●高澤良一　第二句集　ももすずめ
●昭和拾遺
初晴や立枯松にあまねき日
新社員交へて今朝の昇降機
白帆消ゆ沖に五月の風余し
海へ虹一帆もなく立消えに
花桐に雲青年に志
竹林に発し螢と一川と
遅れゆく一羽必死よ秋の暮
かどはかされて熊手ゆくごと夕日の中
臼を刳るうしろ檜山の垂り雪
お年玉大尽と街闊歩せり
階(きざはし)の幅員ひろし牡丹寺
もう一艘殖えて常節採る舟が
綱繕ふ手許けだるく海紅豆
艫の花垂(しで)弥次郎兵衛めく祭舟
崎鼻に葛とおぼしき花吹かれ
と呼ばれ親しまれれば
日雷水大将の家震ひ
石炭紀の模型蜻蛉に秋が来て
曲ろくに鶏頭明り忌を修す
朝寒の神(かん)道のぼる下駄の音
戸隠の霧に娑婆気抜かれけり
揃へ脱ぐ中に長靴糸瓜加持
五柳先生色無き風に吹かるる圖
魂抜けし炭団法師と年越せり
本尊のうしろ辺りやしづり雪
大あくび春の海より貰ひけり
鹿尾菜干す手の影鹿尾菜よりも濃く
大茅の輪仕上り風が先づくぐる
誰もよく撮れてりんごの花の前
釣舟草霧に溺るる女坂
身じろげるとき邯鄲に鳴かれけり
裸木の蕊の白さをおもひけり
熱燗を一気に呷り口火切る
●平成元年
読初めの今は昔の天竺部
元日の肌着ひらりと手に通す
目を皿のやうにして追ふ夕笹子
日当りが佳すぎても駄目シクラメン
鎌倉の日向をあるく裘(かはごろも)
梅林を歩いて見むかもう少し
かまきりの巣と云ふを見る着膨れて
もろともに路肩と崩れ犬ふぐり
猫柳一言云ひて皆触るる
怺へ性足らぬ椿のまた堕つる
手つかずの芹の森あり川向ふ￥
紋白蝶(もんしろ)が仏舎利塔を越えんとす
爪弾くつくしの頭よりぱと煙
九十九折木五倍子(きぶし)の上に人のこゑ
蔦の芽のあかあかおつつけ降り出さむ
おづおづと寄りまじまじと蘇枋見る
みつまたのやうに時間を使ひたし
啓蟄の足のぶつかる古机
句の誤植推量せよと亀鳴けり
ビルと云ふ直方體の夕おぼろ
山ざくら吹き割る風のいくそたび
孫ほどの破れ傘容れ破れ傘
弥次馬のやうに転がる椿見て
花冷えの此の鐘撞かば木更津まで
かろがろと昼月上げて八重櫻
雨冷えの甘茶こくりとのみほせり
偶にくる鳥があんずの花散らす
連翹の葉がちとなりぬ投票日
三椏の花の空(うつ)けに日の闌くる
荒崎の雨にがうなの濡れあるく
引く波に鹿尾菜被きて礁現る
馬珂貝の尻の辺りが剥げゐたる
沖波のときに牙だち花ユッカ
警策音飛んで瑞鹿山芽吹き
咲く桐に一瀉千里の旅ごころ
十薬を抜き来てさつぱりしたる顔
牡丹圖を杜若圖に掛け替へよ
花棕櫚を仰ぎゆつたり坐りけり
棕櫚の花黄昏長う長うせり
たそがれの肉限可視星花くわりん
ゆりの木の花たぷたぷと海風に
ありきたりな色でありけり垣の薔薇
紙兜折つてかむつてみせにけり
梅雨に入る欅昂然椨憮然
菜喰ひが梅雨入畑に現はれて
高枝より喧嘩売るごと梅雨鴉
鯉跳ねてどうんと梅雨の水面打つ
梅雨湿りゴヤの巨人の黒髪も
見つめゐる梅雨のシグナルレツドかな
青梅のひよわきは落ち転がれる
ゼラニュームだらだら雨に打たれをり
夕映えを長びかせをりブラシの花
山車倉を叩きて椨の荒雫
泰山木拝見磴の端借りて
泰山木ずりおちさうな花とどめ
雨あとの磴打ち泰山木病葉
虎耳草石垣沿ひに風の起つ
「附子」を観て椎のにほへる戻り道
緑蔭を彼方の人も立つところ
銭葵長けしを残し引越せる
かなぶんの鉄砲玉に斜面畑
犬枇杷に沖より旭駈けつけし
崖の百合揺れゐて波浪注意報
くろんぼと云ふ名もよけれ海の家
高浪に茶をひいてをり海の家
鼻先へすうつと螢臭き風
嗚呼といふこゑにほうたる横辷り
川下の方へほうたる木を替へて
葉つぱごとむずとほたる火掴みけり
こんもりと煽り甲斐ある欅若葉
若葉風立たす木の名をふうといふ
薫風を捌き疲れて夕欅
神輿庫新樹の気宇につつまれて
竹の葉のそそのかさるるごと散りぬ
庭の紫蘇摘み来て鯵のたたきかな
虫喰ひの紫蘇も一緒に吹かれをり
目に見えぬ雨にのうぜん昂れり
間引かれてふてくされゐる西瓜玉
滝水のぐるりと迂回せるもあり
腹の底割りて二つの団扇かな
手花火の煙くる部屋にシーツ敷く
弟が立寄り呉れて門火焚
門火焚く時刻そろそろ来てをりぬ
苧殻折るひびきに迎へごころかな
苧殻火また消え入りさうになりにけり
観自在菩薩(かんじーざいぼーさつ)藷の蒸(ふ)けたるを
躓きてゴッと夜宮の走り根鳴る
樟脳舟すぐに元気をなくしけり
三伏の激痛に腰掴まれし
龍淵に潜む透視図医師と見て
通院の途次のうぜんの宙ぶらりん
幹赤く守一(もりかず)夏の木を画ける
生ぬるき木椅子ににいにい蝉聴けり
ずんどうの欅に蝉の取縋る
暑にかすむ新宿が見え烏龍茶
峯雲のよく聳つ日なり鵬を見ず
峯雲に亀裂入ることなかりけり
何は扨置き一杯目のビール
鎌跡の残る草長け吹かれをり
風と云ふ風が死にゐる大蓮田
畳廊百日紅に突きあたる
唐突に簾の蝉の鳴き出せり
昼寝人かさと寝返りうちにけり
炎帝に葡萄の種を抜かれたる
家に入る前に夕顔垣間見て
一興の掘り返されてあとずさり
シマガラスヨトウ嘉せる夏の雨
ふんばりてドウガネブイブイ露吸へり
秋立つと丸々肥えしモモスズメ
掘り出され団子決め込む団子虫
朔日の風蟷螂の貌を吹く
立ち直るいとま与へず萩へ風
無患子の地を打つ音を聞きに来し
秋草を折りとる音の根元より
はんめうのふつと消えたる岩の色
コスモスに須弥山見ゆる日もあらむ
朝の鵙空気震はせもう来たか
甲(かん)高く百舌鳥が雀を制しけり
手入れせる松に根気を問はるごと
○△□圖判じゐる夜長
露けさの出刃下げ南泉斬猫図
宙を飛ぶ倉を目で追ふ夜の長し
野の草を見る会葛に屯して
かそけしや垂穂を垂穂うてる音
犬蓼の稲田になだれ込むところ
コスモスのそこここを折れ穂高町
林檎園脚立を夕陽あたたむる
城垣の上より呼べる秋の鯉
下金(おろしがね)色の夕日に菜を間引く
町内の二百と五人の敬老日
くるぶしの上より刺せる秩父の蚊
吊し柿早うつるせと秩父の日
十夜僧すつぽりと入る傘買へり
十夜僧ずしんずしんと廊渡る
葉を落しずんとあかるき銀杏の樹
そそけだち自暴自棄めく一枯木
畑の菊こごえて朝を迎へけり
ひもじさののつぴきならぬ日暮鵙
稲架棒の取り入れ後もふんばれり
金賞を争ふ菊の目白押し
福助に作れる菊に人だかり
一文字咲きを支ふにボール紙
盆栽の菊の松籟聞かむとす
着膨れて遅参の弁をこもごもと
着膨れて後部座席を占めにけり
足柄古道よぎる蜥蜴の貌に冬日
遅ればせながら駈け出す落葉あり
日陰りて木賊に引立てらるゝ家
磧に沿ひあゆむ寒さも本格的
月光のあまねく葱に性根入る
すずかけの裸木季(どき)と申すべき
閲覧室そそけ枯木の見ゆる席
二三冊年をまたぎて本借りぬ
床の間に積み置く本も年の内
千両の実付きのわるき年逝かす
熱燗に限る限ると注ぎ合ふも
ぞろぞろと二階へ通され年忘
前輪を後輪追へる街師走
●平成二年
水栽培の髯根にも年改まり
滑つこき初刷を取り落しけり
高梢に寄生木昇り初日受く
木瓜の枝のこんがらかつて年越せり
ふだん着で通し三日も過ぎにけり
一二枚落葉挾める葉水仙
凍むこゑに電光石火みそさざい
もくれむの凍む枝に雨のぬくとからむ
玄孫(やしやご)弟子亜浪序文を読初めに
風生の相手取りたる寒ン迎ふ
碧梧桐忌法外な寒ンもたらせり
厚着よりもこと手を出し仏撫づ
みつまたの莟おつとり日の射せる
オソコロコロセンダリ称へ凍むまじや
紅梅の下土踏めばほこほこと
梅東風に弁財天の膝吹かれ
十二神将一体修復中余寒
黒ずめる連翹の芽に雨つめた
れんげうに笑ひかけらる日も近し
れんげうの葉をもこと解く天気雨
啓蟄やずいと近寄るぶちの鯉
パッパッとさんしゅゆの黄を振撒ける
悪相の紫荊雨まみれなる
茎を曲げ生ふるアネモネ頑に
問診に次いで触診スイトピー
涅槃圖を二人がかりで懸け了へぬ
エイプリルフールと序文締めくくられ
天気雨はらと雀の帷子に
吹き降りの白木蓮を横なぐり
手際よく傘をあづかる甘茶番
よき風の吹き抜けるなり花御堂
愛すべき春の欅のその全て
この葉形(がたち)たしかに破れ傘の花
南畝の忌嘘をまことの種として
でで虫の止まる広葉に朝が来て
早起きをしてでで虫の側にゐる
朝方の楓翼果に風湧ける
かみきりにいちじく甘露用意せる
朝顔の種蒔く臍を下にして
けふ夏に入れり欅の戦ぎぶり
若葉して欅は杜の明り取
まだ借手つかぬ空家の棕櫚咲けり
要(かなめ)栄ゆ吾が家新築然として
葛餅に頁の耳を折りて立つ
むしむしとする日を咲きて夏みかん
万緑に抑へ込まるゝ一堂宇
掘り出されまじまじ見らるあとずさり
よろよろとじやがたらいもの花へ蝶
あめんばう跳び越しゆけるあめんばう
梅雨到来告げて編集後記かな
十薬に朝の一刻日差しけり
黄楊の花小雨あかるく降りにけり
しやがしやがと著莪にふる雨聴きゐたり
くろぐろと梅雨入の八ケ岳の大つむり
濡るゝ枝掴み直して梅雨鴉
函強く振つてとり出す梅雨の本
梅雨の月上つてをりぬ家間近
夏富土を語るに静岡弁が出て
白樺の一幹に倚る夏ゆふべ
郭公の連呼絶えざる八ケ岳は好し
ともかくも郭公を詠みおほせたり
黒揚羽宙より降れる晋山式
征桓立交り咲くねずみもち
曇日を待ちゐしごとく合歓咲ける
鉄線の剪り処ここらと鋏当て
いんげんの白花むつと曇りづめ
だしぬけに降られて泰山木の下
でで虫の当推量が外れけり
花了へしあふひの茎の突つ立てる
なめくぢら砥石溶かしにかかりけり
のうぜんのあたりかまはず散りにけり
のうぜんの妄想を詩の糧とせよ
庭土が性に合ひたる移し竹
手に負へぬ赤さのカンナ咲き出して
タックルに走者潰さる海紅豆
弁慶蟹葭の葉騒に目を上げぬ
驟雨あり大根台地の地味肥やす
皺寄らぬやうに蚕豆茹でるコツ
けふ差して腰に馴染まぬ扇子かな
浄玻璃(じようはり)の鏡も曇らむこの暑気に
黄表紙に凌ぐ暑さも峠越す
朝蝉のじゆげむじゆげむに起き出して
大向日葵竜顔を拝すごと
塩辛蜻蛉(しほから)の汚れし翅を笑むごとく
翻る芭蕉に雨の五十棒
夏の灯の鯨の本へ乱反射
夜や秋の手にとりてみぬ不審紙
峯雲に見下ろされゐる鮫州駅
どぜう捕大佐渡曇り背に負うて
大佐渡の竹灼き尽す日なりけり
照りつける鉄砲鼻に葛灼けて
山百合のうへに出でたる狸掘
わめく蝉塚原問答聴くごとし
そよりともせいで巨刹の青すすき
抽んづる赤松蝉を集めをり
漬茄子と佐渡米に食すすむなり
海に入る夕日見守るおけさ柿
木偶の抜く段平(だんびら)涼し文弥節
一工夫ありそな花火揚がりけり
空昇りつめてよろめく花火玉
ナトリューム色の花火に顔染めて
パリパリと揚がりズドンと花火了ふ
大玉となりて間合をとる花火
打止めの花火はこれかこの後か￥
終の花火らしき高さにあがりけり
行きあたりばつたりの蝉吾を掴む
夕顔を天蛾(すずめが)ぶると発ちにけり
あばずれのキティ上陸せしことも
そはそはと次の風待つ白芙蓉
泥亀の鼻もたげゆく秋風裡
一吹きに鯉魚風葭を鳴らすなり
一遍に阿弥衣はりつく初嵐
起き抜けの鵙の横紙破りかな
はつはつと山車倉の上に鵙鳴ける
内祝鶏頭の茎色づきて
水引の際立つ方へ目を遣りぬ
花の名をそこそこ覚え田村草
コスモスの脇をぶるると馬体過ぐ
八つ頭馬鹿丁寧に洗はれをり
天柱山その脇山の紅葉かな
自然薯の包引つ提げ長身に
そろそろと野老黄葉の竹のぼる
呆けし実を三つ四つ残しやぶめうが
拾得(じつとく)の笑ふがごとく裂け石榴
そそくさと蛇穴に入る海蔵寺
不可思議光放つ石榴の暮れずあり
鵙描き足さばや倪さん空林圖
十五夜の花暮町に灯の入りて
跼み見る露草の露鳴りさうな
穂すすきのほの字程度に解けそめて
種茄子に晴れてまた降る雨のあり
砂蹴つて鯊の子姿くらませり
鬼貫忌平語しつかり使はねば
苦吟してとつてつけたる秋の風
さういへば家紋に似たる柿の蔕
唐辛子ひとりよがりの癖が出て
赤のまま此処らで誰か滑りしか
水引に視力測られゐるごとし
案山子見る男チェックのシャツを着て
青空に木賊の節を継足せる
草の花鉄路のつくる三角地
背の崩る温知叢書を曝しけり
曝されて龍の取り巻く秋津島
庭草の二三供へて十三夜
だぶだぶの身不知柿(みしらず)に口もてゆけり
大根の形よき葉に旭さし
一段と今朝は冷え込む隼人瓜
黐の実の風味を鵙の熟知せり
卒塔婆のつまさきだてる鵙日和
道なりに下りゆかれよ芒の中
数珠玉を過ぎてずんずん暮るゝ道
畳屋の菊の出来栄えよかりけり
家に居ることにおちつく石蕗の花
蓮掘のここぞと力入るゝ顔
柿もみぢ柿に根負けして散りぬ
枯木道脇挾む本ぬくとかり
根方まで冬日が当り気さくな木
いちどきに散るを好めるいてふとも
入り組めるいてふの枯枝枯枝に日
ごはんつぶほどのあかるさ冬ざくら
まなうらに駱駝の現るる日向ぼこ
墓地に向き花柄蒲団干せる家
炬燵して芋銭の狐隊行圖
なまこ噛む音こめかみに伝はりて
ちやんちやんこ着て神頼み長かりき
男鹿線に乗りてことこと年の旅
一病と年の関越す膝栗毛
悴める掌のかたちして枯柏
逝く年のぼそと暮れゆく男鹿の空
夕凍みのわけても鯛の鼻柱
上つぱり脱いでしよつつる招ばれけり
これやこの男鹿のしよつつる賞味せむ
しよつつる鍋煮えて飛び交ふ秋田弁
これが彼の秋田音頭の男鹿雷子(ぶりこ)
なまはげの出る夜を雪の降りしぶる
なまはげのくる夜家中明るうし
お祓ひの済みてなまはげ放たれし
なまはげの足踏み鳴らす屋台骨
なまはげの聞きしに勝るおらびごゑ
なまはげのずいと茶の間に踏み込みて
なまはげのもぞと酒盃に手を出しぬ
なまはげの去るを呑み込むうるし闇
●平成三年
顔寒くごんこの如く目覚めけり
なし、吸物等にして食す
軸物のえびす見下ろす年の膳
みやうみやうと海はるかより初声す
海牛の二日の波にたゆたへり
五ツ六ツいやもうひとつつばき咲く
やおろちのうみの初東風萱鳴らし
賀状来て曰くぽちぽちやつてます
二つ目の蜜柑の臍のずれてをり
ふぢづるをきりりとおんべの胴くびれ
魂消たりおんべの胴の大破裂
おんべの灰ゆらりと鴉立つごとし
手負ひめきおんべどしりと崩れけり
音頭取三人(みたり)かたまりちやつきらこ
店も狭に緋扇舞はせちやつきらこ
電気毛布なんぞと云ひて取合はぬ
風の中梅の徒長枝日を恋へる
早咲きも早咲き明王院の梅
つまさきだち緑蕚梅を嗅ぐ男
ぬかるみに嵌り其処より梅を見る
しぶしぶと煤け紅梅咲き出せり
梅林をざつと見て来ぬ鼻つ風邪
枝ぶりに齢歴たる寒牡丹
莟解くさんしゆゆ雨を心待ち
まんさくのカイゼル髯の風そろと
山茱萸の黄にむらありて鄙曇
さんしゆゆの鶸色に母屋没しけり
薄ら日に三椏密語交しをり
糠雨に垂るゝ木五倍子の寸足らず
冷つこき雨にいきなり桃咲ける
ふる雨に桃の葉並び美しき
野蒜摘ちよいちよい摘み処変へにけり
木瓜みんな咲いてしまへり馬鹿陽気
喇叭秘め喇叭水仙莟めるよ
ぐりぐりの夕顔の種蒔きにけり
拾ひあぐ木蓮一片雨くさき
啓蟄の茶鼠のコピー再製紙
ぱつとせぬ天気つづけり紫荊
だいぶ水ぬるんで来たり鼈(すつぽん)塚
ぷるぷると顔を震はせ蝌蚪浮上
こんなにも殖えてどうする諸葛菜
日和よく山桜桃の花の二三日
飛来せる一羽花間へもぐり込む
可借(あたら)花散らしその形大き鳥
花房に縋れる鳥の紡錘形
首伸ばしすくめつ鵯の花食める
鳥の尾の上下頻々花隠り
花を発つ鳥の胴より翼出で
木を替へて花ついばめる鳥営々
雨に風加はり花を駄目にする
木の芽風吹きつさらしに猿の面(つら)
山吹や川波めくれめくれゆく
山腹に鳥を下ろせし遅櫻
岳麓の朝日きびきび山吹に
先つぽに多羅の若木の芽がひとつ
針通神の薄目にすみれぐさ
宿の灯のくつきり点る濃山吹
葱坊主苞を破りて落慶式
アスパラガス長けて緑の棒畠
恋猫の彼奴此奴が庭通る
天道虫ハイカラな星七つかな
本堂の畳ざはりや棕櫚の花
捩花のどれも動力尽きしさま
一新の街路アメリカハナミズキ
明易の顔をぷるんと洗ひけり
まんばうのやうな梅雨雲沖にあり
ぶつかつてここは譲れぬ蟹同志
鋏抱き磯蟹波をかぶりけり
よき浪が来て海牛を泳がしむ
海牛の泳ぎ歩きといふものす
ぴらぴらと蟹の口許南風吹く
針深く呑みし虎魚の横つ面
げんなりと赤べら魚籠に腹を見せ
でで虫に深淵なせる油壷
だぼ鯊の無茶苦茶走りまたしたり
蟹横に横に夕日を引摺れる
笊茄の搗布つ喰ひに手が伸びて
梅雨晴間小包ぽんと届きけり
小包の紐切る音も夏近し
あれこれと梅酒造りの空壜出す
灯まみれにごきぶりの子のピーナツ色
髭振りつ次はどうでる油虫
とばつちりうけて十薬むしらるる
女貞(ねずみもち)雨に乏しくなりし花
熟れ枇杷の雫ほたほた地をうてり
抜きとりて雨のにほひのかやつり草
ぶるぶると行手をよぎる梅雨雀
蒸し暑き花掲げたり泰山木
むつとして妻良の明け方ダチュラ咲く
並べ手す手拭三連明易し
浜おもと踏みしむる砂ほこほこと
縞鯛のごとき浴衣と浜に遇ふ
舟虫のしよぼしよぼ歩き雨に釣る
写真術開祖の咲かす濃あぢさゐ
泥を食ふ蟹を見つめて腹空けり
蟹に眼を凝らして蟹のやうな顔
降り出して干潟を蟹のわらわらと
さんしゆゆの葉裏に蜂の小さな巣
ぴちぴちとくわりん青実に雨跳ねて
行く方に朝蝉の杜わつとあり
よれよれとなりて夕日の山車を曳く
団扇風とろけさうなる腕揺りて
掌の中に団扇ありけり昼寝覚
出色の百日紅に汗退けり