●周遊●旅姿●旅烏●おみやげ●土産(物)●海外旅行●世界旅行●相客●相部屋●遺跡●一軒宿●引率●外貨●海外ツアー●ガイド●ガイドブック●外遊●黴の宿●観光旅行●帰国●機内食●空港●景観●景勝地●検疫●航空券●行楽●ビザ●古戦場●時刻表●時差●修学旅行●宿坊●定宿●新婚旅行●スーツケース●スチュワーデス●税関●絶景●大名旅行●旅心●旅先●旅路●旅支度●旅立ち●旅便り●旅疲れ●旅日記●旅寝●旅の友●旅の果●旅人●タラップ●探勝●団体旅行●地図●ツアー旅行●通訳●ホテル●展望台●搭乗●徒歩旅行●泊り●長旅●旅籠●初旅●ハネムーン 蜜月旅行●ビジネスホテル●旅行
●周遊
●旅姿 
はる雨や芝居みる日も旅姿 炭 太祇 太祇句選
十月のきふさだまりぬ旅すがた 加舎白雄
心よき青葉の風や旅姿 正岡子規
旅姿したる案山子でありにけり 牧野春駒
林檎摘花すみしよ雲も旅姿 村越化石 山國抄
●旅烏
我ひとりむれつつ花の旅烏 上島鬼貫
旅がらす古巣はむめに成にけり 松尾芭蕉
旅烏古巣は梅になりにけり 松尾芭蕉
旅烏浮巣にのつて流れけり 正岡子規
旅烏雁にまじりてあはれなり 正岡子規
●おみやげ
雪眼して鉄砲漬のおみやげぞ 荒井八雪
涼しさのおみやげ三つ蛸三つ 永末恵子
お土産は地酒一本山笑ふ 齊藤フク子
●土産(物)
いただきし伊勢の土産の鮑かな 笈木志津女
いとかろしローマ土産の夏帽子 鈴木洋々子
お土産は地酒一本山笑ふ 齊藤フク子
これもこれもこれも土産よ梅雨畳 高澤良一 ねずみのこまくら
でゆの主みづといふ菜を土産にくれし 高濱虚子
よう来たと土産に持たさる栗ずっしり 高澤良一 素抱
わが土産われも食ひて帰省の夜 大串章
アマゾンの土産手編みのハンモック 栗原義人堂
サングラスかけて島の娘土産売る 磯野充伯
フェリー発つ土産の餅のあたたかく 新 昇二郎
ブローチはローマの土産支倉忌 橋村幸代
マフラーの蛇なせるパリ土産 今井竜蝦
一握り程の土産の茗荷竹 二宮武子
一様に筍さげし土産かな 高浜虚子
万両の鉢を土産に母見舞ふ 伊阪美祢子
上方の土産話しや蚕飼ふ 松藤夏山 夏山句集
二三本京の日傘を土産にもと 阿部みどり女 笹鳴
京土産紙や捻りて早稲二穂 含粘
伊勢講の婆の土産は破魔矢なり 楠 節子
伊豆土産つんと鼻つく山葵漬 黒木龍子
冬ぬくく魚臭の街に土産買ふ 合田涼子
出稼ぎの土産に新酒下げて来し 亀井幸子
初午の土産の絵馬の二三枚 後藤夜半
初秋の旅土産軽き吉野葛 山田弘子 こぶし坂
初詣誰にともなき土産物 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
利一忌や上海土産の酒減らず 森下賢一
古玩具のばたばた日永の土産屋に 高澤良一 寒暑
名物の一つに酢橘阿波土産 宇山白雨
向日葵を土産に提げて風の畑 細田 誠
商船学校赤し子の土産船にせむ 細谷源二 鐵
喪の旅の土産つややかの丹波栗 大橋敦子 匂 玉
土産に買ふめをとまんじゆう初聖天 関戸高敬
土産の栗栗飯にしてなほ余る 高澤良一 寒暑
土産の焼蝗の軽い袋だ 人間を彫る 大橋裸木
土産めいわく風は物かは山桜 九露 選集「板東太郎」
土産屋に藷の苗売る薩摩かな 小林洋子
土産屋のものを鳴らして萩の風 中戸川朝人 星辰
土産屋の嫁となりたる日永かな 一寸木麻里子
土産屋の童女含羞むちやんちやんこ 穂坂日出子
土産屋の金銀遠し磯遊び 大野林火
土産屋をひやかし霧冷え宿浴衣 高澤良一 素抱
土産店葉鶏頭にも旗を立て 長谷川かな女 牡 丹
土産店買ひまどへるは落穂持つ 石川桂郎 高蘆
土産買ふ祭太鼓に誘はれて 角田サチ
地蔵会や祠とりまき土産店 西山泊雲 泊雲句集
夏休ミ夜店ニ土産トヽノヘテ 夏休 正岡子規
夜長し卓に土産の火山弾 太田土男
大内の砂を土産や相撲とり 蓼太
天竜を下りし笠も避暑土産 高橋千雁
天道虫母に土産と差し出す子 岡本一代
奈良扇子土産軽々の深夜バス 菊池志乃
妻子らに早き帰宅が土産の冬 中戸川朝人 残心
子に土産なく手花火の路地を過ぐ 大串 章
子の土産かへるでの葉は吾れにとて 木津柳芽 白鷺抄
宮島に土産物買ふ良夜かな 冨田みのる
家づと(土産)や咄のさくら花火船 調泉 選集「板東太郎」
家土産の松蕈匂ふ夜汽車哉 松茸 正岡子規
富士の風や扇にのせて江戸土産 芭蕉「土芳筆全伝」
寒紅を土産にくれし宿屋かな 田中冬二 麦ほこり
山に入る神に土産の虎魚提げ 野崎ゆり香「小町塚」
山焼の人出を前に土産店 久保五峰
島土産あんせい柑の味見して 高澤良一 寒暑
島土産利尻昆布のピンからキリ 高澤良一 素抱
底冷えや堂守婆は土産売 牧野寥々
御身拭袖の香急げ京土産 言水
折る花の都の土産(つと)や枝くばり ミノ亡人-俊興 俳諧撰集「藤の実」
抱へくる相撲土産は重るもの 高澤良一 随笑
拳玉も終大師の袖土産 朝妻 力
持ち重る土産の栗よ山薯よ 山田弘子 こぶし坂
掛香の匂ふ小箱を京土産 市野なつ女
掛香ヤ紅粉ヤクサヾヽ京土産 掛香 正岡子規
新海苔の一帖づゝを土産かな 海苔 正岡子規
新社員母へ土産の名刺かな 大久保白村
旅の土産丹波野草と蛍籠 稲畑汀子
旅人に浜の土産屋目刺焼く 斉藤友栄
旅土産の螢籠はや水吹かむ 皆吉爽雨 泉声
春撒きの種子を土産に十三夜 田中冬二 冬霞
春播きの種を土産に十三夜 田中冬二 俳句拾遺
晩秋や漬物京の土産なる 松本文子
木の葉鮓土産にと提ぐる間も馴るる 井沢正江
木曽の橡浮世の人の土産哉 芭蕉
朴落葉二枚もあれば山土産 高澤良一 鳩信
杉の実や同宿の友に土産買ふ 相原茲明
枇杷入りの土産あれこれ手を尽し 高澤良一 素抱
林檎もぐ旅の土産に葉をつけて 田中照子
枝柿の青きをもらふ土産哉 柿 正岡子規
柳青む湯元へ近き土産茶屋 桝田国市
案の定母の土産は桜餅 青 和子
此頃や土産にもらふ江戸団扇 団扇 正岡子規
江の島の蛤分つ土産かな 蛤 正岡子規
浅草の菓子を土産や春の夕 広江八重桜
浪花女の十日戎の土産かな 高浜虚子
海女の投げくれし栄螺を土産とす 加藤三七子
海猫と土産話の通ふかな 鈴木孝信
玉蜀黍を二人互に土産かな 高浜虚子
留守たのむ雛への土産何買わん 武田和郎
白神の土産の手造り巣箱かな 高澤良一 寒暑
白紙に包みし土産蕗の薹 高浜虚子
皸へ筑波土産のがま膏 岡野寛人
盆棚にハワイ土産の絵蝋燭 竹内和歌枝
秋めくや貝ばかりなる土産店 久米正雄 返り花
空也忌や死土産なる玉の数珠 素風郎
筍を小荷駄につけて土産哉 筍 正岡子規
紙風船土産に雲の浦を発つ 高澤良一 寒暑
臼杵の玩具土産や初日護摩 高木蒼梧
船虫や島にひしめく土産店 山田節子
船長の土産の美男葛かな 山口剛
花槐アイヌが妻の土産店 石塚友二
花茣蓙に山の風呼ぶ土産茶屋 飯田弘子
菱採を見て柳河の菱土産 古賀青霜子
葛餅を土産に嫁の里帰り 柴崎紫華
葱坊主ばかり飯場の置土産 百合山羽公
蒟蒻の花に人寄る土産店 宮田俊子
藺刈賃もらひ土産の茣蓙もらひ 三木朱城
蝦夷からの土産水虫薬とは 加藤あさじ
蝮蛇干す鳴子の峡の土産店 本屋千枝子
行く秋や軽ろきもの買ふ旅土産 高橋淡路女 梶の葉
誰か云ふ冥途の土産の紅葉狩 高澤良一 寒暑
誰れへ土産となく土瓶買ふ紅葉かな 渡辺水巴
買ひ足りぬ帰省の土産駅で買ふ 小室梅子
買初や母に土産の万華鏡 松田知佐子
踏破る紙帳の穴やおき土産 内藤丈草
軽きが売り宮古岩海苔お土産屋 高澤良一 随笑
送火や土産団子は三つ焼く 角川源義
逝く年の土産に刃物をつゝまする 金尾梅の門 古志の歌
雀の声の故里のそこここへ土産を分ける 人間を彫る 大橋裸木
雪国を訪はん土産は何よけん 成瀬正とし 星月夜
露月忌や土産に持ちゆくいぶり漬け 椙原千和
青丹よし奈良の土産の木彫雛 高橋淡路女 梶の葉
顔あふぐ山寺土産の渋団扇 高澤良一 素抱
高野山高野豆腐を土産とす 石 寒太
鬼やんま帰省の土産かすめ飛ぶ 大串章 百鳥
鬼凧を買ふほかはなし壱岐土産 原裕 『新治』
鬼灯や掴み出したる袖の土産 炭 太祇 太祇句選
鯖街道旅の土産にふぐの鰭 長野敏子
鳥帰る土産忘れし急ぎ旅 本宮珠江
龍門の花や上戸の土産にせん 芭蕉
●海外旅行
梅干は海外旅行が好きらしい 新井富江
●世界旅行
●相客
相客の欠けて船室夜長なる 五十嵐播水 埠頭
相客もなき山の湯に走り蕎麦 金森柑子
●相部屋
●遺跡
かぎろへる弥生の遺跡掘られをり 太田 研二
かたばみが咲いてボンペイ遺跡かな 加藤世津
ぎしぎしや先土器遺跡一平ら 川村紫陽
ぬけがらの春の昼月遺跡掘る 鍵和田[ゆう]子 浮標
バックルに手を当てる癖遺跡にて 伊藤淳子
パラソルの下で遺跡を掘つており 内藤住子
一列に遺跡掘る人息白し 今井真寿美
三内丸山遺跡石棺冬北斗 浅沼真規子
二分過ぐ古代遺蹟の石に佇ち 高澤晶子
冬滝のこゑ一山の遺蹟群 山崎千枝子
千屈菜はいつから黒燿石遺跡 矢島渚男 延年
古代遺跡の虹のむかうを人歩く 今瀬剛一
古代遺跡火を焚きしあと常山虫 守屋直樹
古草や遺跡といふも石ひとつ 飯島正人
吉野ケ里遺跡の*はたはた目の清し 堀田美智子
唐黍の花の咲きゐる遺跡かな 茂上かの女
土くさき遺跡の炉辺の白蛾かな 堤高嶺「五嵐十雨」
地の果のやうに蓮枯れ遺跡谷 佐藤早苗
城下町茶房も遺跡花ミモザ 嶋田摩耶子
夏鴉遺跡の丘に何漁る 高澤良一 寒暑
大旱の水なき河も釈迦遺跡 永岡うろお
天平の湖底遺跡の冴え返る 日置ひな子
奈良どこも遺跡薺の咲く田まで 辻口静夫
寒月光みなとみらいといふ遺跡 結木桃子
屋根根のなき遺跡より出で春広場 対馬康子 愛国
幻想遺跡 枯草色の家族住む 伊丹公子 パースの秋
懸り凧遺跡の刻はゆるやかに 鍵和田[ゆう]子 飛鳥
手焙りの火鉢のまはり遺跡なり 杉野一博
揚羽蝶使者のごとくに遺跡ゆく 鈴木 照子
春の雪遺跡ふたたび眠らせて 鈴木文子
木犀の銀疲れたり遺跡遺居 平井さち子 鷹日和
桃盛り遺跡は遠くかくれけり 松村蒼石 雪
橿鳥の首かしげゐる遺跡掘り 堀口星眠
水没の遺跡は鳥の帰路往路 対馬康子 吾亦紅
水田は古代の遺跡田螺這ふ 高橋悦男
燕の巣遺跡の土も混ざりをり 石飛明子
猫柳遺跡の土手に目覚めをり 浦田 宏
王宮の遺跡をあるく日傘かな 中矢伸子
町中にローマの遺跡蔦青む 関森勝夫
発掘の遺跡の芒刈りはじむ 山田弘子 こぶし坂
稲架の中離れ離れに遺跡あリ 深見けん二
竹秋の雨また近き遺跡かな 大峯あきら 宇宙塵
篁の中に花ある遺蹟かな 五十嵐播水 播水句集
簾ひく遺跡に貧富ありしこと 対馬康子 吾亦紅
縄文の遺跡の空を雁渡る 山下佳子
縄文遺跡春大根に囲まれぬ 中村明子
縄文遺跡野を飛びとびの曼珠沙華 佐藤四郎
船旅の誤字なり遺跡の花すみれ 八木三日女 石柱の賦
芒より芒へたどる遺跡みち 今井千鶴子
蓮枯れて示しのつかぬ遺跡掘り 相原左義長
薯蕷を掘るや遺跡を掘るごとく 椎名康之
蜥蜴這ふ遺跡の物見櫓かな 山本麓潮
車前草踏み遺跡ガイドのボランティア 高澤良一 寒暑
逃水の先に遺跡の広がりぬ 島崎せつこ
道連れは君か天さえ遺跡なり 和田悟朗 法隆寺伝承
遺跡てふ風立つ大地もの芽出づ 山崎千枝子
遺跡とて穴のいくつか初燕 上田日差子
遺跡とは無言の歴史油照 田中まさし
遺跡にて燃え尽したり曼珠沙華 山口超心鬼
遺跡の石蜥蜴の手話を彫りとどむ 八木三日女 石柱の賦
遺跡の蜥蜴海の青さを測っている 八木三日女 石柱の賦
遺跡より宿なし猫が春に出て 対馬康子 吾亦紅
遺跡守冬のにおいで目覚めたり 対馬康子 愛国
遺跡掘る春田一枚境とし 長谷英夫
遺跡掘る音の中より秋の蛇 清水明子
遺跡掘る麦藁帽のふれ合うて 寺尾美代子
野火を前に棒数本の遺跡かな 原田喬
雨季の遺跡に太平洋が浮かぶ 藍原弘和
高床の遺跡の縁に冬の蝶 原 清
●一軒宿
河鹿鳴く川原が見えて一軒宿 高澤良一 素抱
橡餅や一軒宿の時計古り 貝原弘子
●引率
先生が引率ニッコウキスゲの径 高澤良一 随笑
引率者不在べらの子ちりぢりに 樋笠文
春疾風引率されて老婆等行く 右城暮石 上下
花あけび引率の子は上級生 高澤良一 素抱
麦笛の鳴らぬは引率教師らし 上木彙葉
●外貨
●海外ツアー
●ガイド
ガイドの訃聞く山は秋風ならん 福田蓼汀 秋風挽歌
グラジオラス手向けてガイド嘉門次碑 宮脇白夜「天使」
ダム守のガイドもかねて夏帽子 村井桂子
兼六園ガイドの上にあきつ来て 高澤良一 宿好
夾竹桃ガイドのホセに気鬱なし 筒井カヨコ
帽派手にパインぶらさげガイド来る 高井北杜
挨拶を訛り長閑なガイド嬢 高澤良一 素抱
旗を持つガイドと回る七福神 高橋妙子
樺咲くや氷河に逝きしガイドの墓 有働亨 汐路
氷河焼けしたるガイドのジョーク好き 高澤良一 ぱらりとせ
氷河照りガイドの村に祭礼日 有働亨 汐路
江戸川区金魚ガイドを取り寄せて 高澤良一 素抱
秋うららガイドの私語の土地訛り 篠田悦子
虫音のごと木乃伊の音声ガイド洩れ 高澤良一 燕音
見習ひのガイド訥々木の芽どき 高澤良一 ぱらりとせ
訛り暖かガイドは礼文高校出 高澤良一 素抱
車前草踏み遺跡ガイドのボランティア 高澤良一 寒暑
霧の中ガイドお釜がある筈と 高澤良一 素抱
鹿多き野に来てガイド名調子 服部柳水
●ガイドブック
ガイドブック手に万緑の寺めぐり 小松和子
草の絮ガイドブックに来てとまる 荻野みゆき
●外遊
外遊の誘ひほつほつ日脚のぶ 下村ひろし 西陲集
外遊の留守に牡丹の咲きて散る 品川鈴子
●黴の宿
いつ見てもくすし来てをり黴の宿 森川暁水 黴
きらり〜時計玉振る黴の宿 河野静雲 閻魔
この宿をのぞく日輪さへも黴 高浜虚子
さめざめと気狂泣けり黴の宿 森川暁水 黴
ひさぐものあぶな絵その他黴の宿 星野石雀
まもり古る大仏壇や黴の宿 河野静雲 閻魔
よく剪るる鋏失せけり黴の宿 神野三巴女
ゼンマイは椅子のはらわた黴の宿 山口青邨(1892-1988)
ラヂオ今ワインガルトナー黴の宿 星野立子
一冊の江戸絵帖あり黴の宿 銀漢 吉岡禅寺洞
光るもの優勝盃や黴の宿 久米正雄 返り花
大勢で黄泉戸喫(よもつへぐひ)を黴の宿 佐々木六戈 百韻反故 初學
大名の駕篭も古びし黴の宿 中本郷顔
女教師ら着きてうるさし黴の宿 鍵和田[ゆう]子 未来図
微禄して尚ほ焚く伽羅や黴の宿 吉津まるめ
新しき帽子かけたり黴の宿 高浜虚子
此宿はのぞく日輪さへも黴 高浜虚子
気狂のありて静かや黴の宿 森川暁水 黴
畳拭く黴雨の宿のめしひかな 西島麦南 人音
瞽女の宿黴びし畳に置竈 西本一都 景色
秘湯てふ客一組の黴の宿 立野もと子
老猫のうす眼してゐる黴の宿 柴田白葉女 花寂び 以後
蛇除の護符を柱に黴の宿 伊藤柏翠
道ばたに障子開けたる黴の宿 阿波野青畝
黴の宿いくとせ恋の宿として 鈴木真砂女(1906-)
黴の宿の眼鏡たたみて置く所 相生垣瓜人 微茫集
黴の宿仏燈のみぞ新しき 福田蓼汀 山火
黴の宿寝すごすくせのつきにけり 久保田万太郎 草の丈
黴の宿身にしたひ寄るミシンの音 飯田龍太「百戸の谿」
黴の宿頭上に橋の音すなり 久米正雄 返り花
黴の宿黄楊櫛みがく木賊干し 小川斉東語
●観光旅行
●帰国
おさがりに迎へられたる帰国かな 桑久保奈美子
ボストンの紅葉栞に帰国かな 伊藤京子
マラリヤの故に帰国を思ひ立ち 吉川耕花
人情は不変と風邪の父帰国 杉本寛
個展終ヘパリより帰国夏帽子 山田弘子 こぶし坂
倫敦の声なりし人帰国して冬至 長谷川かな女 花 季
凪子帰国 不測に出るもの 涙とは 伊丹公子 山珊瑚
台風の報聞く帰国のエアポート 八巻絹子
子の帰国までの日数ふ小望月 関口美子
守り神は 恐竜メダル 帰国少年 伊丹公子 山珊瑚
帰国して夜長の時差をもどしけり 竹中碧水史
帰国して極寒といふ枷のあり 児島倫子
帰国して畳の朝寝ほしいまま 岡安仁義
帰国して着る勇気なきアロハかな 広田祝世「かつらぎ選集」
帰国して箸の軽さの夏料理 川中千寿子
帰国して雨に歩けば貝割菜 原田喬
帰国せし妹に豆撒かせけり 田中青鳥
帰国せし汝がためにとも春火桶 稲畑汀子
帰国せり梅雨の日本は水の国 関森勝夫
帰国の途より馬肥ゆる我肥ゆる 稲畑廣太郎
帰国子に先ずたつぷりと蜆汁 蒲沢康利
帰国子に買ふ日本地図枇杷の花 武田光子
帰国子の語り尽せぬ夜長かな 佐藤 博重
帰国子をいざなひ潜る茅の輪かな 塩谷はつ枝
帰国者の尖りし貌の毛帽かな 森脇襄治
恙なく帰国の夫に新酒酌む 野畑節子
押鮨の酢がややつよし帰国せり 小倉涌史
拾った椰子の実 芽が出て 帰国空路の雲 伊丹公子 ドリアンの棘
新米の匂ふ帰国の機内食 内藤康子
新米をもて帰国の夜ねぎらはれ 稲畑汀子
日本の風邪も癒えたる帰国の日 山田弘子 こぶし坂
昇天日駅に犇めく帰国バス 関森勝夫
更待の月を帰国にともなへり 稲畑汀子
母国語を泳ぎ歩いて 帰国の春 伊丹公子 山珊瑚
秋草や日のはつはつに帰国近し 小池文子 巴里蕭条
秋雨の帰国命令送信す 山本洋子
花茣蓙の仮寝たのしむ帰国の子 和田 祥子
萩初花帰国師の訃に間に会へず 杉本寛
襖絵を替へて帰国の子等を待つ 八巻絹子
鯉幟大きく見えて来し帰国 嶋田一歩
鴫焼を二タ夜所望よ帰国の子 村上 光子
●機内食
デザートは日本の西瓜機内食 岡田佐久子
夏雲や乗りさへすれば機内食 稲垣きくの 黄 瀬
新米の匂ふ帰国の機内食 内藤康子
春愁や塩利きすぎし機内食 猿橋統流子
桜桃の一粒添へて機内食 金子邦子
機内食ショパンの国のさくらんぼ 岩崎照子
機内食出て春眠の断たれたり 長谷川寿を
●空港
いつも靡いて空港の猫じやらし 池田秀水
いと小さき島に空港遠雲雀 福田 蓼汀
いわし雲空港百の硝子照り 福永耕二
かなしみなり空港で海産物購うは 八木原祐計
とりあへずカレーを秋の空港にて 正木ゆう子 悠
やうやくに辿りつきたる空港に時差を加へし顎の髭伸ぶ 青田伸夫
イースター近き空港混雑す 山本歩禅
セロリなど空港へ急ぐ初荷なり 岡田貞峰
三鬼忌は万愚節なり空港に 秋山巳之流
乾鮭を提げ空港の端よぎる 小林康治
倒れるまでタイヤ転がる寒い空港 三橋敏雄 まぼろしの鱶
傘雨忌や空港に腰浮かしゐて 小林康治
八丈島空港仏桑花の迎へ 伊藤やすを
初夢に息子を乗せて空港へ 中野太浪
地の果のごとき空港茅花照る 横山白虹
夏雲の空港に別れ来たりし手 阿片瓢郎
宵闇の武漢空港友の待つ 後藤 緒峰
帰る子を待つ空港の星月夜 五十嵐波津子
年明けの朝の空港ジャズ流る 長谷川冬虹
星月夜空港つぎの離陸待つ 石崎素秋
晦日そば下げ空港に降り立ちぬ 高木紫乃
月明の空港暗き一部分 池田秀水
海港に展く空港雁渡し 倉橋弘躬
涅槃西風海に空港出来つつあり 辻 善次郎
狐の提灯広き空港の端に咲けり 岡部六弥太
異国語もまじる空港秋暑し 後藤軒太郎
白夜呆け醒め空港の霧に佇つ 小原菁々子
真白きトランク初夏の空港に 成瀬正とし 星月夜
着陸を待つ空港の星月夜 岡安仁義
空港から死角の梨の花の家 脇本星浪
空港が待ち合はせ場所ソーダ水 本間一萍
空港で鞄にすわるチューリップ 田中裕明 先生から手紙
空港と言えど枯野の一部なり 中村耕人
空港につヾく曠野の麦の秋 久保田万太郎 流寓抄
空港になるかならぬか麦を踏む 松山足羽
空港ににつぽんの虹濃かりけり 町田しげき
空港に初夏の自動車輝き来 成瀬正とし 星月夜
空港に子供の多し子供の日 佐久間道子
空港に居りて永き日終りけり 宮津昭彦
空港に曼珠沙華見て阿波に入る 能村登四郎 菊塵
空港に月と猫の子残さるる 加藤秋邨 死の塔
空港に朱欒輝き雨上る 高橋悦男
空港に流す琴の音三日かな 直野秀子
空港に眼鏡の力士雲の峰 吹野 保
空港に着けば酒ありなまこ食ふ 横山白虹
空港に終便送る海紅豆 羽田岳水
空港に肥後赤酒や漱石忌 星野麥丘人
空港に青蜜柑買ふ旅ごころ 小坂順子
空港のかかる別れのソーダ水 成瀬櫻桃子 風色
空港のたんぽぽ地に張りつきて 後藤夜半 底紅
空港のソーダ水より旅ごゝろ 大槻右城
空港のロビー遍路杖突きをさめ 飯島晴子
空港の全面鋪装地虫出づ 塩川雄三
空港の別れその後のソーダ水 泉田秋硯
空港の大格納庫大西日 森田峠 避暑散歩
空港の寒さ金属音ばかり 池田秀水
空港の恐ろしきかな肺活量 星野一郎
空港の整備に月の不寝とし 柴田黒猿
空港の灯の点に胃をあたためる 林田紀音夫
空港の灯は赤と青芝涼し 田中蘇冬
空港の爆音ざらし鵙の贄 西川雅文
空港の端見えてをり干蒲團 八木林之介 青霞集
空港の管制塔に鏡餅 塩川雄三
空港の迎へ夜寒となる遅著 肝付素方
空港の長き通路や夜の秋 若林杜紀子
空港の雨の涼しさ殊のほか 森田峠 避暑散歩
空港の青き冬日に人あゆむ 西東三鬼
空港の黒旗に追われ患者ら発つ 藤後左右
空港は別るるところ冬夕焼 谷中隆子
空港は別るるところ寒夕焼 谷中隆子
空港へつづく旧道桐の花 杉田栄子
空港や大末枯をいそぐなり 鈴木楢谷
空港や春の蠍座しかと見て 宮坂静生 春の鹿
空港や駆け寄る人の夏帽子 和田健三
空港ロビーの対話慇懃に掠める機影 小倉緑村
空港出て田植ゑ汚れの電柱立つ 波多野爽波 『骰子』
空港近く蜜柑二三の夜の刻 桜井博道 海上
翼の数かぞへ成人の日の空港 鈴木鷹夫 風の祭
花朱欒島の空港つばらかに 西田キヨ
芹摘みが来れば空港白々し 静塔
落花生掘り空港に近付きぬ 山田東龍子
蛇穴に入る空港を翔び立てり 金堂豊子
蹠やわらかし故国の空港踏み 久米富美子
開襟少年空港ビルの屋上駈く 加藤かけい(天狼)
降誕祭空港とみに星多し 麻生和子
霧の空港ボスも黄色い傘さすよ 八木三日女 赤い地図
革ジャンの裏は浮世絵パリ空港 中野英歩
寒星と発つ灯と着く灯エアポート 嶋田摩耶子
台風の報聞く帰国のエアポート 八巻絹子
●景観
●景勝地
●検疫
●航空券
●行楽
三春の行楽櫻葉となりぬ 高浜虚子
主婦の行楽干潟に水の路ありて 津田清子 礼 拝
花りんごにも行楽の人出かな 神九六
藪虱女ばかりの行楽に 中川宋淵
行楽の人見て通る落葉掻 西山泊雲 泊雲句集
行楽の新聞紙流る上り鮒 米沢吾亦紅 童顔
行楽の日焼は撫でて消ゆるほど 山口誓子
行楽の終わりに引きし鳴子縄 森田透石
行楽や今日は鞍馬のうづ桜 比叡 野村泊月
足湯してをはる行楽花の雨 赤松[けい]子 白毫
黄いろい蝶舞いあがり行楽バスのたまり 古沢太穂 古沢太穂句集
●ビザ
霾るや留学ビザのウェイトレス 下山宏子
●古戦場
ありあけの月の鳥屋場は古戦場 福田蓼汀 山火
いっぽんの合歓咲く彼方古戦場 高澤良一 随笑
ぜんまいに不意に風湧く古戦場 西村公鳳
たびらこの花に憩ひて古戦場 北田桃代
住みなせる灯の親しげや古戦場 森田峠 避暑散歩
信長忌大鍋洗ふ古戦場 長谷川郁代
八重桜わんわんと散る古戦場 谷内 茂
古戦場ここら一帯青すすき 高澤良一 随笑
古戦場そこらにありて大根引く 百合山羽公
古戦場たりし河原の喧嘩凧 阿部恭晃
古戦場と聞けば身に入む夕哉 身に入む 正岡子規
古戦場なる若水を迎へけり 吉本伊智朗
古戦場より一斉に黒揚羽 坂部新蔵
古戦場より初凪の沖の船 片山一江
古戦場信濃の粉雪唇にふる 西本一都 景色
古戦場昼の篝と曼珠沙華 福田蓼汀 秋風挽歌
古戦場秋風が背を吹きぬけし 木曽シゲ子
古戦場虎杖に紅にじみ出で 鷹羽狩行
古戦場訪ふ冬鵙の猛る駅 岡田游子
囮置くこの大岩も古戦場 依田明倫
家三ツ四ツ花芥子見えぬ古戦場 芥子の花 正岡子規
尊氏の古戦場跡秋の山 港 澄子
小鳥引く畑の中の古戦場 古舘曹人 砂の音
心太の茶屋ありここら古戦場 会津八一
早乙女に出会ひぬ雨の古戦場 冨田みのる
早蕨の挙もたげし古戦場 長谷川みね子
曼珠沙華蕊反り勁き古戦場 加藤水万
柿一つ残る枝間の古戦場 冨田みのる
残照に紅葉重ねて古戦場 植村可南
燕の帰らで淋し古戦場 石井露月
父子草生ふ賤が岳古戦場 河府雪於
畦木芽を吹きて雨降る古戦場 猿橋統流子
秋がらす影おとしゆく古戦場 柴田白葉女 花寂び 以後
稔田となる衣川古戦場 塩川雄三
稲刈機進む姉川古戦場 水野征男
花桐や川の中まで古戦場 加藤憲曠
花野ゆき花野かなしき古戦場 西本一都 景色
若竹の空に摶ちあふ古戦場 長谷川閑乙
葱畑も大根畑も古戦場 鈴木半風子
葱畠また葱畠古戦場 宮津昭彦
蛇穴に入りたるあとの古戦場 瀧澤伊代次
蛍火や川中島の古戦場 竹内和歌枝
蜉蝣と生れて古戦場をとぶ 市原聖城子
蜉蝣の夕ベ群れとぶ古戦場 吉年虹二
螢とぶこのあたりみな古戦場 清水 青瓢
遅麦を刈つてゐるなり古戦場 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
雪やみて雲雀あがれる古戦場 西本一都 景色
青桑に濁流の照り古戦場 川村紫陽
風渉ると芽葡萄光る古戦場 宮坂静生 青胡桃
風花や和田塚とある古戦場 大橋克巳
鬼やんまとび賤ヶ嶽古戦場 大橋敦子
麦そだつ人の油や古戦場 麦 正岡子規
●時刻表
ルーペもてのぞく師走の時刻表 渡辺三千女
三伏や時刻表なき渡し舟 飯島正人
冷し中華時刻表なき旅に出て 新海あぐり
嘘つきのバス時刻表雪もよひ 丸田余志子
夏終る高原駅の時刻表 鈴木 冽
帰省子を待つ夫の手の時刻表 西岡千鶴子
文目なき雪譜の国の時刻表 文挟夫佐恵 遠い橋
時刻表にあまたの栞麦熟るゝ 三苫知夫
時刻表にはさむ枳殻のこぼれ花 横山房子
時刻表に火蛾のはりつく無人駅 大野比呂子
時刻表持たぬ熱帯定期船 當山孝道
漢数字の汽車時刻表秋ともし 山尾郁代
破芭蕉余白の多き時刻表 平川じろう
見上げゐる春分の日の時刻表 井上康明
野分して無人の駅の時刻表 河村比佐
降り立ちてローカル線の咳き込む時刻表 藤田踏青
雪噛んで旅も十日の時刻表 椎橋清翠
青芦や時刻表なき渡し舟 飯島正人
●時差
やうやくに辿りつきたる空港に時差を加へし顎の髭伸ぶ 青田伸夫
インタホーン時差ありバレンタインの日 三森 南
五時間の時差ある夫婦木の芽和 小高沙羅
倫敦に時差のねぢ巻く漱石忌 阿波谷和子
光年の時差の煌き星涼し 藤浦昭代
帰国して夜長の時差をもどしけり 竹中碧水史
時差という時を喪い秋立ちぬ 対馬康子 愛国
時差に覚め真夜に数へし鉦叩 山田閏子
時差ぼけの子が眠りゐる土用あい 都筑智子
時差刻む キチキチキチと髪切虫 伊丹啓子「ドッグウッド」
時差刻むホテルの地図や去年今年 小路智壽子
時差合はす機上に年の改まる 中野詩紅
時差呆けのいまだ残りて籠枕 小川匠太郎
時差呆けのまなこからかふ葱坊主 仙田洋子 雲は王冠
時差呆けの夜や虫の音にいたはられ 北野民夫
時差疲れ癒ゆ土用芽のくれなゐに 吉田 明
時差電話祭囃子も聞かせたく 山田弘子 こぶし坂
●修学旅行
冬服の修学旅行海渡る 山中麦邨
桜の実修学旅行の子らに雨 冨田みのる
活火山修学旅行泊り発つ 楠節子
海浪に待たれ修学旅行醒む 津田清子 礼 拝
湖畔泊り修学旅行早や目覚む 楠節子
秋の蜂修学旅行の列乱す 中村宏汀
遠い流離の 梅耀る 修学旅行団駈け 伊丹公子 メキシコ貝
霧笛鳴る修学旅行第一夜 奥田智久
●宿坊
ががんぼや宿坊の夜は更けやすし 村重香霞
とろろ汁宿坊の階棒立ちに 有馬籌子
仏法僧人は宿坊の戸を閉さず 瀧春一 菜園
喜雨を得て宿坊もそと動きけり 志波恵(季流)
団子二串雨月となりし宿坊に 野澤節子 花 季
大宿坊大蔵王堂冬の山 高野素十
大釜で炊く宿坊の七日粥 山崎羅春
宿坊に女湯のあり百日紅 西村和子 かりそめならず
宿坊に急ぐ卯の花月夜かな 大久保白村
宿坊に百の子の靴蝉しぐれ 田中恵子
宿坊に膝抱いて聴く仏法僧 中澤一郎
宿坊に菊戴のきそめけり 伊藤敬子
宿坊に酒が匂ふよかきつばた 盤水
宿坊に高野豆腐の由来きく 中野つぎの
宿坊のあさき睡りや梅雨夜鷹 下村ひろし 西陲集
宿坊のあさひぐらしに朝鏡 木村蕪城 寒泉
宿坊の一つ炉囲み相識らず 小林樹巴
宿坊の下駄の感触木葉木莵 新家保子
宿坊の二階がきしむ洗鯉 鈴木鷹夫 大津絵
宿坊の厨に届く凍豆腐 細川螢火
宿坊の大きな門の秋めきし 赤木 範子
宿坊の大釜かこむ七日粥 山中千代子
宿坊の廊下軋むや春の宵 内田八重子
宿坊の手斧の梁の淑気かな 足立和信
宿坊の明け方さむき切籠かな 小川玉泉
宿坊の深き廂や芋茎干す 塚田かをる
宿坊の開けはなたれし夕牡丹 関野寿子
宿坊へ案内の僧や冬の月 比叡 野村泊月
宿坊も大本山も冬木中 赤堀五百里
宿坊や庭一杯の枝垂梅 松藤夏山 夏山句集
宿坊や楡の木の間に高嶺月 鈴鹿野風呂 浜木綿
少年苦もなく宿坊磨き初桜 鍵和田[ゆう]子 未来図
広過ぎる宿坊にゐる夜長かな 松延和子
新聞と牛乳が届きて避暑の宿 坊城中子
本人にとほき宿坊新豆腐 皆吉爽雨
踏み応へなき宿坊の黴畳 松尾緑富
鐘谺宿坊の冷えきたるかな 清水基吉 寒蕭々
餅花に宿坊の炉のけむり絶ゆ 飯田蛇笏 霊芝
●定宿
定宿の持仏拝むや秋の旅 蕪村
定宿の馴れしあつかひ玉子酒 田畑美穂女
筏師の曽て定宿軒燕 山下白茅
顔見世のはね定宿に戻り来し 永森とみ子
●新婚旅行
●スーツケース
●スチュワーデス
スチュワーデス夏手袋の手を振れる 田中冬二 麦ほこり
●税関
パスポート一瞥毛帽税関吏 大橋宵火
ユーカリ未明 語尾明確に 税関吏 伊丹公子 パースの秋
夏終る税関の海油浮き 田村了咲
税関で越後毒消見せもする 中原道夫「蕩児」
税関に一つも荷なし秋の風 森田峠 三角屋根
税関のブラス五月の空展け 高澤良一 随笑
税関吏わかく夾竹桃あかし 木下夕爾
税関吏読めり埠頭は日の盛り 五十嵐播水 埠頭
船下りて税関までの波止薄暑 田中鼓浪
虹はえて税関の窓夏たちぬ 飯田蛇笏 春蘭
語気荒き韓の税関秋の雨 前山松花
●絶景
どの蚊にも絶景見えて柱なす 高山れおな
どろ葱をぬくや絶景入れかはる 松澤昭 麓入
地の春に水の絶景はじまりぬ 苑子
峯風絶景十六夜秘曲・百済琴 高柳重信
斜塔となつて見かへれば寒い真赤な絶景 高柳重信
断崖や絶望のために由来絶景 橋本夢道 無禮なる妻抄
汽車はしる二月一日絶景などへ 阿部完市 春日朝歌
波の絶景 それに雁来る 北の時間 伊丹公子 時間紀行
炎天の絶景として鹿立つも 藤田湘子 てんてん
点景のやがて絶景鳥帰る 小澤克己
秋夕日風触絶景岩千丈 敷地あきら
絶景といふ宙吊りの烏蝶(太魯閣峡谷) 石原八束 『藍微塵』
絶景に蝶さしかかり落ちゆけり 細井美人
絶景の旅みよしのの春惜む 稲畑広太郎
絶景やそらまめに塩われに君 櫂未知子 蒙古斑以後
黒氷柱吾が失着もまた絶景 永田耕衣 奪鈔
●大名旅行
●旅心
はつなつの水田のかをる旅ごころ 大屋達治 絵詞
まんだらげ見しより湧きぬ旅ごころ 稲垣きくの 牡 丹
サングラスかけてみて買ふ旅ごころ 稲垣きくの 黄 瀬
一人静植換へし夜の旅心 村本畔秀
三日はや破魔矢をつつむ旅ごころ 古舘曹人 樹下石上
今年竹通り過ぎたる旅ごころ 高柳えい子
他愛なく花を見てゐて旅ごころ 高澤良一 燕音
似せ侍神はうけずや旅心 洞雨 選集「板東太郎」
冬の藻をさまさずにゆく旅ごころ 宮坂静生 山開
名月やたがみにせまる旅心 向井去来
咲く桐に一瀉千里の旅ごころ 高澤良一 ももすずめ
啓蟄や動きそめたる旅ごころ 中野かずえ
夕心旅心めき花卯木 高田風人子
夕若葉旅心やや湿らせて 高橋睦郎 稽古
大西洋の泳ぎ見てゐる旅ごころ 鳥居おさむ
小春日や杖一本の旅ごころ 村越化石(1922-)
散り初めし桜見てゐる旅心 穂坂日出子
旅ごころ広げてくれし鰯雲 古賀昭子
旅ごころ消え麦秋の野を帰る 木暮つとむ
旅ごころ淡し夜寒の猫抱けば 下村ひろし 西陲集
旅ごころ踊浴衣を着ても尚 西本一都 景色
旅心わきて芭蕉の忌日なる 浅賀君女
旅心定まるや秋の鮎の頃 河東碧梧桐
旅心疼く寒経て十日空ゆるび 石塚友二
旅心高まり来たる秋扇 村上三良
春の夜の星見えて来し旅心 稲畑汀子 春光
春愁やこの身このまま旅ごころ 久保より江
春雨にぬるゝもうれし旅心 春の雨 正岡子規
時雨忌や林に入れば旅ごころ 石田波郷(1913-69)
時鳥なくときくより旅心 田畑美穂女
朝寒や木曾に脚絆の旅心 朝寒 正岡子規
朝寒や脚絆に木曾の旅心 朝寒 正岡子規
木槿咲く頃はいつもの旅心 西村和子 夏帽子
母を見て旅心なし枇杷の花 碧雲居句集 大谷碧雲居
滝つぼにころびほぐるる旅ごころ 加藤知世子 花 季
漂々と旅ごころ吹く秋吉備路 柴田白葉女 花寂び 以後
白魚の目に漂白の旅ごころ 高尾秀四郎
短夜を重ね重ねし旅心 高野素十
秋桜はばきむすべば旅ごころ 金尾梅の門 古志の歌
空港に青蜜柑買ふ旅ごころ 小坂順子
端居して宇宙への旅心かな 水見壽男
肌寒き朝やうやく旅ごころ 稲畑汀子
胸合はす袷に軽き旅心 小野武子
花びらのほほに触れなば旅ごころ 吉田未灰
薄もみぢせり旅ごころ誘はるる 川口咲子
逃水の水につきゆく旅ごころ 内山芳子
長き夜や和紙のあかりに旅ごころ 田生正子
障子打つががんぼにさへ旅心 高濱虚子
雁の声地図をめくりて旅ごころ 林 力
霧深くなりゆくほどに旅心 水田むつみ
鞆の夜の夜光虫にも旅心 高濱年尾 年尾句集
風花や一歩いづれば旅ごころ 山口いさを
鶴来る出水と聞けば旅ごころ 稲畑汀子
●旅先
おぼろ夜や旅先ではく男下駄 あざ蓉子(1947-)
師に逢ふは旅先多し雁渡し 近藤一鴻
旅先に用意のおしゃれ春日傘 稲畑汀子
旅先に針糸愛でる蕎麦の花 小平 湖
旅先に鶴見て今年はじまりぬ 鈴木真砂女
旅先のビニール傘や初時雨 堀之内和子
旅先の加賀の地酒に蓮の実 高澤良一 宿好
旅先の夜店の中を風が吹く 猿橋統流子
旅先の小さき世帯や田螺*煮る 楠目橙黄子 橙圃
旅先の役者よりきし賀状かな 成瀬桜桃子 風色
旅先の暮らしのにほひ白子干 成瀬靖子
旅先の甘茶の柄杓取りにけり 宮 沢子
旅先の真つ赤な電気行火抱く 岡本眸
旅先の藻屑蟹めく目覚めとも 高澤良一 随笑
旅先の街のぞめきも年の市 圭仙
旅先の訛親しきむかご飯 鈴木美智子
旅先の軽き恙のそば湯かな 松本たかし
旅先の雨の白朮火かざしけり 松村多美
旅先の雨脚見つゝとろろ汁 高澤良一 燕音
旅先の電話短し鉄線花 古賀まり子 緑の野以後
旅先の風の津軽の氷水 高澤良一 寒暑
旅先の飛弾に酌めるや薦豆腐 高澤良一 素抱
旅先へ父の忌めぐる花まつり 桂樟蹊子
●旅路
あした行く旅路の梦や草枕 正岡子規
しらぬ旅路に日は落ちかけて行行子 中勘助
そこつなる雲こそ出づれ夏の旅 路通「翁草」
ひさびさの旅路草家の干布団 太田鴻村 穂国
ひとりゆく君が旅路に愛でまさむ山の嫉まし海の嫉まし 蒔田さくら子
みちのくの雪の旅路を温泉にひとひ 高濱年尾 年尾句集
やまざとの瀬にそふ旅路秋の雨 飯田蛇笏 雪峡
わが旅路こゝより能登や桃の花 高濱年尾 年尾句集
わが旅路たばこの花に潮ぐもり 阿波野青畝
わが旅路豊かに渡り来し鴨よ 汀子
バス待つは旅路の余白花サビタ 岩淵喜代子 螢袋に灯をともす
一日の旅路しるきや蝸牛 蝸牛 正岡子規
七夕竹流すに出逢ふ旅路かな 高橋淡路女 梶の葉
乾坤の紅葉ならざるなき旅路 稲畑汀子 汀子第三句集
五月雨や五里の旅路の桑畠 五月雨 正岡子規
亡父と逢ふ母の旅路や絽の帯を 渡辺恭子
冬山を窓に心の旅路かな 京極杞陽
冬鴎燈台ひとつに遠旅路 百合山羽公 寒雁
冷凍みかん齧り旅路の汽車ぽっぽ 高澤良一 寒暑
半分は夜に入る秋の旅路哉 秋 正岡子規
卒爾なる雲も出でけり秋の旅 路通
合歓の花がつづる旅路や子の睫毛 細見綾子 花寂び
引く鶴に人に旅路といふがあり 柏井幸子
御旅路も女神まじれば賑しき 高田蝶衣
急ぐにもあらぬ旅路の花野かな 比叡 野村泊月
折からの木曽の旅路を五月雨 五月雨 正岡子規
折りもをり岐岨の旅路を五月雨 五月雨 正岡子規
教会をよろこぶ避暑の旅路かな 森田峠 避暑散歩
旅路いま夏暁の月による 田中裕明 花間一壺
旅路なれば残るいちごを参らせん 苺 正岡子規
旅路の一処暗めて金木犀こぼる 岡田海市
旅路来て綿紡ぐてふわざに佇つ 富安風生
日焼せし旅路のあとのなつかしく 文箭もと女
明日の旅路見つゝ行く夜の長さ哉 夜長 正岡子規
月今宵旅路いづこに泊つるとも 稲畑汀子
木蓮の陽に酔い驢馬のような旅路 吉田透思朗
枕香の梅をみよとの旅路かな 炭 太祇 太祇句選後篇
梅雨めくや人にまさをき旅路あり 相馬遷子「山国」
水飯を君にすゝむる旅路かな 水飯 正岡子規
流灯のつらなり行くも旅路かな きくちつねこ
潮騒に近き旅路やくぢら汁 鈴木興治
灌仏を覗いて通る旅路哉 仏生会 正岡子規
知らぬ野を通る旅路や雉の声 雉 正岡子規
秋の雨小さな旅路濡らしけり 塙告冬
立春の陽の遠くある旅路かな 飯田龍太
等閑に菫見て行く旅路哉 菫 正岡子規
花にあけ月にくれ行旅路哉 花 正岡子規
花追うて追うて旅路のあることを 稲畑汀子 春光
菜の花や旅路に古りし紺絣 沢木欣一 雪白
蝦夷の神雁に乗り来し旅路かな 野村喜舟 小石川
蝦夷松の秋風高き旅路かな 水田むつみ
見初ると日々に蝶みる旅路かな 炭 太祇 太祇句選
通勤も旅路なるべし翁の忌 岩崎照子
道づれは胡蝶をたのむ旅路哉 胡蝶 正岡子規
道迷ふことも旅路よ芥子の花 稲畑汀子 汀子第二句集
阿国忌や旅路の中の杉並木 北野民夫
雪解の待たるる旅路ありにけり 稲畑汀子 春光
雲間に秋雪みゆる旅路かな 飯田蛇笏 山廬集
魚島の大鯛得たり旅路来て 水原秋櫻子
鯨突に通り合せし旅路哉 鯨 正岡子規
鹿に乗る神もまします旅路かな 高浜虚子
●旅支度
ぎんなんも落るや神の旅支度 桃隣
こまごまと朝蜩に旅支度 川崎展宏
みちのくへ白露過ぎたる旅支度 星野椿
ハンカチをすこし余分に旅支度 高澤良一 素抱
三月のかの地いかにと旅支度 稲畑汀子
八月や巡礼という旅支度 久保砂潮
室咲きに水やることも旅支度 片山由美子 天弓
旅なれぬ妻極月の旅支度 後藤良子
旅支度少しづゝ梅雨深む中 高澤良一 素抱
旅支度終へ梅の香にしばし佇つ 清水博子
旅支度道後の花に逢ひたくて 高澤良一 寒暑
春の夜や諸越へ行く旅支度 古白遺稿 藤野古白
油なき雁の羽並や旅支度 中村史邦
白靴を買ひ旅支度整ひぬ 矢嶋淳子
着膨れて入れたり出したり旅支度 増田豊子
短夜や貢進生の旅支度 比叡 野村泊月
秋雨やまだ先の日の旅支度 斉藤富美
鼻唄は「りんご追分」旅支度 高澤良一 寒暑
●旅立ち
いたづらつ子を妻に托し日盛り旅立つ 人間を彫る 大橋裸木
かなぶんよ羽音しずめよ今旅立ち 平田よしこ
きんちやく手提げも涼し病後の旅立ちよし 平井さち子 完流
なほ奥へ旅立つ夜の銀河濃し 稲畑汀子
また一つ旅立ってゆく除夜の鐘 粟屋夜智容
エジプトヘ跣足に靴で旅立てり 都筑智子
ペアセーター北へ旅立つフルムーン 秋元洋子
ラマンチャの男旅立つ杜若 成瀬櫻桃子 素心以後
仏花の水かえて旅立つ霧の中 西田志乃江
俄に旅立つ者は火(ほ)どころの闇かたく鎖し顧みもせず 高橋睦郎 飲食
冬の旅立ち醜男醜女の窓越えて 金子兜太
冬の蝶々よ旅立つという山頭火よ 近木圭之介
出女に罰があたろぞ神の旅 立花北枝
受験子の旅立つ朝を常の如 稲畑汀子 汀子第二句集
噴火まのあたりに神の旅立たる 長野深郷
噴煙にのりて旅立つ神ならん 大久保橙青
地鎮祭旅立つ神をひきとめて 村本畔秀
夏草に風を残して旅立ちぬ 有光米子
大試験終へ海外へ旅立てり 武田光子
子が娶り旅立ちしあと秋深む 相馬遷子 雪嶺
峰の神旅立ちたまふ雲ならむ 水原秋櫻子
幸先のよき旅立ちや薄晴れ 高澤良一 素抱
忙中に閑あり神の旅立ちて 杓谷多見夫
新緑の光へと旅立ちにけり 明石はま子
旅好きの終の旅立ち野分なか 飯田和子
旅立たむ冬空はしらのあるごとく 森かつみ
旅立たんばかり月夜の箒草 青柳志解樹
旅立ちし子に残る夜の水中花 稲畑汀子 春光
旅立ちし子の自転車の飾取る 幡野淳子
旅立ちて神はおはさぬ神馬かな 富安風生
旅立ちぬ海の匂ひとすすきの穂 正本陽子
旅立ちのことばこまやか黐の花 加藤耕子
旅立ちの一花や朝の駿河蘭 節子
旅立ちの大根辛き朝御飯 川崎展宏
旅立ちの早や綿虫を追ふまなざし 鷲谷七菜子 花寂び
旅立ちの朝の優曇華ありがたし 渕野なぎさ
旅立ちの母も日傘も水の色 鈴木鷹夫 渚通り
旅立ちの目覚めの木槿ほのかなり 林原耒井 蜩
旅立ちの祇園まつりに日をはやめ 鳥山紫雨女
旅立ちの神の乗りゆく風ならん 久保康輔
旅立ちの秋をおぼゆる後架かな 石原舟月 山鵲
旅立ちの色整えよ冬の草 宇多喜代子
旅立ちの街なかに蓮ひらきけり 柿本多映
旅立ちの近き白鳥夜も翔ぶ 斉藤程子
旅立ちは明日がよからう金木犀 紫藤ゆき
旅立ちや夢のごとくに桐が咲き 近藤一鴻
旅立ちや朝寒の息弾ませて 高澤良一 素抱
旅立つてゆくだれもかも息白く 黛まどか
旅立つと東風の書屋に一揖す 皆吉爽雨
旅立つやしげ〜見たる麦の花 萩原麦草 麦嵐
旅立つや冬蝶たたす妻の影 秋元不死男
旅立つや子らに渦巻く蚊遣香 千代田葛彦 旅人木
旅立つや父母のこり雛の宿 成瀬正とし 星月夜
旅立つや真桑も甘か月もよか 芥川龍之介
旅立つ日くじゃく仙人掌遺影前 塚原幾久
旅立のあとに淋しき柳哉 柳 正岡子規
旅立のやうに門出る帰り花 百瀬美津
旅立の事ばかりいふあつさ哉 暑 正岡子規
旅立の東風に吹する火縄かな 炭 太祇 太祇句選後篇
旅立の花は木槿と決めてをり 田中裕明 櫻姫譚
旅立へことばこまやか黐の花 加藤耕子
旅立や子らに渦巻く蚊遣香 千代田葛彦
旅立や顔見せの燈も見ゆるなり 蕪村遺稿 冬
旅立をのべて都のあつさ哉 暑 正岡子規
旅立を人もうらやむ袷かな 炭 太祇 太祇句選後篇
明易の始発駅より旅立ちぬ 田中延幸
月既に十日となりぬ旅立たん 比叡 野村泊月
東京の春宵に旅立ちて来し 成瀬正とし 星月夜
橋の灯は神旅立ちの銀の馬車 藤原千紗子
海見んと旅立つ客へ花もそふ 杉本寛
温泉の神の五百の磴を旅立ちぬ 大橋宵火
父と母招魂祭に旅立ちぬ 中村ルツ子
留学といふ旅立ちや春しぐれ 高山きく代
留学の子の旅立ちて睦月尽 大野雑草子
磯の神旅立つ海の朝しづか 新田郊春
神ひとり旅立つ仏都高野より 辻本青塔
納骨といふ旅立の嫁菜飯 山田弘子
結びおきて結ぶの神は旅立ちぬ 神の留守 正岡子規
聖五月子も母となり旅立ちぬ 杉本寛
蓼の花働きに出むか旅立たむか 岩田昌寿 地の塩
蕪白し遅れし鳥の旅立ちに 田口満代子
蜜湯一椀炎暑の僧の旅立ちに 上野さち子
装うて何へ旅立つ雪の来し 金箱戈止夫
誕生は死への旅立ち冬銀河 三沢一水
誘ふ神ありて旅立つ咲耶姫 池谷市江
赤道へ旅立つ朝の根深汁 山本喜朗
過去未来つなぐ花野に旅立てり 島みえ
遠嶺新雪すぐ旅立てる世ではない 秋庭俊彦 果樹
鎌鍛冶の鞴の神も旅立てる 吉澤一葎
雨に濡れ燕よ汝も旅立つか 浜明史
雲水の旅立ちは濃し灸花 堀内一郎
颱風の方へ旅立ち行かむとす 杉山岳陽 晩婚
高麗王を祀れる神も旅立ちぬ 飯島芳村
鬼子母神旅立ちてより風の街 加藤かけい
鳥よ遠くに旅立つための風見もあり 金子皆子
鶫旅立つ朧月夜の朧の躯 金子皆子
●旅便り
マロニエの花冷つづる旅便り 稲畑汀子
天国の夫に白夜の旅だより 飯田浦子
●旅疲れ
ねぎ坊主厨に伸びて旅疲れ 塚原幾久
やや寒と思ひしときの旅疲れ 稲畑汀子
ブーゲンビリア無口となるも旅疲れ 鈴木真砂女
夏帽を抱きて一日の旅づかれ 五十嵐播水 埠頭
夜の蟻の畳に殖えて旅疲れ 河野南畦 『空の貌』
旅づかれ木の葉髪にも及びけり 山本久栄
旅愁とも旅疲れともリラ冷に 稲畑汀子
旅疲れかくして語る夜長妻 竹下しづの女 [はやて]
旅疲れさらりと捨てん花衣 稲畑汀子 春光
旅疲れついうと〜と春火桶 高濱年尾 年尾句集
旅疲れともなく家居きうりもみ 稲畑汀子
旅疲れなしとは言へず薔薇まぶし 阿部みどり女
旅疲れにもあらねどもよき昼寝 高濱年尾 年尾句集
旅疲れ勿忘草の風に癒ゆ 大木さつき
旅疲れ夏川に眼を落としゐて 高澤良一 随笑
旅疲れ夫には言へず葛ざくら 吉川康子
旅疲れ孕雀を草に見る 高濱虚子
旅疲れ癒え春の風邪残りをり 稲畑汀子
旅疲れ癒す鰻と誘はるる 稲畑汀子
旅疲れ納豆汁に酔ひて居り 赤塚喜美枝
旅疲れ脛に秋鯖仕入れたり 鈴木真砂女 夕螢
旅疲れ首までつかる柚子の風呂 後藤澄子
旅疲雪にちらつく絣の目 樋笠文
日がな霾りてどこかに旅疲れ 山田弘子 こぶし坂
日をおいて出る旅疲れ麦の秋 八木澤高原
春の旅疲れ心の三日かな 青峰集 島田青峰
枝豆を真っ青にゆで旅疲れ 降籏幸子
梅が香や慮外ながらも旅づかれ 斯波園女
歇むまじき藤の雨なり旅疲れ 久女
残暑とて旅疲れとて消ゆるもの 稲畑汀子 春光
沈丁の香もこそしるき旅疲れ 稲垣きくの 黄 瀬
浪速踊見つつはあれど旅疲れ 富安風生
炎天はまぶし目を伏せ旅疲れ 高濱年尾 年尾句集
白玉や二度寝たのしむ旅疲れ 河野南畦 湖の森
秋風の三面鏡に旅疲れ 星野立子
見るとなくみせばやを見る旅疲 大橋敦子
遊船に居てただ眠く旅疲れ 高濱年尾 年尾句集
髪洗ひ頭蓋が小さし旅づかれ 殿村菟絲子 『晩緑』
鴬のすこしみだらな旅疲れ 岸田稚魚 筍流し
●旅日記
今日よりは十一月の旅日記 星野立子
夏衣旅日記も京に着きにけり 重頼
旅日記ここに果てたる大南風 下村ひろし 西陲集
旅日記つばめの子だけ画いて寝る 下阪淑峰
春蝉や書き続けゐる旅日記 池上浩山人
短夜や尽きざる興の旅日記 青峰集 島田青峰
窓あけて水鶏月夜の旅日記 石井とし夫
赤しようびん多くは言わず旅日記 岩間民子
野水仙その香の失せぬ旅日記 稲畑汀子 春光
露や澄むランプの翳の旅日記 小林康治 玄霜
頭書から春野と記す旅日記 西川照義
馬冷す大河を渡る旅日記 星野椿
麦秋の天理に曽良が旅日記 湊 キミ
●旅寝
こほろぎに宿かる蝶の旅寐哉 蟋蟀こほろぎ<虫+車> 正岡子規
たばこ干す寺の座敷に旅寝かな 几董
つくつくと汗の香に飽く旅寝哉 汗 正岡子規
ながき夜を疝気ひねりて旅寝かな 上島鬼貫
ひとり旅寝しなに火蛾を掃きにけり 猪俣千代子 秘 色
ひと夜なる旅寝もくるし栗咲く香 能村登四郎
ほとゝぎす旅寝の枕低くして 相馬遷子 山国
まぼろしにはなれぬ花の旅寝かな 几董
みじかよや旅寐のまくら投わたし 炭 太祇 太祇句選後篇
めりやすの旅寝はやすし初あられ 浜田酒堂
よしの出てまた菜の花の旅寐かな 松岡青蘿
よるべをいつ一葉に虫の旅寝して 芭蕉
わが家に旅寝するなり春寒く 佐藤春夫 能火野人十七音詩抄
わびしさや旅寝の蒲団数をよむ 太祇
われ宗祗に似たらん秋の旅寐哉 秋 正岡子規
トランプの散らばる旅寝明易し 岩崎照子
五里の浜月を抱て旅寝哉 向井去来
人も 馬も 道ゆきつかれ死にゝけり。旅寝かさなるほどのかそけさ 釈迢空
何もかも布団にかけて旅寝かな 五十嵐播水 播水句集
傾城は屏風の萩に旅寐哉 萩 正岡子規
八千の鶴見し旅寝浅かりし 山田弘子 こぶし坂
冬浪の音断つ玻璃に旅寝かな 佐土井智津子
凩に菅笠たつる旅寝かな 越人
初秋の枕小き旅寝かな 初秋 正岡子規
別れたる*かやにまた合ふ旅寝かな 井月の句集 井上井月
北山に初雪ありし旅寝かな 西村和子
句碑の字の旅寝崩るる餘寒かな 古舘曹人 砂の音
名月の色におどろく旅寝かな 前田普羅 春寒浅間山
名月の見所問はん旅寝せん 松尾芭蕉
吹雪く夜もオーロラの夜も旅寝せる 伊藤柏翠
地酒あり蚕あかりほどの旅寝あり 岩佐光雄
埋火や木曾に旅寐の相撲取 埋火 正岡子規
夏の夜に風呂敷かぶる旅寝かな 小林一茶 (1763-1827)
夜濯の音きこえくる旅寝かな 成瀬桜桃子 風色
夜着ひとつ祈り出して旅寝かな 松尾芭蕉
奥山に旅寝かさねて合歓の花 田中裕明 櫻姫譚
客あるじ名乗る旅寝や秋のくれ 水田正秀
寒の闇旅寝の枕返しけり 池田光子
年送る旅寝の湯婆ほてりけり 渡邊水巴 富士
恙寝は旅寝のごとし冬木見え 鷲谷七菜子 天鼓
我星はどこに旅寝や天の川 一茶 ■享和三年癸亥(四十一歳)
掛乞に長安を逃げて旅寝かな 歌原蒼苔
旅寐して家に帰れば青葉哉 幸田露伴 礫川集
旅寐九年故郷の月ぞあり難き 月 正岡子規
旅寝して息つめてをり去年今年 澄雄
旅寝して我が句を知れや秋の風 松尾芭蕉
旅寝して早稲の香りのどこよりぞ 長谷川櫂 蓬莱
旅寝して暁の虫にぞ戸惑へる 石塚友二 方寸虚実
旅寝して見しやうき世の煤払ひ 芭蕉
旅寝して顔のよごるゝ春の潮 田中裕明 花間一壺
旅寝して香わろき草の蚊遣りかな 去来「続虚栗」
旅寝にて雪眼しもやけすこしづつ 木津柳芽
旅寝よし宿は師走の夕月夜 芭蕉
春日の遅々と旅寝の句碑にあり 古舘曹人 砂の音
春暁や旅寝の床の襖寄り 鈴木真砂女 生簀籠
時鳥江戸に旅寝の雨夜哉 時鳥 正岡子規
月照らす師のふるさとに師と旅寝 深見けん二
月雪や旅寝かさねて年一夜 加舎白雄
朝毎の法リや旅寐の一大事 高井几董
枕にもなれよ旅寐の春の鹿 松岡青蘿
枯芦の風音通ふ旅寝かな 草間時彦 櫻山
柿売の旅寐は寒し柿の側 炭 太祇 太祇句選
梟に夢をあづけし旅寝かな 摂津よしこ
死にもせぬ旅寝のはてよ秋のくれ ばせを 芭蕉庵小文庫
死にもせぬ旅寝の果よ秋の暮 芭蕉
殉教の島に旅寝の星月夜 上村占魚
波音かしぐれか旅寝うつゝなる 内田准思
浅かりし旅寝のあした笹子鳴く 赤松[けい]子
潮鳴りと篠のこがらしきく旅寝 稲垣きくの 牡 丹
煙草干す寺の座敷に旅寝かな 几董
牆の薔薇旅寝の*かやに近かりき 飯田蛇笏 霊芝
玉の緒の子おもふ旅寝青鬼灯 中山純子 沙 羅以後
病む窓を旅寝とおもひ居待月 鍵和田[ゆう]子 浮標
病雁の夜寒に落て旅寝かな 芭蕉
白らむ旅寝遥かな闇に妻を託す 隈治人
白団扇旅寝の妻の胸の上に 大野林火
石蕗の花経たる旅寝や涜れなし 清水基吉 寒蕭々
祭らるる二星のもと旅寝かな 長谷川櫂 虚空
絹蒲団重ねても猶旅寝かな 尾崎紅葉
耳栓をぬかず旅寝や明易し 山本歩禅
聖霊も出てかりのよの旅寝かな 内藤丈草
聖霊や同じ旅寝の枕もと 内藤丈草
腰にさす団扇も軽し絵の旅寝 浜田酒堂
舞ひ入りし螢いとしむ旅寐かな 臼田亜浪 旅人
色あせしロシヤ毛布の旅寝かな 三溝沙美
花のかげ謡に似たる旅寝哉 松尾芭蕉
菖蒲太刀枕に敷ける旅寝かな 橋本珠見「雛の部屋」
菖蒲太刀置かれて安き旅寝かな 萩原麦草 麦嵐
蚊屋ごしに蕣見ゆる旅寝哉 士朗
蛙鳴く旅寝なか〜落ちつかず 高浜年尾
行々子旅寝みじかくふかかりき 木津 柳芽
行く春に追ひぬかれたる旅寝かな 丈草
行く秋の腰骨いたむ旅寝哉 正岡子規
行秋のふしぶしいたむ旅寐哉 行く秋 正岡子規
足袋脱いで旅寝の衾短かり 萩原麦草 麦嵐
跡付をだき籠にする旅寝かな 中村史邦
踊抜き阿波の旅寝の深かりし 稲畑汀子 汀子第三句集
遠雪崩ひとりの旅寝安からず 藤田湘子
都出て神も旅寝の日数かな 芭蕉
長き夜を虚子が旅寝や明達寺 細川加賀
雁鳴や旅寝の空の目にうかぶ 一茶 ■文化二年乙丑(四十三歳)
雑煮ぞと引おこされし旅寝哉 路通 (備後の鞆にて)
霜寒き旅寝に蚊屋を着せ申し 如行
高水に星も旅寝や岩の上 松尾芭蕉
鰤起し旅寝の手足まだ覚めず 奈良文夫
鳥雲に男は伊勢に旅寝哉 妻木 松瀬青々
鵆聞くために二日の旅寐哉 桃隣
鶴を見ず鶴を瞼の旅寝かな 北原志満子
鹿啼てまことがましき旅寐哉 加舎白雄
●旅の友
つれづれの旅に友あり初蕨 古舘曹人 砂の音
初旅の友来る富士の裾野より 沢木欣一
友垣の一人よ旅の濁り酒 高澤良一 燕音
夜明ぬとふとん剥けり旅の友 炭 太祇 太祇句選
妻も詩の友パセリぽつりと旅の皿に 伊丹三樹彦
定年者に残りたる友水中花 田川飛旅子 『山法師』
少し距離置き旅の友旅の冬 稲畑汀子 春光
旅に住みて四方に友ある雑煮かな 渡辺水巴 白日
旅に出て妻も友がら新豆腐 市村究一郎
旅の友と旅に出て冬日大いなる 渡邊水巴 富士
旅信ばかり呉るる友あり雪割草 石田波郷
盆の月旅と約して友逝けり 富山弘子
紫苑に友静かな旅の刻過ぐる 中拓夫 愛鷹
行春や旅へ出て居る友の数 炭 太祇 太祇句選
雪にもたれ友にもたれて旅ゆけり 松村蒼石 雪
●旅の果
そら豆をむきて分つや旅の果 古沢太穂 古沢太穂句集
孵で水の泉に遇ひぬ旅の果 沢木欣一 沖縄吟遊集
帆と怒濤おなじ暗さの旅の果 三谷昭 獣身
旅の果十符の菅谷暮れかぬる 宮坂静生 樹下
旅の果子恋の鷽の鳴きにけり 杉山岳陽
旅の果葎をしぼる秋の風 小林康治 四季貧窮
旅果の眼閉づれば色なき風 青柳志解樹
梅雨幾夜妻子囲ふや旅の果 小林康治 玄霜
水いそぐ旅の果なる濁り酒 原 裕
蔦一葉はさむ手帳や旅の果 丹羽啓子
蜜豆に話のつきぬ旅の果 沼尻ふく
雪の果旅の果てなる竜飛崎 佐々木踏青子
霧甘受して放心の旅の果 津田清子
青木賊夫たる前の旅の果 杉山岳陽 晩婚
騒心や波郷忌をけふ旅の果 森澄雄
この旅、果もない旅のつくつくぼうし 種田山頭火 草木塔
わが旅の蝦夷も果なるたんぽぽ野 高濱年尾 年尾句集
旅もいよゝ果の泊りや山冴ゆる 金尾梅の門 古志の歌
旅も果婆の草餅買つてやろ 白岩三郎
椋の実に旅も果なる一日かな 加藤楸邨
●旅人
うまやぢの旅人影なき淑気かな 西島麦南 人音
おはぐろや旅人めきて憩らへば 中村汀女
かまくらの灯るを待たず旅人去る 森田峠 三角屋根
かりがねと関の旅人や秋出水 飯田蛇笏 山廬集
けむり茸踏み旅人となりし日よ 塩入田鶴
ここに睡り旅人秋の風にあり 池内友次郎 結婚まで
このいとど旅人芭蕉の句にもある 森川暁水 淀
さようなら私の気管をゆく旅人 増田まさみ
しくるゝや旅人細き大井川 時雨 正岡子規
すすきもりあがる旅人らしく沿ひ 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
そろばんを枕の旅人春の蚤 宮武寒々
ひぐらしや旅人去りゆくごとやみぬ 昌治
ひとり来て逢ひし残花に旅人めき 高田風人子
ぶらんこ漕ぐ下駄裏冬濤旅人へ 香西照雄 対話
まぼろしの旅人に蹤く草いきれ 上田五千石
みな旅人年改まる旧山河 永野孫柳
やま吹にくちはなを追ふ旅人かな 白雄
われもまた旅人にして翁の忌 下村梅子
ガラス器に旅人の影木の芽どき 平北ハジム
キセル火の中止(エポケ)を図れる旅人よ 安井浩司 中止観
リラ咲けば誰も旅人港町 古賀まり子
世の花にわれ家も無き旅人かな 花 正岡子規
丘の辺に小学校の鐘響き日々の旅人としてわれは聞きたり 三枝昂之
丹頂の遊びをる野を我旅人 依田明倫
京を出る旅人多し梅柳 梅 正岡子規
人も旅人われも旅人春惜む 山口青邨
先づ江津を訪ふ旅人に燕とぶ 高濱年尾
公園に旅人ひとり涼みけり 納涼 正岡子規
冬帽子ふるさとに来て旅人なり 間瀬奈津子
冬木二本憩ふ旅人をはさみけり 野村喜舟 小石川
冬海の漁舸を淋しむ旅人かな 飯田蛇笏 山廬集
冬籠る燈色の天井旅人に 香西照雄 素心
冬麗の石旅人を待つごとし 太田土男
冷し酒旅人我をうらやまん 白雄
初彌撒へ旅人ひとり加はれり 内藤恵子
初時雨鬼も旅人も韋駄天に 熊谷愛子
動くともなき空の下あえぐ旅人 生ある限り 芹田鳳車
十夜の灯高く仰ぎて旅人かな 月舟俳句集 原月舟
原虎杖や旅人はふと夏を折り 安井浩司 汝と我
古代より風は旅人蓮の花 柄澤寿々子
周防路の吾も旅人曼珠沙華 山根一樹
唄に歩を合す旅人風の盆 毛塚静枝
嘗て住み今旅人よ桃の花 太田土男
土筆と旅人すこし傾き小学校 寺山修司 花粉航海
地上では旅人なりと冬の灯消す 田川飛旅子 『山法師』
夏の夜街の輝きにまみれ旅人として買ふ物 人間を彫る 大橋裸木
夏菊に木曽の旅人やせにけり 夏菊 正岡子規
夏菊や旅人やせる木曽の宿 夏菊 正岡子規
夏菊や木曽の旅人やせにけり 夏菊 正岡子規
夕ざれば旅人急ぐ案山子かな 尾崎迷堂 孤輪
大いなる旅人として風の秋 高澤晶子 純愛
子の家に居ても旅びと春浅し 石原フサ
家を出てすぐに旅人法師蝉 上田五千石
家郷末枯れ旅人として山見をり 小松崎爽青
宿帳や春の旅人異名書く 春 正岡子規
寄進して去りし旅人梅の寺 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
寒燈といへど温き灯旅人に 柴田白葉女 花寂び 以後
山清水かき濁らせて旅人われ 相馬 黄枝
山茶屋しんかん旅人にたべものならべ シヤツと雑草 栗林一石路
山茶花を旅人に見する伏見哉 井原西鶴
岩はなや旅人労れていちご食ふ 白雄「白雄句集」
岩ぱなや旅人労ていちご食ふ 加舎白雄
師は旅人二夜の月に逢ふべしや 田村了咲
帰り咲いて西日と白し苗桜 旅人 臼田亜浪
帽振れば私も旅人海苔を掻く 山本節子
年の瀬や旅人さむき灯をともす 飯田蛇笏 山廬集
接木すと小刀見せし旅人かな 比叡 野村泊月
撃たるるは旅人ばかり鳥威し 鈴木鷹夫 春の門
撫子を折る旅人もなかりけり 撫子 正岡子規
放生会蓮の茶店の旅人かな 久保田万太郎
旅の旅人よ内感覚に烏賊するめ 折笠美秋 虎嘯記
旅びとを濡らせる雨に濃竜胆 下村槐太 光背
旅人が潟を漕ぎゆき藪から帰る 安井浩司 阿父学
旅人が着物に包む蕎麦粉かな 前田普羅 春寒浅間山
旅人ぞ転生いづれ日向くさし 攝津幸彦 未刊句集
旅人といふ気安さや雪を踏む 椎橋清翠
旅人として花茣蓙の端に座す 福永耕二
旅人となりきる春の夜の地酒 岡本眸
旅人となりて萩焚く桂郎忌 手塚美佐 昔の香
旅人となりにけるより新酒かな 椎本才麿
旅人とわが名よばれん初しぐれ 芭蕉
旅人と旅人の子の初霞 長谷川櫂 天球
旅人と見らるる春の愁ひかな 西村和子 かりそめならず
旅人になりたくて買ふ夏帽子 仁田典子
旅人にをしならびたるきぬたかな 斯波園女
旅人にロンドン塔の蔦紅葉 滝戸 蓮
旅人に一と幕ありし舟芝居 松田トシ子
旅人に七月さむき風吹けり 福田甲子雄
旅人に世なれてさびし秋の妻 石原舟月 山鵲
旅人に並木はづるゝ帰雁かな 尾崎迷堂 孤輪
旅人に今日の神戸の花ミモザ 後藤比奈夫 めんない千鳥
旅人に半日会はず山ざくら 関森勝夫
旅人に古オルガンは鳴らず冬 鈴木栄子
旅人に合はぬ山路のいちご哉 苺 正岡子規
旅人に吉野岨みち凍解かず 中村青峯
旅人に土用太郎の風が吹き 茅根知子(魚座)
旅人に夜の倉敷柳散る 三宅悟牛
旅人に奈良茶粥あり柿日和 清水杏芽
旅人に山の末黒はまださめず 伊藤東吉
旅人に平泉村畦を焼く 山口青邨
旅人に影濃く広く青胡桃 座間友子
旅人に我糧わかつ深雪哉 高井几董
旅人に斉場(せーば)の御香(うこう)みな湿る 横山白虹
旅人に昨日は岩魚今日は鮎 森田峠 避暑散歩
旅人に朝寝許さぬミサの鐘 長屋きみ子
旅人に机定まり年暮るゝ 前田普羅
旅人に松の落葉の降りかかる 渡辺純枝
旅人に枕がかたし河鹿鳴く 原子公平
旅人に栗鼠は木の実を抱きたる 中島 藤女
旅人に浜の土産屋目刺焼く 斉藤友栄
旅人に涅槃会の雨一雫 沢木欣一
旅人に消えてあとなき花火かな 増田龍雨 龍雨句集
旅人に濃し港外の銀河の尾 羽部洞然
旅人に焼藷売の来る埠頭 大橋敦子
旅人に熊狩のうた熊祭り 成瀬千代
旅人に瑞の空あり人麿忌 百瀬美津
旅人に白皆ゆらぐ夕牡丹 近藤一鴻
旅人に砂丘の星と鳥の巣と 小林貴子
旅人に神説く男栗青し 堀口星眠 営巣期
旅人に秋日のつよし東大寺 飯田蛇笏 霊芝
旅人に稲負鳥峠口 八木林之介 青霞集
旅人に聚り降るや秋の雨 尾崎迷堂 孤輪
旅人に脇本陣の夏炉かな 加藤斐子
旅人に舟底擦りて布袋草 有働 亨
旅人に花野めく森いざなへる 稲畑汀子 春光
旅人に草の絮とぶ鴨場跡 一木緋佐子
旅人に蝦夷の秋早や育ちをり 高木晴子 花 季
旅人に蝶々高くつきにけり 長谷川櫂 蓬莱
旅人に行きそふ駄馬や葛の秋 飯田蛇笏 山廬集
旅人に遅日の海の暮れそむる 稲畑汀子 春光
旅人に運河波立ち降る霙 有働亨 汐路
旅人に遠く唄へり蓴採 飯田蛇笏「山廬集」
旅人に遠山見せて蕎麦の花 毛塚静枝
旅人に遺る壁画や春の雨 有働亨 汐路
旅人に野菊の下の川音かな 佐野良太 樫
旅人に銭もらひけりはちたゝき 佳棠
旅人に雨の黄あやめ毛越寺 高野素十「野花集」
旅人に雪嶺翼張りにけり 大橋敦子 匂 玉
旅人に高野の冷えのおそひ来る 高木晴子 花 季
旅人に鮒の膾の好みあり 鮒膾 正岡子規
旅人に黄葉明りの径深く 足立 玉翠
旅人に黄薔薇の投げてあるうれし 池内友次郎 結婚まで
旅人の 眼にだけ 廣重の松がある(島田) 吉岡禅寺洞
旅人のいそぐ夜山や虫の聲 虫の声 正岡子規
旅人のいたづらよりぞ風かをる 薫風 正岡子規
旅人のいちごくひたる跡もあり 苺 正岡子規
旅人のうしろ照らるる夕焼かな 吉武月二郎句集
旅人のこころにも似よ椎の花 芭 蕉
旅人のこゝにも寝たり笠の蝶 蝶 正岡子規
旅人のこゝろにも似よ椎の花 芭蕉
旅人のごとくに雪の藁塚二つ 藤岡筑邨
旅人のごとく足長蜂の行く 村松紅花
旅人のついでに参る彼岸哉 彼岸 正岡子規
旅人のつみのこしたるいちご哉 苺 正岡子規
旅人のつゝじ引抜く山路かな 子規句集 虚子・碧梧桐選
旅人のともに吹かるゝ尾花かな 薄 正岡子規
旅人ののぞきてゆける雛かな 久保田万太郎
旅人ののみほして行く清水哉 清水 正岡子規
旅人のはしり抜けるや駒むかへ 蓼太
旅人のはやかけよるや初桜 初桜 正岡子規
旅人のひとりの昼餉萩の花 上野一孝
旅人のものうき刻のリラの花 草間時彦
旅人のもみちに暮れていそぎけり 紅葉 正岡子規
旅人のやうに睡りぬ紅粉の花 黒田杏子 花下草上
旅人のゆきたるのちを樹の雫 金子 晉
旅人のわが目にも枯れいそぐ蘆 細見綾子
旅人のわれに目をこせ蓬摘み 前田普羅 能登蒼し
旅人の上向いて行く春の風 正岡子規
旅人の中を山彦ときに野火 三枝桂子
旅人の互に名乗る夜寒哉 弄我
旅人の京に入る夜や初時雨 時雨 正岡子規
旅人の京に入る日や初時雨 時雨 正岡子規
旅人の仰いでをりし雁帰る 中澤なみ子
旅人の兎追ひ出す夏野哉 夏野 正岡子規
旅人の八重山こゆる二月哉 二月 正岡子規
旅人の単衣かさぬるすゝみ哉 単衣 正岡子規
旅人の名をつけて行く清水かな 清水 正岡子規
旅人の吹きまくらるゝ野分哉 野分 正岡子規
旅人の吾を追ひ越す道をしへ 柴田奈美
旅人の咄しして行く枯野かな 枯野 正岡子規
旅人の嚢中よりす野蒜の香 中田剛 珠樹以後
旅人の垣根にはさむおち穂かな 一茶
旅人の城へ上るや春の風 春風 正岡子規
旅人の城へ上るや舞雲雀 雲雀 正岡子規
旅人の墓に飯供(お)き夏近し 角川源義 『口ダンの首』
旅人の多き駅舎や雪もよひ 下山八恵美
旅人の夜川やこゆる春の雨 暁台
旅人の好き蕎麦食ふや十二月 前田普羅
旅人の如くに汚れ梅雨の蝶 上野泰
旅人の如く杉菜を見てをりし 村中美代
旅人の山路に暮れるいちご哉 苺 正岡子規
旅人の岨はひあがるいちご哉 苺 正岡子規
旅人の己れをたのむ初詣 市野沢弘子
旅人の影を重ねし泉かな 成瀬正俊(ホトトギス)
旅人の心にも似よ椎の花 芭蕉「続猿蓑」
旅人の我から潜る花樗 前田普羅
旅人の我も数なり花ざかり 井上井月
旅人の所なれたる花見かな 内藤丈草
旅人の扇置なり石の上 扇 正岡子規
旅人の手を浸しゆく泉あり 丸山麻子
旅人の旅に倦むとき花樗 森 澄雄
旅人の昼寝のあとや草の蚤 古白遺稿 藤野古白
旅人の木に佇みて夜の秋 古賀幹子
旅人の桃折りてもつ節句かな 樗良
旅人の歌上りゆく若葉哉 若葉 正岡子規
旅人の汗の玉散る清水哉 汗 正岡子規
旅人の火をうつ萩のゆふべかな 蕪村
旅人の火を打こぼす秋の露 蕪村遺稿 秋
旅人の為にとて咲く花もあらん 花 正岡子規
旅人の焼野に迷ひとげを踏む 焼野 正岡子規
旅人の牛にのつたる時雨哉 時雨 正岡子規
旅人の盗人に逢ひぬ須磨の秋 秋 正岡子規
旅人の眼に酒が秋澄み滲む 青愁 佐竹草迷宮
旅人の知らで過ぎ行く清水哉 清水 正岡子規
旅人の破鐘叩く扇かな 扇 正岡子規
旅人の窓よりのぞくひゐなかな 加舎白雄
旅人の笠ぬぎをがむ涅槃像 高橋淡路女 梶の葉
旅人の笠追へけり赤蜻蜒 蜻蛉 正岡子規
旅人の箸にかかりし海雲かな 桑原三郎 晝夜 以後
旅人の簔着て行くや萩の原 萩 正岡子規
旅人の老鶯を聞いて居る 老鶯 正岡子規
旅人の耳に秋声光悦寺 高木晴子 花 季
旅人の腰かけてゐる飼屋かな 前田普羅 飛騨紬
旅人の舟に仰向く雲雀哉 雲雀 正岡子規
旅人の草鞋すてたりきりきりす 蟋蟀 正岡子規
旅人の荷にかけし粟の一穗哉 粟 正岡子規
旅人の蜜柑くひ行く枯野哉 枯野 正岡子規
旅人の見て通りけり涼み船 納涼船 正岡子規
旅人の足をとゞめて大夏木 佐藤格太郎
旅人の足暗くすぐ門火焚 佐野美智
旅人の達者で居たる卯月かな 卯月 正岡子規
旅人の都々逸うたふ日永哉 日永 正岡子規
旅人の雁をかぞへて日をかぞふ 山口青邨
旅人の雜煮喰ふたる鞠子哉 雑煮 正岡子規
旅人の青嵐の中を下りけり 青嵐 正岡子規
旅人の音もなく過ぐ鳥総松 小澤克己
旅人の額あかるき泉かな 小川軽舟
旅人の顔してをれば実梅落つ ふけとしこ 鎌の刃
旅人の顔して日傘開きおり 田中朋子
旅人の顔で降り立つ盆の駅 前岡茂子
旅人の顔となりたるサングラス 河野美奇
旅人の顔や榾火に酔ひにけり 坂桂株
旅人の顔洗ひ居る清水哉 清水 正岡子規
旅人の馬こはがるや渡り鳥 渡り鳥 正岡子規
旅人の馬のり替ふるかれのかな 多代女
旅人の馳走に嬉しはちたゝき 向井去来
旅人の鳴らして行くや迎ひ鐘 一茶
旅人の鼻まだ寒し初ざくら 蕪村 春之部 ■ 糸櫻賛
旅人はとうに出掛けて百千鳥 三井絹枝
旅人はぱつと椿になりにけり 中尾寿美子
旅人は休まずありく落葉の香 前田普羅 飛騨紬
旅人は汗も涙も独り拭きぬ 中村草田男
旅人へ告ぐたんすにスルメの頭 安井浩司 赤内楽
旅人へ苔あをあをと冬泉 加藤耕子
旅人みな袴をぬぐや明易し 前田普羅
旅人もまじりてそそぐ甘茶かな 吉武月二郎句集
旅人もゑびす顔して宵ゑびす 高澤良一 宿好
旅人もロダン青銅も五月雨るゝ 清水基吉 寒蕭々
旅人も声を限りのヤーヤドウ 高澤良一 寒暑
旅人も手向けて居るや施餓鬼棚 野村泊月
旅人も燭継ぐ雨の花会式 上村末子
旅人も狸供養に加はりぬ 田中佳津子
旅人も礎石も雪も降り昏るゝ 竹下しづの女句文集 昭和十三年
旅人も草も夜明の四月かな 鳳朗「鳳朗発句集」
旅人も見ゆるちり端や草角力 増田龍雨 龍雨句集
旅人も郡上踊に夜明すと 松尾緑富
旅人も鶲もつづれ織の冬 橋石 和栲
旅人や丘のぼりきて田鶴の墓 大橋櫻坡子 雨月
旅人や冬寂ぶ雨の山越ゆる 吉武月二郎句集
旅人や寒がりに來る奈良の秋 秋 正岡子規
旅人や山に腰かけて心太 小林一茶
旅人や日の短かさを江の景に 尾崎迷堂 孤輪
旅人や月出て急ぐ瀬田の橋 月の出 正岡子規
旅人や杖に干し行く汗拭 汗巾 正岡子規
旅人や橋にしぐるゝ馬の上 時雨 正岡子規
旅人や泣く子に凧を上げてやる 雉子郎句集 石島雉子郎
旅人や秋におくるる雲と水 飯田蛇笏 山廬集
旅人や秋立つ船の最上川 立秋 正岡子規
旅人や花車に粉るゝ村まつり 祭 正岡子規
旅人や茶摘を尋ね山の裾 茶摘 正岡子規
旅人や諏訪の氷を踏で見る 氷 正岡子規
旅人や鐘に石打つ遅ざくら 紫暁
旅人や鞍につけたる梅の花 梅 正岡子規
旅人や鞍に梅さす初駅 安井小洒
旅人や馬から落す草の餅 草餅 正岡子規
旅人や鹿に餌をやる春日山 鹿 正岡子規
旅人や鹿追ひ上る春日山 鹿 正岡子規
旅人よかの海をすぎ椎の木あり 桑原三郎 春亂
旅人よみえたる二階の灰かぐら 安井浩司 阿父学
旅人よゆくて野ざらし知るやいざ 太宰治
旅人よ笠嶋かたれ雨の月 蕪村 秋之部 ■ 探題雨月
旅人よ茄子にかくれる高野山 安井浩司 中止観
旅人わが目に飛び入りし他(ひと)の火の羨しきろかもあやに優しき 高橋睦郎 飲食
旅人われ熊よけの罐鳴らしゆく 立石萌木
旅人をさびしからする鳴子哉 鳴子 正岡子規
旅人を仏間に招く夏炉かな 岩崎照子
旅人を載せたる馬車や夏木立 夏木立 正岡子規
旅人を追かけてひく鳴子哉 鳴子 正岡子規
旅人を遠く眺めて月の鹿 津根元潮
旅人を飛白にしたる吹雪かな 杉本雷造
旅人を鳥が氷にしてしまう 正岡 豊
旅人今も三国三宿時雨けり 福田蓼汀 秋風挽歌
旅人吾に蝦夷のなまりの冬鴉 板谷芳浄
旅人吾に鼻すり寄せ来春の鹿 平野千江
旅人吾の十和田の宿に鶫来し 松下冬葉
旅人吾もおけら火を振り人混みに 吉田未灰
旅人宿小松屋とあり八重ざくら 青木重行
旅人旅を思ひ橡の花知りし 梅林句屑 喜谷六花
早苗田の風も旅人道の駅 青木千秋
旭の丘を越す旅人やな蚊帳を見る 雑草 長谷川零餘子
星となるまでは旅人墓洗ふ 木村敏男
春あつく旅人づれの肉を焼く 飯田蛇笏
春の野や旅人何にくたびれる 春野 正岡子規
春暑く旅人づれの肉を焼く 飯田蛇笏
春月下旅人の影われを抜く 原裕 葦牙
春浅き日の旅人として一人 川口咲子
昼顔をはなれればまた旅人 栗島 弘
更科や旅人見ゆる十日月 月 正岡子規
書初や旅人が詠める酒の歌 占魚
月下の旅人橋過ぎて世を過ぎて 黒田杏子 花下草上
木屋町の旅人とはん雪の朝 蕪村
木曾路ゆく我れも旅人散る木の葉 臼田亞浪 定本亜浪句集
松に倚る旅人我や薪能 藤松遊子
松本は旅人の町林檎買ふ 岩崎照子
案山子の影も伸びてゐる旅人で通る 人間を彫る 大橋裸木
桑の芽や旅人に風たけだけし 上村占魚
梟に旅人といふ名をもらひ 上田日差子
棒稲架のみな旅人のごとく佇つ 大内史光
植田見しより南国の旅人に 稲畑汀子
椿のカーペット踏んで 外人墓地の旅人 伊丹公子 メキシコ貝
樹の下にしばし旅人青胡桃 森澄雄
橋渡るまでか旅人は左岸ゆく 山田遊子
正月を惜しみてかすむ旅人かな 吉武月二郎句集
水に影ある旅人である 種田山頭火 草木塔
水論に耳をかしゐる旅人かな 吉武月二郎句集
氷屋あかき夕陽に旅人がゐる 人間を彫る 大橋裸木
氷挽く音こきこきと杉間かな 旅人 臼田亜浪
汗ぬぐはぬ一旅人や筆の業 小林康治 玄霜
汽車におどろく鴨におどろく旅人われ 臼田亞浪 定本亜浪句集
汽車に驚く鴨におどろく旅人の我れ 旅人 臼田亜浪
流氷もまた旅人の孤独感 源鬼彦
浴みして伊豆に旅人や初鴉 竹冷句鈔 角田竹冷
海に来て風も旅人冬銀河 武藤あい子
涅槃図の寺旅人を泊めにけり 黒田杏子 木の椅子
滝を見る吾も旅人傘を抱き 阿部みどり女
火に寄れば皆旅人や雪合羽 細見綾子 花寂び
炎天に旅人憶良の山指さる 八木林之介 青霞集
煙草のむひま旅人も来て早苗とれ 早苗 正岡子規
王宮を南風吹きとほる旅人蕉 桂樟蹊子
甘茶仏旅人に笑み見せたまふ 森田峠 三角屋根
白濁の天に旅人青芭蕉 殿村菟絲子 『樹下』
目刺干す旅人は影過ぐるのみ 大串 章
眉しろく虹の裏ゆく旅人よ 間石
短夜を賭場に更かして旅人等 吉良比呂武
磯松に旅人病み居り冬の雁 比叡 野村泊月
秋ゆうべ旅人の如く帰り来し 田辺久子
箱庭の旅人ひとりはさびしかり 白井斗子
箱庭や旅人行けば中仙道 野村喜舟
緑蔭や旅人十人容れ余り 近藤一鴻
羽の国の秋冷早し旅人に 鈴木貞二
脳髄のはまひるがおの旅人よ 安井浩司 密母集
興し絵の子等の後より旅人かな 雉子郎句集 石島雉子郎
舞ひ降りし鶴に旅人声もなく 寺出訓三
花冷のきびし西よりの旅人に 阿部みどり女
花合歓に夕日旅人はとどまらず 大野林火
花折のわれは旅人 頂きのかなたはつねに奈落なりにし 前登志夫
花樗旅人われも佇ち憩ふ 大竹孤悠
茶を飲んで車窓は田植老旅人 百合山羽公 寒雁
荒れ雪に乗り去り乗り去る旅人かな 前田普羅 新訂普羅句集
蒼然と旅人を待つ泉かな 大木あまり 雲の塔
蓬萠ゆ憶良・旅人に亦吾に 竹下しづの女句文集 昭和十二年
蔵明けて旅人入るゝ新酒かな 月居
蝦夷はまだたんぽぽ咲いて旅人に 汀子
蝶々や旅人になつて見たく思ふ 蝶 正岡子規
蝶追ふや旅人餅を喰ひながら 蝶 正岡子規
蟻地獄旅人としてすれちがふ 黒田杏子 花下草上
行く春や旅人憩ふ栃のかげ 前田普羅 飛騨紬
行く秋のまた旅人と呼ばれけり 行く秋 正岡子規
街道の旅人多き霞かな 霞 正岡子規
見て居るは皆旅人なり鯊釣れる 西山泊雲 泊雲句集
見やるさへ旅人寒し石部山 智月
親燕出入りさかんに旅人宿 加藤耕子
遇ふ人ごとみな旅人や梅雨入山 原石鼎
道祖神の村で昏れたら 風の旅人 伊丹公子 沿海
遠く来て一樹の涼を旅人めき 阿部みどり女
遠のけば誰も旅人めく青野 菊池珠枝
鉄骨の空組み上がる旅人や 徳弘純 レギオン
鎌倉に旅人はなし梅の花 梅 正岡子規
闘牛場我は旅人日除帽 高木晴子
阿蘇を去る旅人小さき萱野かな 野見山朱鳥
降る雪や旅人われに家路なく 山本歩禅
陽炎の移り移れる旅人かな 野村喜舟 小石川
雉子鳴けり山見て山に旅人我 福田蓼汀 秋風挽歌
雪だるま残し旅人宿を発つ 新田千鶴子
雪女旅人雪に埋れけり 雪 正岡子規
雪眼の目あげて旅人のわれ見る子 森川暁水 淀
雪解や旅人通る麓町 雪解 正岡子規
雷やみし合歓の日南の旅人かな 飯田蛇笏「山廬集」
霧に点す駅旅人は夜着くべし 大串章 朝の舟
霧降るに清水掬むなり皆旅人 林翔 和紙
青空の鯉とたわむる旅人よ 山之内夫佐子
鞄に小枝つめて出かけるうれしい旅人 阿部完市 絵本の空
飛び飛びに旅人黒きをどりかな 蓼太
餅花や人気配せる旅人宿 岸田稚魚 筍流し
鮓宿へ旅人下りぬ日の峠 飯田蛇笏 山廬集
鯉のぼり遥けし父という旅人 伊藤淳子
鳴子引いて旅人おどす思ひあり 鳴子 正岡子規
黒塚や蚋旅人を追ひまはる 曉台
●タラップ
いまぞタラップを踏む兵の何の風呂敷包ぞ 栗林一石路
セーターの男タラップ駈け下り米 深見けん二
タラップをミニ竿灯の下り来たり 伊藤 径
タラップを取ればたちまち秋の潮 中村汀女
タラップを降りて紫雲英の風の中 西村和子 夏帽子
タラップを降り佇つ日本鳥ぐもり 佐野まもる
タラップを降り早春の伊予の土 星野椿
口に薔薇それも真紅ぞタラップ゜踏む 本城佐和
白靴や連絡船のタラップを 田中冬二 麦ほこり
英霊たちのタラップとなる牡丹雪 栃窪 浩
鯨見えなかったね と タラップ踏む 井上真実
●探勝
●団体旅行
●地図
かはほりや古地図のままの城下町 内田裕夫
けら鳴くや地図にあれどもけもの道 中島木曽子
しぐるるや茶房に大きパリの地図 麻殖生伸子
すいつちよ来ぬ海溝青き地図の上 冨田みのる
ふるさとは地図の一点青山河 原槙恭子
ぼろぼろの地図を遍路が折り畳む 薫風
まくなぎや三万分の一の地図 二戸秀郎
よれ〜の汗の作戦地図を焼く 樋口南盆
サファリーの背に汗の地図島原へ 鈴木鷹夫 渚通り
パパイアに行先のこる地図濡らす 鷹羽狩行「遠岸」
ベルリンの地図につつみし桃二つ 皆吉司
一片の地図越えてゆく蜥蜴の歩 対馬康子 吾亦紅
丹前やまたアメリカヘ地図の旅 大島民郎
亀鳴くや地図に確かむ子の任地 松倉ゆずる
京の地図折目に御所や花曇 猿橋統流子
人にはぐれ地図にはぐれし薄暑かな 安田くにえ
人住まぬ辺りの地図を読み始む 相生垣瓜人
伊能地図歩幅はるかに青岬 大内秀夫
体内の地図を菜の花色にする 岡村行雄
元旦や地図中央に日本あり 池田啓三
切株の平らに開く登山地図 遠藤若狭男(狩)
初飛行近畿立体地図の上 日野草城
北風の灯を近づけぬ聖書地図 田川飛旅子
南海の地図の蒼さを初夏の部屋 文挟夫佐恵 黄 瀬
南米地図壁に茨の実卓に挿す 及川貞 夕焼
去就いまだ地図より翔ちし瑠璃揚羽 河野多希女 月沙漠
友の地図のポストまだ見ず薔薇の垣 中戸川朝人 残心
古地図では武家屋敷なり草の花 三浦叙之
古地図に松のいろ濃き恵方道 赤尾恵以
古地図閲覧図書館の蚊に刺され 佐藤恵子
台風の生れたる地図日本小さし 右城暮石
向日葵の蕊焼かれたる地図のごと 今井聖(1950-)
国栖の地図ひろげ見入り神無月 渡部伸一郎
地図で計るあなたとの距離春の虹 片山嘉子
地図にある日本は赤く梅白し 阿部千代子
地図にある蒼い境界鳥と人 対馬康子 吾亦紅
地図にて辿るパウロの行路秋薊 宮脇白夜
地図にない島に住まひてひじき刈る 神野島女
地図になき沼に霧湧く杜若 児玉小秋
地図にはなしかやつり草の咲く径は 坂本謙二
地図に無き満州国や鳥雲に 南 冨美子
地図に見る明日行くところ萩の卍(てら) 池田澄子 たましいの話
地図の上に子らと顔よせ夏休 上野巨水
地図の上に汗を落して命令聞く 長谷川素逝 砲車
地図の上旅する町の烏瓜 能美澄江
地図の橋渡り返して春眠す 長谷川かな女 花寂び
地図ひろげ八十八夜の旅ごこち 脇坂啓子
地図ひろげ次の札所へ夏遍路 吉田敬行
地図よりも暗く鵜が覚め日本海 猪俣千代子 堆 朱
地図をよむ外套をもて灯をかばひ 長谷川素逝 砲車
地図を手に寺から寺へ丈草忌 佐藤善也
地図を見て春山の名の悪四郎 大橋敦子 手 鞠
地図北に向け歩き出す福詣り 森田君子
地図好きの方と初旅して三河 高澤良一 鳩信
地平線へ女歩く地図深く裂け 和田悟朗
坂鳥や地図に確かむ縦走路 大久保白村
夏山の地図古り母も老いたまふ 石橋辰之助 山暦
夏帽をイーハトーブの地図に置く 肥田埜勝美
夜店の灯古きパリーの地図を買ふ 有馬朗人 天為
大地に書く地図北方に秋篠や 和田悟朗 法隆寺伝承
大地凍つ地図と眼鏡と油顔 古川塔子
大白鳥地図のあちこち消してくる 杉野一博
大阪の地図をひろげて草芳し 山本洋子
子が描く遊山の絵地図ねこじやらし 上田日差子
子の旅を地図になぞりて夜長の灯 岡本 静子
寄生虫己れの地図を持っており 山本佳子
寒い足が出てシベリアの地図をかぶつて寝ていた夢というもの 橋本夢道 無禮なる妻抄
寝ぬ室に地図広く掛かる寒さかな 龍胆 長谷川かな女
少年の机に地図と空蝉と 大木あまり 雲の塔
屋上の鈍器 空席 東京地図 上野敬一
山の地図そへし妙見栗を買ふ 岩田余志
山の地図に三人額寄せて秋 鈴木鷹夫 大津絵
山の地図腰ポケツトに真夏来る 八幡より子
山上に拡げし地図に小鳥来る 中川忠治
山峡の地図になき地図はだれ雪 秋野静子
広告裏に狂院の地図描きて寒し 岩田昌寿 地の塩
忠敬の歩みし地図も土用干 牧 一男
想い出は地図画くような草蛍 高澤竹光
手の地図をたたみかねつつ東風の景 阿波野青畝
指で辿れば燃えつきてしまう地図 大西泰世 世紀末の小町
掌が白い武漢の地図となる 富澤赤黄男
探梅や古地図にある道たどり 朝木芳子
敦煌を地図に探すや鳥曇 竹中碧水史
斑雪田に地図のごと残りけり 蓬田佳穂
新涼の壁に珈琲分布地図 岩崎照子
旅の地図元にたためず夜のすいと 河浦 隆三
旅の荷を置きて地図見る芝桜 稲畑汀子
日本がまん中の地図終戦日 東条すみゑ
早春の便りに開く電子地図 大曽根育代
星涼し父と見てゐる山の地図 赤坂とし子
春を待つひらきし地図の野は緑 上野泰 春潮
春待つや地図に遥かな子との距離 古座岩康子
春隣古地図は川を太く描き 友岡子郷 風日
春風にはばたきがちや地図ひらく 西村和子 夏帽子
春風や鹿がうばひし奈良の地図 大島民郎
時差刻むホテルの地図や去年今年 小路智壽子
晩秋やイタリア青きゲーテの地図 有馬朗人 天為
晩餐や万国地図の紅も盛り 攝津幸彦
月(ルナ)と眠る 地図の一点に横たわり 江里昭彦 ラディカル・マザー・コンプレックス
月寒く地図より消えしソ連邦 山崎千枝子
木五倍子咲く地図には載らぬ道祖神 北澤瑞史
村の地図古きほどよし大南風 長谷川双魚 風形
枯蟷螂立ちて鞄の上の地図 北条壬生
枯風や貼られて生きる戦後の地図 寺田京子 日の鷹
柿若葉カミさんと地図買いに出て 坪内稔典(1944-)
梅雨明けの地図を広げてカーエリア 平上昌子
梅雨鯰古地図にのれる屏風岩 足立 紅
棒切れで地図を描ける花の許 高澤良一 素抱
榾主が壮図の名残壁の地図 雉子郎句集 石島雉子郎
母老いぬ地図に泉の記号欲し 江里昭彦 ラディカル・マザー・コンプレックス
水の地図たどりて利根の春浅し 石寒太 翔
江戸古地図展げて春を惜しみけり 川村紫陽
汽車今は地図のこゝゆく春の旅 石井とし夫
流星やパリの古地図の青表紙 小澤克己
浪寒し港湾地図から目離せば 友岡子郷 遠方
海岸線を女体と思ふ一瞬を地図に見て旅組みてゆくかな 黒瀬珂瀾
淡雪や古地図の日本国やさし 大井雅人
清水のむかたはら地図を拡げをり 高野素十
火峨の影展げし地図にあまたゝび 清原枴童 枴童句集
煖炉燃え明日越す嶺は地図にあり 岸風三楼 往来
熊打ちの拠点の地図へ朱を求む 新田汀花
玄奘に地図無き道や沙羅の花 清家美保子
現在地不明枯野に地図拡ぐ 津田清子
留学の子ありしぐるる壁に地図 皆吉爽雨
略地図に 枕丁花の先 雲の手前 伊丹公子 ドリアンの棘
畳這ふ深山の霧に地図案ず 鈴鹿野風呂 浜木綿
登山地図滝一徹の音止めず 河野南畦 湖の森
登山地図見て打合はす岩魚釣 茨木和生 丹生
登高や地図の形に佐渡が島 鈴木尚子
白南風の地図に無き道海へ出づ 鈴木鷹夫 渚通り
短夜や地図には小さき血の孤島 渡邊水巴 富士
秋の夜の畳せましと旅の地図 尾堂美和子
秋の夜は地図から消えた村さがす 平川義光
秋風や地図を鉛筆ころげでて 川崎展宏
秋風や麺麭の袋の巴里の地図 敦
移り住む田舎の地図や年始状 高浜虚子
空に地図終冬の塵いつさい焼く 寺田京子 日の鷹
絵地図手に伊賀の寺町冬ぬくし 日下静代
緑さす下に少年地図ひろげ 大高 翔
緑蔭にひろげし地図をかこみけり 柏井古村
老遍路道に地図置きたづねをり 五十嵐播水 埠頭
胡桃割る閉じても地図の海青し 寺山修司 『われに五月を』
色鳥や折目通りに地図畳む 中川 忠治
芥子咲くや漂砂はてなき地図の上 古舘曹人 能登の蛙
花曇地図ずつしりと掌にあまり 原田喬
花火開く地図になき島また見せて 河野南畦 『元禄の夢』
虎杖を噛みつゝ地図をしらべけり 岸本白霧
蚊が行くや欧洲現勢壁の地図 石塚友二 方寸虚実
蚊火に見る地図のパプアは湿地多し 文挟夫佐恵 黄 瀬
蚊火焚いて色地図散らす二タ夜三夜 文挟夫佐恵 黄 瀬
蝙蝠となり鉄神の憩む地図 八木三日女 落葉期
蝙蝠や案内の地図の昏れて来し 脇収子
蝦夷の地図ひらけばかなし夏ながら 林原耒井 蜩
蟇這い出す赤と黒との不眠地図 八木三日女 赤い地図
行く春の地図に磁石をのせにけり 山本洋子
街角に地図ひろげ持ちあたゝかし 美馬風史
観梅や地図に名もなき川耀ふ 松本三千夫
記憶の地図に緑のしるしつけてゆく 芹沢愛子
読初の島原乱史地図ひらく 河野静雲
読初の張謇傅に地図添へて 田中英子
赤い地図なお鮮血の絹を裂く 八木三日女(1924-)
踏青や通行止めの迂回地図 倉瀬たけ子
逃げ水や地図より消えし小学校 磯崎ゆきこ
金亀子古地図の海に昏倒す 高尾方子
鎌倉や梅雨の七口地図に指す 石川桂郎 高蘆
開きたる地図に朝霧のってくる 長島喜代子
開きたる地図の静かに花の旅 成瀬正とし 星月夜
隠岐の夏潮とは地図の海の色 芦高昭子
雁の声地図をめくりて旅ごころ 林 力
雁渡る地図にロシアのうすむらさき 川嶋悦子
雪が降り地図にない道あらわれる 穴井太 ゆうひ領
雪中に地図ひらく音鶴となる 中島斌雄
霜焼の耳かぶせ読む岬の地図 桜井博道 海上
音がしそうな谷 画く 十七歳の山岳地図 伊丹公子 メキシコ貝
風花や信濃の地図を壁に貼る 木村蕪城 寒泉
颱風の生れたる地図日本小さし 右城暮石 声と声
飛騨の地図ひとり見ている夜寒かな 田中冬二 俳句拾遺
黒峠とふ峠ありにし あるひは日本の地図にはあらぬ 葛原妙子
●ツアー旅行
さくらんぼ狩のツアーのごいっとうさん 高澤良一 素抱
伊予柑の味見ぞろぞろツアー客 高澤良一 寒暑
宝船ツアーといふはなかりけり 高澤良一 燕音
秋うらら外人ツアー蕎麦すする 阿部寿雄
羽子板市東都ツアーに組み込まれ 高澤良一 鳩信
●通訳
春風や通訳つけて居合抜 石島雉子郎
福引に通訳つけてはかどらず 井上兎径子
薄き舌のスラヴ通訳塩吹く枯葉 寺田京子 日の鷹
通訳のまあいを泳ぐ熱帯魚 二村典子
通訳の日本語きれい夜の秋 影島智子
通訳をつとめ幼き半ズボン 大島民郎「山月」
通訳ナターシヤ梅雨寒言へり悲しげに 猿橋統流子
●ホテル
いちじゆくのホテルに熟す閑吟集 加藤郁乎
かなぶんの叩くホテルの非常口 露口美穂子
このあたりホテルばかりの白夜かな 久保田万太郎 流寓抄
こは サマセット・モームの木椅子 椰子ホテル 伊丹公子 ドリアンの棘
こんなにもホテルに近く甘蔗刈る 恩智景子
さがしている眉間のあたりの古いホテル 阿部完市 絵本の空
もみづれる高雄ホテルの絨緞も 高澤良一 宿好
ゆうぐれホテルに 花の溜息 トランク着く 伊丹公子 アーギライト
よべ夏炉焚きし匂ひの避暑ホテル 高木晴子 花 季
わが泊つる森のホテルの白夜なる 山口青邨「雪国」
ガムランは 呪術のその端 古都ホテル 伊丹公子 ガルーダ
クレソンを摘む流れあり避暑ホテル 岩崎照子
ホテルあり木槿づたひにグリルあり 京極杞陽
ホテルに傘忘れ日が過ぐ巴里祭 鈴木鷹夫 渚通り
ホテルの庭遠くに稲架の一文字 松村蒼石 雁
ホテルの浪音もなくうすら眠うものかく 梅林句屑 喜谷六花
ホテルはともす鳴くかなかなに似合ふ灯を 桂信子 晩春
ホテルみな白しホテルは何充つ城 楠本憲吉
ホテルニューグランド前飛ぶ秋つばめ 高澤良一 寒暑
ホテル・ビィレッジ白根葵は夢いろに つじ加代子
ホテル卓上ナフキン尖り秋日澄み 及川貞
ホテル建つ噂どこへか草茂る 清水寥人
ホテル竹林常宿として稲雀 鈴木栄子
二夜はや馴染むホテルの秋灯 中村汀女
僧院ホテルの 点るワインは 祈祷の灯 伊丹公子 パースの秋
元旦の目覚めホテルに聖書あり 品川鈴子
冬の虹山頂ホテル夕閉す 柴田白葉女 遠い橋
冬もみぢ湖畔のホテル飼鳥狎るる 宮武寒々 朱卓
凍る日の雑巾にあるホテルの名 鈴木鷹夫 春の門
初刷のはやとぢてあるホテルかな 山口波津女 良人
初夢に枕のひくきホテルかな 山口波津女 良人
初読はホテルの聖書かもめどり 鈴木鷹夫 春の門
初鏡ホテルの部屋のうつりけり 山口波津女 良人
十指どの指もて射つやホテルのシャンデリヤ 寺田京子 日の鷹
古風ホテルの 油彩の王女 すこし伏目 伊丹公子 アーギライト
向日葵や幼な顔してホテルマン 上島幸重
商人と雲をあつめる海のホテル 阿部完市 絵本の空
国旗のみ覚めきさらぎの小ホテル 徳弘純 非望
夏の霧ホテルに着きし赤き馬車 龍胆 長谷川かな女
夕霧にホテル厨房灯をともす 飯田蛇笏 春蘭
夜の雪に誰かホテルの窓あけし 横山白虹
大家族ホテルに集ひ年迎ふ 行田多栄子
大連の梅雨のホテルの不親切 久保田万太郎 草の丈
天井低き明治のホテル室の花 鈴木康世
定山渓雪の階下り湯のホテル 渡辺しおり
小鳥来るSLホテル窓開き 神蔵 器
山ホテル夏炉三階まで匂ふ 今井千鶴子
山ホテル氷河明りに壁炉燃え 小原菁々子
山若葉昼を点せる旧ホテル 塚田順子
山頂ホテル霧に盲ひし火蛾宿し 樋笠文
山麓ホテルの 黄金時間 角笛は 伊丹公子 アーギライト
峇峇(ばば)言葉 失せゆく宙に ホテルの燦 伊丹公子 パースの秋
志摩ホテル白き毛布の目ざめかな 車谷弘
打水のホテルに残る屋号の名 村本畔秀
数へ日のホテルに何のゼミナール 村手圭子
日短かしホテルぐらしにやゝ馴れて 大場白水郎 散木集
星屑 岩屑 まばたく 氷河ホテルの夜 伊丹公子 アーギライト
春の夜やホテルはあかき帷ひき 岸風三楼 往来
時差刻むホテルの地図や去年今年 小路智壽子
暖冬が慮外なホテル生みつづく 寺井谷子
枯れ蓮やホテルの鉄の裏梯子 石川文子
枯山のホテルにポーの黒猫飼ふ 横山房子
樹氷林ホテルのけぶり纒きて澄む 橋本多佳子
死にも触れ晩夏のホテルの夕食会 関森勝夫
残る灯の霧の灯となる山ホテル 岩垣子鹿
残雪の山をそびらにホテルの灯 林原耒井 蜩
水仙やホテル住ひに隣なく 久保田万太郎 草の丈
氷雨東京 ひとりで寝ろと ホテルの鍵 伊丹三樹彦 樹冠
沢庵を漬ける宿屋をホテルといふ 渋谷鉄郎
海のホテルピアノのほこり蝿がなめる 寺山修司 未刊行初期作品
海のポスター山のポスター避暑ホテル 堀 磯路
消せる灯は消して白夜の山ホテル 竹中碧水史「自転」
深海のホテルの壁を蛾が叩く 横山白虹
混沌の夜涼 ホテルに多国語満ち 伊丹公子 ドリアンの棘
湖さむくホテルの白は招かぬ手 大井雅人 龍岡村
湖に落すホテルの灯あり夜の秋 山口白甫(雨月)
湖のホテルの庭の月の宴 木下碧露
湖べりのホテルの芝の夜の秋 盛田清谿
湖風の山頂ホテル灯を派手に 柴田白葉女
潮騒やリオのホテルの竹夫人 坂倉けん六
火山ホテル暖炉に土語も親しうす(ハワイ) 河野南畦 『湖の森』
火蛾去れり岬ホテルの午前二時 久保田万太郎 流寓抄
灯のホテル弥生は月を上げながら 桂信子
炉火赤し山のホテルに入りたれば 高浜虚子
煖房にホテル夜更けの事務をとる 山口波津女 良人
狸すぐ隠れ 前世紀ホテルの鍵 伊丹公子 アーギライト
琵琶弾いて誰ぞ秋惜しむ瀞ホテル 高橋淡路女 梶の葉
睡蓮の今も変らぬホテルかな 京極杞陽
短夜の自動車つどひ散るホテル 京極杞陽 くくたち上巻
短日の坂のあつまる一ホテル 小島千架子
砂ちかちかホテル楽呼ぶ仏桑華 河野南畦 湖の森
秋霖やホテルに傘の販売機 金元喜代子
籠の鮑ひらく明るい草のホテル 武田仲一
結氷やホテル室なる檻に入る 寺田京子 日の鷹
老鶯やホテルに山の微風来る 阿部みどり女
聖果切るホテルプラザの聖果切る 大橋敦子
脱ぎ捨てるホテルの浴衣シルクハット 京極杞陽 くくたち下巻
船で着く湖畔のホテル雨の*しめ 瀬戸豊子
花冷も雨もホテルの窓の外 稲畑汀子 汀子句集
菊正宗の一升瓶沢山ホテルかな 山崎斌 竹青柿紅
虫聞きに出て振返るホテルの灯 山田弘子 こぶし坂
蛇穴に入り探偵はホテル街へ 九堂夜想
蟇鳴いて木隠れ灯す奈良ホテル 松岡 英士
行秋の水門近く北ホテル 高木晴子 花 季
裂傷もつホテルの硝子冬怒濤 寺田京子
軽井沢万平ホテル、グランドホテルもヒヤシンス 田中冬二 俳句拾遺
近づけばホテル大きく秋の暮 京極杞陽 くくたち上巻
逢引のホテルのロビー春の雷 田中冬二 若葉雨
都ホテルその窓々の春灯 田中冬二 麦ほこり
里心つましホテルの薺粥 今関幸代
野狐来るは杜のホテルの食事時 中川いさむ
開かざるホテルの窓よ夏嵐 対馬康子 吾亦紅
開拓の父の像あり避暑ホテル 岩崎照子
闇淡き白夜のホテルゲーテ読む 関森勝夫
阿寒湖のホテルの軒の燕の巣 荒巻大愚
除夜の宴すすむ ホテルの濃い電流 伊丹公子 機内楽
階少し軋むも月の奈良ホテル 水田むつみ
雉子が鳴く森もホテルにほど近く 高木晴子 花 季
雪が雪追ふ犬ホテル猫ホテル 大木あまり 火のいろに
雪に睡り 真夜 野兎の来るホテル 伊丹公子
雪原に立方体のホテルかな 岩崎照子
雪嶺より高処ホテルの桜草 神尾久美子 掌
雲海やホテルの地下にバスの駅 澤田 緑生
霜の森ホテルヘはこぶ鯉ゆれて 大島民郎
青蔦のホテルといへばわかる筈 高濱年尾 年尾句集
風通しわるきホテルや巴里祭 成瀬桜桃子 風色
香水や富士屋ホテルの昼下り 星野椿「マーガレット」
馬車つくや大つごもりの山ホテル 銀漢 吉岡禅寺洞
馬車の上に垂るゝホテルの桜哉 桜 正岡子規
高原の観光ホテル夏蕨 赤星水竹居
鯛網の海を控へし島ホテル 高濱年尾
●展望台
三月の太陽近し展望台 大久保白村
夏の湖へ展望台の砂こぼす 古館曹人
小雀居てリス居て島の展望台 山田裕理子
展望台初日の歓呼ウエーブに 柴田美代女
展望台見えてて遠し薄暑かな 笠井みつ子
展望台頬白逃げもせずに鳴く 森田峠 避暑散歩
手袋を展望台に忘れ来し 石川文子
春疾風人らかけこむ展望台 小川濤美子
木の芽吹く展望台を押し上げて 朝岡和佳江
飾りたる注連も回転展望台 奥野ただし
鳶の笛きく料峭の展望台 武田光子
●搭乗
七夕竹搭乗手続カウンターに 高澤良一 燕音
初旅の搭乗券を胸にさし 山崎ひさを
搭乗ロの秋光またも押後(おうご)にて 横山白虹
搭乗前の電話は鰯雲のこと 横山房子
搭乗口二度ふりかえり巣立鳥 宮城陽子
着ぶくれを一時預けに搭乗す 井村育子
●徒歩旅行
●泊り
「月」一ト文字の軸に月待つ坊泊り 伊藤いと子
あやめ咲く宿に泊りて螢狩 高橋淡路女 淡路女百句
いなづまや堅田泊りの宵の空 蕪村
おけら火を消して輪にして京泊り 鈴木栄子
おのが子の夢見てさめぬ泊り山 泊り山 正岡子規
お遍路の明日は難所の早泊り 浅野かをる
かじか煮る宿に泊りつ後の月 蕪村
ががんぼのとぢ込められし坊泊り 稲畑汀子
こだまする蛙の中の坊泊り 阿部みどり女
こほろぎの部屋にとびくる島泊り 柴原未知代
さまざま桜しだるる宿に泊りけり 杉本寛
さわ蟹の畳を這へる泊りかな 明石茂子
しがらみとなる七夕竹や峡泊り 鍵和田[ゆう]子 未来図
じゆんさいや闇やはらかき渓泊り 上田日差子「忘南」
せこの者来べき宵なり泊り狩 守武
たのめ来し折田泊りや秋の雨 前田普羅 春寒浅間山
とびろくの夜々を楽しみ草泊り 杉 艸子
ねむの花淡海泊りも二夜すぎ 福井 登
はるか来し大寺泊り夏の月 柴田白葉女
ふる雨や祇園泊りの土瓶蒸し 藤田あけ烏
みちのくの泊り泊りの茗荷汁 森江楓
むささびの声聞く青嶺泊りかな 小林和子(橡)
やがて引く鴨鳴く夜を泊りかな 高濱年尾 年尾句集
よき家に泊り重ねて朝桜 高濱年尾 年尾句集
わが家に泊りつづけて夏百夜 高橋 龍
マルメロやどれも匂いて山泊り 和知喜八 同齢
ラ・マンチャの荒野の古城の今日の泊り遠く夜は寄す沈む日ののち 近藤芳美
一匹の蝿が気になる坊泊り 八木幸子
一夜泊りの大磯通ひ西行忌 村山古郷
三方の玻璃戸の泊り山の月 上野泰 春潮
三浦の介上総の介や泊り山 泊り山 正岡子規
下山して堅田泊りや後の月 三沢久子
不揃ひの冬至蒟蒻坊泊り 澤田緑生
九頭竜の月に鯔飛ぶ泊りかな 伊藤柏翠
乱れたる団扇かさねて泊りけり 長谷川かな女 雨 月
亀虫が灯を取りに来る坊泊り 奈良比佐子
亀鳴くや物音絶えし坊泊り 藤田つとむ
二三日霧にあたりて泊りけり 岡本松浜 白菊
享保雛膝ゆたかなり加賀泊り 米沢吾亦紅
京泊り二夜とも聞く寒念仏 四明句集 中川四明
京泊り大雨の蚊帳を起きやらず 五十嵐播水 播水句集
京泊り灯虫二三に灯を許し 中村汀女
京泊り除夜の火桶をうちかこみ 大橋越央子
仏蘭西船白きが泊り蔦芽吹く 堀口星眠
伊勢海老の伊勢を向うに島泊り 高澤良一 鳩信
伊賀泊り苗代寒の星浴びて 太田嗟
使はざる扇鞄に嶋泊り 角川春樹 夢殿
停車場の前に泊りて乙鳥哉 内田百間
六月の海霧蕭々と牧泊り 堀口星眠 営巣期
切味噌のひなた臭さや夏泊り 服部嵐雪
刈萱のたへにも白し草泊り 銀漢 吉岡禅寺洞
初伊勢や二見泊りに子を連るゝ 名和三幹竹
初東風や浅黄の旗の泊り船 谷口梅泉
初花の夜をたゆたひ雨泊り 吉田鴻司
初鴉一声山家泊りかな 石川風女
剪定夫野風呂をたてて小屋泊り 西本一都 景色
加減よき薪ストーブや包泊り 山形 理
十人の広間泊りに後の月 亀井糸游
厠にも清水ながるる坊泊り 鷹羽狩行「八景」
去ぬは去に泊るは泊り坊夜長 松枝よし江
唯虫を聞く他はなき祖谷泊り 宇山久志
四方の田の氷面照る月に泊りけり 西島麥南
園児らにお泊り保育てふキャンプ 壹岐たつや(春郊)
坊泊りして桜前線待ち伏せす 東野礼子
坊泊り聴きたしかむる初蛙 小原菁々子
城と同じ高さに泊り春の星 中戸川朝人 星辰
堅田泊りや鴨の鈴音を夜更けまで 摂津よしこ
塩風にさあさ吹かりよよ泊り山 広瀬惟然
壱岐対馬泊りかさねて桜鯛 小原菁々子
夏くるや一夜泊りの涛の音 井上智津女
夏の夜の淡路泊りの遠電話 塙 きく
夏の月暗き吉野の泊りかな 山田弘子 懐
夏布団薄く敷きつめ坊泊り 関口 碧
夏布団重しと根室泊りかな 岡林筍林
夏帯をうすくたゝみて泊りけり 長谷川かな女 雨 月
夏蕨能登も奥なる坊泊り 大橋越央子「市谷台」
夏雲の夜も旺んなる山泊り 細井みち
夏霧のとどまるごとく峡泊り 高澤良一 随笑
夏館老尼も泊りながし吹く 飯田蛇笏 春蘭
夕河岸や散歩がてらの泊り客 信太和風
夜は夜の牡丹に遊ぶ泊りかな 田村木国
夜は雁が鳴く島泊り淋しさよ 小原菁々子
夜光虫泊り重ねて隠岐にあり 細田恵子
夜泊りの石を眺めに炉を開く 紀藤道女
夜蛙の声の奈落の里泊り 山田弘子 懐
夜長なる遠野は音のなき泊り 坊城中子
夢のごとき山葵の花を食ふ泊り 土方秋湖
太宰忌も泊り歩きの友の家 山田みづえ 忘
太梁や行火を借りて余呉泊り 池田ちや子
妻と来し湖尻泊りにしぐれ虹 桂樟蹊子
妻に買ふ青嶺泊りの首飾り 山下一冬
婿殿も泊り娘とお正月 工藤茶亭
子の友の泊り爽やぐ朝ゆふべ 都筑智子
子等の家泊り歩きに暮春かな 西村公鳳
宵宮の箱根越え来し泊りかな 萩原麦草
寂庵に雛の間あり泊りけり 黒田杏子 一木一草
寒しじみ掻く音に覚む瀬田泊り 北川英子
寒灯掲げて鞆の泊り船 高濱年尾 年尾句集
寒灸師山家に来り泊りけり 前田普羅
對岸の初鶏きくや泊り船 会津八一
小鳴門に泊り重ねて桜鯛 奥山梅村
居ながらに浮巣のひとつ寺泊り 児玉輝代
山の温泉に泊りなじみて小豆粥 森白象
山の蚊の縞目の太き坊泊り 田山諷子
山宿にいとど親しき泊りかな 稲畑廣太郎
山宿の絵屏風なじむ泊りかな 新田千鶴子
山小屋の押入れ泊り夜鷹鳴く 堀口星眠 樹の雫
山泊り天狗と私だけの明度 山中葛子
山泊り朝押す鳥を寝ながらに 臼田亞浪 定本亜浪句集
山買うて泊りし宿の花李 平松竃馬
峠涼し沖の小島の見ゆ泊り 素堂「六百番発句合」
峯づくる夜雲かなしき泊りかな 金尾梅の門 古志の歌
峯入笹杖にむすびて坊泊り 熊谷伊佐緒
島の端の一夜の泊り銀河澄む 中川ひろし
島泊り別誂えの鱚料理 高澤良一 ぱらりとせ
嵯峨御所の橘かをる泊りかな 阿波野青畝
巻きあぐる簾の冷えも山泊り 亀井糸游
市中に枯野のありて泊りけり 銀漢 吉岡禅寺洞
干草の夜も匂へり牧泊り 有働清一郎
年は徂く伊豆の泊りの風荒し 臼田亞浪 定本亜浪句集
庭畑は紫苑月夜の飛騨泊り 有働亨 汐路
引鴨を見し日の泊り妓を呼びぬ 森川暁水 黴
後の月を市に泊りし山の人 露月句集 石井露月
御取越泊り耶馬より筑後より 松本圭二
御油に来て赤坂泊り草の餅 児玉輝代
御遷宮二見泊りやなじみ宿 田北 ぎどう
心急く泊り雷火の海を打つ 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
思わずも露の美々津の泊りかな 宇多喜代子 象
悲話情話身に入みて聞く佐渡泊り 田上一蕉子
我が宿ようぐひす聞かば泊りがけ 広瀬惟然
戸のひまを海霧の吹きこむ島泊り 小原菁々子
手にとりて軽き団扇や京泊り 有働 亨
新婚の一夜泊りて今年鵙 和知喜八 同齢
新年を犬連れて来る泊り客 山下典子
新蕎麦の鹹めの汁も山泊り 和気久良子
新蕎麦や泊り合せし京のひと 小林広子
新走り赤子は二日泊りにて 中村祐子
方丈に西瓜提げ来て坊泊り 結城一雄
旅もいよゝ果の泊りや山冴ゆる 金尾梅の門 古志の歌
日田杉の身に入む山に泊りけり 鈴木しげを
明日よりお泊り保育蚊帳を干す 新井早苗(悠)
明易き故郷泊り水匂ふ 田中英子
明易き桃の葉なりし須磨泊り 宇佐美魚目 天地存問
星合の雨の函館泊りかな 富田郁子
春の夜や足洗はする奈良泊り 召波
春の雪室津泊りは一夜にて 上野一孝
春菜青し尼と泊りし伊豆の寺 長谷川かな女
春雨に木辻泊りの夕哉 妻木 松瀬青々
昼の蚊や翁泊りし部屋の隅 小松崎爽青
時計草孫が泊りに来てをりぬ 山崎ひさを「百人町」
晴れし日は晴れし寒さに能登泊り 藤浦昭代
暑き朝の鋸音や縁家に泊り 中塚一碧樓
暮れてなほ雪渓見ゆる坊泊り 山口 重
曲り家の一夜泊りの薬喰 小畑柚流
月の波掬へばこぼる志賀泊り 浅場芳子
月を褒めて彦根泊りの俳諧師 星野石雀
月明の一夜聖火の城泊り 下村ひろし 西陲集
月消していつか海霧とぶ島泊り 小原菁々子
朝焼の水場へ降る嶺泊り 小林碧郎
朝顔の花見て立ちぬ泊り客 井月の句集 井上井月
朧にもなき夜のさまや泊り狩 泊り山 正岡子規
朧夜の古城ほとりの泊りかな 山田弘子 螢川
朧夜や晩く着きたる泊り客 田中冬二 俳句拾遺
木の芽漬愛でて今宵を京泊り 宇佐美末女
木を接ぎし夜を友の来て泊りけり 萩原麦草 麦嵐
木犀や二夜泊りに雨一夜 水原秋櫻子
本堂に泊りて別れ蕗の薹 田中裕明 櫻姫譚
松過の港泊りの女づれ 藤田湘子 春祭
枯原に海恋ひながら泊りけり 阿部みどり女
柚子の香の小路の奥に片泊り 小池万里子
栗飯や氷上泊りの二三日 松瀬青々
梟や月の出おそき坊泊り 大岩たま子
残る虫一夜泊りの靴しまふ 倉橋羊村
母が居に泊りを重ね十三夜 中口飛朗子
母が泊りに来る夏布団つくろひし 安住敦
水桶に星の映れる草泊り 斎藤朗笛
水鶏啼くと人のいへばや佐屋泊り 芭蕉「有磯海」
沖鳴るや岬泊りの蚊やり香 高井北杜
河豚汁にあたたまりもし灘泊り 山田月家
河鹿鳴く両神山の坊泊り 手島南天
泊りしは摩周の霜の下りし夜 伊藤柏翠
泊りたる最後の部屋の窓夜長 福田蓼汀 秋風挽歌
泊りたる祖谷の八十八夜の炉 藤岡あき
泊りゐる宿の二階の懸大根 近藤いぬゐ
泊り合す旅商人の寒がるよ 夏目漱石 明治三十二年
泊り子を帰し夜長のただ夜長 大熊輝一 土の香
泊り山夢見る雉の声すなり 雉 正岡子規
泊り山枕の寒き木根かな 蘆白
泊り舟一夜野分にゆられけり 野分 正岡子規
泊り船より一報謝寒念仏 大橋櫻坡子
活火山修学旅行泊り発つ 楠節子
浮人形もちて泊りにゆきにけり 稲荷島人「続夏雲」
浮鴨や泊りぐせなる沖の雲 高井北杜
浴衣白く蔵の旅籠に泊り合ふ 百合山羽公 寒雁
清明の海見て鎌倉泊りかな 清水 浩
温泉泊り今日は夏雨して静か 星野立子
湖畔泊り修学旅行早や目覚む 楠節子
湯婆をもらうて高野山泊り 北村多美
湯手拭銀河に掛けて泊りけり 橋本鶏二
湯殿にも春夜の仏寺泊り 皆吉爽雨
潮騒の二見泊りに伊勢道者 高橋淡路女 梶の葉
瀬の音のして葉桜の山泊り 神原栄二
炭斗の中に竃馬や坊泊り 佐藤 梧林
煮鮑や雨煙りして岬泊り 大木あまり
燭置いて梅の泊りの客設 橋本鶏二 年輪
独活の香や淀の泊りの船の飯 蘇山人俳句集 羅蘇山人
独活和や山の泊りも三日なり 大石悦子
猿の声霧の香寒き泊りかな 臼田亜浪 旅人
獵師つれて鴫打ちに行く泊り掛 鴫 正岡子規
田が見えて泊り二人に紅葉鮒 野澤節子
甲州に一夜泊りの鮑膳 小池宗彦
白萩へ一夜泊りの障子かな 川崎展宏
白蚊帳の寝覚や鳩鳴く京泊り 北野民夫
白雨や泊りの関札昼休 調玉 選集「板東太郎」
白雨抜け泊りは星の白馬村 高澤良一 宿好
白露の横川泊りや有難し 伊藤柏翠
白魚汁明日の船出の泊りかな 上村占魚 鮎
白魚網夕焼くるを見て泊りけり 大野林火
眼にもせぬ蠍を夢に島泊り 上村占魚
短夜の重たき夜具や飛騨泊り 伊藤柏翠
短夜やまだ食ひ足らぬ泊り馬 乙字俳句集 大須賀乙字
短夜や吾妻の人の嵯峨泊り 蕪村遺稿 夏
短日の千鳥の皆生泊りかな 鈴木しげを
石山に今はの雁や夕泊り 妻木 松瀬青々
祭わぶ妻にいもとら泊りに来 森川暁水 淀
福寿草舳に置いて泊り舟 高山利根
福茶して出湯泊りの膝ならぶ 岡本まち子
福茶汲む伊豆の泊りの風凪ぎて 斎藤道子
秋の日の残れる鎌倉泊りかな 松本夜詩夫
秋の芝踏みて皇后泊りけり 萩原麦草 麦嵐
秋山やいづれは峯の坊泊り 尾崎迷堂 孤輪
秋祭鯛一尾さげての泊り客 田中冬二 俳句拾遺
秋雨の温泉親しさや早泊り 青峰集 島田青峰
秋霖や寝袋に入る山泊り 細野一敏
秋鯖のひと塩とどく八瀬泊り 笠原古畦
笹百合に鼓置きあり泊りけり 長谷川かな女 牡 丹
筆の穂に医王のくすり草泊り 磯貝碧蹄館
箱河豚に酌みて無月の泊りかな 高澤良一 ねずみのこまくら
籠枕島の泊りの雨に暮れ 大野林火
紅葉山一夜泊りて痩せにけり 鈴木六林男 王国
絹蒲団稍蔵臭く泊りけり 原田浜人
網戸越し十日月あり山泊り 木村蕪城 寒泉
繭玉のもとに酒酌む泊りかな 高濱年尾 年尾句集
義士祭にゆかざり三田の雨泊り 齋藤玄 飛雪
翁忌の時雨の通る宇治泊り 星野石雀
脇堂の泊り遍路や花の雨 吉武月二郎句集
脱ぐ笠の涼し泊りにつく同者 井上井月
膳所泊り夢に行き交ふ初飛脚 高澤良一 燕音
花アカシア二日泊りて創れぬ繭 金子皆子
花卯ッ木往来に匂ふ荘泊り 高木晴子 花 季
花巡り今日の泊りは武蔵坊 高澤良一 宿好
芹の香の朝粥で足り京泊り 能村登四郎
草泊りの風習廃れ阿蘇五月 杉本寛
葉ざくらや南良(なら)に二日の泊り客 蕪村
葉桜や南良に二日の泊り客 蕪村
葛城や草屋泊りの神無月 妻木 松瀬青々
蕗の薹けふの泊りの一集落 高澤良一 燕音
藤村の泊りし宿の涼しさに 遠藤風琴
虎落笛今宵修道院泊り 津田清子
虎落笛沖荒れやまぬ佐渡泊り 松尾緑富
虚子素十泊りし社家の大夏木 岩崎照子
虫の夜の雨の夜となる京泊り 阿部みどり女 『微風』
蚊を打つて弱気になりし坊泊り 岸田稚魚 筍流し
蚊帳の無きはかなき泊りかさねつつ 木村蕪城 一位
蚊火足して若人ばかり泊り客 及川貞 夕焼
蛙鳴く家に泊りてみたきもの 瀧澤伊代次
蜂の子を食べて白骨泊りかな 野見山朱鳥
蜆汁殊に小粒や諏訪泊り 三上秋翠
蝙蝠の空暮れてゆく泊りかな 高濱年尾 年尾句集
蝙蝠や船に泊りて湯をつかふ 竹冷句鈔 角田竹冷
蟲の夜の雨の夜となる京泊り 阿部みどり女
袈裟売の御山泊りや今朝の秋 蝶衣句稿青垣山 高田蝶衣
親むや泊り〜の根深汁 竹冷句鈔 角田竹冷
諸子釣る声の聞こゆる泊りかな 梶山千鶴子
諸星の冴えざるはなし山泊り 鞍悦子
踊りの鼓笛組合委員ら山泊り 友岡子郷 遠方
追分を霧のニセコに聞く泊り 井上醇女
通し鴨相手長浜泊りかな 後藤比奈夫
道に出て春田の宿の泊り客 千葉皓史
重ねたる高野泊りを雷の上 赤松[ケイ]子
野生馬を見ての泊りの春の月 小坂蛍泉
金屏に大事がらるゝ泊りかな 生田露子
金屏の裡の泊りに父の夢 木村蕪城 寒泉
鉦叩下田泊りの灯がうるむ 柴田きよ子
銀漢の尾を垂れにけり島泊り 清崎敏郎
鍬形虫連れて泊りに子の来たる 富山千穂子
鏡びらきの膳並びたる坊泊り 藤原たかを
鐘三更月落ちかゝる泊り山 泊り山 正岡子規
門徒衆泊りがけなる雪卸 風間みきを
闇深き青田おもほゆ泊りかな 増田龍雨 龍雨句集
障子洗ふ潮さしくるや泊り船 楠目橙黄子 橙圃
雛の日の小さな宿に泊りけり 奥名春江
雛を見て出羽の泊りの五加木飯 石川文子
雨の夜を春鮒釣の泊り客 今井杏太郎
雨ゆゑに泊りを重ぬ矢の根草 森澄雄 空艪
雪告ぐるラヂオの泊り鴨啼く夜 森川暁水 淀
雪嶺の間近く泊り確かに酔ふ 鈴木鷹夫 渚通り
雪渓のさやぐ音のみ小屋泊り 堀口星眠 営巣期
雲上の一夜の泊り仏法僧 権太 郁子
霧の夜の泊り水晶の谷とほし 石橋辰之助 山暦
音立てゝ襲ひ来る霧坊泊り 小林喜泉
順礼と泊り合せる彼岸哉 彼岸 正岡子規
風呂に見る早き泊りやももの花 召波
風呂を焚く梅の寒さや早泊り 松瀬青々
風呂吹や海鳴しげき島泊り 舘野翔鶴
風呂吹を鞆の泊りの蓋のもの 宮下歌梯
風強き隠岐に泊りて雛の家 折井眞琴
餅花の下に寝むも京泊り 大橋越央子
馬市は常にも池鯉鮒泊り哉 井原西鶴
馬追の飛び込んで来し坊泊り 大石よし子
高城や草屋泊りの神無月 妻木 松瀬青々
鮎の瀬の何の笹竹寺泊り 宇佐美魚目 天地存問
鮎の骨強き吉野の坊泊り 百合山羽公
鯉跳ねる音や無月の坊泊り 伊藤いと子
鯛一尾さげて祭の泊り客 田中冬二 若葉雨
鰤起し一つとどろく佐渡泊り 高木良多
鰭酒の琥珀をかさね門司泊り 山崎千枝子
鱧を切る音にも近く京泊り 今石富子「藍合同句集」
鳳仙花泊りに飽いて二三日 吉武月二郎句集
鳶の笛讃へて涼し岬泊り 鈴木鷹夫 渚通り
鵲の橋かゝる夜を峡泊り 平松措大
鶏頬にしのつく雨の宇陀泊り 上田五千石 琥珀
鶏頭を墓と思うて山泊り 鈴木太郎
鹿の声聞きに泊りに来よと僧 星野立子
鹿鳴くや若狭魚荷の泊り客 四明句集 中川四明
麦ついて短夜の娘が泊りけり 萩原麦草 麦嵐
黴の香にやうやく慣れし坊泊り 稲畑汀子
●長旅
白鳥の長旅終えて川に居る 高橋あんず
紅梅へ夜の長旅から戻る 田村みどり
長旅のかげりを頬にサングラス 斎藤道子
長旅のけふは三国の晩涼に 高濱年尾 年尾句集
長旅の城下へ出れば灯籠かな 黒柳召波 春泥句集
長旅の妻よもくれんどか咲きす 高井北杜
長旅の家路近づく半夏生 吉田孤羊
長旅の我こゝにあり蚊帳かな 安斎櫻[カイ]子
長旅の果てのオスロの星月夜 木暮剛平
長旅の疲れごころの展墓かな 楠目橙黄子 橙圃
長旅の疲れ癒せり青林檎 後藤郁子
長旅の終りに来て風につまづく 原直子
長旅や枯れかかるもの松さへも 殿村莵絲子 花寂び 以後
長旅や駕なき村の麥ほこり 蕪村 夏之部 ■ 嵯峩の雅因が閑を訪て
長旅を了へしをしほに更衣 澤田緑生
長旅を来てフィンランド白夜なる 星野椿「波頭」
長旅を終へて二人の冷奴 松本正弘
開襟シャツ長旅の肘よごれやすし 成瀬櫻桃子 風色
●旅籠
かきたてゝ炭火へりゆく旅籠の夜 河野扶美
ふるさとに旅籠住ひや蜆汁 楠目橙黄子 橙圃
みせばややむかし旅籠の総二階 小宮山政子
みちのくの旅籠屋さびて巨燵哉 炬燵 正岡子規
よべ着きし紅葉の谷の旅籠かな 尾崎迷堂 孤輪
不知火の燃えてさびるる旅籠かな 本郷昭雄
五代続く旅籠の朝の干鰈 今泉貞鳳
初秋の枕小さき旅籠かな 初秋 正岡子規
古里の旅籠に泊る展墓かな 吉武月二郎句集
含み吐く旅籠の水や半夏生 長谷川かな女 雨 月
四五枚の浴衣を干して旅籠らし 清崎敏郎
大勢のさゝめく春の旅籠哉 春 正岡子規
大勢のとよめく春の旅籠哉 春 正岡子規
奈良の旅籠の飯に太刀魚塩辛き 滝 春一
奥祖谷の旅籠炉端の薬喰ひ 日守むめ
寒豆腐干し塞ぎたる旅籠かな 松藤夏山 夏山句集
寒豆腐干場はさみて旅籠かな 松藤夏山 夏山句集
屋島なる旅籠の庭の余花白し 斎藤朗笛
島旅籠一景さむく雑魚を煮る 佐野まもる 海郷
旅籠あんどん据ゑ惜春の跡継女 鍵和田[ゆう]子 浮標
旅籠傘棚番傘一本菜種梅雨 藤岡筑邨
旅籠出る一路に壬生の念仏かな 松根東洋城
旅籠屋と言ふべくありぬ夕桜 大串章 山童記
旅籠屋にひとり酒のむ秋の暮 秋の暮 正岡子規
旅籠屋に夕餉待つ間の暮遅し 遅き日 正岡子規
旅籠屋に投げ出す足や蚋の跡 蚋 正岡子規
旅籠屋に春の夕の仮寝かな 春の夕 正岡子規
旅籠屋に浴衣のそろふ廊下哉 浴衣 正岡子規
旅籠屋に飯くふそばの蚊遣哉 蚊遣 正岡子規
旅籠屋のよき灯に泊る柳かな 小杉余子 余子句選
旅籠屋の前まだ白し春の雪 春の雪 正岡子規
旅籠屋の厠に鹿を聞く夜哉 鹿 正岡子規
旅籠屋の夕くれなゐにつゝじかな 蓼太
旅籠屋の客のおどりや置火燵 水田正秀
旅籠屋の居風呂ぬるき夜寒哉 夜寒 正岡子規
旅籠屋の我につれなき寒さ哉 寒さ 正岡子規
旅籠屋の戸口で脱げば笠の露 露 正岡子規
旅籠屋の数多枕や秋夕 妻木 松瀬青々
旅籠屋の淨手場遠き夜寒哉 夜寒 正岡子規
旅籠屋の蚊帳に夜明けて須磨の海 蚊帳 正岡子規
旅籠屋の行燈暗し桃の虫 桃の実 正岡子規
旅籠屋の門を出づれば春の雨 春の雨 正岡子規
旅籠屋の飯くふそばに蚊遣哉 蚊遣 正岡子規
旅籠屋や山見る窓の釣干菜 干菜 正岡子規
旅籠屋や霧晴て窓に不二近し 霧 正岡子規
旅籠屋や霧晴れて窓に山近し 霧 正岡子規
旅籠減る伝馬町筋えびす講 本宮鼎三
春の夜の鈍子に寝たる旅籠哉 春の夜 正岡子規
春の禽波浮の港の古旅籠 足立登美子
春の雨昼間線のなき旅籠 上村占魚 鮎
春雨や旅籠銭(はたご)もとはで奥座敷 正秀 俳諧撰集「有磯海」
春雨や鏡に向ふ昼旅籠 井月の句集 井上井月
朝飯に木犀匂ふ旅籠哉 木犀 正岡子規
木曾川に沿へる旅籠の夜の秋 田中冬二 俳句拾遺
来て見れば旅籠の庭もしぐれけり 室生犀星 犀星発句集
柿くふて腹痛み出す旅籠哉 柿 正岡子規
柿に思ふ奈良の旅籠の下女の顔 正岡子規
浴衣白く蔵の旅籠に泊り合ふ 百合山羽公 寒雁
海棠や旅籠の名さへ元酒屋 水原秋櫻子
為替まつ旅籠の灯影蟇ゐたり 中島月笠 月笠句集
猫の子の膳に随き来る旅籠かな 松藤夏山 夏山句集
用意せし袷出す日や昼旅籠 炭 太祇 太祇句選後篇
白雨に一足はやし旅籠町 此筋 六 月 月別句集「韻塞」
白魚網旅籠屋ならぶ川添ひに 田中冬二 行人
秋暮るゝ奈良の旅籠や柿の味 柿 正岡子規
秋袷木曾の旅籠の主かな 松藤夏山 夏山句集
種芋や旅籠の急な梯子段 大峯あきら
縁先から豆作つて旅籠もする シヤツと雑草 栗林一石路
花冷えや京の旅籠の蕪汁 田中冬二 行人
菊いけて荷物ちらはる旅籠哉 菊 正岡子規
菊の香や山路の旅籠奇麗也 炭 太祇 太祇句選
薄蒲團十三錢の旅籠哉 蒲団 正岡子規
藪村に旅籠屋もなき夜寒哉 夜寒 正岡子規
蛍見や茶屋の旅籠の泊客 浜田酒堂
蜩や旅籠もすなる一軒家 蜩 正岡子規
誘蛾燈見えて旅籠の欄による 西山泊雲 泊雲句集
野分してやがて旅籠の時計かな 達治
銭なくて恋する春の旅籠哉 春 正岡子規
長閑さや鯛を見込みの昼旅籠 井月の句集 井上井月
門前の古き旅籠や竹の秋 中村吉右衛門
霧雨や旅籠古りたる山境ひ 飯田蛇笏 山廬集
露さむし山の旅籠の終ひ風呂 田中冬二 行人
鞍形の青嶺をそこに木曾旅籠 荒井正隆
須磨涼しどの旅籠屋に宿とらん 涼し 正岡子規
風花に馬を繋ぎて旅籠なる 清崎敏郎
飯遅き旅籠の縁や赤蜻蛉 竹冷句鈔 角田竹冷
餅買ひにやりけり春の伊勢旅籠 春 正岡子規
馬の尾に陽炎ちるや昼旅籠 惟然 俳諧撰集「有磯海」
馬士(うまかた)や旅籠定めぬ女郎花 調試 選集「板東太郎」
鵙のこゑ旅籠の障子歪みたる 瀧春一 菜園
鶯や鳥居の内の旅籠町 吉武月二郎句集
鹿聞て淋しき奈良の旅籠哉 鹿 正岡子規
●初旅
乗り換へて陽がまた膝に初旅よ 水谷モト
何の生簀かんの生簀と知多初旅 高澤良一 鳩信
初旅といふには近し海を見に 新保文子
初旅にして大いなる富士を見し 小林牧羊
初旅にすぐ艶歌師の恋の唄 殿村菟絲子
初旅に仰ぐシャガール抱擁図 村上 光子
初旅に恋ふ山のあり湖のあり 山田弘子 螢川
初旅に買ひし藺草の色紙掛 山田弘子 初期作品
初旅に雪の富士見え言ふことなし 岩崎照子
初旅に願つてもない遠白帆 大牧 広
初旅のいつか添ひゐる浮寝鳥 吉田鴻司
初旅のしかも世に出る門出かな 鈴木洋々子
初旅のしばしば富士に逢ひにけり 田村木国
初旅のぞつと裏富士抜衣紋 川崎展宏
初旅のつくづく木々なり烏なり 池田澄子 たましいの話
初旅のまづ万歳の三河かな 百合山羽公
初旅のテレフォンカードまだ無傷 中尾杏子
初旅の一歩すなはち磯椿 岡本まち子
初旅の一舟かかる淡路島 羽柴鏡女
初旅の亀山の月曇る春 飯田蛇笏 霊芝
初旅の今年は青きリボンつけ 田中タマエ
初旅の今赤道を越ゆるなり 南葉月
初旅の伊豆湯ヶ島にあくがるる 矢島渚男 延年
初旅の列車といふも一輛車 松倉ゆずる
初旅の友来る富士の裾野より 沢木欣一
初旅の吾に亀裂の干潟あり 榎本愛子
初旅の大山を負ふ駅つづく 皆吉爽雨
初旅の奈良に鹿今日京に鳩 中瀬喜陽
初旅の始動エンジン快調に 佐藤信子
初旅の宿は妻籠に定めけり 磯野充伯
初旅の富士の白無垢たぐひなし 西田浩洋
初旅の富士より伊吹たのもしき 西村和子
初旅の富士海に見し山に見し 石川星水女
初旅の川幅広く鳥光る 岡本喜子
初旅の座席に鶴を折る女 内山泉子
初旅の搭乗券を胸にさし 山崎ひさを
初旅の晴れ晴れしさよ焼津富士 大谷句仏
初旅の桟橋なれば大揺れに 辻 桃子
初旅の橋をいくつも渡りしこと 伊藤通明
初旅の水占ひも貴船かな 北村睦子
初旅の海の底なる珊瑚見る 金丸鐵蕉
初旅の渚に子等を放ちやる 竹屋睦子
初旅の熊野雷鳴もて明くる 山口超心鬼
初旅の眼裏すでに雪降れり 古賀まり子 緑の野以後
初旅の破魔矢挿す荷を枕上み 茂里正治
初旅の終りにはかに灯の増えて 鷹羽狩行
初旅の終る街の灯近づき来 梅田実三郎
初旅の肝に力の入る離陸 水上陽三
初旅の膳に両眼立てて蟹 亀井糸游
初旅の隣の髯の香りけり 下條杜志子
初旅の雪の近江に雪あらず 百合山羽公 寒雁
初旅の雪を刳りたる最上川 杉浦和生
初旅の靄にしづめる葡萄郷 山口青邨
初旅の靴の紐締む詩碑の前 山口超心鬼
初旅の鞄に入れしブツセの詩 高橋秋郊
初旅の鞄に加へ朱印帳 澤島郁子
初旅の鞄一個のレモン秘む 井上 雪
初旅の駅毎に雪深くなり 石井とみ子
初旅はシェークスピアの眠る国 星野椿
初旅は一歩背な押す伝言板 藤谷敦子
初旅は歩くと決めし野辺の道 中里武子
初旅は野辺の送りや舞子浜 門脇山卯
初旅やおもちやのやうなプロペラ機 稲垣きくの
初旅やまだ着こなせぬ母の衣 中嶋秀子
初旅や一つの出合い大切に 中澤一紅
初旅や三千院に写経して 高橋達子
初旅や住み憂きといふ能登の旅 瀧 春一
初旅や全き富士を天に置き 壺井久子
初旅や動く歩道に運ばれて 川城清子
初旅や午後の紅茶は東京で 佐土井智津子
初旅や国旗と同じ日が昇り 宮澤美智子
初旅や存分に見し鶴の舞 大橋敦子 勾 玉以後
初旅や寒き若狭へ志ざし 野村喜舟
初旅や小松がもとの菜の青さ 稲垣きくの 黄 瀬
初旅や山を従へ船にあり(三河篠島) 上村占魚 『方眼』
初旅や山川つねにわが師なり 吉井莫生
初旅や山河曳きずる地震のくに 吉田透思朗
初旅や島の昼餉の鯛茶漬 轡田進
初旅や嵐の好きな一家族 遠山郁好
初旅や彼方よりただ新大気 中村草田男
初旅や明るき雪の山つづき 阿部みどり女
初旅や月のみの空柔かく 呂啓愉
初旅や木瓜もうれしき物の数 正岡子規
初旅や松帆の松を心あて 岩崎照子
初旅や椀をはみ出す海老のひげ 宗とし尾
初旅や死出のごとくに片付けて 徳淵富枝
初旅や母の笑顔に逢ひたくて 重屋紀美子
初旅や母を看とりの汽車に乗る 藤間蘭汀
初旅や海女も真珠も紅ほのか 中田豊助
初旅や海鳴り聴いて風聴いて 兼平よしえ
初旅や皇居の松を振り出しに 杉原昌子
初旅や福の字つらね下関 阿波野青畝
初旅や赤ベコ首を振る車窓 町田しげき
初旅や車内売子の礼深し 岩木 静
初旅や近づくものに男山 佐野青陽人
初旅や銀の器に洋酒入れ 小島健 木の実
初旅や隣席つひに空きしまま 村上沙央
初旅や雪に灯の入る遠野郷 小島健 木の実
初旅や音もたへなるささら滝 三田きえ子
初旅や駄足のような尿重ね 金子兜太
初旅や駅弁うまき予讃線 草間時彦
初旅をなぐさめ顔の野菊哉 野菊 正岡子規
初旅を子に奢らるるめでたさよ 関口祥子
初旅を慰め顔の野菊かな 正岡子規
初旅を締め括りたる夫婦岩 谷川和子
地図好きの方と初旅して三河 高澤良一 鳩信
妻子つれし初旅法隆寺に暮れぬ 川口川郎
富士を見しこと初旅の余恵とす 辻田克己
恒例の初旅年金取り崩し 高澤良一 宿好
持ち帰りたる初旅の船の揺れ 川崎陽子
曉闇を押しゆくごとく初旅へ 奈良文夫
老猫の足にまつわる初旅行 吉田茂子
荒海見んと一途な夫が初旅へ 槫沼清子
蛸薬師にて初旅の夜が来ぬ 藤田湘子
見ゆる度富士の近づく初旅に 安達輝子
還暦の初旅花の村に着く 下田稔
雑木山にこぶし點々子の初旅 細見綾子
雪国の雪見ん心初旅に 宮田帰郷
●ハネムーン 蜜月旅行
芥子の舌ひらひらひら青空ハネムーン 八木三日女 石柱の賦
雨滴怺へし紅葉谷蜜月旅行(ハネムーン) 鷹羽狩行 誕生
●ビジネスホテル
裏窓のビジネスホテル夏の川 山内茉莉
●旅行
ガリヴァー旅行記御降の樫も見ゆ 瀧澤和治
半島の旅行鞄の夜明けかな 橋本輝久
四五日の旅行く妻に菊日和 石塚友二
密月旅行雪国どこにゆきても雪 長田等
寒旅行目につく石のみな平ら 宇多喜代子 象
岩蟹に飯粒沈め旅行くよ 中島斌雄
幾山河越えさり行かば寂しさの終てなむ国ぞ今日も旅行く 若山牧水
旅行くやチロルに大きかたつむり 有働亨 汐路
旅行くや颱風の跫海に求め 石塚友二 方寸虚実
旅行書の南海青し寝正月 大島民郎
旅行記はまだまだ続く竹の秋 岩田由美 夏安
旅行鞄の金具が光る山は黎明 シヤツと雑草 栗林一石路
水虫を掻きて教祖の汽車旅行 古屋秀雄(天狼)
磯遥か羽太が旅行く人を招き 吉田透思朗
祭の夜旅行者下駄を愛し出づ 平井さち子 完流
稲雀男少なき旅行会 徳永松雄
老猫の足にまつわる初旅行 吉田茂子
雨滴怺へし紅葉谷蜜月旅行(ハネムーン) 鷹羽狩行 誕生
雪達磨 我を旅行く我れ居りて 折笠美秋 君なら蝶に
風さざなみ徒歩旅行者に草冷えて 小長井和子