●浅き夜●可惜夜●雨夜●あやめの闇●ある夜●暗夜●幾夜●十六夜●一夕●薄月夜●お逮夜●朧月夜●朧夜●寒夜●暗闇●後夜●今晩●今夜●昨夕●小夜●終夜●常夜
●初夜●深更●真の闇●深夜●晴夜●清夜●静夜●千夜●前夜●中夜●月の夜●月夜
●徹夜●常闇●長夜●夏の闇●二十三夜●二十六夜●熱帯夜●春の闇●春の夜●半夜
●一晩●ひと夜さ●白夜●星月夜●蛍の夜●暮夜●毎晩●毎夜●待宵●祭の夜●真闇
●浅き夜●可惜夜●雨夜●あやめの闇●ある夜●暗夜●幾夜●十六夜●一夕●薄月夜
●お逮夜●朧月夜●朧夜●寒夜●暗闇●後夜●今晩●今夜●昨夕●小夜●終夜●常夜
●初夜●深更●真の闇●深夜●晴夜●清夜●静夜●千夜●前夜●中夜●月の夜●月夜
●徹夜●常闇●長夜●夏の闇●二十三夜●二十六夜●熱帯夜●春の闇●春の夜●半夜
●一晩●ひと夜さ●白夜●星月夜●蛍の夜●暮夜●毎晩●毎夜●待宵●祭の夜●真闇
●浅き夜
三日の月落ちて夜浅き若葉かな 林原耒井 蜩
浅き夜の白藤濡らし雨通ふ 神尾久美子 掌
二の酉や夜浅き霧にむせながら 臼田亜浪 旅人
春浅き夜は妻も鉛筆削る 加倉井秋を 午後の窓
●可惜夜
可惜夜の桜かくしとなりにけり 齋藤美規
●雨夜
あたゝかき雨夜の雛を納めけり 西島麦南
うき時は蟇の遠音も雨夜哉 曽良
うらぶれて釣るや雨夜の九月蚊帳 日野草城
きり〜す鳴くや雨夜の腕枕 井月の句集 井上井月
ふたつとも飛ぱず雨夜の螢かな 横井也有 蘿葉集
わさびとこころつくりつくりて伊豆雨夜 阿部完市 春日朝歌
ジャングルジムの奥のアフリカ雨夜なり 高野ムツオ
一犬も鳴かぬ雨夜を螢ともす 右城暮石 上下
七夕と云へば雨夜も匂ふらし 相生垣瓜人 明治草抄
七草の雨夜トランプ睡くなる 佐藤鬼房
七草の雨夜生まれてゐる子供 遅沢いづみ
千金の雨夜見捨てゝ帰る雁 子曳
参籠の雨夜暁けたる桜しべ 鷲谷七菜子 游影
咲き満ちて雨夜も薔薇のひかりあり 水原秋桜子
土雛の雨夜は土を匂はせつ 栗生純夫 科野路
夕顔に月の雨夜の暗からず 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
夜桜の雨夜咲き満ちたわゝなり 秋櫻子
妹に雨夜みずすましになろうか 金子皆子
妹の雨夜みずすましになろうか 金子皆子
寒ゆるむ雨夜の酒や女小さし 小林康治 玄霜
巣乙鳥の下に火をたく雨夜かな 加舎白雄
巨樹の根の光れる秋の雨夜かな 西山泊雲 泊雲句集
帋帳ごしに魚灯の匂ふ雨夜哉 加舎白雄
床下に雨夜の蛙鳴いて賃仕事にせいだす 人間を彫る 大橋裸木
旅まくら雨夜の夢はつばくらへ 林原耒井 蜩
村人の眠り雨夜螢は草を青うし 安斎櫻[カイ]子
松茸飯に障子しめたる雨夜かな 青峰集 島田青峰
梅雨明けず雨夜の煙草ふかしても 高澤良一 素抱 七月-九月
正月の雨夜の客につぐ火かな 長谷川春草
死にせれば雨夜帰雁の声の数 千代田葛彦 旅人木
汐満ち来る音を雨夜の十三夜 篠田悌二郎
河童忌の庭石暗き雨夜かな 内田百間
浅草の雨夜明りや雁の棹 芥川龍之介
浦千鳥草も木もなき雨夜かな 蕪村遺稿 冬
漁火も虎が雨夜となりにけり 柑子句集 籾山柑子
炭匂ふ雨夜は母とゐるおもひ 近藤一鴻
獺祭忌雨夜のバスにゆられけり 近藤一鴻
皆光る雨夜の星や虫の声 野坡
秋深き雨夜を光る体温器 松浜
積塔やふらぬ雨夜の物語 蕪村
籾摺や雨夜ぬくとき灯の濁り 金尾梅の門 古志の歌
綱立て綱がうはさの雨夜かな 榎本其角
芭蕉林雨夜ながらの月明り 鬼城
葉柳の寺町過ぐる雨夜かな 白雄
葉柳の寺町過る雨夜かな 加舎白雄
蓮田近き家の雨夜となりにけり 金尾梅の門 古志の歌
藍を生み立春の雨夜をあがる 上村占魚 『天上の宴』
蚊帳裾に梅の実匂ふ雨夜かな 金尾梅の門 古志の歌
蚊帳越しに梁太き雨夜かな 西山泊雲 泊雲句集
蚊遣のけむりひたひにからむ雨夜かな 原田種茅 径
蚤捕ふことに雨夜の農の妻 豊山千蔭
蝋燭のにほふ雛の雨夜かな 加舎白雄
蝸牛鳴くか雨夜は竹の奥 古白遺稿 藤野古白
螢火の道に落ちある雨夜かな 比叡 野村泊月
見ぬ月の千々に悲しき雨夜哉 高井几董
諒闇の雨夜に入りて雪交ふ 冨田みのる
赤い浅草の鮨の秋の雨夜で通る 梅林句屑 喜谷六花
轡虫雨夜重ねてこゑ遠き 水原秋桜子
酒かいに行か雨夜の鴈ひとつ 榎本其角
閑かさを覗く雨夜の柳かな 炭 太祇 太祇句選後篇
雁かへる雨夜汗ばむ羽織かな 岡本松浜 白菊
雨夜きて仏の前のきぬかつぎ 大野林火
雨夜なり大鯉にのつてゆくなり 阿部完市 春日朝歌
雨夜なり爪立てて剥く青蜜柑 草間時彦 櫻山
雨夜の燈仏燈めくや蝌蚪の上 秩父
雨夜の虫子はうつぶせに寝てしまふ 澄雄
雨夜の蟻寝ねても脳裡走りをり 高澤良一 素抱 四月-六月
雨夜日和重ねて落葉あたたかし 古賀まり子 緑の野
雨夜灯ぼした一と部屋の子を遊ばす 人間を彫る 大橋裸木
雨靴をぬぎて雨夜の雛の宿 後藤夜半 底紅
雪に降る音のほそみの雨夜かな 鷲谷七菜子 花寂び
雪を消す雨夜は雪に奥会津 福田蓼汀 秋風挽歌
靴ぬげば鳴き出でし虫の雨夜かな 碧雲居句集 大谷碧雲居
鮭の時宿は豆腐の雨夜かな 山口素堂
鮭群れて雨夜月夜をのぼりつぐ 植田露賂
鼠なく雨夜を春の別れかな 成美
●あやめの闇
片頬に敷く洗い髪あやめの闇 坂野宜枝
●ある夜 或る夜
鹿鳴けば涙が落つる或る夜かな 佐藤澱橋
能面の師走或る夜の貌の我れ 河野南畦 湖の森
トランプに或る夜はむつぶ春めけり 臼田亞浪 定本亜浪句集
夏深し或る夜の空の稲光 井上井月
悲しさはいつも酒気ある夜學の師 高浜虚子
栗を焼くある夜の雨のつれ〜に 寺田寅彦
橋ゆく灯ある夜なき夜や網代守る 梧月
櫟酒場月ある夜は月に酔ひ 町田しげき
浮袋並べ干しある夜の庭 高澤良一 随笑 七月-九月
生者死者ある夜乗り合う月光舟 折笠美秋 死出の衣は
白菊に月ある夜ルの到るかな 尾崎迷堂 孤輪
石鼎忌西に月ある夜のぬくみ 椎橋清翠
祖母のうしろの罐に飴ある夜長し 宮津昭彦
神野寺に円き月ある夜涼かな 高木晴子 花 季
竹婦人ある夜窃に語る人 岩谷山梔子
苦楽をともに栗ある夜は栗を煮る 村越化石 山國抄
茅舎の死ある夜ひとりの夏座敷 飯田龍太 遅速
落鮎には間のある夜夜の水の錆 高橋睦郎 稽古飲食
葛湯飲みある夜は花鳥夢に見る 村越化石
買ひし書のしかと手にある夜店かな 池上不二子
闇の色にも湖と山ある夜長 山田弘子
静かにも近づく火ある夜振かな 清原枴童
鬼灯の花に間のある夜風かな 大嶽青児
●暗夜
かりがねの暗夜南へ次のこゑ 猪俣千代子 堆 朱
ちちろ鳴く暗夜の土に罅隙なし 内藤吐天 鳴海抄
やもりはう暗夜は駅が鼓動する 大西健司
咳やまぬここより暗夜行路の地 対馬康子 純情
恋の猫暗夜行路を跳び交し 鷹羽狩行 遠岸
晩秋の日本海暗夜は碧(へき) 金子兜太 詩經國風
暗夜の水寒き地中を落ちゆけり 永田耕一郎 海絣
歯車の無数なる歯が噛み合ひしまま静止せる暗夜とおもふ 真鍋美恵子
毛虫落ちて暗夜の土をあるきけり 加藤楸邨
汗ばむや電波暗夜をとびみだれ 和田悟朗
潮を吹く荒磯暗夜の奥にみえそこよりとどく海の鳴る音 下村光男
猫の恋暗夜行路を跳び交し 狩行
羽蟻落つ「暗夜行路」の終章に 和田 祥子
谿すさぶ暗夜のもみぢ赫と散れ 林原耒井 蜩
魚はみな下唇ののびる暗夜かな 宇多喜代子
●幾夜
なまじひに幾夜むかしの郭公 上島鬼貫
南蛮へ幾夜か夢を泳ぐなり 高柳重信
婚永し幾夜重ねて海髪を選る 守屋明俊
子を海にやりて幾夜やつりしのぶ 安住 敦
山光る餅の白さも幾夜経て 飯田龍太
幾夜かは胸凍ばれたり旅衾 松村巨湫
幾夜ふる小野の小町のかた鶉 如流 選集「板東太郎」
柊の花のこぼるる幾夜かな 稲垣晩童
梅雨幾夜妻子囲ふや旅の果 小林康治 玄霜
母逝きて幾夜を経たる鉦叩 三好潤子
湖氷る響幾夜にわたりつる 木村蕪城 一位
独活の香に幾夜かよひて松の風 野澤羽紅女
玉の緒の縷々と息づく梅雨幾夜 能村登四郎 天上華
町の人と集う幾夜ぞ天の川 赤城さかえ
盲ひては辿る幾夜の冬木山 金箱戈止夫
真つ暗な幾夜を経たる燕の子 広瀬直人
祭笛幾夜きこへて今宵なし 渡邊千枝子
窓を開け幾夜故郷の春の月 中村汀女
絵燈籠ともして幾夜亡き子亡し 及川貞 夕焼
聖夜まで超過勤務のなほ幾夜 大島民郎
若人らいでて還らず寒幾夜 岸風三楼 往来
葉鶏頭幾夜の雨の起伏しに 野村喜舟
針攻めの幾夜経たるや月鬱金 成田千空 地霊
雨幾夜風幾日萩盛り過ぎ 稲畑汀子
音なしの幾夜の冬の相模灘 原石鼎 花影以後
鳴く千鳥幾夜明石の夢おどろく 其角
●十六夜
チエロケースより十六夜の子供出づ 皆吉司
メビウスの輪に姉がゐる十六夜よ 大屋達治 繍鸞
中空を十六夜の月の出かけかな 暁台
二人旅寝物語りの十六夜 高澤良一 燕音 十月
何講の太鼓練りゆく十六夜 富田木歩
信長に信長触れぬ十六夜 攝津幸彦
六甲の端山に上り十六夜へる 浅井青陽子
冬紅葉海の十六夜照りにけり 水原秋櫻子
十五夜も十六夜も雨辻仏 毛塚静枝
十六夜といふ名を持ちて月昇る 星野立子
十六夜にねむらばつめれ鼻こかせ 立花北枝
十六夜に蹴つて鮑の殼なりし 山尾玉藻
十六夜のあと二三夜の雲ばかり 相馬 黄枝
十六夜のいくつも橋を渡りけり 西山誠
十六夜のいづこに消えし雨男 郡山やゑ子
十六夜のおばしま濡れてありしこと 木村蕪城 寒泉
十六夜のかみそりの刃の濡れてをり 佐川広治
十六夜のきのふともなく照しけり 阿波野青畝
十六夜のこの明るさに何言はむ 山崎為人
十六夜のつゆけき屋根のみゆるのみ 久保田万太郎 草の丈
十六夜のどつかと笑ひ仏かな 仙田洋子 雲は王冠以後
十六夜のわが影出水渉り 松村蒼石 露
十六夜の一客に焚く蔭香炉 佐野美智
十六夜の三島たち来て品川や 久保田万太郎 草の丈
十六夜の云ひ出せば吾が負けならむ 毛塚静枝
十六夜の僧を見送りみんなひとり 藤村多加夫
十六夜の光にさゆれて通夜の客 佐野美智
十六夜の内侍がうつすものがたり 筑紫磐井 野干
十六夜の出先へかゝる電話かな 鈴木真砂女 生簀籠
十六夜の地の香を放つ大欅 加藤耕子
十六夜の地面テくらく木槿散る 宮武寒々 朱卓
十六夜の坂をハーハー登つて下る 池田澄子
十六夜の墨乾きゆく筆の尖 青木重行
十六夜の声よく通る太郎冠者 向井久子
十六夜の外に出てこゝろつまづきぬ 三橋鷹女
十六夜の大釜沸かす氏子たち 乙黒麦童
十六夜の天渡りゆく櫓音かな 河原枇杷男 訶梨陀夜
十六夜の妣の居さうな庭へ出づ 藤原たかを
十六夜の妻は離れてねむりをり 石川 桂郎
十六夜の妻は離れて眠りをり 石川桂郎 含羞
十六夜の子が目のかたい独楽まはし 林原耒井 蜩
十六夜の子の眉を引く旅役者 内田純子
十六夜の宿の枕を均しけり 高澤良一 燕音 十月
十六夜の宿の障子を走らする 高澤良一 燕音 十月
十六夜の寒さや雲もなつかしき 渡辺水巴 白日
十六夜の小腹に納む里の栗 高澤良一 燕音 十月
十六夜の手摺に旅のタオル掛け 阿部みどり女 『微風』
十六夜の明日は旅ゆくわがくらし 太田育子
十六夜の曇りに力抜けにけり 阿部みどり女
十六夜の月に一位を聳えしめ 高澤良一 素抱 十月-十二月
十六夜の月のゆらりと上りたる 後藤比奈夫
十六夜の月の面を照らすもの 後藤夜半 翠黛
十六夜の月大いなる騎士の国 加藤耕子
十六夜の月無しの酒さめ易し 石田波郷
十六夜の月移りゆく牡蠣筏 伊藤 ふみ
十六夜の月移ろへば窓替へて 高澤良一 燕音 十月
十六夜の月見そなはす御仏 阿部みどり女 笹鳴
十六夜の月近々と山の宿 中島智椅子
十六夜の村のはづれに親不知 伊藤柏翠
十六夜の栗と眼鏡のつるのいろ 高澤良一 燕音 十月
十六夜の桑にかくるゝ道ばかり 馬場移公子
十六夜の母に枕を足しにけり きちせ・あや
十六夜の母亡きことに父慣れず 高村恵治
十六夜の気色わけたり比良伊吹 ぶん村 八 月 月別句集「韻塞」
十六夜の水にこゑして人過ぎぬ 馬場移公子
十六夜の水にちらばり水馬 萩原麦草 麦嵐
十六夜の水鳴る方はまだ暗し 村松ひろし
十六夜の波少しある礁かな 大下 みのる
十六夜の渓声ひびく蚕屋障子 飯野てい子
十六夜の照らすビル群人類の秋が音なく近寄ってくる 中川菊司
十六夜の父のうしろに母寂びて 岸田稚魚 筍流し
十六夜の父のかたちに夫が居り 岡田 和子
十六夜の白瀬や滝に発しつつ 野澤節子 黄 炎
十六夜の盲を訪へる盲あり 村越化石
十六夜の石おのづから光り出す 望月たかし
十六夜の稲架低ければ蔵王見ゆ 佐藤 木鶏
十六夜の空となりたり首里の丘 藤田湘子
十六夜の竹ほのめくにをはりけり 水原秋桜子
十六夜の竹五、六幹あとは見えず 筑紫磐井 未定稿Σ
十六夜の色城壁にうまれけり 楸邨 (南京城壁に登る)
十六夜の芋汁残り少かり 寺田寅彦
十六夜の茶屋ちよと忙しちんちろりん 深川正一郎
十六夜の草木の丈にまぎれけり 村沢夏風
十六夜の落葉は白く浅間立つ 堀口星眠 火山灰の道
十六夜の蔵に収まる能衣裳 佐川広治
十六夜の誰か先ゆく鹿の先 桂樟蹊子
十六夜の道のいつしか川に添ひ 木内怜子
十六夜の重きつつしみ召さるべし 筑紫磐井 婆伽梵
十六夜の闇をこぼすや芋の露 千代尼
十六夜の闇をのせたり浪花舟 蒼[きう]
十六夜の雨の傘さしつるゝかな 久保田万太郎 草の丈
十六夜の雨の日記をつけにけり 五所平之助
十六夜の雨濛たりし愛日樓 筑紫磐井 婆伽梵
十六夜の雲の走りを飛天とも きくちつねこ
十六夜の雲ふかければ五位わたる 青邨
十六夜の雲吹去りぬ秋の風 蕪村遺稿 秋
十六夜の雲深ければ五位わたる 山口青邨
十六夜の電車がしばし並びはしる 西垣脩
十六夜の青に染まりし男運 栗林千津
十六夜の青林檎なれば自閉的 安西 篤
十六夜の鞍馬口まで来てをりぬ 藺草慶子
十六夜の頬杖似合ふをんなかな 谷口桂子
十六夜の風吹き通る框かな 石塚友二 光塵
十六夜の風吹通る框かな 石塚友二
十六夜の鮎を呉れたる人匂ふ 萩原麦草 麦嵐
十六夜の鰊番屋の浮き立てり 毛塚静枝
十六夜の黒からぬ髪梳り 桂 信子
十六夜はとり分け闇のはじめかな 翁 八 月 月別句集「韻塞」
十六夜はわが寝る刻を草に照る 橋本多佳子
十六夜はわづかに闇の初め哉 松尾芭蕉
十六夜もまた更科の郡かな 芭蕉
十六夜もまだ更科の郡かな 松尾芭蕉
十六夜も太刀参籠す羽黒山 伊藤敬子
十六夜も居待も曇り草以仏 猿橋統流子
十六夜も居待も淡くすぎにけり 山本洋子
十六夜も橋で吹かるゝ嵐山 中村史邦
十六夜も雨の中なる小豆(てなし)かな 齋藤玄 飛雪
十六夜やいくまがりして階子段 久保田万太郎 草の丈
十六夜やうたゝ寝さめし主じ顔 中島月笠 月笠句集
十六夜やおもひまうけぬ雨となり 久保田万太郎 流寓抄以後
十六夜やくじら來そめし熊野浦 蕪村遺稿 秋
十六夜やしばし黒谷眞如堂 青雨
十六夜やしゆびんかがやく縁の端 草城
十六夜やたづねし人は水神に 泉鏡花
十六夜やちひさくなりし琴の爪 鷲谷七菜子 黄 炎
十六夜やつながり垂るる槐の実 夜半
十六夜やひとりに寝べき頃もなく 鈴木栄子
十六夜やひとり欠たる月の友 高井几董
十六夜やふるき坂照る駿河台 水原秋櫻子
十六夜やまして吉野のごま豆腐 横井千枝子
十六夜やまどろみ流る碓氷川 堀口星眠 営巣期
十六夜やむささび枝を渡りそめ 有働亨 汐路
十六夜やゆうべにおなじ女郎花 泉鏡花
十六夜やゆふべの酒は残らぬか 尾崎紅葉
十六夜やギターケースの胴くびれ 高澤良一 さざなみやっこ 秋
十六夜や一声こぼす五位の声 嵐外
十六夜や一番藍の育つ蔵 橘美寿穂
十六夜や一輛灯す貨車よぎり 堀口星眠 営巣期
十六夜や上蔟急ぐ蚕棚 岡本庚子
十六夜や人も四十か花の老 中村史邦
十六夜や仔犬も雲の斑をもてる 堀口星眠 営巣期
十六夜や兎の型に切る林檎 平林恵子
十六夜や冷気おぼゆる糸瓜影 木歩句集 富田木歩
十六夜や古妻古き帯を締め 鈴木真砂女 生簀籠
十六夜や吹きかけて止む畑の風 萩原麦草 麦嵐
十六夜や品川に海ありしころ 藤田湘子
十六夜や囁く人のうしろより 千代尼
十六夜や四谷見附のみさごずし 久保田万太郎 草の丈
十六夜や地球の上に我家あり 星野立子
十六夜や夫の睡れる掌の巨き 長谷川貴枝
十六夜や妻への畳しこうこうと 加藤秋邨 雪後の天
十六夜や少し猫背に見舞夫 鍵和田釉子
十六夜や慥に暮るる空の色 去 来
十六夜や樹上の鳥が瘤になり 峠 素子
十六夜や母には私しか見えぬ 松本紀子
十六夜や水よりくらき嵐山 蜃楼
十六夜や汝ら創りし森に来て 村越化石 山國抄
十六夜や汽笛きこゆる家に棲み 中村昭子
十六夜や海の底より平家琵琶 成瀬桜桃子
十六夜や海老煮るほどの宵の闇 松尾芭蕉
十六夜や消されてにほふ燭の芯 渡辺四日女
十六夜や溲瓶かがやく縁の端 日野草城
十六夜や燃えつきはてし絵蝋燭 小枝秀穂女
十六夜や片瀬へ帰す姪ひとり きくの
十六夜や田をうち閉づる雨の興 栗生純夫 科野路
十六夜や直しに立ちし燗ざまし 久保田万太郎 草の丈
十六夜や石にたぐひて亀の甲 日野草城
十六夜や結び目褪せし笛袋 藤井寿江子
十六夜や絹雲高き越の国 小澤實
十六夜や繚乱として秋ざくら 遠藤梧逸
十六夜や育児日記に父の文字 久田 澄子
十六夜や舟中に聴く草の雨 中島月笠 月笠句集
十六夜や草の中より松の幹 福田蓼汀 山火
十六夜や薄ささやく宵の秋 浜田酒堂
十六夜や西風強き一としきり 増田龍雨 龍雨句集
十六夜や追炊やめて梨の味 渡辺水巴 白日
十六夜や酒に間のある萩小鉢 古舘曹人 樹下石上
十六夜や野草ばかりの稽古花 古賀まり子 緑の野
十六夜や闇かと見れば花すゝき 松岡青蘿
十六夜や闇より後の月の雲 高井几董
十六夜や隣の部屋に菓子頒けて 鈴木真砂女 夕螢
十六夜や離ればなれにわれら病み 松本進
十六夜や飛ぶ鳥もなき草の原 中島月笠 月笠句集
十六夜や鯨来初めし熊野浦 蕪村
十六夜や龍眼にくのから衣 榎本其角
十六夜を宵よりねたる男哉 寺田寅彦
十六夜湖のかぎりをさざなみす 野澤節子
喪の家や和紙と十六夜清冽に 北野民夫
地下出るに街洗はれて十六夜 西村公鳳
大文字やあふみの空もたゞならぬ 蕪村 秋之部 ■ 十六夜の夕、加茂の邊りにあそぶ
峯風絶景十六夜秘曲・百済琴 高柳重信
川音にある十六夜の粟畑 岡井省二
広重の松に十六夜明りかな 阿部みどり女
待宵も十六夜も風なりしこと 村上三良
扉をひらくたび十六夜の湖が見ゆ 町田しげき
攝待にきせるわすれて西へ行 蕪村 秋之部 ■ 十六夜の夕、加茂の邊りにあそぶ
明日移る荷を十六夜の草の中 渡邊千枝子
木々の影踏み十六夜の城山に 川崎 克
桑畑に出て十六夜の月を見し 細見綾子 花寂び
梨の汁ほたほた膝に十六夜 林原耒井 蜩
樹の洞のやうな十六夜かと思ふ 廣瀬直人
濡屋根のまま十六夜を迎へけり 村越化石
灯さず入りて十六夜温泉あふる 及川貞 榧の實
百姓の縁の十六夜ふけにけり 榎本冬一郎 眼光
相阿彌の宵寢起すや大文字 蕪村 秋之部 ■ 十六夜の夕、加茂の邊りにあそぶ
砂山に十六夜差せる波の群 桂樟蹊子
紅差して十六夜の月岬より 原和子
繊々と樅雲を曳く十六夜 飯田蛇笏 椿花集
置忘れ来し十六夜の女傘 岸田稚魚 『雪涅槃』
芋よりも名はさゝげにぞ十六夜 横井也有 蘿葉集
荒肝を待つ十六夜の皿一枚 熊谷愛子
還暦を自祝の舞踏十六夜 宮武寒々 朱卓
里芋の茎の色よき十六夜 高澤良一 燕音 十月
長短に簾かけあり十六夜 長谷川かな女 花 季
雲黄色く十六夜の月出でんとす 寺田寅彦
●一夕
三夕の一夕の浦西行忌 阿波野青畝
新薯や舎生集めて一夕話 青峰集 島田青峰
拾ひたる栗一夕の糧となる 下村梅子
●薄月夜
あけぼのとおぼしき梅の薄月夜 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
おもしろう松笠もえよ薄月夜 土芳
まひといき野分吹くらん薄月夜 黒柳召波 春泥句集
啼き渡る蝉一声や薄月夜 芥川龍之介 蕩々帖〔その一〕
夜嵐に寒雁鳴くも薄月夜 飯田蛇笏 椿花集
家持にゆかりの温泉薄月夜 高野素十
寐ごゝろや萌黄の蚊屋の薄月夜 松岡青蘿
庭に出て浅葱を引く薄月夜 島田とし子
木犀や逢ふ夜に似たる薄月夜 月舟俳句集 原月舟
梅がゝのちかまさる時薄月夜 松岡青蘿
海棠の薄月夜とて妹の来し 中島月笠 月笠句集
百合の香や人待つ門の薄月夜 永井荷風
繭の蝶すつる家あり薄月夜 松瀬青々
若竹や伸びきりて夏の薄月夜 内田百間
薄月夜毛鎗の先へ飛ぶ蛍 中村史邦
薄月夜花くちなしの匂ひけり 正岡子規
薄月夜西瓜を盗む心あり 正岡子規
虫なくや一雨降りし薄月夜 小澤碧童 碧童句集
螢見に行かばやとおもふ薄月夜 京極杞陽 くくたち下巻
鈴虫や止りし駅の薄月夜 瀧 春一
馬洗ふ夕顔棚や薄月夜 こさふえ(胡沙笛) 秋元洒汀、市岡傳太編
●お逮夜
お逮夜の藤の雨なる胡麻豆腐 都筑智子
お逮夜のはたして雨や善導忌 河野静雲 閻魔
瓢箪の花にひともす逮夜かな 飯田蛇笏 山廬集
枇杷の蝉かすかに鳴ける逮夜かな 西島麦南 人音
沼空の逮夜花火や宗吾の忌 石井とし夫
●朧月夜
ゆきゆけば朧月夜となりにけり城のひむがし菜の花の村 佐佐木信綱
三輪を出て朧月夜の径かな 竹冷句鈔 角田竹冷
五位鷺を狂はす朧月夜かな 柳澤和子
会終へて朧月夜の女かな 山下 雄子
富士見えていよ〜朧月夜かな 古白遺稿 藤野古白
種芋や朧月夜のまろきもの 岡本癖三酔
花を盗む朧月夜の検事かな 尾崎紅葉
蚊屋の内に朧月夜の内侍かな 蕪村遺稿 夏
鶫旅立つ朧月夜の朧の躯 金子皆子
●朧夜
おぼろ夜かも吾は妻を見つつ 伊藤松風
おぼろ夜に消え入るもよしひとり旅 藤原照子
おぼろ夜の*えりとおもへば思はるゝ 森田峠 避暑散歩
おぼろ夜のあかつき方の屋根の雨 滝井孝作 浮寝鳥
おぼろ夜のいくさのあとのしかばねよ 長谷川素逝 砲車
おぼろ夜のいちばんはじめから歩く 山崎 聰
おぼろ夜のうどんにきつねたぬきかな 木田千女
おぼろ夜のおぼろのはてのいのちかな 渡辺幸子
おぼろ夜のかげまろまろと鯛車 宇佐美魚目 秋収冬蔵
おぼろ夜のかたまりとしてものおもふ 加藤秋邨 吹越
おぼろ夜のからくり時計せり上り 高澤良一 寒暑 四月-六月
おぼろ夜のきりりと鳴りし馬の顎 加藤秋邨 吹越
おぼろ夜のさしつさされつ酌む縁 征一
おぼろ夜のしば天踊り余興の座 高澤良一 寒暑 四月-六月
おぼろ夜のはふり火に立つわれ隊長 長谷川素逝 砲車
おぼろ夜のぷぽぷぽちぽぽ魚啼けり 深谷鬼一
おぼろ夜の一節切一管の音なりけり 久保田万太郎 流寓抄以後
おぼろ夜の人語しづかに家の外 河野南畦 『焼灼後』
おぼろ夜の仏とはなり給ひけり 石塚友二 光塵
おぼろ夜の作業衣壁にかげふかく 細谷源二 鐵
おぼろ夜の刻の流れに遅るる身 小松崎爽青
おぼろ夜の声やむ妻の来し蟇か 皆吉爽雨 泉声
おぼろ夜の妙見社殿朱塗りにて 松本陽平
おぼろ夜の寝むと鏡の前に久し 殿村莵絲子 遠い橋
おぼろ夜の寝むと鏡の前に久し 殿村菟絲子 『路傍』
おぼろ夜の木曽の藁馬歩き出す 佐川広治
おぼろ夜の東京だいだらぼつちがゆく 加藤楸邨
おぼろ夜の桜吹雪を知つてをり 角川春樹 夢殿
おぼろ夜の橋に荒瀬のひゞくなり 上村占魚 鮎
おぼろ夜の橋弧は耐へて人運ぶ 原田種茅 径
おぼろ夜の母にかよひし父の舟 吉田汀史
おぼろ夜の水音に添ひ坂下る 柴田白葉女
おぼろ夜の汽笛トンネルが国境 野澤節子 黄 炎
おぼろ夜の注遅しらじらと若秋の井 北見さとる
おぼろ夜の湯の梯子して椿の湯 高澤良一 寒暑 四月-六月
おぼろ夜の潮騒つくるものぞこれ 水原秋桜子(竜燈鬼)
おぼろ夜の竹へとなりの嫁の声 太田鴻村 穂国
おぼろ夜の翳簷下にうづたかく 長谷川素逝 暦日
おぼろ夜の胸の砂漠をだれか行く 長浜聰子
おぼろ夜の舌読神の声を読む 赤松[けい]子 白毫
おぼろ夜の舞はずに古りし舞扇 鳥居美智子
おぼろ夜の船に老人ばかり乗る 森 則夫
おぼろ夜の身起こせばありし妻の衣 河野南畦 『黒い夏』
おぼろ夜の金平糖に夢もらふ 東出沙羅夫
おぼろ夜の闇濃き方に母眠り 石田阿畏子
おぼろ夜の雪のふる夜にさも似たる 久保田万太郎 草の丈
おぼろ夜の霊のごとくに薄着して 能村登四郎 民話
おぼろ夜の頬をひきつらせ泣かじ男 長谷川素逝 砲車
おぼろ夜の鬼ともなれずやぶれ壺 加藤秋邨 吹越
おぼろ夜の鬼なつかしや大江山 加藤楸邨
おぼろ夜やそれではなうて人は人 千代尼
おぼろ夜やぽとんと淵に魚躍る 幸田露伴 拾遺
おぼろ夜やわが身ゆすれば水の音 石嶌岳
おぼろ夜やアパートの鍵店の鍵 鈴木真砂女 夕螢
おぼろ夜や南下リにひがし山 高井几董
おぼろ夜や厨夫が海になげしもの 五十嵐播水 埠頭
おぼろ夜や去年の稲づか遠近に 泉鏡花
おぼろ夜や塀の棟木の鳥の糞 徐寅 正 月 月別句集「韻塞」
おぼろ夜や小狗啼くなる小柴垣 幸田露伴 江東集
おぼろ夜や幼き頃の鐘のこゑ 佐野良太 樫
おぼろ夜や旅先ではく男下駄 あざ蓉子
おぼろ夜や本所の火事も噂ぎり 蛇笏
おぼろ夜や松の子どもに行きあたり 千代尼
おぼろ夜や梶空ざまに置車 清原枴童 枴童句集
おぼろ夜や櫺子にたれし花一朶 飯田蛇笏 山廬集
おぼろ夜や片輪車のきしる昔 泉鏡花
おぼろ夜や籠提灯の一つづつ 久保田万太郎 流寓抄以後
おぼろ夜や紺を長子の色となし 石川雷児
おぼろ夜や舞坂いづる針魚舟 水原秋櫻子
おぼろ夜をうすじめりして海女の桶 宇佐美魚目 秋収冬蔵
おぼろ夜をぬれて一八垂れにけり 太田鴻村 穂国
おぼろ夜を再び出でゝ水辺かな 高濱年尾
おぼろ夜を斜めに登山電車かな 今井杏太郎
おぼろ夜を来てたしかむる己が顔 高橋悦男
おぼろ夜を聴くうつせ貝耳にあて 大竹孤悠
おぼろ夜を酌み俳諧師女弟子 北見さとる
おぼろ夜を金堂灯る花会式 水原秋櫻子
五、六人居ておぼろ夜の形見わけ 吉田汀史
思ひあまたいくさする身のおぼろ夜は 長谷川素逝 砲車
これを故郷と云ふ朧夜の更けにけり 中島月笠 月笠句集
そのかみの檜の香り朧夜に 和田悟朗 法隆寺伝承
なほ告げることあり朧夜を追ふ 江口喜一
もういない鶫私もいない朧夜 金子皆子
カンテラが照らせる朧夜の水場 岡田日郎
仏壇の間に朧夜の母ひとり 廣瀬直人
傘不意にひらいて朧夜のホーム 大石雄鬼
前の世に見し朧夜の朧の背 平井照敏
口惜しの朧夜かへりしらふにて 尾崎紅葉
弔ひにゆく朧夜の待合せ 細川加賀 『玉虫』
救急車始動す朧夜の錐へ 田川飛旅子
朧夜にまさしく山の見ゆる死ぞ 松澤昭 山處
朧夜に声ありて句を聴くうつゝ 尾崎紅葉
朧夜に引や網場のからす貝 乙州 俳諧撰集「有磯海」
朧夜に肋叩けば鳴りにけり 岡井省二
朧夜に鼠やつたふ藤の棚 亀柳 俳諧撰集「藤の実」
朧夜のあまたの翳のなかに母 福永耕二
朧夜のこの木に遠き祖先あり 正木ゆう子
朧夜のしいて思えば先祖あまた 池田澄子
朧夜のそぞろ歩きも飽きて来し 上村占魚 球磨
朧夜のただやうものに石を投ぐ 椎橋清翠
朧夜のつまみて茄子の雲母漬 石嶌岳
朧夜のときに枕と入れ替はる 齋藤愼爾
朧夜のひとりの紅茶冷めやすし 谷口桂子
朧夜のひと呼んで声やはらかき 西村和子 窓
朧夜のふりむかずともひとりかな 佐野美智
朧夜のべに憚らず濃くしけり 林原耒井 蜩
朧夜のまた抱き起こす広辞苑 藤原駿二
朧夜のまなざしはきと見取りけり 林原耒井 蜩
朧夜のむんずと高む翌檜 飯田龍太 山の木
朧夜のもう誰も出ぬ不浄門 飯田龍太 遅速
朧夜のわが後頭部を蝶の爪 齋藤愼爾
朧夜のエリとは人の掛けし罠 中島斌雄
朧夜のネオンヘ翔ちし蝶見たり 園部雨汀
朧夜のピンで刺しおく蝶の数 岡田史乃
朧夜の一人帰せば一人着く 山田弘子
朧夜の人のあとより歩きけり 長谷川かな女 雨 月
朧夜の体臭のこる昇降機 黒瀬としゑ
朧夜の何処まで行かば心足る 吉野トシ子
朧夜の出口を探す親子かな 小泉八重子
朧夜の医療機われにのしかかる 加藤知世子 花 季
朧夜の南大門とや大いなる 辻桃子 ねむ 以後
朧夜の君鸛ににて怨じけり 中勘助
朧夜の唇の奥なる親知らず 飯田龍太 山の木
朧夜の嘘が大きく育ちをり 藤原たかを
朧夜の四十というはさびしかり 黒田杏子
朧夜の埴輪の口の開き澄む 青木重行
朧夜の妹が嵩張つてゐる 大石雄鬼
朧夜の子へ買ひ戻る星座表 橋本榮治 麦生
朧夜の孕雀が山へ飛ぶ 飯田龍太
朧夜の学校に用ありにけり 増田龍雨 龍雨句集
朧夜の宴の氷菓くづし領く 久米正雄 返り花
朧夜の家に角衝くも人の性 石塚友二 光塵
朧夜の寝髪樹根が曳きにくる 小檜山繁子
朧夜の少年が買ふ遠めがね 橋本榮治
朧夜の底を行くなり雁の声 諸九尼
朧夜の影神か魔か連れ通る 野澤節子 黄 炎
朧夜の息ふかく読む遺稿あり 宍戸富美子
朧夜の手に消えさうな泪壺 加藤知世子
朧夜の旅の身に添ふ弦楽器 冨田みのる
朧夜の星一つ入れさるすべり 和知喜八 同齢
朧夜の昼来て恋をさましけり 尾崎紅葉
朧夜の月の在処と共にゆく 渡辺白泉
朧夜の朧と化さむ眠りかな 村越化石
朧夜の格子は愛のとりでめく 岩田昌寿 地の塩
朧夜の樒浸けある海女の桶 山本洋子
朧夜の死体置場といふところ 飯田龍太 遅速
朧夜の母が病父守る子守唄 吉野義子
朧夜の母ひらかなのやうに老い 小檜山繁子
朧夜の気づかぬほどの下り坂 池田澄子
朧夜の水より覚めて来たる町 稲畑汀子 汀子第三句集
朧夜の海にも似たる黒髪よ 河野多希女 両手は湖
朧夜の渡しの船のエチカかな 攝津幸彦 鹿々集
朧夜の潮騒神の燈をゆりて 原 柯城
朧夜の物言ふ如き星のあり 鈴木花蓑句集
朧夜の猫が水子の声を出す 飯田龍太
朧夜の白絹に置く一分金 井上康明
朧夜の眠り醒めねばみごとな死 小檜山繁子
朧夜の粂の平内拝みけり 野村喜舟 小石川
朧夜の胸のかたちに息をせり 中村正幸
朧夜の船団北を指して消ゆ 飯田龍太 涼夜
朧夜の花売車病廊に 石田あき子 見舞籠
朧夜の蔀の格子ありにけり 野村喜舟 小石川
朧夜の蛇屋の前を通りける 山口青邨
朧夜の袋小路の喧嘩かな 長谷川双魚 風形
朧夜の襲ひごつこは止しておけ 八木三日女 紅 茸
朧夜の農学校を猫歩く 太田土男
朧夜の風に木蓮くづれけり 冬葉第一句集 吉田冬葉
朧夜の馬車*戛々と行き過ぐる 久米正雄 返り花
朧夜の鬚根がはえたドラム罐 真鍋呉夫
朧夜の鶏が夢見る白世界 能村研三 騎士
朧夜は朧に高し筑波山 杉山花鳥
朧夜は繭に入りたる心地して 志賀咲地子
朧夜やあるとばかりに丸い山 寺田寅彦
朧夜やうたはぬ歌に行き過し 千代尼
朧夜やおり居の御所の月の松 晋才
朧夜やお小夜狐は嫁入す 寺田寅彦
朧夜やちりしく梅に蝦蟇雌雄 島村元句集
朧夜やにごりワインのコルク抜く 吉原文音
朧夜や下男のはこぶ夜食膳 田中冬二 俳句拾遺
朧夜や侍侯の官妓誰れ〜ぞ 寺田寅彦
朧夜や分別ゴミの尖りたる 大石雄鬼
朧夜や吉次を泊し椀のおと 成美
朧夜や吉次を泊めし椀の音 夏目成美
朧夜や垣根に白き牡蠣の殻 寺田寅彦
朧夜や堤走るにまとふ道 尾崎迷堂 孤輪
朧夜や女盗まんはかりごと 正岡子規
朧夜や悪い宿屋を立ち出づる 子規句集 虚子・碧梧桐選
朧夜や憚り打ちする子のドラム 奈良文夫
朧夜や晩く着きたる泊り客 田中冬二 俳句拾遺
朧夜や本所の火事も噂ぎり 飯田蛇笏 山廬集
朧夜や来し友の留守訪うてみたき 中島月笠 月笠句集
朧夜や水の音する壁の中 中田剛 珠樹以後
朧夜や氷離るる岸の音 吉川五明
朧夜や河の向ひに丸い山 寺田寅彦
朧夜や洲崎へつゞく木場の水 増田龍雨 龍雨句集
朧夜や湯殿の窓の磨硝子 寺田寅彦
朧夜や狐嫁入なんどする 寺田寅彦
朧夜や狐源氏の早蕨野 菅原師竹句集
朧夜や百姓の子の笛を吹く 前田普羅
朧夜や米一升を買ひ提げて 小杉余子 余子句選
朧夜や見届けたもの梅ばかり 千代尼
朧夜や鞍馬山中由岐神社 尾崎迷堂 孤輪
朧夜や顔に似合ぬ恋もあらん 夏目漱石
朧夜や顔に似合ね恋もあらん 夏目漱石 明治三十年
朧夜や首さげて飛ぶ群鶴図 古舘曹人 樹下石上
朧夜をどこかで餅を搗いてゐる 田中冬二 若葉雨
朧夜を寄り添ふひとの髪匂ふ 田中冬二 冬霞
朧夜を東京へゆくと別れたる 田中冬二 俳句拾遺
朧夜を泪のごとく湧きしえび 宇佐美魚目 秋収冬蔵
朧夜を流すギターやサンタ・ルチア 寺田寅彦
朧夜を笛吹いて出よ池の主 中村史邦
朧夜を鬼のすさべる会式かな 宮下翠舟
母と居るたゞ朧夜の古襖 小林康治 四季貧窮
点滴の元気湧く彩朧夜へ 高澤良一 鳩信 入院日誌
種浸す朧夜の杉くろぐろと 中拓夫 愛鷹
竹の根に水打つ朧夜のことぞ 田中裕明 山信
●寒夜
ある寒夜ふつりと男らに混じる 金田咲子 全身 以後
いつわりの言葉みずみずしき寒夜 寺島敦子
うすべりに寒夜の猫の貌みがく 金尾梅の門
さすらひの伏屋に寒夜の胡桃をわる 中勘助
ちりちりと寒夜の繊維脱げば鳴る 友田 浩
なげきつゝ寒夜の氷わる母よ 中尾白雨 中尾白雨句集
はるかなる寒夜に母の声まじる 赤城さかえ
ひとり読んで花枯るる床や寒夜の燈 飯田蛇笏 山廬集
ゆふやみが寒夜へ急ぐ惻惻と 下村槐太 天涯
わが部屋の上に人棲む寒夜かな 鈴木真砂女 夕螢
われを呼ぶ患者寒夜の山中に 相馬遷子 雪嶺
アドルムを三鬼にわかつ寒夜かな 横山白虹
カンパ帖が寒夜のみやげ咎むな妻 赤城さかえ句集
サイフォンに胎動兆す寒夜なり 皆吉司
パンドラの箱のつぶれし寒夜かな 石田美保子
マンホールの水音寒夜は火の音す 寺田京子 日の鷹
一つある寒夜の林檎むかんとす 田村木国
一等星欅に荒き寒夜かな 渡辺水巴 白日
乗りすごし降りたる駅の唯寒夜 相馬遷子 山国
二等待合に赤帽の帽がどす黒い寒夜で 梅林句屑 喜谷六花
二階屋を水音縦に切る寒夜 大井雅人 龍岡村
亡き犬もまじる寒夜の遠吠えは 馬場移公子
仏彫る耳より冷ゆる寒夜かな 山口燕青
低鼻の死顔寒夜昇天す 津田清子 二人称
信号弾寒夜の空を妖々と 椎橋清翠
児が眠る寒夜の鬼面あほむけに 鈴木稲花
児を抱きあぐ寒夜ベトナムの戦う火 赤城さかえ
吸ひ込まれさうな寒夜の大鏡 檜 紀代
呟くや寒夜マラソンに追抜かれ 細川加賀
地震を機に寒夜の看護交替す 奈良文夫
墓彫の寒夜誰にも振り向かず 細谷源二 砂金帯
夢に来し父に抱かれ寒夜なり 堀口星眠 営巣期
女医と妻寒夜囁けり睦むごと 細川加賀
妻泣かせ酔はせ寒夜の卵酒 小林康治 四季貧窮
宝石店に隣り寒夜の靴の店 森田智子
寒夜々の酒欲り友を欲りにけり 金尾梅の門 古志の歌
寒夜かも明日焼く父に侍して寝る 小林康治 四季貧窮
寒夜くらしたたかひすみていのちありぬ 長谷川素逝 砲車
寒夜くらし喊声は壕をぬきたるか 長谷川素逝 砲車
寒夜くらし暁けのいくさの時を待つ 長谷川素逝 砲車
寒夜さめふと枕燈(まくらび)に霧の笛 赤尾兜子
寒夜ただ月も素通り魔薬窟 成田千空 地霊
寒夜とは花なき花瓶しづもりぬ 中村明子
寒夜にて夢に泪し覚めゐたり 内藤吐天 鳴海抄
寒夜には子を抱きすくめ寝ぬるわれ森の獣のいづれかなしき 筏井嘉一
寒夜のポプラ善意はつねにほの明し 千代田葛彦 旅人木
寒夜の家洩るその声の親しく声をかける 人間を彫る 大橋裸木
寒夜の尿感謝感謝と走り出づ 田川飛旅子 『植樹祭』
寒夜の川逆流れ満ち夫婦の刻 佐藤鬼房
寒夜の泉ヘテレビがきこえスラム更く 赤城さかえ句集
寒夜の襖たてきり看とりのひまの本読む 人間を彫る 大橋裸木
寒夜の餉とろりと烏賊の黒づくり 北野民夫
寒夜ひとわが言さへや頭を垂れ聴く 中島斌雄
寒夜へ謝辞麻薬押しわけ押しわけて 赤城さかえ
寒夜ほのぼの山鳥食うてぬくもれば 大野林火
寒夜まだピアノ弾く娘と妻起きて 伊東宏晃
寒夜みどり児と眼を瞶めあふ 瀧春一 菜園
寒夜やがて使にやりし婢の足音 香西照雄 対話
寒夜や棚にこたゆる臼の音 探 志
寒夜わが命まもるは真乙女たち 赤城さかえ
寒夜わが膝をぬらせる仔犬の尿 瀧春一 菜園
寒夜わが酔えば生るる金の虹 古沢太穂 古沢太穂句集
寒夜われ涜れて犬の睡を愛す 下村槐太 天涯
寒夜トレドまぶしき頬に近寄りぬ 仙田洋子 橋のあなたに
寒夜一店扉おろせばつぎつぎに 福田甲子雄
寒夜二時重傷兵の目あいてをる 長谷川素逝
寒夜健やか寝ねたる果舗が香をのこし 川口重美
寒夜史に泣くや燈火豆の如 蘇山人俳句集 羅蘇山人
寒夜君を信ずることに急かれをり 宍戸富美子
寒夜哉煮売の鍋の火のきほひ 含 粘
寒夜啼く仔犬わが子は母の胸に 瀧春一 菜園
寒夜地震家の隅よりみしときし 川島彷徨子 榛の木
寒夜孤独反古だまうごきつゝ燃ゆる 川口重美
寒夜影の弾むほどにはわれ動かず 野澤節子 花 季
寒夜日本軍用列車にながく堰かれ 古沢太穂 古沢太穂句集
寒夜明るし別れて少女馳け出だす 西東三鬼
寒夜歯磨く度に一日一日減る 田川飛旅子
寒夜猪を煮る汝の国の詩を歌ふ・・・亡命の支那人に贈る。
寒夜睡れず黒部激流耳に憑き 福田蓼汀 秋風挽歌
寒夜自愛おのが二影の濃き交面 香西照雄 素心
寒夜覚めまじく小さな薬飲む 菖蒲あや
寒夜覚めまじと青く小さな薬飲む 菖蒲あや 路 地
寒夜覚め壁の喪服を怖れけり 伊東宏晃
寒夜覚め子の覚め居るを悲しめり 殿村莵絲子 花 季
寒夜覚め葬りし猫の鈴鳴ると 松本巨草
寒夜診て来し患者はすでに寝ねたらむ 相馬遷子 山国
寒夜読むや灯潮のごとく鳴る 飯田蛇笏 山廬集
寒夜読むや灯潮の如く鳴る 飯田蛇笏
寒夜読む母が折りたる頁を過ぎ 橋本美代子
寒夜酔うて糞まるや泪あふれ落つ 赤城さかえ句集
寒夜銃声ちかしと目覚め服を著る 長谷川素逝 砲車
寒夜鏡に褄しづまりて誰か彳つ 竹下しづの女 [はやて]
寒夜電車を待つ間も子の指の形に編む 古沢太穂 古沢太穂句集
寒夜鮮しこつぷに水を注ぐとき 桂信子 黄 瀬
寒夜鳴くは数多の鳩の一つならむ 草田男
寝し子捧げ寒夜この民幸あれと 香西照雄 対話
山鳥の毛を*むしる音が一徹な男のやう寒夜 安斎櫻[カイ]子
影法師の壁にしみ入れ寒夜の灯 村上鬼城
息とめて落款を押す寒夜かな 森田君子
我が胸に深き井戸ある寒夜かな 谷口桂子
我を厭ふ隣家寒夜に鍋を鳴ラす 與謝蕪村
戦さあり寒夜無人のエレベーター 対馬康子 純情
手さぐりに捉へともせば寒夜の灯 篠田悌二郎 風雪前
抱かれゐる寒夜トレドの影となり 仙田洋子 橋のあなたに
抽斗の一つ口あく寒夜にて 林翔 和紙
拳銃音二発寒夜の底に読む 中島斌男
持ち来し米寒夜の盆へこぼし合ふ 羽部洞然
明日へ眠らん寒夜一個の林檎の香 中島斌雄
星すめば寒夜の機音すでになく(空襲連夜) 『定本石橋秀野句文集』
星生る早さ寒夜となる早さ 上崎暮潮
星色に流れて過ぎて寒夜の汽車 対馬康子 吾亦紅
月に対ふわが顔小さき寒夜の窓 長谷川かな女 花寂び
木偶の眼のかたりとねむる寒夜かな 郡司正勝
死を思へば死も面白し寒夜の灯 村上鬼城
死者にまだ人あつまる寒夜かな 福田甲子雄
母の咳妻の歯ぎしり寒夜の底 香西照雄 対話
水垢離に寒夜の星の粒荒し 毛塚静枝
水栓をきつく締め寒夜夫婦きり 榎本冬一郎 眼光
汝が声にまぎれなかりし寒夜かな 久保田万太郎 流寓抄
汝が声の枕をめぐる寒夜かな 久保田万太郎 流寓抄
汝が眠りやすかれとのみ寒夜かな 久保田万太郎 流寓抄
汝をおもふ寒夜のくらき海おもふ 久保田万太郎 流寓抄
波音に寒夜枕を深く当つ 井上雪
浅草は地の金泥に寒夜かな 飯田蛇笏 春蘭
海峡や寒夜の鏡が呼吸盗む 寺田京子 日の鷹
満天の星墜ちてくる寒夜かな 古屋 貞子
濡れ髪へ寒夜の汽車を通しやる 蓬田紀枝子
火の島ゆ寒夜女の声活き活き 原裕 葦牙
燈に遇ふは*よごるるごとし寒夜ゆく 津田清子
燈に遇ふは涜るるごとし寒夜ゆく 津田清子 礼 拝
父として睡し寒夜の哺乳瓶 有働亨 汐路
父の尿捨つや寒夜の底に捨つ 関戸靖子
父死後の寒夜頭痛の母のゐて 岸田稚魚 筍流し
父母やよりそひ寒夜乳をのます 下村槐太 光背
犬が鳴き寒夜まくらき部落ゆく 長谷川素逝 砲車
狗悲鳴寒夜の奥にころがりぬ 三好達治 路上百句
玻璃の気泡路上にうつす寒夜の灯 川島彷徨子 榛の木
琴碁書畫生きて聲あり寒夜の灯 村上鬼城
畳の目緊る寒夜に布を裁ち 三好潤子
白洲場のごとし寒夜の手作りは 福田甲子雄
直立の三つ星寒夜始まれり 相馬遷子 山河
眼帯の中で目覚めている寒夜 対馬康子 純情
瞻のかぎり遺骨寒夜の汽車を待つ 中島斌男
石の親石の子を生む寒夜かな 宇多喜代子 象
神を讃ふ寒夜五人の聖歌隊 田川飛旅子
童話訳す寒夜の背中暗からむ 大串章
筆の尖一塵嫌ふ寒夜なり 荒井正隆
縮まりて縮まりて寒夜老いゆけり 油布五線
美しき寒夜の影を別ちけり 三鬼
老の背に余る寒夜の子の無心 松山和子
肉食の猫が寒夜に身をねぶる 辻田克巳
胸に手を組ます寒夜の父と呼べず 小林康治 四季貧窮
臼を碾きやみし寒夜の底知れず 山口誓子 遠星
若者が寒夜香強き含嗽す 細見綾子 黄 炎
葡萄酒の滓引にほふ寒夜かな 甲子雄
葬り火と見たり寒夜の噴煙を 堀口星眠 営巣期
蝋涙に肖て息かよふ寒夜かな 西島麦南 人音
血を吐きて寒夜汗ばむ額髪 朝倉和江
襖しめて隣茶の間や寒夜客 阿部みどり女 笹鳴
親しめば眼に憎悪なし寒夜の灯 西島麦南 人音
診られ来し寒夜呟くうるさきまで 赤城さかえ句集
賓頭盧を回す寒夜の息荒く 神田正人
身をせめて寒夜は水を飲みつくす 岩田昌寿 地の塩
逆はず寒夜の柴をぴしぴし折る 下村槐太 天涯
逆吊りの寒夜の家鴨とも別れ 細川加賀
鉢の梅嗅いで息づく寒夜かな 渡辺水巴 白日
鎌倉にかも汝は去りし寒夜かな 久保田万太郎 流寓抄
降りかゝる霰の酒の寒夜かな 貞徳
陰より出づこれはユッカの寒夜の影 下村槐太 天涯
離れ住む夫婦の寒夜三百粁 石橋辰之助
電気より熱と燭得て寒夜読む 津田清子
静かなる抵抗胸に寒夜の座 石塚友二 光塵
頭を垂れてをりしが哭けり寒夜明 小林康治 四季貧窮
馬車曳の寒夜釘うつ音かなし 細谷源二 砂金帯
●暗闇
からす瓜咲く暗闇に風太郎 高澤良一 素抱 七月-九月
わが屋根にとどろく雨に暗闇にみひらき思う天空のいたみ 秋元千恵子
冷凍烏賊溶ける暗闇浅沼忌 加藤三陽
帰路は暗闇藺刈女の乳が張る 藤井 亘
底のない箱の暗闇ちちろ鳴く 渡辺記代子
揺籃や夜々を暗闇まさりゆく 沼尻巳津子
方位なき暗闇のなか寝返ればうゐのおくやまゆめ揺れにけり 高野公彦
暗闇くぐる紅き鼻緒をあらはにし 攝津幸彦
暗闇に故里訛富士詣 吉村あい子
暗闇に水の湧きゐる椿かな 長谷川櫂(1954-)
暗闇に猫の登りし梅匂ふ 横山房子
暗闇に石のつらなる障子かな 岸本尚毅 舜
暗闇に蚊帳のゆれ見え颱風来 高橋馬相 秋山越
暗闇に道のあらはれ蛍籠 斉藤美規
暗闇のあとを急げり山の水 久保純夫
暗闇のさくら一本しぶき上ぐ 和田耕三郎
暗闇の下山くちびるをぶ厚くし 金子兜太
暗闇の師走狐のくをんと啼く 佐々木六戈 百韻反故 冬の皺
暗闇の目玉濡らさず泳ぐなり 鈴木六林男
暗闇の眼玉濡らさず泳ぐなり 鈴木六林男
暗闇の筧をつたふ蛍かな 許六
暗闇の谷へ豆撒く吉野建 山口貴志子
暗闇も生きもの二つ茄子の馬 宇佐美魚目
暗闇をたぐれば藁か村祭 桑原三郎 花表
暗闇をたどれば藁か村祭 桑原三郎
暗闇を殴りつつ行く五月かな 三橋敏雄 長濤
暗闇を祭の色として使ふ 後藤立夫
暗闇を鹿列なして横切りぬ 岡井省二
残る虫暗闇を食ひちぎりゐる 佐藤鬼房
満月の暗闇多き奈良の町 加藤知世子 花 季
白菊や暗闇にても帯むすぶ 加藤知世子 花寂び
眠れずよ暗闇に濃く白木槿 阿部美智子
破魔矢の鈴暗闇にまた海の音 川崎展宏
鏡餅暗闇を牛通りけり 桂信子 草樹
雛壇の緋が暗闇にひろがれり 福永耕二
顔ゆるびをり火祭の暗闇に 外川飼虎
風鈴や暗闇がよく見える人 岸本尚毅 舜
鵜舟去る寶満宮の暗闇に 橋本鶏二
●後夜
ふと立つて後夜撞く僧よ月今宵 大谷句佛 我は我
修二会後夜油も減つてねむたしや 大野林火
停年の後夜かけて読む三國志 安東次男 昨
初夜後夜(ごや)の鐘つきやみし別れ霜 老尼-松吟 俳諧撰集玉藻集
寒雷後夜雨しづかに強く語る 香西照雄 対話
居風呂に後夜きく花のもどりかな 蕪村 春之部 ■ なには人の木や町にやどりゐしを訪ひて
嶺の松や後夜後ト前キの冬の月 尾崎迷堂 孤輪
後夜の燭またたきましぬお水取 山口峰玉
後夜覚めて耳に棲みつくかねたたき 千代田葛彦 旅人木
後夜起きをして寒声に出でゆける 岸田信乗
悼文霞 白炭の骨にひらくや後夜の鐘 蕪村遺稿 冬
月界にひびきて涅槃後夜の鐘 野澤節子 遠い橋
毛ふとんやこわい夢見る後夜鐘 涼莵
猫の恋後夜かけて父の墓標書く 中村草田男
●今晩
身半分かまくらに入れ今晩は 平畑静塔
好い三ケ日であつた妻のつぎものしている今晩 荻原井泉水
秋は今晩はでどちらかが歓喜天である 加藤郁乎
身半分かまくらに入れ今晩は 平畑静塔
●今夜
「今夜は酢牡蠣」妻の前触れ愉しけれ 林 翔
おこられて今夜はにんにくのかたち 五島高資
ぜいたくは今夜かぎりの春炬燵 久保田万太郎 草の丈
なきそめし今夜の虫は鉦叩 高野 素十
ふえの音の今夜おそろし銀のめし 星永文夫
キャベツ買う月は今夜もぺちゃんこ 天野素子
乳呑子のよくねる今夜冴返る 滝井孝作 浮寝鳥
今夜から夜が直るやら鐘さえる 一茶
今年も今夜かぎりの雨となり 山頭火
富士照りて今夜寝られず麦をつく 萩原麦草 麦嵐
川狩の今夜の網を繕へり 五十嵐播水
彦星やげにも今夜は七ひかり 井原西鶴
後の月清光今夜としたり顔なる 尾崎紅葉
毒蛾がくるという窓の灯 今夜もう消された 吉岡禅寺洞
熊罠や今夜あたりと思ひけり 依田明倫
百姓に今夜も桃の花盛り 永田耕衣 驢鳴集
裸木よ今夜も星星は誤植だ 夏石番矢 メトロポリティツク
貝寄や貝にまがうて菊目石 浜口今夜
赤ん坊だけが今夜も電車にゐる 中烏健二
針は今夜かがやくことがあるだろうか 大井 恒行
雁渡る去年の今夜懐ふ頃 会津八一
●昨夕
昨夕に似て昨夕より深き懐手 斎藤玄 雁道
昨夕猪にやられしかごと畠主 西山泊雲 泊雲句集
●小夜
うき身うつと人や聞らん小夜砧 松岡青蘿
お小夜塚その名の美しと芒吹く 吉田紫乃
からからと鳴りをる小夜の稲扱機 高濱虚子
からからと鳴り居る小夜のいねこぎ機
から〜と鳴りをる小夜の稲扱機 高浜虚子
きさらぎや小夜のくだちのマンドリン 日野草城
しぐるるや人に気がねの小夜の壁 冬の土宮林菫哉
しるしらぬ里なつかしや小夜砧 白雄
だまされし星の光や小夜時雨 野澤羽紅女
どの酒場にゆきても一人小夜時雨 成瀬正とし 星月夜
ひとり乗る仕舞わたしや小夜千鳥 几董
もらひ湯のチリチリあつし小夜時雨 成瀬正とし 星月夜
わたし呼ぶ女の聲や小夜千どり 蕪村遺稿 冬
ホーと呼べばふうと応へて小夜梟 寺田寅彦
一茎の小夜の紫蘭にペンを擱く 五十嵐播水 埠頭
乞食の五器に求食るか小夜鵆 松岡青蘿
人や住桃のはやしの小夜ぎぬた 加舎白雄
何もちて月日はじまる小夜時雨 橋本榮治 逆旅
何所やら花の香すなり小夜時雨 松岡青蘿
加茂人の火を燧音や小夜鵆 蕪村
北山の杉は竪琴小夜時雨 堀口星眠 青葉木菟
千軍万馬ひつそりとして小夜時雨
双六の小夜の中山越えにけり 柴田行太
君知るや五条で名乗る小夜千鳥 水田正秀
啼いて居し犬静まりて小夜時雨 高木餅花
喘息に寝つかぬ声や小夜時雨 黒柳召波 春泥句集
喪の旅の衿掛け替ふる小夜時雨 大橋敦子 勾 玉以後
四つに折て戴く小夜の頭巾哉 蕪腸
埋火とわが寝すがたと小夜更けぬ 五十崎古郷句集
夜ばなれて小夜の中山花ふぶく 阿波野青畝
天気図ひくテントに音し小夜時雨 福田蓼汀 秋風挽歌
夫帰るまでは此児死なさじ小夜砧 比叡 野村泊月
夫帰るまで此児死なさじ小夜砧 野村泊月
妻持ちしばかりの吾が身小夜時雨 成瀬正とし 星月夜
安房へ行き相模へ帰り小夜千鳥 正岡子規
実ざくらや小夜中山に飴なむる 坂口匡夫
客たてゝ跡の仕舞ひや小夜千鳥 左次 俳諧撰集「有磯海」
宵の間の稲妻かきて小夜時雨 古白遺稿 藤野古白
寐よといふ寝ざめの夫や小夜砧 炭 太祇 太祇句選
寝ころびて待たるるものよ小夜鵆 惟然
寝ころびて待たるる物よ小夜鵆 広瀬惟然
寝よといふ寝ざめの夫や小夜砧 炭たいぎ
小夜あられ起見んばかり降にけり 加舎白雄
小夜しぐれうましの嫁を祝ぎて辞す 宮武寒々 朱卓
小夜しぐれ湯壺の人の眼ひらかぬ 林原耒井 蜩
小夜しぐれ買ひきし米を量るなり 成瀬桜桃子 風色
小夜しぐれ隣の臼は挽きやみぬ 志太野坡
小夜ちどり加茂川越る貸蒲団 無腸 五車反古
小夜ちどり庚申まちの舟屋形 内藤丈草
小夜ながら紅茶の時間冬籠 楠目橙黄子 橙圃
小夜の月慰め兼ねつ捨子泣く 椎本才麿
小夜の月慰め兼ねつ痩子泣く 才丸 選集「板東太郎」
小夜の雪酒屋が夢を破りけり 笑石 選集「板東太郎」
小夜ふけて鍋釜洗ふ夜の秋 きくの
小夜中や野分しづまる夢心 加舎白雄
小夜千鳥かなしきものに枕かな 龍岡晋
小夜千鳥加茂川越る貸蒲団 無腸
小夜千鳥蝋燭の灯も終末なり 佐野まもる 海郷
小夜千鳥鳴きゐたりけり年の果 佐野まもる 海郷
小夜時雨*煮る物買うて戻りけり 高橋淡路女 梶の葉
小夜時雨ありたる後のうろこ雲 軽部烏帽子 [しどみ]の花
小夜時雨ほとけに履かす足袋買ひに 梶山千鶴子
小夜時雨上野を虚子の来つつあらん 正岡子規
小夜時雨枢おとして格子うち 石橋秀野
小夜時雨樞おとして格子うち 石橋秀野
小夜時雨溝に湯を抜く匂ひかな 藤野古白
小夜時雨玻璃におさへて灯かがやく 川島彷徨子 榛の木
小夜時雨生死の外に坐るかな 野村喜舟 小石川
小夜時雨眠るなかれと鐘を撞く 夏目漱石 明治三十七年
小夜時雨舟流れると人の声 古白遺稿 藤野古白
小夜時雨芝居かへりの女声 四明句集 中川四明
小夜更けし行水ふぐりことにかなし 小林康治 四季貧窮
小夜更けて川音高きまくらかな 上島鬼貫
小夜更けて紙子まいらす迎かな 黒柳召波 春泥句集
小夜更けて霰らしきが散らばりぬ 手塚美佐 昔の香
小夜更けて髪を洗ひて彼岸入 中山純子 沙 羅以後
小夜更けの耳を澄ますや雛の辺へ 林原耒井 蜩
小夜砧妹が茶の子の大きさよ 一茶 ■文化十二年乙亥(五十三歳)
小夜砧隣のむすこ戻りけり 春蛙
小夜碪そこらあたりは山ばかり 蒼[きう]
小夜覚めし無明の闇に霜の声 小根山光子
小夜食やパン焼けつ皿光りをり 『定本石橋秀野句文集』
崩れ落ちる岬の岩や小夜千鳥 内田百間
忘れずば小夜の中山にて涼め 松尾芭蕉
悲しさの数にも入るか小夜砧 中村史邦
打盤や桜の吉野小夜衣 椎本才麿
拍子木には打負けり小夜衣 濯資 選集「板東太郎」
揚屋うらの小夜砧太祗ねてありや 四明句集 中川四明
朧夜やお小夜狐は嫁入す 寺田寅彦
板壁や馬の寝かぬる小夜しぐれ 中村史邦
板壁や馬の寝兼ぬる小夜しぐれ 史邦 芭蕉庵小文庫
果の虫小夜ふるあめにさそはるる 松村蒼石 寒鶯抄
欄間より小夜風通ふ蒲団かな 茅舎
渡し呼ぶ女の声や小夜千鳥 蕪村
潮汲みてしら粥たかん小夜千鳥 闌更
濡れてゐる朴に月あり小夜時雨 松本たかし
煙草消す男に帰心小夜時雨 谷口桂子
狐火の次第に消ぇて小夜時雨 井上井月
痩像に魂を入歟小夜しぐれ 松岡青蘿
発ちし子の今はフエリーか小夜時雨 山田紀子
白梅に情またこはし小夜千鳥 原石鼎
白粉の花小夜更くる籬かな 高橋淡路女 梶の葉
砧一つ小夜中山の月夜かな 飯田蛇笏 山廬集
秋雨の小夜の両肩捨て置かれ 赤松[けい]子 白毫
窓前の芭蕉に来たり小夜時雨 幸田露伴 拾遺
竈馬来て硯池をのぞく小夜時雨 高田蝶衣
籾磨や遠くなりゆく小夜嵐 芝不器男
終戦の秋をかなしき小夜の曲 飯田蛇笏 春蘭
花の雨小夜も更けたる犬歩く 清原枴童 枴童句集
茶碗酒といふものうまし小夜千鳥 尾崎紅葉
落第の秀才哀なり小夜すがら蛾を撲つ 尾崎紅葉
薄月や水行く末の小夜砧 闌更
蚊が出ぬ不思議なやうな小夜着にて母臥し 梅林句屑 喜谷六花
行く春を小夜中山の石なでつ 横光利一
野葡萄も/花嫁も/雨/字小夜戸 林桂 銀の蝉
馬の傷思ふ我傷や小夜時雨 石島雉子郎
●終夜
故郷なり終夜群れをる誘蛾燈 江里昭彦 ラディカル・マザー・コンプレックス
春分を迎ふ花園の終夜燈 飯田蛇笏 椿花集
海鳥のほのぼのしろく終夜業明く 細谷源二 鐵
終夜ともる聖燭に火蛾あやまてり 津田清子 礼 拝
終夜潮騒雛は流されつづけゐむ 松本 明
終夜灯る聖燭に火蛾あやまてり 津田清子
終夜秋風聞くや裏の山 曾良 (加賀の金昌寺に宿す)
終夜食む獣屋の神寒の闇 飯田蛇笏 雪峡
終夜鳩のねごとや冬ごもり 会津八一
蟻入れて終夜にほへり砂糖壺 森澄雄 雪櫟
●常夜
常夜鍋木霊は山に帰りけり 佐々木六戈 百韻反故 初學
端居して常夜の国に近くゐる 原裕 出雲
●初夜
はる雨や音もいろ〜に初夜のかね 炭 太祇 太祇句選後篇
みやこ路や初夜に過ぎたる紅葉狩 野澤凡兆
ガラス戸に藪の影さし初夜の雁 下村槐太 天涯
修羅能や芝も薪も初夜の風 高桑化羊
初夜の雁四五日の穹澄みにけり 下村槐太 光背
初夜後夜(ごや)の鐘つきやみし別れ霜 老尼-松吟 俳諧撰集玉藻集
千鳥立ち更け行く初夜の日枝颪 松尾芭蕉
口遊びして鬼道かな初夜(よのいり)は 折笠美秋 虎嘯記
寝耄御前山路に初夜の桜狩 井原西鶴
狐火か/鬼燈に入る/初夜の/空耳 林桂 黄昏の薔薇 抄
硝子戸に藪の影さし初夜の雁 下村槐太 光背
虫しぐれ手術待つベッド初夜に似る 岩田昌寿 地の塩
蜩はいのちの初夜を啼くならむ 照敏
蝋燭をキャンプの初夜に消し惜む 佐野まもる
雲漢の初夜すぎにけりいしかはら 飯田蛇笏
黒谷の初夜きく月の野川哉 高井几董
●深更
深更の五千石忌の雨篤し 上田日差子
●真の闇
夜鷹鳴く鳥海までの真の闇 山口青邨
太秦に真の闇あり牛祭 久保幹児
山焼いて大和に真の闇の冷え 吉田靖子
御胎内真の闇なり青葉寺 澤木欣一
炉を焚いて島の厠は真の闇 野見山朱鳥
蛍狩身うごきならぬ真の闇 滝 春一
貝殻の真の闇くる風の盆 田中勇詩
青葉木兎下闇に積む真の闇 百合山羽公 寒雁
薬喰して出て大路しんの闇 亀井糸游
●深夜
ああ昨日のその場しのぎの優しさが深夜電話に化けてまた響る 島田修三
かたまりて深夜の寺のなめくぢり 中川宋淵
ぎんなん墜つ深夜仁王の吠えおらん 塩野谷 仁
こほろぎに違和の強燭深夜作業 津田清子 二人称
こほろぎや風がとぎだす深夜星 太田鴻村
さくらの下を過ぎて深夜に齢足す 林田紀音夫
さくら咲く深夜の飯が噴きこぼれ 坪内稔典
ついに見ず深夜の除雪人夫の顔 細見綾子
つひに見ず深夜の除雪人夫の顔 細見綾子 花寂び
まつさきに星が見付けし深夜の火事 田川飛旅子 花文字
るいるいと肉ある深夜の冷蔵庫 江里昭彦 ロマンチック・ラブ・イデオ口ギー
オリオンを九月の深夜見るかなしさ 相馬遷子 山国
ゲレンデの深夜を乳呑児が歩く 佐藤鬼房 朝の日
チューリップ深夜にもう一人の私 橋本美代子
マフを着け深夜の街の闇に出づ 稲畑広太郎
不眠者に深夜とどろく梅雨の雷 相馬遷子
亡父亡母深夜衾に入れば見ゆ 高室呉龍
人のごとく深夜鉄砲百合は立つ 加藤楸邨
人を憎み深夜も蠅を憎み打つ 三谷昭 獣身
人生冴えて幼稚園より深夜の曲 金子兜太
冬の深夜貨車音とおる家の幅 田川飛旅子 花文字
冬の深夜貨車音とほる家の幅 田川飛旅子 『花文字』
冬霧の深夜月あり血のごとし 加藤楸邨
冷蔵庫深夜に戻りきて開く 辻田克巳
凍てし湖深夜の微光知らるるな 津田清子 二人称
受験期や目なし達磨の深夜の眼 加藤知世子 花 季
吊皮に深夜はびこる白い雑草 松田 進
向日葵が深夜一燈のために咲く 宮津昭彦
向日葵にあふや深夜の坂の上 予志
噴水の力むなしき深夜かな 徳弘純 非望
大年のざはめき乗せる深夜バス 磯崎美枝
大石忌来るどこまでが深夜酒 萩原麦草 麦嵐
嫁が君出番深夜の時計鳴る 神保奈美子
寒水速し深夜を少年少女といて 寺田京子 日の鷹
應へ吠ゆる聲あり犬の深夜となる 不滅の愛 小澤武二
戦どこかに深夜水のむ嬰児立つ 赤尾兜子
戦時下映画深夜に及ぶ敗戦日 高澤良一 随笑 七月-九月
戻り来て深夜の雛に逢ひにけり 萩原麦草 麦嵐
手をあげるおなじかたちに深夜の木 久保純夫 熊野集
旅の寝の深夜目覚に菊にほふ 岸風三樓
星たちの深夜のうたげ道凍り 相馬遷子 山國
星と星かち合ふこがらし ああ日本はするどき深夜 葛原妙子
春泥に影濡れ濡れて深夜の水 西東三鬼
木枯れたり深夜下駄曳く街はづれ 石塚友二 方寸虚実
桃が咲く深夜使へば水速し 寺田京子
梅雨さむく映画製作の深夜あり 瀧春一 菜園
梅雨の深夜覚めて明るき灯をともす 右城暮石 上下
梅雨の溝に蛙鳴き澄む深夜かな 渡辺水巴 白日
櫛落ちて覚めし深夜のいなびかり 鷲谷七菜子 花寂び
母が死にゆく深夜の玻璃に燃ゆる火事 加藤秋邨 まぼろしの鹿
池涸れる深夜 音楽をどうぞ 鈴木六林男 桜島
流木の一つは深夜を飛行せる 河原枇杷男 烏宙論
海の宿深夜蝿出て生き生きと 昭彦
海の宿深夜蠅出て生き生きと 宮津昭彦
深夜、静かに呼吸している点滴がある 住宅顕信 未完成
深夜かなひとり血を喀く椿かな 河原枇杷男 定本烏宙論
深夜かな蝶の聲にて哭いてみむか 河原枇杷男 蝶座
深夜にて煉炭息を断たむとす 岸風三樓
深夜にて雪上を匐ふさそり星 相馬遷子 雪嶺
深夜にも海は覚めゐて夜光虫 広田よしかね
深夜の水に誰か関節を与えよ 夏石番矢 人体オペラ
深夜の火事星座犇めき人起きず 田川飛旅子 花文字
深夜の細い針が血管を探している 住宅顕信 未完成
深夜の雷ひびき柱のほのとあり 原田種茅 径
深夜の駅とんびの袖を振り訣れ 石塚友二 方寸虚実
深夜の驛とんびの袖を振り訣れ 石塚友二
深夜ひらりと信号無視の一軽羅 堀口星眠 営巣期
深夜ミサより戻り来て聖菓切る 山内しげ子
深夜ミサ終へし人らに冬の月 丸山よしたか
深夜工事の半裸傷つきてはならじ 大井雅人 龍岡村
深夜工事の灯がぼうぼうと柿熟す 桜井博道 海上
深夜帰宅山茶花踏絵の如く踏み 楠本憲吉
深夜往診風邪の外套重く着て 下村ひろし 西陲集
深夜来て不明の外套富士裏に 攝津幸彦
深夜涼し脚細りゆく戸外の椅子 大井雅人 龍岡村
深夜疾風夢のかけらのさむざむと 栗生純夫 科野路
深夜百合を活けて去りけり唖の如 栗生純夫 科野路
深夜砲声斥候に行くと飯喰いいる 鈴木六林男 荒天
深夜稿また紅梅にはげまされ 鈴木六林男
深夜胸の上の雷鳴許し給え 鈴木六林男 王国
深夜街鯨のからだがリードしている 佐々木 宏
深夜訪へど終に会へざりはだれ雪 松崎鉄之介
火の番は深夜の窓の声に遇ふ 原田種茅 径
灯翳せば深夜の金魚喘ぎをる 久米正雄 返り花
瓜の馬向うむきたる深夜かな 久米正雄 返り花
甲冑に深夜の冷気底知れず 加藤知世子
疑いのやさしさの虹深夜に立つ 寺田京子 日の鷹
病棟の十時は深夜梟鳴く 磯村翠風
病棟の深夜冷房音どすん 高澤良一 鳩信 入院日誌
目を大きく螢をみては深夜の母 桂信子 花寂び 以後
立冬や深夜に運ぶ伝書鳩 小口理市
竹林の落葉深夜か病句集 飯田龍太
納棺す深夜の凍てに繩たすき 飯田蛇笏 春蘭
老いぬうち深夜を翔べと望の月 清水径子
老妻と深夜の花に遊びけり 黒田櫻の園
聖樹の土乾き乾きて深夜なり 小川双々子
花八ツ手深夜の息吹雨となる 『定本石橋秀野句文集』
芽柳を感じ深夜に米量る 平畑静塔
苗代の灯に靄下りし深夜かな 吉武月二郎句集
草藉けば深夜の汽車の疾走す 横山白虹
落つる音白し深夜の花木槿 林原耒井 蜩
落鮎に星曼陀羅の深夜かな 加藤楸邨
葉桜や深夜犬ども睦しく 不死男
藤垂れて深夜崖なす白襖 栗生純夫
蚊帳の鐶深夜の音を立てにけり 久米正雄 返り花
蟋蟀や深夜の水に顔映す 澤井我来
血に飽いて歩む蚊に深夜戻りけり 中島月笠 月笠句集
街かなし深夜は杉の音色もち 北原志満子
足見せし蜆に深夜崩れけり 中島月笠 月笠句集
酔うて漂う深夜の海市誰彼失せ 楠本憲吉
雪の原深夜の赤き月出づる 相馬遷子 山国
雪解川ゆたかに深夜作業の灯 柴田白葉女 遠い橋
雪降りをり深夜の停車駅に声 宮津昭彦
雲の峰屋根々々の深夜白けけり 中島月笠 月笠句集
首夏の家朝に深夜に貨車轟き 石田波郷
骨還り深夜の如し夕桜 殿村莵絲子 雨 月
●晴夜
八つ手花晴夜の土にこぼれけり 石原舟月 山鵲
冬田圃晴夜の村を彼方にす 岡田林雪
友の寝息晴夜の山は親しき黒 大井雅人 龍岡村
擬宝珠咲きのぼる晴夜の山上湖 福田甲子雄
棺の中の晴夜よ母には潮の声 杉本雷造
水番の莚の上の晴夜かな 福田甲子雄
温室のメロンに灯す晴夜かな 飯田蛇笏 霊芝
火蛾飛んでワヤンクリットめく晴夜 高澤良一 素抱 七月-九月
田植すむ青年やるせなき晴夜 福田甲子雄
白木蓮すっくと晴夜疑はず 高澤良一 随笑 一月-三月
祭くる木曾の晴夜の白芙蓉 福田甲子雄
雪晴夜夜泣峠をうさぎ跳ぶ 赤尾兜子
●清夜
清夜ふと藻に住む虫の音を聞けり 細木芒角星
戦捷の清夜の松は霜降るらし 渡邊水巴 富士
●静夜
死なばかゝる静夜にと思ふ寒の雨 青木健作 落椎
供華につく蛾のうつくしき静夜かな 石原舟月 山鵲
大寒の静夜梁びしと鳴り 福田蓼汀 秋風挽歌
静夜にてかのバイオリン雪降らす 鈴木六林男 桜島
●千夜
千鳥おどしの千夜経、ひらがなの車(リムジン)がゆく 加藤郁乎
われ獄のとき千日千夜妻の微笑が来て曇らず 橋本夢道 無礼なる妻
●前夜
ごうごうと風呂沸く降誕祭前夜 石川桂郎 含羞
クリスマスの用意晴れがましさの前夜かな 青峰集 島田青峰
メーデーの前夜救世軍伝道を 山口青邨
労働祭前夜の機械いたわり拭く 内藤吐天 鳴海抄
天に星地に反吐クリスマス前夜 西島麦南
枕辺に鈴蘭手術前夜なり 品川鈴子
残菊に火の粉波郷忌前夜かな 皆川白陀
河鹿笛競ひて花まつり前夜 樋笠文
泊船は常に前夜か夏灯 飯田龍太
白毛糸編みをり洗礼式前夜 長田等
磔像に受難前夜の春の月 野見山朱鳥
種袋蒔く前夜まで書に挟む 桜井博道 海上
経る早し子ら寝て夫婦秋灯下(上京前夜) 石橋辰之助
聖前夜馬が海への道ふさぐ 寺山修司 未刊行初期作品
蕗傷み梅雨入前夜も雨なりき 杉山岳陽 晩婚
行商の旅の前夜の二日灸 天野 菊枝
退院前夜夫待つ椿さざめきて 石田あき子 見舞籠
遺書書くや入院前夜しぐれつゝ 相馬遷子 山河
酒からし花橘に蟹の脚 樗良 (前夜飲美酒)
風三樓忌前夜となりし暴れ梅雨 池田秀水
鰌刺してゐる暴風雨前夜なり 萩原麦草 麦嵐
●中夜
山中の大百合もたらせし中夜吟 原裕 『王城句帖』
円月に中夜の時雨さだまらず 北原白秋
●月の夜
一つ呼べば一つ応へてつひにみな月の夜蛙なきたちにけり 尾上柴舟
二三人薄月の夜や人丸忌 飯田蛇笏 山廬集
人気なき道を選びて月の夜 寺岡捷子
先生の昼夜の夜を月の下 山西雅子
凍蝶のそのまま月の夜となりし 深見けん二
只の夜の夢の枕や月の昼 上島鬼貫
在りて見えぬ月の軌道や冬至の夜 下村ひろし 西陲集
春の夜や人大きくて月の暈 木風
時報消えゆく月の夜を遊び飽かず 津田清子 礼 拝
月の名の夜ごとにかはる習ひ笛 藤井寿江子
月の夜 きり〜すも こおろぎも 平和をもとめている 吉岡禅寺洞
月の夜がつゞき猪くる夜がつゞき 島村秋夢
月の夜なる嬉しさよ花の春 井月の句集 井上井月
月の夜にはしばしを梳く洗ひ髪 山口誓子
月の夜にまぎれし人と思ふのみ 上田曄子
月の夜に在るごとき雨や額の花 渡邊水巴 富士
月の夜に笠きて出たり鉢叩 高浜虚子
月の夜に駱駝のアキレス腱スープ 上田日差子
月の夜のあをみさしたる野梅かな 小松崎爽青
月の夜のうかれをりしはねこじやらし 青柳志解樹
月の夜の光る茫となるべかり 稲畑汀子 ホトトギス汀子句帖
月の夜の十六*ささげ湖に出づ 森 澄雄
月の夜の天竜はただ落つる川 殿村菟絲子 『晩緑』
月の夜の天竜はたゞ落つる川 殿村莵絲子 雨 月
月の夜の明け白みたる千鳥かな 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
月の夜の松風の夜の近松忌 大橋櫻坡子 雨月
月の夜の柱よ咲きたいならどうぞ 池田澄子
月の夜の桜に蝶の朝寝かな 千代尼
月の夜の橋こつじきは嚏こぼして 人間を彫る 大橋裸木
月の夜の水の都の生簀船 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
月の夜の氷柱の軒に戻りけり 高浜年尾
月の夜の海てふものを見てゐたり 鈴木洋々子
月の夜の海月が考へさうなこと 高澤良一 ぱらりとせ 夏
月の夜の石にかへりし道祖神 小松崎爽青
月の夜の種薯に芽の伸びること 矢島渚男
月の夜の簗番買って出たきかな 矢島渚男
月の夜の落栗拾ひ尽しけり 芥川龍之介
月の夜の蔀おろして雑魚寝かな 河東碧梧桐
月の夜の蹴られて水に沈む石 鈴木しづ子
月の夜の遠き穂すすき矢張り見ゆ 佐野良太 樫
月の夜の雪の立山まのあたり 中村汀女
月の夜はあまたの石に泪溜め 飯田龍太
月の夜は地に影うつる蛍かな 松岡青蘿
月の夜は好きか嫌ひかなめくぢり 飯田龍太 山の木
月の夜は昼より邃し花菜畑 河野南畦 湖の森
月の夜は月のいろして草匂う 藍不二子
月の夜は月の魂抱く白牡丹 那須 乙郎
月の夜は朱儒の来てゐる葱坊主 浅沼 艸月
月の夜は歩かぬといふ狐かな 難波鴻峰
月の夜は狐の檻の暗かりし 山口青邨
月の夜は葭切の巣の乾くなり 松村蒼石 春霰
月の夜は走り根どこまでも走る 佐藤幸子
月の夜は雑木もさわぐ風ならん 室生犀星 犀星発句集
月の夜へけものを放ち深く眠る 大西泰世 世紀末の小町
月の夜も経て干草の仕上がれり 太田土男
月の夜やなすこともなき平家蟹 井上井月
月の夜や何とはなしに眺むればわがたましひの羽の音する 片山広子
月の夜や石に出て啼くきりぎりす 千代尼
月の夜や蓼穂を散らす水車 八十島稔 秋天
月の夜や重なることを好まぬ葉 鈴木しづ子
月の夜を帰り来て食う秋魚の濡るるはらわたこんこんと昏し 宮原勉
月の夜を泣尽してや果の秋 高井几董
木守柿欠けゆく月の夜々を経し 加倉井秋を 『胡桃』
木犀や月の夜みちにまくらがり 木津柳芽 白鷺抄
梨の花ほのけく白く 月の夜にかげして散りぬ。 また一つ散る。 立原道造
母よ月の夜は影踏みをしませうか 大石悦子
水鳥や月の夜はあるわたし舟 岡田耿陽
水鳥や月の夜はある渡し舟 岡田耿陽
火山灰降りぬ万座の宿の月の夜を 田中冬二 俳句拾遺
癖になりて寐られぬ月の夜頃哉 松岡青蘿
白萩のみだれも月の夜々経たる 篠田悌二郎
硝子戸の夜の空耳や月の山 中拓夫 愛鷹
禿山の月の夜すがら寒さかな 寺田寅彦
穂芒の月の夜頃は淋しかろ 寺田寅彦
臘月の夜が白みくる浪がしら 中川宋淵
舟茣蓙に月の夜風の冷え来る 上村占魚 球磨
芋の家月の夜念仏はじまりぬ 銀漢 吉岡禅寺洞
落栗や沼の雨月の夜に似たり 小川芋銭
葭原雀月の夜一夜啼くものか 臼田亜浪 旅人
蓑虫は月の夜毎を信じゐる 高橋馬相 秋山越
行燈を月の夜にせんほとゝぎす 服部嵐雪
行燈を月の夜にせん時鳥 服部嵐雪
風雲の夜すがら月の千鳥哉 與謝蕪村
麦扱機しづまり月の夜がひらく 久保皓嗣
●月夜
*ひつじ田の枯るるすがすがしき月夜 松村蒼石 雪
*ほうぼうの歩く月夜となりにけり 大石悦子
「夫婦は同体」月夜の木椅子に半体置く 磯貝碧蹄館 握手
あけぼのとおぼしき梅の薄月夜 鈴木花蓑句集
あすは去なん舟に虫鳴く月夜かな 臼田亞浪 定本亜浪句集
あたらしき切籠にうすき月夜かな 桂子
あたゝかく暮れて月夜や小正月 圭岳
あつけなく終る月夜の狸狩 阪本 晋
ありなしの月夜の町や梅雨寒き 木歩句集 富田木歩
いざよひや芭蕉の上は皆月夜 松岡青蘿
いたどりの花の月夜の梁番屋 宮下翠舟
いづくへか霜の月夜の車牛 淡々
いとなみて月夜ばかりの子規忌かな 飯田蛇笏 山廬集
いまどこに桜月夜にゐるといふ 上田日差子
うかうかと我門過る月夜かな 夏目漱石 明治二十九年
うぐひすや茶の木畑の朝月夜 丈草
うすうすと腹痛さざんかの月夜 正木ゆう子
うすものや月夜を紺の雨絣 泉 鏡花
おそくなつて月夜となつた庵 尾崎放哉
おち果てて鮎なき淵の月夜かな 前田普羅
おち果てゝ鮎なき湍の月夜かな 前田普羅 飛騨紬
おでん屋の月夜鴉の客ひとり 龍岡晋
おもしろう松笠もえよ薄月夜 土芳
お練り声あがる月夜の町庇 臼田亜浪 旅人
かかし傘の月夜のかげや稲の上 飯田蛇笏 山廬集
かね氷る山白妙の月夜哉 一茶
かはほりは月夜の襁褓嗅ぎました 篠原鳳作
かんぬきをさせば月夜や松落葉 渡辺水巴
くわんぬきをさせば月夜や松落葉 水巴
けしからぬ月夜となりしみぞれ哉 一茶 ■享和三年癸亥(四十一歳)
けむりふく嶺も月夜やお花畑 飯田蛇笏 雪峡
けもの居る気配の霧に月夜茸 沼澤 石次
こととひの紅を月夜の思草 麻生あかり
こほろぎにすぐり藁する月夜かな 浜田酒堂
ころころと兄の筆跡栗月夜 小檜山繁子
こんなにも軽き母抱く麦月夜 笹井紀子
さいかちの月夜や灯る焼藷屋 渡辺水巴 白日
さきをゆく人かき消えし葛月夜 佐野美智
さきを行く人かき消えし葛月夜 佐野美智
さしのぞく木の間月夜や浮寝鳥 松本たかし
さながらに紅葉はぬれて朝月夜 高井几董
さはにある髪をすき居る月夜 尾崎放哉
さやけし夕雲、立山七十二峯の月夜となろう 荻原井泉水
さり〜と苔ふむ冬の月夜哉 士朗
さるすべり軒端の幹の月夜かな 滝井孝作 浮寝鳥
しばらくは花の上なる月夜かな 松尾芭蕉
しら壁にあたる月夜のこの葉かな 蒼[きう]
しら梅の枯木にもどる月夜哉 蕪村
しんとしぬ山の月夜の枝の霜 太田鴻村 穂国
すこし寒う桜月夜や西行忌 徳永山冬子
すつかり落葉した月夜の銅像である 人間を彫る 大橋裸木
すつぽんの首の伸びゐし梅雨月夜 柿本多映
すれちがふ月夜の廊の能役者 野沢節子
すゞみ床や茶屋淋しくも月夜に釜 井原西鶴
せんだんの花の月夜の庫裡に酔ふ 堀 葦男
たつぷりと膳所の枕丁月夜かな 吉田紫乃
たもとほる桜月夜や人おそき 杉田久女
つくねんと柿の木いっぽん枯月夜 高澤良一 宿好 一月-三月
つばらかに月夜の枯木枝を張り 上村占魚 球磨
てのひらに落花とまらぬ月夜かな 渡辺水巴 白日
でで虫の眠る月夜の桜の木 岡井省二
でで虫の腸さむき月夜かな 原石鼎
でゝ虫の腸さむき月夜かな 原石鼎
とめどなくなりし月夜の竹落葉 鷲谷七菜子 花寂び
どうしようもない心もつてきた月夜の砂の上 橋本夢道 無禮なる妻抄
どの道もその先に家稲架月夜 川村紫陽
なみだながれてかげろうは月夜のゆうびん 西川徹郎 死亡の塔
なんばんの月夜へ雨戸寝しづまる 長谷川素逝 暦日
なんばんの月夜へ雨戸寝しづまる 長谷川素逝 村
にじむ墨自在にあそぶ萩月夜 三橋迪子
ねむい子にそとはかはづのなく月夜 長谷川素逝
はしちかく水鶏月夜の文机 木村蕪城 一位
はつ春も月夜となるや皃の皺 一茶 ■文化二年乙丑(四十三歳)
はまゆふの花終らんと月夜雨 松村蒼石 春霰
はら〜と露の奥ゆく月夜哉 中川宋淵 詩龕
はんざきの水に鬱金の月夜かな 飯田龍太
ひしひしと月夜玉張る青葡萄 石原林々
ひととせは夢のまにまに月夜茸 佐々木 咲
びしよぬれのKが還つてきた月夜 眞鍋呉夫
ふりかむる大槻芽立つ月夜かな 小林康治 四季貧窮
ぶだう実る月夜がらすは啼かぬ島 林原耒井 蜩
へんにたかく咲いて月夜の花菜かな 高澤良一 ぱらりとせ 春
ほか〜と花の月夜の湯婆かな 渡邊水巴
ほつ〜と痩ケイタウも月夜也 一茶 ■文化元年甲子(四十二歳)
ほとけらに月夜の濡れし甍あり 伊丹三樹彦 仏恋
ほととぎす大竹薮を漏る月夜 松尾芭蕉
ほととぎす大竹藪を漏る月夜 松尾芭蕉
ほととぎす鳴くに首あげガラス戸の外面を見ればよき月夜なり 正岡子規
ほととぎす麦の月夜は薄曇り 麦水
ほとゝぎす大竹藪をもる月夜 松尾芭蕉
ほのぼのと師走月夜や昔斎忌 飯田蛇笏 山廬集
ほのぼのと渚は近江初月夜 阿波野青畝
ぼつぼつと痩せけいとうも月夜なり 一茶
ぽつねんと置かれ月夜の脱衣籠 小泉八重子
まがりても花のあんずの月夜道 上田五千石 風景
まひといき野分吹くらん薄月夜 黒柳召波 春泥句集
みごとな梅月夜妻には赤ワイン 益田 清
みちのくのはつたい匂ふ月夜かな 赤尾恵以
みちのくの早苗月夜の手に冷たし 野澤節子 黄 炎
みちのくの月夜の鰻あそびをり 加藤秋邨 吹越
みちのくの稲架が狸となる月夜 堀口星眠 樹の雫
みよしののくらき月夜の水鶏かな 下村梅子
み吉野は櫻月夜となりにけり 佐川広治
むささびの月夜となりて修二会終ふ 河北斜陽
むささびの来る樫の木や月夜の木 赤座閑山
むささびの飛翔影曳く雪月夜 村上喜代子
もしもしにもしもし申す雪月夜 攝津幸彦 鹿々集
もしやとてあふぐ二日の初月夜 山口素堂
ものの影みな涅槃なる月夜かな 渡邊水巴
ものゝ影みな涅槃なる月夜かな 渡辺水巴 白日
やみ夜とは月夜のはての虹鳴く 久保田万太郎 流寓抄
ゆさゆさと桜もてくる月夜かな 鈴木道彦
よべよりも月夜明るき冬田かな 大峯あきら
わが宿のおくれ鰹も月夜かな 蕪村
わが影をはみでし木の芽月夜かな 吉田未灰
わが恋は闇夜に似たる月夜かな 夏目漱石 明治二十四年
わすれめや芒月夜のうしろかげ 久保田万太郎 流寓抄以後
われ鯱となりて鯨を追ふ月夜 真鍋呉夫
アルバムの生家に残してきた月夜 対馬康子 純情
クラリオネット、遠い月夜の曲馬団 大越吾亦紅
クレヨンの金と銀とで塗る月夜 対馬康子 吾亦紅
シャンパンの泡極小の月夜かな 天野小石
スパゲッテイくるくる巻いて枯月夜 八牧美喜子
ダイヤ買ひ形見ふえたり寒月夜 八牧美喜子
ドリアン二個 蔵って 月夜を華人死す 伊丹公子
ニグロのひげトランペツトを吹く月夜 有馬朗人 母国
バナナ剥く夏の月夜に皮すてぬ 芥川龍之介
ビ・バップ月夜の地下室で目くばせ 池田澄子
ヴィオロンの激して繊し梅月夜 林翔 和紙
ヴエネチアの古きガラスを買ふ月夜 有馬朗人 知命
一すじの蜘蛛のゐ白き月夜かな 独友
一夜干(しいしび)のしぐれ月夜のいかなだら 石原八束 黒凍みの道
一木も国土を守る月夜かな 渡辺水巴 白日
一枚の木の葉見送る月夜かな 池内友次郎 結婚まで
一葉落いくらもおちて月夜かな 服部嵐雪
一行に画かきもまじる月夜かな 正岡子規
一輪も残さず見せて梅月夜 石井とし夫
三味線や桜月夜の小料理屋 河東碧梧桐
上京や月夜しぐるゝ御妙講 高井几董
下京や月夜月夜の水菜畑 庄司圭吾
丑の刻參る素足の雨月夜 筑紫磐井 婆伽梵
世の中にをのこをみなのゐて月夜 藤村克明
両国の花火聞ゆる月夜かな 子規句集 虚子・碧梧桐選
乗鞍は凡そ七岳霧月夜 松本たかし
乗鞍は凡そ七嶽霧月夜 松本たかし
乳捨てに出れは朧の月夜哉 尾崎紅葉
亀鳴くとたばかりならぬ月夜かな 富田木歩
事足りて而も師走の月夜かな 尾崎紅葉
二三人木の間はなるゝ月夜かな 前田普羅 新訂普羅句集
五六丈滝冴え返る月夜かな 蓼太
五月雨や月夜に似たる沼明り 小川芋銭
人の罪人は知らざる月夜かな 増田龍雨 龍雨句集
人は皆外に畳の月夜かな 尾崎紅葉
人も魚もさめざめ遊び月夜かな 飯田綾子
人寝てさくら月夜ののこりけり 柴田白葉女 『月の笛』
人寝ねてさくら月夜の残りけり 柴田白葉女
人近く千鳥飛び来る月夜かな 折井愚哉
今は亡き子と遊べとや露月夜 根岸善雄
今落す水に影さす月夜哉 管鳥
今落とす水に影さす月夜かな 管鳥 五車反古
仔馬帰る月夜雪稜線を負ひ 石原八束 雪稜線
住み古りて筍月夜三日ほど 鳥居美智子
何といふ愛しさ月夜の日消し壺 加倉井秋を 『欸乃』
何もかも見ゆる月夜や桐一葉 岸本尚毅
侏儒たち月夜の落葉ふむならし 金尾梅の門(1900-80)
傘(からかさ)の上は月夜のしぐれかな 黒柳召波
傘にいつか月夜や時鳥 鬼城
傘の上は月夜のしぐれかな 黒柳召波 春泥句集
僧寺に帰る月夜のさくらかな 正巴
優曇華に薄絹月夜つづきをり ほんだゆき
八つ手咲く月夜の濃さに対ふ机 森川暁水 淀
八つ手咲く月夜の濃さよ妻よ見よ 森川暁水 淀
公園の櫻月夜や瀧の音 泉鏡花
公魚に眼さづかる月夜かな 中川杞友
内陣の瓔珞透ける宵月夜 毛塚静枝
冬が来る月夜過ぎたる許りにて 永田耕一郎 雪明
冬の月夜の青みをわたりけり 松瀬青々
冬瓜の寝こけてゐたる朝月夜 百合山羽公 寒雁
凍蝶に昼をあざむく月夜かな 清原枴童 枴童句集
凩の上に物なき月夜哉 夏目漱石 明治二十八年
出そびれて月夜に花の句作かな 渡辺水巴 白日
分別をはなれて海の月夜かな 露川
切干も藷切干も月夜干 大石暁座
刈草の蒸れしづめたる月夜かな 矢島渚男 梟
初ぎくや九日までの宵月夜 黒柳召波 春泥句集
初月夜一重の肌に応へけり 佐藤惣之助 蛍蝿盧句集
初月夜門にて逢ふは恋にも似て 植田棲雨
初月夜門二三歩の美しき 佐藤惣之助 蛍蝿盧句集
初月夜風流れゆく水の上 大野林火
初燕大空に見し月夜かな 神尾久美子
初空は梅しろ〜と月夜かな 如風
初花に山の寒さの朝月夜 青木月斗
初花の辛夷月夜を漂へり 林翔 和紙
力なき眼に月夜茸うかぶかな 赤尾兜子
北風の藪鳴りたわむ月夜かな 杉田久女
十二月八日月夜の通り雨 菊地千枝子
十夜寺裏へまはれば月夜かな 五十嵐播水 播水句集
千鳥啼く揚荷のあとの月夜かな 子規句集 虚子・碧梧桐選
南京の月夜の汗疣ありにけり 加藤楸邨
卯の花のうへを月夜でぬりにけり 来山
卯の花の月夜の声は室生人 大峯あきら
卯の花の月夜を逝きて盲かな 萩原麦草 麦嵐
卯の花を幻と見し月夜かな 皆川白陀
厄払ひあとは隈なき月夜かな 蓼太
又喰うてニュースとなりし月夜茸 高澤良一 寒暑 十月-十二月
友の肺に月夜沁むかも草の花 渡辺水巴 白日
古傘の婆娑と月夜の時雨かな 蕪村
古傘の婆裟と月夜の時雨哉 蕪村
句碑照りて明らかに死後の月夜かな 渡辺水巴 白日
台所へ縁側長き月夜かな 白水郎句集 大場白水郎
向日葵もなべて影もつ月夜かな 渡辺水巴 白日
君が門こぶし花さくうす月夜 中勘助
吹き荒れて千鳥も鳴かぬ月夜かな 野間叟柳
吹き飛びし葉の音立つる月夜かな 藺草慶子
吾子が嫁く宇陀は月夜の蛙かな 大峯あきら(1929-)
吾恋は闇夜に似たる月夜かな 夏目漱石
味噌玉にひびく月夜の雪解川 藤原美峰
咲きふりし山茶花に又の月夜かな 碧雲居句集 大谷碧雲居
哨戒機月夜明けきし花の上を 渡邊水巴 富士
唐崎の松の月夜は雨青し 古白遺稿 藤野古白
唐崎の松は枯るゝに月夜かな 大谷句佛 我は我
啼きまじる夜鷹も水鶏月夜なる 井沢正江 火襷
啼き渡る蝉一声や薄月夜 芥川龍之介 蕩々帖〔その一〕
喘息の胸ひようひようと霧月夜 古賀まり子 降誕歌
嚏ふとあとは稲妻の月夜かな 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
四五人の月夜となりぬ梅若忌 増田龍雨 龍雨句集
四五本の竹をあつめて月夜哉 夏目漱石 大正二年
土管一つ仔犬のあそぶ月夜かな 中山純子
地の中に土竜も睦め梅雨月夜 千代田葛彦
地芝居の田螺月夜となりにけり ほんだゆき
地虫啼く外は野分の月夜なり 臼田亜浪 旅人
地虫鳴く外は野分の月夜かな 臼田亞浪 定本亜浪句集
堂の影稲田に落つる月夜かな 大谷句佛 我は我
変電所の灯も穂芒の月夜になつた シヤツと雑草 栗林一石路
夏山の重なりうつる月夜かな 長谷川かな女 雨 月
夏菊の小しゃんとしたる月夜かな 一茶
夕顔の花の月夜となれるはや 高須茂
夜嵐に寒雁鳴くも薄月夜 飯田蛇笏 椿花集
大名をとめて蘇鉄の月夜哉 田福
大姉居士野に出てあそぶ月夜かな 北見さとる
大寺や桜月夜の青葉木菟 角川春樹 夢殿
大山の暁月夜ほととぎす 鈴鹿野風呂 浜木綿
大本営鴨啼く月夜深まりぬ 渡邊水巴 富士
大比叡の表月夜や猫の戀 鈴木花蓑
大藪の灯に蛾がとんで蝕月夜 西村公鳳
大霧に風筋見ゆる月夜かな 中島月笠 月笠句集
大風のあとの月夜や鹿の声 寒秀
大麦の穂の濁りゆく月夜かな 中島月笠 月笠句集
天平の心礎卯の花月夜かな 伊藤いと子
天昏く澄み渡りたる月夜かな 右城暮石
夫婦てふ妙なえにしの月夜かな 小島千架子
夫婦箸買ひたる卯の花月夜かな 中山純子
奈良に来て冬の月夜の宿をとる 星野立子
奉納の手拭こほる月夜かな 蘇山人俳句集 羅蘇山人
奥三河芋の葉にのる月夜かな 森澄雄
女郎花月夜のねむり黄にまみれ 六角文夫
如月の大雲の押す月夜かな 飯田蛇笏 山廬集
妖精のブローチ雨の月夜茸 斉藤淑子
妹がりに鰒引さげて月夜哉 一茶 ■文政八年乙酉(六十三歳)
妹瓜を揉むま独りの月夜かな 渡辺水巴 白日
嫁入や月夜に白き飛弾の山 三好達治
嫁入や月夜に白き飛騨の山 三好達治 俳句拾遺
嬰児だいてさきはひはずむ初月夜 飯田蛇笏 春蘭
子は母と麦の月夜のねむい径 長谷川素逝
子ら去つて月夜榕樹の根ひろがる 千代田葛彦 旅人木
子守唄終りは親ほめ月夜褒め 加倉井秋を
子蛙の月夜あけぼのとなりゐたり 千代田葛彦 旅人木
子鴉の母呼ぶ李月夜かな 内藤鳴雪
実柘榴のうらすくばかり月夜かな 泉鏡花
宵の間や芥子の蕾に入る月夜 浜田酒堂
家ひとつ灯りて水鶏月夜かな 鎌倉博史
家持にゆかりの温泉薄月夜 高野素十
宿坊に急ぐ卯の花月夜かな 大久保白村
寂莫と石橋渡る月夜かな 中川宋淵 詩龕
寐ごゝろや萌黄の蚊屋の薄月夜 松岡青蘿
寐たはずの牛が顔だす雪月夜 本宮哲郎
寒の月夜のひきあけに残りけり 久保田万太郎 草の丈
寒の月夜ぶかく赭くのぼり来ぬ 篠原梵 雨
寒垢離や蘇鉄月夜の妙国寺 折井愚哉
寒施行童子月夜となりしかな 杉山十四男
寒晒雪散りながら月夜かな 大峯あきら
寒木瓜や外は月夜ときくばかり 増田龍雨
寒詣橋に出でたる月夜かな 温亭句集 篠原温亭
寒靄の頬に凝るほどに月夜かな 原田種茅 径
寝てよりの落葉月夜を知つてをり 森澄雄 四遠
寺の湯に母と子がをり梅月夜 中川宋淵 命篇
寺山や春の月夜の連歌道 一茶 ■文化三年丙寅(四十四歳)
少し*欠けそめしといへど菊月夜 石井とし夫
少年が大に笛聴かせをる月夜 木歩句集 富田木歩
少年が犬に笛聴かせをる月夜 富田木歩
尻出して月夜涼しとはたく音 尾崎紅葉
尼寺やよき*蚊帳たるる宵月夜 蕪村
尼寺や能キ(かや)たるゝ宵月夜 蕪村 夏之部 ■ あらたに居を卜したるに
尾花蛸干して月夜のはじまれり(佐渡) 岸田稚魚 『萩供養』
屋根も垣も網干し卯の花月夜なり 古賀まり子
山の精もらいて生れし月夜茸 城野都生子
山の餓鬼月夜の柿にぶらさがり 臼田亜浪 旅人
山仕舞ひたる白萩に月夜かな 福田甲子雄
山吹の冷えつゝ黄なる月夜かな 渡邊水巴 富士
山国の瀬音は高し初月夜 江口竹亭
山姥も打か月夜の遠きぬた 井上井月
山守の犬何に鳴く月夜かな 大須賀乙字
山寺に米搗く程の月夜哉 越人
山川の縒りて流るる冬月夜 森澄雄
山桜白きが上の月夜かな 臼田亜浪 旅人
山椒魚の水に鬱金の月夜かな 飯田龍太
山畑や月夜々に満ちて芋肥ゆる 青峰集 島田青峰
山茶花の暮れゆきすでに月夜なる 水原秋桜子
山里の盆の月夜の明るさよ 高浜虚子
山風の吹きおとろふる梅月夜 飯田蛇笏 春蘭
岩山の何に鳴り居る朝月夜 内田百間
峰入や月夜鴉のひとしきり 藤田湘子
島からも兵隊送る月夜の島の村長さん 内島北朗
川上は花火にうとき月夜かな 子規句集 虚子・碧梧桐選
川流す紀州木の国梅月夜 矢島渚男 梟
川靄の罌粟をくまどる月夜かな 宮武寒々 朱卓
巫女の剣佩きたる雪月夜 飯田蛇笏 霊芝
師の家も月夜の一戸鰯雲 神尾久美子 掌
帰りゆく蛾に逢ひたりし朝月夜 相生垣瓜人 微茫集
帰省子に月夜の富嶽雲おびず 西島麦南 人音
干栗をつかみ食うべる月夜の子 前田普羅 飛騨紬
干草の山の間の月夜かな 橋本鶏二 年輪
干草の月夜草履の緒がゆるむ 中拓夫 愛鷹
年の市たつうら町は月夜かな 大江丸
幹たちにささやかれ来て月夜なり 千代田葛彦 旅人木
幾畝の苺の花の月夜かな 長谷川 櫂
店借と覚えぬ梅の月夜かな 尾崎紅葉
座敷から月夜へ輪ゴム飛ばしけり 川崎展宏(1927-)
座敷童子の/耳が/林檎の花なり/月夜 林桂 黄昏の薔薇 抄
庭に出て浅葱を引く薄月夜 島田とし子
庭の土青くなりたる月夜にて 臼田亞浪 定本亜浪句集
庭木々の一葉とゞめず月夜かな 金尾梅の門 古志の歌
庭畑は紫苑月夜の飛騨泊り 有働亨 汐路
廊の虫吹かれしづみて月夜かな 飯田蛇笏 山廬集
影売るに似たる筍月夜かな 鳥居おさむ
影曳いて月夜の蟻のゆくところ 加藤楸邨
彼岸果つる月夜鴉ぞ明るけれ 渡辺水巴 白日
後山の梅雨月夜なる青葉木菟 飯田蛇笏 椿花集
恋びとよ砂糖断ちたる月夜なり 原子公平
恋猫に思ひのほかの月夜かな 中村汀女
恋猫の思ひのほかの月夜かな 中村汀女
悪口の聞えくる春の月夜かな 萩原麦草 麦嵐
愛咬のまま陸前の月夜茸 高野ムツオ
我を連れて我が影帰る月夜かな 山口素堂
我舞ひて我に見せけり月夜影 山口素堂
戸口から青水な月(あをみなづき)の月夜かな 小林一茶 (1763-1827)
戸口から青水な月の月夜哉 一茶 ■文政二年己卯(五十七歳)
手探りや葉蔭の瓜の月夜なる 西山泊雲 泊雲句集
打ちそめし桜月夜の果の雨 赤松[けい]子 白毫
拭うところみんな父の身月夜なり 土方藍子
指さされ富士見ゆと知るリラ月夜 川村紫陽
指折りて老けたる月夜衣被 後藤夜半 底紅
指触れて見ねば止まざり月夜茸 加藤知世子
捨てるごと呉れし月夜の渡り蟹 青木重行
掻き了へし鎌原の田の月夜かな 前田普羅 春寒浅間山
摺り鉢に摺りこらすもの青月夜 成田千空 地霊
数珠玉や月夜つづきて色づける 新田祐久
斑雪山月夜は滝のこだま浴び 飯田龍太
斑鳩や冬至といへど藁塚月夜 角川春樹 夢殿
旅さきの辛夷月夜をねむらざる 田中裕明 花間一壺
旅の終りの月夜の顔白う見かはし 人間を彫る 大橋裸木
旅立たんばかり月夜の帚草 青柳志解樹
旅終へて来て吾子生れてゐて月夜 加倉井秋を 『胡桃』
日に次いで月夜となりぬ弥生かな 温亭句集 篠原温亭
日のにほひ月夜にのこり葛の花 森澄雄
日の出見ず没日見ず山は霧月夜 福田蓼汀 秋風挽歌
日蓮さまおもひて佐渡の月夜かな 中山純子
明易し月夜の驟雨地にのこり 大岳水一路
春江の大洲篁月夜かな 西本一都 景色
昨夜月夜八十八夜曇りけり 篠田悌二郎
時鳥千住あたりは月夜哉 正岡子規
暁の松の月夜や檐の霜 蘇山人俳句集 羅蘇山人
暈を被し虫の月夜に出て見よう 阿部みどり女
暖かく暮れて月夜や小正月 岡本圭岳
書庫出れば月夜なりけり西行忌 岩田昌寿 地の塩
曼珠沙華あとかたもなき月夜かな 黛執
月よみの月夜はよしやものの影 高橋淡路女 梶の葉
月夜、あるだけの米をとぐ 種田山頭火
月夜、手土産は米だつたか 種田山頭火 草木塔
月夜々に美しく春を待ちにけり 岸風三楼 往来
月夜々に育ちて旅も終る頃 高濱年尾 年尾句集
月夜うつむいた家の鍵穴さがす シヤツと雑草 栗林一石路
月夜かと薄雪見しや夜半の春 原石鼎
月夜かな霊衣被ける葎かな 河原枇杷男 蝶座
月夜から月夜に遠き寒さかな 金田咲子 全身
月夜しぐれ銀婚の銀降るように 佐藤鬼房
月夜ぞや霜にこりたるきりぎりす 内藤丈草
月夜つづき向きあふ坂の相睦む 大野林火
月夜なりし都をどりを帰る影 渡邊水巴 富士
月夜なり目瞑れば父の墓が見え 堤高嶺
月夜なり買ひ来て下駄を眺める妻 中村草田男
月夜なり酔うて太鼓を打つことも 細川加賀 生身魂
月夜なる千珠の辛夷吹かれたつ 石原八束 『藍微塵』
月夜なる風の辛夷の白あそぶ 大岳水一路
月夜にておもひつづくるあらぬこと 鈴木しづ子
月夜にて山茶花が散る止めどなし 綾子
月夜にて雛の息とわが息と 石嶌岳
月夜にて音の正しき藁砧 藤井冨美子
月夜にはちひさし昼の浜鵆 立花北枝
月夜にも山茶花がちる止めどなし 細見綾子 黄 炎
月夜の人ごみのサンドウヰツチマンにぶつかつた 人間を彫る 大橋裸木
月夜の仲間なまこのかたちの足で逃げる 金子兜太 蜿蜿
月夜の家根に猫が鳴く寒い村を抜ける 人間を彫る 大橋裸木
月夜の寺が谷間の寺のなかに在る 西川徹郎(1947-)
月夜の寺家根のもう木の実が落ちない 人間を彫る 大橋裸木
月夜の屋根にもたれ寄りすやすやと眠る樹 芹田鳳車
月夜の御飯余つておりぬ詩語は死語 池田澄子
月夜の星大きくて蛙の遠音 北原白秋
月夜の森を縷をなし出づる泉の水 内藤吐天 鳴海抄
月夜の海唄を忘れた鳥と吾 津田清子
月夜の犀人に飼はれてしまひけり 柿本多映
月夜の窓から手を出してあたたかい物求める 人間を彫る 大橋裸木
月夜の腕妻に貸せしを吾子に貨す 磯貝碧蹄館 握手
月夜の草の穂足に触れゆざめおぼゆる 人間を彫る 大橋裸木
月夜の葦が折れとる 尾崎放哉
月夜の谷が谷間の寺のなかに在る 西川徹郎 月光学校
月夜の雪の木へ窓あけて働く シヤツと雑草 栗林一石路
月夜まだ蛙とならぬ真桑瓜 中田剛 珠樹以後
月夜みち堕ろせ堕ろせと木莵が鳴く 筑紫磐井 花鳥諷詠
月夜八ツ太郎健啖を誇るかな 会津八一
月夜寒風行くに現世は蒼ざめて 香西照雄 対話
月夜少女小公園の木の股に 西東三鬼
月夜書き鉛筆よりもわれ減りぬ 小檜山繁子
月夜来て敦煌の沙こぼしゆけ 小檜山繁子
月夜疲れて石鹸の泡生む手 林田紀音夫
月夜窈かに踊り狂へり破芭蕉 千代田葛彦 旅人木
月夜経て鉄の匂いの乳母車 林田紀音夫
月夜茸今宵はねむる瀞の雨 堀口星眠
月夜茸光らねば雲魔のごとし 加藤知世子 黄 炎
月夜茸山の寝息の思はるる 飯田龍太 山の影
月夜茸月見て育つこともがな 青木重行
月夜茸朽ちゆくものに群がれる 山本歩禅
月夜茸育つ霧かも夜はふかき 小林黒石礁
月夜蟹妊りてゐて辷りだす 萩原麦草 麦嵐
月夜轢死者ひたひた蝶が降っている 西川徹郎 無灯艦隊
月夜逢ふみ仏ほどに胸ゆるめ きくちつねこ
月夜道菅原都々子の口調真似 高澤良一 寒暑 七月-九月
月夜雨ふりすぐ秋の蚕飼窓 石原舟月
月夜雨ふりすぐ秋の飼屋かな 石原舟月 山鵲
月夜雨簗をくづして鳴る瀬かな 飯田蛇笏
月夜風ある一人咳して 尾崎放哉
月夜鴉水吸ひ上ぐる柳かな 渡辺水巴 白日
月夜鴉落つる山脈けぶりけり 中島月笠 月笠句集
月山の月夜まろばむ蕗の薹 小檜山繁子
月山の薬草乾く月夜かな 黒田 杏子
朝月夜水餅をなほ眠らせて 村越化石 山國抄
朝月夜踏めば落葉の匂ひある 中川宋淵 遍界録 古雲抄
朝月夜鍵鳴らし来る窟守 田中英子
朝顔の月夜に染みし絞なる 渡邊水巴 富士
朧とは松のくろさに月夜かな 榎本其角
木々ゆれて月夜となりぬ梅雨さなか 木津柳芽 白鷺抄
木の実降る月夜闇夜のわかちなく 山内十止子
木の芽しづく大きく落つる月夜かな 金尾梅の門 古志の歌
木の蒼き影より影へあゆみては月夜のみちをつくりてをりぬ 谷井美恵子
木星も土星も枯木月夜なる 佐野青陽人 天の川
木曾へ旅することはなす月夜かな 中山純子 沙 羅以後
木犀の月夜となりし風の中 萩原麦草 麦嵐
木犀や逢ふ夜に似たる薄月夜 月舟俳句集 原月舟
木芽立つ金堂跡の月夜哉 中川宋淵 詩龕
木苺の花はらはらと月夜かな 皆川白陀
木鼠の葡萄棚這ふ月夜哉 寺田寅彦
末知らずさくら月夜の行者径 吉野義子
本のさきぽ螢くる〜宵月夜 廣江八重櫻
杉の実の見ゆるほどなる山月夜 大峯あきら
村人は水鶏月夜を寄合へ 木村蕪城 寒泉
東京から出て行きたい月夜です 橋本夢道 無禮なる妻抄
松の雪きらめき散るや雪月夜 篠田悌二郎 風雪前
松納めて桜並木は月夜なり 渡辺桂子
松葉敷ける庭の師走の月夜かな 籾山梓月
松高し月夜烏も放生会 加舎白雄
板の間のあんたんとしていい月夜 清水径子
林檎咲く月夜を占めて津軽富士 西村 梛子
枝刈りて柳すゞしき月夜哉 永井荷風
枯月夜燭入りて堂膨らむよ 高澤良一 ねずみのこまくら 昭和五十五年
枯月夜砂躍らせて水の湧き 川村紫陽
枯松の頂白き月夜かな 前田普羅 新訂普羅句集
枯草の風あたゝかに月夜かな 金尾梅の門 古志の歌
枯葉鳴るくぬ木林の月夜かな 子規句集 虚子・碧梧桐選
枯蘆に娼婦のうたの洩る月夜 瀧春一 菜園
枯蘆の麁相にあける月夜哉 乙二
柊にさへかへりたる月夜かな 内藤丈草
染められて紐に色ある月夜かな 大屋達治 絢鸞
柚子すべてとりたるあとの月夜かな 大井雅人
柚子もがれさむく静かな月夜来る 雅人
柿の枝の影につまづく雪月夜 石川 桂郎
栗の棘みづみづしくて月夜来る 樹実雄
栗咲くや月夜翳濃き湯檜曽川 倉橋羊村
栗落つる枕も青き月夜哉 会津八一
栗飯によんでもらひし月夜かな 島田五空
栗飯によんでもらひし月夜かな 島田青峰
栗飯によんでもらひし月夜かな 青峰集 島田青峰
桐の葉も掃くほど落て月夜哉 横井也有 蘿葉集
桐咲いて山の向うも月夜かな 千代田葛彦
桜月夜一所懸命帰宅中 池田澄子
桜月夜響一つに瀧二つ 川村紫陽
梅がゝに障子ひらけば月夜哉 一茶 ■寛政七年乙卯(三十三歳)
梅がゝのちかまさる時薄月夜 松岡青蘿
梅が香やことに月夜の面白し 千代尼
梅さいて十日に足らぬ月夜かな 暁台
梅さくや平親王の御月夜 一茶 ■文化八年辛未(四十九歳)
梅ちるや月夜に廻る水車 夏目漱石 明治二十九年
梅月夜ほとけの夫を連れ出さむ 市川恵子
梅月夜熱海へ走れ蒸気車(をかじょうき) 筑紫磐井 婆伽梵
梅雨晴れて恰も月夜柿の影 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
梅雨月夜砂丘はどこか流れをり 白岩 三郎
梟が啼きゐて桜月夜かな 草間時彦 櫻山
梟の月夜や甕の中までも 大峯あきら 鳥道
梟の鳴く月夜かな闇夜かな 青木重行
棹させば雁鳴く湖の月夜かな 折井愚哉
椴の木のすんと立ちたる月夜かな 鬼貫
楊梅の樹下に月夜の真くらがり 堀葦男
槻芽立ち月夜明くるを急ぎをり 小林康治
樅の木のすんと立ちたる月夜かな 上島鬼貫
横町に蚤のござ打月夜哉 一茶 ■寛政十年戊午(三十六歳)
樹の高さだけのくらやみ雨月夜 津田清子
樹海より湧く霧青し月夜茸 木下ふみ子
檜扇の金の月夜でありにけり 佐々木六戈 百韻反故 初學
欅もみじ月夜は母も猫もいて 和知喜八 同齢
歌帖(カイエ)あり月夜の海に櫂流れ 徳弘純 麦のほとり
此月の満れば盆の月夜かな 高浜虚子
歩きゐし月夜の蕎麦の花の径 川村 千英
死者入れて音なし月夜の昇降機 古賀まり子
母にのみ風音聞こえ菊月夜 古賀まり子 緑の野以後
母に月夜少量の酒あがなはん 磯貝碧蹄館 握手
毬藻棲む湖の月夜の暗さかな 上村占魚
水の上の落葉も見えて凪月夜 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
水の音マリアの声となる月夜 朝倉和江
水上に薙の月夜のつゞきけり 前田普羅 飛騨紬
水仙に狐あそぶや宵月夜 與謝蕪村
水仙や背戸は月夜の水たまり 蒼[きう]
水仙や門を出づれば江の月夜 支考
水仙や門を出れば江の月夜 支考
水番の歩いてをりし月夜かな 今井杏太郎
水盗人木槿月夜となりてゐし 萩原麦草 麦嵐
水草生ふ月夜は水も匂ひけり 島田梢葉
水門を出づれば淀の月夜かな 比叡 野村泊月
水門を柳のたゝく月夜哉 南雅
水鶏一つ鳴くには広き月夜かな 原子公平
氷上に霰こぼして月夜かな 臼田亞浪 定本亜浪句集
汝が涙炭火に燃えて月夜かな 飯田蛇笏 山廬集
江の月夜君住む方の砧かな 乙字俳句集 大須賀乙字
池底にあをき魚死ぬ霧月夜 篠田悌二郎
汽車道に低く雁飛ぶ月夜かな 子規句集 虚子・碧梧桐選
沈丁のくちひらきゆく月夜にて 金田咲子 全身
沖ッ鳥山さしてとぶ雪月夜 金尾梅の門 古志の歌
河童四五葦の月夜にあらはるる 文挟夫佐恵 黄 瀬
沼人に河童月夜といふ寒さ 白岩三郎
沼容チそれとあらねど霧月夜 石井とし夫
沼涸れて狼渡る月夜かな 村上鬼城
泡盛を自転車に積む月夜かな 中山純子
泥川の月夜に泛きぬ大鯰 青木月斗
浅漬の大根洗ふ月夜哉 俊似
浅草に舟宿のあり萩月夜 黒木千代子
浅間山月夜蛙にねざめ勝ち 前田普羅 春寒浅間山
浅間田の月夜を騒ぐほととぎす 前田普羅 春寒浅間山
浜木綿の花の月夜に海女踊る 下村非文
浦人を寝せて海見る月夜かな 向井去来
浪荒れて見ゆる砂丘の月夜雨 石原八束
浮寝せる盆の月夜の山蛙 田中英子
浮寝鳥月夜の波を曳きにけり 今井杏太郎
浮雲の夜も真白に菊月夜 福田蓼汀 秋風挽歌
海底にあをき魚死ぬ霧月夜 篠田悌二郎
海棠の薄月夜とて妹の来し 中島月笠 月笠句集
海波折れ地鳴り穹鳴り雪月夜 石原八束 『操守』
涅槃会や嘘を月夜となりにけり 蕪村
涅槃図の月もまどかに菊月夜 大島民郎
消えがての雪や月夜を重ねけり 石田波郷
淡雪のうしろ明るき月夜かな 子規
深山の月夜にあへる蝉しぐれ 飯田蛇笏 春蘭
深草の梅の月夜や竹の闇 月渓
渋団扇糸瓜月夜を更かすなり 癖三酔句集 岡本癖三酔
湖の北なる辛夷月夜かな 岩崎照子
湖へ三里の坂の月夜かな 松根東洋城
湯女どちと深雪月夜を一つ温泉に 松本たかし
湯檜曾川辛夷月夜を高鳴りて 久田 澄子
湯殿出る若葉の上の月夜かな 李千
溝蛙月夜疾風がわたるなり 小林康治
漣に漣重ね芦月夜 毛塚静枝
激つ瀬へいそぐ月夜の落し水 白岩 三郎
火の山のわけてしづけき月夜かな 上村占魚 球磨
火の山の月夜夜細りあともなし 上村占魚 球磨
灯を消して雲の月夜に蛾をたたす 千代田葛彦 旅人木
炭焼の夜食喰ふらん月夜影 車庸 俳諧撰集「藤の実」
烏瓜咲いて月夜の精あそぶ 加藤燕雨
煩悩の歩々に影あり梅月夜 青峰集 島田青峰
煮凍や格子のひまを洩月夜 雁宕
煮凍りや格子のひまを洩る月夜 雁宕
煮凝や月夜のどこも葡萄棚 三森鉄治
熊手かつぎてかへるもあきらけき月夜 石原八束 空の渚
熊笹に虫とぶ春の月夜かな 前田普羅 飛騨紬
熊笹月夜仰げば紅葉月夜とも 岡田日郎
熊笹月夜湯の香よぎりて渓の湯ヘ 岡田日郎
燈のなきがわが家と思ふ葛月夜 佐野美智
燈籠に二十里さきの月夜かな 久保田万太郎 草の丈
父に負はれ睡い月夜の木莵の道 千代田葛彦 旅人木
父の忌の墨堤を行く菊月夜 伊東宏晃
父逝きしこの世しろじろ萩月夜 櫛原希伊子
片々は月夜の暗のきぬた哉 菊尹
片ヒザは月夜也けり夕蛙 一茶 ■文化二年乙丑(四十三歳)
片頬朝焼片頬月夜尾根のぼる 岡田日郎
牛嶽の雲吐きやまぬ月夜哉 前田普羅
犬吠る林檎月夜や塀の角 会津八一
狗尾草(えのころ)の魂(たま)のぬけがら枯月夜 高澤良一 鳩信 白帝
狼のおくる山路や月夜茸 中勘助
猿どもも酒醸すらむ月夜かな 金久美智子
獅子独活の群落白き岳月夜 福田蓼汀
獅子頭しまふ月夜のブリキ箱 吉原文音
玉鉾の道の月夜や花あふち 来山
瓜の香にきつね嚏月夜かな 加舎白雄
甲斐駒のほうとむささび月夜かな 飯田龍太
病窓の真下に河原月夜かな 今村青魚
癒えそめし馬に花蕎麦月夜かな 沢田まさみ
白々と雲湧き由布の月夜かな 石橋梅園
白妙に月夜がらすや花の奥 内藤丈草
白日を月夜の声や閑古鳥 渡邊水巴 富士
白梅に昔むかしの月夜かな 森 澄雄
白梅の下に月夜の日向灘 本村 蛮
白梅の月夜となりし墓詣り 中川宋淵 詩龕
白樺の白極まりぬ雪月夜 古賀まり子
白牡丹まつたく散りぬ月夜にて 柴田白葉女 花寂び 以後
白牡丹魂遊びせる月夜かな 千代田葛彦
白罌粟に照りあかしたる月夜哉 松岡青蘿
白菊に棟かげ光る月夜かな 杉田久女
白菊のまさしくかをる月夜かな 高橋淡路女 梶の葉
白雲のゆたかなれども菊月夜 福田蓼汀 秋風挽歌
百合の香や人待つ門の薄月夜 永井荷風
百姓の驚くほどの朝月夜 高野素十
皿割つて憑きもの離る枯月夜 佐野美智
盆月夜稲よりも顔あきらかに 森 澄雄
眉の間に一蝶飼へり蕗月夜 宗田安正
真夜なかの桑の月夜へ霜くすべ 長谷川素逝 村
眠れるはよべの月夜に来し鴨か 石井とし夫
睡蓮のまばらにとほき月夜かな 中田剛 珠樹以後
睦月月夜並びゆくひと吾子は得て 田中英子
石と石 月夜寄りそう 荻原井泉水
砧一つ小夜中山の月夜かな 飯田蛇笏 山廬集
礎を尋ねてまはる月夜哉 正岡子規
祭の月夜子の手に青い天狗の面 栗林一石路
禅庵にややのこゑする梅月夜 橋本榮治 麦生
禿山にから風渡る月夜かな 内田百間
禿山に松疎らなる月夜哉 寺田寅彦
秋の昼月夜のやうに木かげする 松村巨湫
秋はものの月夜烏はいつも鳴く 上島鬼貫
秋もはや今宵を踊りをさめなる後の月夜の更けにけるかも 島木赤彦
稜線をはなれ卯の花月夜なる 稲畑汀子 汀子第二句集
稲太る月夜の手足盆踊 飴山實 『おりいぶ』
稲妻の行處なき月夜哉 寺田寅彦
稲懸ける音ほそ〜と月夜かな 渡辺水巴 白日
空も星もさみどり月夜春めきぬ 渡邊水巴
空梅雨の朱き月夜と書きおくる 加藤楸邨
空深く消え入る梢や雪月夜 西山泊雲 泊雲句集
空白い月夜さざんか花盛り 和知喜八 同齢
空襲が近づく月夜の鶏を裂く 鈴木六林男 荒天
窓あけて水鶏月夜の旅日記 石井とし夫
窓の月夜々に美し麻布団 吉武月二郎句集
竹の子の道に這ひ出る月夜かな 中川宋淵 詩龕
竹やぶはなれぬ白雲のまま月夜となり シヤツと雑草 栗林一石路
竹札に遺書を思へる月夜かな 雑草 長谷川零餘子
竹縁の青き匂ひや初月夜 如竹
箸持ちて鵜籠を覗く宵月夜 朱廸 五 月 月別句集「韻塞」
簗崩して浪たゞ白き月夜かな 村上鬼城
簗番や月夜さびしきほほかむり 橋本鶏二 年輪
簷低し林檎の花の月夜なる 木村蕪城 一位
米買ふて戻る卯の花月夜哉 酒葉月人
糊をねる音きくきくと雪月夜 吉野義子
糊凍てて諏訪明神の月夜かな 草間時彦 櫻山
紐いろいろ身ほとりにあり桃月夜 鈴木世記
紫陽花の浅黄のまゝの月夜かな 鈴木花蓑
紫陽花の球おもくなる朝月夜 松村蒼石 雁
細い猟銃肩にして月夜の坂を下りる 人間を彫る 大橋裸木
経蔵に猫の近づく寒月夜 つじ加代子
絵馬堂に絵馬のひしめく梅月夜 毛塚静枝
網代木にさゝ波見ゆる月夜かな 高浜虚子
網代木のそろはぬかげを月夜かな 加舎白雄
縁先や後の月夜の種袋 清原枴童 枴童句集
繭の蝶すつる家あり薄月夜 松瀬青々
羅の風に吹るゝ月夜哉 春石
美しきものに月夜の鰯雲 松田水石
美しき月夜の屋根に炭団干す 菖蒲あや 路 地
羽音して樹木も歩き出す月夜 荻原都美子
翻車魚の揚がる港の月夜かな 宮坂静生
老人の敬はれをる月夜かな 今井杏太郎
聖樹灯り水のごとくに月夜かな 飯田蛇笏 春蘭
聖樹灯り水のごとくに月夜かな 飯田蛇笏 霊芝
胃に入りし標茅の見ゆる月夜かな 森澄雄 所生
背負子を敷きて外寝の霧月夜 福田蓼汀 秋風挽歌
胸澄みて別れしままの菊月夜 小林康治 『叢林』
脳軟化して月夜茸揃ふかな 柿本多映
自動車と蔦の月夜や玄関は 京極杞陽 くくたち上巻
船よせてさくらぬすむや月夜影 炭 太祇 太祇句選後篇
船蟲のたたみを走る月夜哉 会津八一
芋も子を産めば三五の月夜かな 西武
芋を煮る鍋の中まで月夜かな 許六
芦の花潮満ちきつて月夜かな 安藤甦浪
芦原の月夜大きな暈の下 長谷川素逝 村
花いまだにて西行忌月夜なり 有働亨
花まれに白山茶花の月夜かな 原石鼎
花りんご散るや月夜の岩木山 浅沼三奈子
花二つ紫陽花青き月夜かな 泉鏡花
花冷に欅はけぶる月夜かな 渡邊水巴 富士
花蕎麦の月夜の道となりにけり 木下夕爾
花野来しばかりに鬱金の月夜かな 斎藤愼爾 冬の智慧
芽吹きつゝ枯木のまゝの月夜かな 渡辺水巴 白日
苗代の月夜ははんの木にけむる 長谷川素逝
苗床の月夜へねむる藁庇 長谷川素逝 村
若王子へ直なる道の月夜かな 近藤浩一路 柿腸
若竹や伸びきりて夏の薄月夜 内田百間
茫々と月夜の花菜父は黒衣 大井雅人 龍岡村
茶畑の月夜にはかに夏隣 小巻豆城
草の霜降るは見えざる月夜かな 渡辺水巴 白日
草は月夜 青木此君楼
草市のあとかたもなき月夜かな 渡辺水巴 白日
草枯の月夜に見えていちじるし 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
荏の枯れて菜園ことに初月夜 飯田蛇笏 雪峡
荒波の何に驚く月夜かな 寺田寅彦
菊に出でて奈良と難波は宵月夜 菊に出でて奈良と難波は宵月夜 松尾芭蕉
菊の月夜々に蝉きまさりけり 西島麦南
菊の月夜々に輝きまさりけり 西島麥南
菊日和暮れてすなはち菊月夜 福田蓼汀
菊晴や濯げる胸の月夜の詩 神尾久美子 掌
菊月夜君はライトを守りけり 攝津幸彦
菊月夜昼のつづきの花を活く 古賀まり子 緑の野
菊月夜風の音にも母老いゆく 古賀まり子 緑の野
菊枕古りてことしの菊月夜 大島民郎
菖蒲田に温泉の香ながるる朝月夜 松村蒼石
菜の花に北信五岳月夜かな 高澤良一 燕音 五月
萍に木場の月夜となりにけり 柑子句集 籾山柑子
萍や月夜さだかにかすかにも 中村汀女
萩の客去りたるあとの月夜かな 大場白水郎 散木集
落ち〜て月夜となりぬ落し水 露月句集 石井露月
落柿舎は閉す霜月月夜かな 近藤浩一路 柿腸
落葉して月夜になりぬ里の家 成美
落葉月夜淋しくて母寝てしまふ 古賀まり子 緑の野
落葉月夜目ざまし時計不意に鳴る 綾子
落葉焚く匂ひ月夜に残りたる 石原八束 『藍微塵』
葉月汐さしくる馬柵の月夜かな 石原舟月 山鵲
葉裏見せ月夜地獄の葛の原 原裕 正午
葡萄熟れ月夜遽かに秋めきぬ 神尾久美子 掌
葭切に沼の月夜の青かつし 石井とし夫
葱月夜仏間に頭差し入れて 柿本多映
蒲の穂に河童出て寝る月夜かな 上村占魚 鮎
蒲団にも襟といふもの梅月夜 神尾久美子 桐の木以後
蓼の花さらにすずしく月夜風 下村槐太 光背
蔵前や師走月夜の炭俵 泉鏡花
薄月夜毛鎗の先へ飛ぶ蛍 中村史邦
薄月夜花くちなしの匂ひけり 正岡子規
薄月夜西瓜を盗む心あり 正岡子規
薄雪の消ゆるま照らす月夜かな 渡辺水巴 白日
藁塚据ゑて田神に月夜つづきけり 影島智子
蘇枋咲く室生の塔の夜月夜や 森川暁水
蘇鉄泣く後の月夜や妙国寺 赤木格堂
虫なくや一雨降りし薄月夜 小澤碧童 碧童句集
虫鳴けば妻の厨も月夜ぬち 香西照雄 対話
虻のねて音なき杏月夜かな 中勘助
蚊ばしらを見てゐる中に月夜哉 永井荷風
蚊帳にまで露のぼりくる月夜かな 白水郎句集 大場白水郎
蚕棚組みしを掃く月夜春の山も見て シヤツと雑草 栗林一石路
蛙啼く田の水うごく月夜かな 闌更
蛤の芥を吐かする月夜かな 一茶
蛩(きりぎりす)すぐり藁する月夜かな 酒堂 俳諧撰集「藤の実」
蜂飼いが月夜とろりとあさきねむり 細谷源二
蜜柑月夜母船のごとく島泛ぶ 山岸治子
蜩の松は月夜となりにけり
蝌蚪に足少しいでたる月夜かな 長谷川双魚 『ひとつとや』
蝙蝠や二日月夜の柳町 泉鏡花
蝶々の大庇舞ふ月夜かな 中川宋淵
蝶々の大庇舞ふ月夜哉 中川宋淵 詩龕
螢出て麦の月夜もすぎにけり 百合山羽公 故園
螢見に行かばやとおもふ薄月夜 京極杞陽 くくたち下巻
行きくれて大根畑の月夜かな 子規句集 虚子・碧梧桐選
袋角月夜細目に丸く寝て 赤尾兜子
裏余呉のうす刃明りや月夜木菟 内田 雅子
裏富士の月夜の空を黄金虫 飯田龍太 今昔
裏庭のよき月夜なり干菜宿 橋本鶏二 年輪
裸身に蚊屋の布目の月夜かな 魚日
裾野包み邯鄲包み霧月夜 町田しげき
襁褓干す花菜月夜を雫して 大岳水一路
西行忌くまなくはれし月夜かな 加藤覚範
見えぬ雨ふる月夜にて白き猫ゆけり シヤツと雑草 栗林一石路
見た迹をもろこし人の月夜哉 井原西鶴
見る影やまだ片なりも宵月夜 松尾芭蕉
角落ちて淋しき奈良の月夜哉 正岡子規
詠み人の路追ふ桜月夜かな 尾崎紅葉
誰が園ぞ月夜春の夜梨の花 鉄僧 五車反古
誰園ぞ月夜春の夜梨の花 鉄僧
讃められて月夜の妻の泪かな 神崎忠
谷の梅三軒ぎりの月夜にて 吉武月二郎句集
谷戸どこも紫陽花月夜灯をほそめ 古賀まり子 緑の野以後
谿とほく月夜の小村濡れて見ゆ 石橋辰之助 山暦
豆腐うる声は麓の月夜かな 内藤丈草
豆蟹の荻の葉のぼる月夜哉 梅沢墨水
貂達に夜々燃ゆるなり月夜茸 小林黒石礁
赤き鶴折りては翔たす夢月夜 石寒太
赦すわれ赦さるるきみ、デューラーの「メランコリア」を開く月夜の 黒瀬珂瀾
足もともやみには見ゆる月夜哉 井原西鶴
足病んで探す絢爛たる月夜 対馬康子 純情
跫音の親しき盆の月夜かな 後藤夜半
踊の輪今は完き月夜かな 青峰集 島田青峰
蹼の生えてめざめし月夜かな 眞鍋呉夫
輪にむすぶ梅をぬけたる月夜かな 服部嵐雪
辻堂に梟立ち込む月夜かな 内藤丈草
近松忌寒きむかしも月夜にて 飯田龍太
迢空忌破風に月夜の大蛾憑く 飯田龍太
追慕して母を若くす菊月夜 鞍悦子
送られて水鶏月夜を戻りけり 長井伯樹
送り出て鷭の月夜の沼ほとり 橋本鶏二 年輪
送り火のあとの月夜や松落葉 渡辺水巴
連歌して卯の花月夜帰りけり 長尾琴雨
遊ぶなり月夜の蟻のひとつぶと 加藤楸邨
還暦の近しや月夜葉が落つる 大野林火
都辺や坂に足駄の雪月夜 黒柳召波 春泥句集
野の松のうすき月夜や春寒み 佐藤惣之助 蛍蝿盧句集
野の秋のかくて更けゆく月夜毎 五十崎古郷句集
野の花や月夜うらめし闇ならよかろ 上島鬼貫
野は焼きて雲に雪もつ月夜哉 松岡青蘿
野天風呂楢の枯葉の月夜なり 太田鴻村 穂国
野猿とぶ月夜の谿の神楽笛 福田甲子雄
野鼠の稲架走る見ゆ月夜かな 西山泊雲 泊雲句集
針金を切れば亀鳴く月夜かな 青木啓泰
釣絲を露の流るゝ月夜かな 幸田露伴 拾遺
鈴虫や止りし駅の薄月夜 瀧 春一
鈴虫を飼ふ老人に月夜の山 福田甲子雄
鉄路踰ゆる卯の花月夜ありにけり 藤田湘子
鉦叩虫飽かで鉦打つ月夜かな 中島月笠 月笠句集
銀屏風立てし残暑の月夜かな 尾崎紅葉
銀座までゆく舟の子の月夜かな 長谷川春草
銀河鉄道めくよ月夜の一輛車 飯沼しほ女
銭湯が未だあり大つごもり月夜 高澤良一 燕音 十二月
鎌倉に蚊が出て桜月夜かな 石塚友二
鎌倉に蚊が出て櫻月夜かな 石塚友二
長き夜の潜り戸あいて月夜といふ 田中冬二 俳句拾遺
門庭の賑はふ月夜秋をさめ 青木月斗
闇とても遠むらさきに霧月夜 節子
闇の夜は吉原ばかり月夜哉 榎本其角
随分といひたい事を月夜かな 広瀬惟然
隠岐蝸牛眠る月夜の怒濤かな 仲田藤車
隧道を浜辺へ出づる月夜哉 寺田寅彦
雁帰る月夜と思ひ覚めてをり 八牧美喜子
集りて注連作りゐる月夜かな 松藤夏山 夏山句集
雨の沙羅雨あとの沙羅うす月夜 長谷川久々子
雨やみてくわりん月夜となりにけり 高澤良一 燕音 十月
雨乞の太鼓とほくに野は月夜 長谷川素逝 村
雪ちらり〜見事な月夜哉 一茶 ■文政六年癸未(六十一歳)
雪とけてクリクリしたる月夜かな 小林一茶
雪どけや巣鴨辺り〔の〕うす月夜 一茶 ■文化七年庚午(四十八歳)
雪凍つて剣銃の月夜紀元節 渡邊水巴 富士
雪前や岡の月夜に大根引 松岡青蘿
雪女郎去年見しかゝる月夜かな 雉子郎句集 石島雉子郎
雪晴の月夜をたのみ兎罠 桑田青虎
雪月夜塗椀つぎの世の音す 川村静子
雪月夜師の影踏まず離れずに つじ加代子
雪月夜影に首ある安堵かな 吉田紫乃
雪月夜斜の木影々々かな 東洋城千句
雪月夜歩きてつくる五十路の顔 加藤知世子 花寂び
雪月夜猟場の割符拾ひけり 西山泊雲 泊雲句集
雪月夜蘆間の寝鳥しづまりぬ 臼田亞浪 定本亜浪句集
雪月夜裸婦の屍伏し〜て 渡辺水巴 白日
雪煙りあがる裏富士月夜かな 福田甲子雄
雪解富士幽かに凍みる月夜かな 渡邊水巴 富士
雪解富士月夜を雲の湧きつ照る 渡邊水巴 富士
雪鬼の取りのこされし月夜かな 寺山修司 未刊行初期作品
雲と水月夜の影を重ねあふ 野澤節子 黄 炎
雲に明けて月夜あとなし秋の風 渡辺水巴 白日
雲海に嶽(たけ)のかげおく月夜かな 河野南畦 『花と流氷』
雲裂けて夜半より星の月夜哉 会津八一
雲飛び去り一の倉沢梅雨月夜 岡田日郎
雷雨去つて月夜となりし銀河かな 高橋馬相 秋山越
雹降りしあとの月夜の畑かな 楠目橙黄子 橙圃
霜の芝に飛檐の影の月夜かな 高田蝶衣
霧月夜寝袋の胸閉ぢかねつ 岡田貞峰
霧月夜水音を和語のやすらぎに 吉野義子
霧月夜狐があそぶ光のみ 橋本多佳子
霧月夜美しくして一夜ぎり 橋本多佳子
霧積のともしび暗し月夜茸 堀口星眠 営巣期
霧積の霧に曇りし月夜かな 上村占魚 『霧積』
霰して月夜もみゆる碑のほとり 飯田蛇笏 椿花集
露ふるも三味線弾けぬ月夜かな 渡邊水巴 富士
露月夜こもりて箔を打つ音す 西村公鳳
露月夜厠へ吾子の夢歩き 荒井正隆
露深しこぼと月夜の真鯉浮き 飯田龍太
青いセロファンに巻かれて 月夜の鳥 松本恭子 二つのレモン
青い月夜の三人が鰻詠む 和知喜八 同齢
青月夜むかし父との湯屋帰り 斎藤由美
青月夜無柳殖やして恋封じ 河野多希女 こころの鷹
青月夜靴のおもたいほど酔えず 石橋辰之助
青柿の蔕より青き月夜かな 真鍋呉夫
青空のまま昏れ柿の蔕月夜 高澤良一 宿好 一月-三月
青葉潮ひびく月夜となりにけり 三上良朗
音たてて竹が皮脱ぐ月夜かな 小林康治
音たてゝ竹が皮脱ぐ月夜かな 小林康治 四季貧窮
音もなく母寝て卯の花月夜なり 古賀まり子 緑の野
音立てて竹が皮脱ぐ月夜かな 小林康治
音立てゝ竹が皮脱ぐ月夜かな 小林康治
顔見世や中幕すぎの霧月夜 水原秋桜子
風おちて静かな田植月夜かな 前田普羅 新訂普羅句集
風の余燼の落葉月夜となりけらし 石原八束 空の渚
風の道を中ぞらにみる雪月夜 石原八束 空の渚
風吹けば風のごとゆく月夜寒む 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
風報に人こそにくめ月夜雨 飯田蛇笏 椿花集
風鎮の瑪瑙のくもる梅雨月夜 伊藤敬子
颱風一過してかまくら山に月夜かな 日夏耿之介 婆羅門俳諧
颱風外れ月夜の貨車として進む 桂信子 黄 炎
飯櫃の湯気たちのぼる月夜かな 福田甲子雄
香水の一瓶涸るる月夜かな 大木あまり 火のいろに
馬洗ふ夕顔棚や薄月夜 こさふえ(胡沙笛) 秋元洒汀、市岡傳太編
骨の鮭朧の月夜遡れ 石川青狼
高き窓に芭蕉婆娑たる月夜かな 虚子
高山に思ひ知らさる月夜寒 高澤良一 素抱 十月-十二月
高黍に汐のはじめの月夜かな 癖三酔句集 岡本癖三酔
高黍の月夜となりて雲あまた 長谷川素逝 暦日
鬼灯の花のこぼれてゐる月夜 加倉井秋を 『胡桃』
魚ねむる涅槃月夜の藻を抱き 秋沢流火
魚籠提げて桜月夜の橋わたる 梶原宇良
鮭群れて雨夜月夜をのぼりつぐ 植田露賂
鯉はねて池の面暗き月夜哉
鯛の目玉煮つまつてゆく月夜なり 藤田湘子(1926-)
鰤網に月夜の汐のながる見ゆ 原 柯城
鰯雲昼のままなる月夜かな 鈴木花蓑
鰯雲昼のまゝなる月夜かな 鈴木花蓑
鱸得て峰の月夜を帰りけり 千家元麿 千家元麿句集
鳥に死も鳥籠もなき月夜かな 澁谷道
鳥葬を了へて蒼茫たる月夜 つじ加代子
鳰の奥の浮み出けり宵月夜 成美
鳰の巣の浮み出けり宵月夜 成美
鳴鹿や月夜乍らに小雨降 士巧
鴨引きし湖の小波月夜かな 石田克子
鴬や家半分はまだ月夜 一茶 ■文政八年乙酉(六十三歳)
鴬や茶の木畠の朝月夜 内藤丈草
鶏をりをり咳く鬼灯の月夜かな 宮武寒々 朱卓
鶏小屋につららの太りゆく月夜 根岸善雄
鶯や茶の木畠の朝月夜 内藤丈草
鷺草の白き月夜の旅まくら 岡部六弥太
鹿なくや奈良の若葉のうす月夜 中勘助
鹿の影とがつて寒き月夜かな 浜田酒堂
麦搗いて月夜と白さくらべけり 萩原麦草 麦嵐
麻月夜みちに川水溢れつつ 西村公鳳
黒猫の子のぞろぞろと月夜かな 飯田龍太 山の木
龍天に登る月夜の蘇鉄かな 五島高資
●徹夜
かなぶん〜仮名書魯文徹夜かな 久米正雄 返り花
ポケット湿める徹夜の霧を貯めすぎて 細谷源二
南風や徹夜のあとの睡の白く 中島斌男
団交小憩徹夜の人等へ朝日の蝶 赤城さかえ句集
地下足袋凍る徹夜の君ら会えば笑む 鈴木六林男 第三突堤
干瓢の畑が荒れし徹夜句座 萩原麦草 麦嵐
干菜汁徹夜ののんど通りけり 藤田あけ烏 赤松
徹夜の日の出ほろ苦い蕗の薹を焼いて 北原白秋
徹夜の水針のごとささる火夫ののど 細谷源二
徹夜の眼天地に夜盗虫見のがさず 北 山河
徹夜の稿にいつ置かれたる林檎凍む 森澄雄
徹夜登山せし若者に吾もまじる 右城暮石 上下
徹夜稿泰山木に朝の神 原裕 青垣
徹夜稿豊年星も西に寄る 宮津昭彦
緑蔭に徹夜行軍の身を倒す 相馬遷子 山国
誰が剥がす刻ぞ晩夏の徹夜稿 楠本憲吉
風明りに水鳥もまざと徹夜人 シヤツと雑草 栗林一石路
●常闇
宇宙は常闇/鬼石に/兄の/隠し沢 林 桂
常闇に住むも真白く障子貼り 村越化石
常闇に遺骨安泰明け易し 香西照雄 素心
常闇のさむるともなく夜焚かな 綾部王春
常闇のすさまじき冷え牡丹寺 欣一
常闇のわが目にも来よ恋蛍 木村風師
常闇の空を照せる冬田かな 芝不器男
常闇の身を湯豆腐にあたためぬ 村越化石
常闇や巌裂く杜宇 尾崎紅葉
常闇をいざなひて梅にほふかな 鷲谷七菜子 花寂び 以後
御垣内除夜の常闇垂れこめし 竹下陶子
息白し根本中堂常闇に 高澤良一 燕音 一月
湯豆腐や常闇四半世紀なる 村越化石
種袋よりこぼれたる常闇よ 久保純夫
胸像の中の常闇冬の城 徳弘純 麦のほとり 以後
面の眼の穴の常闇初明り 田村了咲
●長夜
ここ迄と長夜の本の耳を折る 高澤良一 寒暑 七月-九月
これからの長夜無明の身の置き処 村越化石
カーテンの鈎付け長夜の植木算 高澤良一 燕音 十月
テレビ切るその後長夜のあるばかり 高澤良一 随笑 十月-十二月
一人泊つ長夜に飛弾の味噌せんべい 高澤良一 素抱 十月-十二月
床すれや長夜のうつゝ砥に似たり 尾崎紅葉
戦前は戦後長夜の油差 桑原三郎 花表
生みの母を揉む長あそび長夜かな 三橋敏雄 眞神
眼をつむり己が姿に遇ふ長夜 村越化石 山國抄
瞽女唄の無明長夜といふことば 西本一都
網代木に長夜の渦の遊ぶかな 小杉余子 余子句選
萱山に雨降り足りし長夜かな 内藤吐天
語りべにアラブわかもの舞ふ長夜 小池文子 巴里蕭条
長夜や蚓の声も長恨歌 蝶年
長夜守るや灯にチラと影命の尾 松根東洋城
飛騨の袈裟山長夜の深井に坐すみことかな 高柳重信
●夏の闇
ひねもすの風収まりて夏の夜の眠りに入らん椎の闇厚し 尾崎左永子
人ほどの枝地に落し夏の闇 宇佐美魚目 天地存問
夏の闇ひきすえるごと終ひ網 原裕 青垣
夏の闇吾子の忌となり川の音 加藤知世子
夏の闇山くだる人草臭き 中拓夫
夏の闇青きタナトス通りゃんせ 高澤晶子
夏の闇高熱のわれ発光す 日野草城
夏の闇鶏を抱へてゆくごとく 長谷川櫂
火と水とそして太初の夏の闇 小西 昭夫
缶珈琲ごとりと夏の闇に出る 辻美奈子
背泳ぎで友みんな去る夏の闇 宮入聖(1947-)
●二十三夜
あららぎの花あかき二十三夜かな 佐藤南山寺
うすうすの二十三夜の厠窓 後藤 寿美
かくれ切支丹二十三夜を集へりき 成瀬桜桃子 風色
どの窓も病む窓二十三夜月 村山古郷
二十三夜月高波の伊豆に泊て 松村蒼石 雁
俳諧の二十三夜を誰と待たん 景山筍吉
妻子病み二十三夜待ち過ぎてけり 村山古郷
寝そびれて二十三夜の窓あかり 下村梅子
桑畑に霧ふる二十三夜月 田口土之子
水枕替へゐる二十三夜月 今井 三千寿
羽織きて二十三夜の女かな 高橋淡路女 淡路女百句
釣人に二十三夜の月暗く 矢野秋色
●二十六夜
生麥の海淋し二十六夜待 久保田万太郎
二十六夜の草道を刈る麓人 佐野美智
普門品二十六夜の月の僧 内藤鳴雪
枝豆に下手碁も二十六夜待 洗耳
烏帰る櫓に二十六夜神 古舘曹人 樹下石上
●熱帯夜
かなぶんの第一弾の熱帯夜 百合山羽公
ふくらはぎ重ねて淋し熱帯夜 横山白虹
サスペンスドラマのつづく熱帯夜 長田等
ビールまづ女に注ぐ熱帯夜 寺岡捷子
一卓を旅に囲みし熱帯夜 篠崎 代士子
中天に赤き月あり熱帯夜 川崎 ヒデ子
付添の固きベツトや熱帯夜 神田道子
反転々白むには間の熱帯夜 及川 貞
手と足と分からなくなる熱帯夜 五島高資
掌にあばら鎮め商旅の熱帯夜 大西やすし
樹に眠る蝉一点の熱帯夜 対馬康子 愛国
水槽の魚を照明熱帯夜 長田等
浴みても贅肉多し熱帯夜 殿村菟絲子 『晩緑』
潜水艦のごとく眠りぬ熱帯夜 森須 蘭
熱帯夜きのふ蛇みて妻病みし 斉藤夏風
熱帯夜しかけのように米とぎに 山崎愛子
熱帯夜しやうことなしに北枕 佐々木久子
熱帯夜を朦朧と来て絵金の町 たむらちせい
熱帯夜一服つけんと起き出しぬ 高澤良一 寒暑 七月-九月
熱帯夜万年筆のインク漏れ 柴田奈美
熱帯夜天使のやうな冷気来し 小関桂子
熱帯夜天降る駱駝と異邦人 白石司子
熱帯夜窓下に鳩のくぐもり鳴く 横山白虹
熱帯夜赤子怒りて泣きとほす 下田昭
窓明り皆煌々と熱帯夜 関口美子
蛇皮線を鳴らし古酒飲む熱帯夜 堀 古蝶
見飽きたる顔が隣に熱帯夜 加藤早記子
透きとほるものばかり飲み熱帯夜 村田緑星子
顕わなる巌を憶え熱帯夜 大西淳二
鳩の背を撫でゐし夢よ熱帯夜 横山白虹
●春の闇
うかうかと飲んでしまえり春の闇 秋尾 敏
うぐひすもほほじろも雄春の闇 依光陽子
ここにして木賊の奥の春の闇 岡井省二
この潮の真珠はぐゝむ春の闇 楠目橙黄子 橙圃
ずぶ濡れの夢より覚めて春の闇 広瀬直人
とどまれば共にとどまる春の闇 湊 楊一郎
どこまでがわたしどこから春の闇 山下知津子
ひつそりと地中の闇のいづこまでこの春の陽は差し入りてゐむ 古谷智子
まぼろしの子をもとめゐし春の闇 柴田白葉女 遠い橋
めつむりてひらきておなじ春の闇 森澄雄 空艪
わかれたる人をつつみて春の闇 長谷川素逝 暦日
わが主即ちわが酢流れむ春の闇 攝津幸彦
われ去りて鏡を残す春の闇 松浦加古
をみなとはかかるものかも春の闇 日野草城
テーブルの下椅子の下春の闇
ドンキホテ春の闇より出づべくや 山口青邨
一枚の闇に暮春の松林 桂信子 新緑
一枚の闇に暮春の松林 桂信子 黄 瀬
一頭の牛が近づく春の闇 高室呉龍
人の家に廊下探しぬ春の闇 長谷川かな女 雨 月
人声が動かしてゆく春の闇 寺井満穂
人目なき石ひとつ濡れ春の闇 鷲谷七菜子 雨 月
今捨てし水のうたかた春の闇 手塚美佐 昔の香
仏生む空也の口の春の闇 橋本榮治 越在
佐渡どこも海の碧さの春の闇 上村占魚 『方眼』
何か居り何も居らざり春の闇 富安風生
創疼く眼ひらけり春の闇 伊東宏晃
千里より一里が遠き春の闇 飯田龍太
千里より一里が遠し春の闇 飯田龍太 遅速
吹き過ぎし風の銀箔春の闇 橋本鶏二
地の底のさみしさ春の闇ならず 河野南畦 湖の森
夢に来し笑顔は何ぞ春の闇 野沢節子 八朶集以後
大壁に春の闇垂れ三世佛 古舘曹人 砂の音
大濤が動かしゐるや春の闇 青木月斗
天上の灯は二月堂春の闇 井沢正江 一身
夫と出て得し春の闇大切に 伊藤トキノ
子兎に歯の生えかかる春の闇 増田陽一
寝がへれば身は薄片ぞ春の闇 相馬遷子 山河
寝そびれし枕を均す春の闇 塙 きく
寝返れば秒音うまる春の闇 楠本憲吉
小鼬の髯の伸びゐる春の闇 柿本多映
山の端のありしあたりも春の闇 八木林之介 青霞集
嵯峨竹の色をとどめて春の闇 江国 滋
巫女のみごとりてより春の闇 飯田蛇笏 霊芝
帰るさのゆびきりげんまん春の闇 上田日差子
幻のまぶたにかへる春の闇 阿部みどり女 笹鳴
彗星に遭ひ古の春の闇 佐土井智津子
後部座席に花束在りて春の闇 寺井谷子
心透く風み吉野の春の闇 藤浦昭代
惜春の闇を背にため燭をともす 古舘曹人 砂の音
手を入れしポストの口の春の闇 橋本榮治 麦生
探し物している家じゅう春の闇 高桑婦美子
救世いまだ観音春の闇にあり 橋本榮治 逆旅
春の夜の闇を背に佇つはつきりと 成瀬正とし 星月夜
春の夜や入江の闇のおもしろく 尾崎迷堂 孤輪
春の星松の闇より舳出づ 福田蓼汀 山火
春の闇うしろの顔が笑ひ出す 平井照敏
春の闇この世のほかの花見ゆる 渡邊千枝子
春の闇つつみきれざる浪がしら 石川星水女
春の闇といふくらがりのありにけり 岸田稚魚 『紅葉山』
春の闇へ猫はおのれの影を蹴る 佐藤和夫
春の闇よりつぎつぎに濤頭 清崎敏郎
春の闇ヘッドライトに道生れ 嶋田摩耶子
春の闇噂がうしろ通り過ぐ 谷口桂子
春の闇妻の掌わづか冷えしのみ 小林康治 玄霜
春の闇師とみほとけをこの山に 杉本寛
春の闇幼きおそれふと復る 中村草田男
春の闇息づくものを八方に 園一勢
春の闇春の粒子をただよはせ 吉開さつき
春の闇暴走族を呑みおほす 西岡正保
春の闇泰山木にとなりの木 金田咲子 全身 以後
春の闇渚も音をおさめけり 田村木国
春の闇漂ひそめし展望車 原田青児
春の闇無銘の金の位牌見ゆ 香西照雄 対話
春の闇父出迎へてしやべりたく 香西照雄 素心
春の闇瑪瑙をひとつ孕みけり 鳴戸奈菜
春の闇癒えゆく肋触らるる 加藤楸邨
春の闇癒えゆく肋触れらるる 加藤楸邨
春の闇脈打つものをひそめをり 狩野し珠子
春の闇見えねひた行く人馬の列 相馬遷子 山国
春の闇身の闇わけもなく疲れ 手塚美佐 昔の香
春の闇阿蘇の火柱夜もすがら 吉武月二郎
春の闇香箱の蓋きつうして 佐々木六戈 百韻反故 初學
春の闇髪膚あらあらしく洗う 宇多喜代子 象
晩年といふ薄明の春の闇 西田孤影
木の家の木の耐へきれぬ春の闇 小島千架子
枕辺の櫛をさぐりぬ春の闇 今井つる女
果もなく長き枕を春の闇 山本紫黄
業苦たゞ汗して堪ふる春の闇 相馬遷子 山河
水ひろき大篝火も春の闇 石原舟月
水飲めば濡れてゐるなり春の闇 鈴木鷹夫
浅春の闇のとりもつ睡りかな 高澤良一 鳩信 東帝
火事止んで水田をとざす春の闇 相馬遷子 山国
火事遠し春の闇をばほとそめて 五十嵐播水 埠頭
火炉の天真紅に染みぬ春の闇 樋口玉蹊子
火袋の飛天女遊ぶ春の闇 沢木欣一
灯をともす指の間の春の闇 高浜虚子
灯をともす掌にある春の闇
灯台のつけば動きぬ春の闇 星野椿
父の夢醒めては春の闇寒し 石塚友二
猫跳んでまだらになりし春の闇 柿本多映
現し世は虚実混沌春の闇 杉山青風
甲冑の廊長し春の闇長し 石原八束 空の渚
異次元の入口木の洞春の闇 山田貴世
目つむれば春の夜の闇つつむなり 長谷川素逝 暦日
石舞台大きな春の闇つくる 原裕 『王城句帖』
硝子戸に洗ひたてなる春の闇 上田五千石
神と神話す小声や春の闇 柏禎
神隠しかもふと消えし春の闇 石川文子
立木ふとおのれをへだつ春の闇 金田咲子 全身
胎動や目覚めてひろき春の闇 仙田洋子
胴体は泣かずに歩く春の闇 筑網敦子
脇甘き鳥の音あり春の闇 三橋敏雄
自動車の止りし気配春の闇 星野立子
致死量となるまで浸り春の闇 高澤晶子 純愛
茶を捨てに開けし障子や春の闇 阿部みどり女 笹鳴
藻の匂ひ池を上れり春の闇 長谷川かな女
足音のとりどり親し春の闇 福田蓼汀 山火
鉄橋を音で越えたる春の闇 蓬田紀枝子
階段を足で探れり春の闇 萩山栄一
黒髪の細る音して春の闇 糸山由紀子
龕燈の三和土にころぶ春の闇 古舘曹人 砂の音
●春の夜
くちびるに遊ばせてみる春の夜の知れるかぎりの星座の名前 目黒哲朗
など急ぎ給ふや春の夜ならずや 景山筍吉
ひきとむる素袍の袖や春の夜 芥川龍之介
ひとの恋に知恵をかしをり春の夜の 稲垣きくの 黄 瀬
ふんべつをこころに春の夜宴行 飯田蛇笏 椿花集
ゆく春の夜のどこかで時計鳴る 山頭火
ゆく春の夜の迅雷の躬にふるふ 臼田亞浪 定本亜浪句集
をかしらし春の夕の夜這星 尾崎紅葉
アリランかなし春の夜のわれも囚われ人 栗林一石路
カジノ出て春の夜の街暗かりし 武藤 万瓢
体温計鳴り出す春の夜のとばり 高澤良一 鳩信 入院日誌
何か思ひゐし手に春の夜のリボン 横山房子
先生の星と語りし春の夜 菅原裕子
写し絵や行く春の夜の蝋燭火 石塚友二
労働の終りしかたち石炭にシャベルさされしままに春の夜 田谷鋭
吾妹子を夢みる春の夜となりね 夏目漱石 明治三十四年
小銭袂に床屋へ春の夜の法師 河野静雲 閻魔
山の墓地乾きて春の夜に浮かぶ 右城暮石
帯とけば足にまつはり春の夜 高橋淡路女 梶の葉
待ち伏せてゐる児春の夜の廊下 長谷川かな女 花寂び
手さぐりに春の夜の雨まかりけり 高澤良一 鳩信 玄帝
旅人となりきる春の夜の地酒 岡本 鉾
春の夜という豊潤の星座かな 中川子
春の夜にわが思ふなりわかき日のからくれなゐや悲しかりける 前川佐美雄
春の夜に堪へよとくらき灯なりけり 久保田万太郎 流寓抄以後
春の夜に寝道具かすか芳の山 浜田酒堂
春の夜に尊き御所を守身かな 蕪村 春之部 ■ 几董とわきのはまにあそびし時
春の夜に讀む近松の女かな 松瀬青々
春の夜のいつまで残す夫婦の灯 石塚 友二
春の夜のこころに雨の音はあり 長谷川素逝 暦日
春の夜のこの古机に匂ふ朱欒 長谷川かな女 雨 月
春の夜のしば笛を吹く書生哉 夏目漱石 明治三十一年
春の夜のすこしもつれし話かな 久保田万太郎 草の丈
春の夜のそこ行くは誰そ行くは誰そ 子規(亡き古白を思ひいでゝ)
春の夜のそなた匂ふかおれも来た 上島鬼貫
春の夜のただあるゆゑのなれ優し 長谷川素逝 暦日
春の夜のつめたき掌なりかさねおく 長谷川素逝
春の夜のとりちらしたる机上かな 星野立子
春の夜のなれをつつみて雨の音 長谷川素逝 暦日
春の夜のぬかほしこぞるくもりかな 道芝 久保田万太郎
春の夜のぬかぼしこぞるくもりかな 久保田万太郎 草の丈
春の夜のねむさ押へて髪梳けり 杉田久女
春の夜のはたてにまはる燈台あり 篠原梵 雨
春の夜のまなぶた閉じて患者たり 高澤良一 鳩信 入院日誌
春の夜のみじかきは花のあたり哉 松岡青蘿
春の夜のわれをよろこび歩きけり 日野草城
春の夜のアルバムに有る幾山河 渕沢信子
春の夜のスタヂオに吹く擬音の笛 横山白虹
春の夜のリフトの綱が下りて来る 寺井谷子
春の夜の三日月見ゆる嵐かな 白水郎句集 大場白水郎
春の夜の乳ぶさもあかねさしにけり 室生犀星
春の夜の乳涸れし妻こち向けり 萩原麦草 麦嵐
春の夜の五右衛門風呂を召せといふ 神蔵 器
春の夜の人と生まれし泪かな 橋詰育子
春の夜の人参湯や吹いて飲む 芥川龍之介
春の夜の人魚に扮す女優かな 雑草 長谷川零餘子
春の夜の十時はわれに刻遅し 木村蕪城 一位
春の夜の吾のうしろくる魚の群れ 和田耕三郎
春の夜の喇叭父の訃遠くより 三谷昭 獣身
春の夜の喪服着たまゝ寝そべりし 久米正雄 返り花
春の夜の夢かとばかり眺めける 佐藤春夫 能火野人十七音詩抄
春の夜の夢に疲れてしまひけり 若林かをる
春の夜の夢の浮橋耕二佇つ 能村登四郎 天上華
春の夜の夢の涙や枕紙 蘇山人俳句集 羅蘇山人
春の夜の夢見て咲や帰花 千代尼
春の夜の大きな〜濤の音 京極杞陽 くくたち上巻
春の夜の太郎冠者めく夫の酔 伊藤京子
春の夜の夫人ゆるやかに着こなせり 藤木清子
春の夜の女とは我がむすめかな 其角
春の夜の女給ら帰る裏口より 岸風三楼 往来
春の夜の妻の寝嵩にかくるる子 河野南畦 『焼灼後』
春の夜の子を踏むまじく疲れけり 石田 波郷
春の夜の島叩き往くヘリの音 長田一男
春の夜の建てゝ壊した緑の家 富澤赤黄男
春の夜の影におどろく紅雀 太田鴻村 穂国
春の夜の手術痕撫で寝入るまへ 高澤良一 鳩信 入院日誌
春の夜の指にしたがふ陶土かな 阪本謙二
春の夜の掌にのせ氷割りにけり 館岡沙緻
春の夜の明けしといひて又や寝る 蝶衣句稿青垣山 高田蝶衣
春の夜の明ける愉しみ珈琲の琥珀を飲みて胃をなだめたり 西村尚
春の夜の星見えて来し旅心 稲畑汀子 春光
春の夜の暗黒列車子がまたたく 西東三鬼
春の夜の更けてテレビに亡き役者 今泉貞鳳
春の夜の月さまざまな水明り 横光利一
春の夜の月のたま〜繊きかな 久保田万太郎 流寓抄以後
春の夜の月わたること早かりき 高橋淡路女 梶の葉
春の夜の枕にしたり酒の反吐 尾崎紅葉
春の夜の枕嗅ぐやら目が腫れた 上島鬼貫
春の夜の椅子やはらかく疲れをり 渡邊千枝子
春の夜の気おくれごとの門たゝく 星野立子
春の夜の水満たしむる苦しきまで 野澤節子
春の夜の氷の国の手鞠唄 飯田龍太 山の影
春の夜の汝が呱々の声いまも新た 草田男 (末弟の門出)
春の夜の汝が呱々の聲いまも新た 中村草田男
春の夜の泊船誰か物書かむ 岡本眸
春の夜の浪花の風呂屋寝たりけり 妻木 松瀬青々
春の夜の浴槽に胎児との浮力 寺井谷子
春の夜の灯を消せばなほ真紅の衣 長谷川かな女 雨 月
春の夜の灯影眩きのぼせかな 蚊斎
春の夜の牡蠣小さくはしら大きくいみじ 久保田万太郎 草の丈
春の夜の玻璃戸の外の波の音 星野立子
春の夜の琵琶聞えけり天女の祠(し) 夏目漱石 明治二十九年
春の夜の絵本につづきなかりけり 山田みづえ 木語
春の夜の耳燃ゆるまで梳る 朝倉和江
春の夜の肌着をたたむ末娘 飯田龍太
春の夜の胸鰭で泣く魚なりけり 沼尻巳津子
春の夜の自動拳銃夫人の手に狎るゝ 日野草城
春の夜の船のポストを尋めあてぬ 横山白虹
春の夜の藁屋ふたつが国境ひ 飯田龍太 涼夜
春の夜の触れてさだかにをとこの手 稲垣きくの 黄 瀬
春の夜の連歌くづれて端唄哉 正岡子規
春の夜の銀延ぶる小槌かな 雉子郎句集 石島雉子郎
春の夜の鏡なしたる渚あり 山西雅子
春の夜の鐘うなりけり九人力 尾崎紅葉
春の夜の闇を背に佇つはつきりと 成瀬正とし 星月夜
春の夜の雲に濡らすや洗ひ髪 夏目漱石 明治三十九年
春の夜の面ざしもなし夏の月 上島鬼貫
春の夜の風遠のきし芒かな 中島月笠 月笠句集
春の夜の香なり花の香のみに非ず 徳永山冬子
春の夜の骨湯に残る椀の鮭 石川桂郎 四温
春の夜の黒き睫毛をたてて睡る 伊丹三樹彦 仏恋
春の夜はたれか初瀬の堂籠 曾良
春の夜は指のとげさへうづくもの 林原耒井 蜩
春の夜は桜に明けてしまひけり 松尾芭蕉
春の夜は桜に明けて仕廻ひけり 翁 三 月 月別句集「韻塞」
春の夜も亦玄々と言ふべけれ 徳永山冬子
春の夜も傾く月や連歌町 召波
春の夜やうしをうしとも夢心 松岡青蘿
春の夜やたたみ馴れたる旅ごろも 飯田蛇笏 山廬集
春の夜やたらひをこぼす町はづれ 蕪村
春の夜やともにうれひて客あるじ 久保田万太郎 流寓抄
春の夜やにはかにふけし身のほとり 久保田万太郎 流寓抄
春の夜やぬしなきさまの捨車 暁台
春の夜やふすまいかしき二本びき 久保田万太郎 流寓抄以後
春の夜やむかし哀しき唄ばかり 久保田万太郎 流寓抄以後
春の夜やホテルはあかき帷ひき 岸風三楼 往来
春の夜やランプに呪文などかけて 中嶌 陽子
春の夜や一人あんまにえし寝つき 久保田万太郎 流寓抄以後
春の夜や一幅掛けて草の宿 村上鬼城
春の夜や三十路に入りし爪の色 河野南畦 『花と流氷』
春の夜や京の宿屋の釣衣桁 四明句集 中川四明
春の夜や人大きくて月の暈 木風
春の夜や仏事したたむ小商人 飯田蛇笏 山廬集
春の夜や児に借りて見る万華鏡 山口恵子
春の夜や入江の闇のおもしろく 尾崎迷堂 孤輪
春の夜や内陣深く仏の灯 比叡 野村泊月
春の夜や加持の験者がねむた声 乙字俳句集 大須賀乙字
春の夜や吸物ながら馬に鞍 立花北枝
春の夜や喫煙室の外は雨 五十嵐播水 播水句集
春の夜や土につこりと寂しけれ 永田耕衣 冷位
春の夜や墨に負けたる吉野紙 大石悦子
春の夜や奈良の町家の懸行燈 子規句集 虚子・碧梧桐選
春の夜や女に飲ます陀羅尼助 川端茅舎
春の夜や女を怖す作りごと 炭 太祇 太祇句選
春の夜や妻に教はる荻江節 夏目漱石 大正三年
春の夜や子の貯金箱うすよごれ 渡辺水巴 白日
春の夜や子をあゆまする古畳 長谷川春草
春の夜や宵あけぼのゝ其中に 蕪村
春の夜や寄度の崩れの人通り 正岡子規
春の夜や寝れば恋しき観世音 川端茅舎
春の夜や小暗き風呂に沈み居る 芥川龍之介
春の夜や局女の草双紙 子規句集 虚子・碧梧桐選
春の夜や屏風の陰に物の息 正岡子規(1867-1903)
春の夜や岡惚帳をふところに 竹田小時
春の夜や広江といふもたゞ暗く 小杉余子 余子句選
春の夜や後添が来し灯を洩らし 山口誓子
春の夜や心の隅に恋つくる 吉川五明
春の夜や情話の主の酔成らず 青峰集 島田青峰
春の夜や愛護の若のやつし形 久保田万太郎 流寓抄以後
春の夜や昼雉子うちし気の弱り 太祇
春の夜や机の上の肱まくら 高浜虚子
春の夜や柚を蹈つぶす小板じき 高井几董
春の夜や柳かくれの細ともし 尾崎紅葉
春の夜や檸檬に触るる鼻のさき 日野草城
春の夜や歯に咬みあてし貝の珠 幸田露伴 江東集
春の夜や泣きながら寝る子供達 村上鬼城
春の夜や泣けば生まるる泣きぼくろ 藤岡筑邨
春の夜や海苔の香走る台所 青木薫風郎
春の夜や灯をつけて居る清見寺 古白遺稿 藤野古白
春の夜や灯を囲み居る盲者達 村上鬼城
春の夜や狐の誘ふ上童 蕪村遺稿 春
春の夜や瓢なでても人の来る 一茶
春の夜や皿洗はれて重ねられ 展宏
春の夜や盥をこぼす町外れ 與謝蕪村
春の夜や盥を捨る町はずれ 与謝蕪村
春の夜や笄ぬきて髷ゆるむ 雑草 長谷川零餘子
春の夜や笛吹けば指侏儒めき 成瀬正とし 星月夜
春の夜や篭り戸ゆかし堂の隅 松尾芭蕉
春の夜や籠り人ゆかし堂の隅 松尾芭蕉
春の夜や粧ひ終へし蝋短か 杉田久女
春の夜や紫衣をかけたる塗衣桁 大谷句佛 我は我
春の夜や背にまはりたる胃の痛み 久保田万太郎 流寓抄
春の夜や脱ぎし頭巾に男ぶり 長谷川かな女 雨 月
春の夜や草履に軽き町歩き 岡本松浜 白菊
春の夜や蘇小にとらす耳の垢 芥川龍之介
春の夜や蟹の身ほぐす箸の先 鈴木真砂女 生簀籠
春の夜や衣桁の裾にひそむ鬼 高田蝶衣(1886-1930)
春の夜や衣桁を辷る衣そよろ 古白遺稿 藤野古白
春の夜や諸越へ行く旅支度 古白遺稿 藤野古白
春の夜や足洗はする奈良泊り 召波
春の夜や連哥満たる九条殿 高井几董
春の夜や都踊はよいいやさ 日野草城
春の夜や都踊はよういやさ 日野草城
春の夜や重たう打てる波の音 小杉余子 余子句選
春の夜や金たばかりし人可笑し 青峰集 島田青峰
春の夜や階多き蓼雨亭 田中冬二 行人
春の夜や障子に落つる山の鐘 月舟俳句集 原月舟
春の夜や雨をふくめる須磨の月 松岡青蘿
春の夜や鼓しらべる誰が家 几菫
春の夜や鼠の御所の猫の怪 菅原師竹
春の夜をうつけしものに火消壷 原石鼎
春の夜をかな文字ばかり習ひけり 山口波津女 良人
春の夜をさかなの鰭が触れてゆく 松本恭子 二つのレモン
春の夜をはかなまねども旅の空 飯田蛇笏 山廬集
春の夜を口笛吹て通りけり 蘇山人俳句集 羅蘇山人
春の夜を手足を使ひ赤子泣く 森澄雄 所生
春の夜を用としもなき女客 四明句集 中川四明
春の夜を皆酔臥しぬ天狗ども 石井露月
春の夜を看護婦消灯触れ廻る 高澤良一 鳩信 入院日誌
春の夜を膝も崩さて居る事か 尾崎紅葉
春の夜を襖へだたる二人かな 長谷川かな女 雨 月
春の夜を語れ式部も小式部も 正岡子規
春の夜経笥に龍の舞ひゐたり 一志貴美子
春の風邪母子の夜のもの筋かひに 『定本石橋秀野句文集』
時計屋の時計春の夜どれがほんと 久保田万太郎 草の丈
林檎一つ伊豆の夜の春の灯のもと 林原耒井 蜩
枝すでに後悔のいろ春の夜に 中田剛 珠樹
洗礼の子の泣き止みて春の夜に 丸山よしたか
活け舟をのり越す春の夜汐かな 高田蝶衣
流るるは春の夜みじろがぬは川 殿村莵絲子 雨 月
涙ほろほろ春の夜は訳もなく 播磨 てるみ
潮寄する春の夜畳にすわり 中塚一碧樓
灸は小さいのが好く春の夜こどもの手が好く 荻原井泉水
熊坂に春の夜しらむ薪かな 高井几董
目つむれば春の夜の闇つつむなり 長谷川素逝 暦日
禁烟の誓ひ破れし暮春の夜 吉屋信子
窓あいて春の夜内外通ひをり 波多野爽波 鋪道の花
紅茶土瓶の湯気の夜の春の蚊 北原白秋
耳といふものたのし春の夜の幽か 渡辺水巴
菓子包みて紙ふくよかや春の夜 碧雲居句集 大谷碧雲居
蟹捉へ春の夜に鳴る紙袋 斉藤夏風
誰が園ぞ月夜春の夜梨の花 鉄僧 五車反古
誰園ぞ月夜春の夜梨の花 鉄僧
象の爪を磨いている春の夜の嵐 斎藤冬海
身籠りし子が帰りゐる春の夜 矢野芳湖
迷信は嫌ひ爪切る春の夜 稲畑汀子
野毛山の春の夜浅く辻楽士 高澤良一 素抱 四月-六月
金殿や春の夜毎を鼓打つ 露月句集 石井露月
雨癖のつめたき春の夜ふけかな 平井照敏 天上大風
雨音に春の夜風は押しあたり 高橋馬相 秋山越
静なる人のゆかしや春の夜 高田蝶衣
風見鶏音して春の夜風楽し 内藤吐天 鳴海抄
●半夜
水を盗まずに半夜を何盗む 伊藤白潮
魁けし代田半夜の月かかぐ 木村蕪城 寒泉
●一晩
くずきりや一晩にして水溜り 辻桃子
一晩にかほのかはりぬ暑気中り 森川暁水 黴
一晩の宿をくらげの海のうへ 百合山羽公 故園
兜虫一晩泊めて帰しけり 太田土男
山葵田に一晩の雪沁み通る 丸山芒水
雪起し一晩鳴りて雨ばかり 田辺 栖村
●ひと夜さ
ひと夜さを咲耶姫来て霧氷山 松本千鶴子
●白夜
おんじきに肉の馴れたる白夜かな 佐川広治
がちや〜の島の白夜を鳴きしきる 鈴鹿野風呂 浜木綿
きりぎしや白夜に咲いて百合桔梗 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
このあたりホテルばかりの白夜かな 久保田万太郎 流寓抄
この白夜馴鹿の乳にねる児かな 飯田蛇笏 春蘭
さまよえばからだにたまる白夜かな 江里昭彦 ロマンチック・ラブ・イデオ口ギー
つかつかと花の白夜の篝守 鳥居美智子
なほ続く白夜の舞踏会脱けて 大森保子
ふるさとは白夜に近しジギタリス 小檜山繁子
アイマスクかけて白夜の旅めける 山本歩禅
インディアン仮面白夜の町に買ふ 古賀まり子
オペラ果て町逍遥の白夜かな 岩崎照子
オランダの白夜スイスの白夜かな 成瀬 千代
カナディアンオークの森の白夜かな 鈴木しげを
ハープひく漁港の船の夏至白夜 飯田蛇笏 春蘭
ピアノ弾くからだの中の白夜かな 浦川 聡子
マリア像白夜におはす窓辺かな 岩崎照子
ラスコーリニコフめきて白夜の階のぼる 成瀬桜桃子 風色
ワイン飲む上甲板に白夜光 宇野直治
一流木揉みて白夜の河の渦 吉野義子
九時は九時十時は十時白夜かな 久保田万太郎 流寓抄
人垣は辻芸と知る白夜かな 森田峠 逆瀬川以後
人来たるごとく鳥来る白夜かな 有馬朗人 知命
人通りさすがに絶えし白夜かな 久保田万太郎 流寓抄
分銅のかすかににほふ白夜かな 仙田洋子 雲は王冠以後
回し飲みワイン楽しむ白夜かな 岩崎照子
土曜日のまためぐり来し白夜かな 久保田万太郎 流寓抄
城の裏白夜の墓石立ち上る 有馬朗人 天為
夏至白夜浪たちしらむ漁港かな 飯田蛇笏
夏至白夜濤たちしらむ漁港かな 飯田蛇笏 春蘭
大氷河烟り音なき白夜かな 仙田洋子 雲は王冠
天主堂白夜の天ぞかかりたる 有働亨 汐路
天国の夫に白夜の旅だより 飯田浦子
女馭者髪なびくなる白夜かな 岩崎照子
子が遊ぶ白夜の塔の真下かな 佐川広治
寂けさを湖は白夜の帳とす 有働亨 汐路
幾度も覚めて白夜の空にあり 太田梨三
影もなく白夜に遊ぶ馬一頭 有馬朗人
指揮棒は白夜の蝶のやうに降る 仙田洋子 雲は王冠
捨猫の群るる白夜の石畳 岩崎照子
旅一と日たたみ切れざる白夜かな 堀恭子
日は窶れ月なほ夭き白夜かな 沼尻巳津子
暮れおそしおそしと白夜楽しみぬ 中島 藤女
杲らかに杳き母なり風の白夜 沼尻巳津子
楡の木に白夜の闇のひそみけり 成瀬桜桃子 風色
標色して白夜に似るか島の暁 文挟夫佐恵 遠い橋
橋上にくちづけ長き白夜かな 岩崎照子
氷原の果てに白夜の影引かず 合田丁字路
氷海に秋日踊らす白夜行 殿村莵絲子 雨 月
消燈の喇叭鳴れども野は白夜 田村了咲
火を焚くや白夜の森のバラライカ 有馬朗人 耳順
灯を消すや外は蛙の白夜なる 川島彷徨子 榛の木
煉瓦焼く村一塊となり白夜 桂樟蹊子
男郎花白夜寂けさ緻密にて 有働亨 汐路
白夜ただ茫漠農事試験場 依田明倫
白夜とはかゝる景かな夕かげる 高木晴子 花 季
白夜とは別の光に朝が来る 千原叡子
白夜なる地の荒寥に金鳳華 有働亨 汐路
白夜なる太陽の位置追ひ越せり 殿村莵絲子 雨 月
白夜なる氷河に神の爪の跡 仙田洋子 雲は王冠
白夜にてリヤ王豫告小劇場 八木林之介 青霞集
白夜の帆世紀をへだつ魚油もゆる 飯田蛇笏 春蘭
白夜の燈溶けゐるごとし白ビール 関森勝夫
白夜光サビタの花もわれも寝ず 成瀬桜桃子 風色
白夜呆け醒め空港の霧に佇つ 小原菁々子
白夜嗄れごえなりし霜の満月に 古沢太穂 古沢太穂句集
白夜来て征露の喇叭寝ぐるしや 筑紫磐井 婆伽梵
白夜航く翼下に森と湖の国 森田峠 逆瀬川以後
白夜行く長距離バスの後部席 坂本宮尾
白夜遡江デッキに舞踏会はあり 原田青児
白夜遡行デッキに舞踏会はあり 原田青児
眠らねば白夜の海の膨れくる 竹中碧水史
窓近く白夜の海の航急ぐ 斎藤ひろし
笹百合や白夜を常の村ひとつ 有働亨 汐路
紙を折る白夜の国へ行きたしと 神尾久美子 桐の木
菓子を焼く匂ひの甘き白夜かな 坂本宮尾
菩提樹の並木あかるき白夜かな 久保田万太郎 流寓抄
落葉ふりつむたましひの白夜には 和泉香津子
蒼空に星かげの無き白夜かな 三宅蕪村
薔薇園の色失なえる白夜かな 寺澤慶信
蛾の舞ひの山の白夜を怖れけり 臼田亜浪 旅人
街燈のひとり灯れる白夜かな 久保田万太郎 流寓抄
見えぬもの見るため白夜始まれり 対馬康子 純情
誰一人日本語知らぬ白夜かな 久保田万太郎 流寓抄
足りてゐて足らざる眠り旅白夜 長山あや
路面チェス数人かこむ白夜かな 森田峠 逆瀬川以後
酔ひどれの我にまぶしき白夜かな 日原傳
野の花を摘めば摘まるゝ白夜かな 田村了咲
金色の髪は白夜に似合ふもの 高木晴子 花 季
釣糸を投げる指先より白夜 対馬康子 吾亦紅
闇淡き白夜のホテルゲーテ読む 関森勝夫
雪残る嶺なだらかに白夜なる 有働亨 汐路
雪渓に白夜もあをき天蓋を 桂樟蹊子
露店市あとかたもなき白夜かな 森田峠 逆瀬川以後
静まりし白夜の街の灯は消えず 高木晴子 花 季
颱風来ひしと白夜の躬をいだく 臼田亞浪 定本亜浪句集
鳥語受信す軟着陸の白夜の肺 八木三日女 石柱の賦
鳩は巣に鴎はとべる白夜かな 森田峠 逆瀬川以後
鴎舞ひ白夜のネオン淡かりし 広瀬河太郎
黄昏といふ色のなく白夜暮る 梅田実三郎
黒ビール白夜の光すかし飲む 有馬朗人 耳順
●星月夜
あげきりし潮のささやき星月夜 高橋三柿楼
あなたには素直になれる星月夜 柿内芳子
あめつちの音色曳き出す星月夜 原和子
いくたびも仔狐の来る星月夜 山田みづえ
いちまいの皮膚を濡らして星月夜 石部明
いにしへの鈴振りてみる星月夜 品川鈴子
かなかなが鳴いてしまへば星月夜 林原耒井 蜩
ことごとく出て相触れず星月夜 鷹羽狩行 第九
この野菊星月夜てふよき名もつ 川口咲子
この飢の何処よりくる星月夜 河原枇杷男 定本烏宙論
さくら散苗代水や星月夜 蕪村遺稿 春
しんがりは黒猫であり星月夜 大西健司
つゆけくて倉のはざまの星月夜 伊丹三樹彦 人中
とんぶりを食うぶ遠野の星月夜 稲田歌子
どの木にも梢のありぬ星月夜 櫛原希伊子
ぬかるみのほのかに白し星月夜 寺田寅彦
みちのくは山多き国星月夜 鈴木綾園
むらぎもに出湯のほてりや星月夜 山本歩禅
やや酔ひてやや淋しさの夜の秋 成瀬正とし 星月夜
われの星燃えてをるなり星月夜 高濱虚子
カジノ裏とびきりの星月夜かな 細谷喨々
サイパンの諸霊またゝく星月夜 河野南畦 『花と流氷』以前
サーカスの跡の方形星月夜 高橋謙次郎
ハンカチを真四角に干す星月夜 白石はる子
バレエ果て銀の風鳴る星月夜 吉原文音
ラジオ星ロケット星や星月夜 瀧井孝作
ローマよりアテネは古し星月夜 五十嵐哲也
ローマ軍近付くごとし星月夜 和田悟朗
一天の漆光りに星月夜 富安風生
一角に稲妻光る星月夜 高浜虚子
中尊寺一山くらき星月夜 佐藤棘夫
人生の重きときあり星月夜 稲畑汀子 春光
今は無き星かも知れず星月夜 平井操
仲見世を出はづれたりし星月夜 京極杞陽
光年てふ星の隔り星月夜 伊藤幸博
分け入れば辞林密なる星月夜 梶大輔
卵塔にぬくもり残る星月夜 鳥居美智子
厳かに松明(まつ)振り行くや星月夜 夏目漱石 大正元年
口-マよりアテネは古し星月夜 五十嵐哲也
古井戸の底の光や星月夜 内田百間
只芭蕉葉の声をきく星月夜 露月句集 石井露月
名月の下東京の屋根の下 成瀬正とし 星月夜
吾が庭や椎の覆へる星月夜 河東碧梧桐
吾に添ふものに吾が影星月夜 菖蒲あや あ や
喪を秘して軍を返すや星月夜 夏目漱石
地震の街空広くして星月夜 稲畑廣太郎
夜念仏終へていよいよ星月夜 星野箕踞
夜風ふと匂ふ潮の香星月夜 稲畑汀子 春光
大江山高々とあり星月夜 前田虚洞
天上によき国ありや星月夜 稲岡長
天国に近き山家ぞ星月夜 園部鷹雄
天国の鍵わすれたる星月夜 仙田洋子 雲は王冠
夫はものを羽織りて出でぬ星月夜 及川貞 夕焼
子のこのみ今シューベルト星月夜 京極杞陽
子の重み背中に受けて星月夜 篠崎康子
子の頬に妻の香もある星月夜 今瀬剛一
子は人の妻となりゆく星月夜 山田弘子
子別れの北狐啼く星月夜 東 天紅
子叱れば夫恋どつと星月夜 上野さち子
寝に戻るのみの鎌倉星月夜 志摩芳次郎
寝惜みてチロル二夜の星月夜 桂樟蹊子
少年の次第にさみし星月夜 柴田白葉女 雨 月
屋根に並ぶ天水桶や星月夜 寺田寅彦
山々を覆ひし葛や星月夜 松本たかし
山国の空をあまさず星月夜 檜 紀代
山寺は雨戸を閉ざし星月夜 上崎暮潮
山山を覆いし葛や星月夜 松本たかし
山霊に殺められたし星月夜 長山順子
川甚の「しのぶ」といふ間夜の秋 成瀬正とし 星月夜
帰りきし鵜舟を洗ふ星月夜 松岡英士
帰る子を待つ空港の星月夜 五十嵐波津子
干瓢をどうつきだしに星月夜 斎藤玄 雁道
年立つや家中の礼は星月夜 其角
庭莚柔かく踏み星月夜 久米正雄 返り花
引き出しを鹿が出てゆく星月夜 皆吉司
徒歩跣てふ韻のして星月夜 柚木紀子
惣門は錠のさされて星月夜 会津八一
慧星は見えずなりけり星月夜 内藤鳴雪
我が舟の星にただよふ星月夜 会津八一
戸口迄送つて出れば星月夜 正岡子規
播き終へて八十八夜の月明り 木村星月夜
星月夜おびえさめつゝ種痘うむ 『定本石橋秀野句文集』
星月夜かぐろく鳴るは狐川 角川源義 『秋燕』
星月夜こころに羽摶つもの棲みて 河原枇杷男 蝶座
星月夜どっかと阿蘇を居らしむる 川口重美
星月夜ひとりの刻は沖を見る 高橋淑子
星月夜むじな湯へ行く女声 毛塚静枝
星月夜めざして登る大師堂 高木晴子 花 季
星月夜われらは富士の蚤しらみ 平畑静塔
星月夜ピアノの蓋の開いてゐる 仙田洋子 雲は王冠
星月夜ルソーの獣笑ひをり 仙田洋子 雲は王冠
星月夜一字一字に添ふほとけ 西田千耿
星月夜今宵はかなく祈りけり 松村蒼石 雪
星月夜伽に陣のはやしかな 尾崎紅葉
星月夜佇めば頬に何か降る 久米正雄 返り花
星月夜余生寂かに在りたしと 深川正一郎
星月夜切絵の妻が倚り立てり 舘川京二
星月夜吉備真備のきずなき詩 二村典子
星月夜吾娘の未来を信じたく 稲畑汀子 汀子第二句集
星月夜地下室ばかり灯り居る 中島月笠 月笠句集
星月夜地平を歩む父へ便り 水野真由美
星月夜天動説に固執する 稲葉光音
星月夜夫といふ名の酔つ払ひ 仙田洋子 雲は王冠
星月夜婆子曰明日もお天気ぢや 会津八一
星月夜家居の夫を窓から見る 池田澄子
星月夜寝袋の胸閉ぢかねつ 岡田貞峰
星月夜寺を取り巻く杉林 酒井 京
星月夜小銭遣ひて妻充てり 細川加賀
星月夜手にせしものを草に置き 永井龍男
星月夜棚藤葉落ちつくしたり 金尾梅の門 古志の歌
星月夜水漬きし友を憂ひけり 杉本寛
星月夜波の遊べる隠れ礁 岸田稚魚
星月夜涙壺より砂いづる 小檜山繁子
星月夜濯ぎて水と遊びをり 古賀まり子 緑の野以後
星月夜父の襁褓を母洗ふ 冨田みのる
星月夜生駒を越えて肩冷ゆる 沢木欣一
星月夜白き市門のあらびあ海 角川源義
星月夜盗むならあの鶴の首 鳥居真里子
星月夜神に懸想をしてゐたり 仙田洋子 雲は王冠以後
星月夜秣ゆたかに馬飼はれ 亀山恒子
星月夜空にはくれし時雨哉 孤舟
星月夜空港つぎの離陸待つ 石崎素秋
星月夜竜飛の風車眠らずに 白澤よし子
星月夜笛のをんなの白き指 曽根田幸子
星月夜臍一つもて生れける 上野まさい
星月夜薄身の富士となりて立つ 岸田稚魚 筍流し
星月夜藪も藪騒聴くならむ 河原枇杷男 蝶座 以後
星月夜覚めて餓鬼の田相寄るか 杉山 岳陽
星月夜鎌倉山に年賀客 高浜虚子
星月夜青星を子の魂とせん 福田蓼汀 秋風挽歌
星月夜高嶺へ窓の開きあり 野尻みどり
星月夜鯨親子に旅のあり 上澤樹実人
星踏むにかたちありけり星月夜 谷口慎也
星隕ちて易者驚く星月夜 会津八一
映り居る波のうね〜星月夜 長谷川かな女 雨 月
春待ちて我等東京の屋根の下 成瀬正とし 星月夜
暗けれど渓の帯空星月夜 福田蓼汀 秋風挽歌
木がらしやこんにやく桶の星月夜 一茶
木深みに犬を放しぬ星月夜 長谷川かな女 花寂び
杉こけし亡き娘に買へり星月夜 柴田白葉女 『月の笛』
杉の香の高尾の護符や星月夜 水原秋櫻子
柁取に海の名問ふや星月夜 正岡子規
梟時計鳴くこと忘れ星月夜 室生幸太郎
次の間に牛の覚めゐる星月夜 伊藤白潮
武蔵野の星月夜とや除夜の町 尾崎紅葉
殉教の島に旅寝の星月夜 上村占魚
母逝きし通夜の裏戸の星月夜 角田ともえ
火種借りて杉垣づたひ星月夜 渡辺水巴 白日
灯ともして鰤洗ふ人や星月夜 子規
煮南瓜に大いに余り星月夜 波多野爽波 『骰子』
父の靴全てを並べ星月夜 櫂未知子 貴族
牌(パイ)まぎれあひ天の漏斗の星月夜 竹中宏 饕餮
玻璃盞の相触れて鳴る星月夜 日野草城
琴の音のいつか止みゐて星月夜 広本 俊枝
畑にする寺の裏地の星月夜 会津八一
病室の窓の四角の星月夜 稲畑汀子 汀子第二句集
盆やすみて八朔梅の星月夜 淡々
砂塵失せゐし敦煌の星月夜 稲畑汀子
砂山をのぼりくだりや星月夜 日野草城
磨ぎ汁の一條ありし星月夜 佐々木六戈 百韻反故 初學
稲枯れて往来もあらず星月夜 中島月笠 月笠句集
窓掩へど樹々皆稚し星月夜 楠目橙黄子 橙圃
竹の奥井戸ある音の星月夜 久米正雄 返り花
竹人形裾をほそめて星月夜 長谷川かな女 花寂び
簗守の草に置く灯や星月夜 平野竹雨
縁台に在りし日の父星月夜 松田小恵子
繭の蝶放つ家あり星月夜 松瀬青々
美しく生きて身罷り星月夜 浅井 詔子
腹押せば人形の哭く星月夜 佐川広治
臨終を告げて出づれば星月夜 大槻右城
船長の一人の窓や星月夜 岩崎照子
花匂ふホツプ畑の星月夜 森田峠 避暑散歩
若者はみな去ににはかにねむき星月夜 中村草田男
茶の花や径わけたる星月夜 亀世
草木映りて澪の長さや星月夜 渡辺水巴 白日
行く秋の闇にもならず星月夜 正岡子規
裏戸より帰つておりし星月夜 鈴木六林男
見に行かん野守の鏡星月夜 古白遺稿 藤野古白
豪雨止み山の裏まで星月夜 岡田日郎
身綺麗にふかく酔ひたり星月夜 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
逢ふと云ふこともなきまゝ星月夜 久保田 洋子
遠きものはつきり遠し星月夜 広瀬ひろし
酒樽の底の米粒星月夜 藺草慶子
隠れ湯のかくれなかりし星月夜 滝野三枝子
難民のひとりは立ちて星月夜 高井北杜
雲表の嶺々礁めきて星月夜 小西藤満
静けさに開きし窓の星月夜 藪田郁子
鞭鳴らす頭の上や星月夜 夏目漱石 明治四十二年
風落ちて曇り立ちけり星月夜 芥川龍之介
馬柵のごと垣結ふ家や星月夜 森田峠
魚のごと栖ひて谷戸の星月夜 永井龍男
鯉はねて足もとゆらぐ星月夜 相馬遷子 雪嶺
鳴門鯛さげて空路の星月夜 水原秋桜子
●蛍の夜
その人に従ひゆきて蛍の夜 下田実花
ふるさとに蛍の夜あること愉し 深川正一郎
むかし頬打たせしことも蛍の夜 平子公一
ゆるやかに着てひとと逢ふ蛍の夜 桂信子
一命に長短はなし蛍の夜 秋子
丸刈の父の遺影と蛍の夜 浦野芳南
句に詠みて蛍の夜を頒つなる 宮津昭彦
太郎ゐて花子うるはし蛍の夜 橋本榮治 逆旅
妹に買ひし紬や蛍の夜 橋本榮治 逆旅
宇治川に近き宿とる蛍の夜 安田晃子
弔問に夫恋ひ話蛍の夜 井沢正江 湖の伝説
明日はまた明日のわれあり蛍の夜 正田稲洋
桐下駄の音を追ひゆく蛍の夜 橋本榮治
死なうかと囁かれしは蛍の夜 鈴木真砂女(1906-)
死なふかと囁かれしは蛍の夜 鈴木真砂女
死のうかとささやかれしが蛍の夜 鈴木真砂女
水声のうひうひしきも蛍の夜 三田きえ子
源流を夢みてねむる蛍の夜 飯田龍太
終身の法衣縫ひやる蛍の夜 赤松[ケイ]子
蛍の夜渡舟気易く出しくれし 梶尾黙魚
蛍の夜老い放題に老いんとす 飯島晴子
蛍の夜老人ひとり戻らざる 澤本三乗
青年に髪褒められて蛍の夜 池田澄子
髪にとまれば髪青きなり蛍の夜 見市六冬
たたなはる山恐ろしや螢の夜 柿本多映
ちちははと枕ならべて螢の夜 石川文子
はかなきは女人剃髪螢の夜 飯田蛇笏 椿花集
ひとり覚め熟寝児のぞく螢の夜 成瀬桜桃子
ふるさとに螢の夜あること愉し 深川正一郎
まりちゃんもお嫁にいって螢の夜 小西 昭夫
むかし頬打たせしことも螢の夜 平子公一
ゆるやかに着てひとと逢ふ螢の夜 桂信子
トンネルを抜けて即ち螢の夜 秋山 万里
ネクタイをはづし螢の夜を遊ぶ 岩垣子鹿
丸刈の父の遺影と螢の夜 浦野芳南
人体の自在に曲がる螢の夜 寺井谷子
人体の自在に曲る螢の夜 寺井谷子
人揺りてこころ問ひたき螢の夜 佐野美智
十日ほど螢の夜を共にせり 嶋田麻紀
厠の灯ひとつ残りて螢の夜 つじ加代子
口中に花粉あふるる螢の夜 斎藤愼爾 秋庭歌
句に詠みて螢の夜を頒つなる 宮津昭彦
告げもせず告げられもせず螢の夜 吉原文音
子の恋の成就を願ふ螢の夜 福田甲子雄
寝るほかはなき中辺路の螢の夜 下村梅子
山が山に重なりはじむ螢の夜 永田耕一郎
弔問に夫恋ひ話螢の夜 井沢正江
指と言ふ優しき温み螢の夜(故相馬遷子氏の佐久にて) 殿村菟絲子 『菟絲』
最上源流螢の夜を更けしめず 佐藤 国夫
死なうかと囁かれしは螢の夜 鈴木真砂女
濃き酒を酌みかはしけり螢の夜 加藤三七子
点鬼簿の名がみな朱し螢の夜 恩田侑布子
相触れてつめたき肌や螢の夜 伊藤 ふみ
螢の夜ふけて楕円に似たりけり 橋間石
螢の夜ぽつかり死ぬもおもしろし 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
螢の夜何処も濡るることに慣れ 鎌倉佐弓 潤
螢の夜先生のこゑ耳もとに(東門居先生を額田郡丸嶋に案内す) 岸田稚魚 『花盗人』
螢の夜老い放題に老いんとす 飯島晴子
螢の夜襖へだててひととゐる 上田操
●暮夜
草の戸や暮夜につまづく炭の端 青々
●毎晩
夏霧や巴里は毎晩舞踏会 皆吉司
毎晩の鉦叩なりなつかしく 河野静雲 閻魔
●毎夜
青松虫夜毎夜毎をゴムの鉢 伊藤いと子
●待宵
姫路城待宵草と暮れのこる 鈴鹿野風呂 浜木綿
安乗海女待宵を来て木偶に泣く 佐野美智
少し酔ひ待宵草に手をふれぬ 菖蒲あや
帰らざる人を待宵草と待つ 川口咲子
待宵のいまだ明るき灯かな 高木晴子 晴居
待宵のこほろぎありく畳かな 中西泗汀
待宵のその小車の挽八百屋 石塚友二 光塵
待宵のひかりの中に壺を置く 古賀まり子 緑の野
待宵の下界何やらざわめきて 山田閏子
待宵の今日となりつつ夕支度 星野立子
待宵の刻をはぐくみゐたりけり 上田日差子
待宵の原に鶏の世を創り 阿部みどり女
待宵の四山霧ふかき外厠 西島麥南
待宵の天を仰ぎて虎の舞 八牧美喜子
待宵の姿見のある廊下かな 山本洋子
待宵の山刀伐峠ひそと子安神 斎藤夏風
待宵の山動かして昇るかな 星野椿
待宵の平家ゆかりの小さき尼寺 有賀玲子
待宵の影三尺の鶏頭かな 癖三酔句集 岡本癖三酔
待宵の心に添はぬ雨なりし 稲畑汀子
待宵の明日もこの道通りたし 若林宏子
待宵の月がこぼせる雨少し 古賀昭浩
待宵の月見て明日の下話 鈴木花蓑 鈴木花蓑句集
待宵の梨や今宵の享主ぶり 酒堂 俳諧撰集「藤の実」
待宵の梨や今宵の亭主ぶり 浜田酒堂
待宵の水見て立てり眼鏡橋 山野邊としを
待宵の波をかぶりて巌かな 橋本鶏二 年輪
待宵の湖まだ暮れず珊瑚草 澤田緑生
待宵の湯呑をつつむ両手かな 高澤良一 寒暑 十月-十二月
待宵の濡れ岩隠り蟹の爪 高澤良一 ねずみのこまくら 昭和六十年
待宵の白張りつめて会下障子 吉野義子
待宵の絵皿にうすき埃かな 秋を
待宵の縁に毬つく童女かな 宮下翠舟
待宵の芒になびく女声 西村公鳳
待宵の身にしむ恋や絹袷 定雅
待宵の遠ちに子泣くを親しとも 吉野義子
待宵の雨に昂ぶる飛鳥川 猿橋統流子
待宵の雨粒つけて杣もどる 山本洋子
待宵の雲うす〜と流れ居り 水士英
待宵の雲のゆるびて来りけり 久保田万太郎 草の丈
待宵はものゝ飾もなかりけり 梓月
待宵も十六夜も風なりしこと 村上三良
待宵やおろかに契る月の雲 松岡青蘿
待宵やかの実朝の伊豆の海 久保田万太郎 流寓抄以後
待宵やがや〜と子等夕餐せる 西村白雲郷
待宵やけもののごとく葎立ち 佐藤明日香
待宵やしばらく広き家の中 増田龍雨
待宵やところ〜に女郎花 蓼太
待宵やひざに抱きたるペルシヤ猫 田宮真智子
待宵やひとの赤子のうすまぶた 星野麥丘人
待宵やひとりしぐるゝ蘆屋釜 白雄
待宵やカレーライスに薪の香 小口理市
待宵や使者のごとくに星飛びし 工藤 信子
待宵や堰越す水のなめらかに 田中俊尾
待宵や女あるじに女客 蕪 村
待宵や女主に女客 與謝蕪村
待宵や女主に女客 蕪村遺稿 秋
待宵や山の端暮れて星一つ 高浜虚子
待宵や師の庭芝を目に平し 石川桂郎 四温
待宵や弓習ひゐる射*だの灯 野村喜舟 小石川
待宵や昼の名残りの休み堂 浜田酒堂
待宵や月なけれども浮御堂 大橋敦子
待宵や月読橋を村の口 茂里正治
待宵や梟老いて飼はれたる 山岸治子
待宵や水をうごかす白き鯉 長谷川かな女 雨 月
待宵や流浪のうへの秋の雲 広瀬惟然
待宵や流浪の上の秋の雲 惟然
待宵や煙のやうな芒挿す 瀬木清子
待宵や秘してひとりの女弟子 上田五千石
待宵や立尽したる峰の松 乙由
待宵や草を濡らして舟洗ふ 藺草慶子
待宵や藁焼ける火を田に残し 古内一吐
待宵や飛石幾つ先の関 松岡凡草
待宵や飛騨の木鈴かさこそと 羽部洞然
待宵をたゞ漕行くや伏見舟 几董
待宵を終に雨来し梢かな 句仏
待宵を終に雨来し梢かな 大谷句仏
待宵を霧間に佐久の山ざかひ 見学 玄
江戸川や月待宵の芒船 一茶
離陸準備待宵雨となりにけり 久保田万太郎 流寓抄以後
雨欲しき待宵草の香のほのか 阿部みどり女 月下美人
音もなき待宵の雨いたみけり 長谷川かな女 雨 月
鵜捕り場に待宵草の吹かれをり 町田しげき
●祭の夜
ほほづきにみなが受け口祭の夜 皆吉爽雨 泉声
七いろの美濃紙を買ふ祭の夜 山田弘子
唐もろこし焼く火をあふり祭の夜 菖蒲あや
寝るのみの家へ急ぐか祭の夜 藤田湘子 途上
死ぬために来し痢者迎ふ祭の夜 古賀まり子 洗 禮
水狂言殺しは深川祭の夜 池田ちや子
祭の夜ただに歩きぬ逢へるかと 高橋笛美
秩父セメント秩父夜祭の夜も操業 鈴木栄子
素足にてひひな祭の夜の畳 澄雄
葱大束夜祭の夜を待つ構ヘ 長谷川かな女 花寂び
蔵の戸を岩戸びらきに祭の夜 石川皓子
里坊も灯り山王祭の夜 宇野素夕
重機関銃のみ愛撫され祭の夜 鈴木六林男 悪霊
障子入れて雨の祭の夜となりぬ 前田普羅 春寒浅間山
●真闇
しろじろと顕ちて真闇の滝の丈 伊東肇
すさまじき真闇となりぬ紅葉山 鷲谷七菜子 游影
ぼうたんに波うつてゐる真闇かな 鷲谷七菜子
シャガールの青闇・真闇・蛇・女体 小檜山繁子
三七日の*かやの真闇の底ひかな 石川桂郎 含羞
伊那谷の杉の真闇の初神楽 太田 嗟
佗助はここらあたりの真闇かな 石田勝彦 秋興
全山の花の鼓動を秘む真闇 安原葉
冷やかに誰が手か触れて真闇なす 石川桂郎 四温
味噌蔵の真闇八十八夜来る 西川織子
問ひつめて真闇の蟇を歩ましむ 成井惠子
堂ぬちの真闇も浄土空海忌 村上梅泉
寒ざらひそびらの真闇風通る 赤木梢人
山を負ふ田の真闇より鳴く水鶏 高柳聖子
山焼く火桑の真闇に衰へぬ 南風 水原秋櫻子
故郷は深毛の蟹の真闇なる 小檜山繁子
月に裏ありて真闇よヒロシマ忌 前田地子
橋よりは真闇よ風に流灯消ゆ 小瀬千恵子
流燈へ水の真闇の底知れず 都筑智子
灯取虫桑の真闇をきたるなり 大橋櫻坡子 雨月
百八松明絶えし真闇の雨の音 佐野妙子
真闇には蟇の塊ありて啼く 平井照敏 天上大風
真闇にも濃淡ありし追儺の灯 根岸善雄
真闇へと連れ去られなむ風の盆 西村和子 かりそめならず
石焼いも真闇の窓の下通る 高田律子
磯山の扼す真闇に除夜の鐘 八木林之介 青霞集
秩父嶺の真闇に習ふ祭笛 猪俣千代子 堆 朱
窓を塗る丹波の真闇ぼたん鍋 山根草炎
紅の真闇に咳を咳きにけり 八木林之介 青霞集
耐へがたき真闇樹氷をおしたてる 石橋辰之助 山暦
背の真闇前の灯の波万灯会 倉林敏子
花冷や浅利歯軋る真闇 石塚友二 光塵
花火炸裂真闇に別の世が見えて 奥山雷火
花烏賊のしわしわ釣るゝ真闇かな 水原秋櫻子
花祭踊る設楽の真闇雪降らす 村上冬燕
逆潮の瀬戸の真闇やほとゝぎす 東洋城千句
雛の間というすさまじき真闇あり 斎藤愼爾 冬の智慧
霹靂と聞きし一葉の真闇かな 林翔 和紙
颱風の真闇の壁とわが耳目 及川貞 夕焼
餅花や沖の真闇を灯が通る 友岡子郷
馬刺食ふ木曽の真闇や秋近し 有馬朗人
高野槙ふかく雨月の真闇かな 西村公鳳