業生言なくをりて息ゆたか 能村登四郎
南縁に蝶の息づく松手入 阿部みどり女 『陽炎』
原爆忌息吼止て撮るX線 小西彌生
原爆忌農薬マスク息苦し 松倉ゆずる
厠に入りしづかに息す麦の秋 右城暮石 声と声
参禅のラガーの熱き息遣ひ きりぶち輝
友禅描くおのが息の香雪解の音 加倉井秋を
口あけて鴉息吸ふ寒露かな 井沢正江 湖の伝説
古草や炭切る息の平らけく 斎藤玄 玄
号泣やたくさん息を吸ってから 池田澄子
合歓の葉に螢息づく夜の豪雨 千代田葛彦 旅人木
吊られある木偶も秋意の息を吐く 名越奈緒
吐いて吸ふ息も四万六千日 清水基吉「離庵」
吐く息のしづかにのぼる弓始 小島健 木の実
吐く息の人にきこゆる旱かな 長谷川双魚 『ひとつとや』以後
吐く息の仏くもらす春の昼 成井 侃
吐く息の影の流るる氷柱かな 森賀 まり
吐く息の捨て所なき熱帯夜 原田紫野「道」
吐く息は嘆きの息や春ならひ 手塚美佐 昔の香
吐く息もおろそかならず夏書かな 谷口和子
吐く息も南無阿弥陀仏空也の忌 斉藤 桂
吐く息も吸ふ息も春諸鳥よ 堀米秋良
吐息めく息を眼鏡へ藤重し 秋元不死男
君のためだけに息する春の闇 田口茉於
君よりも初蝶と息あつてゐる 大木あまり 火球
吸ふために吐く息みどり深かりき 長谷川久々子
吸ふ息のはげしさ春のばら真紅 杉本寛
吸へるだけ吸ふ朝の息さくら満つ 林 翔
吹く前の息にもとべり芦穂絮 今瀬剛一
吹雪く野に恋鶴は息交しけり とよなが水木
吽形はわが終の息朴の花 鳥居おさむ
吾が息のかゝりて冷めし葛湯かな 萩原麦草 麦嵐
吾が息を盗みて蟇の一歩二歩 風間みどり
吾子ほどに息の続かず草の笛 山田弘子 螢川
命継ぐ深息しては去年今年 石田波郷
唇つけし泉息つくひまもなし 橋本美代子
喪の列の深息が呼ぶ綿虫か 橋本榮治 麦生
園丁のひと息入れて菖蒲園 藤本スエ子
土中深く来て歎息す一箇の種子 三橋鷹女
土佐みづき仰ぎて星の息と合ふ 古賀まり子
土佐水木仰ぎて星の息と合ふ 古賀まり子 緑の野以後
土用波うねりはじめの息ひそか 保坂敏子
土筆摘みて土の息あるたなごころ 塚本 久子
土蜂のいま荒息す額の花 殿村莵絲子 花寂び 以後
地におろす子も息づき鉾憩ふ 皆吉爽雨
地におろす綱も息づき鉾憩ふ 皆吉爽雨
地の息を離れぬ丈に節分草 甲斐すず江
地獄劇息詰めて見る真炎天 町田しげき
坑千尺雷管の火に息弾む 三谷昭 獣身
垂り雪息をつめては箔うつす 浦野美智子
堤行く歩行荷の息や油照り 沾涼
壁に蠅冬引き潮の息きこゆ 成田千空 地霊
壁一重牛の息聞く夜寒哉 夜寒 正岡子規
売られる映画館のネオン息づく赤青緑黄 栗林一石路
夏ぐみや息やはらかに牛老いし 黒杉多佳夫
夏の井に息もつきあへぬ甘露哉 尾崎紅葉
夏ひばり幾度息を継ぎゆくか 中田重
夏旅やむかふから来る牛の息 方山 古句を観る(柴田宵曲)
夏星や草木に人の息かかり 飯島晴子
夏杉の息ととのへり平林寺(平林寺五句) 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
夏湖に染まり息づく乳母車 原裕 青垣
夏痩指し合ひ親子教師の夜の息づき 加藤知世子 花寂び
夏草に加担し畳息をせる 佃 悦夫
夏草の丈に夫婦の息沈む 桂信子 黄 瀬
夏草の利根堤男の息なせり 柴崎左田男
夏草の息吹きに色に負け籠る 占魚
夏蝶のしばし息つぐ聖十字 加藤耕子
夏蝶の息づく瑠璃や楓の葉 水原秋櫻子
夏蝶の息整へて飛立てり 伊藤静子
夏蝶の粉に咽びし息の緒か 山下真理子
夏霧や馬のしづかな息青し 吉原文音
夕かぜに息浅くつく夏の蟲 高澤良一 寒暑
夕ひぐらし静かになりし息をつぐ 結城昌治
夕凪の濃さに息づくカンナかな 久米正雄 返り花
夕千鳥縹渺とわが息澄めり 林火
夕日ひかり寒河江桜桃息づくよ 河野多希女
夕焼けて息づく海が魚はなつ 沢 聰
夕焼け初め豆腐屋息を溜めて吹く 宮坂静生 青胡桃
夕焼やあとひと息の逆あがり 高木杏子
夕牡丹咲ききつて息吐くごとし 長谷川草々
夕虹や息吸へば人恋しくて 村松知香(甘藍)
夕蝉の息やはらかし越のくに 照子
夕顔や抱き上げて子の息甘し 長谷川櫂 古志
外れにも京の地息や草紅葉 島田一耕史
夜に埋もれてレールは海の息づかい 林田紀音夫
夜光虫のむ息吐けば婀娜熱く 河野多希女 納め髪
夜具の襟起きむと思ふ息しろし 山口誓子
夜番の柝二た息ほどの間が満ちて 八木林之介 青霞集
夜神楽や手力の雄の息の霜 菅原師竹句集
夜遊びの神が長息瓜畑 ふけとしこ 伝言
大いなる息吸ひ込んで泳者跳ぶ 柴田奈美
大きく息吐いてぜんまい採りはじむ 猪又信之
大きなマスク息温かに人の喪ヘ 田川飛旅子 花文字
大南風勇魚の息をつくやうに 高澤良一 ぱらりとせ
大夏柑むさぼりし息をつぎにけり 石田 波郷
大寒の水ひと息の二日酔 河野南畦 湖の森
大息をしてゐるやうに螢かな 松瀬青々
大根引く地の息ほつと吐かれけり 増山 登
大胆に息する家なり冷そうめん 松藤紀子
大霜へ息かぐはしく妻立てり 高橋馬相 秋山越
大露や終ひの息は吸つたきり 岸田稚魚 『花盗人』
天と地と中に息して花あかり 角川春樹
天の川息をしづかに峠越え 川崎展宏
天の息かすかに屆く寒の梅 寒梅 正岡子規
天地の息合ひて激し雪降らす 野澤節子(1920-95)
天心をひた指す壺のひとすぢの息のふかさに立ち上がりたり 春日真木子
天水に息つぐ猫の恋心 水田正秀
天翔るひとの息づき月夜茸 菅野茂甚
天草取息吹き鳴らして哀れかも 松藤夏山 夏山句集
天駆けし鬼が息継ぐ里神楽 山本 允
太宰忌の息とめて受く蘆の風 大木あまり 山の夢
太陽に赤児の息吹き走り梅雨 富沢葦生
夫の息に虹生れをりしやぼん玉 見永千恵子
女らの息寄せ合ひて薬喰 金田初子
如月の息かけて刃のうらおもて 長谷川久々子
如月の木の吐く息を吸ひにけり 伊藤巨久
妙齢の息しづかにて春の昼 山口誓子 遠星
妙齢の息たぢろがぬさくら幹 松山足羽
妹の婚へ早息氷雨あふれくる 寺田京子 日の鷹
妻の息絶えむと天地露明り 斎藤玄 クルーケンベルヒ氏腫瘍と妻
姿まだ枯木なれども息づいて 稲畑汀子
姿見を拭く春愁の息かけて 品川鈴子
娘へ便り書いて息澄む桜の夜 木村敏男
嫁き遅れ息つめ数ふ毛糸の目 菖蒲あや あ や
子と息を合はせて寝落つ小晦日 石寒太 あるき神
子の息に母の息足す紙風船 薗田郁子
子の熱が出る夕蝉に息あはせ 松村蒼石 雪
子燕の五つゐて息甘からむ 大石悦子
孕み馬つられて駆けて息乱す 茂木連葉子
孕み鹿草の匂ひの息吐けり 江口ひろし
孤独とは息らふためか風の中われと駝鳥は柵をへだてて 小中英之
密息や山の根に浮く春の虹 赤尾兜子
富士樹海森林浴の深息す 浅羽緑子
富士登山うしろに迫る馬の息 黒坂紫陽子
寒き日の手足より息疲れをり 宍戸富美子
寒き歌ぐら泥に倒れて息絶えしと 友岡子郷 遠方
寒き目をしてフルートに息入るる 浦川 聡子
寒の鯉つつむ新聞息をする 鈴木太郎
寒弾の撥に息吹をあてにけり 中谷一馬
寒星の真只中にいま息す 相馬遷子 雪嶺
寒昴父母の息感じをり 老川敏彦
寒暁の歩み息継ぎしてただす 深谷雄大
寒暁の鼻をそろへて牛の息 長谷川嘉代子
寒波来こゑを失くして息を吐く 岸田稚魚 『紅葉山』
寒燈に近づけ息の太さ欲る 村越化石 山國抄
寒牡丹に夜の眼よせ行く息しろう 松瀬青々
寒牡丹ぬくめむと息近寄せぬ 草間時彦
寒牡丹藁被ぬは息あふれをり 早乙女 健
寒紅梅にごりて息のいでくるも 野澤節子 『鳳蝶』
寒造り息もろともの声にあふ 今瀬剛一
寒鮒の息づく濁りありにけり 大石悦子 群萌
寒鮒の息吹きを包む新聞紙 岡崎赤花
寒鯉となる吐く息を合せゐて 神蔵 器
寒鯉の口で息して腑を抜かる 右城暮石 声と声
寒鯉の吐く息ならむ雲うごく 吉田鴻司
寒鯉の身じろぎ天地息を呑む 本橋 仁
寝入る息しづかに椅子に洗髪 下村槐太 天涯
封筒に息吹き入れる子規忌かな 益永孝元
小天狗の前に息つく熱さかな 暑 正岡子規
少年の息のかかりし初氷 岸田稚魚 『萩供養』
尺八の息真つ直ぐや夏座敷 大和田栄治
尾長ま近く来て息長し零余子忌 長谷川かな女 花寂び
山に老い芒のごとく息しをり 森澄雄 浮鴎
山の息地の息祖谷の寒明くる 三枝青雲
山塊の荒息と霧押し昇る 林翔 和紙
山息吹く須叟青天の修羅落葉 石塚友二 光塵
山椒魚と息あわせおり青葉雨 梅の門
山津浪乗り切りし秋の息ひとすじ 萩原麦草 麦嵐
山百合は熱き息吐き谷倉仏 松山足羽
山眠る息を間近に寝釈迦像 久玉樵村
山神の息触れて舞ふ風花か 福永耕二
山繭や天女の息のうすみどり 近藤悦子
山葵咲き巌息づける冷気かな 橋本鶏二
岩よわが息吹きににほふ夏来る 石橋辰之助 山暦
岩よ我が息吹きににおう夏来たる 石橋辰之助
岩惣の塗脇息に花疲れ 鈴鹿野風呂 浜木綿
峠への終の痩せ坂息さやけし 鷲谷七菜子 花寂び
嵯峨念仏鬼の荒息怺ふなし 西村和子 かりそめならず
左右より息のさざ波大試験 井沢正江 湖の伝説
己が吐く息のこごりし大暑かな 川端庸子
師恋ふるはあやまちや蜥蜴息つめて 平井さち子 完流
帯解きし息を大きく花夕べ 菖蒲あや あ や
帯解けばかすかに洩るる雪の息 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
帰り花少し走つて息切れて 細川加賀 生身魂
常節を突き磯風のやうな息 高澤良一 ぱらりとせ
平和論掻く粉炭の底息づく 桜井博道 海上
年賀状息詰めて書き書きつゞける 右城暮石 上下
幼なくて息のつづかぬ鳰 西村和子 かりそめならず
広島に林檎見しより息安し 西東三鬼
座禅草をんなの息に堪へてをり 藤田湘子 てんてん
廻廊の牡丹明りに弾む息 稲垣きくの 牡 丹
張りつめし空に冬芽の息をきく 大村美知子
形代にうつす現身息をかけ 福田蓼汀 秋風挽歌
形代にかけたる息の余りけり 綾部仁喜 樸簡
形代に華甲の息を一文字 伊藤敬子
彼岸中ひとりの海女の息ながし 萩原麦草 麦嵐
待ちし雨春の雨なり息なごむ 古賀まり子 緑の野
御僧の息もたえ〜に昼寝かな 村上鬼城
御印文頂戴杉の秀先は息溜めて 清水文栄
御幣餅熱き息はき秋の霧 栗生純夫 科野路
御柱落すあめつち息をとめ 高木良多「八千草原」
復活の息吹ありたり花菜風 藤原 浩
快眠のあとは芽吹きと息合わす 山本キミ子
急坂を来し息見せず蜜柑採る 津田清子 礼 拝
息あらき雄鹿が立つは切なけれ 橋本多佳子
息あらく葉書も焼かん冬仕度 対馬康子 吾亦紅
息あらく馬行く雲を耕しに 岩間愛子
息かかるところに翳烏瓜 石寒太 炎環
息かけてこのあらたまの眼鏡かな 福島 勲
息かけてやらねば夕顔咲ききらず 横山房子
息かけて冬の木立でありにけり 大木あまり 火球
息かけて形代に顔なかりけり 小倉行子
息かけて形代重くなりにけり 伊藤柳香
息かけて押すお歳暮の受領印 杉 良介
息かけて硯愛しむ青葉木菟 下村ひろし 西陲集
息かけて磨く眼鏡や初便り 角まさ子
息かけて覚ます手鏡天の川 角川照子
息かけて鏡を拭けばさくら咲く 澤村昭代
息が火となるまで刈つて盆の道 萩原記代
息きつて発句もできぬあつさ哉 暑 正岡子規
息ぎれのしづまるまでや秋の風 久保田万太郎 流寓抄以後
息ぎれの霧に蔵王のお釜見ゆ 竹中碧水史
息くさき人の近よるあつさ哉 暑 正岡子規
息こらしをり翡翠のまだ翔ばず 井上文治
息さむく朱蝋三千ともる待つ 中尾杏子
息しづかに山の音きく干菜風呂 日美井雪
息しづかに干瓢長く長く剥く 津田清子
息しろくおのがこころとのみありぬ 長谷川素逝 暦日
息しろく立つ高原の花の雨 大島民郎
息しろし太く生きねばならぬ息 中本 柑風
息しろし蝋燭の火を分かつとき 中田剛 珠樹以後
息すれば紅葉且散る信濃かな 戸恒東人
息せききつて来て死人にもの云ふ 人間を彫る 大橋裸木
息せきて来る雪女郎にはあらず 上田五千石 田園
息せるや菜の花明り片頬に 西東三鬼
息たしか起死回生の麻酔覚む 橋本夢道 無類の妻
息つぎの神酒汲みあへり梶の鞠 中田余瓶
息つぎの長きはうすずみ桜かな 秋山素子
息つけり蓮華数顆のかほる中 高澤良一 随笑
息つげるごとく顔あげ田草取 奈良文夫(萬緑)
息つまる不知火の闇濃し 加藤三七子
息つまる夏霧にゐて八合目 杉木輝夫
息つまる日々鶏頭も枯れゆきて 伊東宏晃
息つめてえごの花踏みゐたるはや 石塚友二
息つめてをり虫かげの燈をめぐる 太田鴻村 穂国
息つめてシャワーを浴びる海の虹 中島斌男
息つめて写経一と文字春の宵 石川 泰子
息つめて叱られてゐる天瓜粉 徳田千鶴子
息つめて夫の大書に侍す春昼 横山房子
息つめて女と磨く望遠鏡 三谷昭 獣身
息つめて春りんだうの咲くといふ 岸田稚魚
息つめて檜垣のシテや秋の能 草深 清
息つめて盛りの花に対ひけり 本柳 誠
息つめて莟をきるやかきつばた 梅室「梅室家集」
息つめて萩のトンネルくぐりけり 戸田富美子
息つめて西方を向く赤目河豚 広治
息つめて風のありかを芥子の花 佐竹 泰
息つめ見まもる砂塵の渦の中の夕日 三谷昭 獣身
息つゞく限り延びゆき海女の綱 吉川一竿
息づかひしづかに父の年の酒 瀧澤伊代次
息づきにおくれ息づく薄ごろも 鷹羽狩行 七草
息づきに濃くまた淡く薄衣 檜紀代
息づきのそれと知らるる孕鹿 山本三才
息づきのよごれマスクに騏のごとし 篠原梵 雨
息づきの仏とわれと堂しぐれ 皆吉爽雨 泉声
息づくに背の懐炉火梅の坂 皆吉爽雨 泉声
息づけば灼けし風さへ岩吹かず 石橋辰之助 山暦
息づける燠火を運べり夕紅葉 栗生純夫 科野路
息づける紅葉に急所あるごとし 高澤良一 燕音
息づまる麦の青さの中に立ち 新庄野麦
息ととのへて落葉松は雨と散る 松村蒼石
息とめてみる凍みくさきものばかり 宮坂静生 樹下
息とめてコクトー忌なる虫を聴く 皆吉司
息とめて今日保ちをり冬紅葉 篠田悌二郎
息とめて着る秋冷の弓道着 塩崎光江
息とめて落款を押す寒夜かな 森田君子
息とめて赤子は落花浴びてをり 加藤楸邨
息とめて雛の眉描くとの曇り 脇坂啓子
息とめて青柚子しぼる雲の故郷 飯田孤石
息とめ見る雪割草に雪降ると 加藤知世子
息ながき朝の波紋やさくら濃し 倉橋羊村
息ながき男のこゑや能始 伊藤道明
息ながくつく柿若葉仰ぐたび 相馬遷子 雪嶺
息ながく夏鶯は啼きゐたり朝の樹海のかぜの裂けめに 玉井慶子
息のむや加賀雪空の街ばかり 阿部完市 無帽
息の代となりても桃をくださるる 本井英
息の根にふれて朝餉の蕗の薹 細見綾子 黄 炎
息の根のとまることある暑さかな 森川暁水 黴
息の根を止めてくだされ水鉄砲 葉狩淳子
息の緒よ未明は物の響きせり 高柳重信
息はずむゴム装束の鰤漁師 品川鈴子
息はづませ月の陸橋マラソン過ぐ 宮坂静生 青胡桃
息ひそかに凍てゆく終の父呼べず 山田みづえ
息ひそめても揺れてゐる春の燭 大高 翔
息ひそめゐるらむからすうりの花 片山由美子 天弓
息ひそめ棺うつかぎり寒谺 小林康治 四季貧窮
息ひそめ真夜の雛の間通り過ぐ 大久保真理子
息ひそめ花火の夜の鳥けもの 小早川 恒
息ひとつひとつ餅切る父の夜 櫻井博道
息ふかき海女青からむ夏うしほ 桂樟蹊子
息ふかくしだいに秋の風聞けり 斎藤空華 空華句集
息ふかく菖蒲湯に肩しづめたり 渡辺 立男
息ふけば廻り出しさう曼珠沙華 小島和子
息ふとく生きねばならず朝の鵙 加藤楸邨
息ほそめゐて行く年の箸づかひ 鷲谷七菜子 花寂び 以後
息みたし夏蜜柑ほど漲るまで 宮津昭彦
息もまだ細き新藷掘り起す 百合山羽公 寒雁
息やわらか少女蛍の川わたる 熊坂てつを
息ゆたかにて草笛のつたなさよ 渡辺千枝子
息をつぐごとくに暮れて弥生尽 藤井昌治
息をひそめて空蝉になつてゐる 阿部王一
息を吐く如く流水の水を吐く 粟津松彩子
息を吹きかけて子供の氷の手 長谷川櫂 天球
息を深くしぬ土用芽の翳れるに 下村槐太 天涯
息入れてしやぼん玉みな天に遣る 橋本美代子
息入れて紙風船をかざりをく 菊地美智子
息入れる風船の口酸つぱけれ 福田葉子
息出でて草になりゆく極暑かな 近藤潤一
息切らすまで分け入りし青芒 橋間石
息切れし口を飛雪にあづけをり 林翔 和紙
息切れて餅搗笑ひ出しにけり 鈴木鷹夫 春の門
息切れを悟られている秋思かな 蛯名登美子
息合はせ漕ぎ出す舟や新樹光 小島由理
息合ひて六斎大鼓乱れ打ち つじ加代子
息合ひて六斎太鼓躍り打ち つじ加代子
息合ひて雪吊は陽をかかげたり 小檜山繁子
息吐きながらセーターに顔を出す 辻美奈子
息吸うてからだ浮く湯の朧かな 澁谷道
息吸うて謡ひ出でたる能始 岩田由美 夏安
息吸えば吐かねばならず曲り茄子 池田澄子
息吸つて吐いて大事に水落す 長谷川双魚 『ひとつとや』
息吸つて吐くこと冥加草の花 鈴木鷹夫 風の祭
息吸ひたき川端茅舎冬麗 中田剛 珠樹以後
息安く仰臥してをりクリスマス 石田波郷(1913-69)
息才で御目にかゝるぞ草の露 一茶 ■文化十四年丁丑(五十五歳)
息抜いて鶴の着地のおのづから 上野さち子
息抜けば子の独楽がまづ倒るべし 加藤秋邨 吹越
息杖に石の火を見る枯野哉 蕪村 冬之部 ■ 春夜樓會
息杖のさきにひつゝく椿哉 落椿 正岡子規
息枯れて熟蚕蛹にならんとす 栗生純夫 科野路
息止めて心抜くごと蓮根掘る 山口 伸
息止めて蝮と鼓動同じくす 北郁子雄(草苑)
息止めて見るや片寄る山の蝌蚪 石川桂郎 含羞
息止めて見る鮟鱇の吊し切り 小俣由とり
息止め見る雪割草に雪降るを 加藤知世子 花寂び
息正し一の矢絞る弓はじめ 大高霧海
息殺す水にとうしみ生れけり 栗林千津
息深くして盆波のよせきたり 佐野美智
息深く与へ加へし羽子を突く 加倉井秋を
息深く二月の枯をうべなへり 松村蒼石 雪
息深く吸ひて八十八夜寒 片山由美子 水精
息溜めてらくだの啼くや秋の暮れ 高須忠四郎
息熱く伊奈馬月と擦れちがふ 殿村莵絲子 雨 月
息熱く伊那馬月と擦れちがふ 殿村菟絲子 『晩緑』
息笛で終る草笛遠野童衆 加倉井秋を
息細くなりつつ秋の近づけり 岸田稚魚 『紅葉山』
息細く吐きて十月桜かな 富田花舟
息細く枯楢林抜けかかる 岸田稚魚 筍流し
息絶えてまた生きかへる秋の暮 石原八束 黒凍みの道
息継ぎし岩根に揺るるやまうつぎ 田中澄枝
息継ぎて音の寂しき麦笛や 内藤吐天 鳴海抄
息継ぎもせでまた雨へ親つばめ 田山康子
息自く訪うて雑魚寝の歌枕 萩原麦草 麦嵐
息荒き蜥蜴の前の授乳かな 関田誓炎
息荒く浅間颪にまむかへる 相馬遷子 山河
息触れて初夢ふたつ響きあふ 正木ゆう子
息詰めて見る蟷螂の食ふものを 右城暮石 声と声
息詰る烏鷺の死闘や春日差 広田 弘
息足して紙風船の角失せし 山田弘子 こぶし坂以後
息長き出羽のひぐらし訣れなむ 千代田葛彦 旅人木
息長き暮春の一鐘手術前 平井さち子 完流
息長き百姓の声蕨萌ゆ 米沢吾亦紅 童顔
息長き蝉ごゑを籠め墓の穴 岸田稚魚 筍流し
息長く呼び掛け出でて能始 三村純也
息長く潜きし鳰の浮くあたり 後藤夜半 底紅
息長く鵜の潜りゐる川面かな 三関浩舟
息長に子鳰潜つて見せにけり 樋笠文
息青くかもめ憑きくる髪しろがね 八木三日女 石柱の賦
悴むや手に息かけて松葉杖 山口恵子
惚れ惚れと若人の句読む息涼し 殿村莵絲子 牡 丹
惜春の座や脇息と緋座布団 細井蕗有
惜春の息を吐きたり伎芸天 西村和子
愚図愚図と熟柿の息の春の霧 金子兜太
我が喘ぎに母も息そふ秋風や 斎藤空華 空華句集
我が息を吹きとゞめたる野分かな 高浜虚子
我と我が息吹聴き寝る五月雨 富田木歩
扁額の明治息づく冬座敷 北見さとる
手に据へて鷹匠鷹と息合わす 梶田ふじ子
手の中にかすか綿虫の息づかひ 今鴎 昇
手の前に蝶の息つぐ茸哉 一茶 ■享和三年癸亥(四十一歳)
手をついて息のとどける福寿草 中戸川朝人 尋声
手折り来し芒は山の息をせり 木村敏男
手袋に息つつみ立つ夜の落葉 堀口星眠 火山灰の道
手負猪萩に息つく野分かな 河東碧梧桐
手鏡に息吹きかけて年惜しむ 浅井沙衣子
打つときの息ととのへて鐘供養 中尾茉莉子
折りたゝみ紙風船の息吐かす 和気祐孝
折り鶴に息吹き入れて原爆忌 吉田ひろし
折鶴に息を通はす春の雪 櫻内玲子
折鶴に息吹き入れて去年今年 上野一孝
押しだせる天地の息吹蕗の薹 三瀬教世
招魂祭肩で息するもと兵士 きりぶち輝
指先にきてほうたるの息が見ゆ 森 てふ子
掌に載せて息吹きこみぬ雪うさぎ 橋倉葉久子
掌の内に灯り息づく蛍かな 尾崎典代
探梅や息深くして梅に寄る 下村ひろし 西陲集
接木する台木の刃入れ息ころす 三井紀四楼
揺れ出して息呑むほどの山ざくら 高澤良一 ぱらりとせ
撒水に息吹とゝのふ紅ばらは 及川貞 夕焼
擦れ違ふ息を残して枯野人 藤木倶子
擬態かなねむりて枯葉の息をする 新間絢子
敗荷や病者の息の熱きこと 石嶌岳
数へ日の息ととのへて太祝詞 佐川広治
数息(すそく)して空・假(げ)のほとり比叡ざくら 筑紫磐井 婆伽梵
斉唱の息のゆたかに春立てり 丹羽 啓子
新そば喰ふ息の太さよ信濃人 知世子
新酒の栓息噴く如く抜かれけり 長野多禰子
新雪のまぶしさに息つまりたる 和田耕三郎
方寸に瞋恚息まざり秋の蚊帳 石塚友二 方寸虚実
旅は息吐くこと多し夕紅葉 鈴木鷹夫 春の門
旅寝して息つめてをり去年今年 澄雄
旅立ちや朝寒の息弾ませて 高澤良一 素抱
日ぞ落ちし樹氷さまよひ息はずむ 石橋辰之助 山暦
日のかぎり寒天を干す息を干す 小島千架子
日本海息を殺して防風摘む 木村日出夫
日永さの息あて顔よせガラス拭く 岩田昌寿 地の塩
日盛や息をしてをる蜥蜴の尾 辻 桃子
早稲の穂の息づきふかし日本海 登四郎
早稲の香や深き息して木曾を行く 及川貞
早苗月息吸へば身のあをみゆく 大元祐子
旭と枯るる虎杖ほかは鉱滓の息 諸角せつ子
明易の吸ひたる息の戻らざる 坂本宮尾
明滅にわが息合はす蛍籠 栗原政子
星つぶの深息とあふわが秋思 三橋迪子
星仰ぐ皆猪食ひし息吐きて 茨木和生 木の國
春なれやホルンの中の息の路 佐怒賀正美
春の夜や屏風の陰に物の息 正岡子規(1867-1903)
春の星息吸ふために立ちどまる 今瀬剛一
春の闇息づくごとき翁面 藤沢潮子
春の闇息づくものを八方に 園一勢
春塵に息浅くして魚のごとし 野沢節子
春待や生きのびし人の息づかひ 室生犀星 犀星発句集
春日和阿吽の夫婦の息づかい 大谷房代
春昼や息吹き込んで硝子出来 山本歩禅
春暁のわが息と知りしづかにす 登四郎
春浅や吹き起す息火鉢の火 松根東洋城
春満月森にけものの息づかひ 石田あき子
春灯息入れてある女の髪 金田咲子 全身 以後
春燈というあやしさの息遣い 源鬼彦
春燈や息あるごとき夜の受話機 渡辺千枝子
春笋の息しづめゐて后陵 秋山まさゆき
春筍の息ひそめゐて風化仏 小木曽かね子
春陰や息せざるごと箔を置く 日下部宵三
春風と息合ふペダル踏みにけり 竹田鈴代
昼の虫しろじろ息を交はしけり 岩田昌寿 地の塩
昼中や桜にこもる人の息 桜 正岡子規
昼寝覚め魂息を吹きかへし 上野泰 佐介
時雨るるや息もてくもる若狭塗 古舘曹人 砂の音
時雨るるや電話に母の息遣ひ 角田周子
暁けしらむ障子に地震の息ながく 西本一都 景色
暁紅の海が息づく冬はじめ 佐藤鬼房
暖炉燃え妻とわが息窓濡す 久保田月鈴子
暗がりのどこも息つめ野火送る 鎌倉佐弓 潤
暮とつぷり螢息づく遠ちとこち 及川貞
暮れどきの山も息して鮎膾 中拓夫
曉けしらむ障子に地震の息ながく 西本一都
曼珠沙華犬の荒息近づけり 水谷仁志子
月が涼しゆう毀れた肺がしみじみ息するは 大橋裸木
月と顔むけて息する一人かな 松瀬青々
月の息盛らるる塩の崩れさう 野路早苗
月の雫のふれなば梨花の息づかん メイ・ペプラー
月下美人ひとの息とは濁りたる 鳥居おさむ
月下美人妖しき息を吐きそめし 三嶋隆英「迅速」
月遠くものみな遠く息一つ 斎藤玄 雁道
朝ゆふの息こそ見ゆれもの言ひて人にしたしき冬ちかづくも 中村憲吉
朝より夕べ息づく水の秋 原裕 出雲
朝寒や息かけて捺す出勤印 皆吉爽雨
朝日さす芒の寒気息吐くごと 桜井博道 海上
朝霧にすぐわが息を交らはす 加倉井秋を 午後の窓
朧夜の息ふかく読む遺稿あり 宍戸富美子
朧夜の胸のかたちに息をせり 中村正幸
朧夜やアンモナイトの息づかひ 木村忠生
木々は息深めて星の契かな 鷲谷七菜子 游影
木の間洩る灯が息づきぬ青葉木菟 大橋敦子 手 鞠
木枯が息するといふ静けさよ 良太
木枯しの大きな息とすれ違ふ 石田郷子
木枯の大きな息とすれ違ふ 石田郷子
木洩れ日に息整へて座禅草 中島正夫
木漏れ日に蝌蚪の息継ぐ砲弾池 津波古豊
木犀に息しゐしこと思ひ出す 篠原梵 雨
木犀の香をたしかめんとする息する 篠原梵
朴散華月にもありし息づかひ 松山足羽
朴落葉吐く息をこそ深くする 坂巻純子
朴開く山雲と息合はせては 宮田正和
杉の間のひぐらし下山の息ほどに 桜井博道 海上
杉山は息を殺して雪催 土屋秀穂
束解けば息吐くやうに霞草 島川明子
東風さむく海女が去りゆく息の笛 橋本多佳子
松籟の息の長さの夏に入る 村越化石 山國抄
松籟の深息の天暮春かな 村越化石 山國抄
松葉散りうすらひは息ひそめけり 松村蒼石 雁
枇杷の核に息かけて見し夜涼かな 中島月笠 月笠句集
枇杷熟れて海女の仮寝の息ふかし 西村 梛子
枝低き櫻や息を深くせむ 正木ゆう子 悠
枯れきれぬ蟷螂息を潜めをり 佐藤芙美子
枯れ極む蟷螂息をうかがはれ 石田勝彦 秋興
枯尾花息やすやすと過ぎにけり 稚魚
枯山河吸ふ息となり吐く息となり 原裕 葦牙
枯葦や叫びたきとき息殺す 鍵和田釉子
枯蓮の影より息の影濃くて 稲葉直
柏槙に息ととのふる謡初 林香耀子
柿若葉ひと葉ひと葉の息づかい 山下文三
桐の葉に息ざしぬるき蛍かな 中村史邦
桜餅に耻ぢらふ鼻の息女かな 長谷川かな女 雨 月
桜鯛庖丁にある息ぐもり 今瀬剛一
梅に彳つ磴のぼり来し息をため 西村和子 夏帽子
梅の香や吸ふ前に息は深く吐け 石田波郷
梅ひらき紙人形の息さそふ 川崎慶子
梅を折る女の息の見られけり 岸田稚魚 『負け犬』
梅干すや三日三晩の息づかひ 久常多喜子
梅雨の蝶のみかは森に息ふかし 有働亨 汐路
梨花交配いちにち甘き息つかふ 猪俣千代子 堆 朱
梵天を振り翳し息ぶつけ合ひ 水田むつみ
棉を蒔く土の息吹に従ひて 木村要一郎
森閑のさくらへこもる月の息 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
森青蛙息づく泡に雨を呼ぶ 河北斜陽
楮剥ぐ長寿の息のひゆうと鳴り 吉本伊智朗
極寒の電柱が木の息づきす 茨木和生 野迫川
横たへし躬の息ふかく夏終る 岸風三樓
樹々の青照るに山繭も息づける 塚原夜潮
橇の犬息そろふとき林過ぐ 澤田緑生
橇馬の息づきばかり夜半をゆく 中島斌男
機関車の息あびて咲く菫かな 太田鴻村 穂国
歌留多読む息づき若き兄の妻 占魚
歌留多讀む息づき若き兄の妻(郷里人吉の老父のもとにて妻子と共に正月を迎ふ) 上村占魚 『霧積』
歌翁おうと息つぐ国栖の舞 大石悦子 聞香
歯朶刈の息するすると動く山 宇佐美魚目
歳旦の息昂ぶらせ庭の犬 河野南畦 湖の森
歳晩やあと一と息の窯火守る 岸川鼓蟲子
残り火の吐く息ばかり牡丹焚 藤井淑子
残る虫息をつなぎて鳴き合へり 山田節子
母の息入れし風船子がつきぬ 今村俊三
母の息足して円かな紙風船 矢島久栄
母は息もて竃火創るチェホフ忌 寺山修司 花粉航海
母刀自や初勤行の息しろく 大橋櫻坡子
母慣れし息もて創る初かまど 宮坂静生 青胡桃
毛糸編む看護婦のふと深き息を 藤後左右
毛蟹まだ息ある爪の春の雪 吉田紫乃
水あればわれと息合うるり揚羽 北原志満子
水すまし息継ぐ暇を流されて 和田順子
水は息つめて水鳥をねむらする 瀧春一
水を見てひと息に解く春菜束 北村仁子
水上にアザラシの息うそ寒し 高澤良一 鳩信
水尽きて引きとる息や引板の音 黒柳召波 春泥句集
水打つて老舗の灯影息づけり 鈴木漱玉
水汲んではずみし息や羽子を見る 阿部みどり女
水澄むと息つめをらむ田螺らも 福永耕二
水無月の横臥の息がほむらなす 長谷川双魚 『ひとつとや』以後
水虫の足裏で息し行く故郷 永田耕衣
水霜と思ふ深息したりけり 草間時彦
水霜や息ととのへて出勤す 関戸靖子
水飲んで息けものめく油照り 川村紫陽
氷壁は息絶えわれの声けぶる 中本源二
河豚喰ひし息殺しつゝ添乳する 八木三日女 紅 茸
河豚食ひし息に月光かかりたり 榎本冬一郎 眼光
河骨や息づまるまで沼平ら 片山由美子 風待月
沼澄めばその底のみどり児息づく 小泉八重子
法螺貝の息を小出しに虫送り 桑山撫子(若竹)
波郷埋め雪の一樹に息すかな 角川源義
泰山木巨らかに息安らかに 石田波郷
泳ぐかな息のある間の落椿 増田まさみ
流灯の消えなんとして息づける 池上不二子
流燈の吹かれては息継ぎにけり 豊長みのる
浮寝鳥海風は息ながきかな 耕二
浮寝鳥海風は息長きかな 福永耕二(1938-80)
浮袋子の息に足す父の息 山崎ひさを
海の旭へ雄鶏叫ぶ息けぶらせ 中島斌男
海女深く息づく秋の潮かな 潁原退蔵
海棠も蘇枋も花の息づかひ 後藤夜半 底紅
涅槃西風鰓あるごとき人の息 殿村菟絲子 『菟絲』
消さむとしおのが息の香盆燈籠 加倉井秋を
消炭のごとき息して帰路にあり 桑原雅子
涼しさや息に波うつ金の箔 吉藤春美
涼風にみどりごの息つまるばかり 山本歩禅
深き息かけて凍蝶凍てさせず 三好潤子
深き息しづかにはきて木の芽冷え 野見山朱鳥
深く息して沈丁を離れけり 石川美佐子
深吉野や息づくもののみな青し 鈴木真砂女
深夜にて煉炭息を断たむとす 岸風三樓
深息し自ら冬を近づけぬ 村越化石 山國抄
深息のさきへ深息水温む 郡山とし子
深息や大綿を辺に漂はす 加藤楸邨
深息をして八月の峠かな 中里 結
深息をして紅梅の真下なり 北崎武
温めるも冷ますも息や日々の冬 岡本眸
湖すれすれ鴨飛ぶ息をつゞかしめ 右城暮石 上下
湯けむりの息吹き返す冬の空 佐藤哲一郎
湯に浸るやうに息して花の中 渡辺純枝
湯豆腐の掬ふに合はす息のあり 稲畑汀子
満月に息吹きてまろき木の芽かな 池田秀水
満月を生みし湖山の息づかひ 富安風生
満潮の息苦しさに鯊浮かぶ 横澤放川
満願の息吐きつて飛花落花 伊藤義子
溜息の後の息吸ふ萩青し 鈴木鷹夫 風の祭
溺れ役息吹き返す海開き 大星たかし
滝凍つる底に息づくもの響き 住谷幸子
滝音の息づきのひまや蝉時雨 定本芝不器男句集
澄み澄みて息長彦や木の実独楽 大石悦子 聞香
瀧音の息づきのひまや蝉時雨 芝不器男
瀬頭に息あはせをり二月尽 佐藤鬼房 潮海
火口へ急ぐ死後ゆゑ息も切らさずに 林桂 ことのはひらひら 抄
火祭の荒男の息も火を吐けり 稲垣きくの
火種愛(かな)しく我息かける 荻原井泉水(1884-1976)
灯を消して息のやわらか小田刈月 遠藤秀子
灯を消して観る夜桜の息づかひ 堀口星眠(1923-)
炎天や草に息つく旅の人 炎天 正岡子規
炎天や蜥蜴のごとき息づかひ 小島千架子
炎天をゆくわが息の聞かれけり 岸田稚魚 『花盗人』
炎帝や蔵書もひそかなる息す 藤田湘子 てんてん
炎昼の石担ぐ息ふれあへる 大橋敦子 手 鞠
炎昼を睡りて息の濁りけり 草間時彦 櫻山
烈日の土の息吹や百日紅 小坂かしを
無心なる童女ひそかに息づくごと一顆の桃の山原明かる 大野とくよ
焼肉の息吐きに出て枯れ港 高井北杜
煙突も息す夜冷えの高層雲 桜井博道 海上
熟れ桃や左右の大気の息づかひ 草田男
熟れ麦の息する風とおもひけり 木下夕爾
熱き息ひめてマスクの中にゐる 小林千草
熱き息交しつ霧氷界にあり 前田欣一
熱の子に息足してやる紙風船 中村保典
熱帯夜肩で息するなまこ壁 新川敏夫
燭あげて仏息づく木の芽雨 山田弘子 螢川
燭ふえて献花息づく花会式 水内菊代
燻り炭をんなの息を足しにけり ほんだゆき
爪化被落せば息す夜の秋 山崎千枝子
父に息ありやありける露涼し 能村研三
父の息かかりし草も縷となりし 宇佐美魚目 秋収冬蔵
父の手に息吹き返す奴凧 葛野良子
片肺の息ととのへつ雲海に 三宅句生
牛の息杉菜の露にかかりけり 阿部みどり女
牛蛙の太息酒豪めきにけり 西村 琢
牡丹に佇つ息づかひ荒立てず 稲垣きくの 牡 丹
牡丹に息を濃くして近寄れる 草間時彦 櫻山
牡丹に酔ひしかをとこ息づかひ 稲垣きくの 牡 丹
牡丹雪しばらく息をつがぬまま(絶句) 野澤節子 『駿河蘭』
牡丹雪息がゆるめば鯉うごく 加藤楸邨
牡丹雪息ととのへてから話す 松本翠
牧駈けし犬の荒息涼新た 杉山鶴子
犬と息合せて猟夫機を狙ふ 山下美典
犬も荒息避暑地の砂を足で掻き 桂 信子
犬より荒き少年の息冬すみれ 鍵和田釉子
狐火はその吐く息の燃ゆと云ふ 相生垣瓜人 明治草抄
狩名残り犬荒息で馳けて来る 迫力太郎
独楽止り美しき独楽息づける 三好潤子
猟犬のつどふや息の音ばかり 岩田由美
猪食べし息をしづかに交しけり 大石悦子 聞香
獄門に息せき近む日の盛り 飯田蛇笏 椿花集
玉あぢさゐ玉割るは息噴くごとし 加藤知世子
玉の緒の縷々と息づく梅雨幾夜 能村登四郎 天上華
玉椿八十八の母の息 桂信子 黄 瀬
甘藷掘る二人の息の揃ふなり 岩田由美 夏安
甘酒を吹くにさびしき息の音 辻桃子
生まれ出て濡身ととのふ蝶の息 田中祐三郎
生永し息長蝉が息をつぐ 澄雄
生臭き息を憚る涅槃絵図 浜渦美好
田植すみし水田息をつきにけり 阿部みどり女
男らの息の冷めたき螢沢 大木あまり 火のいろに
男郎花すつくと息つぎ坂明るし 鷲谷七菜子 雨 月
畠見にむせるばかりや草の息 杉風「木曾の谷」
畦塗つて男まさりの息を吐く 安達実生子
畦塗りてあたらしき野が息づける 加藤楸邨
病む息は海溺れんとせしに似て 対馬康子 吾亦紅
病む母の息あはあはと春蚊いづ 恩田秀子
病人の息たえたえに秋の蚊帳 秋の蚊帳 正岡子規
癌の妻深き息継ぎ三日越ゆ 斎藤玄
登る息胸にあてつつ霧暑し 桜井博道 海上
登頂の荒息聞き合ひ銀婚なり 香西照雄「壮心」
百の袋に百の息詰め袋掛 根岸苔雨
百姓は力稲を束ねる女の息 栗林一石路
百蝉の息ひそめけり朝の杜 高澤良一 随笑
盆提灯たためば熱き息をせり 野中亮介
目覚めては夏越さむため息すなり 長谷川双魚 『ひとつとや』以後
目覚めゐて雪降る音に息合はす 石川文子
真二つに折れて息する秋の蛇 宇多喜代子
真向に飛燕かへして息もつけず 原田種茅 径
真夜中の夕顔の芯息づきぬ 蛭川 清
真空管息せしものは温かし 摂津幸彦
真菰川そよぎ息めて朝曇り 松村蒼石 雁
眠りゐる子の息のみがやはらかし冬の星座が星をふやす夜 辺見じゅん
眠る子の息嗅ぐ月の兎かな 仙田洋子 雲は王冠以後
眠る山息を深めてゐる山も 茨木和生 野迫川
瞭らかに山息づきぬ連翹忌 藤田湘子 てんてん
瞼閉じ荒き息する雀の子 宮田祥子
石榴挿し不意に息づくペルシャ壺 朝倉和江
石鹸玉の息ゆら〜と円かさよ 島村元句集
石鹸玉育てる息を深く吸ふ 岩田和子
破芭蕉大きな息をしたりけり 藤田湘子 てんてん
硝子戸の守宮の腹の息づける 上村占魚 球磨
磯ほめの唄息長や青あらし 荒井正隆
神々の息のきらめく瀑布かな 仙田洋子 雲は王冠
神代桜咲くてふ風も息ひそめ 橋本榮治 麦生
神力誠を以息の根留る大矢数 井原西鶴
秋の声くるしき息をひそむれば 石田波郷
秋の声生は深息もて畢る 岸田稚魚 『花盗人』
秋の星うるむ野川の夜の息 阿部みどり女
秋の蝶息するたびに翅ひらく 伊藤伊那男
秋光に我が息づかひ影も急く 石橋辰之助 山暦
秋冷やかすかに魚の息を吐き 増田萌子
秋明菊カレーを食べし息に触れ 大林清子
秋立つ日噴煙はわが旅の息 鈴木鷹夫 渚通り
秋茜かるくかるく息吐きなさい 永末恵子 発色
秋草のそよぎに息を合はせけり 小澤克己
秋風と思ひしはわが息なりし 長谷川双魚 『ひとつとや』以後
秋風に息こそあへげ化粧坂 石田波郷
稲妻に街の灯息を止めにけり 山田弘子 螢川
稲妻や手負ひ狸の息熱し 加藤知世子 花寂び
穂絮ちりぢり少年の息少女の息 津田清子 礼 拝
穂絮ゆく地の息天の息をうけ 平畑静塔
穂芒の一つがほつと息吐けり 殿村菟絲子 『菟絲』
空の息ふつと吹き入れたるさくら 中拓夫
空の蝶大息吐息 無音階 中田敏樹
空低く夏鳥過ぎる息遣ひ 大竹狭田男
窓を打つ雨に子猫が虫の息 岸本尚毅 舜
窯を出て大壷立夏の息を吐く 岡村仁浩
立冬の息のしめりを小鼓に 安倍正三
立春の息添へて呑む葛湯かな 村越化石 山國抄
竜天にのぼる万樹の息を吐く 藤井のぶ子
童姦だ息み下に下に非直線 加藤郁乎
竿灯の息抜くやうに倒れたる 鈴木節子
笹鳴に息合はすごと佇づめり 石井紅楓
箔打の息顫へゐる夕霙 加藤 汀
箔置くに涼しき息を使ひけり 吉田紫乃
籠の中春の鰈の息あらき 瀧澤伊代次
紅梅の吐きたる息をふかく吸ふ 朝倉和江
紅紙のわが形代に息を吹く 長谷川かな女 雨 月
紅葉して大樹静かな息を吐く 池田琴線女
紗のやうに息がかぎろふ弥勒の前 加藤知世子 花寂び
紙漉の槽に匠の息太し 大川輝子
紙苞の鯉の荒息春彼岸 藤岡筑邨
紙風船息吹き入れてかへしやる 西村和子
紙風船息吹き込めば紙の鳴る 臼井虹玉
紫陽花やいつもここらで息きれる 池田澄子
絶息や湯たんぽすぐに外すべし 櫂未知子 蒙古斑
継ぐ息に歪んでをりぬ石鹸玉 鈴木有紗
綿虫の中にわが息しづかなり 平井あい子
綿虫の息あるごとし掌にあれば 石原 義輝
綿虫の息やはらかしあたたかし 上田日差子
緑蔭に入りゆく息を整へり 市野沢弘子
緑陰に風反転し豹の息 桂信子 黄 瀬
縁借りて息継ぐ夫よ杜若 石田あき子 見舞籠
縄飛びの息のみだれず対ひ合ふ 大川つとむ
羅に女の息のかよふらく 上村占魚 球磨
羅漢の苦五百息づく稲光り 加藤知世子 花 季
羊毛刈る膝下に荒きけものの息 橋本多佳子
羊群の息かも虹の月寒 石塚友二
美しきものに火種と蝶の息 宇佐美魚目(1926-)
美しき布団息あるごとくなり 五十嵐播水 播水句集
群落の息吹清しき水芭蕉 及川秋美
義士祭日照雨きし坂息はずみ 村沢夏風
羽子に息吹きかけてより突きはじむ 塩川雄三
老の息うちしづめつつ牛蒡引く 後藤夜半
老禰宜の息つぎ足して神楽笛 田崎賜恵
耕せば土黒々と息をせる 倉田健一
耳もとに息のぬくさの桜南風 檜紀代
聖歌隊息の露けくみな若し 内藤吐天 鳴海抄
聖誕樹灯りぬそれに息とめて 後藤夜半 底紅
聞えさうなる菰巻きの息づかひ 国保泰子
肩かけの裡に息して人の死へ 橋本多佳子
肩で烈しく笑い合うここでくらしの息ついている春の銭湯 橋本夢道 無礼なる妻
背合せの法被の息も風の盆 佐々木らん
背戸をうつ風の荒息干菜風呂 森 ひろ
胎動に息しづかなり毛糸編む 長田群青
胡瓜喰らひ息の涼しき貧家族 澤木欣一
腥き息して春を惜むなり 高橋 睦郎
臘梅に息を濃くしてねむりおつ 渋谷道
自画像の息詰めてをりねじあやめ 田端千枝子
舞妓舞ふ息も聞こえて床料理 岩本律子
舟虫を吹きたる息の亞麻色に 和田悟朗「桜守」
艱難の息ととのへて待つや春 村上悦美
芋室に息穴一つ囀れり 毛塚静枝
芋植ゑて息つく雨となりにけり 青木就一郎
花あしび息ためて夫歩き出す 石田あき子 見舞籠
花ぎぼし月光坂に息杖(つゑ)おとす 角川源義 『冬の虹』
花の坂息を小出しにゆくとせり 岸田稚魚 『紅葉山』
花の息さながらに雲ただよへる 西村公鳳
花の暗胸に華厳の息ためて 平井照敏 天上大風
花びらやいまはの息のあるごとし 長谷川櫂 古志
花八ツ手深夜の息吹雨となる 『定本石橋秀野句文集』
花合歓やゆふべの息は吐くばかり 鳥居美智子
花吹雪きをり飲食の息づかひ 長谷川双魚 風形
花杉に息のにごりは許されず 丸山佳子
花柊息ととのへて布裁てり 林敬子
花桃や子の息満つる哺乳罎 長谷川櫂 古志
花烏賊のいでゐる息の墨の泡 阿波野青畝
花神息して束の間の花吹雪 三好潤子
花茣蓙に息もらしたる魔法瓶 辻桃子
芽吹かむと息つめてをり雑木山 澤村昭代
苔まとふ夏樹に手かけ息整ふ 福田蓼汀 秋風挽歌
若ものの息につゝまれ春暑し 原コウ子
若やぐや息の童子も今朝は春 水哉 選集「板東太郎」
若萩の傷つく息をふと洩らす 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
英霊や海の息するカーペット 森 早恵子
茄子馬が息して並ぶ月明り 福田甲子雄
茎立や法師の息の酒臭き 鈴木鷹夫 千年
茶の花の息とどかざるところより 中田剛 珠樹
茶の花やこゑ出して息あたたむる 岸田稚魚
茶の花やほのかに凝りし朝の息 鷲谷七菜子 黄 炎
草いきれ言葉溜めゐて息苦し 稲垣きくの 黄 瀬
草に置く落鮎の息二つ三つ 鈴木鷹夫 風の祭
草に落ち緑の息を雨蛙 関沢咲子
草の絮迷ふ神の息なまぬるくて 津田清子
草刈つて息がなくなる盆の径 清水松子
草木の吐く息つよし朝曇 中丸涼
草笛に息の足りざる病後かな 徳永玄子
草笛の息尽きるとき鳴りにけり 石崎宏子
草笛や嘆きの息が音に出でて 大石悦子
草笛や老いても未だ息ゆたか 森田青霞
草笛を子に吹く息の短さよ 馬場移公子
草色の翅に息する蝉の羽化 黒川良子
荒息の果はいななく田掻馬 知世子
荒行の息さへ静か修二会僧 山田弘子 懐
荷の繭の糸口は息ころすなり 渋谷道
菊人形菊にもやはき息づかひ 河野南畦 湖の森
菊坂に息切らしゐる御慶かな 鈴木鷹夫 風の祭
菜殻火に息もつかせず菜殻投ぐ 右城暮石 上下
菜種ぱつと咲き片肺にうすき息 中山純子 茜
菩提子や息をひそめしまでにして 岸田稚魚
菩薩面こもる人息練供養 大橋敦子
菰ぬちに息ととのへて寒牡丹 松本澄江
萩初花朝はしづかな息づかひ つじ加代子
落日へ なんぞ男の息荒き 富澤赤黄男
落武者の息づく堂や蚊のうなり 会津八一
落葉掻くや吐く息顔を蔽ひては消えぬ 高濱年尾 年尾句集
落葉降るしづけさにわが息合はす 古賀まり子 降誕歌
落蝉に息吹きかけて放ちけり 青鷺
葛見るは息ととのふるてだてかな 岸田稚魚 筍流し
葭切のそのときどきに息をつぐ 田畑幸子
蓑虫と息合はすごと暮らすなり 村越化石
蓑虫は息をきれいにして眠る 飯田晴
蓮掘りの攻めあぐみたる息づかひ 福田甲子雄
蕨ほぐる朝のひかりの息づかひ 成田千空 地霊
薄氷の底にて息を凝らすもの 稲垣いつを
薄翅かげろふ息づける灯を残しおく 藤原たかを
薔薇の息きく胎動をきくごとく 西島麦南
薔薇の芽に息をころしてブロンズ像 橋本美代子
薔薇百の息に縛られゐたりけり 仲村美智子
藁塚ひとつ築くに使ふ息想ふ 鈴木鷹夫 渚通り
藻の陰のいさきふうつと息をつく 新間絢子
蘆刈は蘆のなびきに息づかむ 鴻村
虫ぎらひ花柚の香に息つきぬ 長谷川かな女 雨 月
虫の夜を君もしずかな息しているか 恩知陽子
虫の息でジャコメッティの樹氷たち 田川飛旅子 『山法師』
虫の息とは生きる息野分吹く 高野ムツオ
虫の音に合はす不眠の息づかひ 宮津 澪子
蚊屋ごしや息に寄り来る蚊のきほひ 森鴎外
蚊帳から抜けてほつとため息 小酒井不木 不木句集
蚊帳の端に寝あばれゆきし息きこゆ 篠原梵 雨
蚕豆やびしよ濡れの犬息短か 岩田昌寿 地の塩
蛇が枝から垂れて百姓あつく働き喘ぐ息 橋本夢道 無礼なる妻
蛇の子の息絶えてをり夕山路 堀口星眠 青葉木菟
蛇打つて打つて息荒き妻見けり 臼田亜浪 旅人
蛍火に闇の息づく百戸村 沼沢破風
蛍火の中やわたしも蛍の息 北 さとり
蛍火や息吸へば燃え吐けば消ゆ 井手 直
蛍火や息止める毎数を増す 黒瀬琢葉
蛾の息のたえだえに眉ふるふかな 太田鴻村 穂国
蜆買つて清浄の息吐きにけり 波多野爽波 『一筆』以後
蜜柑咲く息つめて夜の長恨歌 谷中隆子「冬椿」
蜥蜴出て今年の息の早や弾む 右城暮石 上下
蜥蜴出て木佛の息かすかなり 宮坂静生 山開
蜩や金箱荷ふ人の息 蜩 正岡子規
蜻蛉生る朝の泉は息ひそめ 山田弘子 螢川
蝉の羽化日輪息をあはせをり 猪俣千代子 堆 朱
蝉の骸拾ひて息の濁りけり 堀之内勝衣
蝉声八重息つぐことは生きつぐこと 上田五千石 森林
蝉穴のいづれも深き息のこる 山崎千枝子
蝋涙に肖て息かよふ寒夜かな 西島麦南 人音
蝌蚪の息ひこひこ日の輪搖れやまず 鷲谷七菜子 雨 月
蝶々が如何な息して草の中 細見綾子 桃は八重
蝶の息まつ赤な野菊にて塞ぐ 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
蝶を追ひ児を追ひ息の足らぬなり 栗原梅子
螢の息聴かむと闇に耳澄ます 糸山由起子
螢三夜息づき光りぬ吾子の部屋 奈良文夫
螢火やいだかれてゐる息づかひ 北さとり
蟋蜂の息継ぎの間の鉦叩 田中敏夫
蟻地獄かすかな息のしめりかな 西山睦(俳句朝日)
行く春の石臼まはす息深く 羽部洞然
行く秋の吐く息くちびるよりぬくし 池田澄子
行列に顔なし息をしつつ待つ 西東三鬼
行厨に息が凍りてもり上る 米沢吾亦紅 童顔
行末や襟巻のうち息溜めて 草間時彦 櫻山
衾引けば独語の息の顔蔽ふ 岸田稚魚
裏山に来て父の息凧の息 石寒太 翔
襖開け熟睡児の息雛の息 山田弘子 懐
覚めてわが息静かなる大旦 下村ひろし 西陲集
親子鶴ゆるやかに息合はせ翔つ 上野さち子
観音の指にも眠る山の息 大岳水一路
角伐らるる鹿より勢子の息荒し 檜紀代
言問にひと息入るる福詣 前田鶴子
試歩の息ととのふ青田目に溢れ 大内佐奈枝
谷氷り日輪のもと息吹なし 石橋辰之助 山暦
負独楽は手で拭き息をかけて寝る 加藤楸邨
貼りつきし蜥蜴の息の見えてをり 佐野喜代子
賓頭盧を回す寒夜の息荒く 神田正人
赤い羽根つけらるる待つ息とめて 阿波野青畝
走り来し息もて逢わん冬渚 寺井谷子
起重機を下りて荒息春疾風 亀井糸游
足湯して春の息吹きの雑木山 難波きくえ
路に出てマスクの中の息熱き 原田種茅 径
跼みたるとき息ふれて寒牡丹 加古 宗也
踊唄息つぐときの波の音 鹿喰悦子
踊見る犬はけものの息荒く 野澤節子 牡 丹
踏まんとす石に息づく深山蝶 高濱年尾 年尾句集
踏み入りて五月の森と息合はす 藤原たかを
踏み出して螢の息と合ひにけり 綾部仁喜 寒木
身の邪鬼の息づまるまで着膨れし 能村登四郎
身を出づる息ひとすぢや樹氷林 岡田貞峰
身二つに息二すぢに秋を生く 赤松[ケイ]子
軒の氷柱に息吹つかけて黒馬よ黒馬よ 臼田亜浪 旅人
農夫息太し麦刈る地の明るさ 西島麥南
迯て来てため息つくかはつ螢 一茶 ■文政二年己卯(五十七歳)
逃て来てため息つくかはつ蛍 一茶
透き通るまでの息みや葛湯掻く 田島文子
透くものを着て螢火の息のまへ 津川志津
通草の実雲に触れたる息づかひ 岸田稚魚 筍流し
逢へる辺の螢の息のやはらかに 矢島渚男 采薇
連翹に登り来し息はづませて 右城暮石 声と声
遁れきてわが息流す冬芒 藤田湘子
遁れ来しわが息ながす冬芒 藤田湘子
道遠し子の葦笛の息長し 成田千空 地霊
遠き子の形代親が息かけて 下村ひろし 西陲集
遠く来て形代に息かけにけり 綾部仁喜「寒木」
邯鄲の息つくときのしゞまかな 斎藤千萩
酒を欲る太息の中年逝かす 岩田昌寿 地の塩
酒臭き小笛の息や里神楽 会津八一
重信忌暑きに籠り息を吐く 高橋龍(龍年纂)
金雀枝やカエサル如何に息絶へし 大林淳男
鈴虫の屍にわが息のかかりけり 阿部みどり女 『陽炎』
鉄帽に息抜きの穴突堤の尖端 上月章
鉄板に息やはらかき青蛙 西東三鬼「変身」
鉢木みな地息あてさす夏の月 木歩句集 富田木歩
鍋蓋やわが四十の息荒し 五島エミ
鍬祭る燈にふれゆくや飯の息 太田鴻村 穂国
鍬立てて整える息 遠うぐいす 市橋一男
鍵穴に蜜ぬりながら息あらし 寺山修司(1935-83)
鏡花忌の金箔息で吹きなだむ 駒沢たか子
鏡開静座の息のゆたかなる 奥峰輝治
鐘供養息ととのへて撞きにけり 西本才子
開くとき息ひとつ吐く水中花 矢嶋あきら
闇にゐて月下美人と息合はす 落合絹代(風土)
闇よりも暁さびし息の緒よ 中村苑子
闇汁や息をころして煮えるまで 河本知慧子
闘牛の吐く息荒し花野菊 高井北杜
闘牛の荒息肺の鞴より 品川鈴子
降ろされて息を大きく鯉のぼり 片山由美子「雨の歌」
隠亡が息捨てにくる花ニンニク 高井北杜
隣り合ふ青年の息涅槃図絵 鈴木鷹夫 春の門
雀隠れの家ぬちとなりて息苦し 長谷川かな女 雨 月
雁のゆくとき熱き息感ず 佐野美智
雄鹿の前吾もあらあらしき息す 橋本多佳子(1899-1963)
雉啼くや胸ふかきより息一筋 橋本多佳子
雉鳴くや濃霧に息のつまるとき 相馬遷子 雪嶺
雑木林の家訪う 視野に鳥の息 伊丹公子 時間紀行
雛を手にとれば聞こゆる雛の息 橋本美代子
雛飾る息かかるほど近づきて 猪俣千代子 秘 色
離れては息づける一鯖火あり 岸田稚魚 筍流し
雨あとの土息づくや茄子の花 松本一枝
雨足りて山田息づく花辛夷 相馬遷子 山河
雪の休憩息ぶつけ合い少女ら話す 田川飛旅子 花文字
雪の夜の息ひそめ聴く湖の音 鷲谷七菜子 雨 月
雪はげし抱かれて息のつまりしこと 橋本多佳子(1899-1963)
雪を来てクレソンに息なごみけり 武井千鶴子
雪切の空に吐く息吸ふ息ぞ 新谷ひろし
雪原や抜きさしの歩の女の息 猪俣千代子 堆 朱
雪嶺に月の部落息ひそむかな 河野多希女 こころの鷹
雪嶺のため息聴ゆ大落暉 伊達甲女
雪嶺を西に鞴の太き息 成田千空 地霊
雪嶺襖鳶は翔たんと息つめる 松本 旭
雪後なり息つめて聳つ夜の穂高 阿部誠文
雪後の天息つめてをり榛の花 篠田悌二郎
雪掻いて女は野兎の息したる 対馬康子 純情
雪景色息するものの潜むらし 塚本泰子
雪来んと息殺しゐる山河かな 徳永山冬子
雪林へ十歩の息を愛しみつ 古賀まり子 緑の野
雪渓にあひみしひとの息あらき 大島民郎
雪置く嶺息つまるごと新樹の中 杉山岳陽 晩婚
雪高野万霊息をひそめたる つじ加代子
雲海の荒嶺々よわが荒息よ 中島斌男
雷雨去りあさがほ蔓が太息す 松村蒼石
雷鳥の声に一団息凝らす 斎藤寿仙(辛夷)
電話機の鳴る前の息十三夜 谷口桂子
霙るるや野兎藪に息ひそめ 沢 聰
霜の華ひと息の詩は胸あつし 馬場移公子
霜を来て濃くまつすぐに犬の息 橋本榮治 麦生
霜晴や土曜休みの息ひとつ 草間時彦 櫻山
霜林にありときをりは深息す 細川加賀 生身魂
霜焼けの手に息かけて機を織る 斉藤夏子
霧の杉しろがねの息旅に見ゆ 小檜山繁子
露けさに息づき深き野中の灯 相馬 遷子
露けしや息をしづかに箔移す 高村俊子
露の原大きな息をおとしけり 川崎展宏
露の息戻るを信じつつ看取る 安原葉
青あらし七百歳の樟の息 百合山羽公 寒雁
青べらの大息つきて果てにけり 佐々木魚風
青稲穂夕山風に息もつかず 松村蒼石
青萩に佇つ朝息の穢れなし つじ加代子
青蘆暁色一細胞員とし深く息すう 古沢太穂 古沢太穂句集
青蜥蜴わが息しばしとめて見る 山口波津女 良人
青蜥蜴息を殺した華である 佃悦夫
面脱いでまだなまはげの息を吐く 今田草水
韋駄天の息急き切つて古暦 小岩浩子
韮の花坂としもなく息あへぐ 石田波郷
頬を摶つ寒さを湖の息しづか 原裕 青垣
風うけて竜に雪像息を吐く 大西岩夫
風が息抜くときのあり冬ぬくし 荒川ともゑ
風の息樅の息聞き春隣 村越化石 山國抄
風添うて芒の息を紡ぎけり 岡田順子
風生の最後の息を蝶とよぶ 筑紫磐井 花鳥諷詠
風立ちぬ深き睡りの息づかひ 日野草城
風船の中に女の息をおく 後藤立夫
風邪の息もてくちなしの花濡らす 吉野義子
颱風の中来し文字や息づけり 斎藤空華 空華句集
颱風の息づく雨は篠つけり 西島麦南
颱風の篠つく雨に息づけり 西島麦南 人音
飛び移り来し息づかひ法師蝉 後藤夜半 底紅
飛び立つに二息おくれ鴉の子 米倉婦勢子
飛び降りて猫が息のむ淑気かな 野田青玲子
飛燕草のぼりの息はしなやかに 加藤知世子
餅搗の息をどりをり桑畑 中澤康人
餅搗の阿*うんの息の合つてきし 鈴木貞雄
首に吊る砂の時計の息絶えて 増田まさみ
馬の息しづかなる夜の飾り炭 はりまだいすけ
馬の息とゞくあたりのきりきりす 蟋蟀 正岡子規
馬の息ほのかに寒しけさの霜 膳所-民丁 俳諧撰集「有磯海」
馬の息人の息市の暑さ哉 暑 正岡子規
馬の息市冴返るあした哉 冴返る 正岡子規
馬の息見えて師走の夜明哉 師走 正岡子規
馬の息身近かに梅雨の深まりぬ 越桐三枝子「雉俳句集」
馬糞に息つく秋の胡蝶哉 秋の蝶 正岡子規
馬糞海胆息をしてゐる干潟かな 辻桃子
駻馬かな息止めている野水仙 花貫 寥
骨切りの鱧に庖丁息あはす 宮島晴子
骨壺にわが息通ふ春の霜 細田寿郎
高枝の薔薇一と息つぎに呱々の声 成田千空 地霊
鬼やらふインドカレーの息を以て 泉田秋硯
鬼太鼓を打ちこむ鬼の息荒し 柏原眠雨
鬼面より息を漏らして追儺の鬼 橋本美代子
魂の息するやうに水母浮く 千賀邦彦
魂送り終へて息抜く熊祭 加藤富美子
鮎釣られ直ぐに男の息浴びぬ 鈴木鷹夫 渚通り
鮭の骸なほ幽かにも息しをり 長谷川櫂 虚空
鯉のぼり降ろされどつと息吐きぬ 北原昭子
鯉の息泥噴き上げし池普請 北川キヨ子
鯉幟降ろされ温き息を吐く 犬飼ヨシエ
鯉浮いて一つ息する空也の忌 秋山百合子
鯵刺や髪濯ぐとき息整え 田口満代子
鳥交る歯磨き臭き息を吐き 二村典子
鳥笛は息のなきがら春隣 長谷川櫂 古志
鳰の息ほど長からず鳰の笛 後藤比奈夫 めんない千鳥
鳰鳥の息のながさよ櫨紅葉 誓子
鳴くまへの息しづかなる蝉捕ふ 都筑智子
鴛鴦下りて枯れし両岸息を呑む 篠田悌二郎
鴨食ひし息を乗用車に五人 鈴木鷹夫 春の門
鴬にほうと息する朝かな 服部嵐雪
鵙高音息リフレッシユ錠一つ 内田美紗 魚眼石
鵜の息に冷えまさる水青々と 佐野青陽人 天の川
鶏の息しろし海光鍵盤に沁む 宮武寒々 朱卓
鶏鳴の空豊年の息ととのへ 福田甲子雄
鶯にほうと息する山路かな 嵐雪
鶯にほうと息する朝かな 服部嵐雪
鶲見て息しづめをり雪の坂 相馬遷子 山国
麦打や風呂たきつけてマ一ト息 西山泊雲 泊雲句集
麦秋の野に人見ぬは息ぐるし 暮石
麦笛にをさなき息のかぎりあり 米沢吾亦紅 童顔
麦笛や嘆きの息が音に出でて 大石悦子
黄塵に息浅くして魚のごとし 野澤節子
黄昏の息のつめたし雉子啼く 倉橋弘躬
黄梅や息きらさずに越えし山 鷲谷七菜子
黒南風や階段にある息づかい 二村典子
黒揚羽水辺の石で息したり 細見綾子 天然の風以後
黴の中わがつく息もかびて行く 高浜虚子
●白息
あか〜と灯ともす妻の息白し 杉山岳陽 晩婚
あと一声力む糴子の息白し 浜田清子
ある夜わが吐く息白く裏切らる 加藤楸邨
ある朝の吹く息富士を白くする 嶋野國夫
いづれが虚いづれが実の息白し 岩崎照子
うつむく停年者を送る拍手と白息で 田川飛旅子
うづくまつて吐く白ら息も私を出でず 岩田昌寿 地の塩
おのが怒り吐きすててゐる息白し 嶋田一歩
おほどかに鐘撞いてゐる息白く 角川春樹 夢殿
かまくらや子らの白息湯気めきて 香西照雄
こもごもに白息かけて棺納め 冨田みのる
さし寄せし暗き鏡に息白し 中村汀女
ながく深く白き息して身ごもれる 長谷川櫂 古志
なが雨に息づき咲いて白木槿 松村蒼石 雁
なまはげの眼鼻より洩れ息白し 藤原星人
ぬけぬけと息白き嘘をとこなり 稲垣きくの 牡 丹
はく息の霧より白し靴固し 原田種茅 径
ひとむらの霧おりきたり水際に白く息づくみぞそばの花 辺見じゅん
ふたたびは泣かず秋夜を白き息 栗生純夫 科野路
ほととぎす白ら息見ゆる彼我の間 栗生純夫 科野路
ほの白く見えて歎きの息のごと 相生垣瓜人 微茫集
みづからも傷つくことを息白く 水田信子
みほとけのまへ白息のわれかすか 野見山朱鳥
めざむよりおのが白息纏ひつつ 橋本多佳子
わが息のかすかに白く生きるはよし 山口誓子 和服
わが息は気付かず人の息白し 滝野三枝子
わが書きし字へ白息をかけておく 加藤楸邨
わが澄むまで白息かけて鏡拭く 大石悦子 群萌
わが身からこの白息ぞオホーツク 大石悦子 聞香
わが身より洩るる白息誤解は世に 伊丹三樹彦 人中
わらわらと白息称名起りけり 高澤良一 ねずみのこまくら
をりをりは俳諧なされ息白く 佐々木六戈 百韻反故 吾亦紅
コロナのやうなものに憑かれつゝ息白し 平井さち子 完流
サッカー選手白き息より疾く走る 児玉俊子
マイクロフオン白息強く当てて験す 田川飛旅子 花文字
マラソンの余す白息働きたし 野澤節子 牡 丹
マンホールより首出して白息す 北野春彦
モザイク画めく渋谷の夜空息白し 柴田千晶
ランナーの誰もが一人息白し 堀越せい子
一僧の吐く息白く鐘をつく 中村仏船
一列に遺跡掘る人息白し 今井真寿美
一抹の夜の息白く別れ来し 西島麥南
三人子の白息砂糖壺に満ち 石川桂郎 含羞
中年の華やぐごとく息白し 原裕 葦牙
丹頂の白息天へ吐かれけり 嶋田麻紀
主の磔像仰ぐ白息ほそめつつ 古賀まり子 降誕歌
乳の香の白息漏らす宮参り 太秦女良夫
五十とや白息吐いてきよろきよろす 石塚友二
人の世に戻りての息また白し 能村登四郎
人の老美しく吐く息白く 富安風生
人を待つ息のだんだん白くなる 金子 敦
人を恋ふゆゑの白息かと思ふ 石川仁木
伐折羅吐きたまふ白息なかりけり 阿波野青畝
僧と会ひ又白息の僧と会ふ 毛塚静枝
元日の白息を見す赤子かな 岸田稚魚
入営子白息もつて応へけり 萩原麦草 麦嵐
凡兄凡弟白息朗々母の忌や 平井さち子 完流
初明り父の白息見えてきし 澤井洋子
勤めるは闘うに似る白息も 鈴木六林男 第三突堤
包むとき両手をこぼれ白き息 稲畑汀子 汀子第二句集
北穂高かげ落すわが白息に 杉山岳陽
千人針縫ふに白息とどこほる 萩原麦草 麦嵐
友へ文白ら息こめて封をなす 原子公平
合宿の訓辞もつとも息白し 樋笠文
向うから来る人ばかり息白く 波多野爽波 鋪道の花
君煙草口になきとき息白し 星野立子
吾子にはや丹田白息やはらかく 下田稔
唇に夜となりつつ息白し 依田明倫
善哉をたべて互みに息白し 長谷川櫂 虚空
嘆かへば白息のまたありにけり 猪俣千代子 堆 朱
嘘をいふ息の白さの澱みなく 鈴木貞雄
噴煙をかなしく白き息の上に 杉山岳陽 晩婚
団子汁吹く息白し峠茶屋 房前芳雄
地を擦つて来たりしものら息白し 栗林千津
基地の夜や白息ごもりにものいうも 古沢太穂 古沢太穂句集
堂守りの法難を説く息白し 梶田ふじ子
塔仰ぎわが白息の立ちのぼる 津幡久子
声もろとも来て鵯の息白し 蓬田紀枝子
夜祭りの火と白息の荒れあはれ 多田裕計
夢語る子の清浄の白き息 つじ加代子
大楠に朝のおとづれ息白し 玉城一香
天竜の万力が吐く白き息 栗生純夫 科野路
太子像ほのかに息を白くせり 和田悟朗 法隆寺伝承
妙齢の白息に触れ旅なかば 力石郷水
子別れの瞽女唄なれば息白し 西本一都
子持ち女教師白息の誰より濃し 楠節子
孤影深めてゆく旅なれば息白し 楠本憲吉
宙跳んで白息揃ふ稚児の舞 橋本榮治 麦生
家を出る門を一歩の息白し 高浜年尾
小走りに薪を取りに息白し 上野泰 佐介
小鼓を打ち終はりても息白し 井上雪
山中に薪棚白息ふりかへる 宇佐美魚目 秋収冬蔵
己が息の中に白鳥争へる 橋本榮治 麦生
往診車降りて吐く息すぐ白し 下村ひろし 西陲集
待ち針に白息かかるたび曇る 田川飛旅子 花文字
御社の水汲む息を白くして 小林ゆき子
心見せまじくもの云へば息白し 橋本多佳子
念仏の白い息している 住宅顕信 未完成
恋すべし相寄る息の白きまま 仙田洋子 橋のあなたに
息づまるほどに真白き寒牡丹 細川子生
息の白さ豊かさ子等に及ばざる 中村草田男
息白々昨日を痣のごとく負ふ 加藤楸邨
息白うしておもむろに一家言 高崎武義
息白う馬は二た重の瞼かな 林原耒井 蜩
息白きまで菖蒲田の冷ゆること 岸本尚毅 鶏頭
息白き人重なつて来りけり 山口青邨
息白き吾子に別れの手を挙ぐる 日野草城
息白き子のひらめかす叡智かな 阿波野青畝
息白き家鴨に畦は音を発す 下村槐太 天涯
息白き朝の気配はすぐ失せて 稲畑汀子
息白くいささか年を取りながら 京極杞陽
息白くいま喰べしもの血となりゆく 寺田京子
息白くうつむきゆけり女弟子 柴田白葉女 花寂び 以後
息白くささやき神にささやきぬ 加藤知世子 花寂び
息白くして愛しあふ憎みあふ 鷹羽狩行 平遠
息白くなるかと息を吐いて見し 進藤草雨
息白くひとを距つる思ひかな 山田みづえ
息白くやさしきことを言ひにけり 後藤夜半 底紅
息白くよべ残したる仕事継ぐ 石塚友二 方寸虚実
息白くルーブル展のことのみ言ふ 山本歩禅
息白く七日の家長家を出づ 石田波郷
息白く丑三つにもの申すなり 宇多喜代子 象
息白く丹頂鶴のひとつ鳴き 辻ゆづる
息白く乙矢も的を逸れにけり 岡安仁義
息白く仏顔仰ぐ大和かな 中里美恵
息白く元湯へ夜のをみなたち 五十嵐播水
息白く吐きぬ欠伸のあとなれども 加倉井秋を 午後の窓
息白く問へば応へて息白し 稲畑汀子
息白く声にならざる喪の言葉 赤井淳子
息白く多くを言ふはあはれなり 殿村菟絲子 『繪硝子』
息白く太極拳に集ひ来し 谷口忠男
息白く寄ればゆらぎて空也像 宇佐美魚目 天地存問
息白く封閉ざす逢ひしあとの如し 上野さち子
息白く幼子の智恵まとひつく 松村蒼石 春霰
息白く心奪ひし女かな 加藤三七子
息白く恐れげもなく答へたる 星野立子
息白く我よりわれを解き放つ 岡本眸
息白く戻り来し子の忘れ物 岡田順子
息白く打臥すや死ぬことも罪 林田紀音夫
息白く教ふる言葉くりかへし 藤岡筑邨
息白く星と交せる一私心 つじ加代子
息白く朝の汽罐車みて愉し 西島麦南 人音
息白く未知の校門子はゆけり 及川貞 夕焼
息白く本音短く吐きにけり 高橋もこ
息白く松の木はわれ好きなりし 下村槐太 天涯
息白く歌のことまた弓のこと 長谷川櫂 虚空
息白く民族といふつらきもの 川崎展宏
息白く牛連ればかり霧島路 殿村莵絲子 牡 丹
息白く犬も言葉を持つごとし 三河まさる
息白く生くる限りは浄土なし 鈴木真砂女 夕螢
息白く甲斐甲斐しさの人に伍し 中村汀女
息白く皆生きたりし人の墓 西島麥南
息白く神田の古書の森歩む 岡田 貞峰
息白く細しく何か諭しゐる 鈴木貞雄
息白く花見小路を鉢たゝき 角川春樹
息白く言葉足らぬを悲しめり 斎藤道子
息白く近づく馭者の馬車に乗る 田村了咲
息白く額を広くうらぶれて 杉山岳陽 晩婚
息白く駆けきて瞳かがやかす 有泉七種
息白く高野の一日始まりし 五十嵐哲也
息白ししづかに吐いてみても白し 加倉井秋を
息白しはげしき地震に膝つきて 岡本まち子
息白しわれとわが袖かきいだき 久保田万太郎 流寓抄以後
息白し人こそ早き朝の門 中村汀女
息白し何昂ぶりて行く人ぞ 犬塚華苗
息白し夜の戸探ればふるゝもの 長谷川かな女 雨 月
息白し子の忘れ物追ひかけてへ嗜 豊岡美千江
息白し根本中堂常闇に 高澤良一 燕音
息白し梳かるる馬も梳く人も 石田 克子
息白し極光の青噴き出でて 澤田緑生
息白し残留孤児といふ老も 三嶋隆英
息白し気づきてよりはことさらに 千手 和子
息白し求人の掲示見つつ押され 落合伊津夫
息白し河原の石を拾ふとき 森賀まり
息白し泣かずに笑ふこと出来て 下村梅子
息白し行く手のくらむごとくなり 石原八束 『操守』
息白し長屋の空に変圧器 沢木欣一
息白し餌を撒く人も丹頂も 牧野寥々
悴かめる児の手に白き息をかけ 山田栄美代
愛盡す妻の白息耳の辺に 小林康治 玄霜
懺悔さ中の己が白息吐くだけ吐く 加藤知世子 花寂び
戦あるかと幼な言葉の息白し 佐藤鬼房 夜の崖
戻り来て白息消えぬ妻子の辺 細川加賀
手苗取る二人ばかりや息白し 萩原麦草 麦嵐
掌に白息あてて無理式諳んずる 田川飛旅子 花文字
摩滅は鈍し朝白息の連結手 大井雅人 龍岡村
撃剣の面を溢れて息白し 田川飛旅子 『使徒の眼』
数万の白息神へ向ひをり 鈴木鷹夫 春の門
旅立つてゆくだれもかも息白く 黛まどか
暁に死せば息白き者等囲み立つ 石田波郷
最澄の書に息あはせ息白し 宇佐美魚目 天地存問
朝のミサ声掛け合えば白き息 ほりうち紗知
朝の陽に段々畑息白し 澤柳たか子
朝市の売手買手の息白し 鎌田利彦
東欧の民族民族息白し 川崎展宏
林中より莞爾たるとき息白し 赤城さかえ
枯山水見て白息を肥しけり 百合山羽公 寒雁
枯野の日の出わが白息の中に見る 野澤節子 黄 瀬
校庭をまはる駆けつこ白き息 半田かほる
校門へ駈け来る息のみな白し 浜口はじむ
棒のごとき白息何もかもこばむ 高澤良一 ねずみのこまくら
横笛を吹く白息の一呼吸 井上雪
樹氷原わが白息の生臭し 渡辺恭子
橋をゆく人悉く息白し 高浜虚子
機関車に潜る白息交しつつ 吉田未灰
機関車やなんでも食べる息白し 二村典子
欅高し崖のぼり来し子の白息 古沢太穂 古沢太穂句集
欠伸せし息白ければ家思ふ 香西照雄 対話
歩々の息白く頽齢に山仰ぐ 福田蓼汀 秋風挽歌
死を語りつつ白き息はばからず 西村和子 かりそめならず
殿の馬がいちばん息白し 矢沢要一
氷下より釣られ白息あるやうに 鳥居おさむ
氷飲みつ夏も白ら息して憩ふ 大野林火
汝もわれも凡夫の息の白きかな 久保田万太郎 流寓抄以後
江戸風鈴わが白息に生れけり 町田しげき
汽車ごつこの汽罐車もつとも息白し 北山河
沼の息わが息白し暁けゆけり 沢 聰
法楽や仮面を這つて息白し 矢島渚男 延年
泣きしあとわが白息の豊かなる 橋本多佳子
浮浪児の息白し地下道口を開く 原田種茅 径
深井戸に降る月光と白息と 中村苑子
満ちてくる精気白息吐き出せり 柴田奈美
溜息の如白息の如噴煙 殿村莵絲子 牡 丹
火のごとくほとばしる息白きかな 小路紫峡
火を取りに出でて白息ごもりたる 安東次男 裏山
灯を下げて白息夫婦雛つくる 中村金鈴
烏瓜咲かすや魔女の息白く 岩崎すゞ(雪)
熱われの息のみ白し梅雨に入る 中戸川朝人 残心
父の眼に戻り昏々と白息はく 田川飛旅子 花文字
父の眼訴え言葉にならぬ白息よ 田川飛旅子 花文字
牛のこゑ流れて白き息となる 平井さち子 鷹日和
牛の白息田の四方より冬の音 中拓夫 愛鷹
牛市や親仔別れの息白し 井口公子
犇めきて白息競ふ子豚かな 河野 真
犬白息我も白息朝駆けて 菅井康次
献血をしてをりますと息白く 依光陽子
生きるなり白息昭和より重ね 志摩知子
生国を忘れし母の息白し 大木あまり 雲の塔
生徒等のいま反抗期息白く 木村蕪城 寒泉
登校の子等の白息豊かなり 山本よしを
白き息はきつゝこちら振返る 中村草田男
白き息ゆたかに朝の言葉あり 西島麦南
白き息をりをり怒り若き座禅 加藤知世子 花寂び
白き息交わりてより交わる 和田幸司
白き息吐く円周は万国旗 対馬康子 愛国
白き息稀には虹となるべかり 相生垣瓜人 明治草抄
白き息見えゐて言葉届かざる 岡田順子
白き息賑やかに通夜の線路越す 岡本眸
白き息邪魔とも思ひ読経す 藤丹青
白き息黙ればけものめく息よ 津田清子 礼 拝
白ら息はそのまま夜霧コーヒー欲る 町山直由
白壁の囹圄白息紛れやすく 香西照雄 素心
白息で木地師木の粉を吹き払ふ 品川鈴子
白息となるをシヨールに封じゆく 野沢節子
白息とも紫煙とも過ぎ女子高生 角田重明
白息と北斗を残しソウル発つ リンズィー、ドゥーグル・J
白息と気付き駅まで楽しかり 峠 素子
白息に老の一徹通しける 西川五郎
白息のあたたかかりし昔かな 今井杏太郎
白息のかかりしところより近江 永末恵子 留守
白息のかつかつ鬼面をどりかな 矢崎良子
白息のごと紅梅の蕊真白 吉野義子
白息のたのしき口をすぼめけり 綾部仁喜 樸簡
白息のつづくかぎりの生身かな 渡辺恭子
白息のとどかぬ距離でありにけり 谷口摩耶
白息のゆたかに人を恋へりけり 藺草慶子(1959-)
白息のゆるゆる読むや虚子句集 川崎展宏
白息の中の朝日をみつめゐる 桜井博道 海上
白息の人をつつめる石鼎忌 原裕 正午
白息の働く色となりにけり 冨田正吉
白息の内側見えて夫婦かな 吉田紫乃
白息の出てより声す蒟蒻掘 松本康男
白息の列に加はる神父かな 柳田 寛
白息の大きさ競ふ通学路 矢野正和
白息の太きがサラブレッドなり 大石悦子 聞香
白息の新しき闇広目天 小島千架子
白息の日本語をつれ天壇へ 矢島房利
白息の米子といふに明かしゐつ 石塚友二 光塵
白息の続く限りを弁解す 柴田奈美
白息の近づきすぎの畏れかな 平子 公一
白息の闇のつづきに戦火あり 宮田カイ子
白息もて頤までゆさぶる握手残し 平井さち子 完流
白息も身の一部なり濁り捨つ 増田種子
白息やいづこへゆくも坂ありて 朝倉和江
白息やこの木より蛇落ちきしと 宇佐美魚目 天地存問
白息や北斗わづかの片曇 杉山岳陽 晩婚
白息や友よりの金手にし収む 清水基吉 寒蕭々
白息や後仕末つけるだけの旅 杉本寛
白息や悼まれし人をすこし妬く 内田美紗 浦島草
白息や生徒あざむく容易なり 辻田克巳
白息をかけて遺愛の眼鏡拭く 角川照子
白息をからませ聞くにみな片語 栗生純夫 科野路
白息をまづしく妻も勤めの歩 柴田白葉女 遠い橋
白息をゆたかに齢忘じゐる 上川謙市
白息を吐いて朝礼始まりぬ 中村輝峰
白息を吐きて己れをとり戻す 朝倉和江
白息を吹きあげ競売の輪に加はる 宮坂静生 青胡桃
白息を大きく牛の積まれけり 遠藤郁子
白息を失立てゝ世に交はらむ 福永耕二
白息を弾ませ一語まだあらず 鎌田洋子
白息を掌にかけて今日はじまりぬ 石田波郷
白息を殺して詰める登窯 松崎鉄之介
白息を生のすさびと美しく 斎藤玄 雁道
白息を雲のごと吐き杉磨く 殿村菟絲子 『晩緑』
白息交し貯炭場家族煤け果つ 小林康治 玄霜
白息吐く心中火玉燃えてをり 松村多美
白息溢らす別れどいつも太い首(静岡へ転勤ときまり前田氏宅で送別会、兜太・六林男も同席) 飴山實 『おりいぶ』
白息細々と思考の漏れてをり 柴田奈美
白煙白息洩れ陽が太き柱なし 鈴木六林男 第三突堤
白鳥の来しみづうみの息づかひ 藤木倶子
相見るやあたゝかきまで息白し 清水基吉 寒蕭々
真白なる皿の息づく二月かな 島田文江
知礼や白息一対百の向き 高取杜月
短き舌白息と土の句を吐けり 栗生純夫 科野路
石の面へゆく白息をたしかむる 岸田稚魚 筍流し
破魔矢買ふ母の白息触れしものを 橋本美代子
確執の白息もつれもつれけり 岩崎照子
神の名を呼ぶソリストの息白し 吉原文音
称名の十言葉せば十白息 加倉井秋を
竜笛の森の白息ひそかな一夜 木村孝子
笑ってるひとの数だけ息白し 伴場とく子
翁面とりて翁の息白し 中條ひびき
老いてゆく体操にして息白し 五味 靖
老いゆくや吐く息白きときのまも 西島麥南
老犬を引いて曳かれて息白し 矢野知子
聖夜ミサ祈る神父の息白し 小原菁々子
聖歌隊吾子を交へて息白し 冨田みのる
胸中のこゑ白息にこもりけり 加藤耕子
能面の吐く白息の千切れとぶ 中西舗土
脚太き馬の白息多喜二の街 茨木和生 木の國
舞楽面鬼の白息たちのぼる 吉原文音
舟唄の白息あげて最上川 森 玲子
花禰宜の息白々と祓ひをり 山田文子
荒く白し刃物舐いだる男の息 林翔 和紙
荒涼たる星を見守る息白く 野澤節子 黄 瀬
萩白し女人の息のこぼしたる 金箱戈止夫
葬りきて吾を離るる息白し 木村敏男
薄明のまづ鶴守の息白し 淵脇 護
裸詣の酒気を帯びたる息白し 外山緑汀
襟に幣さし白息の情け言 友岡子郷 遠方
言葉はや息の白さとなりて消ゆ 山下しげ人
許されてよりの白息濃かりけり 老川敏彦
許したししづかに静かに白息吐く 橋本多佳子
詩はわが生き甲斐といひ息白く 岩崎照子
話す息聞いてゐる息とも白し 嶋田一歩
誰に声かけても息の白く出て 伊藤通明
讃美歌はすぐにうたへて息白し 岩崎照子
走り来て泣く子の白息豊かなる 村井信子
走り来て白息といふ余力あり 風間 圭
蹄鉄かかへ馬の白息浴びせらる 榎本冬一郎 眼光
身籠りてより白息の濃くなれり 木内怜子
車椅子進め受洗の息白し 冨田みのる
車窓曇らせし別れの息白し 山田弘子 こぶし坂
軽子白息稼ぐ畚を羽ばたかせ 小林康治 玄霜
近よりて白き息吐く櫨紅葉 栗生純夫 科野路
速足のたのしき父の白息くる 桜井博道 海上
遊女の墓馬の白息地を這へり 加倉井秋を
道曲り一人となりし息白し 嶋田一歩
酔ひて言ふも息白ければ信じけり 宍戸富美子
金閣寺なにを言ひても息白く 長谷川櫂 天球
長崎のにんげんの丘息白し 夏石番矢
閉ざすより闇の息づく白障子 片山由美子 水精
限りなき白息母体より出づる 水谷仁志子
雁をわが白息の上に見し 杉山岳陽 晩婚
青年の一語一語の息白し 島津 亮
頬かむりしめりおぶ夜の白息に 大熊輝一 土の香
飛機へ別れの人の白息長く曳けり 田川飛旅子 花文字
餓鬼鴉われの白息奪はれじ 村越化石 山國抄
馬の息白し藁束燃ゆる辻 大井雅人 龍岡村
馬の白息先は玉成し明日あるべし 川口重美
馬を拭きはづむ少女の息白し 福田甲子雄
駆けり来し幼らの皆息白し 山岡黄坡
駆け終へてことさら息の白さかな 阪井邦裕
骨だいておのが白息吸ふごとし 大槻紀奴夫
高千穂へ赭岩踏みゆく息白し 杉田竹軒
鳩籠に少年の息白く迅し 石田波郷
鴃舌(げきぜつ)の「ディッヒ」「リッヒ」と息白し 鷹羽狩行 十友
鴃舌のディツヒ・リツヒと息白し 鷹羽狩行
鴉来て寝起きの白ら息見え始む 岩田昌寿 地の塩
鶴唳の白息見ゆる淑気かな 森澄雄
黒牛の腹の底より白息吐く 殿村莵絲子 牡 丹
黙々と襷の走者息白し 伊藤典子
龍骨は君らの背骨白息吐く 榎本冬一郎
●呼吸
*えいのように豪雨の宿は呼吸せり 大西健司
あぢさゐの海に溺れて鰓呼吸 伊藤敦子
いねつむや通ふ呼吸も柳より 元夢
うぐいすの肺ひと呼吸に五色なす 橋本夢道 無禮なる妻抄
うたかたの呼吸してゐる海月かな 福島晶子
うぶ毛ありて温室の花呼吸しぬ 長谷川かな女 雨 月
きりぎりす赤子の呼吸見てをりぬ 日原傳
さわさわと蓮華開花の呼吸整ふ 向笠和子
その辺の呼吸呑み込み松手入 高澤良一 宿好
たいぼくを伐りたふしふかく呼吸する シヤツと雑草 栗林一石路
はくれんの阿吽の呼吸咲き出すか 高澤良一 素抱
ふとももで呼吸しており秋の蝿 小野田あさみ
むささびや日没以後のわが呼吸 遠山陽子
スキー術変な呼吸がいゝ呼吸 京極杞陽 くくたち上巻
デボン紀の裸子植物のせしごとき浅き呼吸を恋ひつつ睡る 河野裕子
プールの昼餉腹と胸とで呼吸しつつ 中村草田男「銀河依然」
ヘリオトロープ紫の呼吸ひそやかに 文挟夫佐恵 黄 瀬
マヌカンの呼吸毛皮に埋もれて 品川鈴子
七尋や十尋の底へ落花の呼吸 橋本夢道 『無類の妻』以後
亀鳴くごとき呼吸音咽喉にあり 森澄雄
人魚が呼吸する陸で火の匂い 佐藤佳希
冬という文字忽ち呼吸困難よ 阿部完市 証
冬の雨花屋の全身呼吸かな 津田このみ
冷やかや呼吸のあはぬカードキー 鈴木しげを
凩と父の呼吸の鬩ぐに耐へ 野澤節子 黄 瀬
初法鼓おのれの呼吸かぞへけり 目時行雲
口でする呼吸は味なし口かはく 川島彷徨子 榛の木
呼吸(いき)ととのう 菜の花明り 胸明り 折笠美秋 君なら蝶に
呼吸あらく地を抱き泉口づけに 栗生純夫
呼吸さえ真つ赤に染める夕焼けよ 長田聡子
呼吸せぬ窓を見つめてアイス・ティー 吉原文音
呼吸ととのう 菜の花明り 胸明り 折笠美秋
呼吸はげしく盆路作る暮れてなほ 大野林火
呼吸は吐くことが大事や水仙花 石田波郷
呼吸惜しむ老にひとひらづつ落葉 林翔 和紙
問答のしばしみほとけ呼吸せる 和田悟朗 法隆寺伝承
大満月つぎが最後の呼吸(いき)かもしれぬ 折笠美秋 君なら蝶に
子の呼吸(いき)の笛のおさらい鳳仙花 工藤眞智子
室冷えびえ漆器の呼吸安らかに 林翔 和紙
寒鯉の呼吸大きく秤られし 酒井智代
山茶花と同じ呼吸して戻りけり 徳永紀美子
帯より上に成人の日の呼吸富めり 平井さち子 完流
幻化の呼吸 整う 月下の人形師 伊丹公子 ガルーダ
快楽ともいま十呼吸一雷火 藤田湘子 てんてん
急坂を来し呼吸見せず蜜柑採る 津田清子
投扇の呼吸といふを見たるかな 山田弘子 螢川
掌中の蛍に呼吸合せをり 園部雨汀
放生会我にもありし鰓呼吸 村田明博
早春とは母に呼吸のありしこと 森田緑郎
春あけぼの胎児とひとつ呼吸せり 仙田洋子
春天や呼吸きれいな松続く 井上恵
最果てに凍てし地球の皮膚呼吸 樽谷俊彦
果樹園や呼吸はげしき剪定後 豊口陽子
枯れ果てし呼吸(いき)の中なる寒牡丹 山上樹実雄
桐の花傷深ければ呼吸溜める 河野多希女 彫刻の森
梵音と起るや一糸乱れず渦の呼吸 橋本夢道 無禮なる妻抄
椎の実のみしりと太る呼吸器科 大畑等
椿餅呼吸運動ひとやすみ 石田あき子 見舞籠
樹氷林男追うには呼吸足りぬ 寺田京子 日の鷹
次の間が呼吸はじめる二月かな 山本敏倖
母看取る夜は冬芽と呼吸して 小林みさ
海峡や寒夜の鏡が呼吸盗む 寺田京子 日の鷹
消防車群れゆく呼吸困難裡 石田波郷
深夜、静かに呼吸している点滴がある 住宅顕信 未完成
深梅雨の暗い呼吸して寺障子 松村蒼石 雪
満 月 光 液 体 は 呼 吸 す る 富澤赤黄男
満月光 液体は呼吸する 富澤赤黄男
満開の森の陰部の鰓呼吸 八木三日女(1924-)
炎天のとかげのわれを知る呼吸 秋山牧車
炎天へ出る身構へのひと呼吸 阿部美恵子
熱帯魚近寄る眼と合ふ呼吸と合ふ 小口よね子
牡丹罌粟呼吸つまりし眉にかなし 長谷川かな女 花 季
白南風にあらあらと皮膚呼吸かな 前田美智子
白菜の呼吸仏事の深みにて 栗林千津
硫黄回路に 蝶とぶ 細い風の呼吸 伊丹公子 時間紀行
神々の呼吸紅葉の中に聴く 岡村行雄
秋の暮薪割りおえし呼吸きこゆ 古沢太穂 古沢太穂句集
秋風をこんな呼吸で詠めと逝く 高澤良一 随笑
秩父山車曳く灯の海の呼吸づきに 小谷舜花
穂芒に風の呼吸の見えてをり 山田弘子 こぶし坂
羽抜鶏天地の間に呼吸して 栗林千津
翔ちざまの白鳥や呼吸統べて雪 諸角せつ子
胎の子と一つ呼吸に端居せる 上田日差子
胎児いま魚の呼吸や冬銀河 辻美奈子
胸ふかく呼吸せよ欅みな太し 古沢太穂 古沢太穂句集
腹呼吸して水芭蕉水たたむ 諸角せつ子
船傾ぎ阿吽の呼吸鮪釣る 楓巌濤
花に呼吸の通ひあるかや梅鉢草 桜園千代女
若芝ゆく猫の呼吸を二階より 桜井博道 海上
蜻蛉の羽化に呼吸を合せたり 高見岳子
螢追ふ螢と呼吸同じくして 青柳志解樹
越前海女の長き一と呼吸落花の風 橋本夢道 『無類の妻』以後
転倒といふにも呼吸スキーする 依田秋葭
透ける洋蘭の呼吸音です植物園はいま 浅沼参三
過呼吸の少女吐き出す秋の虹 坂間恒子
金魚田の静寂万の呼吸音 塩川雄三
鋭き呼吸の我が胸にして夕時雨 『定本石橋秀野句文集』
錦木やいまひと呼吸すれば散る 岩坪英子
除夜の鐘撞く一と呼吸二た呼吸 後藤一秋
雪降るや紙人形の紙の呼吸 滝井清子
霜の起伏一呼吸二呼吸三呼吸 藤村多加夫
鬼灯の蝕むひと日ひと日呼吸す 岩田昌寿 地の塩
鰓呼吸して一片の夏の雲 山口邦子
鳥食のわが呼吸音油照り 佐藤鬼房 鳥食
麦湯呑む妻との呼吸合うて来ぬ 高澤良一 寒暑
●深呼吸
万緑やまず深呼吸深呼吸 長田美智子
仏像の臍人間の臍深呼吸 中村孝史
朝顔や泣きやみて子の深呼吸 中拓夫 愛鷹
深呼吸して夏蝶を大きくす 高尾豊子
深呼吸して春愁を拂ふべく 鈴木洋々子
深呼吸して観潮の距離はかる 原裕 葦牙
深呼吸するや晩夏の空気入 内田美紗 魚眼石
深呼吸その後ゆきばんばと睦む 池田澄子 たましいの話
深呼吸つづけて二つ大試験 八幡里洋
父よいま冬青空も深呼吸 酒井弘司
王権の凪の底にて深呼吸 江里昭彦(1950-)
秋天へ深呼吸大全校生 川浪広子
金木犀ふいに抱かれ深呼吸 高橋静子
雪解川一深呼吸して海へ 本庄登志彦
麻酔もどり三途の川よりもどる深呼吸 日下部正治
●肺病
子供のとき母は卵を肺病の兄にのみ食わした 橋本夢道 無礼なる妻
秋の蚊が肺病やみを刺しにけり 内田百間
肺病みし頃きし養蜂園あらず 川島彷徨子 榛の木
肺病みて浴衣に乳房はづむなり 井上雪
肺病を養ふ春の海辺かな 春の海 正岡子規
肺病んで炉火赤赤と胸に浴ぶ 中山純子 茜
●結核
鰯雲北にかがやきこころいたし結核家系われにて終る 滝沢亘
母の日や主婦の結核みな重く 山本蒼洋
子らよ後家で結核で死んだお母さんだよ 石橋辰之助
雪降る間も暗き結核彷徨す 林田紀音夫
●肺炎
肺炎の児に蚊帳くゞる霜夜かな 渡辺水巴 白日
●肺活量
櫻見る肺活量を使ひきり 綾部仁喜 樸簡
海の日の肺活量にしては小 村上義長
空港の恐ろしきかな肺活量 星野一郎
絮たんぽぽ肺活量は人並み以下 高澤良一 宿好
肺活量おとろへてをりクロッカス 小林篤子
肺活量とは花菜畑の広さなり 宮崎斗士
肺活量十分なりし獺祭忌 橋本さち子
肺活量大き歌手なり熊祭(イヨマンテ) 高澤良一 寒暑
肺活量少なく踏むは青氷河 竹中碧水史
船長の肺活量や曼珠沙華 大木あまり 火球
●肺尖
●肺胞