●きのう●過去●ひと昔●ふた昔●大昔●神代●太古●創世●天地開闢●天地創造●前世●前生●昔●昔日●昔昔●往年●往時●千古●其の昔●来し方●其の上●古代●当時●きのう●過去●ひと昔●ふた昔●大昔●神代●太古●創世●天地開闢●天地創造●前世●前生●昔●昔日●昔昔●往年●往時●千古●其の昔●来し方●其の上●古代●当時
●きのう 
*はったいやけふがきのふとなる不思議 冨田正吉
*はまなすやきのふより濃き空の色 深見けん二
あかゞりやまだ新嫁のきのふけふ 皸 正岡子規
あがた祭きのふやひるのうす螢 関戸靖子
あさがほやきのふすみたる大浚 久保田万太郎 草の丈
あすの月きのふの月の中にけふ 今日の月 正岡子規
あぢさゐやきのふの手紙はや古ぶ 橋本多佳子「紅絲」
あまりうらゝにきのふもけふもなかりけり 小杉余子 余子句選
あやめ咲てきのふもけふも雨が降る 今成ゝ人
あら何ともなやきのふは過てふぐと汁 芭蕉
いかのぼりきのふの空のありどころ 蕪村
いたゞきのふつと途切れし冬木かな 松本たかし
いなづまやきのふは東けふは西 榎本其角
いわし雲忌日きのふに過ぎゆける 多佳子
うすらひやきのふ籠りをときし寺 宇佐美魚目 天地存問
うららかにきのふはとほきむかしかな 久保田万太郎
かたみわけきのふに過ぎて更衣 大場白水郎 散木集
きのうからくやしくて水遊びせり 富田敏子
きのうから吹かれ続けて砂の穴 豊口陽子
きのうきようまつかぜごつこはやるなり 阿部完市 春日朝歌
きのうと同じたそがれで 働く人たちが帰つてくる 吉岡禅寺洞
きのうよりここにこうして雪兎 宇多喜代子
きのうより大きな真昼白山茶花 大坪重治
きのうより根津の祭の残暑かな 久保田万太郎
きのう京けふは近江の花の宿 大石英子
きのう喪服きよう遊び着の揚羽蝶 根岸たけを
きのふありけふまた別の帰り花 島谷征良
きのふから行方不明のわが隼 菅原鬨也
きのふけふあしたは只のしぐれかな 千代尼
きのふけふあすにつなげてさみだるる 毛塚静枝
きのふけふうすくながるるかすみかな 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
きのふけふかまつかの丹もさだまりぬ 加藤楸邨
きのふけふすずしき起居萩の雨 清原枴童 枴童句集
きのふけふの水仙にほふ墓どころ 鈴鹿野風呂 浜木綿
きのふけふはや初秋となりにけり 初秋 正岡子規
きのふけふまつかぜごつこはやるなり 阿部完市 春日朝歌
きのふけふややあらはるる若菜かな 樗良
きのふけふ仏がそこに居る端居 高澤良一 素抱
きのふけふ何に疲れし竹の秋 近藤一鴻
きのふけふ同じ踊の違ひかな 浅利大策
きのふけふ枝ぶりかえつ年の梅 松岡青蘿
きのふけふ枯菊がちになりにけり 枯菊 正岡子規
きのふけふ樗に曇る山路かな 芭蕉
きのふけふ歩いて桃の花ざかり 長谷川双魚 風形
きのふけふ法師蝉絶え澄む日かな 川端茅舎
きのふけふ積る昔や春の雨 東洋城千句
きのふけふ糸引く雨やかつみの芽 御木正禅
きのふけふ蝶とんで児に言葉ふえ 山田弘子 こぶし坂
きのふけふ障子張り替へ萩芒 小澤碧童 碧童句集
きのふけふ風に吹かるゝ青芒 青薄 正岡子規
きのふけふ風のかはきや梅の花 浪化
きのふけふ高根の桜見えにけり 蕪村
きのふけふ鰯雲なる入日かな 小杉余子 余子句選
きのふけふ鴨場の水の温みけり 大場白水郎 散木集
きのふけふ鴨湧く空や菊作り 菊地一雄
きのふこそ峰に寂しき門の松 宗因
きのふちり今日ちりひちの山桜 文皮
きのふてふ遥かな昔種子を蒔く 能村登四郎(1911-2002)
きのふとなりおとゝひとなり亥の子の日 高野素十
きのふとはちがふ瞳のいろをして子よ夕暮れの楽隊を見たか 小島ゆかり
きのふにもいまごろありし雲雀かな 久保田万太郎 草の丈
きのふのまま丸寝や夢を更衣 調泉 選集「板東太郎」
きのふの白魚にて朝餉をし夫婦 梅林句屑 喜谷六花
きのふの雨池はたたへて無月かな 吉屋信子
きのふふゑけふふゑ明日や百千鳥 百千鳥 正岡子規
きのふまで墨搗いてゐし初燈 南上敦子
きのふも焼けふも春日野焼にけり 焼野 正岡子規
きのふも見けふも見る萩の芽ざすかと 木の芽 正岡子規
きのふよりけふのあしたの柳の芽 長谷川双魚 『ひとつとや』以後
きのふよりけふの色美し濃紫陽花 小池照江
きのふよりけふの落花に鯉はねる 野澤節子 遠い橋
きのふよりけふ濃きもみぢ雨来るか 稲垣きくの 黄 瀬
きのふよりさらに高しと思ふ天 田村了咲
きのふより今日おとろへし牡丹かな 行方克己 知音
きのふより今日また遠き芦火かな 寺井満穂
きのふより今日を大事に冬籠 後藤夜半 底紅
きのふより今日枯深し飯白し 岡本眸 午後の椅子
きのふより今日沖晴れて三平汁 斎藤俊吉
きのふより刈田のひかり保育園 長谷川双魚 風形
きのふより大工を入れて梅の花 長谷川櫂 蓬莱
きのふより小さくなりし茄子の馬 茅根知子
きのふより根津の祭の残暑かな 久保田万太郎 草の丈
きのふより母訪ふこころ初氷 神尾久美子 桐の木
きのふより濃き月光の障子なる 篠原梵 雨
きのふより稽古休みし葭戸かな 稀音家塔九
きのふより過去黴ず在り祖母の記憶 村上喜代子 『雪降れ降れ』
きのふより高く小鳥を渡しけり 萩原麦草 麦嵐
きのふわが夢のかけらの小向日葵 楸邨
きのふ今日まんさくの黄に適ふ空 山田弘子 こぶし坂
きのふ今朝足の早さよ若菜売 杉風
きのふ他人今日は小春の夫と妻 長谷川かな女 花寂び
きのふ來てけふ來てあすや雁いくつ 雁 正岡子規
きのふ去にけふ去に雁のなき夜かな 蕪村
きのふ古し遺筆に活けてこぼれ萩 渡辺水巴 白日
きのふ寝しさが山見へて春雨 一茶 ■文化元年甲子(四十二歳)
きのふ寝し嵯峨山見ゆる春の雨 一茶
きのふ恋ひけふ憂かりける花茨 大石悦子 百花
きのふ掘りけふは筍流しかな 飴山實「花浴び」
きのふ晴れてけふ晴て秋も二三日 秋晴 正岡子規
きのふ書にけふ盆栽に木の葉髪 山内星水
きのふ来し人を数へてしぐれけり 長谷川双魚 風形
きのふ活けて今日蕣の花もなし 朝顔 正岡子規
きのふ浴びけふ踏む旅の落花かな 塙告冬
きのふ甘茶の日なりし寺に詣でけり 村山古郷
きのふ秋立ちし簾の影を置く 後藤夜半 底紅
きのふ秋立ちたる家のしづかさよ 長谷川櫂
きのふ美濃けふ飛騨にをり一位の実 森澄雄
きのふ菊けふ枯萩を焚きにけり 神蔵 器
きのふ蒸しけふの涼しき門火かな 石川桂郎 四温
きのふ虚子けふは母の忌椿餅 大庭星樹
きのふ見しあれが禿か初桜 蓼太
きのふ見しかりがね吾子の綴方に 瀧春一 菜園
きのふ見し万歳に逢ふや嵯峨の町 蕪村
きのふ見し妹が垣根の花あやめ 暁台「暁台句集」
きのふ見し山を越えをり初しぐれ 豊長みのる
きのふ見し木下も去らず雪の鹿 暁台
きのふ見し田螺とおもひ歩をとどむ 中村 秋晴
きのふ見し雪嶺を年移りたる 森澄雄 浮鴎
きのふ見てなんぞはるかなるけふの月 加藤郁乎
きのふ観世音寺をめぐり風炉名残 神尾久美子 桐の木
きのふ迄使ひは来たり散り桜 椎本才麿
きのふ近江けふは吉野の花衣 福永耕二
きのふ金魚死せり水藻のかげ大き 斉藤夏風
きのふ鯉死したる池に花の雨 菅原鬨也
きりぎりすきのふの一句詠み正す 百合山羽公 故園
けいちつのきのふもけふも水青し 原コウ子
けさの秋きのふの物を取られけり 正岡子規
けふのすぐきのふとなりて虎落笛 長谷川双魚 『ひとつとや』以後
けふの春きのふと過ぎし初若菜 暁台
けふの晴きのふの風と露けしや 長谷川双魚 風形
けふの落椿きのふの落椿 倉田紘文
この町の祭はきのふ布袋草 森澄雄
この蘭や五助が庭にきのふまで 蕪村遺稿 秋
しかと見る冬至をきのふなる夕日 皆吉爽雨 泉声
しぐれ哉きのふはうすきものの残 安東次男 昨
すゞらんすゐせん雛はきのふとなりにけり 林原耒井 蜩
そのことはきのうのように夏みかん 坪内稔典
そばがきやきのふのことをなつかしみ 黒田杏子 一木一草
つちふりしきのふのけふを吹雪くなり 大橋櫻坡子
つばくらやきのふにまさる潮曇り 佐野まもる 海郷
とぶときのうすばかげろふ翅見えず 五十嵐播水
とんぼうのきのふ死にたるさまに落つ 山口青邨
どんたくのきのふを遠くこもり縫ふ 清原枴童
なにかあるときのふるさと地虫出づ 富松ひふみ
はつ雪やほむる詞もきのふけふ 千代尼
はなやかにさびしねぶた祭のきのふすぎ 太田鴻村
はなれじときのふの菊の枕かな 山口素堂
はまなすやきのふより濃き空の色 深見けん二
ふぐ汁やきのふは何の藥喰 河豚汁ふぐ<魚+屯> 正岡子規
まばたきのふたつはかなし*むつ五郎 木村虹雨
まゆ玉やきのふとなりし雪げしき 久保田万太郎 草の丈
みたらしやきのふは吾妻の十団子 宗因
むらさきのうすむらさきの室の花 久垣大輔
もてなしにみさごのすしやきのふけふ 井上井月
ゆすらうめきのふは水でゐたをとこ 堀込 学
わすれゐるときのうれしさ冬日濃く 木村蕪城 一位
をとつひのきのふのけふの氷柱かな 今井杏太郎
をととひもきのふも壬生の花曇り 古舘曹人
をとゝひのけさのきのふの白朝顔 鈴木鷹夫 春の門
サフランや映画はきのう人を殺め 宇多喜代子(1935-)
セーター出すそんなきのうが過ぎてけふ 高澤良一 燕音
一月のきのふに過ぎし机なり 晏梛みや子
七夕をきのふに荒るる夜空かな 吉田汀史
三椏が咲いてきのふの菊枕 手塚美佐
世のうさや新酒飲み習ふきのふけふ 新酒 正岡子規
五月雨やきのふ見廻はでけふははや 立花北枝
余花いまだきのふの酒や豆腐汁 召波
借銭もきのふの淵ぞけふの春 宗鑑
傾城の蚊屋にきのふの螢かな 瓢水
優曇華やきのふの如き熱の中 石田波郷「惜命」
元日というもきのうの白衣着る 向山文子
元日はきのふのことや空まさを 星野麥丘人
元日やきのふはきのふけふはけふ 元日 正岡子規
八十七夜八十八夜きのふけふ 倉田紘文
八朔のきのふは松の下涼み 宇佐美魚目 天地存問
冬の夜やきのふ貰ひしはりまなべ 一茶
冬の梅きのふや散りぬ石の上 蕪村
冬の虹きのふ来し野のすでに無し 大石悦子
冬の鵙きのふと同じ木で鳴けり 伊藤政美
冬暁の灰皿きのふからきれい 蓬田紀枝子
几巾きのふの空のありどころ 蕪村 春之部 ■ 上巳
凧きのふの空のありどころ 蕪村
凩やきのふその木に刃を遣ひ 中戸川朝人
出代やきのふからいふいとまごひ 炭 太祇 太祇句選
出代やまだ初恋のきのふけふ 出代 正岡子規
初声やきのふは人を弔ひし 勝又一透
初瓜の価きのふのむかし哉 高井几董
初秋やきのふと違ふ山の丈 手塚美佐 昔の香
初花も落葉松の芽もきのふけふ 風生(北海道旅中)
初茸やきのふの雨のしめり道 茸 正岡子規
初雪やきのふは拾ふしゐの菓子 野坡
初鵙のきのふよりけふ身近なる 高澤良一 随笑
十三夜きのふと過ぎて飛騨格子 松村蒼石 雪
十六夜のきのふともなく照らしけり 阿波野青畝(1899-1992)
卯の花やきのふの旅のつづきをり 角川春樹
去年やきのふつとめて休む車牛 沾徳 (通町に住ける頃)
叫天使きのふは何を喋りしか 小出秋光
叱られてゐるきもち丸い火鉢にきのうからのきもち 中塚たづ子
名月のきのふになりて晴れにけり 名月 正岡子規
向日葵の大輪切つてきのふなし 三橋鷹女
君が身に五月雨晴れぬきのふけふ 五月雨 正岡子規
君はきのふ中原中也梢さみし 金子明彦
呱々の声きのふときけば寒ゆるむ 赤松[ケイ]子
呼べど答へぬきのふや檜野やわが杉野 高柳重信
地虫鳴ききのふの如くおもはるゝ 平松小いとゞ
塗畦のきのふの光なくなりぬ 大橋桜坡子
売捨に出るやきのふの田螺取 横井也有 蘿葉集
夏ふかしきのふの柳かげありや 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
夏服のきのふまでペン執りゐしに 鈴木しげを
夕刻はきのふと同じ蝉を待つ 阿部みどり女 『雪嶺』
大学も葵祭のきのふけふ 田中裕明「山信」
大寺のきのふの風につるもどき 窪田玲女
大根をきのふ蒔きたる在所かな 大峯あきら 鳥道
夫を待つきのふとなりし菖蒲剪る 長谷川ふみ子
子規けふはきのふと成夜かな 高井几董
子規の忌をきのふに雨の葎かな 片山由美子 風待月
寒垢離のきのふはゐしと青き歯朶 宇佐美魚目 秋収冬蔵
寒波来るきのふのぶんも今日晴れて いのうえかつこ
寒牡丹きのふのわれを忘れをり 河野南畦 『元禄の夢』
寒釣のきのふの背中見せにけり 大嶽青児
寝不足のきのふや今日や鴨の声 鈴木鷹夫 春の門
寝覚の淵きのふは蚤に喰れけり 一鉄 選集「板東太郎」
射的ぽんとてもきのうは小雨かな 阿部完市 軽のやまめ
山裾にきのふ虚子忌の柴の束 宇佐美魚目 天地存問
峠小屋きのふで閉ぢし野紺菊 星野恒彦
巣藁垂れ午後より微熱きのふけふ 下村槐太 天涯
巾きのふの空のありどころ 與謝蕪村
市に隠る二百十日はきのふ也 高井几董
年立つや華甲きのふと思ひしに 野見山ひふみ
広前やきのふけふなる落椿 銀漢 吉岡禅寺洞
後の月きのふの如く虚子語り 山田弘子 こぶし坂以後
忘られし冬帽きのふもけふも黒し 橋本多佳子
愚かなるきのふの美食扇置く 菅原鬨也
扇新たにきのふの命つぎにけり 中島月笠 月笠句集
手紙書くきのふの千鳥きこえけり 細川加賀 生身魂
折られつゝ折鶴きのふをふと思ふ 攝津幸彦 鹿々集
抱籠や妾かかへてきのふけふ 其角「華摘」
抱籠や妾かゝえてきのふけふ 榎本其角
拾ひ来て見するきのふの一葉かな 信徳
掃き寄せてきのふの塵に牡丹の芽 神蔵器
掛香やきのふは奈良の大雨に 柳澤和子
掛香をきのふわすれぬ妹がもと 蕪村「夜半叟句集」
放生のきのふの亀があるきをり 飴山實 『花浴び』
敗れたりきのふ残せしビール飲む 山口青邨
数珠玉やきのふと同じ風が吹き 今井杏太郎
新日記きのふに倦めと書き出せり 八牧美喜子
新涼の六甲きのふより高し 中出静女
新涼の朝日きのふの時化のあと 長谷川素逝 村
新蕎麦や花と見し日もきのふけふ 青蘿
日のいろのきのふにかはる都鳥 三田きえ子
日はけふの月はきのふの猫の恋 藤村克明
日はながし卯月の空もきのふけふ 千代尼
早苗田にきのふと違ふ八ツ岳 勝又木風雨
春は来ぬ淋しさきのふけふならず 林原耒井 蜩
春をきのふはや鳴けほとゝほとゝきす 時鳥 正岡子規
春立つやあぢさゐの芽のきのふけふ 野村喜舟
春霖や田舟の淦のきのふけふ 野村喜舟
昼寝より覚めてきのふの家に居り 今井杏太郎「海鳴り星」
昼顔やきのふ崩せし芝居小屋 昼顔 正岡子規
時鳥きのふ聞きしが閑古鳥 維駒
晩菊を焚くと決めしはきのふなり 大石悦子 群萌
暁け寒くラジオきのふの番組ならず 岸風三楼 往来
暖冬の棕梠にきのうの私がいる 清水三津子
暦売きのふの寒さ語りけり 白岩 三郎
曉け寒くラジオきのふの番組ならず 岸風三樓
曳売の茄子にきのふの風の疵 小澤満佐子
月見るやきのふの花に出家して 月見 正岡子規
月見草きのふの花に暮れにけり 佐野青陽人 天の川
望の潮きのふとすぎしけふの浪 田村了咲
朝寝して旅のきのふに遠く在り 上田五千石
朝蝉のきのふともなく音を絶てり 高澤良一 素抱
朝顔のきのふの彩もあやふやに 高澤良一 素抱
朝顔のきのふの紺を咲きつげる 岸風三樓
朝顔の紫紺葬りをきのふとす 高澤良一 素抱
朝顔やきのふなかりし花のいろ 朝顔 正岡子規
朝顔やきのふの花をまぼろしに 渡邊水巴 富士
朝顔やきのふは深き淵を見て 永島靖子
朝顔やきのふハしらぬ花のいろ 朝顔 正岡子規
朝顔やすでにきのふとなりしこと 鈴木真砂女
木の芽伸ぶきのふ驚き今日驚き 高浜虚子
木犀の香や年々のきのふけふ 西島麦南
松の花きのふはここに潦 山口誓子
松の蕊日々伸びきのふより立ちぬ 岸風三樓
松島やきのふ来たるに落ち鰻 萩原麦草 麦嵐
枝に在りしきのふの梅を漬にけり 石井露月
柚子味噌をなめつつきのふ今日の酒 片山鶏頭子
柿の花きのふ散りしは黄ばみ見ゆ 蕪村「新花摘」
桔梗にきのふもけふも青い空 高澤良一 寒暑
梅挿すやきのふは酒のありし壜に 石川桂郎 含羞
梅早し癒え追ひつかぬきのふけふ 徳永夏川女
梅漬けて玲瓏たりしきのふけふ 大石悦子「群萌」
梅雨の雨きのふの羽織ぬぎにけり 木津柳芽 白鷺抄
梅雨は憂しきのふの今もこの駅に 福田蓼汀 山火
梅雨深しきのふと同じけふが過ぎ 相馬遷子 山河
椿落ちてきのふの雨をこぼしけり 蕪村
業平忌きのふと過ぎし講義かな 森田峠 避暑散歩
楮蒸しきのふ終へたる大竃 坂内佳禰
橘やきのふの人のはや昔 也有 (悼廬元坊)
檐散り葉鳴りもこそせめきのふけふ 林原耒井 蜩
次の間にきのふの鴨の吊しある 京極杞陽 くくたち下巻
正月や里はきのふの古薄 正月 正岡子規
残菊にきのうの風のまたからむ 宇咲冬男
残菊の寒さきのふにまさりけり 成瀬櫻桃子 風色
水の粉のきのふに尽きぬ草の菴 蕪村「蕪村句集」
水の粉もきのふに尽るやどりかな 蕪村
水の裏よりかなかな鳴けるピアニシモ 夏逝くときのうひとに告げにし 永田和宏
水餅のきのふを流し今日の水 瀬戸清子
氷りゐしこともきのふに河騒ぎ 西村公鳳
江戸じまぬきのふしたはし更衣 一茶 ■文化四年丁卯(四十五歳)
池の水きのふかへたる祭かな 大場白水郎 散木集
池の水きのふ替へたる祭かな 白水郎句集 大場白水郎
浅間鳴りしきのふや鮎の落ちつくす 冬菜
浪の秀をきのふけふ見て雛納め 神尾久美子 桐の木
海棠やきのふ娶りし宿の妻 海棠 正岡子規
海濶し春に別れしきのふけふ 尾崎紅葉
涎くつてきのふの百合となりにけり 阿波野青畝
清涼のきのふともなし曼珠沙華 百合山羽公 故園
満開のつつじきのうは古りにけり 森田智子
滝を見にきのふ流せし茄子の馬 神尾久美子 桐の木
漂うてゐるはきのふの浮寝鳥 澤田 薫
灯を消して春あかつきのうすあかり 下田実花
烏賊釣火きのふと違ふところにも 塗師康廣
熱帯夜きのふ蛇みて妻病みし 斉藤夏風
燭入れてきのふの見ゆる花野宿 伊藤敬子
片蔭やきのふの影に今日の影 奥田杏牛
牛角力きのふに稲を刈り終へて 伊藤いと子
牡丹にきのふの旅の遥かなる 山田弘子 螢川
物干しのきのふの位置に赤蜻蛉 金井 緑
狸供養きのふに雨の狸塚 木内彰志
現し世のきのふは過ぎぬ桜狩 高橋淡路女 梶の葉
生ひ出でてきのふけふなる水草かな 秋櫻子
田を植うるきのふの葬のはや遠く 小笠原紀子(櫟)
田掻馬きのふ神馬をつとめたる 猪俣千代子 秘 色
田草とりきのふと同じ田をけふも 及川 貞
白う咲いてきのふけふなき蓮かな 渡辺水巴 白日
白う咲きてきのふ今日なき蓮かな 渡辺水巴
白つつじきのふは弾みゐしこころ 樋笠文
白梅のきのふ一輪けふ二輪 山田貴美子
百年のしまひはきのふ姥桜 矢島渚男 百済野
皆まろき萩の若葉やきのふけふ 小杉余子
盗賊かもめを愛してきのう絶壁に 津沢マサ子 華蝕の海
相避くる蟻やきのふの友の言 石川桂郎 含羞
着心のきのふと過ぎし紙衣かな 大魯
石槌やきのふにたがふ秋の雲 松根東洋城
秋たつやきのふのむかし有の儘 千代尼
秋の風きのふ行脚に出られたり 秋風 正岡子規
秋立つやきのふの昔し有のまゝ 千代尼
秋立やきのふのむかし有のまま 千代尼 選集古今句集
秋風におとゝひきのふ吹かれけり 椎本才麿
秋風にきのふもけふもなかりけり 久保田万太郎 草の丈
秋風やきのふはしろきさるすべり 平井照敏(1931-)
移徙やきのふ植ゑたる松の雪 雪 正岡子規
稗ぬきのきのふをはりし田のひまに 長谷川素逝 村
種案山子きのふも畦に寝かされて 関森勝夫
稲妻やきのふは東けふは西 其角 選集古今句集
窓のうちはたきのうごく四温かな 岩田由美
窓の内はたきのうごく四温かな 岩田由美
立春をきのふに夜の雨降れり 児玉喜代
立春をきのふに鴨の青夜空 佐野まもる 海郷
立春大吉きのふは母似けふ父似 田中水桜
立春大吉野良はきのふと変りなし 百合山羽公 寒雁
立秋をきのふの日ざし帚木に 亀井糸游
竹の子や兒(ちご)の歯ぐきのうつくしき 服部嵐雪 (1654-1707)
竹を伐る音きのふより深くなる 千賀静子
竹煮草きのふの雨の匂ひかな 山田弘子「春節」
笹鳴のきのふを探しゐるごとし 岸原清行
箱眼鏡きのふもけふも伊勢にゐて 児玉輝代
節分やきのふの雨の水たまり 久保田万太郎 流寓抄
糸瓜忌やきのふの雨の干ぬ径を 山田弘子 こぶし坂
紫陽花にきのふ紅さして今日はいかに 紫陽花 正岡子規
紫陽花やきのふの誠けふの嘘 紫陽花 正岡子規
紫陽花やはなだにかはるきのふけふ 紫陽花 正岡子規
綿虫やきのふはいづこに今日こゝに 水原秋櫻子
緋連雀きのうのことはみな忘れ 宮崎重作
緑の週間きのふもけふも街は雨 岡田日郎
緑蔭にきのふ別れし如話す 今橋真理子
繭を抱ききのふのごとく蛾のゐたる 木津柳芽 白鷺抄
翁忌をきのふ貴船に遊びけり 大石悦子 聞香
老を鳴く鶯思へきのふけふ 路通
耳鳴りのきのふは吹雪けふ瀬音 正木ゆう子 悠
職辞めしきのふのけふの辛夷かな 細川加賀 『玉虫』
肌寒や抱籠はなすきのふけふ 肌寒 正岡子規
舟で来てきのふの先の芦を刈る 茂里正治
芋祭きのふに雨をこやりけり 金尾梅の門 古志の歌
花屑のきのふの上にけふ白し 飯田綾子
花林檎きのふのけふの妻愛す 松山足羽
花火見しきのふの石に坐りけり 藺草慶子
花片のきのふの靴を履きにけり 綾部仁喜 樸簡
花野行く耳にきのふの峡の声 露月句集 石井露月
花鳥もきのふと過て初鰹 芙蓉花
苗代や案山子の鼻もきのふけふ 尾崎紅葉
茄子太る當麻はきのふ大雨と 田中裕明 山信
茎立やきのふの雨の朝ぼらけ 阿波野青畝
茎立やきのふは遠しをととひも 黒田杏子
茸山きのふの人の声のこる 飴山實 少長集
茸狩のきのふの山の高きかな 瀧澤伊代次
草の戸に紅葉時雨のきのふけふ つじ加代子
草の戸の残暑といふもきのふけふ 高浜虚子
草市やきのふに続く青い空 大木あまり 火球
草焼のきのふ火の海野の仏 百合山羽公 寒雁
草紅葉きのふは柩通りたる 大峯あきら
菊を括る紐なりきのうより置かれ 宇多喜代子
菌山あるききのふの鶴のゆめ 田中裕明 花間一壺
菜の花のきのふの雪は嘘なりし 田中裕明 櫻姫譚
菜畑やきのふ白蝶けふ黄蝶 ふけとしこ 鎌の刃
萱刈るやきのふにまさる山日和 植地芳煌
落葉たく煙の中のきのふけふ 瀧井孝作
葉桜やきのふにかはるくらしむき 鈴木真砂女
葬一つきのふに済ませ茗荷汁 高澤良一 素抱
蕎麦畑にきのふの風を語るかな 佐藤紅緑
蕣やきのふ死んだる小傾城 朝顔 正岡子規
薄原望はきのふとなりにけり 波津女
薄氷やきのふ一粒万倍日 神尾久美子 桐の木以後
薺つむかたびらゆきのふまれけり 飯田蛇笏
藤を見に行きしきのふの疲れ哉 藤 正岡子規
藻刈舟きのふのところかへにけり 成瀬櫻桃子
蘭の香や暖爐焚かざるきのふ今日 及川貞 夕焼
虚子偲ぶきのふに在りし人の如 浅井青陽子
虫干やきのふにかはる今日は武具 土用干 正岡子規
虫送りきのう過ぎけり義景忌 高島鶏子
蚯蚓の死きのふと同じような今日 山下しげ人
蜆汁きのふ大火のありしかな 久保田万太郎 草の丈
蜒々のさくらきのふにすこし古り 飛鳥田[れい]無公 湖におどろく
蜩やきのふの今もこの縁に 森田峠 避暑散歩
蝿を打つ音や隣もきのふけふ 炭 太祇
蟷螂の骸きのふの位置のまま 百合山羽公 寒雁
血を喀きしきのふのけふを雪が降る 中尾白雨 中尾白雨句集
行く水に浮世の月もきのふかな 上島鬼貫
衣がへやきのふの花を袖畳 丸石 選集「板東太郎」
袖の香やきのふつかひし松の露 山口素堂
西行忌きのふの我をへだつかな 川村研治
西行忌きのふの雪のなかりけり 岳陽
見つめゐてきのふのいろの畦火かな 大石悦子 群萌
診疲れに加ふ花冷きのふけふ 新明紫明
軽雷やきのふ過ぎゐし誕生日 岸風三樓
道の上にきのふの雨の氷りけり 今井杏太郎
遠雷やきのふ生まれてほと欠伸 蓬田紀枝子
酌み初めはきのふのごとし冷酒の旬 高澤良一 ぱらりとせ
野蒜和きのふゐてけふ人の亡き 永島靖子
野辺送りきのふもけふも冴え返る 冴返る 正岡子規
鈴虫やきのふと変る夜の色 吉永芙蓉
閑居鳥きのふもこゝに來啼ぬる 蕪村遺稿 夏
閻王のきのふの供華のいきいきと 亀井糸游
阿武隈のきのふ雪得し寒牡丹 岸風三楼 往来
阿波踊きのふに蓮田ひるがへる ながさく清江
阿蘇も火を噴くと新樹のきのふけふ 羽公
障子入れきのふを遠くしたるかな 片山由美子
雁がねはきのふ来たるに山津浪 萩原麦草 麦嵐
雁のきのふけふなる夜空かな 細川加賀 生身魂
雛の間やきのふ火燵を塞きけり 雛祭 正岡子規
雛の餅きのふは帰る雁を見て 百合山羽公 故園
雨水かなきのふに変はる鳥の声 高平嘉幸
雨滴誰れ山繭の音きのうから 山中葛子
雪ちるやきのふは見えぬ借家札 小林一茶 (1763-1827)
雪よ雪よきのふ忘れし年の花 上島鬼貫
雪を聴くきのふのわれを聴くごとく 黒田杏子 花下草上
雪原行くきのふの吾を置き去りに 西井さち子
雪解谷きのふの旅の人にあふ 矢島渚男 采薇
雲の峯きのふに似たる今日も有 加舎白雄
雲の峰きのふに似たるけふもあり 白雄
青芒きのふ鶉の走り出で 宇佐美魚目 天地存問
靴みがきのうしろこがらし昇天す 石原八束 空の渚
頼政忌きのふでありし川の音 関戸靖子
風光る閃めきのふと鋭どけれ 池内友次郎
風船が割れてきのうが遠くなる 大西泰世 世紀末の小町
風花の舞ひしはきのふ桃の花 高木晴子 晴居
風蘭の花がきのふの風記憶 後藤比奈夫 めんない千鳥
風速もきのふと同じ冬芒 百合山羽公 寒雁
風鈴にきのふとすぎぬ今日と過ぎ 阿部みどり女
飛鳥川けふもきのふの氷哉 横井也有 蘿葉集
餅切るやきのふ芭蕉の墓を訪ひ 橋本鶏二
馬追や*かやの別れをきのふにて 小杉余子 余子句選
髪洗へばきのふにもどれるかも知れず 向山雅子
髭の邪魔いかにきのふの薺粥 也有 (正月八日附丈草の手紙鬚は汁をすゝる邪魔になり云々とあれは)
鬼百合よきのうも魚が燃えて哭く 坪内稔典
鰒も啼けこゝはきのふの船軍 河豚 正岡子規
鳥帰るきのふは華燭けふは喪の 稲垣きくの 黄 瀬
鳥雲にきのふ遥かにけふの空 飯田枝美子
鳶舞ふてきのふもけふも霞哉 霞 正岡子規
鶺鴒やきのふも居りし石の上 柑子句集 籾山柑子
鷭なくやまがきのうへに沼の月 橋本鶏二 年輪
麦の芽にきのふの雨の土のいろ 長谷川素逝 暦日
鼻唄のきのふと同じ胡瓜もみ 黛まどか
Gパンもあつた昨日の燕飛ぶ 坪内稔典
ああ昨日のその場しのぎの優しさが深夜電話に化けてまた響る 島田修三
あたゝかき昨日につづく二日かな 土永竜仙子
あら何ともなや昨日は過ぎて河豚汁 芭蕉
うぐひすの昨日より今日声の丈 川崎展宏 冬
うぐひすや昨日の雪の消えなむと 岸田稚魚
うぐひすや砂丘昨日の砂ならず 津田清子
うぐひす来待てば昨日よりやゝ遅れ 及川貞
おほわたの昨日思ふ血生臭き口 石川桂郎 含羞
かなぶんや昨日の詩の早や古ぶ 野見山ひふみ
けふ見めや昨日の雨にさいた花 花 正岡子規
この窓の氷紋昨日と同じなる 上野泰 佐介
この蘭や五助が庭に昨日まで 蕪村
この雪に昨日はありし声音かな 前田普羅
すゝむ癌昨日の凍星位置変へず 菖蒲あや 路 地
せめて花押す昨日があいている日記 対馬康子 吾亦紅
そよやそよ昨日の風体一夜の春 宗因
つくばねの昨日も今日もかすみけり 霞 正岡子規
でで虫や昨日も今日も路地に雨 菖蒲あや
なつかしき昨日の海や笊はたき 増田龍雨 龍雨句集
ななくさも昨日と過ぎし身のほとり 富安風生
なほいぶる昨日の鹿火を焚きつぎぬ 増田樟風
はるかとも昨日のこととも原爆忌 貞吉 直子
はろかなるものに昨日と桐の花 岡本眸 午後の椅子
ひと日づゝ昨日と去りぬさくらんぼ 岸風三楼 往来
ふさぎ虫昨日のことよ桜餅 山田弘子 螢川
ふゆしほの音の昨日をわすれよと 久保田万太郎 流寓抄
ふるさとや昨日は棗ふところに 長谷川双魚 風形
まだ昨日を知らざる白さ花辛夷 鎌倉佐弓 潤
まだ生きて動く昨日の冬の蝿 中島一浄子
みかんの花昨日へ帰る舟さがす 山本敏倖
みそさゞい昨日の今日といひがたき 久保田万太郎 草の丈
もどり橋・花降りくらむ昨日より追いすがる声のありて鋭し 永田和宏
ゆく春のすぎて甲斐なき昨日かな 久保田万太郎 流寓抄以後
ゆく雁に昨日の波の藻を焚ける 榎本冬一郎 眼光
をさな無しもぎしざくろは昨日のまゝ 及川貞 榧の實
カンテラ照らす昨日泊まつて来た昔 阿部完市 絵本の空
バラの雨散り敷くまゝに昨日より 高濱年尾 年尾句集
ミモザの黄揺れる昨日に堕ちぬため 高澤晶子
三ケ日昨日と過ぎて湯豆腐す 小澤碧童 碧童句集
三汀忌ひとゝせは経ぬあな昨日や 石塚友二 光塵
不機嫌に昨日の畦をぬりかへし 田島耕人
中庭に昨日の雪の残りたる 寺田寅彦
久闊も昨日会ひしも年忘 堀恭子
亀鳴くや昨日のまこと今日の嘘 櫛原希伊子
二た昔とも昨日とも高虚子忌 深見けん二
人ごみにをり人日は昨日なり 勝又民樹
人妻のけふ来て昨日野分吹く 攝津幸彦
人死んで昨日のままに瓜浮かぶ 柿本多映
人間は昨日やめたり花辛夷 平井照敏 天上大風
今日は今日昨日は昨日酔芙蓉 川口咲子
今日は鳴らず昨日鳴りたる瓢の笛 後藤比奈夫 めんない千鳥
今日も干す昨日の色の唐辛子 林翔(1914-)
今日も来て昨日とおなじ花の下 毛利提河
今日も見る昨日の道の穴まどひ 富安風生
佗助や昨日につづく海の荒れ 中村孝一
佗助や昨日は今日の昔なる 佐藤漾人
優曇華や昨日の如き熱の中 石田波郷(1913-69)
元忌の昨日でありし残暑かな 深見けん二
冬の空昨日につづき今日もあり 波多野爽波 鋪道の花
冬座敷昨日の喪服掛けしまま 松本久美恵
冬木影ばさと昨日に同じ刻 栗生純夫 科野路
冬鵙のためいき昨日の雲がない 村上夜虹
初声はやつぱり昨日の小鳥たち 中島芳昭
初氷何して過ぎし昨日かな 中村汀女
初燕日記の昨日あらざりき 米沢吾亦紅 童顔
初舞を昨日に晴衣たたむかな 足立靖子 『梨花』
初鮒や昨日の雨の山の色 視山
別れ霜ありし昨日は語らずに 稲畑汀子
別れ霜ありし昨日を遠くせり 星野 椿
別れ霜昨日こぼした炭の粉に 綾子
北風の昨日も今日も軒の梅 高濱年尾 年尾句集
十年過ぎぬ松蝉鳴きて昨日のごと 福田蓼汀 山火
千年を昨日の如く水澄めり 駒走松恵
卒業は昨日なりしに連れだち来 森田峠
卯の花に昨日の人をまた見たり 間石
古草に昨日より近き川の音 箕村菜実子
合歓の花昨日の顔の今日はなく 斉藤鈴子
啓蟄の土くれを掃く昨日けふ 松尾 静子
囀りや昨日のことはもう昔 林千恵子
囀りや昨日のように五十年 吉本一江
四月馬鹿昨日のあひる今日も居て 伊藤俊二
在五忌を昨日に水無き橋渡る 佐野美智
地べたで鮭焼く昨日も今日もつまづきどほし 磯貝碧蹄館 握手
地階からドラム 昨日の思考落とす 伊丹公子 ドリアンの棘
夕蛙昨日捨てねば明日遠し 勝又寿々子 『春障子』
大人びて昨日の園児入学す 石塚友二
大旦昨日と違ふ風が吹く 高田潤一
大根の花や昨日の旅役者 青柳志解樹
天高し昨日の画布に今日も描く 相生垣秋津
妻の忌の昨日が遠し雪蛍 沼澤石次
定植の昨日済みたる雲の峰 今井聖 バーベルに月乗せて
家にゐて昨日とおなじ秋の暮 藤田湘子 てんてん
寒明けて昨日の心今日はなく 下村非文
寒波来し昨日(きぞ)としもなし芝に坐す 竹下しづの女句文集 昭和十三年
寝すごす冬野昨日が犬の形で来る 磯貝碧蹄館 握手
寝足れば昨日は遠し茄子の花 池田秀水
寝雪照るや昨日とすぎし春祭 前田普羅 飛騨紬
対岸は昨日の遠さ葦枯れて 松岡隆子
小鳥来る旅の昨日を話す目に 岡田順子
山削る音昨日より冬の鵙 船坂ちか子
山国や昨日流せし雛が浮く 大西静城
山小屋はヴォイラー焚いて昨日まで 高澤良一 素抱
山茶花に昨日のごとく暮れにけり 道芝 久保田万太郎
山茶花や昨日と知りし三の酉 永井龍男
山茶花や昨日と言はず今日遠し 森澄雄 所生
岐阜提灯昨日と同じ色の空 阿部みどり女
左千夫忌を昨日に矢切の渡しかな 大井戸千代(欅)
干瓢の干され葬も昨日のこと 和田浩一
庭の薔薇汝に切り供ふ昨日また今日 及川貞 夕焼
庭石に昨日のまゝの一葉かな 比叡 野村泊月
御遠忌は昨日にすみぬ春の雨 大谷句佛 我は我
忽ちに古ぶ昨日もくちなしも 山田弘子 螢川
怪談の昨日のつゞき涼み台 高浜虚子
息白々昨日を痣のごとく負ふ 加藤楸邨
悴むや昨日より今日面白し 大島邦子
惨劇は昨日 影絵の男・女 森 洋彦
戦昨日終る白レース服裾かろし 文挟夫佐恵 黄 瀬
手さぐりの昨日につづく蓬原 摂津よしこ
手袋や去年となりたる昨日のこと 藤岡筑邨
打越に雲雀あがれり昨日空 高橋睦郎 金澤百句
挑咲いて遠き昨日のともるなり 文挟夫佐恵 雨 月
掃かざりし昨日ぞ見ゆる椿かな 尾崎迷堂 孤輪
敏き天秤を愛すわれ昨日は森に 和田悟朗
旅にゐし昨日ははるか桐一葉 上田日差子
旅人に昨日は岩魚今日は鮎 森田峠 避暑散歩
旅信したたむ昨日雪けふも雪 篠崎圭介
日めくりの昨日枯葉のごとく捨つ 神長裕子 『苦楽園』
日脚のぶ昨日の如き枯木かげ 高濱年尾 年尾句集
早稲刈の昨日葬りし家の前 宮田正和
明日遠し昨日もとほし梅雨蛍 那須 乙郎
昏々眠る昨日雪嶺の裾にゐし 佐野美智
春めきて昨日と同じ雨ならず 岩垣子鹿
春惜しむ膝の能面昨日舞ひし 皆吉爽雨 泉声
春愁の昨日死にたく今日生きたく 加藤三七子
春泥の昨日はここに馬の市 本多邁
春落葉焚きては昨日忘れけり 古賀まり子 緑の野
春落葉焚く火が昨日を儚くする 小松崎爽青
春蝉とほく昨日の位置に廻す椅子 友岡子郷 遠方
春雨の希釈してゆく昨日かな 櫂未知子 蒙古斑
春駒の昨日廻りし村に泊つ 高澤良一 随笑
春鴉昨日いとしみ今日憎む 鈴木真砂女 夕螢
春鴎昨日の齢すでに越ゆ 原裕 青垣
昨日ありし街焦土の雪降り積む 椎橋清翠
昨日あり今日あり落花とめどなく 石川星水女
昨日からちょつちょと秋も時雨かな 松尾芭蕉
昨日から木となり春の丘に立つ 中村苑子(1913-2001)
昨日けふ花おこたりて日日草 片山由美子「天弓」
昨日しぐれ今日又しぐれ行く木曾路 漱石
昨日せし松吊り明し火事の空 久米正雄 返り花
昨日といふ父の世のあり秋桜 上田日差子
昨日とおなじところに居れば初日さす 桂信子 黄 瀬
昨日とは違う己に秋の色 根岸 操
昨日どほり鵙来て鳴くに吾子の亡し 川村紫陽
昨日につづくカントの倫理雨の鵙 木村蕪城 寒泉
昨日につゞく死の雨の夜工場暮し 鈴木六林男
昨日のこと今日書き記しすとんと秋 平井さち子 紅き栞
昨日のこと葉桜にして忘れけり 菊池サイ
昨日のごと今日過ぎゆける芹の花 野池玉代
昨日の句けふは古りゆく青き踏む 大木さつき
昨日の声たれにゆづりし春の鵙 野澤節子 黄 炎
昨日の夢夏の和服のごとく捨つ 小倉緑村
昨日の翳負はぬ子凧をかがやかせ 小松崎爽青
昨日の落松葉の上に今日の落松葉 綾子
昨日の蜂骸となりて霜日和 太田好子
昨日の雪吹消しゝ野辺月みつる 金尾梅の門 古志の歌
昨日の魚雷の午まへの碧い海 藤後左右
昨日の魚雷はと振り向くはるか 藤後左右
昨日はしやぎ過ぎし雀は蛤に 山元志津香
昨日はや儚々芙蓉露けしや 佐藤国夫
昨日は死にき明日は出水の泥昼顔 高柳重信
昨日は真神今日は麒麟の遊びせり 沼尻已津子
昨日までおはせし炬燵に通夜の雪 吉屋信子
昨日まで卯の花くだし鞍馬川 飴山實(1926-2000)
昨日まで白魚汲みてゐて逝かれ 波多野爽波 『骰子』
昨日まで知らぬ人なり心太 今岡昭栄
昨日も降り四万六千日も降る 原田青児
昨日よりくらき白山九月尽 阿部完市
昨日よりけふの日差しの節分草 中村祐子
昨日よりけふ蟻地獄だまりけり 萩原麦草 麦嵐
昨日よりさらに日永や梅の花 岩田由美 夏安
昨日よりの今日の潮風は秋 中村若沙
昨日よりもかすれし蝉や牧水忌 石田あき子 見舞籠
昨日よりもをとゝひよりも冬日和 星野立子
昨日よりマロニエ黄葉濃き巴里 河野静雲
昨日より今日あたたかや猫柳 長野豊子
昨日より今日あたゝかし親鸞忌 角川春樹
昨日より今日のかろさの朴落葉 橋本榮治 逆旅
昨日より今日の夕顔早く咲く 金元喜代子
昨日より今日の氷に日はぬくし 高木晴子 花 季
昨日より今日の白さのさくらかな 坊城中子
昨日より今日の色濃く紅葉山 金子寿々
昨日より今日の軽さの朴落葉 橋本榮治
昨日より今日の重たき萩括る 岡田史乃
昨日より今日の雪間のなつかしく 今井千鶴子
昨日より今日の青空凍返る 山本晃裕
昨日より今日を大事に夏野ゆく 久木原みよこ
昨日より今日を太りし軒つらら 椎橋清翠
昨日より今日を杳かに洗鯉 角川春樹
昨日より今日大いなり雪の嶺 相馬遷子 山河
昨日より今日新しき薺花 細見綾子
昨日より今日明るしと雪を掻く 木村敏男
昨日より元気な富士山や花ミモザ 堤 保徳
昨日より声の大きく飾売 山田節子
昨日より声の大きな燕の子 岩崎悦子
昨日より姑の無口や寒の雨 小島みどり
昨日より散りひろがりし風の萩 高濱年尾
昨日より日除をしたり農学校 前田普羅 新訂普羅句集
昨日より明日が大事と囀れり 小川原嘘帥
昨日より暑くなるぞと朝の蝉 高澤良一 燕音
昨日より梅雨に入りし波がしら 斉藤美規
昨日より深き秋空庭師来る 鈴木 いよ
昨日より深き音して落葉踏む 中村菊一郎
昨日より濃き秋風と思ひけり 草間時彦 櫻山
昨日より生甲斐なくし星飛ばす 田川飛旅子 『邯鄲』
昨日より糸は絡まり兜虫 津沢マサ子 華蝕の海
昨日より薺摘みゐる寺男 白方昭女
昨日よリ今日新しき薺花 細見綾子 冬薔薇
昨日会い今日は訪い西東忌 鈴木六林男 王国
昨日兵役 妻と星みる 海峡みる 伊丹公子 ドリアンの棘
昨日出し地虫も共に悲しめり 池田秀水
昨日別れし人のおもはる霜夜かな 上村占魚 鮎
昨日吹いて今日吹くものや秋の風 東洋城千句
昨日大事明日大切に薺粥 大沢ひろし
昨日寸前今日また寸前熟れ石榴 林 翔
昨日捨てた花 氷る 運河に街詰まり 伊丹公子 メキシコ貝
昨日摘みつくせしはづの蕗の薹 森井美知代
昨日来て今日きて夏の匂ひかな 藤本草四郎
昨日来て今日来て深き青葉闇 中村契子(白露)
昨日漉きし紙春分の日を過す 小島昌勝
昨日濡れ今日乾く壁春まつり 鍵和田釉子
昨日焼きし山の匂ひや橋の上 土橋朴人
昨日焼けた空あたそこに鉄を組む 鈴木六林男
昨日獲て秋日に干せり熊の皮 相馬遷子 山國
昨日虚子今日はモームと端居して 嶋田一歩
昨日行きし柩のここを春の暮 斎藤玄 無畔
昨日見し山のポストを霧に探す 馬場移公子
昨日見し火星を寝物語の処暑 高澤良一 素抱
昨日見し白百合見えず草の中 金子せん女
昨日見せざりし涅槃図今日掛かる 森田峠 避暑散歩
昨日見た花は跡なし夜の風 花 正岡子規
昨日見た處にはなし雪だるま 雪仏 正岡子規
昨日見てそのあくる日も春の山 森澄雄 所生
昨日見て今日は通りぬ桐咲く辺 加倉井秋を 午後の窓
昨日見て今日見て雨の落し水 村沢夏風
昨日診し風邪患者なりチンドン屋 瀧澤伊代次
昨日躁今日鬱となる牡丹かな 出木俊子
昨日釣りし鮒皆活きて霜きらゝ 碧雲居句集 大谷碧雲居
昨日降り今日雪代の入間川 小野宏文
暑き日の昨日の空に似て明くる 橋本一水
暮遅し昨日に似たる鐘が鳴る あらた
更衣昨日と今日と違ふ風 桧林ひろ子
朝の雨昨日の足袋をはきにけり 細見綾子 花寂び
朝月残る昨日のこと考えている 住宅顕信 未完成
朝顔に昨日の煩ははるかかな 澤村昭代
朝顔市昨日の雨を地に残し 太田佳代子(春燈)
朝鵙や昨日といふ日かげもなし 林翔 和紙
朧にて昨日の前を歩きをり 加藤楸邨
木の葉散り昨日と今日がまぎらはし 暮石
木実青かりし昨日のけふとなる 山口誓子
机(き)の端を昨日の蟻か折り返す 高澤良一 素抱
松の蕊日々たち昨日より立ちぬ 岸風三楼 往来
松虫草昨日を今日に嶺の雲 坂巻純子
枯木見て昨日と今日をつなぎをり 岡本眸 午後の椅子
枯菊を焚いて昨日に続く晴 山田弘子 螢川
枯萩のむざと刈られし昨日かな 臼田亞浪 定本亜浪句集
枯蔦や昨日に過ぎしクリスマス 増田龍雨 龍雨句集
柚子*もげば昨日の雨も共に落つ 大村清美
柚子の香やすでに昨日の吾子ならず 岸風三樓
桃も花菜も昨日に遠し彼岸雪 臼田亜浪 旅人
梅便り昨日白球便り今日 今坂柳二
梅干して昨日を今日に継ぐ空ぞ 土屋いそみ
梅白し昨日や鶴を盗まれし 芭蕉
梅莚昨日の紅のつきどころ 久米正雄 返り花
梅雨蝶の柱の陰に昨日より 桂信子 草影
棚瓠きえて昨日の家もなし 松崎豊
森の中みどりの音す昨日苦しみ 和田悟朗
椿燃え昨日の夢に火をつける 河野多希女 両手は湖
椿落て昨日の雨をこぼしけり 與謝蕪村
榾の火や昨日碓氷を越え申した 夏目漱石 明治二十八年
機翼下に昨日露見しドナウ河 桂樟蹊子
正月や昨日と同じ顔洗ふ 土屋春吉
死者の家昨日の小菊に昨日の虻 林翔 和紙
残菊や昨日迯にし酒の礼 炭 太祇 太祇句選
毛虫焼く昨日のことに腹立てて 石嶌岳
水中花昨日と同じ泡抱いて 樹生和子
水中花昨日のまゝが悲しけれ 久本澄子
水仙を包む昨日の新聞紙 星野椿
水入に昨日の菫しほれけり 蘇山人俳句集 羅蘇山人
水増して昨日とかはる*いさざ漁場 森田四楼
水無月を昨日に咲ける桔梗かな 尾崎迷堂 孤輪
水筒に昨日の水や向田忌 原田青児
汗つづくまかりし昨日の葬より 皆吉爽雨 泉声
沙羅の花昨日も今日も見て高野 大塚郁子
河童忌を昨日に過ごし梅酒減る 佐野まもる
河骨の昨日の黄色はや水漬き 谷口和子
波の花昨日のバスの運転手 小林こみち
波郷忌を昨日に今日の大綿ぞ 岸田稚魚
泰山木昨日の花に錆にじみ 西村和子 窓
流燈の昨日の川に来てをりぬ 松山足羽
海を見し昨日は遠し萩枯るる 阿部みどり女
涸川がひかる昨日のつづきを縫い 津沢マサ子 空の季節
淡雪の昨日を遠くして日和 稲畑汀子 春光
満月を呑みこむしぐさ昨日から 杉野一博
濃紅葉も昨日となりし一葉忌 川崎展宏
火の山や真白にかづく昨日の雲 南風 水原秋櫻子
火口湖は昨日の水位秋立てり 山崎美沙緒
炉辺しづか昨日のごとく今日も過ぎ 松尾いはほ
炉辺の母昨日と同じ話かな 有馬籌子
炎天を行く昨日よりやや老いて 木村敏男
烏瓜の花の縮みて昨日あり 高澤良一 鳩信
焼芝や昨日の灰の掬はるゝ 飯田蛇笏 霊芝
煖房車わが旅昨日よりはじまる 山口波津女 良人
照りつけし昨日は遠し野分波 米沢吾亦紅 童顔
煮こごりとなりて居たりし昨日のこと 平井さち子
熔鉱炉昨日の聖火奥へ奥へ 八木三日女 落葉期
燕去つて昨日と同じき山河あり 相馬遷子 雪嶺
父ありし昨日の空や鳥帰る 橋本榮治 麦生
父に訪はるるや昨日生薑市 塚本邦雄 甘露
爽やかに昨日の川をふりかへれ 落合水尾
牛羊に昨日の雪照る大試験 木村蕪城 寒泉
牛蛙昨日のつづきの我であり 加藤瑠璃子
牡丹散る日ざし昨日に変らぬに 上村占魚 『かのえさる』
牧の朝昨日生れし仔馬見に 星野立子
猫と棲み昨日にまさる木の葉髪 鳥居美智子
猫の妻昨日の恋の名残り見せ 綿利信子
甘草や昨日の花の枯れ添へる 松本たかし
白う咲きて昨日けふなき蓮の花 渡辺水巴
白き蝶昨日と同じ蝶なるや 細見綾子 黄 炎
白桃に昨日の指の痕のこる 小檜山繁子
白椿昨日の旅の遥かなる 中村汀女
白百合に昨日の傘を干し並べ 村沢夏風
祭足袋干して昨日の遠くなる 加藤野風子(川)
秋の空昨日や鶴を放ちたる 蕪村
秋扇昨日を遠しとつかひけり 大石悦子 群萌
秋時雨昨日に似たる昼過ぎに 細見綾子 花寂び
秋晴や昨日の津浪の海蒼く 雨月 大橋櫻坡子
秋祭過ぎしは昨日塀の泥 桂信子 草影
秋風や昨日で切れし定期券 池田秀水
稲妻す昨日も今日も又明日も 阿波野青畝
稲妻や昨日は東今日は西 其角
稲扱の昨日の音につゞきけり 米沢吾亦紅 童顔
穂蓼踏み昨日来し道今日帰る 菖浦あや
空蝉の 全ては昨日までのこと 木村美岐
立子忌の昨日と過ぎし衣たたむ 今井つる女
立春や昨日のままの薄氷 殿村菟絲子 『菟絲』
笹粽吊りて昨日とちがふ海 水野宗子
筑波泣く顏や昨日の笑ひ顔 正岡子規
籾摺を昨日に終えし茶の間かな 大島麦邨
納め大師昨日と過ぎし詣でかな 浅野白山
紫陽花や人にやさしき昨日けふ 片山由美子 水精
統一を昨日にドイツの良夜かな 関森勝夫
美しき花のさかりや昨日けふ ことの
義経忌昨日の蝶の今日も来る 土田澪子
胡瓜漬昨日のままの貌でいる 松本 豪
胴亀や昨日植ゑたる田の濁り 許六「韻塞」
舞踏のように 捨てられ 昨日のあやめの束 伊丹公子 時間紀行
花あやめ昨日の恋はそれつきり 仙田洋子 雲は王冠
花すぎて花の冷えある昨日けふ 上村占魚 鮎
花の客送りしは昨日風荒るる 新田八重子
花びらの流れて遠き昨日かな 仙田洋子 橋のあなたに
花冷や昨日に変る日のひかり 浅見信八郎
花散るや昨日はここに花御堂 岩田由美 夏安
花李昨日が見えて明日が見ゆ 森澄雄
花煙草昨日のバス道高みに現れ 平井さち子 完流
花粉症昨日の脳が錆びるなり 鈴木八駛郎
花野ゆく富士を昨日のごとく置き 小牧一兎
茄子の花昨日にまさる凡に謝す 岡田 和子
草刈の昨日刈りたる山を越ゆ 木附沢麦青「南部牛追唄」
草虱なかなか終わらない昨日 出口善子
荒涼の昨日につづき鳥総松 鈴木六林男
菊を焚く昨日のつづきにありてけふ 石川文子
萱草や昨日の花の枯れ添へる 松本たかし
落椿昨日は沖のごとくあり 田川飛旅子 『植樹祭』
落鮎の山川昨日のにごりなし 皆吉爽雨 泉声
葱ひくや昨日の霰そのまゝに 西山泊雲 泊雲句集
蕨餅昨日のまゝにやはらかし 中溝八重子
薄紅葉して炎天は昨日のこと 原裕 葦牙
薔薇白し処女の倫理の昨日(きぞ)の栄 竹下しづの女句文集 昭和二十五年
薺摘む昨日からきし客と 矢島渚男 百済野
虹消ゆと昨日のことのやうに言ふ 加倉井秋を 『真名井』
蛇搏ちし棒が昨日も今日もある 北野平八
蛸壺や昨日とまりし淡路島 藤後左右
蜘蛛の囲の昨日の蝶の壊れたり 高濱年尾 年尾句集
蜻蛉や昨日も今日も峯の雲 尾崎迷堂 孤輪
蜻蛉や昨日逢ひたる人のこと 深見けん二 日月
蝦蟇を聞く昨日の父の椅子の座に 冨田みのる
蝸牛昨日も今日も同じ葉に 竹田ひろし
蟻の道昨日の如くありしかな 片岡奈王
蟻地獄昨日も今日も新しく 下村非文
行く雁の昨日のほどもなかりけり 米澤吾亦虹
衣桁には昨日とけふの花衣 吉田小幸
西行忌昨日と知りて天城越ゆ 八木沢高原
誕生日昨日と過ぎし冬苺 菖蒲あや
踏み戻る岨の凍雪昨日の刻 木村蕪城 寒泉
踏切は昨日のままの茄子ころがり 鈴木六林男 王国
連翹や昨日は雨に*えり挿して 藤田湘子
過ぎし日は昨日も遠し浮寝鳥 安住敦
還暦も昨日の続き胡瓜もみ 岡島禮子
野馬追武者昨日田の草取りゐたり 松崎鉄之介
鉢菫昨日のままの頁伏す 石田あき子 見舞籠
銀杏黄葉昨日のことは忘れたい 武井梅仙
降らぬ雲昨日よりあり春浅き 川島彷徨子 榛の木
降る雪の垣に昨日の煤の竹 中野浩村
雨細くからたち咲きぬ昨日より 岸風三楼 往来
雪を踏み足らひて昨日なき如し 殿村菟絲子
雪晴や昨日は母を葬むりし 吉屋信子
雪歇まず昨日涅槃の晨より 月尚
雪消野に昨日よりも胸薄く佇つ 岸田稚魚
震災忌昨日の神戸を通り過ぐ 塩津珠子
露葎遠き思ひに昨日の暑 大岳水一路
青ぞらのけふあり昨日菊棄てし 林田紀音夫
青簾昨日のことは忘れけり 石田あき子 見舞籠
青銅の魚・鳥昨日は雪隅田 古沢太穂
頬白や昨日もきてゐし藪の枝 木津柳芽 白鷺抄
飛びたきは昨日のうはさ放屁虫 宇都宮滴水
餅を切る昨日と今日を切り離す 宮川由美子
鮟鱇の昨日の骨と今日の骨 すずきりつこ
鮟鱇鍋昨日といへど遙かかな 角川春樹
鳳仙花昨日の如く散りてあり 前田普羅 新訂普羅句集
鳴き初むる昨日のちちろかも知れぬ 三橋喜代
鵠の昨日や去りし雪解かな 露月句集 石井露月
鶯や昨日の雨のけむる朝 青木政江
鶲来る昨日より今朝また冷えて 長谷川真砂人
●過去
あじさい闇 過去がどんどん痩せてゆく 大西泰世 椿事
かたつむり殻のうちそと過去未来 中北政巳
きつき足袋過去より響きくるものあり 川口重美
きのふより過去黴ず在り祖母の記憶 村上喜代子 『雪降れ降れ』
きらきらと出遇ひしは過去芽吹なか 谷中隆子
けふすでに過去となりゆく走馬灯 中村 信一
この尼の過去ははなやか西鶴忌 田上多歌史
この山の過去世の桜咲きにけり 角川春樹
さざなみに過去はちりぢり寒牡丹 鍵和田[ゆう]子 飛鳥
さすらひし過去ふところにぬくめ酒 小原紫光 『めくら縞』
すみれ濃く茫々たるや過去一切 内藤吐天 鳴海抄
それぞれの過去待つ毛糸編みなほし 秋月すが子
どの庭も柿を育てて過去の景 和田悟朗 法隆寺伝承
ひとつづつ過去となりゆく除夜の鐘 林 民子
ふらここを少うし過去へ漕いでみる 竹内定子
ほどく衣の過去たどりゐつ日脚伸ぶ 馬場移公子
ぼろぼろの過去張今日の揚羽蝶 中山純子 沙羅
もみぢして過去と未来のあはひかな 朝妻 力
わが過去に角帽ありてスキーなし 森田峠 避暑散歩
わが過去の双六に似て行き戻り 伊東 白楊
わが過去へ流るゝ如し天の川 山内山彦
わが過去を知りたる蚯蚓鳴きにけり 松本夜詩夫
われ彼を友と為ず夏木過去秘めて 下村槐太 天涯
アマリゝス過去が静かにつみかさなる 横山白虹
シネマ観るひとふしの過去鮮かに 藤木清子
メスのもとにひらかれてゆく過去がありわが胎児らは闇に蹴り合ふ 中城ふみ子
メロンパンは過去真向いに冬木の芽 鷲田 環
一つ一つ過去となりゆく霧笛かな 鈴木鷹夫 風の祭
一つ音の法師蝉過去透きにけり 馬場移公子
一切は過去と云うても敗戦忌 高澤良一 寒暑
乱丁のある過去といふもがり笛 文挟夫佐恵
人の世の過去へ過去へと雪降れり 三村純也
今つぶすいちごや白き過去未来 西東三鬼
佳きことはすぐに過去ともなる余寒 辻口静夫
充分にしあはせな過去河豚を煮る 古賀まり子
冬の河さびしき過去の翳もてる 伊東宏晃
冬萌や過去も未来も一炉辺 加藤楸邨
凍てゆるみ過去みな同じ遠さにある 野見山ひふみ
初夏や憂き出来事もいつか過去 高木晴子
初晴れや戦は遠き過去とせむ 城谷登美
十人の過去は十色に針供養 町田しげき
千本の過去は知らざり針供養 石山正子
単衣着て過去より深い今がある 山中正己
厄塚に過去をぽんぽん投げ入れる 山戸暁子
厚板の帯の黴より過去けぶる 橋本多佳子
古暦過去を捨て去るごとく捨つ 戸田 豊
吐息 過去がかけ込み乗車する いまきいれ尚夫
吹雪く夜や甦るもの過去ばかり 鈴木真砂女 夕螢
啄木忌過去にはふれず働かす 八牧美喜子
土にいま落ちたおと椿一輪一輪が過去 塩野谷西呂
土筆煮て過去がまつすぐ見ゆる齢 中村明子
塩田も造船も過去鳥雲に 山下美典
夏の雲過去も病臥とつながりし 三好潤子
夏服の皺や男は過去燃ゆる 米澤吾亦紅
夕東風や貝殻の過去ひびかせて 堀井春一郎
夕霧に過去のごとくに町沈み 村松紅花
外套を着て過去のみがあたたまる 内藤吐天 鳴海抄
大冬木叩いて過去と訣別す 清武夫美子
大試験茫々過去の中に去りぬ 山口青邨
太陽の旺んなる過去晰蜴出づ 白岩三郎
女正月過去のある背を流しあふ 信濃小雪
寄鍋に睦みて忘る過去のこと 鷲谷七菜子
寒詣過去は谺の割れる先 首藤基澄
寒風を一気に吸つて過去を吐く 河渕香保女
寝ねられぬ夜の籠枕過去が透く 池田蝶子 『草絵』
小津映画に過去呼びおこす冬銀河 村松弘美
屈葬の過去も冬日を母として 有馬朗人 母国
川上に一燦の過去竹煮草 飯田龍太
布団重し過去が責めくる胸の上 河野南畦 『花と流氷』
年忘れ過去は断片なるとき美 池内友次郎
床屋にあごすらせると どこか遠い過去が走っていく 袴田たけし
廃屋の藤過去の少年和解せず 仁平勝 花盗人
影産んで女は過去を踊るなり 鳥居おさむ
後添いの過去には触れず鳥渡る 太田秋峰
心より過去消し日々の汗にも馴れ 鈴木真砂女 夕螢
心太まづしき過去を子は知らず 佐藤浩子
忘れ雪未来はなやぎ過去うする 西本一都 景色
悲しさも少しづつ過去毛糸編む 林 千恵子
懸け雛過去は淡紅色けむり来る 河野多希女 両手は湖
我に過去君には未来屠蘇を酌む 亮木滄浪
手にとりて過去にひとしき日記買ふ 赤松[けい]子 白毫
手に触るる麦を笛にし過去を絶つ 原田種茅 径
押花の菫見てゐて過去が冷ゆ 鈴木鷹夫 渚通り
振返る花野の過去をみるごとく 稲垣きくの
捩花親の因果は過去のこと 磯崎ゆきこ
掌に重もる栃の実の過去欝として 豊山千蔭
敗れ蓮過去あらあらとひるがへる 加藤晴美
数へ日にいきいきといま過去語り 村越化石
旅ゆけば暮れはやく過去かへりこず 飯田蛇笏 雪峡
日脚伸び過去語るとき人亡ぶ 丸山嵐人
春の雪過去のしこりを帳消しに 登子葉山
春の雲ほうつと白く過去遠く 富安風生
春暁の目覚めの中の過去古びし [しょう]人
春泉にかがめば過去の顔々々 橋本榮治 逆旅
春潮や過去がほどける夢つれて 宮崎敦子
昭和は過去白りんだうの先充つる 松村多美
昼のこともう過去となる月見草 星野 椿
時の日や鸚鵡は過去を饒舌に 矢崎硯水
晩節や遠き過去より一螢火 齋藤愼爾
最果て夏どの過去よりも波荒く 山本つぼみ
月天心過去を流してジヤズ流す 近藤安子
月見草夕べを過去としてしぼむ 甘田正翠
有るごとき無きごとき過去虫干す 小宅光子 『雲に風に』
木の芽和過去ふりかへるゆとり得て 鈴木真砂女 夕螢
木の葉髪かたみに過去を修飾し 馬場移公子
木の葉髪小さく束ねて過去失くす 毛塚静枝
木の葉髪過去はうしろに捨てるもの 森川光郎
未来より過去の遠しよ粥柱 吉田順子
枯羊歯の一叢過去はすぐそばに 河野南畦 湖の森
柚きざみ人に煮炊きをせしは過去 稲垣きくの 牡 丹
桔梗やいつより過去となりにけむ 油布五線
梅若葉無性に過去が枷となる 榎原富美子
梅雨の藪要塞地帯過去ばかり 桂樟蹊子
棕梠咲ける高さに過去のわが教室 渡部ゆき子
楪の互ひに知らぬ過去のあり 溝口博子
榧の実を踏んで一気にもどる過去 大嶋邦子
樹氷林あゆみて過去へゆくごとし 奥坂まや
櫻貝過去の人ほど鮮かに 古舘曹人 砂の音
死と隣る過去いくたびぞ震災忌 小幡九竜
死にたしと迫りて哭きし過去の雪 稲垣きくの 牡 丹
水の過去水の未来に温みそむ 稲畑汀子 汀子第二句集
水中花けぶるごとくに過去ありぬ 加賀谷硯子(壷)
水涼し過去一切を惜しみなく 柴田白葉女 花寂び 以後
水澄むや過去証すもの何かある 津田清子
沖縄の片蔭過去をのみて濃し 沢 たか女
泣きし過去鈴虫飼ひて泣かぬ今 鈴木真砂女
浅蜊椀無数の過去が口開く 加藤楸邨(1905-93)
消せぬ過去引きずり行くや蝸牛 岩下千枝子
消炭の過去の又燃え上りけり 上野泰 春潮
満月に一夜足りない過去未来 登石詩子
火祭見る恋はも過去のものとして 鈴木真砂女
炎上を過去に金閣かぎろへる 今井妙子
炎天にいま逢ひそれも過去のごとし 目迫秩父
烏蛇みるまに過去のものとなる 横山白虹
照り返えす過去黍畑に雄の馬 金子兜太
爆じけたる過去ほろ苦き山椒の実 安田 孝
片蔭に過去の片蔭終戦日 百合山羽公 寒雁
猟銃音たちまち過去へ雪降りつむ 千代田葛彦 旅人木
甘藷うすくむく飢ゑし過去ともにもち 玉城一香
甘藷焼酎過去には触れぬ男達 塩田藪柑子(蟻乃塔)
甘酒啜る一時代をば過去となし 原子公平「浚渫船」
男物裁つ寒色の過去ひろがり 寺田京子 日の鷹
病臥悲歌炉の火ゆたかに過去燃やせ 古賀まり子
白服を吊るし一日を過去とする 広渡詩乃「春風の量」
白粉花過去に妻の日ありしかな きくちつねこ
白菖蒲過去なくて人生きられず 稲垣きくの
白靴に男の過去は匂はざる 行方克巳
百合の香と小過去吾を眠らせず 相馬 遷子
相逢ひて過去はまぼろし黒シヨール 柴田白葉女
瞬きて過去よりもどる細雪 福永耕二
石愛し過去を語らぬ懐手 千賀静子 『種壷』
秋冷のとびらを敲く月よわが過去も愛する覚悟はあるか 松本典子
秋嶺に手帳失ひ過去なきごとし 岡田日郎
秋灯を消して一事を過去とせり 中村堯子
秋灯下瑣事より過去をくりひろげ 成瀬正とし 星月夜
秋草に跼みしこともすぐ過去に 野路斉子
秋風の過去も未来もかきまぜる いそべ恒基
稲びかり一途に生きし過去照らす 古賀まり子 洗 禮
筍山西へ行くほど過去深し 脇本星浪
籐椅子にある父の過去我の過去 松尾白汀
籐椅子のひとつ過去向き置かれけり 北村峰子
米研ぎつ過去へさらさら冬の山 安井昌子
粟の穂のこの明るさを過去という 伊藤淳子
紫蘇の実に過去なる人の歩み来る 長谷川かな女 花寂び
細い蛇落葉の谷へ過去埋めに 中島斌雄
縷紅草のびては過去にこだはらず 中村秋一
罌粟よぎるもうひるすぎの足の過去 安井浩司 阿父学
羅や逢はざる過去が甦る 河野多希女
美しき過去となりつつ虹消ゆる 長田等
胸中に過去の明るし白地着て 櫻岡素子
花冷や母泣かす過去いくたびも 田中立夫
花冷や過去映すまで鏡拭く 有馬朗人 知命
花吹雪追ふは過去追ふごとくにて 保坂加津夫
花夕焼過去まぼろしの如くかな 高田自然
花嫁の輿来る過去の花野より 文挟夫佐恵
花野ゆく過去となりゆく過去のこと 久保田 洋子
茄子蒔きて誰もが耐へし過去を持つ 稲畑汀子
茶屋のひとり椈(ひのき)に通ひ馴れたる半過去 加藤郁乎
菊供ふ過去あるのみの師の遺影 嶋田摩耶子
落椿煌と地に在り既に過去 楠本憲吉
落葉降る数過去となる時の数 新明紫明
葭障子銀瓶ひとに過去ありき 及川貞 夕焼
蒲の穂の鈍色人に知られぬ過去 青木千秋
蒲団著て仏寂びゐまし過去ばかり 石塚友二 光塵
蓮の実飛ぶ失ひし吾が過去のごと 山田佐人
藤散るや過去むらさきに埋めんと 渡辺桂子
虫籠や財過去のもの愛とても 鈴木真砂女 夕螢
蛇を見し午後を過去とし夜の帯 岡本眸
蜜豆や女は過去を語らざる 野村汀老
蜩の声より過去となりゆけり 油布五線
蜷の道過去はうすれてしまひけり 前山百年
褪せることなき過去のあり桜貝 寺島麻里
覚えぬ過去知らない未来サングラス 西浦和子
話すこといづれ過去のみ夜の新樹 岸風三楼 往来
谷底へ過去張りついて青芒 河野多希女 月沙漠
赤蜻蛉父ゐし母もをりし過去 嶋田一歩
踊唄我等を過去に置き去りぬ 米沢吾亦紅 童顔
軽く反る裏白過去を背負ひけり 松瀬むつ江
過去というときめき真空パックにする 森須 蘭
過去といふ青き匂ひの螢かな つつみ眞乃
過去となる薔薇散つてゐるときの間も 前島勢津
過去などは皆海が呑みあつい砂丘 遊田礼子
過去に又過去重なりぬ福寿草 加藤国彦
過去に生きし老どち寄りて年忘れ 福田蓼汀
過去の悲しみ一隅に在り春の星 阿部みどり女
過去の月は沒し未來の月は出でず 月 正岡子規
過去はみな鏡のごとし秋の風 柴田白陽
過去は今満ち来芝生に秋日透き 細見綾子 雉子
過去は切れ切れ桜は房のまま落ちて 橋本多佳子
過去は右へ右へ朧の絵巻物 岡崎桂子
過去は運にけふは枯野に躓けり 鈴木真砂女
過去は過去砂丘にとばす夏帽子 三橋 迪子
過去ばかり犇めく枕夏の風邪 佐藤みさを(たかんな)
過去へ向く己れ宥せず冬夕焼 河野南畦 湖の森
過去よりも今に悔もつ野火あがる 野澤節子
過去よりも短き未来春の雲 西田静子
過去を定めむ一八のかながしらかな 加藤郁乎
過去忘じがたくそうろう夏の雲 黒木 俊
過去拘留孫仏の世よりの木の実かな 尾崎迷堂 孤輪
過去未来つなぐ花野に旅立てり 島みえ
過去未来なき今熱し玉子酒 籏こと
過去未来まつすぐに降る蝉時雨 鍵和田[ゆう]子 飛鳥
過去未来一縷は朱で春の闇 河野多希女
過去未来触れぬ会話や夜半の春 谷口桂子
過去永く行手短かし稲光 石塚友二
過去消えて蜜柑むく人なつかしや 長内惠子
過去清く持ち父は病む花の中 深見けん二
過去苦く柘榴一粒づつ甘し 鷹羽狩行
過去見る目止める術なく芹きざむ 谷口桂子
過去諸仏未来諸仏や火を埋む 尾崎迷堂 孤輪
過去遠くなるばかりなる更衣 岡安仁義
遠き過去せんかう花火玉顫へ 篠田悌二郎 風雪前
遠目して過去も枯野もからしいろ 石田あき子
遠蛙過去を語れば過去明るむ 楠本憲吉
重ね著の師のうつくしき過去未来 勝又一透
鏡割り過去亀甲に乾きをり 秦野智恵子
鐘の音の過去へ過去へと雪に消ゆ 本岡歌子
降る雪や過去へと時間舞ひはじむ 鈴木正治
雪の足跡すぐに過去とし失せにけり 菖蒲あや
雪女郎過去の不実の我が身にも 小原紫光 『めくら縞』
雪嶺に立つ父の過去子の未来 京極紀陽
雪洞の過去花に浮き人に浮き 蜷川露子
雪眼鏡そびらに過去を流しつつ 文挾夫佐恵
雲の峰過去深まつてゆくばかり 矢島渚男 船のやうに
霜焼の小指が過去を覚ましけり 丸田余志子
露の世の幸を守りて過去未来 池内友次郎
青き踏む青春遅々に過去のもの 佐野まもる
音質の悪い同時通訳にて過去へ たかはししずみ
風の盆めまいの如く過去のあり 岸本マチ子
風鈴やいそぎしりぞく過去ひとつ 赤松[ケイ]子
餅を焼きゐる三人の尼の過去 田畑美穂女
餅食ふや貧しき過去を身にまとひ 相馬遷子 雪嶺
鵙の贄思ひ出さねば過去は無し 岡崎るり子
麻雀に過去も未来もなきおのれ 藤木清子
黄昏の白梅過去となつてゐし 角谷昌子
黴のごと病み寝たりし日過去とせり 村越化石
●ひと昔
ひと昔すぐふた昔茶が咲けり 和田耕三郎
ひと昔まへも潮とぶ青真菰 山本洋子
一昔そのまた昔秋の山 深見けん二
数の子を一ト度噛めば一ト昔 高澤良一 さざなみやつこ
煮凝の貧忘れめや一昔 寒烟(かんえん)喜谷六花、内田易川編
花供養皆で来たのも一ト昔 田畑三千女
花時の一週間は一ト昔 今井千鶴子
●ふた昔
二昔雑草園の二日はも 深見けん二 日月
燗熱うしてひと昔ふた昔 山田弘子 こぶし坂以後
藍咲くや橋流れしは二タ昔 友岡子郷
●大昔
花林檎一と昔否大昔 星野立子
●神代
あらたまの神代窟の一壺かな 稲荷島人
あらたまや神代の色に伊勢の海 佐藤美恵子
いもり棲む神代の日より生きかはり 上村占魚
おほらかに神代はみだら里神楽 平畑静塔
お降や松は神代の夜の音 吉武月二郎句集
この村の神代の淵に泳ぎの子 大峯あきら 鳥道
すみにけり巌下清水神代より 幸田露伴 江東集
ひぐらしが鳴けり神代の鈴振つて 山口誓子
カボスと蝦蛄と目細く生きて神代髷 谷山花猿
一天の青き神代を里神楽 平畑静塔
一日の神代なるべし初がすみ 春蟻
伊良湖まで伊勢の神代の霞展ぶ 大屋達治 龍宮
元日や神代のことも思わるる 荒木田守武 (1473-1549)
元旦や神代のことも忍ばるゝ 守武
元朝や神代の事も思はるゝ 守武
初あかね神代の鳥の石たたき 邊見京子
初夏の川ながれて神代かも知れぬ 平井照敏
初茜神代の鳥の石たたき 邊見京子
初鶏に神代の臼と申すべし 一茶
初鶏や神代のままの星の数 杉良介
印南野は花菜曇りの神代より 鈴鹿野風呂 浜木綿
和布利桶神代の潮をしたたらす 大江加代子
大いなる神代の干潟曇りつつ 大峯あきら 鳥道
天日をくらめ神代桜かな 川崎慶子
天界をくらめて神代桜かな 川崎慶子
太陽と朝な夕なに神代杉 上野草魚子
山が山恋せし神代初手斧 大庭紫逢(1947-)
山が山恋せし神代実紫 藤岡紫水
山椒魚この滝に棲む神代より 山口青邨
山路来れば蜥蜴神代のさまに遊ぶ 村越化石 山國抄
帯せぬぞ神代ならまし踏歌宴 其角
御器噛の流線型は神代より 蟇目良雨「神楽坂」
忘れゐし神代がありて桐の花 町田しげき
思ふべき神代や門の松のしん 重頼
戸の隙を雪吹き白らめ神代記 野澤節子 黄 炎
木兎や眼を爛々と神代より 野村喜舟 小石川
松茸に神代の宵や通り雨 加藤郁乎
枚岡の神代はしらず雪曇り 飯田蛇笏 山廬集
椋鳥は神代より在る樹々を知る 久米正雄 返り花
水無月や滞船ゆるゝ神代川 前田普羅 能登蒼し
泉あり遠き神代に恋ありき 山本歩禅
清水飲む神代のごとく髪束ね 永島理江子
猿酒に酔ひける人や神代舞 菅原師竹句集
神代ざくら八ッ岳と甲斐駒岳ふりわけて 多田裕計
神代よりのこの寒日に競うもの出よ 細谷源二
神代より対馬の月よ漁火よ 岡本麻子
神代より波と闘へる岩朧 石島雉子郎
神代より独りゐまじく炉ありけむ 林原耒井 蜩
神代より瑪瑙も梅雨も青き国 河野頼人「木の実」
神代より色替へぬかな松と浪 一茶
神代より誰か教へて猫の恋 猫の恋 正岡子規
神代より踊つたへて来し手足 今井千鶴子
神代桜咲くてふ風も息ひそめ 橋本榮治 麦生
神代桜甲斐の山気に白を帯ぶ 有働 亨
神代踊夜更けて祖谷のざんざ降り 河野 穣
秋日病み聞くは神代の鶏の声 高橋淡路女 淡路女百句
若あらば神代の皰若えびす 常矩
葛城山を神代にもどす朧かな 狩屋可子
薔薇の香を神代の風に零しつつ 稲畑廣太郎
裏白に映えて神代の灯かな 野村泊月
裸雛人に神代の昔あり 後藤比奈夫 めんない千鳥
貧乏正月でもいつも神代藤平が来て元日なり 橋本夢道 無禮なる妻抄
里神楽神代へ敷居ひと跨ぎ 斎藤由美子
雛立てゝ庵は神代の姿哉 雛祭 正岡子規
青葉木菟神代の国は寝しづまり 豊長みのる
風蘭や神代の苔のむした松 風蘭 正岡子規
風蘭や神代の苔もついた松 風蘭 正岡子規
香具山の神代の恋や春しぐれ 谷中弘子
鵙の贄この静けさは神代より 松本 旭
鶺鴒や土打つことを神代より 野村喜舟
麦の芽の神代村に来て遊ぶ 遠藤梧逸
●太古
この神に鮎とぶことの太古より 大峯あきら 鳥道
ご神火は太古の闇を連れて来し 大谷早苗
ねぷた去り闇は太古の匂いかな 田附隆吉
はたゝがみ太古に一人棲むごとく 南せつ子
はんざきの太古知りたる面構へ 小滝徹矢(春月)
ゆく秋や串の岩魚に太古の火 三嶋隆英
ダイヤモンドダスト太古の空の青 鈴木貞雄
ツンドラは太古の眠り機翼の影 高橋比呂子
マウナケア太古の星の涼しかり 武田芳枝
下流より見る鵜篝は太古の火 松井利彦
世をすてて太古に似たり市(まち)の内 夏目漱石 明治二十四年
乗鞍の太古の栂の榾を割る 本間さかえ
亀鳴くや太古の海のまむらさき 二村典子
冬の日のこの土太古の匂ひかな 飯田蛇笏 霊芝
冬曙太古のままの湖の明け 高木良多
初茜愛鷹山裾に太古びと 文挟夫佐恵
初蝶や太古さながら空の青 田辺百子
夏柳太古のごとく闇おごる 鍵和田[ゆう]子 飛鳥
夜の緑螢が示現太古めく 香西照雄 素心
大夏野太古を今に野牛食み 小沢明美
太古(おほかみ)の余りに毬を発見す 攝津幸彦
太古からまどろみ孕む卵かな おおしろ建
太古の村そら豆の花咲き続く 有馬朗人
太古の洞を侵す電光目覚める苔 八木原祐計
太古の火まざまざとある寒詣 永野孫柳
太古の火太古の闇や花祭 馬場駿吉
太古へと紙風船のころがれる 峡天衣女
太古よりあゝ背後よりレエン・コオト 攝津幸彦
太古よりつづく瀧音新しき 嶋田摩耶子
太古よりの山毛欅の若水汲みにけり 阿部風々子
太古よりをみなたふとし初神楽 山田麦城
太古より人淋しくて筑前煮 攝津幸彦 鹿々集
太古より光は真直ぐ初日出づ 桂信子 草影
太古より墜ちたる雉子歩むなり 和田悟朗 法隆寺伝承
太古より壺は壺形初明り 岩淵喜代子 螢袋に灯をともす
太古より宇宙は霽れて飾松 正木ゆう子 静かな水
太古より月は翳りて飯茶碗 柿木 多映
太古より淵あをあをと鳥曇 山崎千枝子
太古より湖の波音浜ひるがほ 鈴木隆子
太古より滴りにけり流れけり 柿本多映
太古より生きて髭振る油虫 柴田奈美
太古より神の石指す糸芒(田烏の浜二句) 長谷川秋子 『菊凪ぎ』『鳩吹き』『長谷川秋子全句集』
太古より銀河を支ふ円柱(エンタシス) 品川鈴子
太古より雲になりたい田螺かな 森壽賀子
太古史を読む屋外の雪解哉 石井露月
太古船ふと思い出す船上の食事 金子皆子
島影は太古に似たり夏霞 佐藤春夫 能火野人十七音詩抄
掬ふ手が太古へ届く夜光蟲 都筑智子
春星や太古も女耳飾る 堀良子
枯桑や沼は太古の張り保つ 鍵和田[ゆう]子 浮標
桔梗に太古の空のいろを瞻る 高澤良一 寒暑
歯朶にゐて太古顔なる蜥蜴かな 野村喜舟(渋柿)
水暗く太古の如き芭蕉林 野見山朱鳥
水澄めば太古の*いもり底を這ふ 山口青邨
水鶏鳴く闇は太古の如くあり 西沢破風
泉湧く太古の砂を踊らせて 安斉君子
浜木綿に太古の濤の寄するなり 長渡万太郎(椎の実)
浜木綿やこの潮騒の太古より 平間真木子
湖を搦め灼くる太古の道一筋 西本一都 景色
火の中の樹液うごくよ太古の冬 桜井博道 海上
熊祭太古の湖のしづけさに 横山瑞枝
生き行く道難し太古の露の月 石塚友二 方寸虚実
短日のクレバス蒼き太古あり 依田明倫
石炭の太古無となる炎かな 上野泰
石窟の滴り太古よりつづく 片山由美子 水精
細氷の太古の空となりて降る 相澤乙代
羊朶にゐて太古顔なる蜥蜴かな 野村喜舟
花むしるおんなの微熱は太古より 鎌倉佐弓 天窓から
草餅や太古の巌を撫でと来て 西東三鬼
菊の香や太古のままに朝日影 飯田蛇笏 山廬集
華やかな孤独へ太古からの舌 松本恭子 二つのレモン 以後
菱若葉湖舟太古の刳りをもつ 西本一都 景色
蓮の花太古はばかりなくありぬ 和田知子
蘆刈や湖に日は太古より 長谷川櫂 天球
蛇飛ぶや太古の空のありぬべし 柿本多映
蜷の道太古の道のごとくあり 山本桂三
蟇穴を出でて太古のまばたきす 佐藤干城
裸足ゆく道は太古と様変り 上野泰 春潮
谿深ければ栗落つる音も太古より 青峰集 島田青峰
豊年や乳房まるきは太古より 伊藤通明
踏まれつゝたんぽぽ黄なり太古より 殿村莵絲子 花寂び 以後
野を焼くや焔の中にある太古 野村喜舟 小石川
銀漢や山は太古へ還りたる 下村非文
鐘乳石太古春愁一滴づつ 野見山朱鳥
雉鳴いて太古の跡の一揆の地 山崎丈夫
雪の少女を抱けば太古が匂ひだす 林桂 銅の時代
雪渓に佇ちて太古の声を聴く 遠藤匡子
雷は太古の響き青若葉 柴田奈美
雷わたる万年筆の太古の黒 守谷茂泰
霾や太古の如く人ゆきゝ 杜門
頂上から太古柑橘したたり来 渋谷道
飛魚の鰭とびゆかば太古かな 平野冴子(雲母)
高原湖太古の涼に月を呼ぶ 河野南畦 湖の森
鷹一つ雪の太古(むかし)を軽く生き 宇多喜代子
麦の芽にちりて太古の貝白し 飴山實 少長集
鼓動して太古のこころ深山瀧 高澤良一 燕音
●創世
リラの香やいく度か読む創世記 北本極子
光から蝶の生まるる創世記 倉田俊三
創世記ひらきおきしに西日濃し 徳弘純 麦のほとり
創世記より紙魚出でて曝書かな 長田等(狩)
創世記二章に女鰯雲 柚木紀子
創世記花文字もつて読初む 有馬朗人 知命
稲妻や栞を戻す創世記 松浦敬親
羽蟻消えし夜の更くるまで創世記 仙田洋子 橋のあなたに
読み初めや歳々声して創世記 及川貞
食パンの七日目黴の創世記 大嶋康弘(銀化)
●天地開闢
初樵す火に開闢の空みゆる 飯田蛇笏 雪峡
年たつ嶽開闢の日にいまもなほ 飯田蛇笏 雪峡
●天地創造
創造の天地あかつきかへる雁 暮六つ時のぼろんじの夢 筑紫磐井 未定稿Σ
●前世
リラリラと前世からの射精かな 加藤郁乎
前世とはどのあたりかと蛇穴に 岸本マチ子
前世にてながめし野焼かもしれぬ 岸田雨童
前世にも日向ぼこりに飽かざりし 相生垣瓜人 明治草抄
前世は水なり焚火よく爆ぜる 穴井太 原郷樹林
前世は竜でありしと蚯蚓言ふ 高田風人子「明易し」
前世は第三間氷期にいたような 流 智明
前世より淋しく生きて鴨足草 伊藤通弘(春郊)
前世より煮〆めてゐたる牛蒡かな たむらちせい
妻となる前世(まへ)のけぶれるははきぐさ 筑紫磐井 婆伽梵
思ひやるおのが前世や冬籠 冬籠 正岡子規
抱擁し前世を鶴と疑わず 山下正雄
放蕩やビルに前世の落花生 攝津幸彦
晩鳥の前世の匂ひもて飛べり 大木孝子
湯豆腐や虚子の世といふ前世あり 三森鉄治
炎天や前世のやうに異国を過ぎ 桑原三郎 晝夜
狸すぐ隠れ 前世紀ホテルの鍵 伊丹公子 アーギライト
獅子を狩る男でありし前世かな 和田悟朗 法隆寺伝承
聴きなれしピアノの底の前世かな 田中信克
足引きの山師/前世は真虫とも 仁平勝 東京物語
金雀枝に前世のごとき記憶あり 平井照敏
魚なりし前世に呼ばる落葉川 鳥居美智子
前の世は刈草かわく匂ひかな 龍太
前の世もその前の世も飛ぶ蛍 大峯あきら 宇宙塵
前の世も女なりしよ星祀る 加藤三七子
前の世も桜紅葉も昏れなづむ 秦夕美
木の實くふ我が前の世は猿か鳥か 木の実 正岡子規
蛤殻に前の世を鳴く友雀 雀蛤となる 正岡子規
●前生
うすものを著て前生をおもひけり 久保田万太郎 草の丈
わが前生切株かも知れず寒くあゆむ 細谷源二 砂金帯
前生といふ言葉ふと虻の顔 川崎展宏
前生は雪見障子のありし家 鈴木鷹夫 千年
前生をさくらと思ふ身のさぶさ 上田五千石 風景
羅を着て前生をおもひけり 久保田万太郎
●昔
*ひつじ田はむかし館のしづけさよ 佐野良太 樫
「荒天」の六林男にむかし歓喜あり 大井恒行
あさり貝むかしの剣うらさびぬ 其角
あたゝかやむかし一文菓子うまし 石橋秀野
あだし野のむかし想へば春鴉 稲垣きくの 黄 瀬
あつきものむかし大坂夏御陣 夏目漱石 明治二十九年
あの月やむかし浜名の橋の月 上島鬼貫
いかり草むかしもいまも水祀り 佐藤鬼房
いたどりや人のむかしは妬きもの 赤松[ケイ]子
いばら咲くここはむかしのまゝの昼 津沢マサ子
いひほこれ今をむかしの深見草 上島鬼貫
いまはむかしのいろの蘇枋の花ざかり 飯田龍太
いまはむかし壺で炭火を消すことも 長谷川照子
いまはむかし夜景とあらば桜咲き 高柳重信
いまはむかし畳の上で死ねぬなり 穴井 太
いもうとを泣かせしむかし草の笛 山上樹実雄「四時抄」
いわし雲むかしのことは美しく 安藤八木郎
うすばかげろふむかし女は泣いて耐へし 鈴木真砂女 夕螢
うつし身に石のむかしの冷えが来る 佐野良太 樫
うららかにきのふはとほきむかしかな 久保田万太郎
おたまじやくしむかしむかしの陽をつれて 櫻井博道
おりおこせむかしかたらんうばざくら 斯波園女
お会式太鼓むかしべか舟着けし路地 中戸川朝人 星辰
かたかごやむかしむかしの母の恋 深沢暁子
かへる波かへらぬむかし啼千鳥 也有
きさらぎやむかし健気な針坊主 松本孝太郎
きりぎしの層に月射すはつむかし 志摩知子
くづれてはむかしにかへるかゝしかな 案山子 正岡子規
くるぶし痛しむかし山には羽ありき 阿部完市 軽のやまめ
この冬木の芽銀幕のむかしより 友岡子郷 春隣
この槌のむかし椿か梅の木か 松尾芭蕉
これやこのむかしの炭のひと俵 室生犀星 犀星発句集
さくら座のまん中に置くむかしかな 松井国央
しし鍋やむかし馬賊といふ叔父と 邊見京子
したはしやむかししのぶの翁椀 一茶 ■文化十四年丁丑(五十五歳)
しら菊は白しむかしの物かたり 支考
すかんぽのむかしむかしよ日のゆらぐ 兼間靖子
すぐに癒ゆむかしそば屋の頓服は 波多野蟻杖 『風祭』
すゝしさやむかしの人の汗のあと 涼し 正岡子規
すゞなすゞしろなつかしきものみなむかし 林原耒井 蜩
せきぞろもむかし忍ぶや笹おほひ 立花北枝
そのむかし乳張りしこと夕野分 鈴木真砂女 夕螢
そのむかし代々木の月のほととぎす 臼田亜浪 旅人
そのむかし十六むさし争ひし 瀧澤伊代次
そのむかし恋の髪いま木の葉髪 鈴木真砂女
そのむかし繭の金より授業料 有賀辰見
その影や時雨て雲に一むかし 立花北枝
ちりれんげむかし手負ひのふかなさけ 石原八束 断腸花
つばな野にまろび語りしむかしあり 浅井青陽子
どの山車の岩にも牡丹むかしより 田村了咲
なまじひに幾夜むかしの郭公 上島鬼貫
にんげんのむかしの遊びかやつり草 河村正作
ひとの世の在りしはむかし山火燃ゆ 野見山朱鳥
ひとむかしふたむかしとてうすらひぬ 松澤昭 山處
ひと息に眠りしむかし花木槿 岩崎恒子
ふたりともむかし名妓のひとへ帯 車谷弘 佗助
ふるさとのむかしながらの秋の雨 京極杞陽 くくたち下巻
ふるさとのむかしのわが家落椿 大橋櫻坡子 雨月
ぶんぶんとむかしの音を春の虻 平井照敏
ほとけとはいつのむかしの海生鼠哉 会津八一
ほととぎすむかしの宿や床柱 調巴 選集「板東太郎」
ほとゝぎす江戸のむかしを夢の内 炭 太祇 太祇句選後篇
まひまひやむかしわたしは弓なりに 栗林千津
まんじゅしゃげむかし割腹したるかな 八島岳洋
みせばややむかし旅籠の総二階 小宮山政子
みそか心の昔むかしや春の闇 菅谷晴子
みちの蘗幼かりしむかし今 梅林句屑 喜谷六花
むかしおもふ時雨降る夜の鍋の音 上島鬼貫
むかしおもへひとつ畠の瓜茄子 向井去来
むかしかの優婆夷なりしか烏瓜 橋石 和栲
むかしからわれに離れて鱸およぐ 阿部完市 その後の・集
むかしから川鵜はくらやみであり 阿部完市 軽のやまめ
むかしから穴もあかずよ秋の空 鬼貫
むかしから穴をあかずよ秋の空 上島鬼貫
むかしから薺のあての垣根かな 鳳朗
むかしせし恋の重荷や紙子夜着 其角
むかしたれ大根懸けし楓かな 田中裕明 花間一壺
むかしとへば卵塔までの葉末かな 上島鬼貫
むかしとや二人行脚の盆せしか 曾良
むかしにも似かよふ影やかきつばた 千代女「松の声」
むかしのままの己れ胡桃の中の冬 村越化石 山國抄
むかしほど豪快な雷来ずなりぬ 角光雄
むかしほど雨の音せず新豆腐 永作火童
むかしむかしへいろいろの蝶飛ばし居り 阿部完市 にもつは絵馬
むかしむかし梢にあそびにゆきました 阿部完市 軽のやまめ
むかしむかし祖父も川へと涼哉 横井也有 蘿葉集
むかしめくくらき灯や寒造 五十嵐播水
むかしやら今やらうつつ秋の暮 上島鬼貫
むかしよりしぐれは淡し島紬 神尾久美子 桐の木
むかしより今に貧乏桃の花 細川加賀 『玉虫』以後
むかしより昔ありけり粥柱 岡崎るり子
むかしより田伏はくらき榛の花 松村蒼石 雪
むかしより薄荷ドロップ嫌ひなり字あまりみたいな虹が溶けゆく 落合けい子
むかしゐし犬のアチャコはむちやくちやでござりまするといへば走りき 池田はるみ
むかし公卿の鉄漿の口柳絮とぶ 針呆介
むかし兵たりし身を伏せ野に遊ぶ 辻田克巳
むかし初潮にほっとしたっけ梨の花 池田澄子
むかし吾を縛りし男の子凌霄花 中村苑子
むかし基地公園となりみどりの日 稲野博明
むかし塩焚きしあたりや桜散る 伊藤京子
むかし女ありけり寒の白牡丹 石寒太 翔
むかし女ありて桜の下に舞ふ 小坂順子
むかし女人禁制の山粧へり 伊藤トキノ
むかし妻と牧谿の柿のごとをりし 森澄雄
むかし巴里祭目くそ鼻梁に乗りあげて 竹中宏 句集未収録
むかし恋結びせし木の紅葉かな 森田公司
むかし業平といふ男ありけり燕子花 高橋淡路女 梶の葉
むかし汝に贈りし聖書晩夏光 三谷昭 獣身
むかし清瀬にあまたの悲恋花水木 七田谷まりうす
むかし男ありて作りし鴨番屋 関戸靖子
むかし男なまこの様におはしけむ 大江丸
むかし男の井筒へそよぎ今年竹 田中英子 『浪花津』
むかし病みし花の森より同じ楽 猪俣千代子 堆 朱
むかし祖母廻し呉れたる木の実独楽 飯田 波津恵
むかし祖父と水を盗みし茅花かな 中村 裕
むかし禁制の女人と夜の端居 鷹羽狩行 八景
むかし程鳴らぬ口笛磯遊び 萩原季葉
むかし聞け秩父殿さへ相撲とり 芭蕉
むかし色の底に見えつつ花紅葉 上島鬼貫
むかし菓子いろいろありて冬ぬくし 向垣朝子
むかし菓子といふは固きよ絵双六 金久美智子
むかし蛇もの言ひたりし聖灰祭 渡邊千枝子
むかし蠅追ひし剣我は蚊を撃つの槌 尾崎紅葉
むかし見し港くれゆく扇かな 金尾梅の門 古志の歌
むかし見し都の月や芋畠 一束 選集「板東太郎」
むかし話にかせどりも出て父酔へり 石橋林石 『石工日日』
むかし誰この堀越えし鴨脚ぞも 高井几董
むかし頬打たせしことも螢の夜 平子公一
むかし馬冷やせしところ河童淵 鷹羽狩行
むかし〜むかし〜の秋晴るゝ 久保田万太郎 流寓抄以後
むかし〜俳諧十夜ありにけり 尾崎迷堂 孤輪
むし干やむかしの旅のはさみ箱 炭 太祇 太祇句選後篇
めくら縞むかし着にけり鳥兜 河村静香
めんめんとむかしは文を夏の月 大石悦子 聞香
やん衆のむかし語りに海吠ゆる 安藤五百枝
われもまたむかしもののふ西行忌 森澄雄
われら皆むかし十九や秋の暮 高柳重信
セルむかし、勇、白秋、杢太郎 久保田万太郎 流寓抄以後
一トむかしまへうち語る切子かな 久保田万太郎 草の丈
一トむかしまへの弟子とや桃青忌 久保田万太郎 草の丈
一夜寝し人はむかしにすみれぐさ 星 布
一隅はむかしの彩の土用干 岡本まち子
七夕や昔むかしのわらべ歌 野村 きく
丸盆の椎にむかしのこと聞かむ 蕪村
丸盆の椎にむかしの音聞む 蕪村 秋之部 ■ 幻住菴に曉臺が旅寢せしを訪ひて
九年母のむかしの春になくけふぞ 日夏耿之介 婆羅門俳諧
乳母車むかし軋みぬ秋かぜに 島 将五
亀鳴くやむかし耶蘇名を欲りもして 大石悦子 聞香
二むかしつもる目はなし松の華松の花 千代尼
二十年むかしや障子を洗ふ秋 高柳重信
五十年むかしよ揚羽怖がりて 高柳重信
人妻の乳房のむかし天の川 林田紀音夫
人買もむかしむかしの夕菫 間石
今はむかし前髪は風のぬけがら 鎌倉佐弓
似合ぬとむかしいはれし紙衣哉 横井也有 蘿葉集
何もかもむかしとなりてかぎろへる 久保田万太郎 草の丈
何もかもむかしの秋のふかきかな 久保田万太郎 流寓抄
侘助やむかしイルカを喰ひし家 小糸輝憲
兄妹疎遠母のむかしの飯櫃入 石川桂郎 高蘆
其むかし鎌倉の海や鰒やなぎ 蕪村遺稿 冬
冬すみれむかし利発な子と呼ばれ 中嶋秀子
冬の梅咲やむかしのあたたまり 千代尼
冬夜ふとむかしの猫の名を言へり 村越化石
冬柏むかし郷士の家構 中村与謝男
冬鶯むかし王維が垣根かな 蕪村
刈拡ぐ稲田むかしの広さでなし 太田土男
初不動江戸のむかしの力石 戸板康二
初場所やむかし大砲萬右衛門 久保田万太郎 流寓抄以後
初夢のなかのむかしや竹のいろ 鷲谷七菜子 天鼓
初瓜の価きのふのむかし哉 高井几董
初空やむかしの砂は海の中 小栗たゑ
十年一トむかしとこそ小春かな 久保田万太郎 流寓抄以後
叔母の白さは桃葉湯のむかしかな 中戸川朝人 尋声
古足袋の四十もむかし古机 永井荷風
古雛やむかしの人の袖几帳 蕪村 春之部 ■ 上巳
句を洗ふ酒はむかしや夢の蝶 斯波園女
吉原にむかし大火のおぼろかな 久保田万太郎 流寓抄
名月やむかし名妓のもの語り 堀内敬三
名月や宵は夜中のひとむかし 松岡青蘿
名遂ぐ日にむかし窶れし*かやの月 石塚友二 方寸虚実
啄木のむかしの人の秋袷 富安風生
噛む葦のむかし金襴緞子かな 鳴戸 奈菜
噴水に夕日来てゐるいまむかし 須原さだを
噴水庭園むかし離宮の大芝生 伊藤いと子
国引のむかし刈萱よきいろに 宇佐美魚目
土竜打つさまを越後のむかし唄 加藤楸邨
土筆生ふ蘇我物部のむかしかな 有働 亨
土芳忌の七里のわたし今むかし 戸崎鈴代
夏萩に雨落柿舎のいまむかし 星野石雀
夕がすみおもへば隔ッむかし哉 高井几董
夕みぞれ干満珠寺のむかしかな 久保田万太郎 流寓抄
夕薄暑むかしながらに竹の樋 松本 進
夜は静かなりしむかしの青胡瓜 飯田龍太「今昔」
大旦むかし吹きにし松の風 上島鬼貫
大朝むかし吹きにし松の風 鬼貫
大根煮てむかしのやうに抱かれけり 星野明世
大皿のむかしの藍に冷し物 川崎展宏
大雪やむかし時計は柱にあり 大高弘達
大食のむかしがたりや鰤の前 炭 太祇 太祇句選
奉公も今はむかしに小正月 石山佇牛
妻に宛てしむかしの手紙西鶴忌 茂野 六花
妻問ひのむかしの闇に星祭る 牧辰夫
姫むかしよもぎや稚児の金産毛 佐藤鬼房
子を玉と育てしむかし餅の花 深谷雄大
子を連れてむかしの道や壬生の鉦 柳 俳維摩
寄鍋やむかしむかしの人思ふ 山口青邨
富坂はむかし鳶坂初えんま 小山梧雨
富士晴れてむかしにあそぶ凧ひとつ 鈴木蚊都夫
寒卵むかしは家の闇澄みし 北原志満子
寒明くやむかしランプの火屋みがき 鈴木萩月
寒雀むかしは道のやはらかき 五味一枝
小学校むかしも暗く樫の花 西尾一
小春日やむかし〜の竹生島 尾崎迷堂 孤輪
小紋着て逢ひしはむかし夏燕 富田のぶ子
小雪降るむかしよこはまふらんねる 徳永希代子
小鳥来る四五戸やむかし木樵村 古賀まり子 緑の野以後
山吹によき句すくなし今むかし 泉鏡花
山川にむかしの瀬波雛流す 井沢正江 以後
山荘のむかしまはすや時計草 羽田岳水
山里にむかしのままの成木責 清水美京
山間のむかし隠し田赤とんぼ 村田 脩
島原や躍に月のむかし顔 高井几董
嶺々こごし春やむかしの月の金 飯田蛇笏 春蘭
川どめのむかしの暗さちちろ虫 上田五千石 田園
布子着てむかし顔なり達磨市 篠原巴石
帯ときも花橘のむかしかな 其角
帰り花むかしのゆめの寂かなる 円地文子
帰り花菊をむかしの翁哉 闇指 (悼蕉翁)
引つ被る蒲団の中のむかしかな 市堀 玉宗
引鴨のむかし流人に鳴きし島 佐野まもる 海郷
影ならぶむかしながらの月の下 水原秋櫻子
後宮のむかしさながら花蘇枋 小川匠太郎
御仏にむかしの色の畦焼く火 佐野美智
心太むかし躾は厳しくて 成田美恵子
悪名もいまはむかしの鮟鱇鍋 鈴本真砂女
懸想文売にむかしの雪が降る 田畑美穂女
戀はむかし韮粥の碗さざなみだつ 塚本邦雄 甘露
我はただ餅の黴削ぐむかし者 藤田湘子 てんてん
我むかし大川町の炭屋の子 松瀬青々
我むかし踏みつぶしたる蝸牛かな 上島鬼貫
手にはさらさらとむかしのすなの山になる 橋本健三
折レつくす秋に彳むかゞしかな 蕪村遺稿 秋
押入にむかしの匂ひ桐の花 大木あまり「火球」
揉療治むかし青葉に若葉かな 鳴戸奈菜
放絵師に会ひしむかしのみぞれ雪 佐藤鬼房 潮海
故郷を立ちいでたるも一むかし 正岡子規
数珠玉やむかし一日永かりき 渡邊千枝子
数珠玉や川にむかしの櫂の音 岡島雅子
新蕎麦を打つやむかしの雨聞きつ 羽田 岳水
日暮日暮春やむかしのおもひ哉 蕪村遺稿 春
日輪(ひ)はうすれむかし尊き雪の辻 宇多喜代子
早乙女のむかしを語れ小傾城 早乙女 正岡子規
明易し妻問ひ婚のむかしより 仁尾正文「歳々」
明易や書架にむかしのでかめろん 伊藤白潮「ちろりに過ぐる」
昔むかしの種痘の痕のまだ痒し 能村登四郎 寒九
昔むかし焦がれたる娘の糖尿を病むらしそんなもんだぜ月日は 島田修二
春の夜やむかし哀しき唄ばかり 久保田万太郎 流寓抄以後
春の日やむかし咄は朝茶の子 調和 選集「板東太郎」
春の星むかし西施がふくみ玉 中勘助
春の海むかしのごとく天守より 山口青邨
春の雪むかし日の丸振りし駅 木田千女
春の風邪むかし動物ビスケット 岡本眸
春もやゝあなうぐひすよむかし聲 蕪村遺稿 春
春やむかしだいて歩いた犬の年 保友
春氷むかしむかしも闇の田に 廣瀬直人
春泥のむかし芋坂いま陸橋 富岡掬池路
春陰やむかしこの世の地獄図絵 稲垣きくの 黄 瀬
春隣むかし産屋に砂を敷き 友岡子郷 春隣
昼月にむかしが見ゆる桐の花 落合伊津夫
昼顔いつぱいむかしの航空隊きれい 阿部完市 純白諸事
時時のむかしなるらん春の草 永田耕衣 人生
曽根崎やむかしの路地に月冴えて 鷲谷七菜子 黄 炎
月しろやむかしに近き須磨の浦 鬼貫
月よ梅よ春やむかしの古築土 幸田露伴 江東集
月今霄やり手がうたのむかしぶり 高井几董
月代やむかしの近き須磨の浦 上島鬼貫
月光はずうつとむかしから不吉 桃の細葉に刃が添ひてきぬ 黒木三千代
月桃やむかし団子の皮固き 橋本榮治 麦生
月高しむかし赤穂の塩作り 大峯あきら 宇宙塵
朝鷹のむかし日を得し櫟谷 岡井省二
朧夜や春香伝のむかしより 矢島渚男 百済野
本籍はむかしのままや鳥渡る 細根 栞
杜若むかしをとこのよかりける 加藤耕子
東北やむかし出会ひし子持ち幽霊 高柳重信
松の花むかしむかしの手織縞 松葉夫美世
松蝉の思ひ出むかしむかしかな 星野立子
松風や関はむかしに羽抜鳥 白雄「白雄句集」
枇杷生れり妻と出会ひしむかしの色 宮津昭彦
枯田道むかし角兵衛獅子の子ら 田中兼豊
枯芒むかし婆ゝ鬼あつたとさ 一茶 ■文化十四年丁丑(五十五歳)
枯野して松二もとやむかし道 黒柳召波 春泥句集
柚の花にむかしを忍ぶ料理の間 ばせを 芭蕉庵小文庫
柚の花やむかししのばん料理の間 芭蕉
柿若葉むかしちちはは貧に澄み 藤沢紗智子
柿若葉むかし蚕室の暗かりき 土屋未知
栃の実や遠のむかしの口減らし 大澤玲子
桐の花むかし紺屋の中の庭 平手むつ子
桐は実にむかし筑紫に砧姫 神尾久美子
桑の実はむかしの恋のままの味 仙田洋子 雲は王冠
桔梗やむかし碪の僧が妻 岡井省二
桜草咲いてむかしの暴れ川 松本泰二
梅雨の獄の病監むかしながらの格子 森川暁水 淀
梅雨籠めやむかし帳場の深格子 都筑智子
梟や昔むかしの星隕ちて 齋藤愼爾
棒手振りの甘酒売りのむかしかな 奥山俊子
椿真赤嫉みアダムのむかしより 稲垣きくの 黄 瀬
極道もむかしや背に負真綿 吉本冬男
樗咲くむかし番所の狼煙台 松本幹雄
橘に嶋原匂ふむかし哉 橘 正岡子規
橘のむかし文庫やきぬくばり 黒柳召波 春泥句集
橘はその日その日のむかしかな 上島鬼貫
橘やむかしやかたの弓矢取り 蕪村「新花摘」
橘よ今をむかしの心種 上島鬼貫
櫛も黄楊はむかしになりぬ花菖蒲 渡邊水巴 富士
櫨の実やむかし陣屋の門構へ 古木新三
歌かるた昔むかしの母の恋 鷹羽狩行
歌垣のむかし夢みる合歓の花 町田しげき
歯を染めし母やむかしの蝌蚪の春 松村蒼石 雪
死なでわれむかしの恋を魂祭 高井几董
母が言ふむかしむかしの露けしや 雨宮きぬよ
母のむかしゆつくりと聞き麦こがし 河村芳子
母の日をむかしのやうに娘とをりぬ 菊地弘子
母はむかし味鴨群(あじむら)に目をやりにけり 阿部完市 軽のやまめ
水からくりむかし沈みし銀貨銅貨 榎本冬一郎 眼光
水打つて帰るむかしのありにけり 嶋田麻紀「麻合同句集」
水母ゐるむかし石炭積出し港 花田由子
水洟や大志抱きしはそのむかし 木田千女
水洟を滴る良寛のむかしより 山口誓子
水番のむかしは闇の深きこと 宇多喜代子 象
水練児むかしのわれと帽似たり 百合山羽公 寒雁
水鳥のむかし淵瀬や麦畠 野村喜舟 小石川
池多き/むかし/武蔵の/鮒や鯉 高柳重信
沈丁の坂開港のむかしより 宮津昭彦
沙魚を煮る小家や桃のむかし貌 蕪村
油屋にむかしの油買ひにゆく 三橋敏雄(1920-2002)
油揚げ包みし朴落葉むかし 金子皆子
沼の道むかし枯野の兵舎おもふ 瀧春一 菜園
法師蝉むかしがたりは遠目して 高野寒甫
波乗りの鴎の むかし 渡海僧 伊丹三樹彦 写俳集
泣きしむかし鈴虫飼ひて泣かぬいま 鈴木真砂女
浄林の釜にむかしを時雨けり 時雨 正岡子規
浅蜊鳴くむかしの人は胸に栖む 石原八束 『仮幻』
海底の泉のむかしむかしかな 夏石番矢 神々のフーガ
海柘榴市のむかし語らぬ蝸牛 町田しげき
湯婆などむかしむかしを売る小店 杏田郎平
湯豆腐やむかし其角の茅場町 小澤碧童 碧童句集
潮煮やむかしをくぐる桜鯛 丸露 選集「板東太郎」
濠の菱舟むかしむかしの音きします 加藤知世子
火の見櫓にむかしが見える柿の村 出井哲朗
炎帝のむかし氷屋鋸を引き 仁平勝
炭竈やむかし光秀領の山 森 澄雄
烏瓜むかしの鳥は大きかり 斉藤夏風
焼栗やむかし丹波に鬼がゐて 大石悦子 群萌
焼芋やいまはむかしのゆめばかり 久保田万太郎 流寓抄
煙突がすこしむかしの春の山 田中裕明 櫻姫譚
熱高き夢にむかしの初音売 石川桂郎 高蘆
父と歩く寒き街むかし父住みける 三谷昭 獣身
父にしてむかし不良の木霊かな 攝津幸彦(1947-96)
父の死を聞きしはむかし雛の夜 古賀まり子
父はむかし百合は花咲うき世かな 星 布
父むかしオルフェを観しといふ朧 皆吉司
片陰沿ひむかしを知つている蝶は 堀井春一郎
牡丹園ランプ灯れるむかし哉 滝井孝作 浮寝鳥
牢人や紙子むかしは十文字 西鶴
物安きむかしゆかしや嘉祥餅 素丸「素丸発句集」
王の夢むかしの夢のスフィンクス 横光利一
甘酒をむかし夕の淀屋橋 松瀬青々
産声のむかしへ蓮根掘りすすむ 吉本伊智朗
田づくりや*ひしこの秋をむかし顔 士巧
田作りやむかし九人の子沢山 岬雪夫
町筋はむかしの暗さ風の盆 山崎千枝子
白上布むかし時間のゆつくりと 永方裕子「洲浜」
白木綿のむかしながらに野を焼ける 西村公鳳
白梅に昔むかしの月夜かな 森 澄雄
白梅や誰がむかしより垣の外 蕪村
白酒やむかしのごとく川の音 黒田杏子 水の扉
白髪うき今朝のむかしの春日かな 上島鬼貫
白魚火の暁闇むかしがたりして 黒田杏子 花下草上
目前をむかしに見する時雨哉 蕪村遺稿 冬
目鼻なき雛にむかしむかしかな 金森麗子
眉の間にむかし朱の点桃の花 中戸川朝人 尋声
真四角にむかしかたぎの冷奴 中西信子
真間山や茄子の畔もむかし縄 嵐竹 芭蕉庵小文庫
短日やむかしの残る明石町 柴田淳子
福寿草むかしはらから睦みけり 樋笠文
秋たつやきのふのむかし有の儘 千代尼
秋の田やむかし似合ひし紺絣 高柳重信
秋の風むかしは虚空声ありき 加藤楸邨(1905-93)
秋むかし菊水せむと契りしか 山口素堂
秋夕焼むかし租界の煉瓦館 加藤耕子
秋扇たためば見える今むかし 中村行雲
秋立やきのふのむかし有のまま 千代尼 選集古今句集
種籾を浸せりむかし産湯桶 青柳志解樹
竹の子やむかしさだかに恋の言 齋藤玄 飛雪
竹の穂はむかしの馬の夢路かな 上島鬼貫
笛吹いてむかしむかしの日向ぼこ 中川宗淵
第九歌ふむかし音楽喫茶あり 大石悦子
筍やむかしは嬰を間引して 茨木和生 倭
粋殻やむかし霰の居酒かな 加藤郁乎
粽結ふ母も柱もむかしかな 宮下白泉
糸瓜作り石錘せしむかしより 百合山羽公 寒雁
納戸より見ゆるむかしの夏の色 岡本 高明
絵の中のむかしの景色菊の宿 小澤實
繭玉のむかしは父母もをられけり 小檜山繁子
羊歯刈やむかしのことを少し言ひ 大石悦子
義仲寺のいまはむかしの冬田かな 久保田万太郎 流寓抄以後
翁らのむかしや賀茂の競べ馬 筑紫磐井「筑紫磐井集」
耕すやむかし右京の土の艶 炭太 (たんたいぎ)(1709-1771)
臍の緒はむかしのいのち鏡餅 鈴木太郎
船笛のむかしは鞴きんぽうげ 正木ゆう子 悠
色町のむかしを今にさくらかな 嶋田麻紀
色餅にむかしなつかし御命講 小澤碧童 碧童句集
色鳥やむかし*かがいの御幸原 沢木欣一
芥子畑朝焼むかしはいたるところに蛇 塚本邦雄 甘露
芦の芽やむかし船宿ありし跡 吉屋信子
花あやめ九条はむかし揚屋かな 月居
花すみれ春やむかしの野のくぼみ 幸田露伴 拾遺
花の身の匂ひの宮のむかしかな 平井照敏 天上大風
花の香やむかしの袖に源氏雲 上島鬼貫
花守はむかし雅びの男かな 筑紫磐井 野干
花柚子やむかし毒消売の宿 大川つとむ
花歌留多むかし男は啖呵きり 石田阿畏子
花石榴むかし鍛冶屋の家だつた 杉崎ちから
花芭蕉むかしの波の音きこゆ 澤木欣一
芹の水むかしの未来きらきらと 池田澄子 たましいの話
若水や檜垣の嫗の其むかし 若水 正岡子規
茨の実むかしむかしの膝小僧 北 光星
茶の花や隠者がむかし女形 銕僧
草いろの市電のむかし雲の峯 友岡子郷 春隣
草の絮湧きつぐ多摩のむかし道 植木紅水
草矢落つむかしの時空に入り得ず 稲岡長
草茂るゆきて飛鳥のむかしみち 相馬黄枝
莚旗揚げしはむかし鷹の爪 鈴木渥志
菜の花やむかし蕪村に夕日の句 今井杏太郎
菜殻火の天を焦すはむかしより 山口青邨
萬葉のむかしより草茂りけり 久保田万太郎 流寓抄以後
葉桜や知らぬむかしのものに成 千代尼
葛の花むかしの恋は山河越ゆ 狩行
葛飾にむかしをおもふ彼岸かな 永井荷風
葭切のむかしごゑなる没日かな 田中裕明 花間一壺
蔦の葉はむかしめきたる紅葉かな 松尾芭蕉
薫風やむかし伯山の張扇 水原秋櫻子
薬根掘るむかし伯耆の狂言師 中村苑子
薺打つとぎれとぎれのむかし唄 小川匠太郎
蘗やむかしも今も赤字駅 森 ゆきお
蘭の香やむかし洋間と呼びし部屋 片山由美子 風待月
虎杖をむかし手折りぬ四月尽 石田波郷
虫の闇ゆらゆらとあるむかしかな 鷲谷七菜子 花寂び
蜩の二十五年もむかし哉 蜩 正岡子規
蝗炒るむかし兵馬を征かしめて 糸 大八
蝿生れむかしの蕩児嗅ぎあてし 亀田虎童子
行く秋やむかしをからで富士ひとり 上島鬼貫
袷着てむかしごゝろや花の塵 高井几董
西瓜提灯むかしは闇の深かりし 島田基三
見とれるやむかしの空の色を着て 高橋 龍
親はありきむかし一人の親はありき百合の園生にふとはぐれたり 与謝野鉄幹
読初やむかしサルトルいま一茶 戸丸泰二郎
豆腐やもむかしの顔や軒の梅 許六 正 月 月別句集「韻塞」
貝がらやむかしむかしの秋の声 中川宋淵 遍界録 古雲抄
貧乏のむかしもたのし耳袋 細川加賀 生身魂
赤のままむかし卑弥呼の国に敷き 小野元夫
起絵のむかし白壁ばかりの村 神尾季羊「権」
越瓜やむかしありける野弁当 山口紫甲「新山暦俳句歳時記」
身に残るむかしの油麦の秋 栗林千津
近松忌寒きむかしも月夜にて 飯田龍太
逃水やむかしむかしの稚恋 山口青邨
遅き日のつもりて遠きむかしかな 蕪村(懐旧)
遲き日のつもりて遠きむかしかな 蕪村 春之部 ■ 懷舊
酉の市むかし廓のありし闇 恩田秀子
酔芙蓉むかしこの川壕備へ 中戸川朝人
金縷梅やひとり遊びはむかしより 鍵和田[ゆう]子 武蔵野
針供養むかし千人針と母と 成瀬櫻桃子 素心
釣忍むかし産着の麻模様 辻 直美
銭さしもむかし海老江の冬仕事 松瀬青々
銭亀にむかしの祭銭恋ひし 百合山羽公 寒雁
鋸引くゆたかな小暁むかしより 赤尾兜子
鎌鼬昔むかしの母の傷 岸田みい子
鏡なき里はむかしよ紅の花 二柳「眉の山」
除夜の鐘闇はむかしにかへりたる 五十嵐播水 埠頭
除夜篝いまはむかしの鳴海潟 宇佐美魚目 天地存問
雁帰る昔むかしへ帰るのか 斎藤まさし
雇はれてをりしはむかし月に雁 黒田杏子 花下草上
雛の夜の燭にむかしのあるごとく 長谷川素逝
雛の間に居りて思ふむかし哉 多代女
雨の日やむかし貌なる奈良の花 徳野
雪うちや七つの年を身のむかし 加舎白雄
雪にむかし軍靴の響き寒雀 齋藤愼爾
雪に笑ひ雨にも笑ふむかしかな 上島鬼貫
雪の夜のむかしのごとく蕪蒸 黒田杏子 花下草上
雪吊やむかし廓に桐火桶 角川春樹
雪女むかし話の里に来し 梨本道夫
雪折れやむかしに帰る笠の骨 松意
雪明りゆらりとむかし近づきぬ 堤白雨
雲雀落つむかし腰切田のあたり 樋笠文
霜時雨それもむかしや坐興庵 嵐雪 (七回忌)
霧虹にむかし芭蕉の峰ざくら 加藤知世子 花 季
青き踏む昔むかしの日差かな 高橋陸郎
青すだれむかしむかしのはなしかな 久保田万太郎 流寓抄
青峠むかし軍靴と鶏の足 栗林千津
青月夜むかし父との湯屋帰り 斎藤由美
青胡桃木曽にむかしの風の音 千手和子
青鷺吹かれむかし流星夥し 遠山郁好「海程句集」
靖国祭むかしにもどるそばの味 富岡掬池路
頬被りむかしヤン衆かぶりとも 成田智世子
顔見世へむかし女になりにゆく 山田弘子 懐
飛梅にいまむかしなき雲飛べり 山田みづえ
飛鶉鼠のむかし忘るゝな 一茶
馬追やむかしは闇も蒼かりき 小早川 恒
鳥総松むかしむかしの星を撒き 大島雄作
鳳仙花むかしをこぼしてゐるばかり 加室 鳴
鶯よいつをむかしの雪の声 上島鬼貫
鶺鴒はむかしむかしやけさう文 蓼太
鷹一つ雪の太古(むかし)を軽く生き 宇多喜代子
麦笛のしらべむかしの夢かへり 石塚友二 方寸虚実
麦笛を吹けばむかしの空の青 菊池ふじ子
黒髪がいのちのむかし針供養 太田寛郎
鼻さきにたんぽぽ むかし 匍匐の兵 伊丹三樹彦 樹冠
*ずずだまや昔通ひし叔父が家 正岡子規
*まくなぎや古き昔の夕景色 中村苑子
「昔をとこありけり」吾は夏痩せぬ 鈴木鷹夫 大津絵
あつまれば昔のやうに野焼かな 田中裕明 先生から手紙
あて継ぎも昔模様のちやん〜こ 麻田椎花
あらたまりながら同しやはつ昔 加藤郁乎
いぬふぐり昔の恋を問はれけり 谷口摩耶
いぬふぐり昔は驢馬のパン屋来て 角 長子
いまは昔卯木花咲く海の色 松村蒼石 雪
うきわれを照せ昔の秋の月 菊舎尼
うぶすなの昔の榎茂れども 臼田亞浪 定本亜浪句集
おとつれる昔念者や水祝 水祝 正岡子規
おぼろ夜の昔はありし箱まくら 能村登四郎
おもしろい夜は昔也更衣 一茶 ■文化十一年甲戊(五十二歳)
お墓の栗むきゐしは風の昔かな 太田鴻村 穂国
お納戸に昔の闇や初蛙 仲丸くら
お茶摘女立てば我家の昔の婢 長谷川かな女 雨 月
お針娘を置きしは昔針供養 江刈奈美
お針子の昔ありけり針供養 行方克巳
かいつぶり浮び昔のまゝの沼 加地北山
かうがいも櫛も昔やちり椿 羽紅 俳諧撰集玉藻集
かなかなや昔の恋をまた恋ふる 倉田 紘文
かぶりものせしは昔や掃納め 浮田雁人
かますごを食うと昔がみえてくる きだただす
からたちの花の昔の昔かな 岸田稚魚 『萩供養』
かんばせの上気よろしき初昔 岩城久冶
きぬ〜の鐘氷りしも昔かな 島田五空
きのふけふ積る昔や春の雨 東洋城千句
きのふてふ遥かな昔種子を蒔く 能村登四郎(1911-2002)
きりぎりすの昔を忍び帰るべし 夏目漱石 明治三十五年
ここになほ昔のこれり赤のまま 桜木俊晃
こころの火落して眠る初昔 鈴木鷹夫 春の門
このあたり昔は浜辺芝青む 稲畑汀子
この夜の最も深き場所にある光なり昔戸に睡りゐる月 栗林京子
この朝は昔の寒さ膳につく 川崎展宏
こほろぎや母は昔の座のままに 加藤知世子 黄 炎
こんな句が先師にありて初昔 高澤良一 燕音
さねかづら昔男に琴の音 伊藤三十四
しくるゝや昔の夢を花の下 時雨 正岡子規
しほ釜は涼しかりしか昔こそ 涼し 正岡子規
すかんぽや昔明日香の風の色 小早川恒
すがもりのぽとり昔の水の音 伊藤千恵
すさまじく人を愛せし昔かな 草間時彦
すずしさや聞けば昔は鬼の家 正岡子規
すたれたる昔御園の木の芽かな 木の芽 正岡子規
すめろぎの昔おもへば秋の風 太田鴻村 穂国
すゝしさや聞けば昔は鬼の家 涼し 正岡子規
せがまれて昔噺を雛の間 谷 徹哉
その昔 武装解除の 葛の花 伊丹三樹彦 花恋句集二部作 花仙人
その昔よりの千鳥の洲なるべし 高濱年尾 年尾句集
その昔代々木の月のほととぎす 臼田亞浪 定本亜浪句集
その昔官幣大社の噴井かな 清水 浩
その昔枕腑分けや小豆粥 高橋睦郎
その昔海といふ町寒満月 若杉由紀子
その昔膳所で越年都鳥 高澤良一 燕音
その昔蒙昧宿や狩の宿 辻桃子
それぢやあがり昔恥けん土用干 昌夏 選集「板東太郎」
たけなはの春や昔の歯磨粉 桑原三郎 花表
ちちははの昔とおんと威銃 嶋田麻紀
つくばひの氷一片初昔 井沢正江 湖の伝説
つと入に今は昔の男かな 月舟俳句集 原月舟
つゝじ咲く庭や昔の御本陣 つつじ 正岡子規
てのひらに昔がありぬ草の餅 村越化石
てのひらに昔が戻るさくらんぼ 星川陽石
としより昔の歌をうたひ正月を酔ひ 七戸黙徒
とどまれる波の頂初昔 正木ゆう子 静かな水
とびろくや昔教師といふ人夫 坊城としあつ
ともかくも昔はよかった銭葵 高澤良一 素抱
とろろ汁鞠子と書きし昔より 富安風生
どぜう鍋昔ばなしに刻うつり きくちつねこ
ながかりしことは昔よ髪洗ふ 下村梅子
にぎやかに昔言ひつつ小正月 本屋華仙
のつぺい汁昔ぜいたく憎みけり 宮田静江
はだれ雪昔三百坊の跡 正田子温
はつ昔残りし叔母も亡きかずに 下田稔
はなやぐ冬日昔国禁の書なりしを 内藤吐天 鳴海抄
ひかり食む牛の反芻初昔 飯田綾子
ひとつづき昔毟るやいのこづち 羽田岳水
ひと昔すぐふた昔茶が咲けり 和田耕三郎
ひと昔まへも潮とぶ青真菰 山本洋子
ひめはじめ昔男に腰の物 加藤郁乎 江戸桜
ふるさとや昔めく身に苺皿 京極杞陽 くくたち下巻
ぶらんこを昔下り立ち冬の園 三橋敏雄(1920-2002)
へうたんの括れにあらん中昔 攝津幸彦 未刊句集
べそかきし昔の春よ今更袖 露言 選集「板東太郎」
ほのぼのと師走月夜や昔斎忌 飯田蛇笏 山廬集
ほれられて通ひし春の夜も昔 春の夜 正岡子規
ぽんぽんだりあ昔は良かった風に咲く 高澤良一 素抱
ましら酒酌みしは昔鹿火を守る 尾亀清四郎
まんじゆしやげ昔おいらん泣きました 渡辺白泉(1913-69)
みせばやの昔かんざし今は野に 山田理津子
みそか心の昔むかしや春の闇 菅谷晴子
むかしより昔ありけり粥柱 岡崎るり子
むぐつちよと呼びし昔で見てをりぬ 北川英子
ゆきのした昔は手紙白かりき 笠間元一郎
わが影に初昔とはなつかしき コウ子
わが昔寒夕焼けを樽に詰め 津沢マサ子 風のトルソー
わが物も昔になりぬ土用干 子規句集 虚子・碧梧桐選
エンジンを切つて昔へ田植時 松浦敬親(麻)
カンテラ照らす昨日泊まつて来た昔 阿部完市 絵本の空
クリスマス昔煙笑多かりし 島村 正
ゲーテ座の昔冬木が風呼んで(横浜山手) 河野南畦 『湖の森』
ゲートルを巻きしは昔空襲忌 岸 風三楼
サングラス昔住みたる町通る 佐藤芙美子
ストーブも駅長室も昔めく 京極杞陽 くくたち下巻
セルといふ仕立おろしは昔かな 小島千架子
ボロ市の寒さ昔は父と来し 太田土男
モズ鳴けど今日が昔になりきれず 谷川俊水
リラ咲くと書きなつかしき昔かな 星野立子
一と昔前見し滝に遊ばんと 高濱年尾 年尾句集
一寸の実生の松や初昔 長谷川櫂 蓬莱
一昔そのまた昔秋の山 深見けん二
一服の薄茶をかこむ初昔 伊藤敬子
一銭貰うて湯銭五厘の昔長閑けし 高澤良一 寒暑
七夕の願湿りし昔かな 山田みづえ
七夕や昔むかしのわらべ歌 野村 きく
七種や今を昔の粥の味 鴻村
万灯や参道に買ふ昔菓子 長岡貝郎
三山の恋は昔よ鳥交む 下山芳子
三昧の昔は知らず合歓ねむる 林原耒井 蜩
中元の昔甚平はや着まく 皆吉爽雨 泉声
中昔茶の花に雨あたたかき 手塚美佐 昔の香 以後
中腰の唐黍焼きに昔あり 石川桂郎
二た昔とは松蝉と水汲女 宇佐美魚目 天地存問
二た昔とも咋日とも高虚子忌 深見けん二
二昔雑草園の二日はも 深見けん二 日月
五倍子干して今も昔の温泉宿かな 美柑寒木
京はれてよき日昔の紀元節 増田手吉奈
今は昔の口開けている秋の河馬 坪内稔典
今は昔地震を語る火鉢かな 佐藤紅緑
今は昔芋ばかり食ひし坊主哉 寺田寅彦
伊賀越えや昔のままに稲干さる 佐藤末一
住み佗びて昔ながらの試筆かな 青峰集 島田青峰
何もかも線香花火の昔かな 岡本眸 午後の椅子
佗助や昨日は今日の昔なる 佐藤漾人
來る秋や昔に近き須磨の浦 立秋 正岡子規
信濃には昔ありけりかまいたち 村松紅花
傘となる昔こうもり睡りたり 和田悟朗 法隆寺伝承
党や昔われは桑背負いよろけつつ 栗林一石路
兜着たことは昔に頭巾かな 頭巾 正岡子規
八ツ手咲く今も昔も路地ぐらし 菖蒲あや
八月尽昔に似たる梨の疵 百合山羽公 寒雁
六月の御茶を濃くいれ昔夢會 筑紫磐井 婆伽梵
写真見る昔ふとりしきぬかつぎ 高浜虚子
冬日輪昔生れて誕生寺 矢島渚男 百済野
冷麦や昔めきたるガラス鉢 広瀬美保(玉藻)
凌霄花昔廓のひとところ 本橋美和
凩や南大門昔顛倒 野村喜舟 小石川
初場所や昔しこ名に寒玉子 百合山羽公
初夢に昔のヨイトマケの唄 高澤良一 随笑
初富士も大成丸も昔ながら 瀧春一 菜園
初弓の矢来は昔ほど結はず 平井備南子
初御空メタセコイアの昔より 鈴木貞雄
初昔医に明け暮れの古稀もかな 佐藤斗星 『七草の籠』
初昔子は湯ぶとりか寝ぶとりか 赤松[ケイ]子
初昔祝ひは藁のにほひせり 榎本好宏
初松魚江戸といひしは昔なり 初鰹 正岡子規
初空や昔耶馬台国ありて 阿片瓢郎
初荷旗昔ながらの白木綿 霜田歌子
初髪の婢を恋ひけるも昔かな 冨田みのる
初鶏や昔神達ひむがしへ 松根東洋城
初鶏や昔神達東ヘ 東洋城千句
北窓をふさげば昔還り来る 菅裸馬
千年の昔のごとく耕せり 富安風生
千木箱も昔ながらに生姜市 岡田日朗子
厩の牛昔藤のごとし枇杷の村 橋本鶏二
友垣に昔一途な花ありき 攝津幸彦 鹿々集
口癖の昔はよかったたうもろこし 高澤良一 寒暑
古もんぺ昔は国を愛しけり 後藤比奈夫
古利根の今の昔の蒲の花 草間時彦
古川や昔女の根芹摘む 芹 正岡子規
古簾吊りて昔の風を恋ふ 北垣宵一
古草や昔男の垣根草 高浜虚子
古里の昔の径の薮柑子 江藤ひで
古里の水に鴛鴦見し昔かな 尾崎迷堂 孤輪
古里の風は昔のまま昼寝 杉橋仙蕉
古里を捨てしは昔蓬摘む ジョンズ美加子
句を読めば昔たふとき初暦 原コウ子
向日葵に女は昔かたらざりき 川島彷徨子 榛の木
吾も昔この炉辺に経習ひたる 竹田菁雨 『瞽女慕情』
咄しの種花ぞ昔の曽魯離が居ば 井原西鶴
啼けや啼け汝も昔を恋し鳥 佐藤春夫 能火野人十七音詩抄
喜壽悲し母の齢の春昔 松根東洋城
囀りや昨日のことはもう昔 林千恵子
団十郎を昔泊めたる蒲団かな 白水郎句集 大場白水郎
国家予算やっと昔が買えますね 羽石イミ
土雛は昔流人や作りけん 渡邊水巴
埋火に恨みしそれも昔なり 埋火 正岡子規
城の天守に昔の振子休む春 田川飛旅子
城山でありしは昔蜜柑狩 舘野翔鶴
城攻めの昔を今に野火放つ 田部黙蛙
埼玉の畑打つ昔近衛兵 川崎展宏
夏垣に昔大人の少年寄る 攝津幸彦 未刊句集
夏帯の数に昔の恋の数 武居國子
夏茱萸や昔は子沢山なりし 青柳志解樹
夕ざくらけふも昔に成にけり 小林一茶 (1763-1827)
夕霧忌昔はもののやさしかり 後藤比奈夫 祇園守
夕顏ノ實ヲフクベトハ昔カナ 夕顔の実 正岡子規
夕顔に昔の小唄あはれなり 夕顔 正岡子規
夜なべすと灯の芯切りし昔かな 細見綾子 花寂び
大晦日は昔も今もさむき夜ぞ 大野林火
大服や昔ながらの接ぎ茶碗 服部嵐翠
大松魚昔の都荒れにけり 鰹 正岡子規
大根煮て昔のやうに抱かれけり 星野明世
大綿や昔は日ぐれむらさきに 大野林火
大蛸は大岩に棲む昔より 高澤良一 寒暑
大豆扱ぐ昔も今も足踏機 後藤 そえ
大門の今は昔の柳散る 行方克己 知音
大阪にありにし昔若夷 長谷川櫂 虚空
奈良の町の昔くさしや朧月 朧月 正岡子規
奈良阪や昔男の麥を蒔く 麦蒔 正岡子規
奥の秋の風に吹かれしも昔なり 秋風 正岡子規
女郎花昔の人のすがた也 女郎花 正岡子規
姉妹に蚊張吊草の昔あり 山田弘子 こぶし坂
姥捨ての哀れは昔春の山 山田 雪
姨捨の昔も今も落葉踏み 肥田埜勝美
姫始月うつくしき昔あり 岡本差知子
婢のをりしは昔母夜なべ 大橋敦子
嫁菜摘む昔のまゝの畦を恋ふ 甲斐田久子
子だくさん今は昔に木槿咲く 中村しげ子
子とあれば昔を今に春の夢 佐藤浪子
子の日する昔の人のあらまほし 高浜虚子(吉右衛門大磯の別邸の庭は靭彦画伯の意匠になるものとのこと。稚松多し)
子を負へる影に昔を春の月 阿部みどり女 笹鳴
子を連れて昔出てゆく郡かな 攝津幸彦 鹿々集
子供にも昔がありて椎の花 山西雅子
學ぶ夜の更けて身に入む昔哉 身に入む 正岡子規
宇陀いまも昔の色に祭の灯 茂里正治
守武の昔を今に忌日かな 高浜虚子
安倍館の昔も今も残る鴨 高橋迫水
実ざくろや妻とは別の昔あり 池内友次郎
実椿やもろき仇名もひと昔 尾崎紅葉
実石榴や妻とは別の昔あり 池内友次郎
家の霊餅花揺りし昔かな 百合山羽公 寒雁
家裏の栗落つ音の昔のまゝ 細見綾子
寒港や昔日軍馬嘶きし 榎本冬一郎 眼光
寒菊や昔女は老いにける 寒菊 正岡子規
寝て聞けば遠き昔を鳴く蚊かな 尾崎放哉「尾崎放哉全句集」
實柘榴や妻とは別の昔あり 池内友次郎
小十年昔のことを秋立つ日 成瀬正とし 星月夜
小山田や稗を植ゑるも昔唄 一茶「七番日記」
小春日や昔のまゝの神の庭 高濱年尾 年尾句集
山が山を恋せし昔初霞 長谷川櫂 虚空
山の蛾は山の昔はぱちぱちす 阿部完市 軽のやまめ
山吹の白には昔語りなし 後藤夜半 底紅
山椒の葉皿のめばるに昔の夜 和知喜八 同齢
山毛欅の実を炒りて昔に遊びけり 羽田 岳水
山火燃ゆ物見の松と昔より 福田蓼汀 山火
山車倉に昔の闇や虎落笛 中村風信子
岩穿ちけるを昔に泉かな 尾崎迷堂 孤輪
峠うかべ遅日の村の昔より 村越化石 山國抄
師よ友よ昔日の雷野をわたる 中島斌雄
年の豆妻に嘘ある昔かな 玉越琅々
年わすれ昔念者と若衆かな 青峨 五車反古
年忘昔念者と若衆かな 青峨
年酒くむ昔噺の夜となれり 大石泰子
廊踏めば往昔還る花の雨 皆川白陀
引く草や昔遊びし草もあり 遠藤はつ
当今(たうぎん)の昔赤子や冬霞 三橋敏雄 畳の上
征け征けと昔さくらは咲きにけり 斎藤拙夫
待ち合わすマフラー昔の色であり 荒尾芳春
後山の月甕のごとし初昔 飯田蛇笏 春蘭
従妹来て居りしや昔星祭 比叡 野村泊月
御車の昔過ぎたる柳かな 柳 正岡子規
復の卦や昔の妻の返り花 帰り花 正岡子規
徳川の昔男や雑煮喰ひ 子規句集 虚子・碧梧桐選
心太不意に昔のありにけり 椎名書子
志賀や昔天智天皇船あそび 阿波野青畝
恋に恋せし昔なつかし冷奴 天川悦子(自鳴鐘)
恋やあらぬ我や昔の朧月 朧月 正岡子規
恍として高濤の月はつ昔 飯田蛇笏 雪峡
悴みて昔美男でありし人 今井つる女
我昔揚屋に年を忘れける 左衛門
手が灼けて昔も関の手付き石 和知喜八 同齢
手も足も昔なりけり諸葛菜 和田悟朗
手炉膝に宿の昔を語らるる 今井つる女
手花火や昔ここまでみづうみと 中戸川朝人 尋声
折檻の昔土蔵の白障子 鈴木鷹夫 大津絵
掛香の女男も昔かな 高浜虚子
探梅や遠き昔の汽車にのり 誓子
摘草のげんのしようこも昔かな 北原志満子
撫し子やものなつかしき昔ぶり 正岡子規
撫子や吾に昔の心あり 撫子 正岡子規
放せ俺(わい)は昔の西日だというて沈む 永田耕衣 泥ん
故郷は昔ながらの粽かな 高浜虚子
散り松葉昔ながらの掃除番 一茶「寛政紀行」
数の子を一ト度噛めば一ト昔 高澤良一 さざなみやつこ
数珠玉を今は昔とこぼしけり 森垣はる
斯く翳す春雨傘か昔人 高浜虚子
新月やいつを昔の男山 榎本其角
新涼や昔薪は山に樵り 松根東洋城
新蕎麦や昔ながらの立場茶屋 道山昭爾
旅愁はや昔の闇に走馬燈 水原春郎
日ぐるまや昔乙女が家どころ 会津八一
早乙女に昔のひとのごとく逢ふ 田中裕明 花間一壺
早苗とる手もとや昔しのぶ摺 芭蕉「奥の細道」
昆布の香厨に残る初昔 秋川ハルミ
明日より昔思ほゆ夜寒かな 吉本和子
昔/真神の/深雪匂ひの/青春楡峠(あをだもたうげ) 林桂 銀の蝉
昔、男、しぐれ聞き聞き老いにけり 久保田万太郎 流寓抄
昔ありけり京の寒紅ふところに 渡辺桂子
昔ありける男の墳もかぎろへり 山岸 治子
昔あり今ありて餅白くあり 村越化石
昔おもふしぐれ降る夜の鍋の音 鬼貫
昔からここに砂糖壺があり妻が居ない 鳥路健一
昔からこゝはげんげ田懐かしや 山元秀女
昔から太陽はあり葱畑 桑原三郎 晝夜 以後
昔から婆なる尼や涅槃寺 菅原師竹句集
昔から暑き市なる名古屋かな 松根東洋城
昔から死顔でいる*ばったかな 四ツ谷龍
昔から翁の人や暮の秋 沢田はぎ女
昔から角は畳屋亥の子唄 浜野 茂
昔ここ六浦(むつら)とよばれ汐干狩 高浜虚子
昔さるべき女ありけり冬籠 冬籠 正岡子規
昔なら菊百鉢は並ぶ庭 吉田もりよし
昔にも昔ありけり桃の花 奥坂まや
昔の友夜着から頭だけ出して 金子兜太
昔の声出す 鴎 少年 遠洋船 伊丹公子 山珊瑚
昔の夜のごと夜咄の炉をかこむ 佐野美智
昔の火は力ありけり大榾火 中村明子
昔の灯ともす夜店を選び買ふ 松下康雨(狩)
昔の話を聞いてゐる雀はその間中来てゐる 中塚たづ子
昔は恋し手毬をつき唄ふ 高木晴子 花 季
昔は海であつたと榾をくべる 尾崎放哉
昔へも行けそうな橋彼岸花 西尾千佳子
昔ほど酒は飲めぬと早苗饗に 柏井古村
昔みち姥子にのこり咲く馬酔木 木津柳芽 白鷺抄
昔むかしの種痘の痕のまだ痒し 能村登四郎 寒九
昔むかし焦がれたる娘の糖尿を病むらしそんなもんだぜ月日は 島田修二
昔めくことこそよしや菊の露 菊 正岡子規
昔も不作ここら百姓はや雪簑 栗林一石路
昔も今も手古奈の秘事走馬燈 石塚友二 方寸虚実
昔も夕焼かくれて噛みし薄荷紙よ 平井さち子 完流
昔も此の人、老いては老のうつくしさ藤を見る(尾州萱津) 荻原井泉水
昔より九月も灼けて磐座は 茨木和生 三輪崎
昔より今が懐かし初竈 手塚美佐
昔より医者なき邑や杏咲く 宇都宮草舎
昔より同じ絵模様千歳飴 川端紀美子
昔より我を蹤けくる蝶ひとつ 河原枇杷男 訶梨陀夜
昔より橋の袂の氷店 後藤比奈夫 花匂ひ
昔より江戸美しき酉の市 深川正一郎
昔より病む天なりき冬菫 河原枇杷男 訶梨陀夜
昔より竹林夏の一返信 田中裕明 花間一壺
昔より細うなりけり柳箸 高本時子
昔より聖者は痩せて枯芭蕉 鷹羽狩行
昔より落暉変らず藍の花 上崎暮潮
昔より釧路幽けしみゆるかな 阿部完市 軽のやまめ
昔わが飼猫美なりき春の猫 及川貞
昔をとこありけり湯ざめしたりけり 細川加賀 『玉虫』以後
昔をとこありけり雪の墓なりけり 大石悦子
昔スフのズボンの折目更衣 川崎展宏 冬
昔セルと言ふものありき樹に凭れ 桂信子 「草影」以後
昔二十軒店仲見世の春火桶 石川桂郎 高蘆
昔匂ふ花さへ実さへ陳皮さへ 其角
昔咄団扇の風に薫りけり 団扇 正岡子規
昔女菊の根分くる跣足哉 摘草 正岡子規
昔寵愛の女住みけり冬木立 冬木立 正岡子規
昔思へひとつ畑の瓜茄子 去来「裸麦」
昔怯えし心音をきく生き作り 北原志満子
昔恋ふこと許るされよ梅椿 高木晴子
昔提樹の花に勤行太鼓かな 猪鼻純枝
昔提樹の青実こぼるる九品仏 内藤恵子
昔斎忌月またしぐることの由 飯田蛇笏 山廬集
昔日と同じ端居に向き変へず 村越化石 山國抄
昔日のうしろの正面大夕焼 谷口桂子
昔日のゆたかさに在り冬の蠅 永田耕衣 物質
昔日の春愁の場木々伸びて 草田男
昔日の海向日葵の瞳の中に 高澤良一 寒暑
昔日の涼しさに立つ二人かな 依光陽子
昔日の淀の風来る日傘かな 山田弘子 懐
昔日は恋し手毬をつき唄ふ 高木晴子
昔日は黄ときめたりし月見草 伊藤 敬子
昔日を啖い夕顔真白かな 永田耕衣 人生
昔東海道鈴鹿坂下時雨かな 松根東洋城
昔業平といふ男ありけり杜若 高橋淡路女 淡路女百句
昔爺と婆と住みけり桃の花 桃の花 正岡子規
昔男ありけりと読む雛の間 山田弘子 こぶし坂以後
昔男ありけりわれ等都鳥 富安風生(1885-1979)
昔男ありけり筍掘りにけり 見学玄
昔男ありけり雪の墓なりけり 大石悦子
昔男となり女の柏餅 加藤郁乎
昔男にふところありぬ白絣 岡本眸 午後の椅子
昔男の塚へ早乙女植ゑしさる 佐野美智
昔知る水夫に逢ひぬ春の町 春 正岡子規
昔知る隣の川床の妓かな 比叡 野村泊月
昔竹取の翁といふあり竹婦人 竹婦人 正岡子規
昔絵の春や弁慶藤娘 正岡子規
昔翼でありたる腕を上下さす 桑原三郎 龍集
昔船の沈みしあたり蜃気楼 能村研三
昔菓子手に少年の日に戻る 谷口洋
昔語する齢なり青葉木菟 古賀まり子 緑の野以後
昔語り縁をはなれて樗の実 田中裕明 花間一壺
昔語コスモスあかりほろほろと 古賀まり子 緑の野以後
昔踏まれし木版マリア黴てけり 糸山由紀子
昔雪夜のラムプのやうなちひさな恋 鷹女
昔麻布大山道の桔梗かな 野村喜舟 小石川
星合の契りもいまは昔ごと 能村登四郎 天上華
春の夜の酒に更けしも昔哉 春の夜 正岡子規
春の山それぞれ昔火を噴きし 阿波野青畝
春の雁昔は師弟たたかへり 小島 健
春や昔十五万石の城下哉 正岡子規(1867-1903)
春や昔古白といへる男あり 正岡子規
春や昔御車寄の事の急 松根東洋城
春や昔恋も俳句もおぼえし街 西本一都 景色
春や昔杉鉄砲の痛きこと 川名大
春燈飢ゑし昔も書をかかへ 永島靖子
春雨や昔とふ糸小田巻に 東洋城千句
春風の昔一銭蒸汽かな 成瀬正俊
春風や井戸は昔しの星月夜 春風 正岡子規
昼花火昔は梨も丸かじり 百合山羽公 寒雁
時鳥昔此頃此峠 時鳥 正岡子規
智照尼は昔知る人薄紅葉 高浜虚子
暗い昔の砂を幼女の手に移す 林田紀音夫
書を干すや昔なつかしの不審紙 曝書 正岡子規
書を干すや昔わが張りし不審紙 曝書 正岡子規
替堀の昔の溝の残れるよ 富安風生
月の出や昔のままに芥子の花 岩田由美 夏安
月を今宵花を昔に偲ふ哉 竹冷句鈔 角田竹冷
月澄むや昔妓楼の舟溜り 平野無石
朝ぐもり昔は家に火種ひとつ 三橋敏雄 眞神
朝寒の昔ぐゝまり吹く竈かな 西山泊雲 泊雲句集
朝顔の実にふれ遠き昔あり 高木晴子 花 季
朝顔の昔の色の濃むらさき 寺谷なみ女
木から人生まれし昔姫始 笠原ちず子
木の実植ゑてこゝに始まる昔かな 東洋城千句
木の芽時昔は他人いまは妻 佐々木昇一
木の電柱の鳴りしは昔犬ふぐり 北原志満子
木下闇昔へ曲る石畳 川崎慶子
木天蓼や昔色町うら通り 段原スミヱ
木槿咲く塀や昔の武家屋敷 木槿 正岡子規
木綿合羽露の舎りや昔の野路 調鶴 選集「板東太郎」
木馬の瞳哀しい千代紙の昔 小山 淑
杖を曳く花は上野と昔から 蒲生院鳥
杜若八ツ橋踏めば昔見ゆ 佐藤貴美江
来ずなりし水鶏の昔男かな 菅原師竹句集
東京に念々ねぶる昔飴 攝津幸彦 鹿々集
枕に手置いてはるかや初昔 鷲谷七菜子
枝豆に子規忌済ますや昔顔 放江句集 富士崎放江、大曲駒村編
枯尾花こゝらよ昔不破の關 枯薄 正岡子規
枯薄ここらよ昔不破の関 正岡子規(1867-1903)
柚の花や昔しのばん料理の間 松尾芭蕉
柚の花や昔偲ばん料理の間 芭蕉「嵯峨日記」
柚も柿も昔語りのついで哉 成美 (去来翁懐旧於新川去来庵)
柳散る昔啄木のまた我が径 加藤秋邨 穂高
柾の実昔小町のあちら向き 相原澄江
柿の家昔も今もおそろしき 栗林千津
栗干すや飢餓の昔のごとく黄に 百合山羽公
桃のなか別の昔が夕焼けて 中村苑子(1913-2001)
桃の日の母に送りし昔菓子 黒田杏子 花下草上
桃咲けり昔のままのこみち沿ひ 大熊輝一 土の香
桐の花昔は男通ひけり 小島健 木の実
桜守無頼の昔ありしとか 奥本早希
桜炭昔の匂ひして熾り 細川子生
桜貝拾ひしことも昔かな 高濱年尾
梅が香に昔の一字あはれなり 松尾芭蕉
梅の記ハ昔の香にも匂ひけり 梅が香 正岡子規
梅咲いて昔のまゝに畑あり 松藤夏山 夏山句集
梅林に昔を偲ぶ摂津図絵 長田千鶴子
梅雨小袖昔八丈梅雨なれや 久保田万太郎 流寓抄
梅雨空や水も昔の色ならず 林原耒井 蜩
梟や昔むかしの星隕ちて 齋藤愼爾
梟よ尾花の谷の月明に鳴きし昔を皆とりかへせ 与謝野晶子
梨を剥く家族に昔ありにけり 出口善子
棒切れのような昔やみかん剥く 三池 泉
棚経の僧の昔は坑夫とか 緒方句狂
森見ればよ火石の昔ちる紅葉 調管子 選集「板東太郎」
楪葉や遠い昔の父の顔 山本敏倖
榧の実のこぼれて昔行在所 伊藤いと子
槐咲く昔鉄砲鍛冶の家 小田切輝雄(杉)
樽柿の渋き昔しを忘るるな 夏目漱石 明治三十年
橘の昔を忍ぶ血筋かな 橘 正岡子規
橘は昔の曲にかをりけり 橘 正岡子規
橘やきのふの人のはや昔 也有 (悼廬元坊)
橘や吾身の昔なつかしき 橘 正岡子規
橙飾る昔をしのぶ長屋門 高田嘉助
櫻待つみんな昔の仲間かな 田中裕明 先生から手紙
歌かるた昔むかしの母の恋 鷹羽狩行
歌留多取る昔の速さ手に戻り 明石春潮子
此里やいく世昔の手毬唄 谷活東
武蔵野に昔よりなる夜長かな 小杉余子 余子句選
武藏野や昔問へば稻のうなづきぬ 稲 正岡子規
歯が一つかけたるままや初昔 遠山草太郎
母と泣きし帰省も遠き昔かな 河野静雲
母も居て十日戎のその昔 中村祐子
水打つて帰る昔のありにけり 嶋田麻紀
水練の揃ひの褌(こん)を昔かな 三橋敏雄 巡禮
水草生ふ後朝(きぬぎぬ)のうた昔より 藤田湘子
水葬のありしは昔鴨の海 小原菁々子
江ノ電の昔千鳥の翔ぶ砂丘 高澤良一 寒暑
汲みて知るぬるみに昔なつかしや 一茶
沖にまだいくつ灯のある初昔 友岡子郷
洗ひ飯昔男の忌なりけり 関戸靖子
浅草の今や昔やかき氷 松村幸一
浜町の路地の昔や蚊喰鳥 草間時彦 櫻山
浜離宮とは昔名よ椎若葉 藤村藤羽
浪華はや昔とゞめず西鶴忌 馬場木陽
海峡は昔いくさば桜鯛 富川芳緒
海苔採に昔語りを浦浪は 高澤良一 素抱
海道のくらき昔の年の豆 百合山羽公 故園
海鼠拾ふ相州の浜その昔 高澤良一 燕音
涅槃西風昔語りの母と居り 古賀まり子
消壺の昔のままや鉦叩 佐藤和枝
涼しさの昔をかたれしのぶずり 涼し 正岡子規
涼しさの猶ありかたき昔かな 涼し 正岡子規
涼風が昔語りをくりかへす 高木晴子
涼風と土間の凸凹昔より 高木 晴子
渡し舟昔ながらの櫂涼し 小早健介
源五郎鮒とう昔二重瞼 武田仲一
滝音も昔のままや寒雷忌 鎌田 茂
滴れり三葉虫の昔より 高澤良一 素抱
灘町は昔の構へ鯊を干す 木村蕪城
火を入れて昔句座の辺走馬灯 田中英子
火桶張る昔女の白髪かな 火桶 正岡子規
灯を消してよりありありと初昔 鷲谷七菜子
炉話のこの世も昔なればよきか 元吉竹瓶子 『甲子』
炉話や昔のわれを知る人と 下村梅子
炭俵昔は深く手を入れし 藤映子
焼米や昔の僕とて来る 島田五空
煤の夜の昔の母は鉄漿つけき 柏崎夢香
熟した梅の甘酸つぱい昔をかじる 原 鈴子
燗熱うしてひと昔ふた昔 山田弘子 こぶし坂以後
父となる子に雁瘡の昔あり 山田弘子 こぶし坂
父母ありし昔真桑や灯も黄いろ 森澄雄「四遠」
片蔭も昔のままに古りし坂 後藤比奈夫
牛伏寺に見下ろす町や初昔 百瀬美津
物書いてそのままひとり初昔 松浦敬親
犬連れて根釣見てをり昔蜑 古賀まり子
狼のごとく消えにし昔かな 赤尾兜子
猿は昔のこゑを遺せり雪積む夜 松村蒼石 雪
玉堂の昔の川の夏の音 高澤良一 燕音
玉虫の昔の人も賞でし色 木下房子
甘酒の釜の光や昔店 甘酒 正岡子規
甚平の父に酒豪の昔あり 島谷 征良
生栗ひとつ昔日の兵眼をひらき 桜井博道 海上
田水沸き米どころとは昔より 橋本博
男と女昔のままに*えりをさす 長谷川櫂
町うら盆花売るのも昔なじみの湯のまちで 荻原井泉水
町なかの昔の松の春の暮 山口誓子
病む母の昔語りや夜の長し 八牧美喜子
登呂びとのありし昔の蓮ひらく 百合山羽公 故園
白息のあたたかかりし昔かな 今井杏太郎
白梅に昔むかしの月夜かな 森 澄雄
白梅や誰が昔より垣の外 蕪村
白炭や焼かぬ昔の雪の枝 忠知
白飯に飢ゑしは昔霰はね 桂信子 花寂び 以後
白髪に櫛の素直や初昔 今野福子
百日紅草紙干したる昔かな 小石川 野村喜舟
百足屋も白蚊絣も昔かな 石川桂郎 高蘆
目黒なる筍飯も昔かな 高濱虚子
相ともに昔恋しきかるたかな 高濱年尾 年尾句集
相共に昔恋しきかるたかな 高浜年尾
真清水や棟が下に昔より 野村喜舟 小石川
眼裏に昔が光る緋鶏頭 高見加代子
矢狭間より昔の秋の海見ゆる 文挾夫佐恵
石の上昔春菜を摘みし丘 細見綾子 黄 炎
石菖や茶室に棲みしひと昔 草間時彦
石蓴干す昔も今も十三戸 射場清子
石蕗の花往昔男に死処ありき 直井烏生
石蕗明り昔仔牛がつながれし 井上美耶
石階に蔦紅潮し昔の友 綾子
石鼎忌より風邪ごゑの昔ばなし 原裕 青垣
砂糖の木をかむ子昔も居りつらん 河東碧梧桐
碾初やその名も古りし極昔 服部嵐翠
磯神のはるかなる灯も初昔 神尾久美子
磯菜摘む昔流人の島なりし 成瀬正とし 星月夜
磯開昔のまゝの村掟 宮崎箕水
社会鍋昔の古りし曲を吹く 有働 亨
祖母のもの遠き昔の歌がるた 高木晴子 晴居
神童とよばれし昔寒卵 平井照敏 天上大風
神農の虎の昔のこと知らず 田畑美穂女
秋好きといひしは昔花下に老い 星野立子
秋彼岸父の昔を母語り 野見山智子
秋昔三十年の團子店 秋 正岡子規
秋桜昔ながらの蔵の町 楢崎幸子
秋気澄む町は昔の名を残し 川崎展宏 冬
秋海棠阿波の内侍の昔あり 清崎敏郎
秋祭昔めく色並べ売る 山田弘子 螢川
秋立つやきのふの昔し有のまゝ 千代尼
秋立つや昔に近き須磨の浦 立秋 正岡子規
秋草に昔のひとの娘吾妻佇つ 中村草田男
秋草やその頃言へばひと昔 福田蓼汀 山火
秋風に兀ても昔女かな 秋風 正岡子規
秋風の昔竹屋の渡しかな 成瀬正とし 星月夜
秋風やあれも昔の美少年 一茶 ■文化七年庚午(四十八歳)
稗の穂や昔を今に木曽路古り 鈴鹿野風呂 浜木綿
空から昔から水がおちて流れているところ(洒水の瀧) 荻原井泉水
空のうしろに昔日の空麦こがし 磯貝碧蹄館
立たされし昔馬穴に野菊生け 西田弘生
立つひとに暮春の水屋憶昔亭 桂樟蹊子
竹煮草昔鉄道官舎かな 北見さとる
竹落葉変らず昔どうりの道 高澤良一 素抱
笄(こうがい)も櫛も昔やちり椿 野澤羽紅女
笄もくしも昔やちり椿 羽紅
笄も櫛も昔やちり椿 羽紅
笛笛の昔の二人にはあらず 海輪久子
粟干すや飢餓の昔のごとく黄に 百合山羽公 寒雁
糸瓜にも昔ある世となりにけり 河東碧梧桐
糸瓜忌や昔の根岸偲ぶ人 尾高青蹊子
紐足袋の昔おもへば雲がゆく 臼田亞浪 定本亜浪句集
紙を漉く国栖の翁の昔より 田畑比古
紙漉きし昔の家の窓低し 森田峠 避暑散歩
紙雛や奈良の都の昔ぶり 蝶夢
紙魚払ふ亡父の昔知りたくて 加藤不倒
紫の頭巾に恋をせし昔 阿部みどり女
紫苑咲く昔と同じ友の家 萩原まさえ
紫陽花の昔は藍と思ひけり 水原春郎
絣着の昔ありけり夕笹子 村越化石 山國抄
総督府たりしは昔紅葉づれる 三宅芙美女
緑陰に昔のまゝの力石 吉田伝治
練炭に残るほむらの初昔 岡田 耕治
繭玉の数を尽くせし昔あり 馬場移公子
美しき鯉魚と群れゐし初昔 上田五千石 琥珀
義秀忌の昔の無頼衰へぬ 清水基吉
羽子板の絵のまなざしの昔今 後藤夜半 底紅
老いけらし昔恋しき飾羽子 富安風生
老いし母昔の夏服今も着て 内藤瑤子
老い給ひ落花に昔物語 高木晴子 花 季
老い給ひ落花に昔語らるゝ 高木晴子
耕しの昔の鍬を以てせり 高野素十
胸に手を組む先立つ者の昔から 林田紀音夫
自転車に昔の住所柿若葉 小川軽舟
舞初や昔おぼえを仕る 白井一江
船医たりし昔語りに海夕焼 広岡仁 『休診医』
芒野にかくれし昔探しをり 木村十三
花どきの一週間は一と昔 今井干鶴子
花も昔月の昔としくれけり 時雨 正岡子規
花供養皆で来たのも一ト昔 田畑三千女
花守に鯨捕りゐし昔あり 吉田汀史
花散るや昔に戻る蛙茶屋 散桜 正岡子規
花時の一週間は一ト昔 今井千鶴子
花林檎一と昔否大昔 星野立子
花桑や昔ながらの手織機 西本一都
花野中大き昔の日が沈む 水原春郎
花馬酔木昔は馬の通りたる 殿村莵絲子
苗木植う山を昔に返すべく いのうえかつこ
苜蓿に農學校の昔今 伊藤柏翠
若布刈竿紀貫之の昔より 細川加賀
若楓昔の人はよき字書き 後藤比奈夫 初心
若竹の昔によるや雀ずし 若竹 正岡子規
若草に嵯峨野の昔哀れ也 若草 正岡子規
若菜野に昔男ぞなつかしき 伊藤松宇
茎漬の土間のでこぼこ昔より 石川星水女
茱萸の実あり昔日のごと黙想のごと 金子皆子
茶の花や隠者が昔女形 銕憎
茶摘女の昔を画きし草子かな 佐藤滴泉
茸狩や昔噺の雲の相 加藤知世子 黄 炎
草の刃にふれしは昔糸とんぼ 畑ゆき乃
草の花人の死にしは昔なり 草の花 正岡子規
草刈女いまも昔も都恋ひ 佐野美智
草桔梗咲くや昔の院の芝 後藤夜半
草田男忌今も昔も水田の色 藤谷朝子
菊の宿昔女のうたひかな 菊 正岡子規
菊昔ながら畿内の霞かな(桃山御陵) 石井露月
菖蒲浮く昔ながらの楽屋風呂 市川団右衛門「ホ誌雑詠選集」
菜の花に昔ながらの近江富士 山口波津女
菜殻火は筑紫憶良の昔より 小原菁々子
菜飯噴く昔々の昔かな 高野素十
菫野や今見し昔なつかしき 高井几董
萍の隙間怖れし昔かな 桂信子 花影
萩に手をふれて昔の如く訪ふ 深見けん二
落城の昔に似たり時鳥 時鳥 正岡子規
落城の昔は知らず花吹雪 稲垣鷹人
葉桜や昔の人と立咄 葉桜 正岡子規
著莪咲いて石棺遠き昔呼ぶ 河野南畦 『試走車』
葛の花昔の恋は力づく 伊藤通明
葭切は豊葦原の昔より 森田峠 避暑散歩
葱汁や昔小使のおつさんが居た 永田耕衣 人生
蓬莱に根松包むや昔ぶり 蓬莱 正岡子規
蔦の葉は昔めきたる紅葉哉 松尾芭蕉
蔭ふかき昔座敷や頼政忌 松瀬青々「妻木」
蕣に土佐の昔画兀にけり 朝顔 正岡子規
蕣に昔女の住居かな 朝顔 正岡子規
薬掘昔不老の願あり 夏目漱石
薺打って打つて昔を引寄せる 茂木白燕子
藍咲くや橋流れしは二タ昔 友岡子郷
藤長し父存命の昔より 古舘曹人 能登の蛙
藪より雀こぼるる家に昔の先生たづねる 人間を彫る 大橋裸木
藪入や昔我身もありにけり 小澤碧童 碧童句集
藺草干す今も昔の新居宿 後藤比奈夫
蘆火てふ昔の火なり美しき 小林康治
虎落笛めつむりをればひと昔 櫛原希伊子
虫喰の砧に昔ばなし住む 田中由喜子
虫干の風に昔のひほひ哉 土用干 正岡子規
虫篝着火待つ間の昔語り 龍神悠紀子
蚊帳吊草早く昔になればいい 齋藤愼爾
蚊帳干して昔を捨てぬくらしあり 田辺夕陽斜
蚕豆は昔の顔をしてゐたる 武藤紀子
蚯蚓鳴くや油に生きし昔の灯 東洋城
蛍狩せしは昔や蛍茶屋 下村ひろし
蜑の庭昔も今も立葵 水原春郎
蜜柑摘み昔は唄をうたひしに 山口波津女
蜷群れて昔の水の匂ひけり 柴田鏡子
蝗の眼今も昔も夕焼けて 柿本多映
蝶とぶや心に昔明滅し 徳永山冬子
蝶よ昔荘周と云ふうつけあり 寺田寅彦
螢よぶ昔も今も同じ唄 星野立子
螢火や昔は橋を渡りけり 長谷川櫂 古志
螢狩せしは昔や螢茶屋 下村ひろし 西陲集
蟻走る昔修験の金峰山 菅原庄山子
血で書きし文の昔や吾亦紅 伊藤通明
行く水の此処に始まる昔かな 中村苑子
行秋や昔の鐘を今も撞く 雑草 長谷川零餘子
衣被昔男は妬みけり 阿波野青畝
被りものせしは昔や掃納め 浮田雁人
袴はく足もと涼し昔ぶり 涼し 正岡子規
裏路は昔のままにつはの花 加藤武夫
裸雛人に神代の昔あり 後藤比奈夫 めんない千鳥
見つつゐて都踊の昔恋ふ 奈良鹿郎
覗く春月尿れば昔が顔出すよ 磯貝碧蹄館 握手
観梅や「匂い十里」の昔よし 丘本風彦
言問に住みしは昔都鳥 鷲巣ふじ子
読み初めむ昔男の斯く斯くを 相生垣瓜人
読初は絵入りの昔ばなしかな 小宅光子 『雲に風に』
読初めの今は昔の天竺部 高澤良一 ももすずめ
誰がゆゑと問ひし昔や藤村忌 矢島渚男 延年
誰が布施の昔小袖や壬生念仏 召波
豆まきや役者のうちの昔ぶり 中村吉右衛門
豆撒きの昔電燈暗かりき 川崎展宏
貧乏の昔恋しや三ヶ日 高浜虚子
貰ひ湯の昔がありし星月夜 斎田鳳子
赤とんぼ昔の如く紅澄まず 百合山羽公 寒雁
赤と黄と青の昔や洗濯船 攝津幸彦 鹿々集
走馬灯廻る昔の速さもて 後藤比奈失
起し絵の昔をゆめの女坂 石川桂郎 四温
路地裏に昔の佃鰯干す 秋山花笠
身にしみる昔語りや近松忌 老川敏彦
身の丈の髪の昔や菊枕 鷹羽狩行
車前草の葉盛り旅に死ぬは昔 香西照雄 素心
近道の昔のままに水引草 小谷久子
追はるるは昔のをんな走馬燈 井澤正江
逢ひ状の昔は知らず春著の妓 田上一蕉子
運動会昔も今も椅子並ぶ 横山佳世子
遠い昔の秋や茶色の皮表紙 栗林千津
遠花火昔ながらの火の見あり 瀧春一 菜園
遠花火水面に昔映しけり 小泉富美子
部屋住みの昔が匂ふ蚊遣かな 鈴木鷹夫 春の門
郷愁を持ちしは昔秋灯 中口飛朗子
都鳥空は昔の隅田川 福田蓼汀 山火
酢海鼠や昔日の丈夫いまの惰夫 花岡昭
酢瓶いくつ最昔(そのかみ)矢岐の大生海鼠(おほなまこ) 松意
醤油瓶昔磨けりブラシの花 高澤良一 素抱
里神楽秋の田の額昔より 阿波野青畝
野に拾う昔雲雀でありし石 高野ムツオ 雲雀の血
野の岩は昔は礁霧すさぶ 工藤義夫
金魚屋の来し町角の昔めき 星野立子
金魚掬ひ昔餓鬼大将の腕 岡崎玲子
鉄眼の昔日の闇鉦叩 辻田克巳
鉾蔵の暗さ百年一と昔 行方克巳
銀パリも昔語りの巴里祭 岸みよ子(山茶花)
銭亀と宝石が昔ばなしをする 八木三日女 赤い地図
鎌鼬昔むかしの母の傷 岸田みい子
鐘の昔や霞にしづむ東大寺 中勘助
長き夜や昔の事の浮しづみ 多代女
長櫃や昔虫食ふ秋の風 野村喜舟 小石川
開山の昔を今や深雪寺 尾崎迷堂 孤輪
開拓の昔のまゝの春の空 栗原昌子
関の跡若葉の故の昔かな 尾崎迷堂 孤輪
阿蘭陀の昔更紗や薔薇の形 薔薇 正岡子規
陣屋涼し昔を語る絵などある 高濱年尾 年尾句集
除夜をかし昔の歌の愛が見ゆ 千谷頼子
陽炎の昔にかへる命哉 陽炎 正岡子規
雁なくや昔顔なる窓の月 竹冷句鈔 角田竹冷
雁帰る昔むかしへ帰るのか 斎藤まさし
雛かざる昔のままの貝の紅 吉田 二葉
雛の世の昔はありし貝合せ 加藤羝羊子
離宮田に鹿火屋のありし昔かな 酒井 露酔
雨つのる伊賀の李の昔かな 加藤楸邨「火の記憶」
雪ゆるむ昔はありし幻燈会 村越化石 山國抄
雪を衂りし昔の雪がまのあたり 太田鴻村 穂国
雪折や昔にかへる笠の骨 松意
雪籠り二日朝夜と昔なし 石川桂郎 高蘆
雲表にみゆる山巓初昔 飯田蛇笏
雲踏みて今も昔もみづすまし 桂信子 花影
雲雀鳴き明日香の昔よみがへる 山下美典
霜時雨それも昔や坐興庵(ざこうあん) 服部嵐雪
霜降や貝生まれくるほどの昔 対馬康子 吾亦紅
霧の夜の汽笛は昔めきにけり 岸風三楼 往来
青き踏む昔むかしの日差かな 高橋陸郎
青柿や昔のままの釣瓶井戸 上山和子
青梅や昔どこにも子がをりし 甲斐羊子
青葉の夜昔の菓子に癒されて 北原志満子
青葉騒昔の顔の打ち揃ひ 桂信子 草影
青薄昔の村が村の下 矢島渚男 延年
面ざしは昔人なる照葉かな 高浜虚子
鞍壷に昔男や競べ馬 内貴白羊
韮山や昔の町の鯉幟 雑草 長谷川零餘子
須磨涼し今も昔の文のごと 阿波野青畝
頼家の昔も嘸(さぞや)栗の味 夏目漱石 明治四十三年
顔大き昔の女優紅牡丹 白石順子
風光る昔本町日本橋 八木林之介 青霞集
風呂落とす音のきらめく初昔 福田甲子雄
風流の昔恋しき紙衣かな 夏目漱石 明治四十三年
飛び石は昔の歩幅夏落葉 藤森貞子
飛花落花昔男は海を来し 金箱戈止夫
食積や昔はみんな大家族 山田弘子 懐
飢ゑし世を昔語りに夏炉守 太田光子
飯煮ゆる昔もゆゆしき山居かな 中勘助
飯饐えし昔ありけり星祭 亀田虎童子
餅つきの昔ばなしや盆の月 笹井寅雄
餅花や昔ながらの箱階子 抱一
馬市の昔を偲び若菜摘む 中川修古
馬酔木折って髪に翳せば昔めき 高濱虚子
駄菓子屋の昔なつかし扇風機 中山一穂
駆落ちの昔がたりやどぜう鍋 木村喜子
駆込寺鰻出前も昔かな 石井清泉(さいかち)
鬼灯や振分髪の昔より 寺田寅彦
鬼灯や雨に灯りて昔の色 藤岡筑邨
鬼舞も照る寒星も昔ぶり 橋本榮治 麦生
魚屋の昔や暗き海鼠桶 石川桂郎 高蘆
鰭道の昔を今にちどめぐさ 石川桂郎 高蘆
鰭酒や逢へば昔の物語 高濱年尾 年尾句集
鳥羽殿へ昔急ぎし蛇の舌 星野昌彦
鳩吹いて昔をかへすよしもなし 清水基吉
鳩麥や昔通ひし叔父が家 鳩麦 正岡子規
鳰(にお)がゐて鳰の海とは昔より 高浜虚子(1874-1959)
鳰がゐて鳰の海とは昔より 高浜虚子
鳶舞う昔からある空の色 小山洋子
鴨引くや昔瓦の野郎葺 八木林之介 青霞集
鴫立てずんと昔の夕かな 一茶
鵙聞けばコーヒーの香の昔かな 斎藤空華 空華句集
鶏追ふやととととととと昔の日 攝津幸彦 鹿々集
鶯や昔住みゐし長楽寺 田畑三千女
鷽替へて昔の色の寒夕焼 塚原巨矢
麦の穂にのどをかかれし昔かな 太田鴻村 穂国
麦笛のしらべ昔の夢かへり 石塚友二
麦飯のやや白は昔白夾竹桃は今 阿部完市 純白諸事
黒つぐみ昔のろしを上げし山 青柳志解樹
黒ん坊の笛吹き合ひし昔かな 谷口つね
黴の書を一つ叩けば一と昔 高橋健文
●昔日
寒港や昔日軍馬嘶きし 榎本冬一郎 眼光
師よ友よ昔日の雷野をわたる 中島斌雄
昔日と同じ端居に向き変へず 村越化石 山國抄
昔日のうしろの正面大夕焼 谷口桂子
昔日のゆたかさに在り冬の蠅 永田耕衣 物質
昔日の春愁の場木々伸びて 草田男
昔日の海向日葵の瞳の中に 高澤良一 寒暑
昔日の涼しさに立つ二人かな 依光陽子
昔日の淀の風来る日傘かな 山田弘子 懐
昔日は恋し手毬をつき唄ふ 高木晴子
昔日は黄ときめたりし月見草 伊藤 敬子
昔日を啖い夕顔真白かな 永田耕衣 人生
生栗ひとつ昔日の兵眼をひらき 桜井博道 海上
空のうしろに昔日の空麦こがし 磯貝碧蹄館
茱萸の実あり昔日のごと黙想のごと 金子皆子
酢海鼠や昔日の丈夫いまの惰夫 花岡昭
鉄眼の昔日の闇鉦叩 辻田克巳
●昔昔
昔々ではじまる川の浮寝鳥 櫛原希伊子
昔々わらんぢの馬稲を運びし 栗生純夫 科野路
秋出水昔々の着物出て 佐々木六戈 百韻反故 わたくし雨
菜飯噴く昔々の昔かな 高野素十
行水や昔々の大盥 瀧春一(馬酔木)
雁風呂の昔々の村通る 村上三良
おたまじやくしむかしむかしの陽をつれて 櫻井博道
かたかごやむかしむかしの母の恋 深沢暁子
すかんぽのむかしむかしよ日のゆらぐ 兼間靖子
むかしむかしへいろいろの蝶飛ばし居り 阿部完市 にもつは絵馬
むかしむかし梢にあそびにゆきました 阿部完市 軽のやまめ
むかしむかし祖父も川へと涼哉 横井也有 蘿葉集
人買もむかしむかしの夕菫 間石
寄鍋やむかしむかしの人思ふ 山口青邨
春氷むかしむかしも闇の田に 廣瀬直人
松の花むかしむかしの手織縞 松葉夫美世
母が言ふむかしむかしの露けしや 雨宮きぬよ
海底の泉のむかしむかしかな 夏石番矢 神々のフーガ
湯婆などむかしむかしを売る小店 杏田郎平
濠の菱舟むかしむかしの音きします 加藤知世子
目鼻なき雛にむかしむかしかな 金森麗子
笛吹いてむかしむかしの日向ぼこ 中川宗淵
茨の実むかしむかしの膝小僧 北 光星
貝がらやむかしむかしの秋の声 中川宋淵 遍界録 古雲抄
逃水やむかしむかしの稚恋 山口青邨
青すだれむかしむかしのはなしかな 久保田万太郎 流寓抄
鳥総松むかしむかしの星を撒き 大島雄作
鶺鴒はむかしむかしやけさう文 蓼太
みそか心の昔むかしや春の闇 菅谷晴子
七夕や昔むかしのわらべ歌 野村 きく
昔むかしの種痘の痕のまだ痒し 能村登四郎 寒九
昔むかし焦がれたる娘の糖尿を病むらしそんなもんだぜ月日は 島田修二
梟や昔むかしの星隕ちて 齋藤愼爾
歌かるた昔むかしの母の恋 鷹羽狩行
白梅に昔むかしの月夜かな 森 澄雄
鎌鼬昔むかしの母の傷 岸田みい子
雁帰る昔むかしへ帰るのか 斎藤まさし
青き踏む昔むかしの日差かな 高橋陸郎
●往年
往年の貌して蝗飛び出しぬ 佐藤麻績
●往時
ざりがにの万歳往時の突撃も 高澤良一 素抱
冬海の往時へ挙手の礼長し 平井さち子 紅き栞
松の花往時を偲ぶ*うだつ屋根 邑上キヨノ
葉を落とし往時のままの瘤欅 高澤良一 宿好
黴の香に坐しをり往時茫々と 清原枴童
●千古
橙や千古の梁を守りゐて 前田佐吉子
胃鏡嚥むや夏日千古の隔りに 成田千空 地霊
花芥子や嫉妬かゞやく千古の神 八木三日女 石柱の賦
蓬莱の千古のみどり掛けにけり 野村喜舟 小石川
露けくて壺は千古の紺青に 古舘曹人 能登の蛙
風かをる妙義千古のゆるぎなし 上村占魚 『方眼』
●其の昔
その昔 武装解除の 葛の花 伊丹三樹彦 花恋句集二部作 花仙人
その昔よりの千鳥の洲なるべし 高濱年尾 年尾句集
その昔代々木の月のほととぎす 臼田亞浪 定本亜浪句集
その昔官幣大社の噴井かな 清水 浩
その昔枕腑分けや小豆粥 高橋睦郎
その昔海といふ町寒満月 若杉由紀子
その昔膳所で越年都鳥 高澤良一 燕音
その昔蒙昧宿や狩の宿 辻桃子
海鼠拾ふ相州の浜その昔 高澤良一 燕音
●来し方
お降りや来し方思へとてひねもす 及川貞 夕焼
ちちははの来し方語る夜長かな 井関良子
ほろ苦き来し方は夢ごまめ噛む 秋山佳奈子
また一人来し方丈の月の客 横山美代子
むらぎもの来し方のいまを息づく胸 栗林一石路
わが来し方行方 ぐるぐる腸が鳴る 日下部正治
わだなかや虹よけて来し方しぐれ 河野南畦 『花と流氷』以前
アカシア白花昂揚の日の来し方 金子皆子
ポツペンに母の来し方思ひをり 石田章子 『雪舞』
初蝶の来し方行方誰も知らず 三村武子
危ふきを好む来し方桷の花 手塚美佐 昔の香
埋火の如き来し方朱鳥の忌 吐合寿実枝
夏山や来し方曲る青水沫 下村槐太 天涯
外套や来し方の闇行方にも 鈴木六林男 *か賊
天上もわが来し方も秋なりき 中村苑子
山は見の冷ゆわが来し方の霞みそめ 林原耒井 蜩
戦後といふ来し方青き蜜柑むく 玉城一香
手廂に来し方を見て涼しかり 黛まどか
揺さぶられどうしの来し方蓑虫も 高澤良一 寒暑
春の雪来し方残りゐるやうに 中原道夫
春炬燵あまたの恩を来し方に 及川貞 榧の實
来し方に徒労はあらず大冬木 阿部ひろし
来し方に悔なき青を踏みにけり 安住敦
来し方に未練なかりし道をしヘ 八田文鳥
来し方に椎の実ほどの甘えあり 大石悦子 聞香
来し方のいつしか消えてすだちの香 杉田りゆう
来し方のくもり拭ひて初鏡 加藤 浩
来し方のただはるかにし思ほえてしみじみと降る三月の雨 清水房雄
来し方のよく見ゆる日の白絣 綾部仁喜 樸簡
来し方の一処にはかにいなびかり 天野信敏
来し方の修羅忘れたりひひな菓子 北見さとる
来し方の屈折のばし初日初孫 高山紀子
来し方の水も蓮も宵闇に 宇佐美魚目 秋収冬蔵
来し方の罪許されて青き踏む 石川冬扇
来し方の美しければ日記買ふ 赤松子
来し方の茫々として木の葉髪 津村青岬 『南紀』
来し方の貧しき思ひ蜜柑むく 木村蕪城 寒泉
来し方の野に雪降れり涅槃寺 野見山朱鳥
来し方はかく捨つべきか総落葉 栗生純夫 科野路
来し方はただごとばかり風車 都甲龍生
来し方はふりかへらざれ菊膾 鈴木真砂女 夕螢
来し方はよきことばかり冬の蝶 東野礼子
来し方は幻に似て温め酒 伊東宏晃
来し方は挫折の多し花の冷え 木村礼子
来し方は瓦礫の底や日向ぼこ 白井眞貫
来し方は白き磧の凍夜かな 橋石 和栲
来し方は遠しかな〜鳴くことよ 玉木豚春
来し方もいまもさびしく針供養 戸田銀汀
来し方も手操られてくる花あけび 中村苑子
来し方も行手も落葉人へだつ 佐野美智
来し方も行方も模糊と草の絮 山下千代子
来し方も行方も知れず雪蛍 清水京子
来し方も行方も花の隅田川 大橋敦子
来し方も行方も闇の辻踊り 鍵和田[ゆう]子 飛鳥
来し方やいまは家もつ盆の月 杉山岳陽 晩婚
来し方や冬夕焼のさめ易し 内藤吐天 鳴海抄
来し方や尺蠖ほどの節度なく 春名耕作
来し方や昏き椿の道おもふ 橋本多佳子
来し方や母透くごとく夏座敷 中村明子
来し方や畦に咲かせて血止草 青木重行
来し方や立浪草の群れゐたる 青柳志解樹
来し方や雪嶺はかくあるばかり 行方克己 昆虫記
来し方や馬酔木咲く野の日のひかり 水原秋桜子
来し方や鶴が連れたる鶴の空 三橋敏雄 畳の上
来し方をいへば卯の花腐しかな 岸田稚魚「鶴俳句選集」
来し方をさらりと鳰の水輪かな 橋本良子
来し方をほりおこしたる麦の秋 平野八重子
来し方を斯くもてらてら蛞蝓 阿波野青畝
来し方を時空といへり雪舞へり 斉藤美規
来し方を皆佳しと思ふ初明り 遠藤はつ
来し方を真殺しとせり秋の暮 永田耕衣 冷位
来し方を行く方を草朧かな 高木晴子
来し方を見ればむらがる桐の花 山口誓子 晩刻
来し方を語れば簗もしぐれけり 古賀まり子 緑の野以後
来し方共に行く先ひとり短夜や 福田蓼汀
梅雨の闇鳴りて来し方断つごとし 石原八束 空の渚
樹々はみな来し方晒し冬深む 宮坂敏美
母の日や我が来し方を子に重ね 岩波千代美
深雪道来し方行方相似たり 中村草田男
清流の来し方は富士ひな流す 安斎郁子
炎天の来し方遠くけぶりをり 豊長みのる
炭馬や来し方はただ山重畳 栗生純夫 科野路
白靴の来し方行方揃えけり 徳弘純 麦のほとり 以後
目をつむる筒鳥は来し方の鳥 千代田葛彦
秋の蚊を過ぎ来し方を重ねけり 石田純子
秋の行方来し方行方定めなき 小出秋光
秋の風鈴来し方隙間だらけなり 馬場移公子
稲妻や妻の来し方我行く方 石田波郷
脚投げて 来し方積る うまごやし 伊丹三樹彦 花恋句集二部作 夢見沙羅
色悪しき蝶の来し方行方かな 三橋敏雄 巡禮
花柊過ぎ来し方は母がゐて 冨田正吉
花茨来し方をまた行方とす 深谷雄大
蚯蚓にも来し方行くへあらむずる 相生垣瓜人
蜷逼ふも来し方行く方しらぬまま 東城伸吉
誰よりもわが来し方を知る雛よ 湊キミ
道とへば来し方問はれ烏瓜 赤松[ケイ]子
降り積みて来し方くらむ桜蕊 馬場移公子
隙間風来し方見つめ直すとき 久保田静子
雪眼ふたぎて来し方をおもふなり 成瀬櫻桃子
鳰の浮ききし方の暮れてをり 館岡沙緻
●其の上
其の上(かみ)の病院船は氷菓いろ 高澤良一 寒暑
其の上(かみ)の金の荷揚げ路燕抜け 高澤良一 寒暑
其の上(かみ)の牛の角突き二十ケ村 高澤良一 寒暑
其の上は天領といふ根雪かな 梶山千鶴子
その上(かみ)は華族の避暑地お宮の松 高澤良一 寒暑
酢瓶いくつ最昔(そのかみ)矢岐の大生海鼠(おほなまこ) 松意
いそのかみふる夕立や御神体 季吟「玉海集」
いそのかみ古き碓日の雲の袖 尾崎紅葉
そのかみのいろを貰ひて寒海鼠 吉田紫乃
そのかみのひとおもほゆるひこばえに 室生犀星 犀星發句集
そのかみの三社まつりの伊達者の繁さんの背の極彩天女 高田流子
そのかみの人麿召しし鮎ならん 鈴鹿野風呂 浜木綿
そのかみの伊吹颪や紙衾 斎藤梅子
そのかみの伊賀俳諧や水鶏笛 本田一杉
そのかみの力士と云へば名寄岩 高澤良一 宿好
そのかみの和蘭陀埠頭鰺を干す 高濱年尾 年尾句集
そのかみの廓白焼鯊ひさぐ 市川這児
そのかみの恋のはじめの歌留多かな 細川加賀 『玉虫』以後
そのかみの恋女房や新豆腐 日野草城
そのかみの恋文は佳し朴の花 中村苑子「花狩」
そのかみの東京恋ふる銀河かな 鈴木しづ子
そのかみの楽市楽座麦黄ばむ 広岡仁 『休診医』
そのかみの楽譜重ねて春惜む 玉木 愛子
そのかみの標野の桑をほどきけり 市川天神居
そのかみの檜の香り朧夜に 和田悟朗 法隆寺伝承
そのかみの産土神しろす蚕かな 飯田蛇笏 山廬集
そのかみの禁野(しめの)はいづこ若菜摘む 高崎雨城
そのかみの籠の渡し場花あけび 千石比呂志
そのかみの絵巻はいづこ濃紫陽花 久保より江
そのかみの絵踏の寺の太柱 富安風生
そのかみの荒磯の海や蛍烏賊 深井きよし
そのかみの薬師寺の跡花あんず 田中冬二 行人
そのかみの貝掘りあてつ鍬始 芝不器男
そのかみの遠流の安房の初日かな 大屋達治
そのかみの隠し田植ゑる耶蘇の裔 景山筍吉
そのかみの騎兵隊舎や夏柳 高井北杜
そのかみの鰊曇を娘は知らず 関口禎子
そのかみは武より出でたる恵比須講 真下喜太郎
土雛やそのかみよりの目鼻立 下村ひろし
草紅葉してそのかみの銅の町 中村梅窓
走り井に花幾億のあふるるやそのかみ問へば紀の国の潮 喜多弘樹
酢瓶いくつそのかみ八岐の大生海鼠 松意
雲の峯立つそのかみの金の露頭 津田清子 二人称
●古代
あかときの鎮もる古墳古代蓮 竹下 繁
かごめかごめの声うららかや古代村 鍵和田[ゆう]子 飛鳥
きらん草古代紫展げけり 後藤比奈夫 金泥
その下に古代都市ある枯野かな 武田知子
ねたみては古代縄文蛇とも見き 稲垣きくの 黄 瀬
ゆふべ鰯かこめば古代家族めき 楠本憲吉
バード・デー古代住居に人の声 石川千鶴子
一別の古代が柿の木に居りぬ 折笠美秋 虎嘯記
二分過ぐ古代遺蹟の石に佇ち 高澤晶子
京極に古代裂買ふ春の宵 松本昭子
冬うらら琥珀に透ける古代の蚊 植田紫紅
冬波の古代群青の水かゞみ 齋藤玄 飛雪
加湿器に何を語るや古代雛 奥村京子
南大門古代へつづく蟻の列 塙 光子
双の御手欠けても涼し古代仏 都筑智子
古代とは遠くて近し蓬萌ゆ 中西あい
古代と同じ貌の魚獲る 冬の川 伊丹公子 パースの秋
古代よりこの色かかげ式部の実 朝倉和江
古代より孵化せぬ卵割れば冬 対馬康子 吾亦紅
古代より此の塔に来て囀れる 山口超心鬼
古代より蝶あらはるる吉野ケ里 滝川けい子
古代より面に耳なき良夜かな 対馬康子 純情
古代より風は旅人蓮の花 柄澤寿々子
古代ガラスの中が灯りぬ遠き雷 加藤瑠璃子「蒼き隠岐」
古代埋蔵の村で 艶もつ山珊瑚 伊丹公子 山珊瑚
古代墳墓へ産卵いそぐ女たち 岸本マチ子
古代壷ゆるぎ出でたる枯野中 山口草堂
古代文様日蔭のごとく土用干 田中裕明 櫻姫譚
古代村への道は風道返り花 鍵和田[ゆう]子 飛鳥
古代蓮ひそと仏母の在すごと 浜田小枝
古代蓮卑弥呼の唇の浮かび消ゆ 鍵和田[ゆう]子 飛鳥
古代蓮宝珠のごとき蕾あぐ 伊東とみ子「古代蓮」
古代蓮山よりの風あつめけり 原田 初枝
古代蓮枯れ兆したる宇佐八幡 海野みち子
古代蓮現代蓮や法隆寺 塩川雄三
古代蓮開くや紅のほの暗し 久保田月鈴子
古代語の文字の青さや初寝覚 水野真由美
古代遺跡の虹のむかうを人歩く 今瀬剛一
古代遺跡火を焚きしあと常山虫 守屋直樹
古代雛今に伝へて大館 高濱年尾 年尾句集
古代雛衣冠束帯古びざる 塩川雄三
喜多方の蔵に飾りし古代雛 天野英子
土深く月のかたちの古代舟 対馬康子 純情
地虫貌出す古代の微笑漂わせ 三谷昭 獣身
大夕焼掌にのるほどの古代船 佐川広治
大気まで古代のものとなる立夏 高橋比呂子
恋歌や水葉紅葉古代より 堀口みゆき
戸を押せば古代が見ゆる稲架襖 原裕 『出雲』
揺らぎては刻あをあをと古代蓮 鍵和田釉子
日本の古代むらさき山眠る 横澤放川
春の星古代に発ちし光かも 石河義介
朝顔の古代紫子だくさん 愛下千鶴
桃さして古代の瓶に節句かな 滝井孝作 浮寝鳥
歯朶刈りて古代の蒼天見るような 金並れい子
水田は古代の遺跡田螺這ふ 高橋悦男
沖縄の古代米炊く穀雨かな 長友哲子
波乗りの底の彼方に 古代魚 伊丹公子
海に沈んだ 春の 古代の 灯を掬ふ 富澤赤黄男
熊供養勢子は古代をよそほへり 小野誠一
玉解く芭蕉古代恋歌そらんじて 鍵和田[ゆう]子 武蔵野
現とも夢とも古代蓮の色 河本遊子
百日紅ひかりが見えて古代土器 河野多希女 こころの鷹
祖母を恋ふ匂ひ袋の古代裂 梅本悦子
秋の燈や母の蒐めし古代裂 北畑由紀子
稲光屋久杉古代の貌となる 石河義介
芒闌け湖が憑かるる古代色 河野南畦 湖の森
花あしび森の小暗さ古代より 宮坂静生 雹
若菜摘む古代は何に笑ひしや 小島照子
草は穂に古代住居に両隣り 福井隆子
蚕(こがひ)する人は古代のすがたかな 曾良
蚕がひする人は古代のすがたかな 曾良
蝶放てり古代微笑の現在に 加藤郁乎 球体感覚
螻蛄が住む匣積みありて古代窯 安井政郎
蠅一点古代ランプに煤のあと 加藤耕子
見たきもの見えて夜明けの古代蓮 松本陽平
角笛は古代のままや剪毛期 疋田雪子
通草熟れ古代紫日のかげり 佐藤郁子
野牡丹の古代紫たぐひなし 五十嵐播水
雨の発掘古代の母子破片となり 和田悟朗
雪降ると古代へ会ひにマヤの土器 鍵和田[ゆう]子 未来図
霧の夜を古代へ誘ふ自在鈎 小泉八重子
露けしや粉に復りし古代釘 鍵和田[ゆう]子 未来図
高千穂や古代銀杏が実をこぼし 大橋敦子 勾 玉以後
鳥渡る山より山へ古代窯 所山花
鵜祭の問答古代さながらに 宮下郷児
●当時
しぐるゝや余談に当時秘めしこと 河東碧梧桐
はま弓や当時紅裏四天王 其角
当時わびしやわれは一羽に名つけて 阿部完市 軽のやまめ