句集　木の国　     茨木　和生　
　 邑書林　￥９００　１９９８.６.２５

万緑やたんたんと鉄打ちやめず

窓のなき潜水艦に雪降れり

電気出発雪山中の発電所

雪上の足跡途中より翔びし

発砲のあと冬山に変化なし

汽罐車の熱き胴体雪虫呼ぶ

汽罐士が降りて雪食ふ裏日本

夜が明けし貨車の車掌に枯野続く

歩けば軋む木造校舎新任す

葡萄樹下土にめりこみたる脚立

運動場一面の水燕翔く

日向ぼこ大日如来来迎す

油虫多きわが家に妻迎ふ

図書館に棲む油虫何を食ふ

わが毒に死す子を連れし油虫

夕刊のなき信州の大夕焼

鰯雲この一族の大移動

寒雷が産声がはり仮死の子よ

雪降れる墓よ廃家よ廃村よ

山岳公園峰雲も国の財

炎天の海が仕事場ひとり釣る

校長も借り物のうち運動会

コスモスや妻に文学少女趣味

数珠くって念力を出す壬生狂言

祭赤褌いちぢくの葉の役目

みちのくにもきちもきちと蝉鳴けり

隧道の中も勾配雪国は

鴉より少なき数で雪掻けり

傷舐めて母は全能桃の花

登校のこゑごゑ早苗根付ききて

雪渓を登り降りして髭濃ゆし

蛇にあふ今日おろしたるシャツを着て

着陸機刈田の上に脚を出す

雪とんでひかりがとんで燈台よ

黒々と鱒降る雪にかたまれり

雪渓を雲も生徒も素通りす

泳ぐ子も鴉もはだか日本海

教師とて身体が資本立ち冷えて

栗の花日暮の山に雲ためて

滴れり形速さの異りて

自然薯のものぐさ太郎掘り出さる

その上に水に乗り来し薄氷

母病めり針の穴にも冬が来て

産声を聞くメーデーを戻り来て

稲黄ばむ雑木林を輝かせ

日が射せば大和枯草似合ふ国

自転車の燈に浮かび出て鼬逃ぐ

山刀持ち葱畑に立ち寄れり

萍をつけてドライブインに来し