野沢凡兆

　　【あ】
青葉かな起て舌かく初瀬川
秋篠や庄屋さへなきむら時雨
灰汁桶の雫やみけりきりぎりす
明ぼのやすみれかたぶく土龍
あさ露や鬱金畠の秋の風
あばらやの戸のかすがいよなめくじり
ある僧の嫌ひし花の都かな
　　【い】
市中は物のにほひや夏の月
稲かつぐ母に出迎ふうなひ哉
猪の首の強さよ年の暮
　　【う】
上行と下くる雲や穐の天
鶯や下駄の歯につく小田の土
うつくしく牛の痩たる夏野哉
海山に五月雨そふやーくらみ
　　【お】
老の手の篭におどるや山清水
荻萩と下葉くらべよ長みじか
おとこぶり水のむ顔や秋の月
　　【か】
かゝる身を虱のせむる五月かな
野馬に子共あそばす狐哉
かさなるや雪のある山只の山
髪剃や一夜に金情て五月雨
唐僧も見るや吉野ゝ山桜
枯るほど鵜の来てねるや松の色
　　【き】
雉子なくや我も鼻かむ苔清水
木のまたのあでやかなりし柳哉
　　【く】
くだけたる船の湊やほとゝぎす
くま笹のうき世見あはすかれ野哉
蔵並ぶ裏は燕のかよひ道

くれて行秋や三つ葉の萩の色
　　【こ】
木がらしに入相の鐘をすヾしめよ
こりもせでことしも捨ぬ師走哉
こりもせで今年も萌る芭蕉哉
　　【さ】
五月雨に家ふり捨てなめくじり
五月雨や苔むす庵のかうの物
　　【し】
時雨るゝや黒木つむ屋の窓あかり
　　【す】
炭竈に手負の猪の倒れけり
下京や雪つむ上の夜の雪
師走かな餅つく音の須磨の浦
すゝはきや餅の次手になでゝ置
すゞしさや朝草門ンに荷ひ込
砂よけや蜑のかたへの冬木立
住よしや河掘添て春の海
　　　【せ】
禅寺の松の落葉や神無月
　　　【そ」
蕎麦白き花野をゆけば花野哉
　　　【た】
たがために夜るも世話やくほとゝぎす
竹の子の力を誰にたとふべき
立出る秋の夕や風ほろし
七夕の夕月や鈍に暮かぬる
　　　【ち】
塵ながすほどにもふらじ春の雨
　　　【つ】
月晴てさし鮪しぶき今宵哉
　　　【て】
出るからに花なき在も花見哉
　　【と】
年ぎれの柿もこゝろやむら紅葉
とり沙汰も無事で暮けり葛の花
蜻蛉の藻に日をくらす流かな
毒だめの其の名もゆかし春の草
　　【な】
ながながと川一筋や雪の原
　　【に】
鶏の声もきこゆるやま桜
　　【ね】
念仏より欠たふとき霜夜哉
　　【の】
残る葉ものこらずちれや梅もどき
　　【は】
灰捨て白梅うるむ垣ねかな
萩の葉やいかなる人の指の跡
橋守がね所借よ後の月
肌さむし竹切山のうす紅葉
初潮や鳴門の浪の飛脚舟
はなちるや伽藍の枢おとし行
春の日に露を煎てや梅の花
　　【ひ】
ひとつ松この所より浦の雪
日の暑さ盥の底の蛾かな
雲雀鳴下はかつらの河原哉
　　　【ふ】
蕗の葉をへだてゝ見るや這ほたる
吹風の相手や空に月一つ
富士の野や鹿臥とこのかたさがり
古寺の簀子も青し冬がまゑ
　　　【ほ】
ほとゝぎす何もなき野ゝ門ン構
骨柴のかられながらも木の芽かな
まねきまねき拐の先の薄かな
　　　【ま】
豆植る畑も木べ屋も名処哉
　　　【み】
水無月も鼻つきあはす数寄屋哉
みやこ路や初夜に過たる杷狩　
み吉野の花のきれ間やわかのうら
　　　【む】
むら雲や今宵の月を乗て行
　　　【め】
名月に我すむ方や馬捨場
　　　【も】
百舌鳥なくや入日さし込女松原
物の音ひとりたふるゝ案山子哉
三葉ちりて跡はかれ木や桐の苗
門前の小家もあそぶ冬至哉
　　【や】
矢田の野や浦のなぐれに鳴千鳥
柳読む六田や岩に舟つなぐ
山霧や駕籠にうき寝の腹いたし
山吹の莟も青し吉野川
闇の夜や子共泣出す蛍ぶね
　　【ゆ】
雪ふるか燈うごく夜の宿
　　【よ】
世の中は鶺鴒の尾のひまもなし
呼かへす鮒売見えぬあられ哉
　　【わ】　　　　　
若草に口ばしぬぐふ烏かな
鷲の巣の樟の枯枝に日は入ぬ
私の見物や雪のみをつくし
綿ふくや河内もみゆる男山
渡り懸て藻の花のぞく流哉
わびぬれば身は埓もなきもぞくかな