●老成●年取る●年寄る●老ひとり●老ひ●老う●老ふ●老い●老ゆ●老け●老化●晩年●最晩年●老事●老齢●老境●年波●耄碌●二度童子●高齢●高齢者社会●老衰●老い耄れ●若返る●若やぐ●回春●老成●年取る●年寄る●老ひとり●老ひ●老う●老ふ●老い●老ゆ●老け●老化●晩年●最晩年●老事●老齢●老境●年波●耄碌●二度童子●高齢●高齢者社会●老衰●老い耄れ●若返る●若やぐ●回春
●老成 
老成も若さも遠し梨をむく 深谷義紀
マント着てみみづくよりも老成す 齋藤愼爾
●年取る
ぞんぶんに年取り燈火親しめり 守田椰子夫
小机に年取るこゝろざしいかに 清水基吉 寒蕭々
年取が済みて炬燵に炉に集ひ 高野素十
年取に月のかけらもしたしくて 三宅一鳴
年取の夜の部屋ごとの灯の華麗 井沢正江
年取の大鰤梁につるしたり 瀧澤伊代次
春昼をきうと年取る魔法瓶 高澤良一 素抱
深山辺のこゝろの風を年取木 井原西鶴
赤城山一つ年取る面構え 高澤良一 寒暑
須磨の浦の年取ものや柴一把 芭蕉
年寄の一つ年とる花見して 平畑静塔
橙や一つ年とり退院す 石田あき子
熊の子も一つ年とり穴を出づ 三橋敏雄
白をもて一つ年とる浮 森澄雄
●年寄る
あっけなく死ぬ年寄りに蕎麦の花 宇多喜代子
この秋は何で年よる雲に鳥 松尾芭蕉
やわき人参年寄り扱いされてをり 高澤良一 素抱
われよりも年寄る海鼠食ひにけり 矢島渚男(1935-)
デモ隊に年寄り多し梅雨晴間 田沼和美
二日月土焼きをして年寄るか 萩原麦草 麦嵐
今少し年寄り見たし鉢たたき 嵐雪
今少し年寄見たし鉢叩 服部嵐雪
今日ばかり人も年寄れ初時雨 芭蕉
塚に添うて年寄る声やきり〜す 野坡
家々によき年寄や瓜の花 森澄雄
年寄がとしとるごとき蓮の骨 松村蒼石
年寄が人のぞきをり返り花 臼田亜浪 旅人
年寄が通るたび蓮掘りださる 秋元不死男
年寄たちに犬ころ草の枯れてけり 臼田亞浪 定本亜浪句集
年寄ったなりの咲き方桜もす 高澤良一 燕音
年寄と見るや鳴蚊も耳の際 一茶 ■文政二年己卯(五十七歳)
年寄におしやれの勧め十夜僧 安浦典子
年寄に夜長の長くなりしかな 勝又一透
年寄に木の葉拾はせ狐呵呵 星野石雀
年寄に開けすぎたる避暑の町 吉良比呂武
年寄のうつけ涙や梅見酒 青木重行
年寄のうなじの胼のいたはしや 河野静雲 閻魔
年寄のひや酒のどをまろびけり 斎藤四郎
年寄の一つ年とる花見して 平畑静塔
年寄の声の一粒初景色 綾部仁喜 樸簡
年寄の夢の淡さよ宝船 後藤比奈夫 めんない千鳥
年寄の手をもみはじむポポー枯葉 和知喜八 同齢
年寄の日と関はらずわが昼寝 石塚友二
年寄の知恵さりげなし鴨足草 黛 執
年寄の知恵出しつくし端居せり 能村登四郎 菊塵
年寄の羽打ちつれたり常楽会 森 澄雄
年寄の腰や花見の迷子札 小林一茶 (1763-1827)
年寄の足で一里の青嵐 加藤宵村
年寄の部類に入り夜の長し 高澤良一 寒暑
年寄はみんな曲者唐辛子 田中兼豊
年寄りし姉妹となりぬ菊枕 星野立子
年寄りてたのしみ顔や絵双六 飯田蛇笏 山廬集
年寄りて信心かたし生身魂 飯田蛇笏 山廬集
年寄りて帯どめの朱や秋袷 飯田蛇笏 霊芝
年寄りて気力失せたる懐手 吉良比呂武
年寄りて牛に乗りけり蔦の路 木節 (甲斐の身延に詣ける時、宇都の山辺にかゝりて)
年寄りと年寄りの妻牛蒡蒔く 本宮哲郎
年寄りにやがて菖蒲の咲く時間 宇多喜代子 象
年寄りに従うことも冬構 宇多喜代子 象
年寄りに相応の風初詣 宇多喜代子 象
年寄りのひとつぱしりや葱坊主 小島千架子
年寄りの日のつばくらを高く見き 岸風三樓
年寄りの泣き虫地蔵蝉きこゆ 和知喜八 同齢
年寄りの箸を逃げたる海鼠かな 中村祐子
年寄りの聞えぬ振りの朧かな 日下部宵三
年寄りの話大事に茄子の花 石川幸子
年寄りの足の確かや夕遍路 高野素十
年寄りの部類に入るか氷水 高澤良一 随笑
年寄りは平屋を好む枯十賊 高澤良一 素抱
年寄りをおどしてゐたり鳥威 清水基吉
年寄れど娘は娘父の春 立子
年寄れば五箇山よしと豆を蒔く 新井徳子
年寄れば混浴ゆるす薄紅葉 青木重行
年寄れば痒くなるなり春の家 岩下四十雀
年寄れる工女秋野に繩とべる 高濱年尾 年尾句集
年寄草種取りつくし秋に別れる 人間を彫る 大橋裸木
年寄薪割る春近き風をよろしみ 人間を彫る 大橋裸木
庭の木のみな年寄りぬ草むしり 波多野爽波 『一筆』
彼岸の道の年寄の声におくれつつ行くや 梅林句屑 喜谷六花
懸り藤年寄りかくもうつくしや 宇多喜代子
新渋を買ひに年寄連れて来し 森 ゆきお
日が当り過ぎて年寄る夏の鴨 小宅容義
此の秋は何で年よる雲に鳥 芭蕉
武隈とはや年寄名若葉風 久保田万太郎 流寓抄以後
水をみすぎて亀に似てくる年寄り 長田仁人
瓢蒔き年寄りくさくなりにけり 森田公司
町内の年寄はかりや御命講 御命講 正岡子規
石で飾る穴と年寄りばかりなり 宇多喜代子
考えていると年寄る片時雨 池田澄子
船が映るまで仏壇磨く島の年寄り 西川徹郎
落花嗅ぎ年寄る象の浜子さん 高澤良一 寒暑
読経すませし真夜の年寄がぞくぞく寒がる 人間を彫る 大橋裸木
金柑や年寄り順に消ゆる島 川崎展宏 冬
鉾を組む年寄りたれど力瘤 西村和子 かりそめならず
霜踏んでだんだん年寄じみてくる 小出秋光
霞む日の年寄をあるき越しけり 佐野良太 樫
音もなく僧が年よる一夏かな 松本雨生
●老ひとり
刈株をいちいち起し老ひとり 長谷川素逝 村
古老ひとり碧雲居忌の釣堀に 渡辺恭子
朝顔にうつむき癖の老ひとり 林田紀音夫
注連作るさやけき音の老ひとり 谷口米雄
灼雲に老ひとりゐる黍畑 田中ひろし
老ひとり印旛の沼田打てるのみ 阿波野青畝
花野にて鴉のごとき老ひとり 原コウ子
逆縁の迎火焚いて老ひとり 上林白草居
冬耕に土浄めゐる老一人 荒井正隆
摂待や暫く憩ふ老一人 高浜虚子
淵に石擲げて雨乞ふ老一人 高浜虚子
湯気立てゝいつもの部屋に老一人 山県光子
白魚汲む時はづれなる老一人 高濱年尾 年尾句集
老一人いつまで煤の始末かな 高浜虚子
老一人のせて静かに遊び舟 富安風生「十三夜」
老一人秋の遍路のあはれなる 國貞たけし
老一人門田刈るなる月夜かな 百童
蕎麦刈の老一人にて足らふなり 大串 章
釣堀やゆゑなく寄れぬ老一人 石川桂郎 高蘆
離れ家に爐開早し老一人 炉開 正岡子規
麦蒔やいつまで休む老一人 高浜虚子
●老ひ
この家を離れず老ひぬ茗荷の子 光信喜美子
チユウリツプ風車座のスタア老ひにけり 田澤二郎
八十は老ひの序の口牡丹咲く 平阪聖英
呟き稼ぐ老ひし軽子の水洟は 小林康治 玄霜
寒天の電柱老ひしと言ふべき乎 草薙朱砂郎
書庫古りて書魔老ひて花散りやまず 竹下しづの女句文集 昭和十一年
月光の父垂直に老ひしかな 松本恭子
枸杞の実や老ひて見飽かぬ海の果 神原栄二
栃老ひて有るほどの実をこぼしけり 前田普羅 飛騨紬
極月や一日が一年母の老ひ 丹羽武正
白峰に花無し鶯老ひにけり 雑草 長谷川零餘子
目貼して繭のごとくに老ひし母 木内彰志
竹の花父は影から老ひ始む 森須 蘭
老ひた木にからびつきけり梅の花 梅 正岡子規
老ひてこそなほなつかしや雛飾る 及川貞
老ひとつこれを荷にして夏衣 服部嵐雪
老ひ果てて己が身のなるふきべかな 八十五翁-天海 選集古今句集
芝刈のままに老ひたる男かな 伊東達夫
花吹雪く窓をそがひに司書老ひたり 竹下しづの女句文集 昭和十三年
送り火やひとつづつ老ひ給ふなり 早瀬仁子
首夏の風影から老ひるわが姿 甲斐たけし
鬼灯や老ひても妓女の愚かしき 黒柳召波 春泥句集
●老う
くさめして炎天老うる齢ならず 冨田みのる
この森に籐椅子向けて老うるらし 稲垣きくの 牡 丹
初髪や姑となりても老うまじく 堀恭子
女房をたよりに老うや暮の秋 村上鬼城
林檎摘花の脚立寄せ合ひ夫婦老う 宮津昭彦
炎天に怒りおさへてまた老うも 大野林火(1904-84)
父と子の外套紛ひ母も老う 吉屋信子
老うことの愚かしく蝦夷うつぎに佇ち 長谷川かな女 牡 丹
蝉の青春その木漏れ日に夫と老う 殿村莵絲子 牡 丹
送り火を焚きて戻りてまた老うる 猿橋統流子
鶏頭の熱気に老うや酔はやし 伊藤京子
●老ふ
炎天に怒りおさへてまた老ふも 大野林火
林檎摘花の脚立寄せ合ひ夫婦老ふ 宮津昭彦
●老い
「日暮し」とやつと解ければわが老いの元年とせむ蜩のこゑ 西村尚
あかゞりや傾城老いて上根岸 皸 正岡子規
あなたは勝つものとおもつてゐましたかと老いたる妻のさびしげにいふ 土岐善麿
あらたまの火を呑んで鮟鱇老いせぬや 中勘助
あら壁やこほろぎ老いて懸烟草 懸煙草こほろぎ<虫+車> 正岡子規
ある夜ひとりともして夏も老いし灯よ 安住敦
ある日彼どつと老い増す冬帽子 黒田杏子 木の椅子
あをねとは青き嶺の夏老いにけり 久保田万太郎 流寓抄
いたずらに老いてしまひし獺祭忌 富田直治
いたづらに梅老いけりな藪の中 梅 正岡子規
いちにちを老いし灯を消す夜のちちろ 新明紫明
いつか老い祭提灯吊らんとす 田中朗々
いつしかに白虎となりて老いにけり 高屋窓秋
いつまでも老いぬあはれや切山椒 石田波郷
いつも忌に横顔の子規老いし子規 山口誓子
いつよりかわれを娘と思いいる老いの爪きる梅雨の日暮れは 水谷きく子
いまは老い蟇は祠をあとにせり 三橋鷹女
うからやから老いては泣けり夜の秋 岸田稚魚
うぐひすや苔滑かに舌老いたり 会津八一
うすものになまめきて僧老いたまふ 上野さち子
うたよみて老いざる悲願霜の天 飯田蛇笏 雪峡
おきまつり紫衣の楽士の頬の老い 荒牧澄子
おない年めをと相老い福沸 牛尾泥中
お互ひに医師として老い旅紅葉 嶋田一歩
お蚕守りて秋を老いゆく父と母 太田鴻村 穂国
かかる間も人は老いゆく鳥曇 武藤和子
かくれんぼの鬼とかれざるまま老いて誰をさがしにくる村祭 寺山修司
かたつむり老いて睡りを大切に 長谷川双魚「風形」
かまつかや老いの遊びの太極拳 今村博子
かりがねの里親として老いゆかな 黒田杏子 花下草上
ががんぼの壁打つ時も老いゆくか 辻美奈子
ががんぼや老いて臥所も書屋裡に 皆吉爽雨
くすし老い潔癖にして狭量なり 藤木清子
けぶるごと老いていつまで落葉焚 鷲谷七菜子 花寂び
けむり茸けむり出さねば老いきれず 斎藤梅子
けむるごと老いて草屋の雛守る 本多令佳
こいさんのまま老いたまふ浴衣かな 三村純也
こころざし半ばに老いて夕端居 元木椎圭(航標)
こざけ汲む杓子も友も老いせぬや 中勘助
こち吹くな老いは冷たし野蒜つみ 中勘助
ことごとく老いて鯨の煮ゆる昼 攝津幸彦
この家を離れず老いぬ茗荷の子 光信春草
この島に素直に老いて二日灸 米倉沙羅女
この椅子にぬくみ與へて老いにける 篠原鳳作
この里に老いて悔なき生姜酒 加藤あき江
この雛とわれといづれが老いたるや 下村梅子
こほろぎの老いし一つは神の琴 石塚友二 光塵
こほろぎの老いては姿見せず鳴く 池田秀水
こほろぎや厨に老いてゆくばかり 有馬籌子
こほろぎや雨ばかりなる秋に老い 林原耒井 蜩
これしきの風邪に倒るゝ老いしかな 八島半仙
こんなふうにひと老いゆくか蘭の花 西山逢美
さうぶ湯に老いたる獅子に似て沈む 伊藤白潮
さなぶりや須佐之男ここに老い給ふ 角川春樹 夢殿
さぼてんの名の老いらくの恋といふ 富安風生
しんしんと肉の老いゆく稲光 玄
すずかけの花咲く母校師も老いて 河野南畦
すでに未来を老いて近江に立つ杉よ 横山康夫
すべてを呑みこんでのどぼとけめでたく老いた 最首光三
せきれいやここまで流れ水老いぬ 佐藤海史
それぞれに老いて集へり寒の葬 山口超心鬼
ぞろぞろと来て皆老いぬ石蕗の花 金箱戈止夫
たすからぬ病と知りしひと夜経てわれよりも妻十年老いたり 上田三四二
たそがれに咲ける蜜柑の花一つ老いの眼にも見ゆ星の如くに 谷崎潤一郎
たはやすく老い母冬に入りゆけり 岸田稚魚 『雪涅槃』
たぷりたぷり潮容れて突堤老いゆくか 赤城さかえ句集
たわいなく老いてつるりと衣被 北見さとる
たわむれに老い行く如し冬の海 永田耕衣 葱室
だいがさをかたげて老いし雛かな 久保田万太郎 草の丈
つくづくと偕に老いたり掘り炬燵 藤崎 実
てのひらに繭美しく老いたしや 古館曹人
てのひらのぶ厚く老いて走り蕎麦 蛯名晶子
とまり木に老いける鷲や青嵐 水原秋桜子(1892-1981)
とめどなき涼風に松老いにけり 大峯あきら 宇宙塵
ともに老い一師一生石蕗の花 近藤一鴻
とりどりの菜飯を散らし母老いぬ 石 寒太
どんたくの仮面はづせし人の老い 橋本多佳子
にはとりも妻も老いたり麦こがし 中島畦雨「山の子」
にんげんに老いる贅沢冷奴 丘はるか
ぬく〜と老いてねむれる田螺かな 原石鼎
ねもごろに叩き牛蒡や老いの為 東亭
のうぜんの花も老いたる帰省かな 青柳志解樹
はつたい粉老いに置き去り喰らひけり 後藤綾子
はな水や看護婦老いて耳うとき 河東碧梧桐
はらからの老いはわが老い柏餅 渡辺立男
はるしやぎく母は沖澄む日も老いて 神尾久美子 掌
はんかちや母におくれて老いつつあり 池田澄子「たましいの話」
ひからびて煤けてな老いそ骨正月 見市六冬
ひとり冷や酒野獣老いたかヤイ 隈 治人
ひッきやうは老いの気弱の小春かな 久保田万太郎 流寓抄
ふぐ老いてわらつてゐしが釣られけり 筑網臥年
ふたもとの松も老いけり初日影 遠藤 はつ
ふと甘き汗の香が立ち老い難し 赤城さかえ句集
ふりかぶる花の千筋に栗老いぬ 金久美智子
ふる里に残りて老いて冬菜漬く 河野伊早
ほうほうと風呂吹召され老いたまふ 林紫楊桐
ほたる火や出奔の計老いたれば 黒田杏子 花下草上
ほどほどに老いて紅葉の山歩き 能村登四郎
ぼうぼうと秋鯖燃やし老いてをり 矢野さとし
ぼうぼうと老いの童謡しゃぼん玉 八木三日女 赤い地図
ぼんやり老い青葉とお腹帯の寺 諸角せつ子
まばたきをする間も老いて未草 木村敏男
ままははも老いて行水したまへり 草間時彦 櫻山
まろやかに炭斗古りて母老いぬ 井口ひふみ
みづいろの蚊帳に別れて老いやすし 長谷川双魚 風形
みづはさす八十路の老いに梅しろき 久保田万太郎 流寓抄
みどりの日昭和一桁老いにけり 稲畑廣太郎
みな老いて水の近江の花巡り 橋本榮治 逆旅
むさし野の欅と老いて年を守る 渡辺恭子
むつまじき老いの夫婦や桜餅 田中冬二 麦ほこり
めつらしや蕣老いて花一つ 朝顔 正岡子規
めッきりと園主老いたる梅見かな 久保田万太郎 流寓抄
ものの芽や老いてをんなの句会好き 黒田杏子 花下草上
もろ聲に老い鶯よ君を泣け 佐藤春夫 能火野人十七音詩抄
やすやすと木流しさばく老いの顔 市川昌子
やぶ入もせぬ迄老いぬ秋の風 秋風 正岡子規
やまべ宿馴染の媼も老いにけり 永田青嵐「永田青嵐句集」
やや老いての 胃の飢え清ら 敗戦日 伊丹三樹彦 樹冠
やらふべき心の鬼も老いにけり 清水基吉(1918-)
ゆふぐれはひとみな老いてあゝいそぐ 片山桃史
ゆふべ地にわれを迎ふる犬老いし 藤田初巳
りんどうの花圃あり牧夫老い住めり 及川貞 夕焼
わがために武具を飾りぬ老いまじく 深見けん二 日月
わが庭の春を見つけた老いの足 山下十多楼
わが眼もう老いず近くを蜂通る 藤田湘子 てんてん
わが老いの業はねむれずあけやすき 久保田万太郎 流寓抄
わが老いを瞑りて見る冷やかに 遷子
わが身また一つの暦 二十世紀の末期の水を飲みて老いゆく 新井貞子
わが鼻梁痩せたり蝉も声老いし 木村 風師
われも老い妻も老いけり桜餅 田中冬二(1894-1980)
ゐさらひも老いたるかなや初手水 小林草夫
をかしげに夫婦老いをり初日中 知世子
アメリカに老いて悔なき雑煮餅 小田華泉
オラシヨ誦し律儀に老いて夏羽織 小原菁々子
クローバーにしづしづ癒えて老いてゆく 阿部みどり女 『陽炎』
クロ老いて人に似て来ぬ秋の暮 藤岡筑邨
グラジオラス老い継ぐことの繊細に 阿保恭子
ゴマを摩る手配り手捌きまだ老いず 百崎左人
ジキル博士もハイド氏も老い日向ぼこ 吉田汀史
セルを着て不肖なる子も老いむとす 百合山羽公 故園
セル着るや老いたる母の前にたち 百合山羽公 故園
セーターの赤が似合ひて老いにけり 大久保橙青
タンポポを踏み病院へ老いに行く 遠山陽子
チューリップ或る日或る刻老い易く 三橋鷹女
ノブエちう老いたる春の麒麟かな 辻桃子 ねむ 以後
ポケットに胡桃少年老いやすき 石田阿畏子
ポスターの彼を老いしむ街薄暑 殿村菟絲子 『牡丹』
マリア老いて近頃人からは見えぬ 池田澄子
リラの花人を愛して老いまじく 藤田厚子
レース編み呉れし少女も老いにけり 堀口星眠 営巣期
一つ松老いし讃岐の青田かな 大峯あきら 宇宙塵
一塊の雪を抱きて老いゆく樹 原コウ子
一度負けてそれから老いし角力かな 野村喜舟 小石川
一日に遊女の老いる若葉哉 若葉 正岡子規
一日を花に遊びて老いゆくや 深見けん二
一月は鐘を鳴らせよ老いたれば 後藤綾子
一本で足る瓜揉みや老いふたり 小坂部佳代
一生を島に老いたる日向ぼこ 上野泰 春潮
一生吾に離れじと必死の妻の目は老いず 橋本夢道 無類の妻
一番茶含み老いゆく微動あり 殿村菟絲子 『菟絲』
一竿の老いの物干す彼岸明け つや女
一羽のさびしい鶏よりも旗振りは老いて 細谷源二
一芸に老い詩酒に生き更衣 高木青巾
一間のみ掃きて老い住みおけら鳴く 河野頼人
七人の敵も老いたり山紅葉 川元達治
万歳やもどりは老いのはづかしく 千代女
万緑の底に目覚めて老いゆくか 岡本差知子
三十にして我老いし懐爐哉 懐炉 正岡子規
下駄箱に下駄は老いつつ桐咲けり 桑原三郎「不断」
不知火の語り部として禰宜老いぬ 柴田田鶴江
世に在るも老いぬ古木の梅白し 石塚友二 光塵
世に老いし機械磨けり鉄工忌 細谷源二 鐵
中乗りは木曽に老いけり花筏 小林一雨
串柿や老いてやまざる独語癖 上野可空
丹念に炭つぐ妻の老いにけり 臼田亞浪 定本亜浪句集
久の友梅雨の洋傘つく手の老いぬ 中島斌男
乞ふ臘梅この家夫妻も老いてをり 及川貞
亀鳴くといふ貌をして母老いぬ 小檜山繁子
亀鳴くと言ひふらしつつ老いにけり 亀田虎童子
亀鳴けり恋に恋して老いぬれば 山司英子
二畝の冬菜そだてて母老いぬ 船越 幸子
五欲まだ枯れず老いしよ遠砧 望月明
亜麻色のわが髪老いぬ秋日差 上野さち子
人なりに人は老いけり花めうが 八田木枯
人は老いてまた手をつなぐ榎の実 中西夕紀
人よしの日焼まさりて老いにけり 石原舟月 山鵲
人ら老い冬の薺に膝をつく 金子皆子
人ら老い薺ほとけの座はみどり 櫛原希伊子
人参を噛めざるほどに馬老いて 横山三葉
人妻の老いけり御忌の朝詣 大魯
人日やしづかにどもりわれ老いし 片桐千東
人老いず梅雨のくらきをさへ忘れ 久保田万太郎 流寓抄
人老いて仕掛花火の船を漕ぐ 加倉井秋を 午後の窓
人老いて幼なに還る寒牡丹 福田蓼汀 山火
人老いて末子可愛し雛祭 雛祭 正岡子規
人老いて祷りの長し秋の野に 依田明倫
人老いて胡桃の花の下通る 前澤宏光
人老いて頭巾に物の好みあり 頭巾 正岡子規
人老いて頭巾に色の好みあり 頭巾 正岡子規
人老いぬ巨燵を本の置處 炬燵 正岡子規
人老いぬ焚火埃を眉につけ 淡路女
人語行き 虎老いて 虎の斑もなし 折笠美秋 虎嘯記
人語行き虎老いて虎の斑もなし 折笠美秋
仏教や理髪の椅子も老いゆけり 攝津幸彦
代田とは腰から老いてゆく聖地 櫂未知子 蒙古斑
仰ぐたび人は老いゆく寒桜 木村日出夫
仲秋や月明らかに人老いし 高浜虚子
会ふことも老いたることも菊の前 遠藤梧逸
伝中の茂吉老いゆく霜の夜を 相馬遷子 山河
住み老いて飲む茶碗のお湯焚火ちら〜映り 安斎櫻[カイ]子
住み馴れしとは老いしこと犬ふぐり 長谷川久美子
何の木か忘れて老い木花咲ける 大串章 百鳥 以後
何業をして老いしかと 塔婆の眼 伊丹三樹彦 写俳集
佳き相に母老いにけり小豆粥 西嶋あさ子
俗吏とし老いメーデーの列にあり 岸風三樓
保養所の猟犬にして老いにけり 深見けん二 日月
俳諧に老いて好もし蕪汁 高浜虚子
俺が老いるとは嘘のようだが老いている 田中陽
健かに母老い玉ふ初日かな 会津八一
健やかな老いのごとくに冬晴るる 小見山希覯子
健やかに老いて欠かさぬ二日灸 荻田小風
僧形の老いし遍路のひとりゆく 高濱年尾 年尾句集
僧老いて耳の長さや湯豆腐に 大橋櫻坡子 雨月
億劫となり老いらくの草むしり 國吉ヤス
元日の鎌倉の山老いにけり 長谷川浄泉
元日やいつから老いて老の座に 余子
兄弟は病み父さんはいよよ老い二上山は晴れていますぞ 池田はるみ
充分に老いて蓬に変身す 中尾寿美子
先急ぎしてをり老いの絵双六 鈴木清
入学のかなはぬおとと父老いぬ 森川暁水 黴
八月の思ひうすれて老いゆくか 川崎展宏 冬
八月や老いの愛せし白襲 筑紫磐井 婆伽梵
公魚も諸子も不漁漁夫老いし 森田かずを
共に老い恩愛深き夏炉焚く 城取信平(みすゞ)
兵なりし脚は老いずと富士詣 柏木久枝
再会のはらから老いぬ心太 平田 千鶴
冬がすみ草加次郎も老いにけむ 筑紫磐井 花鳥諷詠
冬の航跡老いのひろがりゆくごとし 長谷川双魚 風形
冬の鵙男に老いのはやきかな 大野悠子
冬の鷲爪みじかくて老いにけり 桂信子 黄 瀬
冬凪や老いても太き祖父の腕 安部亜紀
冬夜うたう信濃馬子うた君老いざれ 古沢太穂 古沢太穂句集
冬御空老いて召されしもの多し 水原秋桜子
冬椿母を老いしめしは誰ぞ 上田五千石 森林
冬瓜と老いて友誼を深めけり 相生垣瓜人
冬空に老いの乾きに似し手伸ばす 中戸川朝人 残心
冬菊を活け老いざまを慈しむ 殿村菟絲子
冬蝿につきまとはれて老いゆくか 伊藤白潮
冴返る海やりんりん老いの謡 加藤知世子 花寂び
冷まじや声まで老いし山羊を飼ひ 源鬼彦
冷酒や老いて達者に嘘もつき 赤尾恵以
凍港の波と耳鳴る母よ老いたり 辻升人
凡才のままで老いしよ梅三分 加藤きみえ
刈株に螽老い行く日數かな 蝗 正岡子規
初あかりして稚き松老いし松 軽部烏頭子
初写真老いと幼なを芯に据ゑ 平塚まさ子
初夢もなくて老いゆくばかりなり 永田耕一郎
初富士や古き軒端に妻と老い 遠藤梧逸
初日拝み聖のごとく野夫老いぬ 一戸耕雨
初明りして稚き松老いし松 軽部烏頭子
初火桶みな親しくて替老いて 長谷川かな女 花寂び
初詣一度もせずに老いにけり 山田みづえ
初風呂の十六貫はまだ老いず 原 赤松子
別れ霜庭はく男老いにけり 正岡子規
剣を鍬に替へ父老いぬ乃木祭 福田蓼汀
助木に吊るされていて老いて夏 宇多喜代子
動物園に老いたる姉を置き忘れ 橋本輝久
北きつね老いさらばえて昼遊ぶ 津田清子
北国に老いて棚田の水落す 山藤青甫
北国に老いて楽しく毛皮着る 長谷あき女
十一月三日は必ず空が青くてわたしたち老いらく 荻原井泉水
十六夜や老いを重荷と思はずに 鮎沢紀子
十六日祭老いたる母に涙ぐむ 真 囁生
千鳥も老いも夜明けの素足九十九里 太穂
半生を司書とし老いて文化の日 佐久間潺々
単衣着て老いじと歩む背は曲げず 鈴木真砂女 夕螢
卯月浪父の老いざま見ておくぞ 藤田湘子「春祭」
厚目貼母ひたすらに老いゆくか 橋本榮治 麦生
原爆忌その語り部も老いにけり 松本雅子
去年よりも老いて祭の中通る 能村登四郎
去年今年ニ-チェを読んで老い知らず 野崎ゆり香
又少し老いゆくための春支度 竹内桂子
友も老いぬ祭ばやしを背に歩み 木下夕爾
友ら老いてうぐいす谷の橋の上 佐藤佐保子
友ら老いゆきほおずきは赤らむよ 脇りつ子
口あけて大工老いたり三尺寝 細谷源二 鐵
古書店や老いつどうかに敗戦日 諸角せつ子
古郷に老いて川音しぐれけり 鈴木花蓑句集
古里の人々老いし燈籠かな 岡本松浜 白菊
古里や嫂老いて萵苣の薹 高浜虚子
古雛の老いざるあはれ飾らるる 大熊輝一 土の香
右の耳無くて老いたり猟の犬 小泉静石
合歓の花夢をもたねば老い易し 福田蓼汀 秋風挽歌
合歓の花母を知らずに老いにけり 山水まさ(浮野)
合歓の花観ているかぎりわれ老いず 杉山蘇翠
吊し柿老い相つどふごとくなり 田中灯京
同齢者老い透明な茅花流し 能村登四郎(馬酔木)
名月やひとり老いゆく峰の松 大峯あきら 宇宙塵
吏の妻として老い早し花南瓜 猿橋統流子
向日葵の老いきれざるを抜きにけり 肥田埜勝美「太郎冠者」
向日葵は実となり実となり陽は老いぬ 篠原鳳作 海の旅
吟行のわれら老いたり枇杷の花 高澤良一 さざなみやつこ
吾が死後も人等老いゆき冬山河 居邑雀羅草
吾につく十年患者老い涼しき 相馬遷子 雪嶺
吾も老いぬ汝も老いけり大根馬 高浜虚子
吾亦紅老いて焦茶を着こなせる 後藤比奈夫
吾子娶り良夜かすかに老い重り 能村登四郎 有為の山
呟いているは老いなり雪囲い 田中徹男
哀楽のこゝろも老いぬ冬籠 河野静雲 閻魔
唄ふ唇が/夜空に/老いて/老いゆく世紀 林桂 黄昏の薔薇 抄
唐芥子酒飲む妾老いんとす 森鴎外
啓蟄やふさぎの虫は老いもせで 柯城
喇嘛僧の冬うらゝかに老いにけり 大場白水郎 散木集
噛みタバコの唾吐いて波止場で老いゆく 下山英太郎
囀りの旺んや髪に老いきざす 雨宮抱星
四十にて町医老いけり七五三 相馬遷子 山国
団扇さへ軽きを欲りて母老いぬ 大橋敦子 手 鞠
団扇はさみて父の歩みの老いたりし 阿部みどり女 笹鳴
団栗を踏み行く蹠まだ老いず 鳥越すみこ
園丁は老いゆくばかり種を採る 松林 慧
地獄痣なく老いにけり四月馬鹿 阿部みどり女 『雪嶺』
地獄谷くらく鴬老いにけり 吉澤卯一
垣を成す桑の木老いて実の多き 桑の実 正岡子規
埋み火のごとき想ひも老いにけり 草間時彦
埋火の側に老い行く獵男哉 埋火 正岡子規
城山の鴬老いぬ鮎食ひに 雑草 長谷川零餘子
塔聳ゆ老いたる鹿の目の奥に 池田琴線女
墨東へ老いの見舞ひの初鰹 秋山巳之流
声のよき僧も老いたる十夜かな 河野静雲 閻魔
夏ぐみや息やはらかに牛老いし 黒杉多佳夫
夏は老いた かさりかさりと黍の村 伊丹公子 陶器の天使
夏山の地図古り母も老いたまふ 石橋辰之助 山暦
夏手套指より老いて勤め長し 岡本 眸
夏木仰げば花をこぼして老いにけり 渡辺水巴 白日
夏果ての男は乳首のみ老いず 能村登四郎「寒九」
夏炉守り嫁の座守りて老い給ふ 高木晴子 花 季
夏老いし夕映うつる鏡かな 久保田万太郎 流寓抄
夏老いし蝶の木の間をわたりけり 久保田万太郎 流寓抄以後
夏老いし雲の夜めにもしろきかな 久保田万太郎 流寓抄
夏老いぬバスのあげゆく砂ほこり 久保田万太郎 流寓抄
夏老いぬ三菱倉庫月を背に 久保田万太郎 流寓抄
夏老いぬ線香つくりは香に染みて 太田鴻村 穂国
夏葱きざむなんという妻の老いた音 斎藤白砂
夏雲生む末の松山松老いて 成瀬桜桃子
夕ざくら珊瑚磨きて老いゆくも 鍵和田[ゆう]子 未来図
夕桜老いていよいよ童顔に 小山かつみ
夕波や牡蠣に老いたる船の腹 芥川龍之介
夕顔や老い深みゆく花明り(母) 野澤節子 『八朶集』
外套の前下るなり老い給ふ 殿村菟絲子 『路傍』
外套の老いたる父にふと遅れ 三谷昭
夜ざくらや老いて妖しき夢をみる 清水基吉
夜学生老いたる髪をかきあげぬ 近藤 実
夜桜や祭見んとて老いにゆく 森澄雄 浮鴎
夜桜や老いて妖しき夢をみる 清水基吉
夢みて老いて色塗れば野菊である 永田耕衣 悪霊
大あめの洗ひし地肌にちぎれつつ草の老い 梅林句屑 喜谷六花
大き手もて鰤つかみ佇つ老いし漁婦 柴田白葉女
大き素手もて鰤つかみ佇つ老いし漁婦 柴田白葉女 牡 丹
大又の柳に夏も老いにけり 道芝 久保田万太郎
大寒の芦屋に処女老いゆくと 下村槐太 天涯
大山や鶯老いて女阪 老鶯 正岡子規
大月夜老いては壁となりゆけり 杉本雷造
大白桃をとこをんなの老いにけり 鍵和田[ゆう]子 飛鳥
大空の鏡に老いて牡丹散る 猪狩セイジ
大航海時代の眼だ リスボンの露台で老い 伊丹公子 山珊瑚
天命は詩に老いてけり秋の暮 加藤郁乎 秋の暮
天山の夕空も見ず鷹老いぬ 藤田湘子(1926-)
天網に老いまぬがれず去年今年 藤田真木子
夫と老いむ去年のゆかたの肌ざはり 殿村莵絲子 遠い橋
夫妻老い子等尋常に梅の花 遠藤梧逸
夫婦老いどちらが先かなづな粥 草間時彦
夫婦老い涙見せ合ふ終戦日 殿村菟絲子
夾竹桃二階の窓に人老いて 藺草慶子
夾竹桃機関車老いて捨てらるる 山本朱鷺男
女老い七夕竹に結ぶうた 鷹女
妹老いぬ目刺焼く火の浄らかに 渡邊水巴 富士
妻も老い柊咲くと囁ける 加倉井秋を
妻老いて冷索麺の葱きざむ 遠藤梧逸
妻老いて母の如しやとろろ汁 成田千空
妻老いて蛞蝓を溶かしてしまふ 加倉井秋を
妻老いぬ春の炬燵に額伏せ 富安風生
姉老いて夏帯も濃きみどりとす 山口青邨
姉若く妹老いぬ夏蜜柑 小澤實「砧」
威銃老い細る身に火薬の香 大井雅人 龍岡村
嫁ぐ娘に老いたる母の夜なべかな 中田隆子
嫁した 老いた 涙は島の西風(にし)で涸れた 伊丹三樹彦 覊旅句集三部作 島嶼派
嫁姑どちらも老いて夏大根 松浦都也
子に頼る老いの住み替え年の暮 鈴木いね子
子を抱いて我老いにけり月今宵 尾崎紅葉
子規庵の秋は淋しや我も老いぬ 高浜虚子
存分に老いて蓬に変身す 中尾寿美子
客女将ともに老いけり釣忍 今村 薫
宮大工老いては蘭を愛しけり 野村喜舟
寄居虫鳴くゆふべ少年老いにけり 大石悦子 百花
寄植の春の七草老いにけり 大場白水郎 散木集
寄鍋に熱き唇付け老いず 津澤薫楠
寒取や手取と言はれ言はれ老い 大場白水郎 散木集
寒取や手取りといはれ〜老い 白水郎句集 大場白水郎
寒寒と鐘を撞くなり国老いぬ 和田悟朗 法隆寺伝承
寒灸の肩を互に老いゆくか 舞原余史
寒牡丹声掛け合ひて老いにけり 須田光香
寒禽の山を歩いて老いゆくも 市場基巳
寒紅や老いさまざまに三姉妹 三好昭美
寒菊や昔女は老いにける 寒菊 正岡子規
寒菊や耳をゆたかに老い給へ 越高飛騨男
寝てさめて老いゆく花菜明りかな 長谷川双魚 風形
寺清水西瓜も見えず秋老いぬ 西瓜 正岡子規
尉鶲ほのかな老いを置いてゆく 山田みづえ
尋常に鶯老いる小藪哉 老鶯 正岡子規
小屋掛けてゆるゆると老い西瓜売 鍵和田釉子
小満や老いたるインコ羽ばたきぬ 蘭東子
小町忌の老いても母の富士額 西浦昭美
少壮老い易く二日灸かな 高田蝶衣
少年のままに老いたり柿若葉 早崎洋子
少年の老いたるわれか桃の花 山上樹実雄
少年は老い草笛は鳴らざりき 玖保律子
少年老いたり返り点めく猫柳 原子公平
少年老い空蝉と目を合はせけり 山口正心
尼老いぬ日の澄みに苔花ひらき 長谷川双魚 風形
尾を振りて老いたる馬と小判草 藤田あけ烏
山に老い芒のごとく息しをり 森澄雄 浮鴎
山の温泉の妓として老いぬほととぎす 岡安迷子
山の蝶樹液吸ひつつ老いてゆく 上野さち子
山ノ辺に老い茫々とラムネ売る 加藤知世子 花 季
山中や鶯老いて小六ぶし 支考「けふの昔」
山住みが好きで老いしと大豆引く 伊東肇
山梔子の褪せどき老いの労りどき 加倉井秋を 『武蔵野抄』
山棲のこのまま老いなば霞いろ 神林信一
山男老いては集ふ泉あり 有働 亨
山背吹く老いたる蛸の寄るやうに 橘川まもる
山茶花やほろ酔ひほどの父の老い 久保山敦子
岩牡蠣を打つ手力のまだ老いず 稲生 正子
峡ふかし代掻く馬も人も老い 松田 多朗
峯入の老いてものこる美男眉 及川貞
島人の老いて鍬打つ俊寛忌 松園真沙子
島津邸に鶯老いて蘆庵の忌 沢井金桜子
崖畑に老いてすがりて蒟蒻掘る 加藤知世子 花寂び
巌まろく老い春潮を乗せ遊ぶ 岸風三楼
巌老いて滝の鋭き紅葉かな 東洋城千句
巣づくりをゆるして樅の木も老いぬ 村越化石
巨大タンクの蔭からあらわれ一日老い 鈴木六林男
巫の老いもめでたし花しづめ 荷兮
巴里祭モデルと画家の夫婦老い 中村伸郎
師も友も老いて母校の余花のもと 相島たけ雄
師若く弟子ら老いたり菊日和 相馬遷子 雪嶺
師風守り丹波に老いぬ風生忌 細見しゆこう
帯に汗滲ませ路地に老いゆくか 鈴木真砂女 夕螢
帰る漁夫おろかに酔ひて老いにけり 石原舟月
常盤木の老いて枯れぬは淋しやな 後藤綾子
平凡に老いて座にあり初句会 宮内保寿庵
年々に花減り楝老いけらし 岩川みえ女
年々の夏帽子購ひ老いにけり 上野さち子
年ごとに十六日祭の親族老い 岸本マチ子
年の瀬や友なき老いの独り言 三好博之
年ひとつ老いゆく宵の化粧かな 几董
年一ツ老いゆく宵の化粧かな 几菫
年木樵老いぬ高嶺をいたゞきて 小川枸杞子
年用意老いての知恵もすこしあり 千手 和子
年老いし父母をもつ身の木の葉髪 百合山羽公 故園
年老いし蟻を見掛けしことのなし 高田風人子「明易し」
年老いた人も来にけり二日灸 井月の句集 井上井月
年老いた銀河の真下白雨かな 三浦北曲
年老いて小さく白く牡丹守 長谷川櫂 天球
年老いて賢くならず鳥雲に 相馬遷子 雪嶺
年老いて高?(はご)狂ひとなりゐたる 瀧澤伊代次
年老いぬ懐炉を買つてくれしより 長沢石猿
幹老いて満開の花支へをり 伊東宏晃
弟も老いて無事なり秋祭 古橋呼狂
彼岸花中の莟を囲み老い 高木晴子 花 季
彼老いぬ水洟とめどなかりけり 高浜年尾
待宵や梟老いて飼はれたる 山岸治子
徐一族ここに老いゆく花菜雨 名和未知男
御慶のぶ互ひに老いしこと不言 小原うめ女
御殿場や並杉老いて蝉稀也 蝉 正岡子規
心老いて梅待つ心老いざるを 相馬遷子 山河
忍冬の籬の家に老いにけむ 田中冬二 俳句拾遺
志高きは老いず栗熟るる 関森勝夫
忘じゐし山河老いたり秋の風 小松崎爽青
思ひ出す殊に老いての小春好 小春 正岡子規
恋ひ老いて貧苦に梳けり棕櫚の花 飯田蛇笏 山廬集
恋星や老いてはならじと老いゆくも 平井さち子 紅き栞
悪しく老いたり早乙女の線偸む 田川飛旅子
情淡く熱淡く老い業平忌 林翔 和紙
惜春や斯く老いて吾異国に 間崎黎
慇懃に老いゆく教師草じらみ 宮坂静生 雹
懐手して身の老いに抗しけり 石原八束
我とともに老いたる牛や麦の秋 久品太
我に日浅く師は老いたまふ年もゆく 京極杞陽 くくたち上巻
我ら又老いし夫婦や滝見台 深見けん二 日月
我知らじ老いたるをこそ姥桜 姥桜 正岡子規
我老いて柿の葉鮓の物語 阿波野青畝
我老いぬ春の湯たんぽ維摩経 春 正岡子規
或る日老いたり遠見の鱶に陽は遊び 折笠美秋
扁平な巨獣老いたり芝枯るる 林 翔
手から歩きだして老いゆく大根負 永田耕一郎 海絣
手垢まみれの倉庫の四壁老いた海 林田紀音夫
手袋の手の老いを愧づ人しれず 稲垣きくの 黄 瀬
手足先に老いて農寡婦裸たくまし 加藤知世子
抽出しの白足袋の波母老いぬ 小檜山繁子
掛嫌ひ通して老いし師走妻 平野一鬼
揺椅子に小さく老いむ秋ざくら 石田あき子 見舞籠
故郷すでに海市の中や母老いし 柴田佐知子
故郷に生涯老いて粥試し 植村よし子
故里の粟餅を焼き老いんとす 細見綾子 黄 炎
敗戦日生きて老いゆく私たち 池田澄子 たましいの話
敗戦日重ね重ねて老いにけり 町田しげき
敗荷に遠くが見えて老いにけり 辻田克巳
散黄葉天龍も老い流れゆく 百合山羽公 故園
敬老日男ばかりが老いにけり 山口和生
文学少女が老いし吾が妻茨の実 草間時彦
文月や吹かれて老いし馬の貌 船越淑子
文目濃く母の老いゆく春の暮 裕
新しき障子の内に老いにけり 今井つる女
新宿の女も老いぬ桜桃忌 木下ひでを
新涼や母の顔拭く嫁も老い 小野里照代
新米食む神の如くに父老いて 高橋悦男
新茶汲み上手に老いしことを褒め 赤尾恵以
新茶汲み小夜中山に老いにけり 浅場美智子
新雪にわが影法師まだ老いず 古賀まり子
旗振り老いて一生黙り通す気か 細谷源二
日向ぼこせる老い父の長睫毛 大石悦子 群萌
日向ぼこ老いたるユダと隣り合ふ 吉田寿子
日焼して痩身老いをしるくせり 相馬遷子 雪嶺
日輪に青栗の虫老いにけり 飯田蛇笏 春蘭
早乙女と呼ばれつつみな老いにけり 長岡達江(航標)
早苗饗の賑はひ好む父老いたり 大熊輝一 土の香
昆布打ち老いても艶を失はず 石寒太 あるき神
明易の旅に馴れつつ老いにけり 京極杞陽
昔、男、しぐれ聞き聞き老いにけり 久保田万太郎 流寓抄
昔も此の人、老いては老のうつくしさ藤を見る(尾州萱津) 荻原井泉水
星の恋空に任して老いにけり 阿部次郎
春の草こそばゆ素足老い初め 杉本弥生
春の草親子のままに老いにけり 古舘曹人 樹下石上
春の雁手足大きく老いにけり 和田 尚
春の雷鯉は苔被て老いにけり 芝不器男
春まつり老いては沖を見るばかり 大串章 百鳥
春を待つ迄に我はや老いにけり 春を待つ 正岡子規
春愁の一句無くして老いにけり 相生垣瓜人 明治草抄
春愁や齢を外に夢老いず 吉屋信子
春日傘老いかげらせて橋わたる 柴田白葉女 花寂び 以後
春浅くして老い人の相次ぐ死 相馬遷子 山国
春眠く老いを養ふごとくをり 神山孝子
春眠に人は老い行く落花かな 岡本松浜 白菊
春羽織老いて金糸をちらしたる 林原耒井 蜩
春老いぬ一身の岐路崖の上 石塚友二 方寸虚実
春耕の子をいたはりて妻老いぬ 飯田蛇笏 春蘭
春障子一日逢はねば母老いて 古賀まり子 緑の野以後
春雨の波浮のみなとに老いて来し 原コウ子
春霜に美しう老いておはすらむ 中川宋淵 命篇
春風の心となりて老いゆかん 中井余花朗
春風や我馬老いて草喰めり 野村泊月
昨年よりも老いて祭の中通る 能村登四郎
昭和の子供と生れて老いぬ更衣 鈴木鷹夫 風の祭
昼寝する清潔な足母老いし 藤野 武
昼寝せし間少なくも老いたるべし 安住敦
昼顔や老いることなき波の音 青木重行
昼顔や老い美しき家郷の人(水橋町) 角川源義 『西行の日』
時老いてふぐりおとしもせざりけり 矢島渚男 木蘭
晩秋の日本に駱駝老いにけり 小泉八重子
暑中ただもろ乳垂りて母老いし 飯田蛇笏 椿花集
暖き山畑にゐて老いにけり 大峯あきら 宇宙塵
更衣父の忌に会ひ皆老いき 田中英子
更衣老いまでの日の永きかな 橋本多佳子
月も老い黒きばかりに曼珠沙華 百合山羽公 故園
月光に肩上げてゆく老いたくなし 小笠原和男
朝の日や老いたる鹿が枯芝に 関戸靖子
朝顔の花うつくしく妻老いし 京極杞陽
朝顔やひとはひとつの顔に老い 加藤楸邨
朧夜の母ひらかなのやうに老い 小檜山繁子
木に登る少年は老い夏木立 三宅やよい
木の実落してくわんくわんと森老いぬ 水沢葉子
木の実落つ音の間遠に老いゆくか 小嶋萬棒
木の芽たち黒猫もの言って老いる 金子皆子
木の葉髪片手握りに老いがたく 加藤楸邨
木枯に老い父足を曳き歩む 相馬遷子 山河
木犀の一旬に風老いにけり 正木ゆう子 静かな水
木瓜の緋に手を出し刺され老いたるよ 守田梛子夫
木瓜白し老い母老いし父を守り 有働亨 汐路
木綿着て山に老いゆくえごの花 福谷俊子「高嶺村」
木老いて歸り花さへ咲かざりき 帰り花 正岡子規
木老いて歸り花だに咲かざりき 帰り花 正岡子規
木耳を踏み山彦の老いゆくよ 長谷川双魚 風形
木苺も桑の実も食べまだ老いず 市野沢弘子
末弟の我もやや老い金風忌 村松紅花
本棚の波郷は老いず去年今年 八橋隆文
朴咲けり遠くにありて老いし父母 落合よう子
朴散華老いねば見えぬもののあり 野村久子
朴落葉いつより老いし金髪ぞ 堀口星眠 営巣期
杉老いて小さく動く冬の人 鈴木汀子
杉老いて雨の中なる若葉哉 若葉 正岡子規
杳々と人は老い魚氷に上る 結城静子
松の花この松原も老いにけり 河野静雲 閻魔
松囃子今年馬役老いてゐし 中野賢二
松老いて城より高く夕焼ける 吉屋信子
松風に鶯老いぬ天竜寺 碧雲居句集 大谷碧雲居
枝豆や老いて自在な真砂女の句 角川春樹
枯萱や刃傷沙汰の老いてなほ 奥田恵以子
柿若葉老い給ふとはいふまじく 中村汀女
栃老いてあるほどの実をこぼしけり 前田普羅
栗拾ふ天地に母の老い深し 原裕 青垣
栗飯や七男われも老い初めし 有働 亨
栗飯や老いてしみじみ母の愛 伊東宏晃
校僕として老いし身に文化の日 永野清風
根を露はさずして柳老いにけり 永田耕衣 驢鳴集
桃すすり掌を柔らかく老いにけり 井出寒子
桐の花うす化粧して老いんかな 原コウ子
桐の花下を走るに老いつつあり 永田耕衣 驢鳴集
桐の花老いなば浄くあり得なむ 篠田悌二郎
桐老いて琴にもならず花咲きぬ 桐の花 正岡子規
桔梗群れ風の女を老いさすよ 鍵和田[ゆう]子 武蔵野
桜咲きさくら散りつつ我老いぬ 闌更
梅に机を置き君が母老いぬ 室生犀星 魚眠洞發句集
梅の実の熟せり母の老い深き 古藤 春世
梅の葉の老いて雀のたご見らる 下村槐太 天涯
梅は実となり頻りに老いし日を想ふ 瀧春一 菜園
梅嗅いで老いたりと云う若きなり 橋石 和栲
梅弁当に梅散る 老いの怖れに似て 伊丹公子 パースの秋
梅漬くる老いし夫の手をかりて 百合山羽公 故園
梅漬けていくさなき世も老いがたし 中台春嶺
梅老いて海棠の日となりけらし 石塚友二
梅老いて羅漢に似たり水の浜 尾崎紅葉
梅雨に堪ふ心幼く身は老いて 相馬遷子 山河
梅雨を病むすなはちもつて老いを恥づ 久保田万太郎 流寓抄
梧桐を彫つて少年老い易し 小島健 木の実
梨の花妻を老いしめてはならず 綾部仁喜 樸簡
梨老いて花まばらなり韮畠 梨の花 正岡子規
梶の葉に老いては何を書くべきか 高橋霜陣
棘ばかり鋭くなりて薔薇老いぬ老いざるうちに死にたかりしを 築地正子
椎咲いて猫のごとくに尼老いぬ 河野静雲 閻魔
楡ひかり木かげに牧夫老いにける 岸風三楼 往来
楪の日向老いたる村ばかり 櫛原希伊子
業平の老いらくの地の桜の実 田中英子
業平忌老いの声音のさわやかに 久保田万太郎
楮搗きの声まろやかに老いゐたリ 加藤知世子 花 季
横顔の母老い給ふ彼岸かな 相馬遷子 山国
樹氷笛吹きおんなの老いは背後から 寺田京子 日の鷹
橇馬の臀毛少なに老いにけり 飯田蛇笏
橘に鶯老いぬ初瀬の里 老鶯 正岡子規
機械街鍛冶工軒をならべ老い 細谷源二 鐵
機織るのみに老いし右の手左の手夕べは爐火にかざす 安斎櫻[カイ]子
檻の内に麒麟も老いて君か春 君の春 正岡子規
檻の狸とまんじゆう頒つ老いたれば 清水径子
歌かるた老いても母は読上手 白澤よし子
歌留多の灯一途に老いし母のため 山田みづえ
歌留多の絵小町は老いずありにけり 後藤夜半 底紅
歌留多歌老いて肯ふ恋あまた 殿村菟絲子
正夫忌の水谷八重子老いにけり 中矢桂石
正視され しかも赤シャツで老いてやる 伊丹三樹彦 樹冠
武蔵老いお通は老いず菊人形 小畑晴子
歩きつつ人の老いゆく鳥曇り 高橋寛子
歯ぎしりの小さく老いて 山河あり 西畑公喜
死者のこと語り一日は老いたり 清水冬視
殉教の島に老いゆく麦を踏む 酒井泡一
残る虫老いてさめざめとは泣かず 鈴木真砂女
残菊や老いての夢は珠のごと 能村登四郎
母とともに伯母も老いまし麦青む 中村汀女
母なき子老いては子なし草雲雀 鈴木 明
母の忌に集う子も老い柿花火 横山美代子
母の老いやまざる春の暮つ方 永田耕衣 驢鳴集
母の辺の羅の香も老いしかな 清水基吉 寒蕭々
母の顔知らぬまま老い生身魂 矢野たけし
母はもとより我も老いけり御命講 小澤碧童 碧童句集
母も吾も老いぬ万朶の花の影 木崎節子
母や碧揚羽を避くるまでに老い 永田耕衣 驢鳴集
母老いしや冬日に浮ぶ峠あり 村越化石
母老いし夏の見舞にありありと 菊池輝行
母老いてうすばかげろふさへ怖る 平間真木子「珠」
母老いてなほ確かなる手毬唄 岡安仁義
母老いて三日月遊ぶ家の中 竹本健司
母老いて五月の皇居拝し得ず 萩原麦草 麦嵐
母老いて妻をさそへり酉の市 白岩 三郎
母老いて深きまなざし冬うらら 山口慶子
母老いて瀟洒とゐます白牡丹 細見綾子 黄 炎
母老いて灯の涼しさを言ひ給ふ 大串章
母老いて霞の通ふ体なり 柴田佐知子
母老いて鳥のぬくみを持ち寝るか 北原志満子
母老いぬ地図に泉の記号欲し 江里昭彦 ラディカル・マザー・コンプレックス
母老いぬ水餅の甕のぞくとき 鈴木栄子
母老いぬ袷の肩のほそく落ち 田中冬二 俳句拾遺
母老いぬ裸の胸に顔の影 中村草田男
毒の花ぶし咲きアイヌ老いゆくも 大島民郎
毛布の裏老いてさくらの花咲けり 津沢マサ子 楕円の昼
毛糸編む老いの刻々打ちこみて 橋本多佳子
水の粉や今はた老いが物むせび 太祇「太祇句稿」
水ばなを拭き美しく老いたまふ 北 山河
水中花女無慚に老いにけり 文挟夫佐恵 黄 瀬
水仙に黄檗の僧老いにけり 水仙 正岡子規
水仙は只竹藪に老いぬべし 水仙 正岡子規
水仙やたまらず老いし膝がしら 小林康治 四季貧窮
水仙や老いては鶴のごと痩せたし 猿橋統流子
水底の老いたる草に稲妻す 中里麦外
水替へて金魚に語る老いし父 吉永紅一
水洟や母の如くに老いにけり 松本ます枝
水盗む咎を重ねて老いにけり 佐野克男(ひいらぎ)
水鏡拭いさりたき老いがあり 宇川啓子
水飲みて人老いやすきさくら時 原田青児
氷片を蹴りて少年老いゆけり 澤井洋子
江戸つ子と言はれて老いぬ釣忍 河合由二「三つ茶の實」
江戸前のつひに老いまで身すゞしく 及川貞 榧の實
汽罐夫の老いて子なきに汽罐祭 細谷源二 鐵
沙羅の花 鏡拭く手も老いました 近藤三知子
沫を消す内儀老いたり玉子酒 召波
河岸に佇ち忽ち老いし薄暑かな 稲本池雪
河豚鍋や嘘美しく老いし膝 小林康治 『叢林』
油蝉はげしく老いぬ閏秒 池田澄子
沼神の老いやさらばひ菱の花 原石鼎
法官や僻地に老いて髭の霜 霜 正岡子規
法師蝉何か急かるる老いの身に 加倉井信子
波止場の光に 老い深くなる 俥夫と幌 伊丹公子 メキシコ貝
泣きたいような清流 父母が年老いていく 川村朗生
浄く老いむ無風の愛の枯芒 林翔 和紙
浪々の身に老い兆すアイスティ 勝又一透
浪漫派とうそぶき老いて着ぶくるる 吉田未灰
海人老いて盆灯籠に灯を点す 芦田一枝
海士老いぬ酒焼の胸日焼の背 福永耕二
海女として老いゆく人の乳房かな 成瀬正とし 星月夜
海女の果てか岬に老いて蜜柑売るは 稲垣きくの 黄 瀬
海女老いし流れ天草ひろうては 山本呆斎(童子)
海女老いて乳房かくさず雁供養 井沢正江 湖の伝説以後
海山の神々老いぬ蒲の絮 田中裕明
海照りて老いを敬ふ日なりけり 高山れおな
海老に寝る癖なほ老いて蒲団かな 小澤碧童 碧童句集
海鼠噛む終始寡黙の父老いて 立石勢津子
淋しさよ/秩父も/鬼も/老いぬれば 高柳重信
淋しさを老いての後の月見かな 蝶夢
深川に老いゆく人の黄帷子かな 深川正一郎
温め酒肩を落せば老いにけり 草間時彦 櫻山
温容の老いていよ〜花芙蓉 河野静雲 閻魔
温石がころがり出でし父の老い 今瀬剛一
港に/鱶は老い/遠き/海の大祭 高柳重信
港に鱶は老い遠き海の大祭 高柳重信
渾身の力も老いし大豆引く 永富巨秋
湯豆腐に日本恋ひつゝ老いにけり 吉川耕花
満月の重力を着て老いてゆく 荒木洋子
滝の径苔のぬめりも老いとこそ 林原耒井 蜩
漁夫老いてあかがねのこゑ花蘇鉄 中拓夫
漁婦老いて昆布曳くにも脛を見す 細谷源二
漆頭老いゆく盆の月明り 戸川稲村
潮吹いて鯨老いゆく春の暮 木内彰志
濁りなき老いもあるべし栗の花 角野良生
濁り酒不意に険しく老いの眉 中村苑子
瀧落ちてゆく人老いてゆく時間 黒田杏子 花下草上
灌火屋守老いていよいよ鹿火を恋ふ 近藤一鴻
火の山の地貌老いつつ馬酔木咲く 岡田日郎
火の山の老いし鼓動に浮巣光る 佐怒賀正美
火山老いにけり無尽の露の玉 中村雅樹
火祭の火を守り路地に老いにけり 柏木去孔
炉が鳴けど心老いにし筆枯れぬ 林原耒井 蜩
炉は燃えて秋思さだかに老いきざす 鳥谷網生
炉を焚きて静かに老いませ寒の日々 殿村莵絲子 花 季
炉辺に老い幸薄かりしこと言はず 千本木溟子
炉開きや左官老い行く鬢の霜 芭蕉
炉開や左官老い行く鬢の霜 芭 蕉
炎天も老いもがらんとしてをりぬ 滝青佳
炎天を来てぐらぐらと老いにけり 澤村昭代
炎天を行く昨日よりやや老いて 木村敏男
炎天下けむりのように老いたる漁夫 穴井太 穴井太集
炭なくて鴨になりたき老いの冷え 中勘助
炭取とならび老いゆく岩魚取 加藤楸邨
炭焼いて都知らずに老いにけり 佐々木あきら
烏柄杓ばかり殖やして老いゆくか 平田冨貴「青き馬」
烏柄杓千本束にして老いむ 飯島晴子
烏渡り月渡る谷人老いたり 金子兜太
烟るごと老い給ふ母菊膾 山田みづえ 木語
焚火して日向ぼこして漁師老い 鈴木真砂女 生簀籠
無住寺の番僧老いて麥蒔す 会津八一
無花果や目の端に母老いたまふ 加藤楸邨
無防備に吾は老いたり木瓜の花 竹内椙子
爐開きやつどへる先づは老いし友 及川貞 夕焼
爐開や細君老いて針仕事 炉開 正岡子規
父ははのめでたく老いぬ八重桜 柴田佐知子
父母の老いゐたまひし炬燵かな 吉田冬葉
父母老いて朝餉静かや庭桜 高濱年尾 年尾句集
父母老いて木犀の香にこもり住む 渡会 昌広
父母老いぬ殻うす光りかたつむり 鍵和田釉子
父母老いゆく島の早蕨みな斜め 白石司子
父老いしめ母老いしめて田水沸く 高橋悦男
父老いぬ二重廻しの裾のはね 汀女せん 吉屋信子
父老いぬ厨の隅の蝮酒 下山田禮子
物腰の柔らかに老い遅ざくら 有働亨 汐路
犬老いて一日眠る栗の花 栗田やすし「遠方」
犬老いて散歩をきらふ冬の朝 萩原まさえ
狐火の遅れしは子かはた老いか 木内彰志
狐火や老いて声よき子守唄 山本洋子
狐火を信じ少年老いにけり 平賀扶人
独りごちて萩おこし居る母老いし 長谷川かな女 雨 月
独楽売りの独楽を廻して老いしかな 樺島八重子
猛る鵙この身このまま老いゆくか 桂信子 黄 炎
猟夫老い岩頭に風聴きてをり 菅原鬨也
猟師消ゆ老いも死もなく雪空に 佐藤鬼房 朝の日
猫とても老いたる恋のわづらはし 山本歩禅
猿老いて枯芙蓉ともならんかな 依光陽子
猿茸育て荒樫老いにけり 土屋秀穂
獅子の匂いも 冬 園丁に老い刻々 伊丹公子 メキシコ貝
玉子酒つくる老い母だけの智慧 滝 春一
玉虫をこぼす欅や母老いぬ 堀口星眠 営巣期
瓜食めば老いし此の身ぞ思ほゆる 相生垣瓜人
甚平とはだへのひまの老いけらし 皆吉爽雨 泉声
甚平に老いの片意地張りにけり 沖崎一考
生ありき悲しき老いや春草忌 長谷川湖代
生き生きて妻と二人の老いたらば帰らむ英彦山(えいげん)よ雪の降る見ゆ 伊藤保
生涯の友等も老いぬ花吹雪 殿村莵絲子 雨 月
田と老いて涙痕にがきごまめかな 隈治人
田に老いて声の大きな水喧嘩 山田房子(獅子吼)
田に老いて苗代寒を逝きにけり 遠藤保資
田に老いて鶉顔なる鼠かな 佐々木北涯
田を植ゑて垂乳根のまた老いにけり 首藤勝二
田螺鳴くや老いてうなづく父の癖 有働亨 汐路
男名の山は老いつつ鹿の声 鈴木六林男 悪霊
男老いて春草の根を嗅ぎ見哉 永田耕衣 葱室
男老いて男を愛す葛の花 永田耕衣(1900-97)
町中にのこるトロイカ馭者老いたり 田村了咲
町医者も患者も老いて花なづな 加藤沙知
町衆の老いて祇園の祭来ぬ 古谷弥太郎
異人館通りに老いて菊作り 山田弘子 懐
病む人が老いての恋や秋茄子 正岡子規
白きのみか髪細くさへなり果てし深まる老いに眼をばそむけまじ 中河幹子
白き蛾の老いて生れて天の川 永田耕衣
白地着ていましばらくを老いまじく 中尾寿美子
白地着て手足小さく老いゆくか 鈴木真砂女
白木蓮を意中の花として老いぬ 大森輝男
白玉の通りて老いし喉仏 大山重幸
白粉花 犬も一緒に老いる町 右近絢子
白菊の老いて赤らむわりなさよ 菊 正岡子規
白菊や影法師のみ老いゆける 小泉八重子
白鳥の年老いし白雪溢る 和知喜八 同齢
白鳥を表わす手足より老いぬ 対馬康子 純情
百円の鶯早く老いにけり 老鶯 正岡子規
百姓の生きのすがた終身囚の如く老いこけて笑わぬ故郷 橋本夢道 無禮なる妻抄
百日紅咲きつぐなかに父老いぬ 大串 章
百足虫出て父荒縄のごと老いし 大隈チサ子
皆老いて雛の客とも思はれず 高木晴子 花 季
皮を剥がれて立つ桜木も老いてけり 桑原三郎 花表
盆路をゆくときわれら老いにけり 勝又一透
目借時 老いては妻の御意のまま 守田椰子夫
目出度さや老いて互に寝正月 高浜虚子
目瞑るは老いし白鳥風花す 古賀まり子 降誕歌
目瞑れば炎天の声あり老いたり 北島輝郎
盲導鈴に老いし蟷螂しがみつき 菖蒲あや 路 地
直立の月下の菊を見て老いぬ 寺井谷子
相撲取おとがひ長く老いにけり 村上鬼城
相撲取のおとがひ長く老いにけり 鬼城
相撲取小鳥を飼うて老いにけり 野村喜舟 小石川
真打チとならで老いけり夏羽織 名見崎新「ホ誌雑詠選集」
眺望に老いて高らみやがてわれらはうたとなる 加藤郁乎
眼中の人老いにけり桃青忌 青々
眼鏡かけて老いたる姉に行く年や 寺田寅彦
着ぶくれて我が身の老いを飼いならす 石川清子
着ぶくれて泉岳寺より老いひとり 大串章 百鳥
着ぶくれて老いしと思ふ若しとも 西島麦南
着太りてはらからや老いわれも老ゆ 石塚友二 光塵
着膨れてただおろおろと老いてゆく 田中湖葉
瞬けば老いの眼なりし飾り馬 花田春兆
矍鑠と老い狐火を語りぐさ 猪股千代子
矢のように少女は老いて飛騨の夏 津沢マサ子 楕円の昼
知る人はみな老い花のすずらんに 高井北杜
破れ傘老いて遠くが見えてをり 阿部方城
碌山の「女」は老いず蔦若葉 玉木春夫
祈祷師の爪の老いざま夏終る 三谷昭 獣身
神々しく老いて秋日を連れ給ふ 殿村莵絲子 雨 月
神父老い信者われ老いクリスマス 景山筍吉
神輿が通る車で通る椎の木老い 穴井太 ゆうひ領
秋の暮おれもそもじも老いたぞよ 幸田露伴 拾遺
秋の燈に母老いしかば吾も老ゆ 相馬遷子 山河
秋の猫欲なく老いて寺に棲む 椎橋清翠
秋の虹老いねば見えぬもの見ゆる 上野さち子
秋の街沖から見れば老いてあり 新間絢子
秋の霜老いは胎児に似て眠る 長谷川朝風
秋光や闘鶏老いし頸を立て 松本幹雄
秋冷のにはかに到り老いしごと 山口波津女 良人
秋団扇背筋正しく老いにけり 小林愛子
秋好きといひしは昔花下に老い 星野立子
秋思いつか老いの思ひにつながれり 能村登四郎
秋祭馬撫でられて老いにけり 花尻 万博
秋茄子や母の仕草のまた老いて 皿井節子
秋蝶に猶美しく老いにけり 橋本多佳子
秋風や花鳥諷詠人老いず 久保田万太郎 流寓抄以後
秋風裡死者の語りの巫女老い 河野南畦 湖の森
秘め事もなかりし夫婦炉辺に老い 高林三代女
稲の花ちちははの老いち時に 長谷川櫂 古志
稲刈るや老いし夫と繩帯びて 百合山羽公 寒雁
穴出でし蛇と共濡れ老いけらし 武田伸一
立冬の蒟蒻を食べまた老いぬ 岸風三樓
立春大吉と書きし太筆太しと見るも老いらく 荻原井泉水
竜宮を覗きし海女の老い知らず 大野利江
端居して老いの語りの哭いてをり 櫛原希伊子
竹林の春遅々と老いたまひけり 松村蒼石 露
竹落葉したゝか物も老いてけり 加藤郁乎「初昔」
笑ふ時老いたる顔や白扇 村上鬼城
筋肉の無駄なく 三輪車と老いる 伊丹三樹彦 写俳集
筍の藪や俄に老いて入る 石川桂郎 高蘆
節分の句の関守りて老いにけり 鈴鹿野風呂
節分やいまはた老いし妓たち 久保田万太郎 流寓抄以後
籐椅子に深くかけてぞ老いし人 温亭句集 篠原温亭
籠耳の老い痴らむなり秋の風 文挟夫佐恵
粕汁や老いていよいよ顎長く 草間時彦 櫻山
紅梅や二人連れとは老いること 荒井民子
紅梅を過ぐ華やぎは老いて後 大串章 朝の舟
紅蜀葵老いぬのこりし青つぼみ 木津柳芽 白鷺抄
紙魚老いて白毫の如し秋の暮 永田耕衣 闌位
素盞嗚尊老いたり里神楽 長谷川守可
絣着ていつまで老いん破芭蕉 原石鼎
綿入れの肩に重しと姑老いし 佐藤佳津
綿帽子共に老いたる五十年 筏井竹の門
縮まりて縮まりて寒夜老いゆけり 油布五線
繭白し繭に埋れて父老いぬ 青柳志解樹
繰る数珠の老いには重き地蔵盆 縄本真里
美しくひと老いてゆく障子かな 福島壺春
美しく優しく老いて負真綿 大山朝子
美しく姑老い給ふ寒蜆 大石悦子 群萌
美しく老いたし峡の鰯雲 柴田白陽
美しく老いたし櫨の紅葉濃し 成瀬桜桃子 風色
美しく老いて女座す小米花 中野喜久枝
美しく老いて浴衣のよく似合ふ 森下きぬゑ
美しく老いよと牡丹崩れけり 小川かん紅
美しく老いんと思ふ初化粧 大橋もと女
義士の日や本所に老いて吉良贔屓 大島民郎
老いがたくこころにしみるはつみそら 飯田蛇笏 雪峡
老いけらし昔恋しき飾羽子 富安風生
老いごころ揺れゐて三寒四温かな 吉野義子
老いごころ薄紙のごと雛の前 内山起美女
老いさらばへ支柱に枝垂れ桜かな 川崎展宏 冬
老いざまのかなしき日なり実千両 草間時彦
老いざまの似てきし夫婦温め酒 小川茂子
老いざまはとまれ生きざま年初め 安住敦
老いしかや鴬餅に喉つまり 後藤夜半 底紅
老いしこと互に言はず新茶汲む 山根仙花
老いしとおもふ老いじと思ふ陽のカンナ 三橋鷹女
老いし二人だけが眺むる雛買ふ 能村登四郎
老いし今くちなはいちご怖れむや 相生垣瓜人「微茫集」
老いし今好きな花なり石蕗の咲く 沢木てい
老いし友一客うれし宗易忌 及川貞 榧の實
老いし婢を母の如くに初竃 川上明女
老いし巌夏渓草の梳くごとし 飯田蛇笏 雪峡
老いし木の枝かたくなに柿紅葉 水原秋桜子
老いし母九段のさくら浴びてをり 植木緑愁
老いし母怒濤を前に籾平す 西東三鬼
老いし母昔の夏服今も着て 内藤瑤子
老いし水夫吹雪の面を手に拭ふ 加藤楸邨
老いし父昼も睡れり葛の花 皆川盤水
老いし父母菜漬くる聲をたかぶらせ 相馬遷子 雪嶺
老いし犬眠るミモザの花の下 市川佳代
老いし者ら老いざる雛を祭りけり 澤井我来
老いし舸子艫の日向に孫匐はす 川島彷徨子 榛の木
老いし身に喜の字づくめや飾り海老 友常玲泉子
老いすぐに寒に応うる嚏や 今井竜蝦
老いそめし己れをしりて花壇ふむ 飯田蛇笏 春蘭
老いそめし身の紅かねや今朝の寒 太宰治
老いそめて修し得し忌や花蘇枋 八木林之介 青霞集
老いそめて恋も切なれ秋夕べ 几董
老いそめて花見るこころひろやかに 飯田蛇笏 山廬集
老いたくはなし黒薔薇を黒と見ず 加倉井秋を 『欸乃』
老いたりし鷹と対峙す屠蘇の酔い 高見道代
老いたりと電気毛布に絡む紐 酒井雪子
老いたりな西瓜の種子をこぼすとは 高澤良一 素抱
老いたりな飴湯つくれと夫の云ふ 新川智恵子
老いたるが寫し寫され菊の晴 板垣鋭太郎
老いたるも不死身の藤の芽吹くなり 阿波野青畝
老いたるラツパ天対き吹けり社会鍋 山田みづえ 忘
老いたる鮫急ぎぬ大水槽の内 池田澄子
老いたれど妻のちぶさは桜草 岡悦郎
老いたれど数の子を噛む音が好き 杉浦嘉太郎
老いたれば言葉少なに零余子飯 藤芳延枝
老いたれば遠稲妻を恋ひにけり 島紅子
老いたれば非常を常に春の北風 長谷川双魚 『ひとつとや』以後
老いてうからの微酔の汗や豆の飯 赤城さかえ
老いてこそなほなつかしや雛飾る 及川貞(1899-1993)
老いてこそ全重量の青山河 倉橋羊村
老いてこそ姉妹美し谷崎忌 三木敬子(航標)
老いてこそ祭り衣裳も小粋なる 川田君枝
老いてこそ見ゆるものあり真菰の芽 松井ふみ
老いてだに嬉し正月小袖かな 信徳
老いてなお強き決断蛍となる 永井信子
老いてなお思い寝のあり薄桜 永田耕衣 葱室
老いてなお稽古大事や謡初 高浜虚子
老いてなどをれぬ椋鳥来る雨が漏る 後藤綾子
老いてなほみめよきひとの秋扇 町田しげき
老いてなほ働かねばと父の日あり 小林康治 『叢林』
老いてなほ唄声若し十夜鉦 臼井輝雄
老いてなほ夜網に暗き燈をかゝげ 明石和子
老いてなほ夢多くして雛祭 吉屋信子
老いてなほ妬心あらはに蟇 桑原まさ子
老いてなほ子に従はず菖蒲酒 橋本對楠
老いてなほ小さき立志梅白し 深見けん二 日月
老いてなほ忌む予備校の冬の匂ひ 田川飛旅子 『邯鄲』
老いてなほ挑戦多き去年今年 千葉紅園
老いてなほ母に意地あり福寿草 加藤静子
老いてなほ沼生き甲斐に*えりを挿す 石井とし夫
老いてなほ漁師たくまし根深汁 鈴木真砂女 生簀籠
老いてなほ濃ゆきを好み花蘇枋 後藤夜半 底紅
老いてなほ稽古の鬼や寒稽古 竹原梢梧
老いてなほ稽古大事や謡初 高浜虚子
老いてなほ立つ教壇やすき間風 伊津野朝民
老いてなほ草にひそめる囮守 近藤一鴻
老いてなほ襤褸を濡らす鰯漁 榎本冬一郎 眼光
老いてなほ農の血さわぐ初郭公 阪本静恵
老いてなほ鋼の如く耕せり 佐々木草生
老いてまた母となる犬に餌をやる妻ぞ 荻原井泉水
老いてまた筒袖似合ふ麦の秋 能村登四郎 天上華
老いても子に従わぬ母の頑固の故郷の秋茄子 橋本夢道 無禮なる妻抄
老いてゆくためにある火か秋刀魚焼く 小池万里子
老いてゆく体操にして息白し 五味 靖
老いてゆく刹那刹那を水打つて 小島千架子
老いてゆく恋人よ葡萄棚の下 今井杏太郎
老いてより夫婦気の合ふ味噌仕込み 古賀まり子
老いて人澄みゆくばかり竜の玉 永方裕子
老いて会ふ寮友三五今年酒 下村ひろし 西陲集
老いて割る巌や金柑鈴生りに 西東三鬼
老いて北見の炉辺に泣きけむ父在らず 林原耒井 蜩
老いて子に従ふもよし鳥総松 後藤春翠
老いて子に従わぬ母牡丹咲く 倉本 岬
老いて尚なつかしき名の母子草 高濱虚子
老いて尚君を宗とす子規忌かな 高濱虚子
老いて尚妓として侍る虚子忌かな 下田実花
老いて尚笛を一途に里神楽 橋本一水
老いて尚芸人気質秋袷 高浜虚子
老いて尚若さ欲しけり返り花 仁神ハルヱ
老いて心たのしき時の昼寝かな 京極杞陽「但馬住」
老いて慈悲ふかき妹寒玉子 成田千空
老いて手を子に預けたる秋遍路 林昌華
老いて斯くはやされながら明の春 岩木躑躅
老いて母蕃茄の丈に及ばざり 三田地白畝
老いて燃ゆる思や伊吹雪消えて 橋 間石
老いて猶浮世のさがや夏袴 籾山梓月
老いて病む人に着せたり新浴衣 相馬遷子 山河
老いて知る菓子の楽しみ石蕗の花 遠藤梧逸
老いて老梅を愛し ことし大いにひらく 荻原井泉水
老いて蟇女人に還りつつあらん 永田耕衣 人生
老いて見る夢の浅しや去年今年 神 緑郎
老いて読むつもりの本や春の塵 北見さとる
老いて識る男女の機微や虎が雨 佐竹魯人(渋柿)
老いという思いまだなき春立ちぬ 松本夜詩夫
老いといふ未知の世界や茄子の花 石田榮子(かびれ)
老いとはかく鬚しなやかな飾海老 能村登四郎
老いどちの遍路づれなり黙しゆく 高濱年尾 年尾句集
老いながらつばきとなつて踊りけり 三橋鷹女(1899-1972)
老いながら椿となつて踊りけり 鷹女
老いにきと妻定めけりすまひ取 召波
老いにきと涙ぐみ聴くメーデー歌 下村槐太 天涯 下村槐太全句集
老いにけり機械で稲刈る寂しらに 武田伸一
老いにも狂気あれよと黒き薔薇とどく 能村登四郎
老いぬうち深夜を翔べと望の月 清水径子
老いぬるやいろは混りのはだれ雪 橋石 和栲
老いぬれど手馴仕事と紙を漉く 岡崎多佳女
老いぬればあたゝめ酒も猪口一つ 高浜虚子
老いぬれば冷き手かなたづさふる 軽部烏頭子
老いぬれば夫婦別なきスエタかな 松尾いはほ
老いぬれば恬淡がよし古茶新茶 大橋桜坡子「鶴唳」
老いぬれば我が丈低しカンナより 三橋鷹女
老いぬれば股間も宙や秋の暮 永田耕衣(1900-97)
老いぬれば胸に子猫と童心と 浜崎敬治
老いぬれば脳みそ減るとお白酒 波多野爽波 『一筆』
老いぬれば蚊帳の別れも惜しまれて 富安風生
老いぬれば銀河を仰ぐことも稀 田中延幸
老いぬれば鬼も内なる追儺かな 野見山ひふみ
老いの名のありとも知らで四十雀 芭蕉「許六宛書簡」
老いの坂下りは早し年暮るる 畔津とみ
老いの子の末の子の雛祭るなり 林原耒井 蜩
老いの存在太鼓打ち打つて春蝉湧く 加藤知世子 花寂び
老いの恋すゞめかくれに通ひけり 加藤郁乎
老いの手にまねき消されぬ雛の燭 山本梅史
老いの手の線香花火山犬吠え 西東三鬼
老いの手をのべて探りて龍の玉 富安風生
老いの手を見せ合うてゐる冬至空 飯田龍太
老いの春死ぬ気はなくて死にたがる 小出秋光
老いの母やとうとうたらり屠蘇の酔 草間時彦
老いの目に朝日はつよし雑木の芽 橋本榮治 越在
老いの眼の僅かにたのし青蜜柑 百合山羽公
老いの立志はむつくりと地に蕗の薹 原子公平
老いの耳囀遠くなりにけり 岩崎正子
老いの足小刻み麦と光踏み 西東三鬼
老いの身の地獄耳かも亀鳴けり 村山慶子
老いはかく音もなく来る花八つ手 林翔 和紙
老いばかり残る過疎村盆用意 北岡美恵子
老いほのぼの紅葉一樹の明け暮れに 吉野義子
老いぼれしくひつき犬をしぐれけり 時雨 正岡子規
老いぼれし唄はりあげぬ御万歳 阿部みどり女 笹鳴
老いぼれし鶯なくやきよときよとと 老鶯 正岡子規
老いぼれし鶯なくや野の小寺 老鶯 正岡子規
老いぼれてしまひぬ菖蒲酒ふくみ 草間時彦
老いぼれて人の後へに施米かな 高浜虚子
老いぼれて目も鼻もなし榾の主 村上鬼城
老いぼれて菊より萱の枕よし 後藤綾子
老いましゝ父のみまへの裸かな 上村占魚 鮎
老いまじき手元鯉切る夕青田 細見綾子 黄 炎
老いまじく歩けばへくそかずらかな 湯浅康右
老いまじや夏足袋指に食ひ込ませ 鈴木真砂女 夕螢
老いまだしぬすみし枸杞の実を胸に 山本古瓢
老いもふけ麦の風やらそばの風 中勘助
老いもまた未知との出合ひ桐一葉 富田昌宏
老いやすき母を叱りつ石鼎忌 原裕 出雲
老いゆくはわがゆくところ露滲む 今枝蝶人
老いゆくは吾のみならず飛花落花 菖蒲あや
老いゆくは淋しきものよ雛祭 高濱年尾 年尾句集
老いゆくもたのし葛咲き楮さらす 細見綾子 黄 炎
老いゆくや八手の花に嫉妬して 真鍋つとむ
老いゆくや吐く息白きときのまも 西島麥南
老いゆくをさぶしむ歌の賀状かな 下村梅子
老いゆくを知れとて長き夜はあるか 大野林火
老いゆくを罪と思はず百日紅 横山白虹
老いよとや赤き林檎を掌に享くる 橋本多佳子
老いよよことばただしき藤の花 田中裕明 櫻姫譚
老いらくのかしづくごとく菊に住む 上林白草居
老いらくのなにやら疼く蝌蚪に足 吉田未灰
老いらくのはるばる流し雛に逢ふ 大野林火
老いらくのゆめのあとさき朱鷺孵る 瀬戸青天城
老いらくの口もとさむし御仏名 去 来
老いらくの恋と愛撫す桐火桶 佐藤春夫 能火野人十七音詩抄
老いらくの恋の哀しき野分かな 中村昭子
老いらくの摘草に日の恵み日のめぐみ 中勘助
老いらくの気負ひは今も初不動 黒川喜八郎
老いらくの洒落の着流しちゃんちゃんこ 橘 肖吉
老いらくの涙をみたり松の花 田中冬二 俳句拾遺
老いらくの血を耀かす薔薇真紅 小出秋光
老いらくの鳥屋師は霧に頬かむり 小原菁々子
老いられぬ夏潮のかく溢れては 清水径子
老い下手や綾の手毬をたなごころ 野澤節子 『駿河蘭』
老い二人双六におどけ冬籠 山田みづえ
老い五人に減りし句会や獺祭忌 宮武章之
老い住める庭の鶏頭上に向く 篠原桜子
老い兆す頭ごなしに十二月 小嶋萬棒
老い先の幾齣よぎる夜の秋 藤原たかを
老い先は風船葛揺るるごと 吉岡桂六
老い初めし光陰たふとしや炭掴む 栗生純夫 科野路
老い初めてベレーが似合ひ雁渡し 奈良文夫
老い始む沢蟹さりりと炒る人も 上林裕
老い守りて大樹となれり寒椿 山口素人閑
老い崩る身の楯もなし秋扇 石原八束
老い巧者難儀と晴子告る霜夜 後藤綾子
老い得ざる君と老い得しわが顔と並べ得ず四十年ずれし戦帽 榛名貢
老い払ひ死を払ひして踊りの手 文挟夫佐恵
老い拒みつづける母の豆の飯 田島サチ
老い易くたそがれ早く白木槿 池尾望念
老い易くはた老い難き柳哉 正岡子規
老い未だ知らず逝く年踏みしめて 雨宮抱星
老い朽ちてゆく母羨し玉霰 永田耕衣 與奪鈔
老い桜落花は己が身に降りて 細見綾子 黄 瀬
老い櫻夕日に朱をば注がれし 相生垣瓜人
老い止めのくすりのなけれ沢庵噛む 亀田虎童子
老い母と二人三脚年用意 大澄利江
老い母と老いゆく吾と花の下 佐藤まさ子
老い母に落丁のごと沖縄忌 玉城一香「熱帯夜」
老い母に道見えてゐる蝉時雨 野澤節子 『八朶集』
老い母のまなざしに慣れ百日紅 原裕 青垣
老い母の来てもたらせし冬の蠅 相馬遷子 山河
老い母の短かの裾や蕨狩 草間時彦 櫻山
老い母の背なのまろさの山眠る 伊藤白潮
老い母の違和はすべなし朝ぐもり 遷子
老い母は噂の泉柿の秋 草間時彦
老い母も愛嬌元旦から転び 河野南畦 『空の貌』
老い母やとうとうたらり屠蘇の酔 草間時彦
老い母よひひなの餅もやや古りぬ 金久美智子
老い母よ二色使ひの膝毛布 中村明子
老い母よ祈り惚けし夏蕨 小檜山繁子
老い比べ吹くや穴穴夏の風 永田耕衣 殺祖
老い泯びゆく白髪の光芒や 飯田孤石
老い深き南の国の朱欒売り 木塚真人
老い深む樹より鳴りだす秋の風 鷲谷七菜子
老い無惨ともいとしとも花くちなし 柴田白葉女 『月の笛』
老い父に一壺のうるかありにけり 岩崎魚将
老い父に日は長からむ日短か 相馬遷子 山河
老い父のたふさぎを縫ふ夜涼かな 大石悦子 群萌
老い父の濡れそぼち来ぬ初時雨 遷子
老い父母に間遠に昏れる秋の声 落合よう子
老い皺を撫づれば浪かわれは海 三橋敏雄 *シャコ
老い知らぬピカソも逝きぬ紫木蓮 林翔
老い給ひ子規忌が来れば憶はるゝ 高木晴子
老い給ひ落花に昔物語 高木晴子 花 季
老い給ひ落花に昔語らるゝ 高木晴子
老い給ふ山茶花に杖ひき給ふ 高木晴子 晴居
老い給ふ母許の道恵方とす 岩内萩女
老い老いて足袋潔白に冴えにけり 小寺正三
老い耄れになり切つてゐる炬燵かな 小出秋光
老い覚ゆ金柑*もぎし腕より 岡野小甫
老い進む三町内の運動会 高澤良一 宿好
老い進む湯攻めの鱧の縮む間も 後藤綾子
老い鮭のしろがねいろに流れゆく 成田智世子
老ゆるもの老いしめさくら満ちてをり 原裕 『出雲』
耳老いて/死は/束の間の/煤降る闇 高柳重信
聖燭のごとき冬芽やこぶし老い 高島筍雄
聟取りて夫婦老いけり薬ぐひ 蓼太
肌脱ぎの肋も老いて命を張る 清原枴童
肩口に老いの見えきし檻の鷲 藤崎久を
肩張つて軍鶏老いしかな鳥曇 小松崎爽青
背に老いのはやくも二重廻しかな 久保田万太郎 流寓抄
胎児のごと老いてまるまり冬至風呂 清水基吉
胸厚いまま 海女老いて 魚反る町 伊丹公子 メキシコ貝
腸も老いてぶつぶつ秋に入る 川崎展宏
膝なでゝ余寒しづかに老いしとよ 久保田万太郎 流寓抄
膝頭老いゆく盆の月明り 戸川稲村
臘梅のどこより老いてゐたるかな 秋山巳之流
臣老いぬ白髪を染めて君が春 夏目漱石
自分だけ老いると思う 花八つ手 河野淑子
自我てふもの老いて生まれて天の川 齋藤愼爾
舟大工老いて霞に傾倒す 木村蕪城
舟虫の老いては遅鈍嘆じけり 安住敦
船旅の涼しく老いし二人かな 小山徳夫
色足袋や律儀に老いて路地ぐらし 菖蒲あや
芒原おもいて真昼老いいたり 津沢マサ子
花しどみ老いしにあらず曇るなり 橋本多佳子
花の下ペリカンに老いつのりたる 宇多喜代子 象
花を見ぬ母よ花ふところに老い 小檜山繁子
花を見る少し老いたる心もて 深見けん二 日月
花八つ手ペリカン老いて仄赫き 渡邊水巴 富士
花八つ手生き残りしはみな老いて 草間時彦
花冷えや老いても着たき紺絣 能村登四郎(1911-2002)
花吹雪く窓をそがひに司書老いたり 竹下しづの女 [はやて]
花咲くと老いたる椎が総毛立つ 相生垣瓜人 微茫集
花守として高遠に老いにけり 花岡明美
花守は桜とともに老いにけり 長谷川櫂 蓬莱
花桃の満ちし真中に老いゆくや 小島千架子
花浴びて母茫々と老いにけり 石嶌岳
花満ちて岩神木神老いにけり 大峯あきら 宇宙塵
花火見の彼の幇間も老いしかな 松本たかし「松本たかし句集」
花生姜透けゆく如し母老いぬ 吉田正
花稀れに老いて木高きつつじかな 太祇
花篝他郷に老いて踊りけり 南一雄
花老いてやるせなければ枝垂れけり 山田みづえ 手甲
花老いの紅あはあはと片枝垂れ 吉野義子
花茣蓙に痩身老いて恙なし 吉澤卯一
花野ゆき行きて老いにしわらべかな 森澄雄
花魁草剪れば即老いにけり 月舟俳句集 原月舟
芸に老い芸に生きてしけふの菊 武原はん女
芹の花ひとり咳きひとり老い 諸角せつ子
芽からまつ年老いてみな白樺派 宮坂静生 雹
苗代の一寸二寸人老いぬ 山田みづえ 草譜
若かりし昭和も老いぬ七五三 相馬遷子 雪嶺
若きは立ち老いは身沈め茅花墓地 平井さち子 完流
若き粟鼠棲ましめ森の老いたる冬木 内藤吐天 鳴海抄
若竹の老い行く果てや団扇売り 千代女「はしの松」
茂吉忌や蝦夷に老いゆく吾思ふ 阿部慧月
茄子を焼く老いること今許されず 柏岡恵子
茄子汁やいつとはなしに夫婦老い 勝又一透
茗荷の子親しむ頃は老いゐたり 関戸一正
茨老いすすき痩せ萩おぼつかな 蕪村
草笛や老いても未だ息ゆたか 森田青霞
草青む村に老いたる馬蹄鍛冶 寺井甘雨
草餅の一つも翔たず老いませり 清水径子
草餅や老いぬるほどに母恋し 米田双葉子
草餅を届けて老いに泣かれけり 石川文子
荒城は鶯老いぬ暮れがてに 佐藤春夫 能火野人十七音詩抄
荒星や老いたる象のやうな島 夏井いつき
菊のへの蜘蛛に月おく夏老いぬ 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
菊の花八百屋の店に老いにける 菊 正岡子規
菊作り仕へ老いたる僕かな 小原菁々子
菊咲けりふるさと人は老いてやさし 福田蓼汀 山火
菊愛すこころ貧しきままに老い 新明紫明
菊月夜風の音にも母老いゆく 古賀まり子 緑の野
菊枕かくて老いゆく人の幸 高濱年尾 年尾句集
菜虫採りそれが上手で老いにけり 山田みづえ
菫濃く人老いゆくや草の宿 山口青邨
萩の庵宗匠老いてあはれなり 会津八一
萩繚乱わが老いに妻追ひすがる 横山白虹
落字して老いの吉書のめでたけれ 池上浩山人
葛切や齢涼しく父は老い 橋本榮治 麦生
葛城の神々老いぬ啄木鳥 大峯あきら 鳥道
葛水やまま母まま子老いにけり 草間時彦 櫻山
葛餅や老いたる母の機嫌よく 小杉余子
葡萄棚の地面の紫紺 家族老いて 伊丹公子 時間紀行
葭切の葭を掴みて老いゆくや 大嶽青児
葱作りつづけて老いし道化者 生出しげ子
葱坊主いとこはとこも老いにけり 小林木の実
葱提げて老いたる町の発明家 神田敏子
蒟蒻の花活けられて父老いず 足立原斗南郎
蓋人のままで老いたり螢売 水町文雄
蓬まで蓬まで来て老いざらむ 永田耕衣 冷位
蔵開き老いたる母に重き鍵 伊藤由起子
蕃椒人は奢りて老いにけり 倉田萩郎
蕎麦刈つて三戸の邑に老いにけり 白井新一
蕗の葉も老い交りたり草茂る 高濱虚子
蕗を煮る後ろ姿の母老いし 石井とし夫
蕨老いて天日雲に冷えにけり 渡辺水巴 白日
薪能もつとも老いし脇師かな 高濱虚子
薫風や老いてもうたふ応援歌 下村ひろし 西陲集
藁塚の低さ村中老いてをり 石阪千鶴子
藤の木の老いたるもまた淑気かな 神尾久美子
藤の花軒端の苔の老いにけり 芥川龍之介 蕩々帖〔その二〕
藤老いてむらさきなるは苦しからむ 遠山陽子
藥喰す人の心の老いにけり 藥喰 正岡子規
藪寺や鶯老いて音にうとき 老鶯 正岡子規
藪道を通ひて老いぬ午まつり 鍵和田[ゆう]子 武蔵野
藷粥を恋ひて移民の老いにけり 岡本無漏子
蘆刈るやひとりはやすし老い易し 長谷川双魚 『ひとつとや』
虚子忌来る母老い給ふこと悲し 高木晴子
虫の音老いて行く身をかこちけり 草雲雀 柳原極堂
虫を聞く老いに翼の生きるかな 原裕 正午
虫売の老いたる顔をうつむけて 成瀬正とし 星月夜
虫鳴いて故人は老いることのなし 高木石子
蚊遣して婆云ふ「うまく老いなされ」 秋元不死男
蚊遣火や熊野に老いてうつくしく 平井 梢
蛍の夜老い放題に老いんとす 飯島晴子「寒晴」
蛸壷の網手操りつつ老いゆけり 奥田恵以子
蜂老いて水におどろき水を刺す 小暮洗葦
蜂老いて草の実かたく抱きけり 白岩三郎
蜑老いて坪にも足らぬ大根蒔く 武田きの枝
蜑老いぬ根つき海鼠を突きながら 元
蜑老いぬ話相手の耕馬また 橋本榮治 麦生
蜻蛉の眼みづいろ沼の神老いたり 大峯あきら
蝉すでに老いて出でたる蝉の穴 正木ゆう子
蝉の松礎石擡げて老いにけり 林翔 和紙
蝶とまる心音老いしわが胸に 新明紫明
蝶老いて遠景の帆を羨しとも 細谷源二
螢とび夫婦おろかに老いしかな 久保田万太郎 流寓抄以後
螢の夜老い放題に老いんとする 飯島晴子(1921-2000)
螢火に亡きは老いずよ戦火杳し 文挟夫佐恵 雨 月
蟇老いてみどりにしたがへり 長谷川双魚 風形
蟇老いぬ落葉松落葉被て睡り 堀口星眠 営巣期
蟷螂の老いたる翅のたたみきれぬ 加倉井秋を
蟷螂の老いて片手を失へる 山崎ひさを
蟹を喰ふことも賢く老いにけり 松山足羽
蟾蜍老いぬ肩肘張つて草臥れて 田仲了司
行く年の我いまだ老いず書を讀ん 行く年 正岡子規
行く春や女神は老いず二千年 佐藤春夫 能火野人十七音詩抄
行年の我が老いにける髪かたち 武原 はん
行水や盥も古りて身も老いて 小澤碧童 碧童句集
衣更へて去年より老いぬ筈はなし 鈴木真砂女 夕螢
衣更へて命涼しく老いにけり 前田 白露
衣被母がよく食べよく老いぬ 白川京子
袖無を著て湖畔にて老いし人 高浜虚子(芭蕉忌)
被布を著て全く老いし母なりし 木村子瓢
裏山のうぐひす老いぬ妻を賜へ 佐藤春夫 能火野人十七音詩抄
裏方として老い都踊かな 有働亨
襖絵の孔雀は老いて秋陽欲る 横山白虹
襟巻に老いて澄む目やかなしきまで 加藤楸邨
西瓜喰ぶ背まるめ老いし姉弟 菖蒲あや
西陣や織子老いたる初地蔵 草間時彦
見るほどに枝垂桜の老いて艶 深見けん二
観音の眼前椿落ちて老い 佐野美智
記すこと老いて少き初日記 中火臣
記念樹も老いて緑蔭つくりけり 大島民郎
誘はれず誘はず老いの冬籠 藤田素候
誘蛾燈の暗さに立ちて父老いし 萩原麦草 麦嵐
読めばすぐ春眠に負け易く老い 北村風居
読書するまに少年老いて草雲雀 寺山修司(1935-83)
読札のむすめふさほせ老い忘る 辻 幽子
誰彼の老いし小顔や四明の忌 粟津水棹
諭吉忌や三田派文人すでに老い 佐藤英堂
譲る子を持たずに老いて雛飾る 斉藤美代
象老いて小さくなりぬ春の風 田中裕明
貝の洋書読む外套に品よく老い 田川飛旅子
貝剥女母より老いぬ地に咳きて 伊東宏晃
貝割菜ひしめき吾等老いんとす 山口青邨
貝割菜育て老い行く八瀬童子 高木青二郎
貸馬の老いては肥ゆることもなし 保坂伸秋
赤きもの着ては老いゆく濁り鮒 鍵和田[ゆう]子 飛鳥
赤頭巾人甘んじて老いけらし 頭巾 正岡子規
足老いて仏よろめく練供養 井上玉枝
足音の老いしと思ふ夜番かな 西島麦南
跪坐の黙いつまで サルタンモスクに老い 伊丹公子 ドリアンの棘
跫音の老いしとおもふ夜番かな 西島麦南 人音
路地に老いて焦げる鯛焼うらがえす 柴田清風居
躓くや老いも裾濃の夕霞 橋石 和栲
身に入みて聞くこともなく老いにけり 後藤夜半 底紅
身の秋や車師老いて阿彌陀こく 幸田露伴 谷中集
身の老いにかなふさむさや切山椒 久保田万太郎 流寓抄
身の老いに心遅るる寒さかな 文挾夫佐恵
身の老いを引き寄せたりし蔓たぐり 文挟夫佐恵
身を鎧ふすべなき老いの懐手 原田和子
車中の風呂敷弛み老いの唱歌 和田悟朗
軍艦が沈んだ海の 老いたる鴎 富澤赤黄男
軒下にどくだみ干して母老いぬ 田岡貞枝
載せ石の灼けて籠の鵜老いゆくか 伊藤いと子
輪唱シャンソン 巴里に生まれて 巴里に老い 伊丹公子 機内楽
輪廻とく老いしは草に横たはり 横山白虹
農夫皆老いゆくばかり鵙の贄 寺岡捷子
迎へ火も送り火も焚かず老い 猿山木魂
近つ淡海の秋よ老い易く老い難く 沼尻巳津子
近江びと老いてうららに山車自慢 大島民郎
逝く年の眠り貪り父母老いぬ 藤田美代子
遊女老いて茅花まじりの垣根哉 芽花 正岡子規
遊船の脇櫓を漕ぎて老いゆくも 後藤比奈夫 花びら柚子
道はたの籾すり臼や蓼老いぬ 籾すり 正岡子規
遠くより老い母見ゆる苗障子 徳井節子
遠く見て春日の中に母老いし 相馬遷子 山国
遠足の子にどつしりと馬老いて 曽根原幾子
遠野火や老いて子を恋ふ妻あはれ 伊澤秋家
遠雪崩正座が老いのかたちなり 鈴木渓子
遣羽子や官女老いたる緋の袴 遣羽根 正岡子規
部屋ごとの時計が老いを早めるのだ 菊池柾
都忘妻の手まざと老いにけり 八木林之介 青霞集
酒よりも鍋焼を欲り老い兆す 瀧春一
酔芙蓉ドミノ倒しに老い痴らふ 文挾夫佐恵
重陽の日や琴出して妻老いぬ 岸風三樓
野に老いし父母よ勤労感謝の日 石井飛大男
野に老いて冬満月を食ひ減らす 佐藤鬼房
野の菊と老いにけらしなよめがはぎ 野澤羽紅女
金唯々と賜ふは老いしか春暖炉 風間ゆき
釣の気も老いてすみけり秋の水 幸田露伴 江東集
釣堀のまばらとなりしなかの老い 大串章
鈴振つて搖髪より老い露の馬 文挟夫佐恵 雨 月
鈴虫や老いて框に坐る母 辻田克巳
銀屏の銀の老い行くめでたさよ 池上浩山人
銃口は何処ライオンが老いていく 滝口千恵
錦木の老いてすくなき紅葉かな 後藤夜半 底紅
鍵鳴らし一途に老いぬ枯木中 古舘曹人 能登の蛙
鏡開く日の姿見に老いにけり 阿部みどり女
鐵斎の老い黒き瀧赤き瀧 竹中宏 句集未収録
長き夜や目覚むるたびに我老いぬ 樗良
門松に馴染の鳶職も老いにけり 吉屋信子
門火焚く顎つき出して父老いぬ 菖蒲あや
閻王につかへ老いゆくお蝋番 財川石水
闘牛の母として老いひそと椅子にあり 栗林一石路
陵灼けて日本人のみな老いて 石田勝彦 秋興
隅田に老い昼の酒場のパセリ皿 古田海
障子はる影もろともに老いにけり 西島麦南
障子張る戦争未亡人老いて 山本芳江
雀こぼす松うらうらと老いにけり 蓬田紀枝子
雁なきてひとりの母を老いしむや 桂信子 黄 炎
雁帰る野鍛冶老いても大男 百合山羽公 寒雁
雁渡老いて筆絶つ人のこと 藤田湘子 てんてん
雛の句の母のひらがな老いにけり 蓬田紀枝子
雨蕭々建蘭の花老いて黒し 蘭 正岡子規
雨蕭々蘭の花老いて黒し 蘭 正岡子規
雪刻々父の寝顔を誰が老いしむ 野澤節子 黄 瀬
雪山に頬ずりもして老いんかな 橋間石
雪明り紅差し指の老いゆけり 文挟夫佐恵 遠い橋
雲渉り老いの匂いの菊畑 寺井谷子
雷激し旅急ぐは老い急ぐなり(ジュネーヴ) 殿村菟絲子 『牡丹』
電柱の傍に老いぬ浅蜊売 中沢妙子
霜晨の鶴女房として老いぬ 千代田葛彦
霞老い川の下つてゆけるかな 松澤昭 面白
霧深く楢栗も老い深むらむ 村越化石
露の世や目覚むるたびに老いてゆく 高橋健文
露の夜を眠り老いゆく心音も 新明紫明
露天湯に霊芝(れいし)のごとき老いの尻 高澤良一 随笑
青嵐電信柱老いたるよ 辻桃子
青梅や傾城老いて洗ひもの 青梅 正岡子規
青簾垂れて神馬は老いにけり 柑子句集 籾山柑子
青萩や日々あたらしき母の老い 正木ゆう子
青蘆の葉ずれけふ生きけふ老いき 千代田葛彦
音は老いずよ老鐘のへこみざま 橋本夢道 無類の妻
音もなくいのちの老いて日傘かな 藤田あけ烏 赤松
須佐之男命も老いし里神楽 長山芳子
頬白の老いてまで怖るるを叱す 永田耕衣 吹毛集
頭をのべて鯛をよびては老いにけり 宇多喜代子
頭巾着て老いぬ夜学の影法師 太祇
頭巾着て飯くふ迄に老いにけり 頭巾 正岡子規
頸すでに老いて金魚をのぞきこむ 桂信子 花寂び 以後
顎老いてひとひらの杜若かな 永田耕衣 冷位
顔老いし鞍馬の鳶や竹の秋 大峯あきら 鳥道
顔見せや老い椀久が花衣 松瀬青々
風に鴎の白きバランス老いゆく秋 藤野 武
風の秋別れ重ねて老いゆくも 井上哲王
風下の森の奥の老いの激しきかたつむり 高柳重信
風呂吹を食ふ猟犬も老いにけり 萩原麦草 麦嵐
風狂の髭の老いたる梅雨鯰 羽田岳水(燕巣)
颯爽と老いむと願ひ青き踏む 富岡夜詩彦
颱風の夜も夫熟睡夫老いず 及川貞 夕焼
飛ぶ如く生れ来つ春を老い尽す 永田耕衣 自人
飯匙倩捕の名人として島に老い 野瀬章子
馬は老いてお降りに魔羅濡らすなり 原田喬
馬老いて色なき風を食みにけり 小島健 木の実
駈け足で老いへころがるどんぐりこ 山本白雲
骨折りて鳴く鶯ぞ老いたりし 老鶯 正岡子規
高波に刺され町裏の老いし冬 松澤昭 神立
髪そぎて臈たく老いし雛かな 杉田久女
髪切つて母老いにけり栗の飯 松島千代
鬼やんまガキ大将のまま老いぬ 有永せつこ
鬼灯の花や赤子に老いきざし 宮坂静生
鬼灯や溶接工をして老いぬ 藤田あけ美
鬼老いて人へよろける里神楽 橋本一峰
魂祭我は親より老いにけり 内藤鳴雪
魚追ふ足の細さよ老いの網 中勘助
鮪またぎ老いのがに股競りおとす 橋本多佳子
鯉も老いこの寺も古り幾秋ぞ 高濱年尾 年尾句集
鯉幟立ててどの家も老いが住み 山海眞琴
鯉老いて真中を行く秋の暮 藤田湘子
鯉老いて雲中にあり雨安居 福島 勲
鯉老いて黒剥落す山ざくら 森澄雄 空艪
鯰得て身軽に老いし沼漁師 中村翠湖
鰊凪よと今は職なき老いし蜑 河府雪於
鰊群来松前やん衆老いにけり 駒木秋影子
鰯雲老いを知らざる天の艶 林翔 和紙
鳥は雲に老い父の腰やや曲り 相馬遷子 雪嶺
鳥帰る他郷に老いて甲斐訛 大須賀善和
鳥渡り月渡る谷人老いたり 金子兜太(1919-)
鳥雲に老いてははやる情あり 松村蒼石 雁
鳩吹のたくみも老いてしまひけり 鳩吹く 正岡子規
鳩逃げて老いし笛売冬ひとり 細谷源二
鳶は老い鴉は若し仏生会 大峯あきら 宇宙塵
鳶老いて高音張りけり山桜 小川軽舟
鴛鴦を見てゐて老いのゆるやかに 北崎珍漢
鴨足草父ことごとく老いにけり 八木林之介 青霞集
鴬の老いゆく里の新茶かな 大谷句佛 我は我
鵜飼舟はなやぎ杳と人老いぬ 玉川 杏
鶏に石投ぐる姿の母よ老いけり 村野四郎
鶏老い茄子黄ばみぬきく畠 黒柳召波 春泥句集
鶯の会は過ぎけり老いにけり 老鶯 正岡子規
鶯の老いたるが多き山路哉 老鶯 正岡子規
鶯の老いたるを尋ね三河島 老鶯 正岡子規
鶯の老いの艶音を如何に聴く 中村苑子
鶯の藤咲く山に老いにける 老鶯 正岡子規
鶯は家のまはりに老いにけり 廣江八重櫻
鶯や尼と老いゆく寺男 勝又一透
鶯や欝金の陰に老い初る 老鶯 正岡子規
鶯や竹の子藪に老いを鳴く 芭蕉「炭俵」
鶯や老いては声もつくろはず 蝶夢「草根発句集」
鶯や老いて深山の石に鳴く 老鶯 正岡子規
鶯や鴉は老いぬものなりけり 老鶯 正岡子規
鶴老いたり学徒出陣から外れ 相原左義長
鶴老いて水の深さをおもひをり 遠山陽子
鷲老いて止り木の糞石と化す 藤井亘
鷲老いて胸毛ふかるる十二月 桂信子 黄 瀬
鷹のつらきびしく老いて哀れなり 鬼城
鷹匠の老いて威のある鷹づかひ 川津ひな子
鷹老いぬ夜明は常に頭上より 三橋鷹女
鷹老いぬ眼をつむること多くして かなめ
鹿火屋守天の深きに老いんとす 上甲平谷
鹿火屋守老いていよいよ鹿火を恋ふ 近藤一鴻
鹿火屋根守天の深さに老いんとす 上甲平谷
鹿老いてゆく飛火野の冬日かな 小島健 木の実
鹿老いて地上の端に墓求む 対馬康子 吾亦紅
鹿老いて鹿苑出でず雪催 山田孝子
麗とは老いに眩しきものならし 能村登四郎
麦の風五月の雲雀老いにけり 麦 正岡子規
麦打つや老いの唐竿低けれど 緒方句狂
黄落や馬老いぬれば遊ぶなり 福島壺春
黒猫老いぬ村はひとつに栗の花 金子皆子
黒穂ぬく老いをな吹きそ山の風 中勘助
黙祷の背ナみな老いし原爆忌 宮坂秋湖
鼠老いて蘭の根を噛む夜もあらむ 会津八一
鼠老いて蝙蝠となる空屋哉 蝙蝠 正岡子規
●老ゆ
*はまなすや啄木とはに老ゆるなし 西本一都 景色
*はまなすや舟ごと老ゆる男たち 正木ゆう子 悠
あるじ白衣の医に老ゆ寒さかな 室生犀星 魚眠洞發句集
いわし雲村人谿を愛し老ゆ 有働亨 汐路
おそれつつ老ゆる他なき冬支度 北 さとり
かかなべてキヤベツ玉巻く春は老ゆ 石塚友二
きりん老ゆ日本のうろこ雲食べて 松尾隆信
ここで老ゆべし女子大学の青き踏む 楠本憲吉
この海と共に老ゆべし星月夜 上野まさい
こんにやく村逢ひし猟夫も犬も老ゆ 中戸川朝人 残心
したたりや山中に老ゆ寺の鶏 秋元不死男
すみふくべ母にかしづき母と老ゆ 栗林千津
ちちははのとほくに老ゆる雉のこゑ 黒田杏子
とろとろと甚暑の眼老ゆるかな 吉武月二郎句集
どくだみを蔭干しにして谿に老ゆ 加倉井秋を 『真名井』
なほ遠くきりぎりす啼き誰も老ゆ 榎本冬一郎 眼光
なりわいにならぬ楮を蒸して老ゆ 小松左月
はらからの一様に老ゆ小正月 飯島てる子
ひそやかに老ゆ接骨木の花や葉や 向笠和子
ぼうたんに息を合はせてすこし老ゆ 関戸靖子
またひと日老ゆ秋茱萸を口の中 細川加賀 生身魂
また母が老ゆ盆過の風の中 鈴木鷹夫 渚通り
みかどに仕へ菊に仕へて菊師老ゆ 伊藤いと子
わが知れる伊賀人誰も花下に老ゆ 下村槐太 天涯
われら老ゆ子に藤寝椅子贈られて 下村ひろし 西陲集
アペリティフ少年老ゆる秋の海 鷲田 環
アンタレス見ることなくてとりが啼くあづまに伊予の一青年老ゆ 高野公彦
パンの切口たちまち老ゆる敗戦日 中村明子
フリージヤの赤しとねたみをみな老ゆ 山田津奈王
ペンギン老ゆ南の漁家の奥の海原 森 白桜子
メーデーの火照りに抱きし妻も老ゆ 苑田ひろまさ(苑)
ラクビーが駆け抜けし胸どう老ゆる 北登猛
三滝の山を離れず鶯老ゆ 茂木白燕子
二うねの馬鈴薯咲かせ海女老ゆる 鍵和田[ゆう]子 武蔵野
人の世に木賊も蘆も刈らで老ゆ 相生垣瓜人 微茫集
人は老ゆ苧麻の衣の島老ゆる 吉田紫乃
人日や昭和を楯のわれも老ゆ 江ほむら
人老ゆる朝顔も実となりにけり 山口青邨
今朝秋の故郷人やどどと老ゆ 所山花
体臭となるまで玉葱作り老ゆ 柴田白葉女
何べんも秋草数へ人は老ゆ 山田みづえ
兄の形見の夏帽かぶり兄より老ゆ 安住敦
冬帽を頭より離さず農夫老ゆ 西村公鳳
冬瓜のふくらみを撫し男老ゆ 伊藤白潮
冬銀河老ゆるに堰のなかりけり 三田きえ子
冬麗の紀の川に老ゆ僧の母 佐野美智
刈田道ふりむくたびに父が老ゆ 太田 梟
初句会人みな老ゆること忘れ 山崎千枝子
初夢や波郷は若く吾老ゆる 杉山岳陽
剪定や林檎老ゆるをゆるされず 西本一都 景色
友情もまた老ゆるなり七日粥 大村錦子
友葬り来て心老ゆ石蕗の花 川村紫陽
古茶を汲み夫婦老ゆるに逆らはず 岡野洞之
咲きみちてなほ淡々と桜老ゆ 近藤一鴻
啓蟄の邦土に老ゆる不発弾 山本紫黄
喫泉の老ゆるを知らぬ苑の薔薇 伊藤敬子
噴き上げの中の天使よ教師老ゆ 原田やすひこ
園丁老ゆ公爵の名の薔薇咲かせ 宮津昭彦
地錦(いぬふぐり)など識り老ゆる同棲者 鈴木六林男 悪霊
坐して老ゆ畳師島の麦青み 大串章
夏帯に泣かぬ女となりて老ゆ 鈴木真砂女 夕螢
夏昏き顔さかしまに水辺老ゆ 伊藤京子
夏老ゆと白鳥の羽汚れたり 成瀬桜桃子 風色
夏雲や犬と戯れピエロ老ゆ 岡部六弥太
夕凪の茄子一鉢の艀に老ゆ 中拓夫 愛鷹
夕顔や山を越え来て髪の老ゆ 岸田稚魚
夜に入りて顔洗ひけり虫老ゆる 綾部仁喜 樸簡
大根の青首を見て老ゆる日ぞ 木村虹雨
大阪の人とし老ゆる鱧の皮 木国
女流俳人農とし老ゆる花青木 小松崎爽青
女老ゆ春著を着ても着ぶくれて 菖蒲あや 路 地
女老ゆ風呂場の隅で足袋洗ひ 菖蒲あや 路 地
如月や枯るゝともなく松の老ゆ 雑草 長谷川零餘子
妻老ゆるともゆたかなるビールの泡 榎本冬一郎 眼光
妻腹に小皺を畳みこの秋老ゆ 田川飛旅子
娼婦等は首から老ゆる春の午後 対馬康子 愛国
寒の日の爛々とわれ老ゆるかな 中川宋淵
尿出すことも骨折り花下に老ゆ 田川飛旅子 『山法師』
山房の灯らずなり若葉老ゆ 室生犀星 魚眠洞發句集
山栗を拾ひあつめてすこし老ゆ 志摩知子
山牛蒡咲きてこの世に母老ゆる 八牧美喜子
師老ゆるな冬もたつぷり水車 辻田克巳
年の豆つかんで女すこし老ゆ 中村明子
年ひとつ老ゆく霄の化粧かな 高井几董
広瀬川君臨したる鷹も老ゆ 相田ふみ子
座敷なる人語しづかに夏木老ゆ 下村槐太 天涯
待つたなき花びら踏んで一つ老ゆ 橋本恭子
思念老ゆ五月虚空の歩みまた 石原八束 空の渚
思草ひと日生くれば一日老ゆ 滝沢幸助
恋猫に水ぶつかけて路地に老ゆ 菖蒲あや
恩寵のごと面テ老ゆ今朝の秋 殿村菟絲子 『晩緑』
手さぐりに水餅探し女老ゆ 菖蒲あや 路 地
打水を大きく伸ばし路地に老ゆ 菖蒲あや
散たびに老ゆく梅の木末かな 蕪村遺稿 春
敬老の日のわが周囲みな老ゆる 山口青邨
文机に欠伸して老ゆ迎鐘 清水基吉
料亭の門前に水打ちて老ゆ 桂信子 樹影
旧正や杣は渋紙色に老ゆ 赤座閑山
春寒し墓前の土に濡れて老ゆ 松村蒼石 露
春雷や名のみの家に母老ゆも 清水基吉 寒蕭々
昼寝して老ゆ蟻の穴深くなる 中島斌雄
曼珠沙華母は涙すたびに老ゆ 石田仁子
月の戸に玲瓏とゐて老ゆ身かな 村上鬼城
月明に老ゆるひまなし夏の露 渡辺水巴 白日
望郷の端居の父も母も老ゆ 冨田みのる
朝顔や朝々かくて人老ゆる 幸田露伴 拾遺
木犀の香にもまぬがれがたく老ゆ 千代田葛彦
朱消えて冷えて虹老ゆ己れかも 八牧美喜子
朴の実は朱し君老ゆること勿れ 栗生純夫 科野路
杣小屋に椿の落花杣老ゆる 熊谷哲太郎
松毬の優しき焚火母老ゆな 柴崎左田男
松葉牡丹咲かせて夫婦すこし老ゆ 満田玲子
枇杷の咲く村しんかんと人は老ゆ 中 拓夫
果樹闇に肉体じわじわずきずき老ゆ 金子兜太 詩經國風
枯菊をたしかめしよりまなこ老ゆ 成瀬櫻桃子 素心
柚の花の香や水のごと老ゆるべし 篠崎圭介
柚子味噌やひと日生きれば一日老ゆ 堀口千代
柿の花膝よりがくと老ゆる鍛冶 江部二峰
栗の花ひとは夕暮れどきに老ゆ 野中久美子「すこし飛びたる」
桐咲くや笑顔のままに女老ゆ 油布五線
梅雨寒や右顧左眄して小吏老ゆ 青木重行
楠若葉団地全棟全戸老ゆ 小川軽舟(鷹)
歩まねば老ゆると思ふ寒夕焼 橋村濱子
残るに老ゆぞ鳴呼冴え返る鈴鹿山 広瀬惟然
残酷に少年老ゆる花木槿 稲野博明
殺生の夜振かさねて峡に老ゆ 須田紅三郎(鴫)
母等老ゆ蛇の存在ビルから見え 阿部完市 絵本の空
母老ゆや野分潮騒彩なすは 原裕 葦牙
比ぶれば林檎は若く柿は老ゆ 相生垣瓜人 微茫集
水無月に星も老ゆるや墓の上 秋元不死男
沙羅の花 十年詠つて 十年老ゆ 伊丹三樹彦
泡盛や汚れて老ゆる人の中 石塚友二「光塵」
泰山木咲きて法王常に老ゆ 中村草田男
流星にいくたび打たれ蔵王老ゆ 小枝香穂女
湯豆腐のゆれて賢兄愚弟老ゆ 西尾照子
滝しぶきあびてあまたの髪老ゆる 原裕 葦牙
滾る湯に芹を投じて少し老ゆ 鈴木鷹夫 渚通り
澤庵を漬くることして姉も老ゆ 藤松遊子
濃姫の着くずれ直す菊師老ゆ 大東二三枝
濡れ青葉いよいよ重く薊老ゆ 林原耒井 蜩
火の山の断層蝶は羽より老ゆ 対馬康子 吾亦紅
灯を消して菊人形の老ゆる刻 能村研三 海神
炎日の松を讃へて男老ゆ 能村登四郎
煌々と夏場所終りまた老ゆる 秋元不死男
爆心地へ花を届けし少年老ゆ 相原左義長
父母守りて吾らまた老ゆ鳥雲に 冨田みのる
父祖よりの鵜籠を継ぎて匠老ゆ つじ加代子
牡丹寺女首筋より老ゆる 中村路子
猪のあはれ飼はれて老ゆるとよ 西嶋あさ子
獅子頭どさりと置きて男老ゆ 小池龍渓子
現し身の寒の茂吉は老ゆらしも 清水基吉 寒蕭々
田の*ひつじあをあをとして雀老ゆ 福永耕二
男老ゆ椎の実拾ひ樹を見上げ 菅原鬨也
白れんの花の吹雪よ父母は老ゆ 小檜山繁子
白シャツを汚さじと着て農夫老ゆ 細見綾子 花 季
白菜の一塊を重しと妻は老ゆ 山口青邨
百日の千貫の榾減らし老ゆ 小熊一人
百日紅男は背中より老ゆる 福永鳴風「杉と泰山木」
盆灯籠ともし佃の路地に老ゆ 久保方子
目より老ゆとは誰が言ひし夜なべ置く 河野石嶺
真つすぐな髪のまま老ゆ福沸 樅山尋
着太りてはらからや老いわれも老ゆ 石塚友二 光塵
石蓴採眼のしんしんと老ゆるなり 宮坂静生 樹下
石蕗黄なり母子順調に老ゆるなり 山口都茂女
秋の燈に母老いしかば吾も老ゆ 相馬遷子 山河
秋耕やかそけく峡に老ゆるひと 及川貞 榧の實
空襲を語りて老ゆる寒夜かな 冨ケ原寛治
笑ひ皺いよいよふえて冬を老ゆ 田川飛旅子
篠の子をつんつん育て島老ゆる 井上ひろ子
紙一枚漉く間に老ゆる女かな 小泉八重子
紫宸殿南廂の下蟷螂老ゆ 川崎展宏
絲瓜忌や信濃に老ゆる一作者 福田蓼汀 山火
羅にひと老ゆわれも老ゆらむか 八木林之介 青霞集
美しく老ゆるは難し草紅葉 新海りつ子
美しく老ゆるも死ぬも冬紅葉 松井草一路
老ゆくや吐く息白きときのまも 西島麦南
老ゆらくをさやさや都忘れかな 岩城久治
老ゆることを牡丹のゆるしくるるなり 細見綾子 天然の風以後
老ゆるこわさ海女は焚火に執着す 河野南畦 湖の森
老ゆるとは風を聴くこと西行忌 畑 佳与
老ゆるとも乳房は乳房薔薇の戸に 岸本尚毅 舜
老ゆるにも力の要りて花こぶし 東郷瑞穂
老ゆるまで優しき農婦地虫いづ 百合山羽公 故園
老ゆるまで彼岸の香具師の目のひかり 百合山羽公 寒雁
老ゆるもの老いしめさくら満ちてをり 原裕 『出雲』
老ゆる日のためのジヨギング吾亦紅 矢口由起枝
老ゆる日を一日のばす夏の雨 清水径子
胡瓜揉みうからはらから共に老ゆ 根岸 善雄
胡麻干して関八州の隅に老ゆ 富田昌宏
色変へぬ松と相識りともに老ゆ 富安風生
芋の露山のむかうは知らず老ゆ 鍵和田[ゆう]子
花に逢ふ眼のふたつありて老ゆ 黒田杏子 花下草上
花の雨会はねば母の老ゆるかな 柴崎英子
花吹雪檻に飼はれて猿老ゆ 中里行雄
花氷をんなは老ゆること早し 岸風三楼 往来
花見るや膝に眠れる猫も老ゆ 中村瑞穂
苗代に歳々の顔うつし老ゆ 大串章
若布刈どきひとりとなりて少し老ゆ 原 裕
草市に足袋を濡らして女老ゆ 菖蒲あや 路 地
菊挿して父また老ゆる日昏かな 宮田正和
菜の花やこの身このまま老ゆるべく 三橋鷹女
華の露山のむかうは知らず老ゆ 鍵和田[ゆう]子 未来図
菱の実や兄弟似たるまま老ゆる 庄内健吉
葛砧打ちて吉野の里に老ゆ 大川きよ女
葱坊主三日三晩を犬と老ゆ 京武久美
蓮ひらくこゑを出さねば老ゆるなり 神庭千世
藁仕事なくなりし父手が老ゆる 内館暁青
藁塚に年輪はなし農に老ゆ 津田清子
蘆の花船頭水の上に老ゆ 山口超心鬼
虫老ゆとおもふまぶたにひびきけり 岸田稚魚 筍流し
蜂が吸ふいちじく人は瞬時も老ゆ 細見綾子 雉子
蝸牛影をたいらにわれら老ゆ 安井昌子
蟻の列忙し原爆ドーム老ゆ 吉松伸明
裏谷に橡咲きうつらうつら老ゆ 飯島晴子
豊年だ豊年だまた父老ゆる 今瀬剛一
負真綿老ゆれば出づる郷ことば 梅田幸子
賞もなく罰もなく老ゆ文化の日 神坂光生
走馬燈ながるゝごとく人老ゆる 西島麦南「人音」
農に老ゆ母よ朝日に夏蚕透く 柴崎左田男
送り火を焚き兄弟のまた老ゆる 神蔵 器
逃水にはぐらかされて男老ゆ 井桁白陶
運河老ゆ海月は群れて乳色に 中村明子
運河老ゆ蓮葉氷に海猫乗せて 佐藤まさ子
道泳の写真なつかしがりて老ゆ 後藤比奈夫 めんない千鳥
遠雪崩綸旨諳んじ木地師老ゆ 山崎雅葉
銀漢や吾に老ゆといふ言葉きく 星野立子
長男に生れて老ゆる梅の花 本宮哲郎
闘牛の勢子を勤めて島に老ゆ 永井良
除夜の鐘幾重にも聴き京に老ゆ 北川わさ子
雁渡し漆重ねて能登に老ゆ 田村英一
雪の日の海鼠を噛みて老ゆるべく 黒田杏子 花下草上
雪の日も朝市を守り能登に老ゆ 伊東宏晃
雪嶺を背骨となしつ農夫老ゆ 小田欣一
霜降や白じら老ゆる象はな子 中原鈴代
露の世を以心伝心夫婦老ゆ 福永鳴風
青ざめて花いたどりも浜に老ゆ 金箱戈止夫
青梅雨の翳は身に濃し刺青老ゆ 文挟夫佐恵 雨 月
青蚊帳の中にて老ゆることおそる 菖蒲あや 路 地
風邪ひけば風邪も逃がさじとして老ゆる 村上鬼城
食へばすぐ老ゆるぞ桑をなまけ食ひ 今瀬剛一
首出して蓑虫さらに老ゆるなり 久保 乙秋
高嶺松霧に育ちて霧に老ゆ 岡本緑也
鬼と老ゆさくらの下のかくれんぼ 都井千年
鬼ヶ島見ていて我ら少し老ゆ 山口 剛
鮓圧すや折れむばかりに母は老ゆ 山田みづえ
鳥曇畝傍耳成香久山老ゆ 津田清子
鳥身得て人面老ゆれ雁来紅 竹中宏 句集未収録
鳥雲に老ゆる暇などなかりけり 岡本芳子
鶏頭一本立てるは父の老ゆる如し 榎本冬一郎 眼光
鶯の老ゆる大きな鏡かな 綾部仁喜 寒木
鷽鳴くやわざ老ゆるなき筆づくり 内山 亜川
麦秋のいちにち何もせねば老ゆ 関成美「朱雀」
麦秋や老ゆるに覚悟などいらぬ 水津八重子「貴船菊」
黄落や奥へ奥へと老ゆばかり 兼子生々
●老け
うたはれし名妓老けたり二の替 阿部みどり女 笹鳴
さそり星老けしまはりの露の星 百合山羽公 寒雁
とけしなき業に老けり蜆とり 嘯山
まわれ まわる かごめの芯で老けてゆく 森洋彦
コンコルド女神老けにし春の雨 横光利一
仔雀の死しておもかげやや老けぬ 中村草田男
冬鳩の老けごゑ宝石筥からつぽ 堀井春一郎
十三夜過ぎし尾花の老けにけり 後藤夜半 底紅
同年の老けし村びと鵙の贄 百合山羽公 故園
向日葵の熱気夜も充ち人老けさす 西村公鳳
大寒やぼんのくぼまで老けにけり 小林康治 四季貧窮
寡婦となり俄かに老けぬ黍の秋 阿部みどり女 笹鳴
山中の昼老け役のけらつつき 岡井省二
布団縫ひあげて俄かに顔老ける 横山房子
幼虫の蝉の老けがほ苔じみぬ 土屋兼教
忌ごもりのしのび普請に秋老ける 竹下しづの女 [はやて]
指折りて老けたる月夜衣被 後藤夜半 底紅
朝あり夕ありて砂漠は老けこむよ 津田清子
松島やみどり立ち立つ老けやすし 八木三日女 落葉期
水餅や一途に老けし母の鬢 小林康治 四季貧窮
河豚を食ふ君も口髭老けにけり 榎本冬一郎 眼光
白団扇妻には貸さじ老けて見ゆ 渡邊水巴 富士
紡績に妻老けるよ敷ぶとん 黒柳召波 春泥句集
老けごえの冬の椿に呼ばれをり 斎藤愼爾 冬の智慧
老けしとは落着きしこと額の花 後藤夜半 底紅
老けりな扇づかひの小ぜはしき 一茶 ■文化十三年丙子(五十四歳)
老け役の描き皺かなし白うちは 柴田白葉女 遠い橋
老け急ぐ勿れ地虫も穴を出づ 小林康治 四季貧窮
肉親あつまる杉の先端病み老ける 徳才子青良
芒老け後の月見の残りもの 小澤碧童 碧童句集
花芒齢ほど顔の老けをるか 平井照敏 天上大風
草むらや虎杖の葉の老けそめて 飯田蛇笏 山廬集
草餅のよもぎが言へり老けるなと 中山純子
蒲公英や姉より老けてよき妹 久米正雄 返り花
虎吼えてかの山頂を老けさせる 安井浩司
道ばたは白い木苺老けた 北原白秋
鈴虫の老けしと思ふ冷まじき 後藤夜半 底紅
青梅拾うモーゼの十戒知らず老け 斎藤愼爾 夏への扉
面影の去らねば老けて藤袴 六本和子
韮の花まひる老けゆく刻の見ゆ きくちつねこ「雪輪」
餅の黴剥がす前髪より老ける 殿村菟絲子 『路傍』
香水やまぬがれがたく老けたまひ 後藤夜半「底紅」
魚に聞け魚も泣くらむ春老けて 瀧井孝作
麦の穂も老けよ暮れよと地虫なく 百合山羽公 寒雁
●老化
亀鳴くや老化を加齢と直さるる 平井さち子 鷹日和
佐保姫に流し目さるるたび老化 小出秋光
●晩年
Q氏晩年サフランも牛も不思議 高橋たねを
いかやうに晒す晩年破れ蓮 松永順子
いつからを晩年と云う烏瓜 森 真砂人
いつの間に来し晩年の桜の実 徳弘純 麦のほとり 以後
いつよりを晩年といふ豆を引き 藤田あけ烏
おろおろと晩年が見ゆ竹煮草 有働亨
このままの晩年でよし蝸牛 石田あさ子
しめぢなます吾が晩年の見えてをり 草間時彦 櫻山
しやりしやりと梨喰ふ晩年青春期 本庄登志彦
たてがみを刈り/たてがみを刈る/愛撫の晩年 高柳重信
ひきがへる一歩晩年はじまるか 金久美智子
べた凪の晩年を漕ぐ置炬燵 武田和郎
まつたなき晩年にあり虎落笛 神尾きく
まんじゆさげ炎え晩年の菩提心 西村公鳳
みちのくの青田晩年感兆す 辻田克巳
みんなみんないい娘ばかりや虚子晩年 筑紫磐井 花鳥諷詠
めくるめく月晩年の馬鹿っ花 仁平勝 花盗人
やがては至る晩年遠く火事一つ 有馬朗人 母国
ギヤマンランプに 二月の海泛く 晩年くる 伊丹公子 山珊瑚
コスモスに溺れ晩年はじまるか 西村逸朗
セーターを着て晩年のまだ見えず 角川春樹
モネ晩年の睡蓮の闇水中に 松田ひろむ
一休の晩年がよし紅椿 板谷芳浄
一本の華やぎ 晩年の銀の匙 伊丹公子
七月といふ晩年の空のあり 櫂未知子 蒙古斑以後
不幸な晩年 犀が近よりまた遠のく 伊丹公子 メキシコ貝
井戸も亦晩年ならむ梅雨きのこ 林翔
何処からが晩年甘納豆と冬日 鈴木鷹夫 春の門
余花の谷くらりと深し晩年や 殿村菟絲子 『晩緑』
侘助を植ゑて晩年用新居 鈴木鷹夫 風の祭
偏屈な蓑虫薦被て晩年へ 高澤良一 素抱
八つ手散るままに晩年なしくづし 齋藤玄 『狩眼』
冬の噴水白く勢ひて晩年へ 館岡沙緻
冬もみぢ晩年すでに始るか 安住敦
冬立てり晩年へ扉をひらくごと 北川泰子
冬鳥のこゑ晩年の父の帽 鈴木鷹夫 渚通り
刻むほかなき晩年の葱の量 楠本憲吉
区切りなきものに晩年草青む 三浦光児
十日流れて魚を養ひいま塩辛き晩年の河 高柳重信
南天結実よき晩年を妻よ得む 細川加賀
啼き尽くす蝉に晩年なかりけり つじ加代子
塩と白菜母の晩年わが手中に 磯貝碧蹄館 握手
塩にぎるごとし晩年の虫の音は 遠藤煌
夏すでに陸封のわが晩年ぞ 三橋敏雄 畳の上
夜がとざす人の晩年寒霞 戸村羅生
嫁菜飯力を抜いて晩年へ 金崎久子
子ら留守の雪夜晩年のごとく更く 茂里正治
学ぶこと多き晩年着ぶくれて 廣瀬千代子
室の花晩年といふ檻の中 根本喜代子
家康忌晩年運を頼みとし 檜 紀代
家建てて晩年が来て蝸牛 辻田克巳
寒卵わが晩年も母が欲し 野澤節子 花 季
寒月や晩年の河生臭し 原田麦秋
寒苦なりその晩年を父と呼び 赤松[ケイ]子
寒蜆晩年追はること多し 小林康治
屠蘇酌みてまだ晩年の持時間 柊 愁生
山の鉱泉に父の晩年きりぎりす 高島茂
引き汐のごとき晩年秋袷 町田しげき
捨てるもの多き晩年耕せる 小林あや子
擦り足に晩年の来る百千鳥 鷲谷七菜子
放蕩の野や晩年の蝮売り 中村苑子
故郷のなき晩年や寒昴 塩田晴江
新茶揉む晩年厚きたなごころ 大畠新草
日照草子規の晩年いまさらに 星野麥丘人「鶴俳句選集」
星恋の晩年という闇に立ち 津根元潮
春シヨール妻晩年の子にあまく 徳本映水
春一番深入りしたる晩年よ 殿村菟絲子 『晩緑』
春眠といふ晩年の玉手箱 岡田京花
春草の嬰をしやぶらせてよ晩年 永田耕衣 人生
晩夏晩年角川文庫蠅叩き 坪内稔典
晩年か否葉牡丹に雪降るは 久保田月鈴子
晩年さながら紅葉を貪りぬ 櫂未知子 蒙古斑
晩年というものを見に川へ出る 関口比良男
晩年といえど明日あり五月風 吉田舎生
晩年といひて久しや風露草 兼谷木実子
晩年といふがすぐそば浮いてこい 吉田美彌子
晩年といふさびしさか冬木の芽 斎藤節
晩年といふは春きて夏くるや 清水径子
晩年といふ家ありて隙間風 蔦 悦子
晩年といふ思ひあり短き日 望月たかし
晩年といふ薄明の春の闇 西田孤影
晩年といふ蛤のすまし汁 西 宇内
晩年といへばむらさき湿地など 三田きえ子
晩年とおもひ思はれさくら見る 木附沢麦青
晩年とはいかなる嘘や石の上 宇多喜代子
晩年と思ひ打消し春の風 大井戸辿
晩年なほ人に縋らず根深汁 鈴木真砂女 夕螢
晩年にふるさとのなし夕芒 高橋沐石
晩年に似たる夫婦や蝉の家 石田あき子 見舞籠
晩年に似て綿虫の漂へる 福田蓼汀
晩年に入る弾創も白梅も 鈴木慶子
晩年に桜かむさる夕べかな 鷲谷七菜子 花寂び
晩年に視えくる/沖の/ 藻の/花よ 林桂 黄昏の薔薇 抄
晩年に鈴付けておく秋の暮 中尾寿美子
晩年のいまが入口青林檎 星 多希子
晩年のいま雪のとき山や川 清水径子
晩年のうしろは見せず春の欅 小島千架子
晩年のかなしき人や石蕗の花 成瀬正とし 星月夜
晩年のこの街が好き菊日和 林 友次郎
晩年のそこらすっきり雛飾る 三木幸子
晩年のどのあたりかや雁渡る 川久保玲風
晩年のどのあたりで神に逢えるのか 澤井詩宴
晩年のなかりし父の冬帽子 関口謙太
晩年のなき幸不幸朱鳥の忌 野見山ひふみ
晩年のなき源義の褞袍かな 増成栗人
晩年のはや箸捌き菊膾 高澤良一 随笑
晩年のひと日小春谷すぐ昃り 福田蓼汀 秋風挽歌
晩年のひと日過ぎゆく朧かな 広谷春彦
晩年のほのかに見ゆる蒸鰈 池田秀水
晩年のわが常臥しや四月馬鹿 森 澄雄
晩年の不意に親しや秋の暮 斎藤玄 雁道
晩年の世阿弥判らず蚊遣香 鈴木鷹夫 春の門
晩年の乳房を見たる大鴉 井沢唯夫
晩年の倖せあるか痩せ氷柱 室岡純子
晩年の全景ならむ裸の木 倉橋羊村
晩年の刻のゆるやかなづな粥 西村 澪
晩年の友多くなる鮎の飯 矢島渚男 延年
晩年の唇赤き母冬座敷 澤木欣一
晩年の塵すこし立て冬籠 小林康治 『潺湲集』
晩年の夫婦なづなの花白し 篠崎圭介
晩年の如くに垂れて青糸瓜 高橋悦男
晩年の妻直角に秋刀魚切る 加倉井秋を
晩年の子に望みかけ芋茎むく 三宮 美津子
晩年の子を鍾愛す天瓜粉 日野草城
晩年の少し離れて初鏡 広田美栄
晩年の師系大事や風生忌 舘岡沙緻
晩年の帰る地もなし枇杷の花 皆川白陀
晩年の幸潰えしか鳥総松 今牧茘枝
晩年の序の口にして新走り 高澤良一 随笑
晩年の思ひにをりて挿木せり 森田公司
晩年の文字やすすきのごと華やぐ 細見綾子 黄 炎
晩年の旅蛍烏賊歯になじむ 青木よしを
晩年の既に始まる揚げ零余子 高澤良一 随笑
晩年の景紅葉浴び黄葉焚く 小松崎爽青
晩年の景色に雨の赤のまま 今井杏太郎
晩年の月日聳える青簾 桂信子 遠い橋
晩年の枯木の管を水通る 高澤晶子
晩年の楽しからずやおかめ市 大倉祥男
晩年の母に二月の山走る 飯田龍太
晩年の母に似てくる初鏡 松本サキ子
晩年の母の安らぎ軒忍 山田弘子 螢川
晩年の母の小振りの遍路鈴 品川鈴子
晩年の母ひとり打つ冬田かな 堀 雅子
晩年の母へ ぱっちり ヒマラヤ星 伊丹公子 機内楽
晩年の母も来し山花の雲 鈴木石花
晩年の気の合ひさうなかたつむり 北見さとる
晩年の波のかなたの杜若 橋間石
晩年の父に金魚のまぶしくて 黒田杏子
晩年の父のセル着てわが夕べ 藤田湘子
晩年の父より知らず雀の子 樋笠文
晩年の父を侮り柿の花 小島千架子
晩年の父母あかつきの山桜 飯田龍太
晩年の甚平の袖大振りに 近藤一鴻
晩年の生きざまふっと烏瓜 河江麗子
晩年の痩身年をゆかしむる 長谷川双魚 『ひとつとや』以後
晩年の白一色の日向ぼこ 鷹羽狩行
晩年の眼は遠澄みて残る雪 林翔 和紙
晩年の眼鏡がくもる桐の花 松野忠弥
晩年の秋麗ひと日づつたのし 矢成緑風
晩年の肩たたきしはこの木の実 出井哲朗
晩年の花とも思ふ花馬酔木 石垣みち代
晩年の跫音さらさら更衣 古賀まり子 緑の野
晩年の身につくうれひ帰り花 舟月
晩年の途方に暮るるまま夏へ 小野寺教子
晩年の過ぎゐる枯野ふりむくな 齋藤玄 『雁道』
晩年の道元の語気*かりんの実 倉橋羊村
晩年の道行きどまる遠雪嶺 木村敏男
晩年の遠くて近き鉦叩 鷹羽狩行
晩年の青春切符星祭 三浦すゑ
晩年の風に色なき韮畑 森洋彦
晩年の風は樹々より刈田道 所山花
晩年の飛車角落とす花南瓜 中村保典
晩年の骨カラカラと野分かな 中山雪
晩年はつねに眠たし秋の鮎 梶山千鶴子
晩年はもとよりひとり糸ざくら 八牧美喜子
晩年はよしといふ相秋扇 小出文子
晩年は何して暮らそとろろ汁 那須淳男
晩年は口閉ぢてあれ男郎花 田川飛旅子 『邯鄲』
晩年は大輪が佳し菊根分 堀川由規子
晩年は安房に住みたし梅雨かさご 庄司圭吾
晩年は桜ふぶきと言ふべかり 中村苑子
晩年は死後の逆算凍てゆるむ 竹中碧水史
晩年は水に似てくる寒夕焼 庄司とほる
晩年は湯ざめに似るか春の星 永井東門居
晩年は甘え上手に昼顔咲く 吉川みつ子
晩年は背泳ぎのまま青すすき 遠藤煌
晩年は胡椒おおいにふり撒く気 穴井 太
晩年は行く方知れずへちま水 皆川燈
晩年は許してばかり雁渡し 貝塚せい子
晩年は軽くかるくと羽根布団 加藤燕雨
晩年は過客で通し木葉木菟 柴田孤岩(草の花)
晩年は鯨を愛す日の帝 折笠美秋 虎嘯記
晩年へ時の急流菜殻燃ゆ 野見山朱鳥
晩年へ来ては出でゆく秋の暮 斎藤玄 雁道
晩年へ蹴きくるけはひ雪女郎 鈴木八洲彦
晩年もなほ日永にて摘む蓬 中村苑子
晩年もよし山茶花に日当たつて 橋本草郎
晩年も冬も隣りとなりにけり 津川志津
晩年も書生つぽき顔獺祭忌 右城暮石 上下
晩年も父欲し大根おろしつつ 岡部六弥太
晩年も西瓜の種を吐きちらす 八木忠栄
晩年やあまりに淡き春の虹 柴田白葉女 花寂び 以後
晩年やいずこも鳥の止り居る 永田耕衣 殺祖
晩年やきつぱりと白花菖蒲 吉岡泰山木
晩年やまだ海のまま夏の海 永田耕衣 闌位
晩年や一風景の枯れ透きて 三谷昭 獣身
晩年や地を這ふ蒲公英見てをりぬ 山崎時二
晩年や夜明けの胸の麻ぶとん 西宇内(日矢)
晩年や夢を手込めの梨花一枝 永田耕衣 冷位
晩年や寒鯉動く夜の川 上田晩春郎
晩年や少年の木を杖とせむ 高橋睦郎 荒童鈔
晩年や左眼の涙を右眼容れ 永田耕衣(1900-97)
晩年や捨縄につく霜の華 関 成美
晩年や月明に着る木綿縞 齋藤玄 『玄』
晩年や林に積みし雪の声 小林康治
晩年や棘もたふとき冬薔薇 鍵和田「ゆう」子
晩年や滝のしめりの八重桜 吉田紫乃
晩年や滝を紅葉のさかのぼる 森田廣
晩年や父の眼鏡に菊の冷え 伊藤京子
晩年や狭庭を踏むも天揺るる 永田耕衣 殺佛
晩年や瑠璃色の飴口中に 塚本邦雄 甘露
晩年や田螺つぶやき蜷呆け 百合山羽公 寒雁
晩年や神の驟雨をふりかぶり 原田喬
晩年や秋の蛙がひとつ跳び 坂本謙二
晩年や空気で冷える夏の海 永田耕衣(1900-97)
晩年や船酔いのよう田水沸く 児玉悦子
晩年や花に触れては夢拓く 長見千恵子
晩年や裏に表に*ひつじの田 橘孝子
晩年や触れて小春の力石 北見さとる
晩年や赤きとんぼを食いちぎる 永田耕衣 殺祖
晩年や赤殖やしいる額あじさい 堂本ヒロ子
晩年や雪採れば餅近づきぬ 永田耕衣 冷位
晩年や骨の音して籐の椅子 山下良三
晩年や鴟尾のしぐるる夕明り 倉橋弘躬
晩年や鵙に囲まれ口ごもる 穴井太 原郷樹林
晩年や黒穂の黒に指染まり 加倉井秋を
晩年をくくるに粗き冬構え 巻良夫
晩年をさがしに出づる鯛の海 宇多喜代子
晩年をもたれて湿る夏木かな 宇多喜代子
晩年を曝せるごとく書を曝す 市川彳水
晩年を火の色とせん飾焚く 坂井三輪
晩年を考へてゐる冬木立 中村菊一郎
晩年を薔薇に腐心の老大家 高澤良一 宿好
晩年を覗いて見よう葱の筒 永田耕衣 闌位
晩年を頼る妻ゐて糸瓜蒔く 小川玉泉
晩年像は授かるものぞ草の花 倉橋羊村
更衣へ晩年の計ほどほどに 角川源義
更衣晩年へ向く膝正す 藤島かの
曼珠沙華人来て晩年と言ヘり 細見綾子 黄 炎
月の座にある晩年のこころかな 山崎ひさを
月見草吾が晩年の胸に咲け 増田春恵
木の実降る道ゆつくりと晩年へ 小川匠太郎
木枯や晩年鶴のごと吹かれ 桑原視草
木瓜の一顆に晩年の子規想ふ 青柳志解樹
末黒葦湖に晩年ありにけり 鍵和田[ゆう]子 飛鳥
朴落葉大きを拾ひ晩年へ 鍵和田[ゆう]子
柿干して晩年のなほ無策なり 小島照子
柿甘し晩年か最晩年か 伊丹三樹彦
栗の花母の晩年にいくさなし 成瀬桜桃子 風色
栗をむくいまが晩年かも知れぬ 細川加賀 『傷痕』
桃太郎の晩年知らず冬ごもり 鈴木鷹夫 風の祭
桐咲くやあつと云ふ間の晩年なり 田川飛旅子 『植樹祭』
桔梗咲き晩年といふ見えぬもの 高橋謙次郎
梨咲くや晩年のいま華やぎて 高橋謙次郎
櫛型の落葉よ晩年まで華やか 丸山佳子
母よ藷が真赤に晩年もいいね 北原志満子
水澄むやあめんぼうにもある晩年 きくちつねこ
水飲んでゐる晩年の朧かげ 鷲谷七菜子 花寂び
泣き易い母の晩年 桜ゆたかに 伊丹公子 メキシコ貝
洗硯す晩年はかく寂びたらむ 林翔 和紙
海へ還る地吹雪晩年泣かぬ母 齋藤愼爾
海市行き船を待ちゐてもう晩年 北川英子
涸川の石晩年の円みかな 山口 速
湯ざめして晩年是非もなかりけり 長谷川双魚 『ひとつとや』
滝に立つわが晩年でありにけり 牧野春駒
父母晩年暾のいっぱいにある石榴 新井博
父母晩年雪まぼろしの刻と降る 深谷雄大
球入れの球晩年の日を数う 花谷和子
田植機に乗りさみどりの晩年へ 齊藤美規
男の晩年 雲の中へ糸垂らす 穴井太 土語
疾風怒濤の晩年もよし冬欅 倉橋羊村
登山靴履く晩年の句一念 小川原嘘帥
白地着ておのれ恃まむ晩年も 新明紫明
白線を辿ればふいに晩年に 森田智子
皆晩年の旅なれや鳥雲に 近藤一鴻
瞑ればすでに晩年風と霜 上田五千石 田園
短日や晩年日記とびとびに 秋元不死男
石と話すことますます多い晩年 内田南草
福寿草わが晩年の知己増えぬ 伊東宏晃
秋晴や手間隙かけず晩年へ 藤田湘子 てんてん
秋海棠咲きつぎどこからが晩年 蓮田双川
空見なくなれば晩年啄木忌 仲 寒蝉
竹皮を脱ぐ晩年の坂の際 近藤一鴻
竹皮を脱ぐ晩年の青写真 石川美佐子
篝火に鵜の疲れくるわが晩年 國定義明
籐椅子や暮れて晩年まる見えに 西川五郎
籠り居る母の晩年雛の灯 成田郁子
籾降らし降らし晩年泣かぬ父 齋藤愼爾
紅葉焚くわが晩年に見ゆるは何 畑稔
綿虫や晩年むしろ夢多き 宮下翠舟
縁はなし冬日珠なす晩年など 安住敦
置き去りにされ晩年の痩海月 岸風三樓
群鴨の水にこつんと晩年来 土肥さだ子
色鳥や肩触れて晩年の母と思ふ 山田みづえ
花たのしいよいよ晩年かもしれぬ 星野麥丘人
花の雲抜く晩年の飛魄かな 永田耕衣 冷位
茄子植ゑてわが晩年の始まるか 金箱戈止夫
茶立虫修羅の昭和も晩年に 岩村蓬
草ひばり晩年水のごとく澄み 中村苑子
草矢射よ茫々として晩年へ 斎藤梅子「八葉」
草露か螢かほのかなり晩年 森田智子
華鬘草咲けば晩年めきにけり 山崎ひさを
落椿晩年もまた長丁場 百合山羽公
葉鶏頭母に晩年なかりけり 満田春日
葡萄棚透き晩年へ妻佇てる 金箱戈止夫
蓑虫や句を晩年の計として 角川源義 『西行の日』
蕗味噌の適ふ小器晩年や 文挾夫佐恵
薄氷も夢やそよそよ秘晩年 永田耕衣 殺佛
薔薇うかべ/海をおそれる/晩年の河 高柳重信
蘭の香の父晩年の部屋に憑く 野澤節子 花 季
衣更へ晩年の計ほどほどに 源義
見えてきし晩年の梅雨籠りかな 青木重行
言はねども晩年が見ゆ花八つ手 倉橋羊村
諸葛菜晩年の文字美しや 角川源義 『西行の日』
逃げ水のごときもの追ひ晩年へ 藤原滋章
遊び紐がよし甚平も晩年も 倉橋羊村(波)
道化師に晩年長し百日紅 仁平勝「仁平勝集」
野に赭らむ冬雲誰の晩年ぞ 堀井春一郎
野鴉や晩年水の香にも酔ひ 三橋鷹女
金銀の夏は来にけり晩年祭 永田耕衣 物質
隼人瓜晩年だんだん面白く 高澤良一 寒暑
雀隠れ晩年急ぐこともなし 和田祥子
雁渡し佇みて吾れ晩年ヘ 村越化石
雪となりし雨や晩年すぐそこに 北野民夫
雪の果晩年は娘に近く住み 肥田銀峰
雲に心ひらく晩年冬木の芽 倉橋羊村
雲の峰晩年は充つ悲しみに 殿村莵絲子
露けしや晩年いよよ閑ならず 松本千鶴子
露けしや晩年麻のごとくにて 平井照敏 天上大風
青春が晩年の子規芥子坊主 金子兜太「両神」
青空へ突き出す晩年の拳 安藤涼二
風荒き/展けし海に/熟れきはまるよ/晩年は 高柳重信
鹿の晩年蝉声を坐して聴く 辻田克巳
●最晩年
あやめ咲く最晩年を待たせをり 小泉八重子
最晩年揃いの花見泥鰌かな 永田耕衣 殺佛
最晩年菫を咥へて眠りをり 佐藤恵美子
柿甘し晩年か最晩年か 伊丹三樹彦
猪に露の事あり最晩年 永田耕衣 殺佛
薄紙につつむ花びら最晩年 桂信子 黄 瀬
●老事
●老齢
戸の口に老齢坐り冬の鶸 友岡子郷 遠方
秋の日の老齢ねむりつづけたり 平井照敏
老齢の木を真白に杏咲く 百合山羽公 故園
老齢の柚子に石垣高くせり 岸風三樓
黍はこぶ共に老齢歩み寄る 友岡子郷 遠方
●老境
七日粥うまし老境はじまるや 藤原たかを
大くさめして老境をひろげをる 佐藤よし子
大嚏して老境の座を保つ 西田孤影
涼しき雨老境の艶ほくろにも 村越化石 山國抄
紅葉且つ散る老境へまた一歩 岩田千代子
老境といふはいつより日向ぼこ 半田陽生
老境に入りしと思ふ年酒酌む 梅田実三郎
老境の入口に立ちばらを嗅ぐ 猿橋統流子
老境や空ほたる籠朱房垂れ 能村登四郎
青杉の凍て老境のさだまれり 飯田龍太
●年波
草市や寄る年波の鬼灯屋 渡辺桂子
老憎しつもる年波打ては返らず 年の暮 正岡子規
弖爾乎波(てにをは)と寄る年波に躓けり 内田利之
●耄碌
耄碌の兆し三分や花の雨 市ノ瀬 遥
●二度童子
不意に来て蝋梅毟る二度童子 中澤喜平治
二度わらし身ぬちにひそみ花ぐもり 平井さち子
二度童子次々に出る手毬唄 河村純子
二度童子狐のかんざし挿してくる 柿本多映
二度童子跼りたる野分跡 攝津幸彦 未刊句集
二度童子飛び散つたるや吾亦紅 森田緑郎
大塊の紀州梅干二度童子 関口比良男
日の射してゐる空瓶や二度童子 西口昌伸
梅雨暑く泣きぐせつきし二度わらし 土居伸哉
涅槃西風夜を海老寝の二度童子 小野冬芽
蝶食うべ二度童子となりにけり 柿本多映
飯つけて頬花あかり二度童子 平井さち子 鷹日和
●高齢
八月の北空高齢の死を通す 桜井博道 海上
屠蘇干してわれはまさしく高齢者 鈴木真砂女
故郷は高齢世帯桔梗咲く 後藤澄子
石に雪石に雪母に高齢きて 北原志満子
秋燕や高齢にして見ゆるもの 宇佐見魚目
胡桃割る高齢眉の端撥ねて 成田千空 地霊
遠縁といふ高齢と椋鳥仰ぐ 宮津昭彦
高齢で吾生みし母大白鳥 和田耕三郎
高齢といふ身のこなし秋の蝶 藤田 京
高齢と相炬燵して従者めく 秋元不死男
高齢のいのち明りに虎が雨 矢吹湖光
高齢の死の綿布団残りけり 永田耕衣 驢鳴集
●高齢者社会
高齢化社会社会と百舌啼けり 高澤良一 燕音
●老衰
そば畑高らかにゆく老衰死 宇多喜代子
にはとこ冬芽老衰病者みな匂ふ 松村蒼石 雪
夕影や老衰したる庭歩き 飯田蛇笏 椿花集
敬老の日なり老衰とは何ぞ 後藤比奈夫 めんない千鳥
氷なめ老衰の口花過ぎし 宇佐美魚目 秋収冬蔵
老衰といふ死に方や冬の蠅 富安風生
老衰と言えるは天寿沙羅の花 市川たか子
●老い耄れ
八十八夜老耄旅をこころざす 松村蒼石 雁
生ひたちと老耄一如曼珠沙華 松村蒼石 雁
老耄という字をひけばうそ寒し 田中法子
老耄とうす墨にじむ蓮の花 松村蒼石
老耄にだれも気づかぬ夏百日 宇多喜代子 象
老耄のごとわがみどりはやと瓜 和知喜八
老耄の長命したき蝮酒 河野静雲 閻魔
おいぼれにあらず吾こそ生御魂 草間時彦
老いぼれしくひつき犬をしぐれけり 時雨 正岡子規
老いぼれし唄はりあげぬ御万歳 阿部みどり女 笹鳴
老いぼれし鶯なくやきよときよとと 老鶯 正岡子規
老いぼれし鶯なくや野の小寺 老鶯 正岡子規
老いぼれてしまひぬ菖蒲酒ふくみ 草間時彦
老いぼれて人の後へに施米かな 高浜虚子
老いぼれて目も鼻もなし榾の主 村上鬼城
老いぼれて菊より萱の枕よし 後藤綾子
老い耄れになり切つてゐる炬燵かな 小出秋光
●若返る
共に着て母若返る湯の浴衣 馬場移公子
共有のセーターに夫若返る 中井陽子
心太すとんと突きて若返る 木島斗川
杉植ゑてこの山齢の若返る 赤座閑山
流燕や調律ピアノ若返り 林翔 和紙
炉塞に又若返るこゝろ哉 炉塞 正岡子規
若返るかも亀鳴くを聴けたなら 渡辺恭子
若返る水母のやうに沈むたび 仙田洋子 雲は王冠以後
若返る空あり草を摘みにけり 手塚美佐 昔の香
菖蒲湯にざっと浸りて若返る 高澤良一 素抱
身に一ぱい枯芝附けて若返る 右城暮石 上下
髪染めて若返りたる菊の主 河野静雲 閻魔
向き少し変へて雛の若がへる 内川伝夫
雪の夜の刃物を持てば若がへる 正木ゆう子 静かな水
まだ雪を残して岩の若がへる 雨宮抱星
髭落とし若がへりたり桜の芽 新田祐久
●若やぐ
D51の汽笛若やぐ五月闇 加藤知世子 花寂び
尼門跡の声の若やぐ投扇興 但馬美作
昼顔は半開のさま妻若やぐ 香西照雄 対話
樹を植ゑて若やぐ街や渡り鳥 中島月笠 月笠句集
●回春
太枝を剪られ回春林檎の樹 津田清子 二人称
回春の利尻高嶺は雪を置き 高澤良一 素抱
粟田御所回春楠の常緑 高澤良一 燕音