【あ】

逢いたいボタ山が見え出した
青葉分け行く良寛さまも行かしたろ
秋風あるいてもあるいても
秋風、　行きたい方へ行けるところまで
秋　　風　　の　　石　　を　　拾　　ふ
秋もをはりの蝿となりはひあるく
あざみあざやなあさのあめあがり
朝焼おそき旦薔薇は散りそめぬ
朝湯こんこんあふるるまんなかのわたし
朝　は　涼　し　い　著　荷　の　子
明日の大綱をひつぱりあつてゐる
あたたかくこんばんはどんびきがゐる
あてもない旅の袂草こんなにたまり
雨　だ　れ　の　音　も　年　と　つ　た
雨　な　れ　ば　雨　を　あ　ゆ　む
雨ふるふるさとははだしであるく
荒海へ脚投げだして旅のあとさき
あるがまま雑草として芽を吹く
あるけばあるけば木の葉ちるちる
あるけばかつこういそげばかつこう
あるけばきんぽうげすわればきんぽうげ
あ　　る　　け　　ば　　蕗　　の　　と　　う

　　　【い】

家を持たない秋が深うなつた
生き残つたからだ掻いてゐる
生き身のいのちかなしく月澄みわたる
いさかへる夫婦に夜蜘妹さがりけり
石ころに陽がしみる水のない川
石　を　枕　に　雲　の　ゆ　く　へ　を
伊豆はあたたかく死ぬるによろしい波音
いそいでもどるかなかなかな
一握の米をいただきいただいてまいにちの旅
い　ち　に　ち　物　い　は　ず　波　音
い　ち　り　ん　挿　の　椿　い　ち　り　ん
い　つ　し　か　明　け　て　ゐ　る　茶　の　花
いつまでも旅することの爪を切る
いづれは土くれのやすけさ土に寝る
いやな夢見た朝の爪をきる　　

　
　　　【う】

うしろすがたのしぐれてゆくか
渦潮ながるるてふてふならんで
う　つ　む　い　て　石　こ　ろ　ば　か　り
うどん供へて、母よ、わたくしもいただきまする
うまれた家はあとかたもないほうたる
梅干、　痛めば長　い　長　い旅
うらからきてくれて草の実だらけ

　　　【え】

炎天のポストヘ無心状である
炎天をいただいて乞ひ歩く

　
　　　【お】

逢　う　て　戻　れ　ば　ぬ　か　る　み
大きな蝶を殺したり真夜中
送つてくれたあたたかさを着て出る
送　ら　る　る　ぬ　か　る　み　の　街
お酒したしくおいてありました
おちついて死ねさうな草萌ゆる
お茶でもすませる今日が暮れた
お月さまが地蔵さまにお寒くなりました
をとこべしをみなへしと咲きそろふべし
お　　と　　は　　し　　ぐ　　れ　　か
お墓したしくお酒をそそぐ
おもひおくことはないゆふべ芋の葉ひらひら
父子ふたり水をながめつ今日も暮れゆく　

　　【か】

笠　へ　ぽ　つ　と　り　椿　だ　つ　た
笠にとんぼをとまらせて歩く
笠　　も　漏　　り　　だ　　し　　た　　か
笠　を　ぬ　ぎ　し　み　じ　み　と　ぬ　れ
風が吹きぬけるころりと死んでゐる
風　の　中　か　ら　か　あ　か　あ　鴉
風　ふ　い　て　　一　　文　も　な　い
風をあるいてきて新酒いつぱい
かなしき夕べくろがねの大荷運ばるる
壁がくづれてそこから蔓草
蚊帳の中の私にまで月の明るく
鴉　啼　い　て　わ　た　し　も　一　人
からりと晴れた朝の草鞋しつくり
枯枝ぽきぽきおもふことなく
涸　れ　き　つ　た　川　を　渡　る
枯木に鴉が、お正月もすみました
枯草しいて月をまうへに
枯草に寝ころぶやからだーつ
枯草ふんで女近づいてくる
考へてをる水仙ほころひる

　　【き】

木の芽や草の芽やこれからである
けふのはじまり汽笛長う鳴るかな
けふまで生きてきたへそをなでつつ
けふもいちにち風をあるいてきた
今日も事なし凩に洒量るのみ
霧島は霧にかくれて赤とんぼ

　　【く】

雲がいそいでよい月にする
暗　い　窓　か　ら　太　陽　を　さ　が　す
暗　さ　お　し　よ　せ　る　波　が　し　ら
ぐ　る　り　と　ま　は　つ　て　枯　山
ぐるりとまはつてきてこぼれ菜の花

　　【こ】

かうしてここにわたしのかげ
越えてゆく山また山は冬の山
凩のふけてゆく澄んでくる心
こ　こ　に　ふ　き　の　と　う　が　ふ　た　つ
ここまでを来し水飲んで去る
こ　こ　ろ　お　ち　つ　け　ば　水　の　音
こころすなおに御飯がふいた
こしかたゆくすゑ雪あかりする
乞　食　と　な　つ　て　花　ざ　か　り
谺　　谺　　す　　る　　ほ　　が　　ら　　か
其　中　　一　　人　と　し　て　炎　天
ことしもおはりの虫がまつくろ
ことしもここにけふかぎりの米五升
ことしもここに石蕗の花も私も
今年も今夜かぎりの雨となり
この旅、果てもない旅のつくつくぼうし
この旅死の旅であろうほうけたんぽぽ
この水あの水の天龍となる水音
この道しかない春の雪のふる
法衣こんなにやぶれて草の実
ごろりと草に、ふんどしかわいた
ころり寝ころべば空

　　　【さ】

サイダーの泡立ちて消ゆ夏の月
さくらさくらさくさくらちるさくら
酒がやめられない木の芽草の芽
酒飲めば涙ながるるおろかな秋ぞ
酒　や　め　て　お　だ　や　か　な　雨
ささげまつる鉄鉢の日ざかり
ささやかな店をひらきぬ桐青し
さすらいの果はいづくぞ衣がヘ
さ　み　し　い　風　が　歩　か　せ　る
寒　　い　　雲　　が　　い　　そ　　ぐ

　　　【し】

しぐれて三日月へ酒買ひに行く
沈みゆく夜の底へ底へ時雨落つ
しづけさは死ぬるばかりの水が流れて
死にそこなつて虫を聴いてゐる
死　ぬ　る　夜　の　雪　降　り　つ　も　る
死　ね　な　い　手　が　ふ　る　鈴　ふ　る
死ねる薬を掌に、かがやく青葉
死ねる薬をまへにしてつくつくぼうし
しみじみ晴れて風ふくー人
しめやかな山とおもえば墓がある
生　死　の　中　の　雪　ふ　り　し　き　る
白波おしよせてくる虫の声
死んでしまへば、雑草雨ふる　

　　　【す】

水車まはる泣くやうな声だして
すげない女は大きく孕んでいた
すこし熱がある風の中を急ぐ
すずしく蛇が朝のながれをよこぎつた
鈴をふりふりお四国の土になるべく
捨てきれない荷物のおもさまへうしろ
砂に足あとのどこまでつづく
すべつてころんで山がひつそり
ずんぶりと濡れてけふも旅ゆく

　　【そ】

さうろうとして水をさがすや蜩に
そこから青田のよい湯かげん
そこらに島をばらまいて春の波
その松の木のゆふ風ふきだした
空　へ　若　竹　の　な　や　み　な　し
空たかくべんたういただく

　　【た】

旅のかきおき書きかへておく
旅の法衣がかわくまで雑草の風
たまさかに飲む酒の音さびしかり
だまつて今日の草鞋穿く
誰かがやつてくる足音が落葉
誰か来さうな空が曇つてゐる枇杷の花
誰も米ないたうがらし赤うなる

　　【ち】

父によう似た声が出てくる旅はかなしい
てふてふうらからおもてへひらひら
てふてふひらひらいらかをこえた
塵かと吹けば生きてゐて飛ぶ
ちんぽこの湯気もほんにょい湯で

　　【つ】

ついてくる犬よおまへも宿なしか
労　れ　て　足　を　雨　に　う　た　せ　る
労れて戻る夜の角のポストょ
月　か　ら　ひ　ら　り　柿　の　葉
つぎつぎに力をこめて力と書く
月　　　へ　　　あ　　け　　は　　な　　　つ
月夜、　あるだけの米をとぐ
燕とびかふ空しみじみと家出かな

　　　【て】

鉄　　鉢　　の　　中　　へ　　も　　霰

　　　【と】

遠山の雪ひかるどこまで行く
どこかそこらにみそさざいがゐる曇り
どなたかかけてくださつた莚あたたかし
とんからとんから何織るうららか

　　　【な】

投げだしてまだ陽のある脚
夏　草、　　お　墓　を　さ　が　す
何が何やらみんな咲いてゐる
なにやらかなしく水のんで去る
何　を　求　め　る　風　の　中　ゆ　く
波　音　強　く　し　て　葱　坊　主
な　み　お　と　の　さ　く　ら　ほ　ろ　ほ　ろ
波音のたえずしてふる郷遠し
なむあみだぶつなむあみだぶつみあかしまたたく
な　ら　ん　で　尿　す　る　空　が　暗　い
何でこんなにさみしい風ふく

　　　【に】

濁　れ　る　水　の　流　れ　つ　つ　澄　む

　　　【ぬ】

ぬいてもぬいても草の執着をぬく
濡れてすずしくはだしで歩く

　　　【の】

のびあがりのびあがり大根大根
の　ぼ　り　つ　く　し　て　石　ぼ　と　け

　　　【は】

生えて伸びて咲いてゐる幸福
蝿　も　移　つ　　て　き　て　ゐ　る
は　だ　か　へ　木　の　実　ぽ　つ　と　り
花いばら、　ここの土とならうよ
花が葉になる東京よさようなら
春潮のテープちぎれてなほも手をふり
春風の扉ひらけば南無阿弥陀仏
春　　風　の　　鉢　　　の　　子　　　一　　　つ
春寒い島から島へ渡される
春の山からころころ石ころ
春の雪ふる女はまことにうつくしい
晴れた朝の悲しいたよりだつた

　　【ひ】

日ざかり泣いても笑ふても一人
膝に酒のこぼるるに逢ひたうなる
陽　だ　ま　り　を　虫　が　こ　ろ　げ　る
人　の　声　し　て　山　の　青　さ　よ
ひ　と　り　ゐ　て　蜂　に　さ　さ　れ　た
ひとり住んで捨てる物なし
ひとりで食べる湯豆腐うごく
ひとりで煮てひとりで食べるお雑煮
一人となればつくつくほうし
ひとり焼く餅ひとりでにふくれる
日の落ちる方へ尿してゐる
ひよいと四国へ晴れきつてゐる
へ　う　へ　う　と　し　て　水　を　味　ふ
べうべううちよせてわれをうつ

　　【ふ】

ふくろふはふくろふでわたしはわたしでねむれない
ふ　と　思　ひ　出　の　水　音　か　げ　り
ふとめざめたらなみだがこぼれてゐた
冬雨の石階をのぼるサンタマリヤ
ぶらりとさがつて雪ふる蓑虫
ふりかへらない道をいそぐ
ふ　り　か　　へ　　る　椿　が　赤　い
ふ　る　郷　ち　か　く　酔　う　て　ゐ　る
ふるさとの言葉のなかにすわる
ふるさとは遠くして木の芽
ふるさとはみかんのはなのにほふとき
ふるつくふうふう逢ひたくなつた

　　【へ】

へ　　そ　が　汗　た　め　て　ゐ　る

　　【ほ】

ホイトウとよばれて村のしぐれかな
ほうたるこいこいふるさとにきた
ほつくりぬけた歯で年とつた
ほつと月がある東京に来てみる
ほととぎすあすはあの山こえてゆかう
ぼろ着て着ぶくれておめでたい顔で
ぽろぽろ流れる汗が白い函に
ほろほろ酔うて木の葉ふる
ほろりと抜けた歯ではある

　　【ま】

ま　こ　と　お　彼　岸　入　の　彼　岸　花
また逢へた山茶花も咲いてゐる
またあふまじき弟にわかれ泥濘ありく
また一枚ぬぎすてる旅から旅
また見ることもない山が遠ざかる
街はおまつりお骨となつて帰られたか
ま　つ　す　ぐ　な　道　で　さ　み　し　い
まつたく雲がない笠をぬぎ
松　に　腰　か　け　て　松　を　観　る
松はみな枝垂れて南無観世音
窓　あ　け　て　窓　い　つ　ぱ　い　の　春
まひるまのみあかしのもゑつづける

　　　【み】

水音遠くなり近くなつて離れない
水　音　　の、　　　新　年　が　　来　た
水音のたえずして御仏とあり
水　　　音　　　を　　　さ　　　ぐ　　　る
水に雲かげもおちつかせないものがある
水　飲　ん　で　尿　し　　て　去　る
水　　を　　前　　に　　墓　　　一　　　つ
水　を　渡　つ　て　女　買　ひ　に　行　く
水をわたる誰にともなくさやうなら
みんなかへる家はあるゆうべのゆきき
みんなたつしやでかぼちやのはなも

　　　【も】

もう秋風のお地蔵さまの首だけあたらしい
物　思　ふ　膝　の　上　で　寝　る　猫
もりもりもりあがる雲へ歩む

　　　【や】

焼き捨てて日記の灰のこれだけか
安　　か　　安　　か　　寒　　か　　寒　　か
やつぱり一人がよろしい雑草
柳ちるそこから乞ひはじめる
山へ空へ摩訶般若波羅蜜多心経
山の青さへつくりざかやの店が閉めてある
山の色澄みきつてまつすぐな煙
山の中鉄鉢たたいて見たりして
山　ふ　か　く　し　て　白　い　花
病　め　ば　梅　ぼ　し　の　あ　か　さ

　　　【ゆ】

ゆふ空から柚子のーつをもらふ
夕　日　　に　　夕　刊　が　　き　　た
夕日の机で旅のたより書く
郵便も来ない日のつくつくぼうし
雪　へ　雪　ふ　る　し　づ　け　さ　に　を　る
雪がふるふる雪みてをれば
雪ふる中をかへりきて妻へ手紙かく
ゆく春の夜のどこかで時計鳴る
ゆつくり歩かう萩がこぼれる
ゆらいで梢もふくらんできたやうな

　　　【よ】

酔　ひ　ざ　　め　　の　　春　　の　　霜
酔ひざめの星がまたたいてゐる
よい宿でどちらも山でまへは酒屋で
酔うていつしよに蒲団いちまい
酔うてこほろぎと寝てゐたよ
酔うて闇夜の蟇踏むまいぞ
酔へばあさましく酔はねばさびしく
よびかけられてふりかへつたが落葉林

　　　【ろ】

六十にして落ちつけないこころ海をわたる

　　　【わ】

わが手わが足われにあたたかく寝る
わかれてきた道がまつすぐ
吾妹子の肌なまめかしなつの蝶
分け入つても分け入つても青い山
詫手紙かいてさうして風呂へゆく
わらやしたしくつららをつらね

おわり