●高澤良一　第四句集　ぱらりとせ ●春 旧正のはつかに挙がる沖つ波 とんど火の先づは松葉を炙る音 とんど火の爆ぜて肉声聴くごとし 子の年の郡上の井水小走りに 宝刀の切字を頼む歳旦吟 ピスタチオ殻割る音に年立てり 恐竜的存在として賀詞述ぶる やっかいな正月の富士詠み初めに ほうこんな本が出たかとメモ始め 好調と云はるる年でありたかり 奥の間に花奪い祭の花造り 屠蘇の酔ひ「吉原雀」聞きながら 惟然も亦七種摘みけむ七器山 膝に来る日差しに年酒出来上がり 乗初のディーゼル音に熟睡せり 乗初の車中キャラメルかほるなり さきざきに富士を眩しむ旅始め 浅間さん詣で破魔矢を高かかげ ひととほり読み通さねば松の内 川床の藻のたゆたひも三日経て 十姉妹の籠を日向に三日かな 洗ひ場に水走り込む三日かな 青麦の放てる夜気と覚えけり 日曜日大魚籠のごと朝寝せり 浜に出てほんわかあったかさうな雲 人参の葉っぱのやうなやつはアネモネ 伊予柑の皮の脂をとばしけり うぐひすの笛方雀の囃子方 鶯餅つまむに作法あるごとし 好意ありがたく綻ぶ梅のなか 曇日の目許ぼんやり梅咲けり 紅梅の雪洞咲きに遍き日 巨福山梅は五百木に先立ちて 紅梅の一二輪ほど好意に似て 老紅梅能う限りの花付けて 紅梅に寄りくるひとりふたりかな 白梅の日向を開き呉れるごとし 夕おぼろ入湯十訓声にして 三亀松のようはあようの朧にて 出開帳力む仁王の脇抜けて 香煙を掬ふ手ぬっと御開帳 人混みよりわが身抜き取る出開帳 開帳寺門前臨時郵便局 出開帳頭の間のご本尊 海棠の莟解く風方丈へ 下駄鳴らすごとし古刹の山蛙 口語で鳴く蛙文語で鳴く蛙 睨め廻す「風流蛙合戦圖」 団子虫団子いびつに陽炎へり 石と玉取り違へては亀の鳴く 俳諧の腕力振るへ其角の忌 未完なる塔にしぶけり欅の芽 見習ひのガイド訥々木の芽どき 篠囲ひして金盞花まだ葉がち 陰る日に臆病咲きのクロッカス 廃れたり桑と甲源一刀流 靄といふおほやうなもの桑巻けり 恋猫の往き来にそぞろ心かな 恋猫の老嬢坐り直しけり 恋猫の香油のやうなこゑを曳き 須らく恋する顔の猫であり 恋猫は日に膨らめる瞑想家 看護婦の一語納得サイネリア 曙のさくら一鳥抱へをり 幹に花咲かせてさくらはちきれさう いつときは光帯びけり山桜 ほころぶと告ぐる言葉の花より浮く 揺れ出して息呑むほどの山ざくら 本来の彩は斯くなる山ざくら 人の出も日増しにソメイヨシノかな 日本語乱れ初めても山櫻 花の風鯉の背鰭を吹きにけり 鉛筆を走らす花鳥諷詠漢 かわず掛け河津が郷のさくら見に ここ河津緋寒桜の田舎咲き 海渡りさくら咲かせに一暖雨 ひよひよと大島桜吹かれをり 鳥らいそいそ河津桜の原木へ 言語野に射して言の葉花明り 幹ずんと押し出しのよき里桜 当たりゐし山の日を花逸したり 雨ありし上野の山の花の首尾 鳥ごゑに奥行き深き花の山 花揺るゝは船酔に似て昼日中 桜蘂ばかりの赭き木となれり 半島の出鼻さざゑの水覗突漁 ふなばたに鬼殻さざゑ揚げられし 近海もの今は不鯛とさざゑが旬 山茱萸の向ふ側より差し込む旭 幹照らす春月チャンチンモドキの木 春潮にをりをり差せる風の翳 一睡のゆめに磯長の春かもめ 春泥をぶつぶつ云ひつ脱しけり 春眠暁を覚えずまでゆかず 夕野火のうさぎの耳のやうな炎よ 末黒野ゆく雲のすこぶる女性的 末黒野の芒夜盗のごとくなり ストックの嗚呼このかをりこのかをり ストックの莟ほのぼの眠くなる ストックを剪るやほろほろ虫発たせ 巣箱懸け穂高赤松天然林 浅春のカクテル光線エノケンに 梢見てあゆむ乃木坂春浅し 竹秋の物心より直心 泡吐いて能事終れり大田螺 ボヘミアン田螺の唄が聞こえ来ぬ 種蒔きに出て退屈の虫退治 厳しく鹿爪らしくたらんぼの芽 七抱大楠たっぷり暖雨吸ふ 囀れり横綱格の大楠も 恰幅よき蘇鉄に朝の一暖雨 チューリップ奉書めく葉を先づ立てぬ 上等な蜂蜜いろの蝶とべり 日中ゆく蝶のうねりを湧水も 知恵の輪の外るるごとく蝶別れ 初蝶をエイゼンシュタイン流に撮れ 茅花咲き自由乗降区間なり 常節を突き磯風のやうな息 鳥雲にインターネット日和かな 接骨木のおおどじ踏んで咲きにけり 宇和島のネーブルほとばしりにけり 二股のすずしろ涅槃し給へる 野遊びにクロワッサンのやうな雲 野遊びの服を叩いて起ち上がり 瞬きてあけびの雄花雌花かな 花あけび雨うすずみに降るばかり 国栖人に腹赤魚の瀬をのぼる 当り来た来た来たさくら鮎ならむ 唐破風をつゝと花屑奔りけり 花こぶし花混み合ふてうるさかり 花辛夷はたきづかれし思ひかな 花こぶし少し荒んで吹かれをり 辛夷散りひっちらかってをりにけり 辛夷より翔ち損ねしや残り花 色合ひのおとなし過ぎる花大根 箱蒔きの花種うんともすんともや 種袋振り回しつゝ喋々と へんにたかく咲いて月夜の花菜かな いちめんの花菜みつばち見えてくる 菜の花に虻は呪文を唱えけり 花冷えの青天井に及びをり 緋桃の緋畑の空にぶちまけて 桃の花想ひ凝らさばボッティチェリ 花桃のやいのやいのと日表に からからに乾く畑土桃の花 阿呆陀羅経極意は桃の花に聞け 二三日降ればその内桃咲いて 桃の咲くぽかぽか陽気ここ両日 山麓に日色を湧かせ花りんご 同齢のりんご若木の花連ね 原木のあかとき色の花りんご 盛り売りの蛤ちゅうちゅうたこかいな えいほうと松も春めく東海道 半島のももいろがかる春雑木 すっかり春我等がビルも霞に入る 春を感じ来してふ朝の顔に遇ふ 醜男のぶの面持ちの春不鯛 心臓の戸口の直し春にせむ 日まみれの梢立春過ぎてゐし 立春のいつか過ぎをる机かな 春近む音の一つにしづり雪 内海へ春は潮目もくきやかに 春暁の川波ぴょんとぴょんと立つ 春子盗る猿は「さうさな十五頭」 春雨のほろっと零るゝところをみる 測温測圧検尿採血春隣 看護婦の大き叱声春隣 大部屋に一つ空き出来春隣 ビスケット色の三つ四つ春の雲 良性の雲のはらわた春の月 根詰めて汀を打てる春の濤 すぐ思いあたる仕種を春の蝿 半島の椎椨打ちて春の雹 枝々にうるみ初めたる春の星 草の中鳴りをひそめて春の水 鳴る處見つけて春の水鳴れり ちょろちょろとちょろっと春の水ながる さきざきに鳴りてことごと春の水 きっぱりと春雪あがる挿木畑 駆け廻り蟹は干潟のプロデューサー 鹿尾菜生ふ礁ラッコの背のやうに 男っ気世帯大内雛飾る 雛調度牛車より誰が降りにけむ 黄は黄でも日向水木の薄黄好き 古草の上を鳥の頭行き来せり 古草となりし賑はひ天下 半島のかかと辺りの防風摘む 頬白のディスクジョッキー始まれり 格天井牡丹圖牡丹の頃に来て 甘茶仏乾き易きを淋しめり 花御堂新たなる風呼びにけり 起請文累々芽吹く杜にて 色合ひも野暮な櫟の芽吹きかな 付け足しにそこらの小木も芽吹山 芽吹かんと樹皮を寄る辺の洞欅 家々の立つる物音ものの芽に やどかりの新しがりや宿替へて ご門前朝の山吹なまなまと たっぷりと日を浴み山焼き前の萱 山焼きの付け火ちょんちょん小走りに 山を焼く煙くすりと上りけり 手をゆるくつなぎのぼれり山焼く火 気紛れな山火すすっと山の肩 溶岩原に向かふ山火の急先鋒 焔焔を呑んで大きく山焼く火 山火爆ぜ爆ぜては山を呑む勢ひ 山を焼く音の漣火の漣 山焼きの灰のわらわら頬を打つ 太陽の坩堝真上に山を焼く 山焼に煤けごころを払ひけり なまくらの山火道端焦がしをり 焼山の段だら縞に日の新た 通り魔に遇ひし面持ち焼山は 焼山の焦げ目曼陀羅日表に 燃えさしに山火の火力そこそこや 焼山は心腹の友さながらに 焼山の灰のほろりと道よぎる 山火果つ白きは蓬の灰ならむ 雪解山降り注ぐ日は天蚕糸 呼子鳥専心花鳥諷詠経 蓬萌え太鼓の胴のやうな道 ●夏 青あらし鯉の英気を養へる 青桐の幹の葉混みに自若かな 切り出してここら青嶺の水利権 吉野ぶり青葉時雨に目覚めけり あぢさゐの色ならぬ色みえくる日 ボテロ描きしモナリザでぶで汗ばめり 難陀竜王即断下し給ひけり あめんぼの脚のかしやかしや小競合５ 推力の一桁違ふあめんぼう 頭の内にまだ遊びゐるあめんぼう あめんぼうくんずほぐれつ日の暮るる 新進のあめんぼ滑り出しにけり あめんぼのドンファンぶりも板につき 雨音の奥に雨音明易し 鮎釣の雨暗に竿納めざり 菅笠の仰向くは鮎釣れるとき 折合のつきし如くに蟻別る 石畳朝儀に参ず蟻ならむ 夜のあわび一枚岩を這ふといふ 腕っこき海女の揚げたる大あわび 藺座布団きちんと坐り直しけり 一八の旺んなる中葬りけり だんだんと水の高鳴る岩魚釣 ふなばたの湿り鵜舟の出を待てり ばしゃばしゃとばしゃりと水を打ち了る 海の家二つこっきり日本海 付けたりの固き枝豆昼の酒 炎昼の時間の檻に入るごとし 炎帝の何一つ手を下さぬに 日の盛引っ張り出して片付けもの 炎天へ妻着て出づるジャワ更紗 豌豆の花ぬくぬくと砂地畑 莢透いて海の日とほる豆の部屋 上品の大山蓮華咲きにけり 泳ぎ出す亀の子鼻を反らしけり 問題にしをり藪蚊の侵入路 蚊柱がいっぽん立ちぬ党派心 ユスリ蚊の柳を好む別派かな 蛾を追ふて兼六園の夕雀 茱萸の木より蛾のモスグリーンはたはたと 悪食のヨトウガ奴の仕業なり ガーベラにプラチナ線のやうな雨 筒っぽの海芋は雨を蒐む花 古き湯宿ががんぼの発つ脱衣籠 かがんぼのずりおちさうな後ろ脚 卒塔婆に高脚を懸け蚊の姥は かがんぼの礎石を発てり国分寺 かがんぼの脚踏み外す髢草 柿の葉鮓ほおばれば雨響くなり 巡礼の遠のくやうに蝸牛 でで虫のでん公雨を呼びにけり 柿芽吹き蟹の鋏のやうな芽を 渡り蟹いろの夕映え額染めて 来る波に蟹のたじろぐ岩っ角 泡の中蟹の何やら策しをり 赤黴の自治領蟻が通りけり 闇を翔け来たる強肩兜虫 天牛のつままれ鳴きのいと女女し 魚籠の皮剥もうおだぶつの顔したり 島泊り別誂えの鱚料理 岐阜提灯ならではのこのアトモスフィア 吉野の日ぎぼしの上を通りけり 曲がることついつい忘れ優胡瓜 すぐ掬へさうな金魚をしくじれり 葛練や山の肩より山覗き 女郎蜘蛛木の葉外しにかかりけり 蜘蛛の糸すすっと見えてすっと消ゆ 日の当りながら物食ふ女郎蜘蛛 月の夜の海月が考へさうなこと 海を出て水母の一つ昼月に 柾垣毛虫に先を越されたる 源五郎へへと闇より現はるる かはほりに問答無用と昏るる空 通り魔の如くかはほり頭を越せり 兼六園松が根を見て氷水 片町に朝の氷を挽ける音 しなしなの氷掬へり岐阜城下 わたしには氷いちごの真っ赤なやつ 雑草としての勢ひを五月山 黄金蟲手っ取り早く翅畳む かなぶんに玻璃戸を引きて助け船 ごきかぶり初太刀二の太刀かいくぐり ごきかぶりゲストのやうに現はるる 共用の水色ポロシャツこどもの日 境内のこれは別格百日紅 珊瑚樹の花にあがれる雨飛沫 三伏の肩を叩きて肩の音 十一のイントネーション真似易し 曼荼羅圖喰うとは紙魚のふてえ奴 同一の紙魚の仕業でありにけり お気入アロハ押し込む旅鞄 赤松に対す秩父の暑に対す 立ち寄りて菖蒲青張る八日堂 代田に引く水の咳き込むごとくなり 張る水はどぶろくに似て代田なる 道祖神巡り代田を迂回して 常念岳の膝下早苗の丈も伸び ややこしくなる前の蔓白南風に 天気もちにもって新緑寸又峡 素足吹く風あり本を読み継げり 糸からくり大きな所作の音涼し 涼めとや清涼寺式釈迦如来 何といふ涼味ホルンのまあるい音 雪渓の風に画用紙めくれけり にいにい蝉生ぬるく夜の明けにけり 法師蝉走り込み鳴きしたりけり 死してなほ肉付きのよき蝉の肩 みんみんの持論力説するごとし 時国家湯殿にとほる蝉のこゑ 蝉穴の瞑さに辺り暮れて来ぬ 鳴き納む蝉ヂリヂリとヂリとヂと 死す蝉のそのままドンキホーテ面 つくつくし前口上を端折りけり 朝蝉の頭越しなる喧し屋 ゼラニュームに金盥めく太陽が 突端に来てそら豆の花の道 そら豆の撓むかたちはダリ好み そら豆の怪童に遭ふ夢のなか そら豆をつまめば指の温みほど 葉の混み来てアンリルソーの泰山木 水中に田亀もさっと昏れにけり 水垂で降りて七滝巡りかな 滝飛沫あびてアリアを聴くごとし 滝水の巖過ぐとき巖いろ 滝水の下に滝水割込めり 花ダチュラ押さばぱふぱふ鳴るならむ 風采のあがらぬ花よポンポンダリア その頃の花ではポンポンダリアかな 父の日の酔ひて子よりも早く寝る 乙鳥に乙鳥いろの朝鮮人参小屋 親鳥とおもふ頭が見え燕の巣 長良川朝風乙鳥吹き上げて 大潮の日と聞く燕ふりあふぎ 移動せり梅雨の黒雲バッファロー 梅雨の浪へこと凹みてたゆたへり 梅雨大扉入るや洞なす大仏殿 梅雨籠りあうむの与太を飛ばしをり 悪たれる鴉を相手梅雨晴間 教団の使者とし来たる天道虫 十勝晴れ天道虫が肩に来て 屯して天道虫のローティーン ふふふふと地に息かけて蜥蜴出づ 十薬のむっと一雨ありさうよ 十薬の筒芽棒立ち選佛場 家ぬちに風通る日や心太 日の下に田螺の大愚どぢゃうの愚 荒凡夫土用太郎の波起こす ほんとうに軽く一膳漬茄子 訃音告ぐ子の名は穂高立夏経て 海原は鯤の背隆と夏が来て 牛乳の泡泡を押す夏の朝 夏霧のじはっと鳴れる日本海 精悍なにほひの蔓でありにけり キリストの鼻かむやうに夏の風邪 夏服に永年勤続祝がれをり 鯛・鮃昇れや虹の太鼓橋 色合ひをつべこべ云ふな虹は虹 文字摺草きりきりしやんと立ちにけり 大難の降り懸かるごとのうぜん花 川中島過ぐる辺りか幟見ゆ 再犯の金蠅なれば許さざり じたばたと蝿取紙の蝿の脚 箸取りていちいち蝿を追へるひと 葉ざくらに一も二もなく染まりけり 金輪際動かぬ蓮の間の水 蓮開きジャポニズム展開催中 蓮咲くとイスパニア語にて言ふならむ 蓮の葉の瑕つけ合うて風の中 花南瓜尻窄まりの通り雨 頑張りのきくうちが華花かぼちゃ もうひとつ桐の筒花拾ひけり 南米産バナナは台湾バナナの横 協賛の某花火あがりけり あがりたる初手の花火の高さかな 中華風彩色花火あがりけり ポカポカと追打かけて昼花火 ストトンとさきがけ花火揚がりけり 手花火に興じゐしこゑ引っ込みぬ 揚花火表六玉もあがりけり 長岡の花火帰りの道真直 川幅のそれと知らるる花火舟 ひょうたんの花等類を好みけり パパイヤへ銀の額をもてる朝 はんめうの背後にそっと息詰めて 酌み初めはきのふのごとし冷酒の旬 吃逆のやうに冷酒注ぐなかれ 疎遠なることはともあれ冷し酒 雛罌粟のごとき欠伸を内房線 せっせっせ雛罌粟咲いてぱらりとせ だいそれたことを言ひ出す冷奴 馬車道を歩きがてらのアイスクリン 雪村の鯉にまたがりゐし夢か 昼寝より覚めてうまづらはぎの顔 藻を離る気泡のごとく昼寝覚 昼寝覚一陣の風つまさきに 古ぼけし畳の目あり昼寝覚 軒風鈴ついついこんなことまで書く 舟蟲の吾に続けと云ふごとし 舟蟲の這ひ廻る岩減りもせず 舟虫や怪傑ゾロを彷彿と 舟虫の鬚をそよろの翁ぶり 老舟虫時化占ひの髭を立て 蛍狩知り合ひのゐて声かはす トパーズいろサファイアいろの蛍とぶ 山峡を一つほたるの急行便 よろよろと平家蛍の草隠り 海鞘の酢が利きてぴくんと長まつげ 木杭に呪文かけられかいもちかき 南無南無と円光負ふてかいもちかき まひまひの気合ひの入りし一円相 まくなぎのこんちくしょうめ躓ける まくなぎの何こじれたる内輪揉め 名舟衆切籠泣かせて山を降る デカメンが割り込み御神乗夏太鼓 すと現れて幽霊面を受け継ぐ子 華やぎて雨の降るなり祭月 雨だれの音のとんとん祭月 生りものを包める産毛実梅にも 人拒む色をとほせり水芭蕉 緑さす籐編み籠に籐の鳥 大南風勇魚の息をつくやうに 大南風孵りしひよこより柔らか 鯱に入道雲の聳ち損ね ぐわらぐわらと峰雲崩る筈もなし 花ミモザライオン色に太陽は むずむずと田虫送りの火のすすむ 松明の高きいっぽん虫送り 一祖二祖六祖祖師像お風入れ 時頼公強装束のお風入れ 木斛咲きじわじわむしむしする日なり 灸花やたらむしゃくしゃする日なり 灸花けふの暑さの如何ばかり 白象のごとくけだかく雲灼けて やぶれ傘油じむ日を浴びゐたり 白雨を浴びをりペリカン修道士 夕焼けに挙句の果ての寅次郎 神々の乗り込む船が夕焼けて 海上に夕焼屈み込むやうに 夕焼けて年増女のやうな舟 かのこ百合やうやう暑さ納まるか すがれても姥百合背筋ぴんしゃんと ヨット馳せグレープフルーツ色の海 トランプのジャック振向く夜の秋 月琴の音締めきりきり夜の秋 はたた神大だんびらを振りかざし 雷神の太刀先杉をばらりずん ちゃかぴかとそれも端からはたた神 鳴神の逢瀬天上往き来して 東に取って返せりはたた神 その伝で云へばなまくらはたた神 首筋に蝉の羽月の風受けて 碌山のタッチ若葉のやはらかさ うねり出すぶだう若葉のみどりの炎 わさび田を素通る水の垣間見ゆ 音もなく葉わさび潜る水の暮れ わさび田の小流れ夕日返しけり わさび田の水を束ねる處あり 山葵の旬水入れ替はり立ち替はり 山葵田の小石に当る水の音 二年ものわさびの花に穂高の日 蝶追うてわさびの花も飛びさうに 霧濡れの小石を拠り処駒草は 古木にて惰眠むさぼる合歓の花 栃若葉すいと雨滴を奔らする 亀型へ舟型吹かる釣忍 ●秋 もみづれるカナダを机上プランかな カナディアン・ロッキーの秋見に来たり 牡蠣食うて夜風にあたるダウンタウン メイプルのもみぢ押し葉にして機内 カナディアン・ロッキーの西日赤シャツに クルーズ船バンクーバーの夕焼け追ひ 滝飛沫ダグラス樅を育めり インディアン滝を称えてタカカウと 隣席の袴着袴こそつかす 赤い羽根赤信号と向き合うて 水張りしコップに空地の赤のまま 人間に雲脂といふもの秋立ちて 忍性の赤鼻に秋立ちにけり 書きあぐねをれば秋扇手にとりて 秋雨に煙草臭さを抜いてをり 秋蝉のひりりと榧を離れざる 秋空に鳶の打ったる感嘆符 秋ついり紛々天の篩より 秋日差し湯釜水釜涸釜に 小刻みに蠅の向き変ふ秋日中 岳樺幹の阿修羅に秋烈日 朝顔の色はと見れば在り来たり 道三の国の蝗の閻魔顔 稲妻の夜討ちの如く廊を馳せ 稲妻の銀の眼を沖合に ふかし藷あてがはれをり留守居役 藷蔓を衾ちちろの鳴けるなり 藷洗ふ笠置シヅ子のブギウギに 雨脚のぴょんぴょん車前草伝ひなる 後後のことを苧殻を焚きながら 炎明りに雨粒見ゆる苧殻焚 苧殻折るひびきを苧殻を折る前に 燃えのこる苧殻にも炎を廻らしむ 芒原目がみえてきて女郎花 女郎花一息おいて手折りけり いちばんの庭の古株痩万年青 貝割菜整列足踏みせるごとし 木守柿のやうやうおちて閑日月 蟷螂の翅にも山の露降りて しゃれてをり縦縞入りの烏瓜 烏瓜残る一つも飛び去んぬ 烏瓜ぴりっと肌を刺す大気 きちかうの記憶を辿る容して 買手つく菊の苗より虻立たせ 五つ色もあろうか垣の乱れ菊 嵯峨菊は火花打ち出す燧石 白菊の朝臣黄菊の臣・連 滑茸ののらりくらりをかっ込めり ぽっぽっと日の差すひよどりじょうごの實 朝霧の汝を訪ひ声を掛くるならむ 霧うすれ弟子屈町営飛行場 きりぎりすぴくりと動く水平線 ぎんなんのへちゃと土打つ音すなり 草の絮飛びそむ空の雲母刷に 栗飯一家よく喋ること喋ること 黄落の骨うづむなら西林寺 ブナ鮭の水かったるく打ちにけり 山茶花に大きく物の割れる音 さざんかの目を泣きはらすやうな花 猪鍋のもう煮えたろうまだ煮えぬ 猪撃ちに取り憑かれたる脂顔 猪撃ちの口鉄砲をつづけをり 猪撃ちの黙殺に遇ふ峠道 地蔵盆実の付いてゐる樒束 なむあみだ躰にたむる地蔵盆 ずず玉の天つ日返す地蔵盆 川地蔵供養稲の香むせるなか 醤油瓶醤油尽きかけ終戦日 ずず玉のつるんつるんにかえりゃんせ 四時廻り白粉花咲き出せり 新走りふふみ日向に出づおもひ 半歩ほど入りて穂芒手折りけり 芒分け又芒分けいっぽん道 背黒鶺鴒波に驚きとと走り 関東縦断台風スピードアップせり 月氏国おもへと月に琵琶弾ず もうけもの雨後の望月正面に しっかりと蛇口締め来て月の座へ 家々に良夜迎へる窓のあり ダマスカスナイフの月が椰子の横 一疋のねりぎぬ月の千曲川 燈火親し楷の木の本展ぐれば 燈火親し流石てふ字に目を止めて つと廻り込んで止まれる川蜻蛉 赤チンを吹いて乾かすアキアカネ 時国家ぐんと高むや鬼やんま 祖師堂前蜻蛉のつるむ音すなり また顔にあたる狼煙のあきつかな 灯心蜻蛉の尻尾ずんずん目の前を ななかまど白根百度霧流れ 浜っ子のべえべえ言葉海贏廻し 焚莱山房庭前の萩走り咲き 八月も終りに降れる雨に斑 風立てる其色月の橋わたり 素破こそとばかりバッタの跳べる貌 おんぶさるバッタの脚の懸け具合 葉っぱに貌ぶっつけ跳べるバッタあり 蕎麦の花ぴくんぴくんと雨受けて 花煙草十分に葉の大きかり 花野行足弱組に加はれり もちまへの力出しきる隼人瓜 はららごに伍してかがよふ飯の粒 蜩の畳みかけ鳴く閉園どき 蜩聞き平家統領謫居の家 藤の実の如く垂れなば涼しからむ ひろがれり葡萄の味の交響楽 西施・虞姫芙蓉の三十二相かな 朝の気をはらめる芙蓉雨外れし 夕されば芙蓉けじめをつけるごと 白芙蓉閉づと云ふよりポシャリけり 分旦の天然のいろ出し渋る 来宅の途次の糸瓜の棚のこと がたぴしとべったら市の屋台組む 鰡飛んで深川鼠の川面かな 盆波のうねり座頭鯨の背のやうに じょんがらのででんと盆波くつがへる 盆波のあとからあとから遠江 ヤッチクを郡上生まれの娘っこ 若衆のゲンゲンバラバラ夜っぴいて 阿波踊りそこは素通りぞろぞろ連 よしこのに腕まくりしてうづうづ連 盆花摘み川原歩きも朝のうち 曼珠沙華念彼観音力以て 長雨に火力衰ふ曼珠沙華 彼岸花彼岸の色を薄めけり 日表に痘痕の零余子法師かな 白木槿とびきり暑き日とならむ 虫の音のほろろばったり雨閉す 虫の夜のああ利尿剤利きにけり 繰返す蟲は一病息災と 木犀のかをる出鼻を雨叩き 木犀の花の付き方はと見れば 木犀に頭すっきりする机辺 ひとしきり初鵙聞いて座につける 言葉かけ合ひ楷樹もみぢの愛好家 いくらかは山吹黄葉してゐたり 粧はず俵藤田の唐沢山 一念にかられて来たる敗荷 敵はない人の句を誦す夜長なり めいめいの部屋に引きとる夜の長し りんどうのほとり真っ黒火山弾 りんどうに霧のわいわい押し寄せぬ 蔓茘枝サタンに魔法かけられし ひやっこき雨に見舞はれ蔓茘枝 吾亦紅指で突くごと風の出て ●冬 薺の國響郡の爼村 箸つけて雑煮ヶ浦の煤け餅 熱燗をすすむるときの汝が声音 燗熱し日和見主義をとっちめむ 熱燗にてやんでぇばかやろめが すこたんのへったくれのと燗熱し 其の段になると熱燗ほすばかり 着膨れてゐてはごたつく句ばかり出来 着膨れて心臓外科に繋がれぬ 強く吹く日なりその分厚着せり 鮟鱇煮え巧言令色鮮矣仁 風響くなり氷瀑の大伽藍 一月の風に飛び散る雨の粒 冷え込んだまま一葉忌暮れにけり いざこざのなき隔たりに浮寝鳥 兎出づ村に小さな浅間さん 先口の鴨南蛮忘れ居らぬかや 松ぼくり大年の日を懐かしみ 水面の落葉も日差し受けながら 青き葉も意気のあがらぬ落葉焚 タンバリンもって木の葉は舞はすべし 落葉の灰風に壊れて仕舞ひけり おでん酒当を得ているその見方 高飛車に決め付けらるるおでん酒 昼からの余りある日や枇杷の花 枇杷の花われらかうしてまた会へて 二度咲きの一つこっきり小米花 ごたごたがやつと片付き帰り花 枯柏風打ち勝って飛ばしけり 枯柏つひに強情通しけり がさ市の風素っとんで来たりけり 風花に取り込み忘る男物 聖護院かぶらな漬の送りどき 水切りてキューピーの頭の赤蕪 紙を漉く技も曾ての武蔵紙 風上ヘリズムをとりて鴨の首 割り込ませてもらひますよと鴨のこゑ 首猶も前へ前へと鴨助走 派手好きな鴨の二三羽交じりゐし 鴨の水ばかりとらへて遠眼鏡 鴨の首振って大きな波を越ゆ すがれたる蔓の蔓打つ空つ風 枯るる頭を潜望鏡のやうにリス 枯蔓の零し損ねし実の二三 枯蔓の乱脈透きて日の差せり 枯木打ち晦日の雨の至りけり 枯木越し円空さんの寺が見え からたちの棘の挟める一枯葉 枝っ先吹きもがれずに櫟の葉 滑り込むシーツ寒さも底打って 寒泳者浪子の海を前にせり 三度見て三度炎のいろ寒桜 寒芹をこづき湧水馳せゆけり 鮮しき切り口一つ寒木瓜に きさらぎも半ばつるりと虚子の貌 木の葉髪諾否ふんぎりつかぬまま これきりと思ふくっさめ飛ばしけり 何笑うて波間に消へし鯨の目 麹花いろの昼月沖天に ためらひつつ氷ついたる水ならむ 竹落葉突つ込むままに氷りけり 鳶の鳴く水と氷の郡上かな 延年舞黒凍みの堂鳴らしけり 肉桂玉しゃぶる御城下凍みっぱれ 踏台によろけつつ立つ小晦日 用足しつつ用思ひつく小晦日 木の葉髪視力が落ちて堅き本 木の葉髪妻愛読のサザエさん 東京に出でゆく御用納の日 霜の朝一路軌道の如くあり 踏んづぶしをるなり甲斐の霜柱 燃えさしの一つ一つに霜降りて 霜げたる何の木の実か赤茶けて 絨毯の上を温風這ひ廻り 十夜講持味出してひとくさり マカダミアナッツ師走の船便にて 目前の師走手帳に走り書き 鰤の口この一年をしめくくる 師走妻うしろをよぎり前よぎり 水仙花湊手錠の形して 湯ぼてりの顔はいびつかダッフォディル アポロンのラッパ手喇叭水仙は 水仙の袴の着付け具合かな スキーヤー滑空旗のやうな顔 綿入に行方不明の本やあーい ゆるゆると熾りて美濃の桜炭 それそれと招ばるゝ美濃の桜炭 ずわい蟹両腕組んで豪のもの ねんねこに当つて跳ねる鬼の豆 関取の手を放れたる年の豆 千両に祝がるる年を重ねけり 植うるうち三浦大根は二割方 葉先まで綺麗に蘿蔔黄葉して おはじきを二つ並べし狸の目 古障子色の日差しが花石蕗に 参道の両側に石蕗呼応して 湧水の冬麗の日を織り込めり 年忘れ一本杉の唄が出て 鍋焼の鳴門の渦も煮え立ちぬ 寝て覚めて脈をとらるゝ病ミなまこ ふつつかな海鼠物云ふ患者食 人づてに聞けり海鼠の不料簡 白熊の公爵白き息つけり 蠅が来て蠅追ひ払ふ花八つ手 はきはきと答へてをりぬ花八つ手 めいっぱい時間をつかふ花八つ手 屯田兵絵巻冷ゆ手をさすりつつ ぶだう酒のやうに日差しの冷えて来し 踊子号避寒の客を零しゆく 避寒地に降り立ち一本目の櫻 郡上のなあふくら雀も春駒を 梟の貌立て直す真暗がり 吸ひ込まるふくろふの目のレモン色 梟の魔法仕掛けのこゑ出せり 蒲団のずれ直し呉れをる妻をうつつ 福助の面テ起こせる冬はじめ 雉子の目のやうな水輪を冬泉 冬鴎素数の如くとびとびに 立姿どこをおしても冬欅 冬桜風が間引きし花の隙 冬ざくらひとつひとつの花の向き 今着きしばかりの日差し冬桜 湧水の気泡ぴぴぴぴ寒日和 瘤欅すんなり欅冬日浴ぶ 冬日宙湧水八重にひらきけり 湧水の川を養ふ寒日和 今在りし冬日の何処へ十賊刈 一列車遅れて着きぬ冬帽子 婀ぶりも子持高尾の冬ぼたん 葉並びの間合又よき冬ぼたん 口々にこれはこれはの冬ぼたん 冬ぼたん風に正せるみどりの葉 枝先にかけて冬芽の間詰り ニナリッチコーナーのポインセチアかな ボーナスでよろしがさうは云ふものの 物音を立てぬ向ひ家みそさざい 南天は本来のいろ美濃馬場 餅焙り一病息災冥利かな 餅腹に相模の海のにほふかな 焼鳥やカワ・ネギ・ハツと声とんで 木漏れ日の間々差すことも藪柑子 沙羅の枝に水晶玉の雪雫 目覚めては紙と木の家牡丹雪 目の前を大きな嘘のやうな雪 舞へる雪津軽こぎんの花っこのやう 直ぐなるは直ぐなるままに庭木へ雪 白樺のいっぽん交じる雪景色 ひとしきり雪混んでくる杉の空 分け入りてにわか雪空美濃馬場 雪吊の手持ち無沙汰といふべかり 逝く年を括るに大き鍵括弧 なまぬるき炬燵のやうな年なりき 竜の玉識れるは竜の玉ばかり 竜の玉なんぞ詠む季来たりけり 手を入れて見れどまだまだ竜の玉 臘梅のつりがね花に落ちゆく日 角力好き患者綿子にくるまれて ●雑 ドレッシー・ハナミノカサゴ水掻けり 墨かぶりエイの涼気を曳き来たり ゴンズイの吼ゆるが如く息継げり なさけなき顔のオオカミウオ昼寝 ヘコアユのきんぴらごぼうめくが揺れ 大海馬しるしばかりの背鰭振り 乙なもの大海馬の立ち泳ぎ のんのんとウマズラハギが近づき来 拗ねる癖吻にありありフエヤッコ 毒針を何処に仕込めるミノカサゴ マンボウのプロポーションに見とれをり いそいそと竜宮城へルリスズメ いっせいに顔の向き替えデバスズメ 皮剥の尾鰭背鰭の鰭拍子 ミズクラゲほうと魅入れば又昇る まんぼうの涼しげな胴スポーティー アロワナの腹部をくぐりぬるむ水 昼行燈鮟鱇向きを変へにけり ナンヨウハギそんじょそこらにない色で シードラゴン搗布林を散策す 大海馬眼をしょぼつかせゐたりけり カゴカキダイカゴカキダイに追いつきぬ 春さきのテッポウウオの口捌き 永日のマイクにあうあうアシカショー 踊るならタンゴに如かず高脚蟹 ペレズテトラ・コンゴーテトラ・エトセトラ 皮下脂肪揺りてセイウチ泳ぐなり 水槽の隅に大ハタでろりんと 水切ってサヨリの鼻の尖る訳 サギフエの乙姫さまへご注進 カーニバルサンバにのりてミノカサゴ クー・クラックス・クラン団員エイ飛来 岩化してダルマオコゼとなる暮春 カンガルーポーの木の花飛交うて マンゴーの見ゆる席にてグァバジュース ベニヒモの木とやぼおっとして来たり ソロモン産ポトス茂みをつくりけり 覗くさへミミカキグサのこそばゆし 大温室全開バナナに風入れて 動悸打つごとく氷河の雫かな 雲に日の入れば氷河の憮然たり 草の花氷河すさりし跡に充つ 音も無く氷河の上を水はしり 光度増し氷河息づきゐるごとし 万年雪きれいきれいと日本語 氷河焼けしたるガイドのジョーク好き 氷壁を煽りて発てるブルージェイ サングラス断てり氷河の乱反射 真輝く氷河を前に道消ゆる 足下より煌きわたる大氷河 大氷原わたる太陽古びずに 目くるめく光体となり氷河馳す 氷河湖を見つむこころもエメラルド 水餅のやうに氷河の横たはる